「なぜアタシのライバルにはブレーキがないのか」 作:アメざいく
・・・なんで私はあの時、彼女と出会ってなんかしまったんだろう。
どうせ、一方的に迷惑をかけてしまうだけなのだと、自分はただの足手まといなのだと・・・そうわかりきっていたはずなのに。
―――――あぁ、私はいったい、どこへ向かっているんだろう。お金もカードも一切持たないであの場所を出た。彼女と自分との、いい思い出も悪い思い出もたくさん詰まった、あの部屋を。
ここは・・・どこなんだろう・・・。どこか見覚えのあるようで鮮明には思い出せない道たちを進んでいく。・・・明日からどうしよう。最悪、野垂れ死にか・・・。・・・まぁ、私みたいなやつには、そんな終わり方もいいのかな・・・。
暑い。喉乾いた。お腹もすいた。街路樹の蝉たちが、やけにうるさい。この蝉たちのうるさい鳴き声は、自分へのレクイエムと受け取ってもいいのだろうか。
今までの事が走マ灯のように浮かんでは消えていく。
・・・あぁ、結局、私はいったい何者だったんだろう。私はどこの誰で、何をしていたのか、・・・さっぱり思い出せない。
大切そうに保管してあった、鉄製のトレーナーバッジ。おそらく記憶を失う前の私の宝物であったのだろうそれは、自分にはなんなのかよくわからない。
ごめんな、記憶を失う前の自分。私、全然あんたのこと理解してあげられなかった・・・。
そしてドーベル。・・・ごめん。
蝉たちの鳴き喚く声ですら、もう私の頭には入らない。もう、脳は機能を停止していた。
「ねぇ~、本当によかったの?カフェさんとアヤベさん帰らせちゃって・・・」
「いいの。・・・これは、あたしがやらなきゃいけないことなんだから」
コンビニで買ったサイダーのペットボトルを片手に、あたしはスカイへと振りむいてそういう。
猛暑。正午は過ぎたとはいえ、夏は夏なのである。むしろ午後1時とかのほうが暑いという可能性まである。・・・熱中症警戒アラート?・・・聞き飽きたよそんなもの。
「・・・あの子ならきっと、あの場所にいるはず・・・」
「・・・もし、そこにいなかったら?」
「盛大な無駄足ってところね」
数値上の確率は恐ろしく低い。・・・でも、あたしはなんだか、間違いなくあの子が『そこ』にいるような気がしたのだ。
・・・待ち合わせにもなる大きなアーケードに。・・・あの商店街に。
『・・・アロマキャンドルには、贈った相手に「素敵な時間を過ごしてもらいたい」っていう気持ちが込められているのよ』
『あっそうなんだ・・・初めて知った』
『だよね~。あたしもつい最近まで知らなかったし』
記憶の中の彼女はそう話すと、先ほど買って来たのであろう、ラッピングされたアロマキャンドルを取り出す。
『・・・今のあたしに、こんなことを言う資格なんて無いけどさ。・・・素敵な時間を、あんたにプレゼントしたいな~って』
そう言って微笑みながら、アロマキャンドルを手渡してくる彼女。・・・いや、彼女は本当に私に向かって微笑んでいたのだろうか。
私とは視線を合わせていなかったような気もする。どこかけだるげな視線を向けていたような気もする。迷惑そうな表情をしていたのかもしれない。
記憶の中の彼女が、どんどんぼやけてくる。この事について今の私が思い出せるのは、彼女とのやり取りと、アロマキャンドルを貰ったという事実だけである。
「・・・あ~ぁ・・・せめてあのアロマキャンドル、持っていけばよかったな・・・」
すべては後の祭りである。・・・もういい。私は彼女のために、・・・彼女を、メジロドーベルを捨てたんだ。
・・・でも、ちょっとだけ。・・・私と彼女の姿のない雑貨屋の片隅は、少し寂しかった。
―――こんなところで感傷にひたっている暇はない。とりあえずまずはバイトでもしてお金をためて、ためたお金を使ってどこか遠くへと逃げてしまおう。
さようなら、メジロドーベル。・・・さようなら、私の・・・夢・・・。
「―――そうやって、また自分の感情から逃げるつもり?」
どこかクールなそんな声が、私の耳へと飛び込んでくる。・・・メジロドーベルが隣に立っていた。
「ドーベル!?どうしてここに・・・っていうかなんで!?」
「あいにく、あたしはスピード賢さ特化の差し型だからね。・・・追いかけるのは慣れてるのよ」
・・・逃げなきゃ、ととっさに思った。でも・・・体が動かない。・・・なんで?
・・・心地いいからなのだろうか。彼女の、メジロドーベルの隣が。
「・・・ねぇ、・・・あんたはさ、あたしが強いウマ娘だって、・・・そう言ってくれたよね。」
そう述べる彼女の視線は、私の方へは向かない。だが、その視線の先が別の何かをとらえている訳でもなく、その様子はまるで思い出の中に想いを馳せているかのようだった。
「・・・違う。あたしは強くなんかなかった。・・・自分に自信がなくて、臆病で、コミュニケーションだってうまくできない・・・そんな、弱っちいウマ娘だったの」
違う、ドーベルは本当に――――・・・そう言いかけた口をぐっと閉じる。
・・・彼女の視線の先が、私へと向いた。
「だけど・・・あんたと出会って、一緒にいるようになって・・・ちょっとくらいは、強くなれたのかなって・・・」
彼女が私の手を取って、そっと微笑みかける。・・・な、なんで・・・?私は、君を捨てたんだよ?それなのに・・・嫌われて、ないの・・・?
「・・・でも、ありがとうは言わない。これを言ってしまったら、全部過去のものになってしまうから・・・。
あんたにとっては、ただのハイリスクローリターンかもしれないけどさ。・・・一緒にいてほしいんだ。あたしと」
―――だったらあたしたちふたりで、どんどん強くなっていけるでしょ?
そういって、こちらへと手を差し出してくる彼女。
・・・もう、何も迷わない。
私は彼女に、ゆっくりと手を伸ばして――――
「いい?キタサン、破邪の魔法っていうのはね、えっと・・・ある特定の対象に対して大きなダメージを与えたり、多大な負荷をかけることのできる・・・っていう、すごい魔法なのよ!!」
ここは栗東寮の一室。夕日のさしこんだこの場所にて、ウィッチハットを被った少女が、何かの本を片手に意気揚々とそう語りだす。
・・・この部屋の中には、彼女以外誰もいないというのに。
「つまり、この魔法を応用すれば、最近増えてきた害虫たちを、いーっきに行動不能にすることが可能なのよ!!」
それでもなお、彼女は話し続ける。・・・まるで、この部屋に他の誰かがいるかのように。
―――外でないているひぐらしだけが、彼女の言葉に返答をしていた。