クソチャラお兄さま   作:おこめイーター

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よろしくお願いします


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■

 

「君、トレセン学園の娘(コ)だよね? こんなところで何してんの?」

 

 それが、あの人と初めて交わした言葉だった。

 

「……え?」

「あーっと、いや、ほら。そのジャージ。学園指定のヤツっしょ?」

「えっと、その……」

「なに、もしかしてサボり途中だった感じ?」

 

 笑いかけてくれるその人に、けれどライスは何も答えることができなかった。

 その雰囲気が、ちょっとだけ怖い人だな、って思ったから。

 首の後ろで一つにしてる金髪に、濁った薄茶色のひとみ。

 視線を合わせることができなくて目を逸らすと、唇がちょっとだけ荒れてることに気が付いた。

 着ているジャージもところどころ解(ほつ)れてるし、だらしなさそうっていうか、なんていうか……。

 少なくとも、ライスの人生の中では、いちども関わったことがない性格の人だった。

 でも、声音だけはちょっとだけ、安心できるもので。

 そうやってライスが怯えていることに気づいたその人は、慌てるように、

 

「あー、違う違う! 俺、トレーナー! ほら!」

 

 くたびれたジャージのポケットから、少し汚れたトレーナーバッジを見せてきた。

 

「……トレーナー、さん?」

「そうそう。怪しい人じゃないから、安心して?」

 

 問いかけに、でもライスは頷くことができなかった。

 ……だってその人は、なんだか無理やりに笑ってるような気がして。

 

「にしても、こんな真っ昼間からサボりなんて、めーっちゃ不良ちゃんじゃん」

「ら、ライスはサボりじゃなくて……」

「つーか、今日って選抜レースの日だよね? 君さ、ホントにサボってていいの?」

 

 その言葉に、喉の奥が詰まって苦しくなった。

 ……だって、ライスはダメな子だから。

 最初は、やってみせるって思ってた。ここからライスは変わるんだって。

 でも、いざ本番が近づくと、その気持ちはだんだん弱音に変わっていって。

 ……どうせレースに出たって、ライスは何の結果も残せないんだ。

 もし仮に、万が一レースに勝ったとしても、スカウトされるわけがないし。

 たとえトレーナーさんがついてくれても、がっかりさせちゃうに決まってる。

 だから、ライスは……。

 

「……ごめん、なさい」

 

 ああ、ダメだ。

 我慢しないといけないのに、

 涙、が。

 

「あ、え、なんで!? なんで急に泣いてんの!? 大丈夫!?」

「ライスは、レースにでない方が、いい、から……」

「ちょ、あの……とりあえず落ち着きなって、ほら!」

 

 その人は隣に座って、優しくライスの背中をさすってくれた。

 鬱陶しいって思われてるかな。きっと、面倒な子だって思われてるんだろうな。

 そんなことを考えると余計に悲しくなって、涙の量が増えていく。

 もう、誰にもそんな迷惑をかけないようにしよう、って決めてたのに。

 やっぱり、ライスは変われないんだ。何もできない、ダメな子なんだ。

 なのに、その人は何も言わずにライスの傍にいてくれて。

 その気づかいをさせてしまう自分が、本当に嫌いになった。

 

「サボりたいから、サボってるワケじゃない感じ?」

「…………うん」

 

 頷くと、その人は少しだけ考えてから、改めてライスの方に向き直って、

 

「じゃあさ、今日はもう一緒にサボっちゃおっか」

 

 ……え?

 

「たぶん、そんな気持ちでレースに出ても、あんま意味ないと思うんだよね」

「そ、それは……」

「てかさ、俺も今日仕事サボろうと思ってて。一緒の仲間ができて嬉しいよ」

「でも……ライス、サボるなんてこと……」

「ここまで来て、それはないっしょ」

 

 立ち上がったその人は、うん、と一度体を伸ばすと、ライスの方に振り返る。

 

「そういや、名前聞いてなかったっけ。君、なんていうの?」

「ら、ライス……ライスシャワー、です」

「ライスシャワー? じゃ、おコメちゃんで」

 

 おコメちゃん。

 

「……おコメちゃん?」

「とりあえず、お腹空いたしどっか入ろっか? お昼、まだだよね?」

 

