クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
思ってた五倍くらい伸びてるみたいで、めっちゃうれC~です
今後もそこそこな感じで頑張るので、よろしくお願いします
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「だからー、埋め合わせは絶対するって。ホントに。今度は絶対だから、マジで!」
お昼ご飯を食べ終えたあと、いつも使ってるミーティングルームの前に到着したとき。
扉の向こうから、そんなトレーナーさんの話し声が聞こえてきた。
「……いや、悪いとは思ってるって。でも、こっちも仕事なんだもん」
誰かと電話してるみたいだった。トレーナーさん以外の声は、ライスには聞こえない。
このまま入ってもよかったんだけど、それだと気を遣わせちゃうかもしれない。
トレーナーさんの声からして、なんだか込み入ったお話みたいだし。
……少しだけ、待ってみようかな。
「俺だって寂しーよ。けどさあ、こればっかりはどうしようもないの。分かってよ」
お話してる人は誰なんだろう? この前みたいに、妹さんなのかな。
でも、トレーナーさんは妹さんにこんな話し方、しないような気もする。
「その……担当する子を、見つけてさ。いや、見つけられたっつーか……まあ、そんなとこ」
なんてこと考えてると、そんな言葉が出てきて思わず、びっくりしちゃった。
担当する子って……ライスのことだよね。絶対そうだよ。
でも、どうしてトレーナーさん、ライスのことを……。
「いやいや、そりゃウマ娘ちゃんの担当することだってあるって。それが仕事だもん」
……今気づいたけど、これって盗み聞きになっちゃうのかな。
そんなつもりは全然ないし、どんなお話をしていてもライスは気にしないんだけど。
でも、なんだか、その。
これ以上このお話を聞いているのは、すごくいけない気がするっていうか……。
「おま、ウソつきって……トレーナーってのは、そういうのも含めて言ったつもりなんだけど?」
あ、いけない。これ、ライスが聞いたらダメなお話だ。
だって、トレーナーさんの声、ライスの聞いたことない低さになってるもん。絶対、怒ってる。
あと、ざっくりお話を聞いた感じ、多分これ
やっぱり、トレーナーさんのお話が終わるまで、ライスはどこかに行ってた方が……。
「つーかさあ……なんかお前、勝手すぎない?」
そうやって部屋の前から立ち去ろうとした、その瞬間。
トレーナーさんが放った言葉に、思わずライスの体まで固まっちゃって。
「俺、付き合う前にちゃんと伝えたよな? 時間取れる保証はできねえ、ってさ」
苛立ちを含んだトレーナーさんの声が、勝手に耳に入ってくる。
そのせいで、余計に脚が動かなくなっちゃう。
「は? いや、どう考えても逆ギレじゃねーだろ。お前が俺の話、聞いてなかっただけで」
それからトレーナーさんは、しばらく黙り込んでいた。
電話の向こうにいる女の人の叫び声が、扉越しでもかすかに聞こえるくらい、静かに。
するとトレーナーさんが急に、ばん、って乱暴な音を立てるから、ライスもびっくりして。
思わず肩を震わせてると、トレーナーさんは大きな声で。
「あーもう、うるせーなあ! お前、セフレから昇格したってだけで調子乗ってんじゃねーぞ!」
えっ。
なんか、あの、ホントに聞いちゃいけない言葉が聞こえたんだけど……。
「……いいわ、もう。別れる。これ以上、お前のワガママに付き合ってらんねーよ」
ほんとに不機嫌な時にする舌打ちをしてから、トレーナーさんはそう言い始めて。
「じゃーな。二度と連絡してくんなよ、クソ女!」
そしてそのまま、電話を切っちゃったみたいだった。
……ど、どうしよう。とんでもない現場に居合わせちゃった、気がする。
もうすぐトレーニングが始まるから、このまま帰ることもできないし。
とにかく、このお話は聞かなかったことにしよう。たぶん、その方が絶対にいいし。
だから、できるだけ今来たみたいに振る舞わないと……。
「……おせーな、おコメちゃん」
なんて考えていると、トレーナーさんが不思議そうに呟いたのが、聴こえて。
そのまま足音が扉の方に、すたすたと近づいてきて。
