クソチャラお兄さま   作:おこめイーター

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 時間は少し戻って、デビュー戦の二週間くらい前。

 いつもみたいに、練習前のミーティングをしている時だった。

 

「おコメちゃん、これなーんだ?」

 

 なんて聞いて来るトレーナーさんが持っていたのは、一封の小さな封筒で。

 

「えっと……?」

「ヒント。デビュー戦に挑むときに確認しなきゃいけない、大事なもの」

 

 ……あ。

 

「もしかして、出走表?」

「ぴんぽーん」

 

 ライスの答えに、トレーナーさんはそんな返事をして、封筒を手渡してくれた。

 出走表。デビュー戦でライスと一緒に走る子が書かれてる、大事な書類。

 基本的に出走表っていうのは二段階あって、今回のこれには出走するメンバーが書かれてる。

 もう一つは、枠番とか出走番号とかが割り振られたもので、レース当日に発表されるはず。

 ライスはレースに出たことないから、こうして実物を見るのは初めてだった。

 ……でも、少しだけ気になるのは。

 

「もう、届いてたんだね」

「そうそう。思ってたより早くてさー。いやまあ、遅いよりはいいんだけど」

 

 普通は一週間前とか、遅くても三日前とかになるはずなんだけど。

 トレーナーさんの言葉を聞くに、やっぱり少しだけ早いみたい。

 ……確かに、遅いよりはいいのかもしれないけど。

 早い、っていうことは、このレースに前々から出走するって決めてた子がたくさんいて。

 つまり、それだけこのデビュー戦に向けて調整してる子たちがいる、ってことだよね。

 

「不安?」

 

 なんて考えていると、トレーナーさんがライスの顔を覗き込みながら、そう聞いてきて。

 

「じゃあさ、せーので俺と一緒に見ようよ」

「……うん」

 

 頷くと、トレーナーさんはライスの隣に来てくれた。

 封を開けると、中には四つ折りになった一枚の紙が入ってる。

 それをゆっくりと机の上に出してから、一回だけ深呼吸をして。

 

「せーのっ」

 

 掛け声と一緒に、その紙を開いた。

 当然だけど、書かれていたのはデビュー戦に出走する、八人の名前。

 並ぶ名前の中は、ちゃんとライスの名前も載ってる。

 ……でも、それに気づいたのは、一人のウマ娘の隣にライスの名前があったから。

 きっと、ライスもトレーナーさんも、まず始めにその名前が目に入ってきたんだと思う。

 だって二人とも、その名前に見覚えがあったし、そこに並ぶはずなんてなかったもん。

 どうして、とかなんで、とかいう言葉ばっかりが、頭の中に浮かんでくる。

 そうやって驚くライスよりも先に、トレーナーさんが口を開いて。

 

「……やりやがったな、あの野郎」

 

 え?

 

「ごめん、ちょっと行ってくるわ」

「と、トレーナーさん?」 

 

 ひょいっと出走表を手にすると、トレーナーさんは急ぎ足で部屋を出て行って。

 

「ま、待って……!」

 

 とにかく今のライスは、その後を追うことしかできなかった。

 

 

 そうやって、すたすたと歩いていくトレーナーさんについていくこと、しばらく。

 やってきたのは、共用トレーニングコートの、A面だった。

 

「どうして、急に……」

 

 学園の共用トレーニングコートは、大きく二つに分かれてる。

 一つは、校舎の裏にある、主に中・長距離のコース練習ができるB面。

 ライスが前から使っていたコートで、トレーナーさんに注意を受けた日もそこで練習してた。

 そしてもう一つが、校舎のすぐ前にある、全距離がまんべんなく練習できる、A面。

 ダートとか坂路の練習もできるから生徒の使用率も高い、人気の場所。

 お昼が終わってすぐの今でも、コースではたくさんの生徒が練習してる。

 そこにやってきたトレーナーさんは、きょろきょろと辺りを見回してから、急に。

 

「おーい、後輩ちゃーん!」

 

 誰かを見つけたかと思うと、大きな声で誰かを呼んだ。

 

「ちょっと、トレーナーさん……!」

 

 突然、そんなことをするから、練習をしていた生徒のみんなもこっちに振り返っちゃって。

 なんだなんだ、どーしたの、いやわかんない、みたいな声まで聞こえてくる。

 ど、どうしよう。みんなに見られてると思うと、すごく恥ずかしくなってきた。

 こういうのに慣れてないから、いつもはBコートで練習してたのに。

 なんて考えていると、すぐに近づいてくる足音が聞こえてきて。

 振り返ったそこに、立っていたのは。

 

「先輩……と、君は……」

 

 ……あ。

 もしかして、模擬レースの申し込みの時にお世話になった、トレーナーさん?