 そうやって差し出された手を、取るのに迷って。

 一度、下ろそうとしたライスの手を、その人は強引に、けれど優しく手繰り寄せて。

 

「あ……」

「ほら、行こうよ」

 

 ライスの手を握って、その人は歩き出す。

 あれだけ溢れていた涙は、いつの間にか引いていた。

 

■

 

 お昼の街は、どこかぼんやりとした雰囲気だった。

 信号機から聞こえるハトさんの鳴き声も、電光掲示板から流れるコマーシャルも。

 ぜんぶ、どこか遠くから聞こえる気がして。

 いつも歩いているはずなのに、どこか違うところみたいだった。

 

「おコメちゃん、ホントにそんな食べきれんのー?」

 

 そうして入った、赤い看板のハンバーガー屋さんで。

 ライスの頼んだメニューを見てからの、その人が口にした言葉だった。

 

「やっぱり変、かな……」

「あ、いや、違う。そういう意味で言ったんじゃなくてさ」

 

 フィッシュバーガーの箱を開きながら、その人が訂正した。

 

「食べたいならいっぱい食べな? 恥ずかしいことじゃないし」

「う、うん……」

「とくにおコメちゃんみたいな中等部の子は、今が大事な時期だからね」

「……中等部?」

「そう。よく食べて、よく運動して、きちんと睡眠とればもっと身長も伸びるし……」

「ライス、高等部だよ……?」

「…………」

「…………」

 

 …………。

 

「いっぱい食べる子、俺は好きだな!」

「あ、ありがとう……」

 

 着信音が鳴ったのは、それからすぐあとのことだった。

 鬱陶しそうに携帯を取り出したトレーナーさんは、うげ、なんて嫌そうな声を上げていて。

 それからしばらく悩んだあと、ため息を吐いてから通話に出た。

 

「……はい、もしもし?」

 

 もしかして、サボってるのがバレちゃったのかな。

 気まずそうに視線を泳がせるトレーナーさんを見てると、そうとしか思えなかった。

 ……ライスの、せいだ。ライスが気を遣わせちゃったから。

 どうしよう。トレーナーさんは悪くないのに。ライスのせいで、叱られちゃう。

 と、とにかく謝らなくちゃ。トレーナーさんにも、みんなにも。

 そうやって考えていると、ふいにトレーナーさんの声色が、変わった。

 

「え? あ、それなら……はい、知ってます。てか今、俺と一緒にいるっすよ?」

 

 電話先の人とお話しながら、トレーナーさんはライスと視線を合わせると、

 

「ライスシャワー、ちゃんですよね? 選抜ドタキャンしちゃったって子は」

 

 ……あ。

 ダメ、だ。

 戻らなくちゃ。

 これ以上、迷惑をかけないうちに、早く。

 勝手なことしてごめんなさい、って謝らないと。

 ……それ、なのに。

 胸の奥に重たいものが積まれたような、お腹の中が揺れるような。

 そんな後ろめたい心が、全身にのしかかってるような気がして。

 ライスは、何もできなかった。

 

「はい、はい。あ、知ってるっすよ。てか、今一緒にいます。目の前に」

 

 話をしながら、トレーナーさんがちらり、とライスの方へ視線を投げてくる。

 困らせちゃってるよね。ライスのこと、面倒な子だって思ってるよね。

 ……言わなくちゃ。迷惑かけてごめんなさい、って。

 

「あの――」

 

 そうやってライスが口を開こうとした、そのとき。

 トレーナーさんは自分の指を、ライスの唇にあてて、しー、って。

 それから少しだけ笑ったあとに、ライスにだけ聞こえるような、小さな声で。

 

「だいじょーぶ」

 

 そう、伝えてくれた。

 

「……なんだか、体調不良みたいで。今、俺が面倒みてますよ」

 

 これって、悪いことだよね。

 やめさせないと。このままじゃ、もっとたくさんの人に迷惑をかけちゃう。

 それに何より、トレーナーさんにウソまでつかせるなんて。

 

「ヤバそうな感じではないんですけど、今日の選抜は休んだ方がいいかもっすね」

 

 トレーナーさんは何も悪くない。悪いのは、全部ライスなんだ。

 だから早く学園に戻って、みんなに謝らないといけないのに。

 ライスは、トレーナーさんに何も言い出せなくて。

 

「あ、大丈夫っす。この子は俺がちゃんと診とくんで。レースの方、お願いします」

 

 いけないことをしてることは、分かってる。

 トレーナーさんにウソまでつかせて、みんなに迷惑をかけてることも。

 情けない。やっぱりライスはダメな子なんだって、あらためて思っちゃう。

 それ、なのに。

 ちょっとだけ安心しているのは、どうしてなんだろう?