このままじゃまずい、どうしよう、なんて悩んでいる間に。
がらりと開いた扉の向こうに立ってる、トレーナーさんと、目が合った。
「…………」
「…………」
「……こ、こんにちは、トレーナーさん」
「あー…………」
しばらくの沈黙のあと、トレーナーさんはばつが悪そうに顔を手で覆って、
「もしかしてだけど、今のお話って聞こえてた?」
「え? いや、えっと、その……はい」
「……マジかあ」
深いため息をついてから、その場に座り込んじゃった。
「ご、ごめんなさい……盗み聞きするつもりは、ぜんぜんなくて」
「いや、こればっかりは俺が悪ぃーわ。もっと場所考えて電話するべきだった」
「そんなこと……」
「ごめんね。聞いてて気持ちいいお話じゃなかったっしょ?」
たはは、なんて疲れたような笑顔を浮かべてから。
「とにかくさ、こんなところで話すのも何だし、部屋ん中入りなよ」
「う、うん……」
ふらふらと立ち上がると、トレーナーさんはミーティングルームの中に入っていく。
その力のない様子に少しだけ不安を感じながら、ライスも続けて足を踏み入れた。
「さて、と……」
「…………」
「…………はぁ……」
いつものイスに腰を下ろすと、トレーナーさんがまた、ため息。
き、気まずい……。
なんとか元気を出してほしいけど、どうすればいいのかなんて全然思いつかないし。
かといって、トレーナーさんをこのままにしておくのもどうかと思うし。
でも、こういう時になんて声をかければいいんだろう。
特にトレーナーさんの場合は、さっき聞いちゃったけど、触れづらいって言うか、その。
……えっと。
「だ、大丈夫だよ! きっとまた、いい人が見つかるから!」
なんとか足りない経験と頭を振り絞って、そんな言葉をかけると。
じろり、とトレーナーさんの視線だけがライスの方を向いて。
「八人目、なんだよね」
「……えっと、なにが?」
「彼女。今別れたので、八人目」
は、はちにん……。
「……その、モテるんだね、トレーナーさんって」
「片っ端から手ぇ出してるだけだよ。さっきみたいなのも、初めてじゃないし」
「そうなんだ……」
そこまで話したところで、トレーナーさんもある程度、気を持ち直してくれたみたいで。
机にぐだー、ってもたれかかりながら、また口を開いた。
「初めは
「……告白、されたの?」
「あー、まあ、そんな感じ? いや……うん。多分、俺も向こうもそう思ってたわ」
「な、なんだか曖昧なんだね……」
「大人の恋愛なんてそんなモンだよ」
そうなのかな。ライスには、まだよく分からないことだけど。
でも、トレーナーさんがそう言うなら、そうなのかもしれない。
……彼女さん、八人もいたんだし。
「ま、そもそもあのコと長続きするとは思ってなかったけどさ」
「そうだったの?」
「だって、元々ただのお友達だもん。俺もそんな気とか、一切なかったし」
「……好きじゃなかった、ってこと?」
「どーだろ。顔は結構好みだったかもね」
なんだかもう、ここまで清々しいと、逆にすごいなって思っちゃう。
でも、トレーナーさんみたいな大人の恋愛って、やっぱりそういうものなのかな。
夢があったってわけじゃないけど……生々しいっていうか、その。
なんて考えていると、ふとトレーナーさんが顔を上げて、
「つーかさ、おコメちゃんはそういうトコどうなのよ。彼氏とかいるの?」
そんなことを、聞いてきた。
「えっと……いない、よ? ライスはそういうこと、あんまりよく分かんないから……」
「あ、そうなの? おコメちゃん可愛いから、やろうと思えば二股、三股できるんじゃない?」
「しないよそんなこと!」
「あはは、ウソウソ。冗談だって!」
怒るライスに、トレーナーさんはけらけら笑いながらそう返してきた。
とにかく、よかった。トレーナーさん、いつもの調子に戻ってくれたみたい。
「まあ、
「そうだね……そういうことなんて、してるヒマないし」
「でもさー、やっぱ寂しくない? おコメちゃんなら高等部だし、色々あるっしょ」
「……どうだろう? クラスのみんなが、そういうお話をしてることはあるけど」
ライスにはたぶん、一生縁のないお話だから、今まで聞き流してた。
でも、こうやってトレーナーさんとお話してると、少しだけ興味が湧いてきた……の、かも?
