クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
【お詫び】
前回の投稿が終わった直後、「これこっちの方がいいな……」って展開をいくつか思いついてしまい、数日それについて考えた結果、前回の投稿を削除することにしました。なので、今回のお話が正式な12話となります。もっと端的に言うと、この前のやっぱナシで! って感じです。
この度は自分のプロット管理の未熟さ、またそれによる身勝手な行動によって皆さまを振り回してしまい、大変申し訳ございません。ですが自分としても、やっぱり作品はできるだけクオリティを高くしていきたいな~、という気持ちもあるので、今回の判断に至りました。今後はこのような事態が再発しないよう、具体的には一話が書きあがったらもうちょっと寝かせて、これおもろいか? って一度考えてから更新したいと思います。
重ねてにはなりますが、今回は本当に申し訳ございませんでした。
【フォロワーからのおたより】
Q. そうやって読んでくれてる人を振り回してる自覚あるなら、このまま修正せずにやる方が誠意のある対応なんじゃないの?
A. うるさい、あほ。
■
『一着はライスシャワー! 強敵ミホノブルボンを退け、見事デビューを果たしました!』
や、やったぁ! ライス、勝ったんだ! あのブルボンさんに!
もう、ライスはダメなままの、変われないままのライスじゃ、ない!
ライスは変われるんだ! 絵本の中の、青いバラみたいに!
「参りました、ライスさん。あなたの走り、素晴らしかったです」
えへへ、ブルボンさんったら、もう……そんなに褒められたら、照れちゃうよ。
でも、今日くらいは、いいよね? いっぱい喜んでも、怒られないよね?
……ううん。そんなことを考える方が、ブルボンさんに失礼だよ。
それにライスが勝てたのは、ライスだけの力じゃないもん。
ライスのことをちゃんと見てくれる、大切な人がいてくれたから、なんだ。
だから、ちゃんと喜ばないと。めいっぱい、この勝利を噛み締めないと!
「おめでと、おコメちゃん!」
あっ、トレーナーさん!
ライス、やったよ! 自分のこと、信じられるようになれたよ!
……そう。ここまでこれたのは、ぜんぶトレーナーさんのおかげ、なんだ。
あのとき、ライスのことを見つけてくれたから。一緒にいてくれたから。
ライスは今、こうして幸せになれたんだ。
だから、トレーナーさん……ううん。お兄さま!
……あはは。ちょっとだけ恥ずかしい、かも?
でもね、きっとライスにとってのお兄さまは、トレーナーさんなんだ。
あの絵本のお話みたいに、ライスのことを綺麗に咲かせてくれた、お兄さま。
だから、これからも…………。
「え」
そこで目に映る景色の全てが、ぐにゃ、って歪んで。
お兄さまの浮かべていた笑顔も、しだいに見えなくなっちゃって。
次に感じたのは、ふわりとしたどこか気持ちのいい、浮遊感。
空の中に沈んでいくような、そんな曖昧な感覚が全身を襲ってくる。
そうして薄れていく意識の中で、ようやく思い出した。
ああ、そっか。
ライス、負けたんだった――
■
気づいたときには、見慣れた学生寮の天井を見つめていて。
「夢……」
ぼやけた頭のままで体を起こすと、鳥さんの鳴き声が聞こえてきた。
窓の外はまだ青黒くて、手に取った携帯は今が朝の四時ってことを教えてくれて。
……いつもより、一時間も早く起きちゃった。
「どうしよう……」
もう一回眠ろうかな、って考えたけど、どうしてか頭はすっきりしてて。
……ううん、違う。頭の中は、今でもぐちゃぐちゃになったまま。
きっと、だからあんな夢を見ちゃったんだよね。まだ、気持ちの整理がついてないから。
勝てると思った。むしろ勝つのが普通だった。あそこから差しきれれば、絶対。
なんてことを思わず考えるけど、すぐに無駄なことだって気づいて、やめて。
「……朝練、行こう」
ロブロイさんはまだ寝てるみたいだから、できるだけ静かにベッドから出て。
制服を鞄の中に入れてから、いつものトレーニングウェアに着替えて。
忘れ物がないかをもう一度確認してから、部屋のドアを開けて外に出る。
それにしても、こんなに早くに起きちゃうなんて、初めてかも。
「うん……っ!」
外の空気に触れて、体を一度ぐっ、って伸ばしながら、考える。
「お兄さま、今日は来てくれるかなあ?」
……ううん、たぶん来ないだろうなあ。
朝、弱いみたいだし。たまに来たときも、半分くらい寝ちゃってるし。
それくらいなら、ちゃんと休んでくれた方が……。
…………あれ。
「お兄さま、って」
いつの間にか口にしていたことに気づいて、思わず笑っちゃう。
なんでだろう。あんなおかしな夢を見ちゃったからかな。変なの。
でも……夢の中で考えてたことは、本当のこと。
トレーナーさんが見つけてくれたから、ライスはレースに出られたし。
ライスがこうして頑張ろう、って思えるのは、トレーナーさんのおかげ。
ただ、一つだけ違うのは、ライスはあの青いバラみたいに咲けてないってこと。
