クソチャラお兄さま   作:おこめイーター

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【お詫び】
 前回の投稿が終わった直後、「これこっちの方がいいな……」って展開をいくつか思いついてしまい、数日それについて考えた結果、前回の投稿を削除することにしました。なので、今回のお話が正式な12話となります。もっと端的に言うと、この前のやっぱナシで! って感じです。
 この度は自分のプロット管理の未熟さ、またそれによる身勝手な行動によって皆さまを振り回してしまい、大変申し訳ございません。ですが自分としても、やっぱり作品はできるだけクオリティを高くしていきたいな~、という気持ちもあるので、今回の判断に至りました。今後はこのような事態が再発しないよう、具体的には一話が書きあがったらもうちょっと寝かせて、これおもろいか? って一度考えてから更新したいと思います。
 重ねてにはなりますが、今回は本当に申し訳ございませんでした。

【フォロワーからのおたより】
Q. そうやって読んでくれてる人を振り回してる自覚あるなら、このまま修正せずにやる方が誠意のある対応なんじゃないの?
A. うるさい、あほ。


12

 

『一着はライスシャワー! 強敵ミホノブルボンを退け、見事デビューを果たしました!』

 

 や、やったぁ! ライス、勝ったんだ! あのブルボンさんに! 

 もう、ライスはダメなままの、変われないままのライスじゃ、ない!

 ライスは変われるんだ! 絵本の中の、青いバラみたいに!

 

「参りました、ライスさん。あなたの走り、素晴らしかったです」

 

 えへへ、ブルボンさんったら、もう……そんなに褒められたら、照れちゃうよ。

 でも、今日くらいは、いいよね? いっぱい喜んでも、怒られないよね?

 ……ううん。そんなことを考える方が、ブルボンさんに失礼だよ。

 それにライスが勝てたのは、ライスだけの力じゃないもん。

 ライスのことをちゃんと見てくれる、大切な人がいてくれたから、なんだ。

 だから、ちゃんと喜ばないと。めいっぱい、この勝利を噛み締めないと!

 

「おめでと、おコメちゃん!」

 

 あっ、トレーナーさん!

 ライス、やったよ! 自分のこと、信じられるようになれたよ!

 ……そう。ここまでこれたのは、ぜんぶトレーナーさんのおかげ、なんだ。

 あのとき、ライスのことを見つけてくれたから。一緒にいてくれたから。

 ライスは今、こうして幸せになれたんだ。

 だから、トレーナーさん……ううん。お兄さま!

 ……あはは。ちょっとだけ恥ずかしい、かも?

 でもね、きっとライスにとってのお兄さまは、トレーナーさんなんだ。

 あの絵本のお話みたいに、ライスのことを綺麗に咲かせてくれた、お兄さま。

 だから、これからも…………。

 

「え」

 

 そこで目に映る景色の全てが、ぐにゃ、って歪んで。

 お兄さまの浮かべていた笑顔も、しだいに見えなくなっちゃって。

 次に感じたのは、ふわりとしたどこか気持ちのいい、浮遊感。

 空の中に沈んでいくような、そんな曖昧な感覚が全身を襲ってくる。

 そうして薄れていく意識の中で、ようやく思い出した。

 

 ああ、そっか。

 ライス、負けたん

 

 

 気づいたときには、見慣れた学生寮の天井を見つめていて。

 

「夢……」

 

 ぼやけた頭のままで体を起こすと、鳥さんの鳴き声が聞こえてきた。

 窓の外はまだ青黒くて、手に取った携帯は今が朝の四時ってことを教えてくれて。

 ……いつもより、一時間も早く起きちゃった。

 

「どうしよう……」

 

 もう一回眠ろうかな、って考えたけど、どうしてか頭はすっきりしてて。

 ……ううん、違う。頭の中は、今でもぐちゃぐちゃになったまま。

 きっと、だからあんな夢を見ちゃったんだよね。まだ、気持ちの整理がついてないから。

 勝てると思った。むしろ勝つのが普通だった。あそこから差しきれれば、絶対。

 なんてことを思わず考えるけど、すぐに無駄なことだって気づいて、やめて。

 

「……朝練、行こう」

 

 ロブロイさんはまだ寝てるみたいだから、できるだけ静かにベッドから出て。

 制服を鞄の中に入れてから、いつものトレーニングウェアに着替えて。

 忘れ物がないかをもう一度確認してから、部屋のドアを開けて外に出る。

 それにしても、こんなに早くに起きちゃうなんて、初めてかも。

 

「うん……っ!」

 

 外の空気に触れて、体を一度ぐっ、って伸ばしながら、考える。

 