……もしも、ライスが付き合うとしたら。いったい、どういう人なのかな。
なんて考えてはみるけど、想像なんてつくはずもなくて。
「ま、いいや。おコメちゃんのコトも気になるけど、まずは俺も新しいコ探さないと」
「……その、また、
「うん」
こ、懲りてないんだ……。絶対、また同じようなことになると思うんだけど。
「けどさー、いくら彼女作っても、この仕事やってると構ってる時間ないんだよね」
「……た、大変だね」
「いっそのこと、生徒……は、アウトにしても、卒業生とか狙ってみるか……?」
ぶつぶつと呟きながら、トレーナーさんはなんだか不穏なことを考え始めていて。
「その、トレーナーさん? えっと……そろそろ、ミーティングを……」
「あ、そっか。ごめん、無駄話しすぎたわ。切り替え、切り替え」
声をかけると、トレーナーさんは両手でほっぺたを軽く叩いてから、お話を始めた。
「さて、おコメちゃん」
「うん」
「そろそろデビュー戦のこと、考えよっか」
トレーナーさんの言葉に、深く頷く。
正直、他の生徒に比べるとだいぶ、というか、かなり早い段階だと思う。
だってトレーナーさんがライスの担当になってから、まだひと月も経ってないもん。
けど、驚きはしなかった。焦りも、緊張も、あんまりない。
あるのは……ただ、ようやく来たんだな、っていう納得に近いものだけで。
「一応、予定してるのはちょうど一か月後かな。新潟の芝二〇〇〇、左」
「今日から、それに向けた調整?」
「そうなるかな。つっても、やることはいつもとあんま変わんないけど……」
言ったところで、トレーナーさんはふと、ライスの方を見て、
「……もしかして、あんまりドキドキしてない感じ?」
「うん」
もちろん、大事なレースだってことは分かってる。
萎縮しちゃってるわけでも、軽んじてるわけでも、ない。
ただ。
「トレーナーさんのこと、ライスは信頼してるから」
「なに、嬉しいこと言ってくれるじゃん?」
「本心だよ」
トレーナーさんがこのタイミングで出ろ、って言うなら、レースに出る。
もちろん、何も考えてないわけじゃないよ。イヤな時はイヤって、ちゃんと言うし。
ただ、それくらいにはトレーナーさんのことを信じてる、って。
それだけのことだと、思う。
「……こーんな良い担当を持てて、俺は幸せモンだね」
まだレースにも出てないのに。トレーナーさん、少しだけ気が早い気がする。
それに、きっとそのセリフはライスのものだから、盗らないで欲しいな。
なんて少しだけ恥ずかしいことを考えていると、ふと疑問に思ったことがあって。
「でも、デビュー戦にしては他の子よりちょっと早いよね?」
「あー……それなんだけど」
するとトレーナーさんは、ちょっとだけ考えてから、ライスの質問に答えてくれた。
「実は俺、ミホちゃんのデビュー戦、観に行きたいんだよね」
「え?」
首を傾げるライスに、トレーナーさんが続ける。
「ミホちゃんが今年デビュー戦すんのは確定だからさ」
「……うん」
「そうなると今後、絶対どっかでミホちゃんとぶつかる時が来るだろうし」
「えっと……」
「その予習っていうか……まあ、偵察? そんな感じ」
トレーナーさんの言いたいことは分かるけど、ライスはどうしても納得できなかった。
だって。
「ブルボンさんの得意な距離って、マイルだよね?」
「うん」
「……ライスの得意距離とは、あんまり被らないと思うんだけど」
「だと思うじゃん?」
なんて言いながら、トレーナーさんはどこか疲れたような笑みを浮かべて、
「ミホちゃんの目標って、三冠制覇なのよ」
………………。
え。
「さ、三冠!?」
「びっくりでしょ。俺も聴いたとき、ビビったもん」
「そ、そんな……菊花賞とか、どうするつもりなの?」
「どーすんだろね? 俺も分かんない」
あはは、なんて笑いながら、トレーナーさんは肩をすくめた。
……ブルボンさんの得意な距離は、短距離マイル、届いても二〇〇〇の中距離だと思う。
この前の模擬レースだって、ブルボンさんはマイルのコースに出てた。
校内でもブルボンさんは、とっても強いスプリンターって話題に上がってるし。
そんなブルボンさんが、三冠を狙ってるなんて……。
「俺はマイル路線で行くべき、って言ったんだけどね」
「……もしかして、トレーナーさんとブルボンさんがケンカしたのって」
「そゆこと。せっかくマイル用のトレーニングメニューまで作ってあげたのにさー」
なんだよもー、って顔を上げながら、でもトレーナーさんはすぐにライスの方に向き直って。
「多分、ミホちゃんのデビュー戦はマイル……二ヶ月後あたりかな?」
「そこまで分かるものなの?」
「俺ならそうする。ってことは、ミホちゃんのトレーナーも絶対そうする」
よく分からないけど、トレーナーさんには確信があるみたい。
「とにかく今は、目の前のことに集中しよっか」
「うん……!」
そして――。
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一ヶ月後の、新潟レース場で。
ゲートに入ったライスの、すぐ隣に立っていたのは。
「改めて、本日はよろしくお願いします、ライスさん」
同じくレースに出走する、ミホノブルボンさん、だった。
……な、なんでぇ!?
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