クソチャラお兄さま   作:おこめイーター

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よろしくお願いします


01

 

「君、トレセン学園の()だよね? こんなところで何してんの?」

 

 それが、あの人と初めて交わした言葉だった。

 

「……え?」

「あーっと、いや、ほら。そのジャージ。学園指定のヤツっしょ?」

「えっと、その……」

「なに、もしかしてサボり途中だった感じ?」

 

 笑いかけてくれるその人に、けれどライスは何も答えることができなかった。

 その雰囲気が、ちょっとだけ怖い人だな、って思ったから。

 首の後ろで一つにしてる金髪に、濁った薄茶色のひとみ。

 視線を合わせることができなくて目を逸らすと、唇がちょっとだけ荒れてることに気が付いた。

 着ているジャージもところどころ(ほつ)れてるし、だらしなさそうっていうか、なんていうか……。

 少なくとも、ライスの人生の中では、いちども関わったことがない性格の人だった。

 でも、声音だけはちょっとだけ、安心できるもので。

 そうやってライスが怯えていることに気づいたその人は、慌てるように、

 

「あー、違う違う! 俺、トレーナー! ほら!」

 

 くたびれたジャージのポケットから、少し汚れたトレーナーバッジを見せてきた。

 

「……トレーナー、さん?」

「そうそう。怪しい人じゃないから、安心して?」

 

 問いかけに、でもライスは頷くことができなかった。

 ……だってその人は、なんだか無理やりに笑ってるような気がして。

 

「にしても、こんな真っ昼間からサボりなんて、めーっちゃ不良ちゃんじゃん」

「ら、ライスはサボりじゃなくて……」

「つーか、今日って選抜レースの日だよね? 君さ、ホントにサボってていいの?」

 

 その言葉に、喉の奥が詰まって苦しくなった。

 ……だって、ライスはダメな子だから。

 最初は、やってみせるって思ってた。ここからライスは変わるんだって。

 でも、いざ本番が近づくと、その気持ちはだんだん弱音に変わっていって。

 ……どうせレースに出たって、ライスは何の結果も残せないんだ。

 もし仮に、万が一レースに勝ったとしても、スカウトされるわけがないし。

 たとえトレーナーさんがついてくれても、がっかりさせちゃうに決まってる。

 だから、ライスは……。

 

「……ごめん、なさい」

 

 ああ、ダメだ。

 我慢しないといけないのに、

 涙、が。

 

「あ、え、なんで!? なんで急に泣いてんの!? 大丈夫!?」

「ライスは、レースにでない方が、いい、から……」

「ちょ、あの……とりあえず落ち着きなって、ほら!」

 

 その人は隣に座って、優しくライスの背中をさすってくれた。

 鬱陶しいって思われてるかな。きっと、面倒な子だって思われてるんだろうな。

 そんなことを考えると余計に悲しくなって、涙の量が増えていく。

 もう、誰にもそんな迷惑をかけないようにしよう、って決めてたのに。

 やっぱり、ライスは変われないんだ。何もできない、ダメな子なんだ。

 なのに、その人は何も言わずにライスの傍にいてくれて。

 その気づかいをさせてしまう自分が、本当に嫌いになった。

 

「サボりたいから、サボってるワケじゃない感じ?」

「…………うん」

 

 頷くと、その人は少しだけ考えてから、改めてライスの方に向き直って、

 

「じゃあさ、今日はもう一緒にサボっちゃおっか」

 

 ……え?

 

「たぶん、そんな気持ちでレースに出ても、あんま意味ないと思うんだよね」

「そ、それは……」

「てかさ、俺も今日仕事サボろうと思ってて。一緒の仲間ができて嬉しいよ」

「でも……ライス、サボるなんてこと……」

「ここまで来て、それはないっしょ」

 

 立ち上がったその人は、うん、と一度体を伸ばすと、ライスの方に振り返る。

 

「そういや、名前聞いてなかったっけ。君、なんていうの?」

「ら、ライス……ライスシャワー、です」

「ライスシャワー? じゃ、おコメちゃんで」

 

 おコメちゃん。

 

「……おコメちゃん?」

「とりあえず、お腹空いたしどっか入ろっか? お昼、まだだよね?」

 