 

「何、二人とも知り合いなの?」

「ええ。前に一度、顔を合わせたことがあって」

「……ちょっと、俺の担当また盗るつもり?」

「しませんよ。僕は今、彼女のことで精一杯なんですから」

 

 あはは、なんて笑いながら、その人が答えて。

 ということは、やっぱりこの人が……。

 

「ところでさあー」

「うわっ」

 

 ぐい、なんて強引に、トレーナーさんがその人の肩に手を回すと。

 

「これ、どういうつもり?」

 

 そのまま、さっきからずっと持っていた出走表を、見せつけた。

 

「……どういうつもり、というのは?」

「言わないと分かんねーか? そんな不出来なヤツじゃねーだろ、お前」

 

 あ、これトレーナーさん、怒ってる。間違いない。

 だって、この前みたいな話し方になってるもん。

 するとトレーナーさんは、呆れたようにため息を吐いてから、改めて。

 

「なんでミホノブルボンのデビュー戦、中距離で出してんだよ」

 

 そう。

 ライスシャワーの隣に並んでいた、ウマ娘の名前は。

 ミホノブルボン、だった。

 

「デビュー戦はマイルで出るっつっただろ。それとも、何だ。出るレース、一ヶ月間違えたか?」

「……そんな初歩的なミス、するはずないでしょう。ちゃんと確認しました」

「だよなー? じゃあこれ何だ。言ってみろ」

 

 ほら、なんて出走表を顔に近づけながら、トレーナーさんが聞いてみるけど。

 その人はばつが悪そうに、顔を背けたまま口を噤んでいた。

 ……トレーナーさんの味方をするわけじゃないけど、確かにライスも気になる。

 別に、ブルボンさんは二〇〇〇までなら走れると思うけど、マイルの方が得意なのは、確か。

 それなのに、どうしてわざわざライスと同じ中距離を……?

 

「俺への当てつけ……は、無いな。お前はそんな捻くれたヤツじゃねーし」

「当たり前です。これでも、先輩のことは尊敬してますから」

「じゃあ、その尊敬する先輩の担当と、自分の担当被せた理由は何だよ」

「……それは」

 

 問いかけに続いたのは、トレーナーさんの言葉でも、ライスの呼びかけでもなく。

 

「私の意志です」

 

 いつの間にか二人の後ろに立っていた、ブルボンさんだった。

 

「ブルボン……」

「……ミホちゃんじゃん。おひさ」

「お久しぶりです、元マスター。ふた月と三日ぶりですね」

「何、その元カレみたいな言い方。今すぐやめろ」

 

 小さく笑うと、トレーナーさんはブルボンさんのトレーナーを、強く突き飛ばして。

 

「ちょッ」

 

 転がるブルボンさんのトレーナーさんを無視して、ブルボンさんの前に立った。

 ……ど、どうしよう。確か二人って、ケンカして別れちゃったんだよね。

 ということは、このままじゃまた、ケンカが始まっちゃうんじゃ……。

 

「……それで? ミホちゃんの意志ってどーゆーこと?」

「オペレーション:三冠制覇を達成するためです」

「だから、そのために何でデビュー戦を中距離で走るのか聞いてんだって」

 

 一触即発、って多分、こういうことなんだと思う。

 トレーナーさんもブルボンさんも、睨み合ったままその場から一歩も動かないし。

 なんか、ごごご、みたいな効果音も聞こえてくるし。

 

「デビュー戦で二〇〇〇メートルを走り切る実力がなければ、目標達成は難しいと判断しました」

「……今のミホちゃんに出来んの? まだ二〇〇〇はキツいっしょ」

「課題であるスタミナのトレーニングは十分に行いました。マスターも協力してくれています」

「あっそ」

 

