「なぜアタシのライバルにはブレーキがないのか」 作:アメざいく
辺り一帯は沈黙に満ちていた。
いや?沈黙に満ちていたわけではない。ただただ永遠と金属バットが振り下ろす音だけが辺り一帯における唯一の【音】を形成していた。そんな音を永遠と聞き過ぎて、どうやら私の耳は麻痺してしまったようだ。
―――誰かの大切な何かだったのかもしれない。なにかかけがえのない、大切なものを手に入れようとしていたのかもしれない。
「おい」
隣からそんな声が聞こえて、はっと横を振り向く。私の両腕はもう限界だったようで、それをスイッチに金属バットが手から離れて行く。・・・軽快な音はならなかった。
「はちみつレモンソーダ、飲むか?」
彼女は・・・エアグルーヴはそう言って、一本のレモンイエローのペットボトルを手渡した。
「・・・ありがと」
ペットボトルのキャップを開ける。ぷしゅっとした軽快な音が耳をくすぐった。
ニンゲンを壊した後に飲むソーダは、果たして美味しいのだろうか。
「うん・・・?
・・・あぁ、ボクとしたことが、まさか寝落ちしてしまうだなんて・・・」
目が覚めるいや否や、眠い目をこすりながらオペラオーがそういう。
開いたままほったらかしにしていたはずのファイルや書類群は机の隅っこに綺麗にまとめられていた。あたりをきょろきょろと見回したが、誰もいない。
「ん?これ・・・」
今更だが自分の体に毛布がかかっていることに気づく。それもふわふわである。誰かがかけてくれたのか・・・?
とりあえず活動を再開しなければ、と机の端に置かれていたファイルをつかむ。・・・それには見知った筆跡のメモが張ってあった。
【急な用事が出来たので、しばらく席を外します。 ウオッカ】
(・・・ウオッカ君が?)
彼女がかけてくれた毛布、せっかくだからもう少し堪能させてもらうとしよう。
オペラオーはファイルを再び隅にしまいなおすと、ふわふわに身を委ねた。
「・・・で、なんだよ大事な用事って?」
校舎裏。唐突にそんな定型文ともとれる文章で呼び出しをしたそいつに、オレはぶっきらぼうにそういう。
「―――スカーレット。」
「しょうがないじゃない、ほんとに大事な用だったんだから。」
どうもオレとこいつとには並みならぬ因縁みたいなのがあるようだ。相棒。運命共同体。色々とそれっぽいワードを頭に浮かべてみたが、どうもオレとこいつとの関係にはいまいちしっくりこない。
・・・【ライバル】。・・・そんなところだろうか。相棒要素も少なからず入ってるのかもしれない。
「最初に言っておくわ。アタシは正常だからね」
「いや突然何を言って・・・」
そんなオレの言葉を遮るように、スカーレットが一冊のファイルを押し付けてくる。
「さっきまでタキオンさんの過去の研究データの整理と処理をしてたんだけど、そこでちょっと妙なデータを見つけちゃってね?」
「・・・妙な?」
記入日は1年近く前で、ぱらぱらとめくると薬品の調合の仕方やら使用方法やら実験方法やらが記載されていた。いたって普通の実験記録のように見えるが・・・
「重要なのはその中見よ中身、薬の効果」
「え~?
・・・・は?」
こいつは何を言っているんだ、というワードの矛先が、スカーレットからファイルの内容へと移動する。改めて言っておこう。こいつは何を言っているんだ。
「人間・・・をウマ娘に変える薬・・・?」
見慣れないワードが紙面上に立ち並ぶ。・・・なんだ?文字化けか?そうとでも言わなければ説明がつかない。
「1年位前・・・っていうか、これを書いてるときのタキオン先輩って、どんな感じだったっけ・・・」
「いたって普通だったように覚えてるわよ。・・・少なくとも、アタシは、ね」
タキオン先輩が記述時にものすごく疲れていた、という事にすればほぼ説明がつく。・・・だがそんな単純なことは無さそうだという事は、直感でわかった。
「なんでもタキオン先輩本人も、書いた記憶がないらしいのよ。実際に薬品を再現してみれば何かが分かりそうだけど、その肝心の【人間】っていうのがそもそも何なのか分からないしねぇ・・・」
「はやい話が、迷宮入り
・・・って訳か」
これもまたオーパーツもどきなのだろうか。・・・記憶と噛み合わない。
「まぁそんなところ。・・・で、アタシだけじゃどうしようもないから、あんたの意見を聞きたかったわけ。」
・・・オカルト的な話を考えないとすると、タキオン先輩じゃない別の誰かがあの書類を記述して、記録群の中に忍ばせておいたのだろうか。・・・なぜ?なんのために?
ただの愉快犯なのか?・・・だったらなぜこんな訳の分からなくてまわりくどいことをするのだ。スカーレットが気づかなければ、そのまま書類は闇に眠っていただろうに。
(・・・あ~、頭がこんがらがってきた・・・)
これは一度持って帰って考える必要がありそうだ。クーラーの効いた寮の部屋でお気に入りのアイスでも食べながら考えるとしよう。
「・・・ところでお前、ショッピングに行ってたんじゃねえの?」
「こんな早い時間に、ショッピングモールが開いてるわけないでしょうが・・・」
―――そんなウオッカとスカーレットの会話を、後者の影から聞き耳を立てるウマ娘がひとり。
ふたりがアイスの話をしながらこちらへと向かってくるのを察知すると、そのウマ娘はロングヘアを揺らしながらどこかへと去っていった。