 そうやって差し出された手を、取るのに迷って。

 一度、下ろそうとしたライスの手を、その人は強引に、けれど優しく手繰り寄せて。

 

「あ……」

「ほら、行こうよ」

 

 ライスの手を握って、その人は歩き出す。

 あれだけ溢れていた涙は、いつの間にか引いていた。

 

 

 お昼の街は、どこかぼんやりとした雰囲気だった。

 信号機から聞こえるハトさんの鳴き声も、電光掲示板から流れるコマーシャルも。

 ぜんぶ、どこか遠くから聞こえる気がして。

 いつも歩いているはずなのに、どこか違うところみたいだった。

 

「おコメちゃん、ホントにそんな食べきれんのー?」

 

 そうして入った、赤い看板のハンバーガー屋さんで。

 ライスの頼んだメニューを見てからの、その人が口にした言葉だった。

 

「やっぱり変、かな……」

「あ、いや、違う。そういう意味で言ったんじゃなくてさ」

 

 フィッシュバーガーの箱を開きながら、その人が訂正した。

 

「食べたいならいっぱい食べな? 恥ずかしいことじゃないし」

「う、うん……」

「とくにおコメちゃんみたいな中等部の子は、今が大事な時期だからね」

「……中等部?」

「そう。よく食べて、よく運動して、きちんと睡眠とればもっと身長も伸びるし……」

「ライス、高等部だよ……?」

「…………」

「…………」

 

 …………。

 

「いっぱい食べる子、俺は好きだな!」

「あ、ありがとう……」

 

 着信音が鳴ったのは、それからすぐあとのことだった。

 鬱陶しそうに携帯を取り出したトレーナーさんは、うげ、なんて嫌そうな声を上げていて。

 それからしばらく悩んだあと、ため息を吐いてから通話に出た。

 

「……はい、もしもし?」

 

 もしかして、サボってるのがバレちゃったのかな。

 気まずそうに視線を泳がせるトレーナーさんを見てると、そうとしか思えなかった。

 ……ライスの、せいだ。ライスが気を遣わせちゃったから。

 どうしよう。トレーナーさんは悪くないのに。ライスのせいで、叱られちゃう。

 と、とにかく謝らなくちゃ。トレーナーさんにも、みんなにも。

 そうやって考えていると、ふいにトレーナーさんの声色が、変わった。

 

「え? あ、それなら……はい、知ってます。てか今、俺と一緒にいるっすよ?」

 

 電話先の人とお話しながら、トレーナーさんはライスと視線を合わせると、

 

「ライスシャワー、ちゃんですよね? 選抜ドタキャンしちゃったって子は」

 

 ……あ。

 ダメ、だ。

 戻らなくちゃ。

 これ以上、迷惑をかけないうちに、早く。

 勝手なことしてごめんなさい、って謝らないと。

 ……それ、なのに。

 胸の奥に重たいものが積まれたような、お腹の中が揺れるような。

 そんな後ろめたい心が、全身にのしかかってるような気がして。

 ライスは、何もできなかった。

 

「はい、はい。あ、知ってるっすよ。てか、今一緒にいます。目の前に」

 

 話をしながら、トレーナーさんがちらり、とライスの方へ視線を投げてくる。

 困らせちゃってるよね。ライスのこと、面倒な子だって思ってるよね。

 ……言わなくちゃ。迷惑かけてごめんなさい、って。

 

「あの――」

 

 そうやってライスが口を開こうとした、そのとき。

 トレーナーさんは自分の指を、ライスの唇にあてて、しー、って。

 それから少しだけ笑ったあとに、ライスにだけ聞こえるような、小さな声で。

 

「だいじょーぶ」

 

 そう、伝えてくれた。

 

「……なんだか、体調不良みたいで。今、俺が面倒みてますよ」

 

 これって、悪いことだよね。

 やめさせないと。このままじゃ、もっとたくさんの人に迷惑をかけちゃう。

 それに何より、トレーナーさんにウソまでつかせるなんて。

 

「ヤバそうな感じではないんですけど、今日の選抜は休んだ方がいいかもっすね」

 

 トレーナーさんは何も悪くない。悪いのは、全部ライスなんだ。

 だから早く学園に戻って、みんなに謝らないといけないのに。

 ライスは、トレーナーさんに何も言い出せなくて。

 

「あ、大丈夫っす。この子は俺がちゃんと診とくんで。レースの方、お願いします」

 

 いけないことをしてることは、分かってる。

 トレーナーさんにウソまでつかせて、みんなに迷惑をかけてることも。

 情けない。やっぱりライスはダメな子なんだって、あらためて思っちゃう。

 それ、なのに。

 ちょっとだけ安心しているのは、どうしてなんだろう?