……けど、仕方ないよ。あれは、絵本の中のお話なんだもん。
ライスがあんな風に、綺麗に咲けるなんて、そんな。
『結局、ヒーローなんて物語の中にしかいないんだよ』
ふと、初めてトレーナーさんと会ったときの、そんな会話を思い出して。
こうやって考えちゃうのは、ほんとはいけないことかもしれないけど。
トレーナーさんとライス、おそろいだね、って。
なんだかそれが少しだけ嬉しくなって、ちょっと笑ってからまた、歩き出した。
■
そうして、いつも使ってるBコートに到着したとき。
「……あれ?」
コートの端っこに、誰かがちょこんって座ってるのが、見えた。
別に不思議な事じゃなかった。ライスよりも早くに来て練習してる人は、そこそこいるし。
でも、そういう人ってだいたい、Aコートを使いたいために早く来てるんだよね。
だから、こっちのコートに来てるのは、少しだけ意外っていうか。
「誰、だろう?」
もしかして溢れちゃったのかな? だったら、納得できるんだけど。
服装がライスと同じジャージだから、たぶん生徒さんなんだとは思う。
なんて首を傾げていると、その人がくるってこっちを向いて。
…………あ。
「ブルボン、さん?」
なんて、思わず声を漏らしたライスの前に、ブルボンさんがやってきて。
「おはようございます、ライスさん」
「お、おはよう、ブルボンさん……」
ぺこり、って頭を下げるブルボンさんに、そうやって返すけど。
ライスはちゃんと目も合わせることすら、できなくて。
……だって、ライスはつい三日前、ブルボンさんに負けちゃったばっかりなのに。
というか、どうしてブルボンさんがこんなところに……。
「これからトレーニングですか?」
「え? あ、うん……」
「ということは、ライスさんはいつもこの時間から?」
「えっと、今日は……その、ちょっとだけ早く起きちゃって」
あんな夢を見たことなんて、言えなかった。
「ぶ、ブルボンさんは? ここ使ってるの、見たことないけど……」
「私は……あなたと会話をするために、ここへ」
「……ライスと?」
「ええ」
会話、って言っても……ライスがお話することなんて、ないよ?
だってライスは、ブルボンさんに負けたばっかりなんだし。
なんて不思議がっていると、ブルボンさんはきょろきょろとあたりを見回してから、
「元マスターは、まだ朝に弱いままですか?」
「え? えっと……うん、そうだよ。だから、朝練はいつも一人でやってるんだ」
「……私を担当していたときも、朝練に参加する確率は10パーセント以下でした」
「ひ、低いね……」
「ですので、私も朝練はいつも一人で行っていました」
「……そ、そうなんだ」
どうしてだろう。気のせいかも、しれないんだけど。
ブルボンさん、むふ、ってなんだかちょっと、自慢げにしてるような気が……。
「……とにかく、元マスターは今ここにいないのですね?」
「う、うん……でも、どうして?」
「一度、あなたとは元マスターを抜きにしてお話するべきだと思っていましたので」
そっか、だからこんな朝早くに。
それにしても、トレーナーさん抜きに、って一体どういうことなんだろう。
確かにブルボンさんとトレーナーさんはケンカしてるから、会いたくないのは分かる。
でも、それだったら、担当のライスとも会いたくないんじゃ……?
「ライスさん」
「は、はいっ!」
考えるライスをよそに、ブルボンさんはそうやってライスのことを呼んでから。
「今回はあなたを巻き込むような結果となってしまい、申し訳ありませんでした」
なんて、ぺこり、って頭を下げた。
「え?」
「あなたを私の独断で『ライバル』と認識してしまったこと、あなたへ三冠路線を強制するような発言をしてしまったこと……そして、あなたに不条理な思いをさせてしまったこと。その全ての責任は、私の行動にあります」
「え、えっと……」
「無論、このような言葉だけでは、あなたに対する謝罪になるとは思っていません。それに、おこがましいかと思われるかもしれませんが……私は、これからもあなたを『ライバル』と認識し続けるつもりです。そこは私も譲る気はありません。ですので……」
「……ですので?」
「もしライスさんが私に言いたいことがあれば、遠慮なく仰ってください。これが正しい謝罪の形になるかは分かりませんし、あなたの気が晴れるのかも不明ですが……今の私が可能な行動はこれだけだと、判断しました」
それからブルボンさんは、ばっ、って両手を開いて。
「さあ、ライスさん! どうぞ私を罵倒してください!」
「いやしないよ!? というか、この流れで言えるわけないよ!」
急に大声で叫び始めたブルボンさんに、思わずこっちも大声で返しちゃう。
おかしいな。ブルボンさんのお話、途中まではすごく納得できたのに。
気がついたらなんか、着地点がとんでもないところになってて、びっくりしちゃった。
「……シミュレーションと異なる結果を確認。ライスさんは、私を罵倒しないのですか?」
