「なぜアタシのライバルにはブレーキがないのか」 作:アメざいく
まるでお嬢様に捧げるかような優雅な動きで、スカイさんが紅茶のティーカップをドーベル先輩に差し出す。・・・このふたりの一連の動作は、さながらお嬢様と執事を錯覚させる。
「ありがと」
「いえいえ、こういうことは慣れてますから~」
「・・・嘘ばっかり。」
「んなっ!?」
そんなスカイ先輩の反応を見て悪戯っ子のように笑うと、ドーベル先輩は落ち着いた表情で紅茶に口をつける。・・・優雅だ・・・後ろに木漏れ日とティーセットが見える・・・。
「・・・あの子、まぁその当時はあっちのほうが年上だったんだけど・・・とあたしが出会ったのは、今から3週間くらい前のことだった。」
「3週間前・・・?・・・そういえば、なんか雨の日が続いてなかったっけ・・・」
3週間前というと、夏休みが始まったばかり・・・もしくは、これから夏休みがはじまろうとしているタイミングだろうか。梅雨の残党が生き残っていたのかと錯覚するかのごとく、雨ばっかりだった気がする。
「でもね・・・当時のあの子は、明らかにウマ娘という姿をしていなかったのよ」
「・・・と、いうと・・・?」
「耳としっぽがなかったのよ。UMAっていうの?ほら・・・最近、ネットでそんな感じの変な動物の画像が色々と上がってるでしょ。あんな感じの」
・・・やっぱりか。
「・・・でも、私が前に見たその子には、耳も尻尾もあった・・・普通のウマ娘だった気がするんだけど?」
「飲ませたのよ、薬を」
ドーベル先輩がちらっとティーカップに視線を落とす。・・・紅茶に映り込んだ自分の表情が歪んで見えるのは、果たして湯気だけのせいなのだろうか。
「あの子・・・あの子のオリジナルと言ったほうがいいわね・・・を旧寮に放り込んでかくまうことにしたはいいものの、・・・あのままだと絶対にいつかぼろが出る」
「・・・だから、薬って訳?」
「うん。・・・聞いちゃったのよ」
自分のやってしまったことが、いまに誰かにバレやしないか。でもそのままあの子を外に放り出したら間違いなくその風貌から悪い意味で注目されてしまい、最悪の場合生きては帰れないだろう。そんな中、偶然立ち寄った校舎裏で・・・先輩は聞いてしまった。
『人間・・・をウマ娘に変える薬・・・?』
『なんでもタキオン先輩本人も、書いた記憶がないらしいのよ。実際に薬品を再現してみれば何かが分かりそうだけど、その肝心の【人間】っていうのがそもそも何なのか分からないしねぇ・・・』
・・・これだ、と直感したという。【あの子】の正体が何なのかはわからないが、試してみる価値はありそうだと。
「そんな会話をしてた子たちの手元にタキオンの研究ファイルがあったような気がしたから、彼女らがファイルを返却し終わったタイミングを見計らって、タキオンのところにそのファイルを借りに行ったのよ」
「・・・それで、夜の研究室を手配してファイルをもとにその薬を作り、それを旧寮に持って帰って飲ませた・・・ってことか」
そしてその薬を飲んだ結果、その子は今の状態・・・黒髪ショートヘアのウマ娘へと変化したのか・・・。
「でも、それから数日後・・・というか昨日の夜、あなたが旧寮に来たでしょ。
・・・すべてを勘づかれたかと思って、ほんとにびっくりしたんだからね」
・・・で、今朝、あの子が失踪したと・・・。
「・・・な~るほどねぇ・・・にしても、そもそもなんでドーベルはそのオリジナル・・・見知らぬ生命体さんを助けようと思ったの?」
「なんというか、理論にかけるけど・・・
・・・どうしても他人とは思えなかったのよ。」
スカイから飛んでくるそんな問いに、あたし・・・メジロドーベルはそんなあやふやな答えを返す。・・・だってしょうがないだろう、事実、これ以外の言葉でこれを説明することなどできない。
あの子と自分との関わりが、今までで1回でもあったのだろうか。・・・少なくとも、今のあたしには思い出せない・・・
過去の思い出をどんどん巻き戻していき、記憶内のあの子の姿を探す。・・・小さいころに家族で遊園地に行って、そのままひとりだけ迷子になったとき。電車を乗り間違えて帰れなくなったとき、初めてコミックマーケットに自作の同人誌を出したとき・・・可能性のありそうなものはいくつか見つかったが、そのどれにもその姿はない。だが、一瞬だけ。・・・羅列した他の思い出たちの中に紛れるように、その姿を見た気がした。
からっと晴れた青空、良バ場となったターフ、観客席から伝わってくる熱気。・・・GⅠレース。
『ドーベルならきっと大丈夫!!』
・・・そんな優しい声が、聞こえたような気がした。
「・・・あっ・・・」
あれ・・・?・・・今のは・・・いったい・・・
「?・・・どうしました?」
「いや・・・なんでも、ない・・・」
ありえない。そんなはずはない。あんなの・・・存在しないはずの記憶だ。これは・・・なんだ?
「・・・ねぇスカイ。変なこと聞くようだけど、身に覚えのない記憶が自分の頭の中にある~みたいなことって、スカイは体験したことある?」
「う~ん・・・正確に『これは身に覚えがないぞ!!』っていえるような記憶はないけど・・・
・・・でも、無性に何かを求めちゃうのは、やっぱり身に覚えのない何かが関わってるのかな・・・なんてことを思ったことがあったりなかったり」
記憶というのは不思議なもので、遠い思い出の彼方に過ぎ去ったはずのものであっても、現在の自分自身にわずかながら影響を与えてしまうのだ。・・・まるで、病気の後遺症みたいに。
「・・・にしても、今朝という今朝までずっと旧寮にいたなんて、よっぽどドーベルの事を信頼してたんだね~。」
「え?・・・あの子が?」
「そうそう。
・・・普通さ、いくら死にかけの時に助けてくれたからって言っても、完全に回復したあとにもドーベルのもとにいる理由なんてないわけじゃん?・・・旧寮でかくまうというドーベルの取った行動は、裏を返せば監禁・・・食べ物を与えられなければそのまま餓死してしまうかもしれないし、飲まされた薬品は毒物だったかもしれない。
でもね・・・それでもあの子がドーベルのもとに居続けたって事は、ドーベルに絶対の信頼を置いて、身を委ねてたからなんじゃないかなって、セイちゃんは思っちゃうんですよね。」
・・・まぁ、自分が助けてくれた相手を信用しない卑屈ものだからかもしれないけどね~?と、彼女は付け足すように言う。
「・・・じゃぁ、あの子がいなくなったのは・・・」
「きっとドーベルに迷惑を掛けたくなかったんじゃないかな?・・・私がかなりいいラインまでこの事に近づいてたこともあって、このままここに居続ければ、きっとドーベルに迷惑が掛かってしまう・・・そういう思考からじゃないかな~と」
『だってドーベルちゃんはとっても強いウマ娘なんだから―――』
・・・違う、違う。あたしは、強いウマ娘なんかじゃない・・・。あの子が一緒にいてくれたから、そばにいてくれたから、あたしは――――
「―――スカイ!!探すよ!!あの子を!!」
・・・でも、連れ戻すために探すんじゃない。これは・・・
「あの子に言いたいことが、まだやまほどあるの」