持ち前の末脚を使って重賞レースを全て総なめしてやりたいウマ娘の話 作:りのちゃん
『はぁ……また一人、行っちまったな……』
あの子との出会いは、ふとした時だった。
自分が手塩にかけたトレーナーがまた一人、立派に育って独り立ちしたため、時間を持て余して地方のトレセンに見学に来たときだった。
『ん? あの子……』
トレーナーを育てる段階で何度もウマ娘を見てきたからわかる。明らかに育ち、それでありながら可能性を秘めているように見えるその脚を見て、俺は一目ぼれしてしまった。
しかしその子は落ち込んでいるようで、1人トラックに体育座りをしていた。俺は警戒されない様にゆっくりと歩みより、声をかけた。
『君、1人?』
『そうですけど……何か用ですか?』
『中央に来ないか? 君ならきっと活躍できる!』
『できるだけやってみる……』
控室を出ていくときにクライトがぽつりとつぶやいた言葉だ。
今まで、ここぞと言う真剣勝負でクライトはこのような事は言わなかった。いついかなる時でも、クライトは自分に絶対の自信を持って勝負に臨んでいた。
それが今、この神戸新聞杯では自分に自信を持っていないような状態で勝負に向かってしまった。
いや、大体は俺のせいなのだが。どうにかして、レースが始まるまでにパドックでクライトを元気づけられないだろうか。
俺は一人残された控室でいてもたってもいられず、足早にパドックへと向かった。
9月ということで少しだけ肌寒い
「……さん! ……水さん!」
「……」
「速水さん!!」
「うぉっ、シャインちゃんか……それに橋田まで」
「ど~も」
「やっぱりクライトの勝負は見に来ないと!」
「……ヴェノムちゃんは?」
「自主トレがしたいから今日は放っておいてほしいみたいです」
「自由な奴だな……」
パドックを一人でボーっと見ていると、後ろの方から声をかけられ、声の方向を見ると橋田とシャインちゃんが立っていた。まぁ、クライトとは前から仲がいいし、見に来るのは当然か。
「クライトって結構外枠でしたっけ? まだ出てきませんね」
「クライトは……10番だ」
「まだ5番のパフォーマンスか、クライトはまだまだ出てこないみたいだな」
「そうだね~、早く体操服姿のクライトを拝みたいねぇ……ぐふふ」
「お前それ目当てかよ……」
「い~じゃ~ん! 滅多にあんな可愛い服着ないんだから~!」
隣でシャインちゃんと橋田が何かを喋っているが、あまり内容は入ってこない。今はただクライトが自らに自信を持って走れるかどうかだけが気になって仕方ない。
しばらくクライトではないウマ娘のパドックを見ていると、デルタリボルバーが出てきた。ダービーの時から変わらない不動の城のような佇まいは、パドックを見ている客を魅了しているようだった。気のせいだろうか、パドックの上を去る際、デルタリボルバーがこちらを見た気がしたのは。
「デルタリボルバー……ダービーで私を倒した相手……」
「あの狂人の如しスタミナ、クライトは対抗策を持っているんですか?」
「……」
「速水さん?」
「っあぁ、すまん、ボーっとしてた。デルタリボルバーへの対抗策は一応クライトに教えてある。問題はそれをうまく実行できるかどうかだな」
「なるほどなるほど~……じゃあクライトの武器を私も使えれば何とかなるかもしれないって事か……」
「今日は学ばせてもらうか」
クライト……どうにか自信を付けてくれ……。
俺はお前が怪我をせずに無事に帰ってきてくれることが望みなんだ……。
「今日のマークはマックライトニングか……いや、あの脚じゃ敵にもならないだろうがな」
「……? あの脚、とはなんだい? トレーナー君」
「マックライトニングのあの脚は爆弾を抱えている。奴が以前見せた、所謂領域と言われるような武器を使えば、あの脚は二度と使えなくなるだろう」
デルタリボルバーをパドックに送り、しばらく控室で過ごしている最中。今日のレースの相手を確認していたら、キングスが俺の言葉について質問してきたので回答すると、それを聞いてキングスは目を丸くしていた。何故目を丸くして驚いているのか大体予想は付く。
「私は彼女の脚を見ても何もわからなかった……今まで何人とウマ娘を見てきた私が……。やはり君の観察眼は侮れないみたいだね」
「……」
褒められたところで今日のレースの勝敗が変わるわけじゃない、反応する必要はないだろう。