「お兄さま、今日は来てくれるかなあ?」

 

 ……ううん、たぶん来ないだろうなあ。

 朝、弱いみたいだし。たまに来たときも、半分くらい寝ちゃってるし。

 それくらいなら、ちゃんと休んでくれた方が……。

 …………あれ。

 

「お兄さま、って」

 

 いつの間にか口にしていたことに気づいて、思わず笑っちゃう。

 なんでだろう。あんなおかしな夢を見ちゃったからかな。変なの。

 でも……夢の中で考えてたことは、本当のこと。

 トレーナーさんが見つけてくれたから、ライスはレースに出られたし。

 ライスがこうして頑張ろう、って思えるのは、トレーナーさんのおかげ。

 ただ、一つだけ違うのは、ライスはあの青いバラみたいに咲けてないってこと。

 ……けど、仕方ないよ。あれは、絵本の中のお話なんだもん。

 ライスがあんな風に、綺麗に咲けるなんて、そんな。

 

『結局、ヒーローなんて物語の中にしかいないんだよ』

 

 ふと、初めてトレーナーさんと会ったときの、そんな会話を思い出して。

 こうやって考えちゃうのは、ほんとはいけないことかもしれないけど。

 トレーナーさんとライス、おそろいだね、って。

 なんだかそれが少しだけ嬉しくなって、ちょっと笑ってからまた、歩き出した。

 

 

 そうして、いつも使ってるBコートに到着したとき。

 

「……あれ?」

 

 コートの端っこに、誰かがちょこんって座ってるのが、見えた。

 別に不思議な事じゃなかった。ライスよりも早くに来て練習してる人は、そこそこいるし。

 でも、そういう人ってだいたい、Aコートを使いたいために早く来てるんだよね。

 だから、こっちのコートに来てるのは、少しだけ意外っていうか。

 

「誰、だろう?」

 

 もしかして溢れちゃったのかな? だったら、納得できるんだけど。

 服装がライスと同じジャージだから、たぶん生徒さんなんだとは思う。

 なんて首を傾げていると、その人がくるってこっちを向いて。

 …………あ。

 

「ブルボン、さん?」

 

 なんて、思わず声を漏らしたライスの前に、ブルボンさんがやってきて。

 

「おはようございます、ライスさん」

「お、おはよう、ブルボンさん……」

 

 ぺこり、って頭を下げるブルボンさんに、そうやって返すけど。

 ライスはちゃんと目も合わせることすら、できなくて。

 ……だって、ライスはつい三日前、ブルボンさんに負けちゃったばっかりなのに。

 というか、どうしてブルボンさんがこんなところに……。

 

「これからトレーニングですか?」

「え? あ、うん……」

「ということは、ライスさんはいつもこの時間から?」

「えっと、今日は……その、ちょっとだけ早く起きちゃって」

 

 あんな夢を見たことなんて、言えなかった。

 

「ぶ、ブルボンさんは? ここ使ってるの、見たことないけど……」

「私は……あなたと会話をするために、ここへ」

「……ライスと?」

「ええ」

 

 会話、って言っても……ライスがお話することなんて、ないよ?

 だってライスは、ブルボンさんに負けたばっかりなんだし。

 なんて不思議がっていると、ブルボンさんはきょろきょろとあたりを見回してから、

 

「元マスターは、まだ朝に弱いままですか?」

「え? えっと……うん、そうだよ。だから、朝練はいつも一人でやってるんだ」

「……私を担当していたときも、朝練に参加する確率は10パーセント以下でした」

「ひ、低いね……」

「ですので、私も朝練はいつも一人で行っていました」

「……そ、そうなんだ」

 

 どうしてだろう。気のせいかも、しれないんだけど。

 ブルボンさん、むふ、ってなんだかちょっと、自慢げにしてるような気が……。

 

「……とにかく、元マスターは今ここにいないのですね?」

「う、うん……でも、どうして?」

「一度、あなたとは元マスターを抜きにしてお話するべきだと思っていましたので」

 

 そっか、だからこんな朝早くに。

 それにしても、トレーナーさん抜きに、って一体どういうことなんだろう。

 確かにブルボンさんとトレーナーさんはケンカしてるから、会いたくないのは分かる。

 でも、それだったら、担当のライスとも会いたくないんじゃ……?