 

「じゃあ、そういうことで。よろしくお願いしまーす」

 

 結局。

 トレーナーさんが電話をしている間、ライスは何も口を挟むことができなくて。

 携帯をしまったトレーナーさんは、くすりと笑ってから、

 

「これで、正式にサボり仲間だね?」

 

 そんな風に、言ってくれたんだ。

 

「……ごめんなさい」

「ちょちょ、謝んないでよ。俺だけ悪いことしてるみたいじゃん」

「でも、ライスのせいでウソまで……」

「いーのいーの、そんなこと。それにさ、たまにはこういう日があってもいいじゃん?」

「……こういう日?」

「その日の予定、ぜーんぶ無視して遊ぶ日」

 

 にっこりと笑ってから、トレーナーさんはハンバーガーをお口いっぱいにほおばった。

 いいのかな、そんな日があって。ううん、本当は絶対によくないって、分かってる。

 だけど、このトレーナーさんが言っていることは、間違っている気がしなくて。

 

「……いただきます」

 

 ちゃんと手を合わせてから、ハンバーガーにかぶりつく。

 ライスの小さなお口じゃ、トレーナーさんみたいに気持ちよく食べられなくて。

 ソースがほっぺたについたり、具材がテーブルの上にこぼれちゃったけど。

 でも、これまでに食べたハンバーガーの中で、いちばんおいしい気がした。

 

「どうよ、おコメちゃん。サボって食べるバーガーの味は」

「うん、とってもおいしいよ……!」

「そっか」

 

 砕けたように笑いながら、トレーナーさんはライスのほうに手を伸ばすと。

 ほっぺたについていたソースを指で拭って、ぺろっと舐めた。

 その仕草があまりにも自然で、ライスは思わずどきっ、としちゃって。

 

「…………」

「……あ、もしかしてヤだった? ごめん、妹に似てたから、つい」

「ぜ、ぜんぜんそんなことないよ! ありがとう、トレーナーさん……」

「そーなの? なら、よかった」

 

 なんてこともあって、しばらく食事を続けたあと。

 食べきれない、ってことはないけど、やっぱりライスの頼んだ量は多くて。

 先に食べ終わっちゃったトレーナーさんが、ジュースを飲みながら聞いてきた。

 

「とりあえず、この後はどうしよっか?」

「えっと……学園に、戻って……」

「いやいやいや、違うでしょおコメちゃん。今日はとことんサボる日なんだよ?」

「でもライス、サボり方なんてわからないし……」

「そんなワケないっしょ。ほら、お休みの日にしてることとかさ、ないの?」

 

 お休みの、日……。

 

「……いつも、一人で走り込みしてるよ?」

「あー……」

 

 正直に答えると、トレーナーさんは難しそうな顔をして眉間を抑え込んだ。

 また、困らせちゃったかな。でも、それ以外にしていることなんて、思いつかないし……。

 

「どっか遊びに行ったりとかはしない感じだ?」

「誘ってくれたら、嬉しいから行くけど……ライス一人で遊びに行くことは、ない、かも」

「……じゃあさ、なんか欲しいものとかないの? 服とか、そういうさ」

「あ、それだったら最近、蹄鉄が少なくなってきて……」

「だーかーら、そういうのじゃなくって」

「うぅ……」

 

 ちょっとだけ怒ってるような口調で言われて、うんうんと考える。

 ライスが、欲しいもの。蹄鉄とか、そういうトレーニング用品じゃなくて、もっと。

 ……あ。

 

「一つだけ、あるかも」

「お、いいじゃん」

「えっとね……」

 

 ライスの、欲しいもの。それは……。

 

■

 

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