 はきはきと答えるブルボンさんに、トレーナーさんは冷たい言葉を返すだけで。

 ……ダメだ。このままだと本当にケンカになっちゃう。それだけは、止めないと。

 で、でもどうやって……ライス、二人の関係なんてほとんど分かんないし……。

 

「にしても、よかったじゃん。自分の言うこと聞いてくれる、都合のいいヤツが見つかって」

「私は、私の目標に挑戦したいだけです。あなたを無下にしている訳ではありません」

「俺の言ったこと全部無視した挙句、隠れて練習してたくせに?」

「全て目標達成のために必要なことでした。これだけは、元マスターだとしても譲れません」

「……俺のこと裏切ったのも、目標達成のため?」

「では、私が三冠制覇の目標を相談したとして、あなたは聞いてくれましたか?」

 

 あ。

 ダメだ。

 今、止めないと絶対、取り返しのつかないことになる。

 

「あ、あのっ!」

 

 思い切って声を出すと、二人の眼がぎろり、ってこっちに向いて。

 ああこれやめておけばよかった、なんて言葉を、無理やり飲み込んで。

 

「えっと……その、ふたりとも、ケンカは……よく、ないってライスは……思う、から」

「……………………」

「……………………」

「だから、どうにか仲直り、できない……かな?」

 

 ぜ、ぜんぜん中身のない内容になっちゃった……!

 でも、今のライスがかけられる言葉なんて、これくらいしかないし。

 二人をあのままにしておくくらいなら、この方がまだ……。

 

「ライスシャワー、さん」

「は、はいっ!」

「ご心配、ありがとうございます」

 

 しばらく続いた沈黙のあと、先に口を開いたのはブルボンさんで。

 ぺこりと頭を下げると、またトレーナーさんの方に向き直った。

 

「……あなたは、長距離型(ステイヤー)を育てたかったのですか?」

「なわけねーだろ。俺の専門はマイルの指導だよ」

「えっ」

 

 は、初耳なんだけど……。

 

「だからミホちゃんのことスカウトして、トレーニングメニューまで作ったのに」

「では、どうしてあなたはライスシャワーさんの担当を?」

「向こうから持ち掛けられたの。俺も……まあ、おコメちゃんならいいか、って思って」

「今の時期にデビューすれば、いずれ私と衝突することは想定済みだったのでは?」

「……そーだね。で、それが何か問題?」

 

 答えるトレーナーさんに、ブルボンさんは静かに俯いた。

 角度からして、横にいるライスにしかブルボンさんの横顔は見えない。

 ……ううん、違う。きっと、トレーナーさんに見せたくなかったんだと、思う。

 ブルボンさんの長い髪の隙間から覗く、その表情は。

 なんだか、とっても寂しそうで。

 

「そこまでして、あなたは私の夢を阻みたいのですか?」

「……は?」

 

 顔を上げるブルボンさんは、またいつもの無機質な表情に戻っていた。

 

「受けて、立ちましょう」

「何が」

「元マスターと、ライスシャワーさん。あなたたち二人の挑戦を」

 

 ……ライスが? どうして? なんでライスまで巻き込まれてるの?

 というより、挑戦って? ライスはどっちかというと、挑戦する側な気が……。

 

「ライスシャワーさん」

「え? あ、はい!」

「私はこれから、目標とするクラシック三冠路線へ挑戦します」

「……そ、そうなんだ。がんばってね……」

「ですので、あなたも私のところまで勝ち上がって来てください」

 

 ……は。

 

「はい!?」

「ライスシャワーさん、これよりあなたを私の『ライバル』と設定します」

「ら、え、なに?」

「次のメイクデビューは前哨戦に過ぎません。そして……」

 

 困惑するライスをそのままにして、ブルボンさんはトレーナーさんの方に振り返ると。

 

「来年の菊花賞。そこで私は、目標を達成してみせます」

「……何、宣戦布告のつもり?」

「いえ。ただ、私はあなたに証明したいだけです」

「証明?」

「元マスターであるあなたの選択が、間違っていたことを」

「……あっそ。勝手にしてなよ」

 

 突き放すようなトレーナーさんの言葉に、ブルボンさんは口を閉ざしたまま。

 それからしばらくトレーナーさんを見つめていたブルボンさんが、ライスの方を向いて。

 