 

「ライスさん」

「は、はいっ!」

 

 考えるライスをよそに、ブルボンさんはそうやってライスのことを呼んでから。

 

「今回はあなたを巻き込むような結果となってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 なんて、ぺこり、って頭を下げた。

 

「え?」

「あなたを私の独断で『ライバル』と認識してしまったこと、あなたへ三冠路線を強制するような発言をしてしまったこと……そして、あなたに不条理な思いをさせてしまったこと。その全ての責任は、私の行動にあります」

「え、えっと……」

「無論、このような言葉だけでは、あなたに対する謝罪になるとは思っていません。それに、おこがましいかと思われるかもしれませんが……私は、これからもあなたを『ライバル』と認識し続けるつもりです。そこは私も譲る気はありません。ですので……」

「……ですので?」

「もしライスさんが私に言いたいことがあれば、遠慮なく仰ってください。これが正しい謝罪の形になるかは分かりませんし、あなたの気が晴れるのかも不明ですが……今の私が可能な行動はこれだけだと、判断しました」

 

 それからブルボンさんは、ばっ、って両手を開いて。

 

「さあ、ライスさん! どうぞ私を罵倒してください!」

「いやしないよ!? というか、この流れで言えるわけないよ!」

 

 急に大声で叫び始めたブルボンさんに、思わずこっちも大声で返しちゃう。

 おかしいな。ブルボンさんのお話、途中まではすごく納得できたのに。

 気がついたらなんか、着地点がとんでもないところになってて、びっくりしちゃった。

 

「……シミュレーションと異なる結果を確認。ライスさんは、私を罵倒しないのですか?」

「だからしないって! というか、ライスがそんなことホントに言うと思ったの!?」

「予測される罵倒語としては、『ばか』『あほ』『まぬけ』辺りが的確かと」

「語彙が子供すぎるよ! 子供のケンカじゃないんだから!」

「……そう、ですか」

 

 するとブルボンさんの耳が、しゅん、って垂れるのが見えて。

 

「では、私に言うことは何もない、ということですか?」

 

 次にブルボンさんから渡されたのは、そんな不安そうな問いかけだった。

 ……どうしよう。

 たしかに、不満があるといえば……あるのかも、しれない。

 勝手にライバルなんて、とか。三冠なんてライスには取れないよ、とか。

 けれど、それは……言っちゃえば、いつか直面する問題だもん。

 この時期にデビューしたら、ブルボンさんと衝突するのは避けられないことだし。

 だからここでブルボンさんにそうした言葉をぶつけるのは、それこそライスのワガママだよ。

 でも、そう考えるとやっぱり最後に行き着くのは、やっぱりこの疑問で。

 

「……それなら、一つだけいい?」

「はい」

 

 頷くブルボンさんに、ライスは。

 

「ブルボンさんは、どうしてライスのことをライバルって呼んだの?」

 

 はじめに返ってきたのは、少しだけ驚いたような、ブルボンさんの表情だった。

 

「……罵倒ではないのですか?」

「言いたいこと、っていうのは守ったつもりだけど……ダメ、かな」

「いいえ、ライスさんがよろしければ、それで構わないのですが」

 

 よかった。

 これで「いや罵倒がいいです」とか言われたら本気で困っちゃうもん。

 

「多分だけどね、ライスはブルボンさんと、これから何度も同じレースを走ることになると思うんだ」

「それは私も予測済みです。というより、そうでなければ私が困ります」

「ライスが不思議に思ってるのは、そこなんだ。正直、他にもたくさん……とは言えないかもしれないけど、ブルボンさんと同じレースを走る子は、ライス以外にもいるよね? その上でライスより強い子も……『ライバル』にふさわしいって子も、これから出てくるかもしれない。それこそ、ブルボンさんがシニア級に上がったら、って考えると……キリがないと、思う」

「……はい。その可能性は、確かにあります」

「だからこそ、どうしてブルボンさんはライスをライバルに選んだのか、不思議で仕方ないんだ」

 

 ふつうの『ライバル』として選ぶのなら、そうした人のほうが絶対にいいと思う。

 でも、ブルボンさんは、デビュー戦っていうこのタイミングで、ライスをライバルって呼んだ。

 そこには絶対に理由があるはず。他の子じゃなくて、ライスにしかない、明確なものが。

 ……きっとそれが、このお話の根幹なんだって、思う。

 

「ライスさん」

 

 やがてブルボンさんは、少しだけ考えたあとに、ライスに向かって口を開いて。

 

「申し訳ありません。その質問には、お答えできません」

 

 返ってきたのは、そんな答えだった。

 

「それは、どうして?」

「……あなたが、とても優しい方だからです」

「優しい? ライスが?」

「はい。私がその理由をお伝えしてしまうと、きっとあなたは……」

 