 

「じゃあ、そういうことで。よろしくお願いしまーす」

 

 結局。

 トレーナーさんが電話をしている間、ライスは何も口を挟むことができなくて。

 携帯をしまったトレーナーさんは、くすりと笑ってから、

 

「これで、正式にサボり仲間だね?」

 

 そんな風に、言ってくれたんだ。

 

「……ごめんなさい」

「ちょちょ、謝んないでよ。俺だけ悪いことしてるみたいじゃん」

「でも、ライスのせいでウソまで……」

「いーのいーの、そんなこと。それにさ、たまにはこういう日があってもいいじゃん?」

「……こういう日?」

「その日の予定、ぜーんぶ無視して遊ぶ日」

 

 にっこりと笑ってから、トレーナーさんはハンバーガーをお口いっぱいにほおばった。

 いいのかな、そんな日があって。ううん、本当は絶対によくないって、分かってる。

 だけど、このトレーナーさんが言っていることは、間違っている気がしなくて。

 

「……いただきます」

 

 ちゃんと手を合わせてから、ハンバーガーにかぶりつく。

 ライスの小さなお口じゃ、トレーナーさんみたいに気持ちよく食べられなくて。

 ソースがほっぺたについたり、具材がテーブルの上にこぼれちゃったけど。

 でも、これまでに食べたハンバーガーの中で、いちばんおいしい気がした。

 

「どうよ、おコメちゃん。サボって食べるバーガーの味は」

「うん、とってもおいしいよ……!」

「そっか」

 

 砕けたように笑いながら、トレーナーさんはライスのほうに手を伸ばすと。

 ほっぺたについていたソースを指で拭って、ぺろっと舐めた。

 その仕草があまりにも自然で、ライスは思わずどきっ、としちゃって。

 

「…………」

「……あ、もしかしてヤだった? ごめん、妹に似てたから、つい」

「ぜ、ぜんぜんそんなことないよ! ありがとう、トレーナーさん……」

「そーなの? なら、よかった」

 

 なんてこともあって、しばらく食事を続けたあと。

 食べきれない、ってことはないけど、やっぱりライスの頼んだ量は多くて。

 先に食べ終わっちゃったトレーナーさんが、ジュースを飲みながら聞いてきた。

 

「とりあえず、この後はどうしよっか?」

「えっと……学園に、戻って……」

「いやいやいや、違うでしょおコメちゃん。今日はとことんサボる日なんだよ?」

「でもライス、サボり方なんてわからないし……」

「そんなワケないっしょ。ほら、お休みの日にしてることとかさ、ないの?」

 

 お休みの、日……。

 

「……いつも、一人で走り込みしてるよ?」

「あー……」

 

 正直に答えると、トレーナーさんは難しそうな顔をして眉間を抑え込んだ。

 また、困らせちゃったかな。でも、それ以外にしていることなんて、思いつかないし……。

 

「どっか遊びに行ったりとかはしない感じだ?」

「誘ってくれたら、嬉しいから行くけど……ライス一人で遊びに行くことは、ない、かも」

「……じゃあさ、なんか欲しいものとかないの? 服とか、そういうさ」

「あ、それだったら最近、蹄鉄が少なくなってきて……」

「だーかーら、そういうのじゃなくって」

「うぅ……」

 

 ちょっとだけ怒ってるような口調で言われて、うんうんと考える。

 ライスが、欲しいもの。蹄鉄とか、そういうトレーニング用品じゃなくて、もっと。

 ……あ。

 

「一つだけ、あるかも」

「お、いいじゃん」

「えっとね……」

 

 ライスの、欲しいもの。それは……。

 

 

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