「父が、言っていました。才能は努力で越えられる、と」

「……そ、そうなんだ」

「私はそれを示して見せます。あなたのステイヤーとしての才能を凌駕する、努力によって」

 

 まっすぐとライスの眼を見て、そう言い放った。

 ……どうして、だろう。

 ブルボンさんの言葉には、ライスへの対抗心や敵意が込められているけど。

 そのずっと奥に、うまく言葉にできない悲しさが潜んでいる気がして。

 

「では、私はこれで。失礼します」

 

 頭を下げると、ブルボンさんはすぐにコートの中へと戻っていった。

 ……な、なんだかとんでもないことになっちゃった。

 トレーナーさんとブルボンさんの関係は、結局なにも分からなかったし。

 ブルボンさんは、ライスのことをライバルだ、って言ってくるし。

 なぜか、ライスも三冠を目標にすることになっちゃったし。

 いったい、どうすれば……。

 

「おコメちゃん」

 

 慌てるライスと違って、トレーナーさんはすごく落ち着いていて。

 

「戻ろっか。デビュー戦に向けて練習しないとね」

「う、うん……」

 

 それから、トレーナーさんはデビュー戦の日まで、いつもの調子に戻ってくれたけど。

 ブルボンさんと話したその日だけは、ずっと沈んだ表情のままだった。

 ……そして。

 

 

 デビュー戦、当日。

 

「改めて、本日はよろしくお願いします、ライスさん」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 ゲート越しに頭を下げてきたブルボンさんに、戸惑いながら答える。

 結局、あの日以来ずっと、ライスがブルボンさんと顔を合わせることはなくて。

 あんなことがあった手前、どんなことを話せばいいのか分からないまま、今に至る。

 ……それに、しても。

 まさか、本当にブルボンさんと一緒のレースを走ることになるなんて。

 

「ライスさん」

「は、はいっ……!」

 

 なんてことを考えていると、またブルボンさんから声がかかってくる。

 

「先日、このデビュー戦はあなたとの前哨戦、とお伝えしました」

「……うん。覚えてるよ」

「ですが、私は手を抜くつもりはありません。最大出力で、あなたに挑みます」

「えっ」

「それでは。二〇〇〇メートル先にて、あなたを待っています」

 

 会話はそこで終わって、ブルボンさんはそこから何も話さなかった。

 ……正直、様子見や小手調べをしてくると思ったけど、ぜんぜん違う。

 ブルボンさんはこのレースで、確実にライスを潰しに来るつもりなんだ。

 

「……わかったよ」

 

 ウソ。ほんとはライス、何も分かってない。

 ブルボンさんとトレーナーさんの関係も。

 ライスのことをライバル、って呼んだ理由も。

 あの時のブルボンさんの表情の意味も、ぜんぶ。

 でも。

 受けて立つ、とまではいかないけど。

 ライスだって、ただで負けるわけにはいかないもん。

 

『各ウマ娘、ゲートに入って体制整いました』

 

 姿勢を整えて、集中。視線はコーナーよりもずっと遠くへ。

 ゆっくりと肺に空気を入れてから、静かに息を吐き出す。

 少しだけ梅雨の香りがする、重たい風が頬を撫でた。

 

『スタート!』

 

 がこん、と開いたゲートを越えて、走り出す。

 スタートダッシュは成功。トレーニング通り、綺麗にできた。

 あとは練習通り、コース取りとコーナーでの立ち回りを意識しながら走るだけ。

 そう、いつもみたく……あ、違う。それじゃ、ダメだ。

 レースの時は、横目でもいいからちゃんと他の子を確認しないと。

 第一コーナーに入る直前にそのことを思い出せたのは、運がよかったのかも。

 そうして、コーナーに突入してから、ちらりと後ろを向いた、そのとき。

 ライスのすぐ右後ろを走っているブルボンさんと、目が合って。

 

「……え」

 

 まばたきをした、次の瞬間。

 ブルボンさんは既に、ライスのことを追い抜いていた。

 

「な、は……!」

 

 (はっや)っ……!? な、なに今の加速!? どうなってるの!?

 そうやって驚いている間にも、ブルボンさんはぐんぐんと距離を伸ばしていって。

 あ、これダメだ。他の子のことを考えてるヒマなんて、一切ない!

 何としてでも、ブルボンさんに追いつかないと!

