「なぜアタシのライバルにはブレーキがないのか」 作:アメざいく
「スズカ」
ここはめったに他のウマ娘の来ない、鬱蒼とした森の中。・・・裏山、とは名ばかりのさっぱり手入れされていない場所。元はただの山だったのだが、かつて親友エアグルーヴ(花を育てるのが好き)から貰ったミントの残骸をここに土ごと植えたら、気が付いたときにはあたり一帯がミントに侵食されてしまった。まぁそんな場所だ。・・・ここはミントのオンステージ会場じゃないのだけれど。
・・・で、そんなエアグルーヴが、この場所にやって来た珍しい客人として、今私ことサイレンススズカの目の前にいるわけだ。・・・人生ならぬウマ娘生、何が起こるか分からないものだ。
「エアグルーヴ。・・・なんで?」
「久々にこの場所に来たくなってな。・・・慰霊碑の手入れを全部貴様に押し付けるのも気が引けたし。」
「とかいいつつ、ほんとは私に会いたくなっただけじゃないかしら?」
「・・・・・」
おっと?これは・・・図星か。
「・・・当たり前だ。・・・このたわけめ。」
「たわけで結構~」
エアグルーヴの口癖兼定型文にいつものようにそう返すと、私はちらっと慰霊碑のほうを見上げる。・・・エアグルーヴに無理を言って(でもグルーヴのほうもやや乗り気だった)、生徒会の予算を(ほぼ不正に)捻出して制作したものだった。作った理由もなぜここに慰霊碑があるのかも、すべては私と彼女しか知らない。
・・・蝉の鳴き声がやけに騒がしかった。この蝉がひぐらしだったのなら、もう少しいろんな意味で涼しくなったのだろうか。
「・・・そうだ、おい」
そんな主語のない言葉にワンテンポ遅れて、一本のペットボトルがこちらに飛んでくる。・・・はちみつレモンソーダ。レモンイエローのラベルに、青い文字が躍る。・・・ご丁寧にレモン9個分のビタミンCなんて意味不明な文字もセットで。
「最近暑いからな。・・・これ、好きだっただろ」
「私は現在進行形で好きよ?」
ペットボトルキャップを開けると、炭酸のしゅっと抜ける音がする。それはとてもさわやかで、言ってしまえば夏の象徴と言い切ってもよかった。・・・私の心情とは裏腹に。
「はーっはっはっは!!待たせたな諸君!!この世紀末覇王ことテイエムオペラオーが帰還!!」
8月7日・午前8時45分。群青のジャケットをどこぞのディレクターのように羽織り、その下にワイシャツと深紅のネクタイ。そんないつも通りの(かなりの)制服着崩しフォルムで現れたのは、オペラの練習をしているはずのテイエムオペラオー先輩である。
オペラ練習の合間を縫ってやって来たのか、はたまたこの後すぐ練習に行くのか、そもそも今日は練習がないのか。服装的に最後のやつだろうか。・・・いや、わからん。
「・・・って、あれ?・・・なんだか、少なくないか?メンバー」
「あ~、まぁ理由はだいたいお察しの通りですかね」
夏休みってだいたいそんなものなのだろうか。タキオン先輩はお察しの通りで、フジ先輩は今朝から友達と旅行らしい。スカーレットは・・・知らん。ショッピングか?
そしてオレはそんな楽しい楽しい夏休みに何をしているのかというと、ひとり寂しく部室(と化した会議室)でお留守番である。・・・別に悲しくなんかないからな。
まぁだがそんなひとりぼっちの8月7日も今日で終わりらしい。・・・なんかおかしな文章な気がするが、まぁいいだろう。
「・・・うん?これは前回のミーティング資料かい?」
「えぇ、まぁろくなことやってないですけど・・・」
「やはりこのボクがいないこのチームは暗黒時代という訳か!!」
・・・たぶん違うと思います。
当番制で回ってくる記述者以外誰も見ることのない、フジ先輩のデスクに放置してあった活動日誌のファイルが久々にぱらぱらと音を立てる。
まぁこの悲しい部屋にオペラオー先輩を繋ぎとめることができるのなら、電子掲示板に張り付いていたここ数日間にも意味があったという事なのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考える。ふとオペラオー先輩の表情をのぞくと、どこか疲れていて眠たげだった。だがそれでも先輩は一切の弱音や文句を吐かず、明るくて自信に満ち溢れた【テイエムオペラオー】を淡々と演じる。その様子はどこか、先輩と少なからず因縁があると噂の次期美浦寮長・セイウンスカイ先輩に似ていた。
世紀末覇王とトリックスター。性格や行動こそ違うものの、案外本質は同じなのかもしれない。
唐突にガタッという音がして、ワンテンポ遅れにファイルが床に落ちる。オペラオー先輩が机に突っ伏して、すやすやと眠りこけていた。
(―――やっぱり、疲れてたんだな・・・)
あのテイエムオペラオーがこんなにも無防備に寝顔をさらしているところを見たウマ娘なんて、この広い世界でオレしかいないんじゃなかろうかなんてことを錯覚する。いつものかっこいいイメージから一転、その無防備な寝顔はどこか可愛げがあった。