それにしても気がかりなのはあの速水と言うトレーナーだ……。マックライトニングの表情を見ても全くデルタリボルバーが負ける要素が見られないが、あの速水と言うトレーナーの表情は別だ。確かに大きな迷いはあるが、どこか秘策を隠しているような、もしかしたらデルタリボルバーを倒せると確信しているようなあの表情。
戦った事の無い相手ならまだしも、恐らくあの日本ダービーでデルタリボルバーとスターインシャインの戦いは見ているはずだ。そうなれば話は別、どの程度の武器を使えば相手のウマ娘を倒せるのかなまじ分かってしまったせいで、そう簡単にデルタリボルバーを倒せると確信できる武器を見つけることが出来なくなる。
俺が思考を張り巡らせていると、突然俺のスマホが鳴り出した。こんな大事な時にマナーモードにするのを忘れていたのか。
しかし俺は電話の相手を見て驚いた。スマホに表示されていた相手は、スリープが入院している病院からだったからだ。
「もしもし!?」
「氷野さん!? スリープさんが!」
電話に出たのはいつもの担当医だ、その声は切羽詰まっており、何かただ事ではない様子だ。俺は急いでスリープの状態がどうなったのかを問いただした。
「スリープさんが……涙を流しました!」
「スリープが……涙を……?」
担当医から放たれたのは、衝撃の言葉だった。今まで植物状態だったスリープは、涙すら満足に流すことのできない体だったはずなのだ、それが今、涙を流したと言うではないか。
もしかしたらスリープの意識がこのまま戻るかもしれない。そう考えると俺は気が気じゃなかった。
「俺は少し病院に行ってくる。急用ができた」
「……? レースはどうするんだい? トレーナー君」
「今日のレースは……後で映像で見るとする。天地がさかさまになるようなことが起きなければリボルバーは負けないさ。キングス、お前はどうする?」
「私は……今日のレースをこのままここで見るとしよう」
「そうか。それじゃあ行ってくる」
病院からの電話を切り、俺は控室を飛び出してスリープが眠っている病院へと向かった。
「……スリープドリーム、か。彼女を越えなければ、私は……」
「マックライトニング」
曇り空を見つめていると、声をかけられた。声をかけてきたのはデルタリボルバー。その声は面と向かって聞くのは初めてで、まるで鉄が喋っているかのように無機質な声だった。
「何の用だよ、もうすぐゲートインだろ。お前も自分のゲート前にでもいたらどうなんだ」
「……そんなに気分が落ち込んでいて、私に……キグナスに勝てると思うなよ」
「あ……?」
「見るからにそうだろう、上を無気力に見つめ、ボーっとしている目。まるで廃人のそれだ。そんな状態でキグナスに勝てるわけが無いと言ったんだ」
わざわざ声をかけてきて何を言うのかと思ったら、デルタリボルバーは俺の事をただ煽るためだけにやってきたようだ。
確かにそうだ、今の俺は廃人。ただ無気力に落ち込んで、自分に自信を持つことができない地方育ちのウマ娘。これ以上俺に関わらないで欲しいものだ。今はそっとしておいてほしい。
「……ほら、もうすぐレース始まるんだよ。さっさとどっかいきな、拳銃野郎」
「その呼び方はやめろ」
俺はそれ以上何も言わずにただ自分のゲート前に向かうデルタリボルバーを見送った。俺は何をやっているんだ。あそこはビシッと『お? キグナスのウマ娘が呼び方程度で起こるのか? 拳銃さんよ』って言ってやるところだろうが。
「はぁ……スタミナイーター、レース中しっかり使いこなせるといいけどな……」
「クライトさ~ん! しっかり見に来ました~!!」
「……メテオか!?」
デルタリボルバーが離れ、再び訪れた一人の時間をただぼうっと過ごしていると、観客席の方からめちゃくちゃ大きな声で声をかけられた。その声の方向を見ると、どうやらメテオが見に来てくれているようだった。つかうるっさ、ゲート前でこんなにうるさいなら観客席の奴ら耳割れるだろ。
「メ、メテオー……」
今俺は、メテオに向かってしっかり笑えているだろうか。夏合宿の時のように、俺はメテオに明るくいられているだろうか。
遠くを見ると、未だにメテオは観客席の最前列で跳ねている。どうやら俺の表情は大丈夫らしい。
そうだよな、俺はこれからレースを走るんだ。それも可愛い後輩が見ている前で。