 そこからの言葉は、続かなかった。

 ブルボンさんは思いつめるような表情のまま、じっとライスのことを見つめていて。

 ……そんな簡単に答えが返ってこないって言うのは、何となく分かってた。

 だから、憤りも不満も、あんまり感じない。少しの寂しさは、あるけど。

 でも、これで一つだけ分かった。

 ブルボンさんには、ライスと走るだけの理由がある、ってこと。

 

「……そっか。分かったよ」

「このような回答で、よろしいのですか」

「うん、大丈夫」

 

 本当は、聞きたい。ライスのことをライバルって呼ぶ理由も、それ以上のことも。

 でも、それを言わないのは、きっとブルボンさんが気を遣ってくれてるからなんだ。

 少なくともライスには、さっきのブルボンさんの言葉がそう聞こえたもん。

 それなら……無理をして聞く方が、野暮ってやつだよね。

 

「ありがとうございました、ライスさん」

「ううん。ブルボンさんもこんな早くに来てくれて、ありがとう」

「いえ。こちらこそ、話を聞いてくださりありがとうございました」

 

 なんてお互いに言葉を交わしてから、少しの間。

 ブルボンさんはそのままライスのことをじっと見つめていて。

 それに心なしか、そわそわしてるっていうか、何か言いたげな風にも見えて。

 ……えっと、Aコートの方には戻らない、のかな?

 それなら……。

 

「その、もしよかったら、一緒に走り込み……」

「ライスさんが、よろしければ」

 

 言い終わる前に、ブルボンさんはすぐに答えて。

 あ、尻尾が振れて……え、すごっ! それ、取れちゃわない!?

 ……そ、そうだよね。一人で朝練するのって、ちょっと寂しいもんね。

 

「じゃあ、一緒にしよっか!」

「はい」

 

 そうして、ブルボンさんと一緒にコートへ足を踏み入れようとした、そのとき。

 

「……なんでミホちゃんがここにいんの?」

 

 ライスたちの後ろから、そんな不機嫌そうな声が、聞こえてきた。

 

「と、トレーナーさん……」

「おはよ、おコメちゃん。今日は随分早いじゃん?」

「えっと……うん。なんだか、いつもより早く起きちゃって」

「へー」

 

 口ではそう答えてくれるけど、トレーナーさんはずっと、ブルボンさんのことを睨み続けてて。

 

「珍しいですね、元マスターがこんな時間にいらっしゃるのは」

「俺だってマジメにやりたいときもあんの。特にこの前、誰かさんに負けちゃったし」

「そうですか。それは、お忙しいところを失礼しました」

「お前……」

 

 頭を下げるブルボンさんに、トレーナーさんは。

 思わず何かを叫びそうになったけど、なんとかそれだけは堪えきったみたい。

 そうやって一度、深く息を吐いたあとに、改めてブルボンさんに向き直ってから。

 

「……いや、そうだった。ミホちゃんってそういう性格だもんな」

「性格?」

「無意識にああいうこと言って煽っちゃう性格」

 

 それは……ああ、うん。ちょっとだけ、分かるかも。

 ライスは別に気にしてないし、場合によっては良いところになるかもしれないけど。

 普通は、レースで負かした人と一対一で会話なんてしないと思うんだ。

 ……でも、それがブルボンさんの強さって言ったら、そうかもしれない。

 

「私も、元マスターの性格であれば把握していますよ」

 

 するとブルボンさんは、いきなりそんなことを言い始めて。

 

「俺のって……どういうところよ」

「今年で二十五歳を迎えるというのに、未だに子供らしさが抜けていないところです」

 

 ぶちっ。

 

「テメエ! 誰がガキみてえな性格してるって!? オイ!」

「と、トレーナーさん、落ち着いて……」

「ああそーだよ! まだコーヒーも微糖だよ! ブラックは苦くて飲めねーもん! 注射もまだ怖ぇーよ! 予防接種とか接種期間ギリギリまで粘ってから行くよ! あとスーパーの試食コーナーで未だにはしゃいじゃうよ! ソーセージとか肉系ねえかなって探すよ! なんだよ悪ぃのかよ! 文句あんのかよぉ!」

「トレーナーさん! 自分で墓穴、掘っちゃってるから!」

「……歯医者の定期健診も、『次回の健診で親知らずを抜きましょうね』と言われてから、行ってませんよね。麻酔を打たれるのが怖いので」

「ブルボンさん!?」

 

 どうしてそこで追い打ちかけちゃうの!? あと、なんでそんなこと知ってるの!?