 

『さあ、ここで先頭に立つのはミホノブルボン! バ群からどんどんと差を……あ、え?』

「……ッ!」

 

 スピーカーから聞こえる実況の声も、後ろから追い上げてくる他の子の足音も、無視。

 見据えるのは、ブルボンさんの後ろ姿。その背中に追いつくためだけに、ぜんぶ。

 脚を必死に回して、空気を無理やり肺の中に入れて、痛む心臓を必死に抑えつけて。

 ライスは、ただひたすらに前を向いて走り続けた。

 

「……やっと、っ!」

 

 気づけば、レースはほとんど終盤に差し掛かっていて。

 第四コーナーを抜けたあとの、最後の直線へ突入したとき。

 ブルボンさんの背中は、すぐそこにあった。

 

「あと、少し……!」

 

 残り三〇〇メートル。追い抜くタイミングはもう、ここしかない。

 脚の感覚はほとんどないし、絞り出せるようなスタミナも残っていないけど。

 やるしか、ないんだ。ここでぜんぶ吐き出すしか、ない。

 もっと、速く。走って、走って――ッ、走れ!

 

「は、ァ……っ!」

 

 声も枯れて、息もまともに吸えなくなったけど、それでも。

 ライスは、ブルボンさんに、並ん、だ――

 

「ふッ……!」

 

 ………………。

 あ、れ?

 どうして、さっきまで隣にいたはずの、ブルボンさんが。

 もう、ライスのずっと前を走ってるんだろう。

 おかしいよ、こんなこと。

 このままじゃ、ライスは負け――

 

『一着はミホノブルボン! 圧倒的な走りを見せ、今ゴールインしました!』

『いやあ……素晴らしい逃げでしたね。特に最後の加速、凄まじいものでした』

『続いて二着はライスシャワー、三着は……』

 

 レース場に響き渡っているはずアナウンスも、耳にほとんど入って来なくて。

 見上げた電光掲示板のいちばん上には、ブルボンさんの数字が光っていた。

 それがどういうことか理解するのに、少しだけ時間が必要で。

 ……ああ、そっか。

 ライス、負けちゃったんだ。

 

「あは、は……」

 

 乾いた笑みが、漏れる。

 今まで詰まっていた何かが、一気に抜けていくような、そんな感覚。

 それと一緒に全身の力も、どこかに消えちゃったみたいで。

 ぽすり、とその場に座り込むと、じんじんとした両脚の痛みだけが鮮明に伝わってきた。

 

「……はあ」

 

 追いつけると思った。でも、ダメだった。

 ……考えてみれば、当然だよね。

 ブルボンさんは、三冠を目標にしてるすごいウマ娘なんだから。

 そんな人に、ライスが追い付けるわけ、なかったんだ。

 謙遜でもなんでもない。これは、ただの事実。

 ……でも、だからこそ不思議に思うのは。

 どうしてこんなライスのことを、ライバルって言ったんだろう。

 

「ライスさん」

 

 近づいてくる足音に振り返ると、ブルボンさんが立っていて。

 

「まずは、私の勝ちです」

 

 そう、ライスのことを見下ろしながら、言ってきた。

 

「……まず、は?」

「はい。もちろん、次のレースも負けるつもりはありません」

「次、って……ライス、もうブルボンさんには負けちゃったんだよ? なのに、どうして……」

 

 やっぱり、分かんない。ブルボンさんのことは、何も。

 一度勝っただけじゃ、満足できないの? そんなに、ライスに勝ちたいの?

 いったい、ライスに勝つことに何の意味があるっていうの?

 ライスはブルボンさんと同じレースに出られるかどうかすら、分からないのに。

 

「ライスさん」

 

 疑問で埋め尽くされる頭の中に、ブルボンさんの綺麗な声が響いて。

 

「あなたが、私のライバルだからです……

 

 ぱたん。

 

「………………」

おえぇ………………

 

 …………あ、え!?

 

「ブルボンさん!? え、うそ! ブルボンさん! ちょっと!」

「え、エネルギー残量の低下を確認……もう、立てません……」

「ブルボンさあぁぁあん!」

 

 なんて。

 顔が泥みたいな色になったブルボンさんを、なんとか介抱しながら。

 ライスのデビュー戦は、二着って結果で幕を閉じた。

 

 

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