「やれるだけ……いや、やってやるか」
トレ公と綿密に話し合ったスタミナイーターを発動するタイミングを思い出しながら、ファンファーレを聞いた後にゲートに入った。
「クライト……どうか……頼む……」
「クライトさん! 頑張ってください!」
「クライトの新しい武器、見せて貰おっかぁ!」
「っ……」
ゲートが開き、神戸新聞杯が始まった。しかし俺はスタート直前に少し脚が痛んで出遅れてしまった。クソ不吉で笑えたもんじゃない。
どうだっていい、とりあえず俺の持ってるありったけの力を全部スタミナイーターに乗せて拳銃野郎にぶつけるだけだ。他のウマ娘なんて関係ない。他のウマ娘を気にしてたって、どうせ拳銃野郎以上の奴はいない。
「……クライト、追込みだ」
「珍しいな、クライトは差しだろ?」
俺はスタ公のレース映像を何度も見返し、追込みの位置取り方を学んだ。確かに見える景色は差しと似ているが、後ろからの圧が無い分とても走りやすい。俺はわりかし追込の方が剥いているのではないかとさえ思う。
「うぅ……やっぱり本物のレースで見るクライトさんは存在感があるなぁ……。っていうか、クライトさん、なんだか顔が怖い……クライトさんはレースを楽しむ人なのに、なんだか何かウマ娘以外の何かと戦ってるみたいな……? ……うん、ちょっと移動しよう」
デルタリボルバーは差しであり、俺の少し前を走っているのがしっかり見える。今ならこのレースに出走しているすべてのウマ娘にスタミナイーターをぶつけられるだろうが……まだだ。
まだそのタイミングじゃない。
追込みの位置を調整しながら、出遅れた分を取り戻すように俺は走り続ける。すると前の方でデルタリボルバーが強く踏み切り始めたのが見えた。
トレ公と何時間も話し合って決めたスタミナイーターのタイミングは……。
「ここだっ!!」
「うぐっ!?」
スタ公が走ったダービーを見てわかった、こいつはその強靭なスタミナに過大な自信を持っているせいで、レースのしょっぱなからスパートをかけたがるんだ。いや、むしろそうしなければ逆に距離が短すぎて走りに支障が出るんだ。
長距離適性があるウマ娘が短距離を走れないのは、自分のスタミナが多すぎるあまりスタミナ管理が上手く行かず、結果的にボロボロになるという背景がある。
だからこいつは、レースのしょっぱなからスパートをかけることで自らのスタミナを使い切るようにしている。
そのスパートをかけるタイミング、自分の精神に集中する瞬間に合わせれば……。膨大なスタミナを削ることができる。
「うわぁ……クライト、えげつないことするなぁ。アレが新しい武器……」
「なんだよ……意外と削れるもんじゃん……?」
「(……)」
だが、それでもデルタリボルバーは止まらなかった。やはりあの膨大なスタミナをスタミナイーターだけで削りきることはできなかったようだ。前の方で規格外のスピードを出して走るウマ娘が見え始めた。
しかし俺のスタミナイーターによってスタミナを大きく削れたように見えたのは事実だ。スタ公から学んだレース中の威圧感もなかなか成長したもので、このような高度な技を使うなど、大分自在に操れるようになった。
「(私のスタミナが大きく削られてしまった……まさかこんな武器を仕上げてくるとは……)」
「だけどやっぱ……レース序盤からスパートをかけるってバカだろ……!」
デルタリボルバーがスパートをかけ、他のウマ娘達に大きなリードを広げていく。デルタリボルバーに釣られ、同じく序盤からスパートをかけてしまったウマ娘も漏れなく俺のスタミナイーターを受けている、間違いなく沈むだろう。俺はその中で、未だスパートをかけず後ろの方で控えている。
恐らくこのまま後ろで控え続けていれば、デルタリボルバーがそのスパートの勢いのままゴールしてしまうだろう。
やはり……やはり俺も奴に合わせてスパートをかけるしか……。
そのままの状態でレースは流れ、残り1200mとなった。それでもまだ半分切ったところなのに、デルタリボルバーは沈む様子が無い。
しかし後方から見てわかった、デルタリボルバーには確かに俺のスタミナイーターが効いているようだ。ダービーの時はあんなに姿勢が良かった走りが少しだけ崩れている。もしかしたらこのまま……。
でも……もし残りの距離を走りきる前に俺のスタミナが切れたら……?