 

「とにかくトレーナーさん、落ち着いて……!」

「やめろよもう! どうせおコメちゃんも俺のことガキだと思ってんだろ!?」

「そ、そんなことないよ! ライスもコーヒー、実は苦手だし! 最近はトレーナーさんと飲むことが多いから、慣れたけど! ブラックも苦いから、まだ飲めないもん!」

「……ホントに?」

「うん! お注射も痛いよね、怖いよね! 歯医者さんもまだちょっと行きたくないとき、あるもん! しょうがないよ! ライスだってたまに今日休んじゃおっかな、って思っちゃうから!」

 

 ……あ、でも。

 

「試食コーナーではしゃいじゃうのは、ちょっと……恥ずかしい、かも?」

「………………」

「………………」

 

 ………………。

 

「あーあ! 帰るわ! もう俺このまま帰るわ! 途中でスーパー寄ってやるわ! 食玩とか箱で買ってやるわ! 附属のガムとか一気に食って一個のでっかいガムにして食うわ!」

「と、トレーナーさん!」

「これも全部ミホちゃんのせいだよ! もうお前、どっかいけよ!」

「ですが私は先程、ライスさんと一緒に朝練をすると……」

「うるせーよ! バカ! アホ! マヌケ!」

「……そう、ですか。元マスターが、そう仰るのであれば」

 

 え? ブルボンさん、今のセリフで納得しちゃうの?

 何も譲歩する余地なかったよ! ぜんぜん粘れたと思うんだけど! ねえ!

 しかも『そう』って……ど、どれのこと? あの三つのうち、どれがそんなにダメだったの!?

 というか、ブルボンさんあの語彙って、たぶんトレーナーさんの……。

 

「また、機会があればご一緒しましょう。ライスさん」

 

 なんて困惑するライスに、ブルボンさんは最後にそんな言葉を残して。

 とぼとぼと、まるで飼い主に叱られた犬みたいに、コートから去っていった。

 ふ、普通にかわいそう……いくら二人はケンカしてるって言っても、さすがに今のは。

 

「あー、スッキリした! コートも広くなって満足だわ!」

 

 ぜ、ぜんぜん悪びれてない……!

 

「よし、じゃあ朝練しよっか。今日はちゃんと見てあげるからさ」

「いや無理無理無理無理! もう全然朝練とかできる流れじゃないよ、これ!」

「え、なんで? 邪魔なヤツいなくなったし、丁度いいっしょ」

「ぜんぜん邪魔じゃなかったよ!」

 

 むしろ一人でするより良かったのに! 併走のほうがいい練習になったよ!

 なのに、トレーナーさんが急に暴れ始めちゃったから、こんなことに……。

 それにブルボンさんもブルボンさんで、簡単に引き下がりすぎだし。

 ……でも、こうしてみると、やっぱり。

 この二人がケンカしちゃうのは、しょうがないことかも、って思っちゃう。

 ライスとしてはきちんと仲直りしてほしいんだけど、それも難しいのかなあ。

 

「おコメちゃん?」

 

 なんて考え込んでるライスの顔を、トレーナーさんが不思議そうにのぞき込んできて。

 

「どーしたの、考え込んじゃって。もしかして体調とか悪い感じ?」

「……そういうわけじゃない、けど」

「けど?」

 

 そうやって聞いて来るトレーナーさんに、言葉を続けることはできなかった。

 本当は、言いたい。二人には早く仲直りしてほしい、って。

 ライスが何か関係してるわけじゃないけど、それでも。

 このまま見て見ぬふりをするのは、なんだかいけないことだと思うから。

 ……でも。

 二人には二人の考えっていうか、譲れないものがあるってことも、分かる。

 ブルボンさんには、自分の脚で三冠を達成したい、っていう夢が。

 トレーナーさんには、ブルボンさんに無茶をしてほしくない、っていう願いが。

 だから……必要なのは、ライスから声をかけることじゃなくて。

 時間なんだと、思う。それも、ライスが想像しているよりも、もっと多くの。

 

「……ううん、なんでもないよ」

 

 だから、それまで待つしかないんだ。

 そのために、ライスでもできることを、探しながら。

 

「なら、いいけどさ」

 

 答えると、トレーナーさんは笑ってすぐに顔を上げて。

 持っていたボードをもう一度確認してから、朝練の準備をしてくれた。

 ……そうだ。トレーニング、しないと。ブルボンさんに、追いつかないと。

 ブルボンさんには、『ライバル』のライスと走るだけの理由があるんだから。

 きっとそれが、二人の仲直りに繋がるかもしれないもんね。

 

「言いたいことあったら、いつでも言っていいからね?」

「……うん」

 

 優しく言葉をかけてくれるトレーナーさんに、ライスは。

 できるだけいつも通りの笑顔を浮かべて、頷いた。

 

 

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