その時は間違いなく負ける。どうあがいても負ける。
「(……今からスパートをかけたら間違いなくやられる……かといってこのままスパートをかけなければ、今度は追い抜かす距離が足りなくて負ける……。残されたのは、俺が今のアイツ以上のスタミナを見せる事……でもそれは……)」
それは……俺の武器を使う事になる……。
もし使えば……。
もし、使ってしまえば……。
「まだ……まだもう少し粘るんだ……」
もう少し粘ろう、そう思って気持ちを落ち着かせようとしたその時、ふと自分の行動を客観的に見ていなかった。
「はっ……はっ……しまったな……ハハ……やっちまったよ……」
掛かった、デルタリボルバーの圧倒的なリードに恐れ慄きもう一度スタミナイーターを無意識に使おうとしてしまった。しかし思考と動作が噛み合っていない行動に力などなく、俺の二回目のスタミナイーターはほぼ不発に終わり、ただ俺の気力を削ったのみだった。更に掛かったせいだろうか、周りの景色が歪んで見える。
いや、まだ掛かっている自覚があるだけ俺は幸せ者。掛かっているウマ娘と言うのは多くが無自覚だ、しかしこうやって自覚があればまだ巻き返すことはできるだろう。無自覚なら、このままズルズルとレースに飲み込まれていただろう。
デルタリボルバーのスピードは確かにスパート級とはいえ、まだ後方の俺たちに7バ身の差をつけたくらいだ。それならば、まだ何か奴を倒す手立てがあるかもしれない。
掛かる気持ちを抑え、先頭を見ていると、ただでさえ掛かって落ち着かないと言うのにさらにアクシデントが発生した。
「くっ……そっ……やたらめったらやりやがって」
俺が掛かるなら、当然他のウマ娘だって掛かっているはずだ。デルタリボルバーのスパート逃げに圧倒されて掛かっている。なんと俺の前方にいたウマ娘の一人が死なばもろともと言った具合に、俺やスタ公が使う『妨害の威圧感』をめちゃくちゃに出し始めた。もちろんそれは俺やスタ公のには大きく劣っていて、取るに足らないくらいのものだったが、今この場にいる俺には大ダメージとなって降り注いだ。
出遅れ、スタミナイーターを使い、掛かり、無駄に体力を消耗し、自分を落ち着かせることに精神をすり減らしている今の俺には。
「はぁっ……はぁっ? ……はぁっ……はぁっ……?」
酸欠のせいだろうか、情けないうめき声の様な呼吸が口から出ているのに聞こえる。いや、なんで俺は酸欠になっているんだ? 足元を見ると俺の脚は知らないうちにスパートをかけていた。でもなんでこんなに苦しいのにスパートを? そうだ、俺は掛かって──
落ち着け……前の方にデルタリボルバーがいる、あのスピードなら19秒後に追いつけない位置に行く。なら19秒目の時点で俺が全力のスパートをかければいいわけだが、バ群に突っかかれば追いつけなくなる可能性もある。かといって早めにスパートをかけても俺のスタミナが先に無くなって負ける。
「かっ──はっ……」
ちくしょう、追込みに対して規格外の圧をかける武器を持った奴でもいたのか……?
俺の体に突然として流れた衝撃は、ボロボロの体にトドメを刺すようだった。レース中盤でありながらもう体の節々が痛み、脚に至っては感覚がなくなってきた。
「(やばい……いよいよやばいぞ……色々な事がストレスになりすぎて今にも気を失いそうだ……)」
そんな状態で、前の方から更に大きな地ならしのような音が聞こえた。
デルタリボルバーがさらに加速した音だ。俺のスタミナイーターである程度体力は削れているはずなのに、俺たちの気力を削るために奴は加速したんだ。
加速していく……スパートをかけても追いつけなくなるまであと3……2……。
私が負けたら……トレ公は……。
「……チッ」
前の方を見ると、コーナーを回る時にデルタリボルバーが俺の方を見てニヤリと気味悪い笑顔をしているのが見えた。勝ちを確信して俺を煽っているつもりだろうか。いや、ゲートインする前のあいつの態度を見ても俺の事を煽っているのは確かだろう。
「舐めたことしやがって……」
……いや? むしろ今の俺には効果的なのかもしれない。あいつに煽られて、俺は今何のためにこの場に立っているのかやっと思い出してきた。
そうだ、ジュニア期の時から他のウマ娘を陰でこっそり消すなりなんなりしてムカつくキグナスを倒す為に俺はこのレース場で、キグナスのウマ娘と戦ってるんじゃないか。もう俺の原田に対する復讐は終わっているし、あと俺がURAでやることはただ一つ。
キグナスを潰すことだ。
そのためならどんなレースにだって勝つ、どんな犠牲を払っても……。
『私が……才能の塊……?』
『そうだ! 君なら中央で絶対に活躍できる!』
『(変な人かな……)』
『トレ公、今日のトレーニングは?』
『トレ公て、なんだかお前グレてきたな。似合ってねぇぞそのキャラ、だぁっはっは!』
『何笑ってんだコノヤロー』
『うまいだろ!? この店!』
『安いし美味い……トレ公、なかなかやるじゃねぇか!』
『だろぉ!?』
『またうまい店見つけたら教えてくれよ、俺たちの流行にしようぜ、これ』
…………走馬灯のようなものだろうか。俺の脳内にこれまでのトレ公との記憶がフラッシュバックしてきた。もう、俺のこの気持ちにも確信が持てた。
俺は……アンタに恩返しするためにも走ってるんだ。俺がレースに勝って、トレ公が有名になって。二人で美味しいご飯食べて、バカみたいなこと言いあって、トレ公のイジりを受け流して。
それが楽しくて、そんな時間をもっと味わいたくて、そして何より俺を地方から掘り上げてくれたアンタに名声を贈りたくて。
「悪ぃな……トレ公……約束破るぜ……」
俺はトレ公に嘘をついた。
「ふ──っ……」
やれるだけやるという嘘。
またご飯を食べるという嘘。
武器を使わないという嘘。
有馬記念に出るという嘘。
「(限界まで追い込んで……自分の精神に集中しろ……!)」
俺はデルタリボルバーに追いつくようスパートをかけた、規格外のスピードで。このペースならばあと300mで……きっと俺は限界になる。
このレースでスタミナイーターを使ってから立て続けに起こった不祥事。もう俺に対してこの武器を使えと言う事なんだろう!?
「だったら俺は!」
「っっ……やめろクライト!!」
トレ公の叫びが確かに聞こえたが、一度走り出した以上俺たちはもう戻れない。一度ゲートが開いたらゴールするまで俺たちは止まれないんだ。
「(来た!)」
手足に張った感じが来た。領域に似たアレだ。
「(本当に、悪ぃな……っ)」
もちろん俺は発現する覚悟が出来ている。俺の脚がこの領域を最後に使えなくなることへの覚悟は。
「これが俺の……ラストステージだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の手足に繋がれていた鎖を断ち切った。