「だからしないって! というか、ライスがそんなことホントに言うと思ったの!?」
「予測される罵倒語としては、『ばか』『あほ』『まぬけ』辺りが的確かと」
「語彙が子供すぎるよ! 子供のケンカじゃないんだから!」
「……そう、ですか」
するとブルボンさんの耳が、しゅん、って垂れるのが見えて。
「では、私に言うことは何もない、ということですか?」
次にブルボンさんから渡されたのは、そんな不安そうな問いかけだった。
……どうしよう。
たしかに、不満があるといえば……あるのかも、しれない。
勝手にライバルなんて、とか。三冠なんてライスには取れないよ、とか。
けれど、それは……言っちゃえば、いつか直面する問題だもん。
この時期にデビューしたら、ブルボンさんと衝突するのは避けられないことだし。
だからここでブルボンさんにそうした言葉をぶつけるのは、それこそライスのワガママだよ。
でも、そう考えるとやっぱり最後に行き着くのは、やっぱりこの疑問で。
「……それなら、一つだけいい?」
「はい」
頷くブルボンさんに、ライスは。
「ブルボンさんは、どうしてライスのことをライバルって呼んだの?」
はじめに返ってきたのは、少しだけ驚いたような、ブルボンさんの表情だった。
「……罵倒ではないのですか?」
「言いたいこと、っていうのは守ったつもりだけど……ダメ、かな」
「いいえ、ライスさんがよろしければ、それで構わないのですが」
よかった。
これで「いや罵倒がいいです」とか言われたら本気で困っちゃうもん。
「多分だけどね、ライスはブルボンさんと、これから何度も同じレースを走ることになると思うんだ」
「それは私も予測済みです。というより、そうでなければ私が困ります」
「ライスが不思議に思ってるのは、そこなんだ。正直、他にもたくさん……とは言えないかもしれないけど、ブルボンさんと同じレースを走る子は、ライス以外にもいるよね? その上でライスより強い子も……『ライバル』にふさわしいって子も、これから出てくるかもしれない。それこそ、ブルボンさんがシニア級に上がったら、って考えると……キリがないと、思う」
「……はい。その可能性は、確かにあります」
「だからこそ、どうしてブルボンさんはライスをライバルに選んだのか、不思議で仕方ないんだ」
ふつうの『ライバル』として選ぶのなら、そうした人のほうが絶対にいいと思う。
でも、ブルボンさんは、デビュー戦っていうこのタイミングで、ライスをライバルって呼んだ。
そこには絶対に理由があるはず。他の子じゃなくて、ライスにしかない、明確なものが。
……きっとそれが、このお話の根幹なんだって、思う。
「ライスさん」
やがてブルボンさんは、少しだけ考えたあとに、ライスに向かって口を開いて。
「申し訳ありません。その質問には、お答えできません」
返ってきたのは、そんな答えだった。
「それは、どうして?」
「……あなたが、とても優しい方だからです」
「優しい? ライスが?」
「はい。私がその理由をお伝えしてしまうと、きっとあなたは……」
そこからの言葉は、続かなかった。
ブルボンさんは思いつめるような表情のまま、じっとライスのことを見つめていて。
……そんな簡単に答えが返ってこないって言うのは、何となく分かってた。
だから、憤りも不満も、あんまり感じない。少しの寂しさは、あるけど。
でも、これで一つだけ分かった。
ブルボンさんには、ライスと走るだけの理由がある、ってこと。
「……そっか。分かったよ」
「このような回答で、よろしいのですか」
「うん、大丈夫」
本当は、聞きたい。ライスのことをライバルって呼ぶ理由も、それ以上のことも。
でも、それを言わないのは、きっとブルボンさんが気を遣ってくれてるからなんだ。
少なくともライスには、さっきのブルボンさんの言葉がそう聞こえたもん。
それなら……無理をして聞く方が、野暮ってやつだよね。
「ありがとうございました、ライスさん」
「ううん。ブルボンさんもこんな早くに来てくれて、ありがとう」
「いえ。こちらこそ、話を聞いてくださりありがとうございました」
なんてお互いに言葉を交わしてから、少しの間。
ブルボンさんはそのままライスのことをじっと見つめていて。
それに心なしか、そわそわしてるっていうか、何か言いたげな風にも見えて。
……えっと、Aコートの方には戻らない、のかな?
それなら……。
「その、もしよかったら、一緒に走り込み……」
「ライスさんが、よろしければ」
言い終わる前に、ブルボンさんはすぐに答えて。
あ、尻尾が振れて……え、すごっ! それ、取れちゃわない!?
……そ、そうだよね。一人で朝練するのって、ちょっと寂しいもんね。
「じゃあ、一緒にしよっか!」
「はい」
そうして、ブルボンさんと一緒にコートへ足を踏み入れようとした、そのとき。
「……なんでミホちゃんがここにいんの?」
ライスたちの後ろから、そんな不機嫌そうな声が、聞こえてきた。
「と、トレーナーさん……」
「おはよ、おコメちゃん。今日は随分早いじゃん?」
「えっと……うん。なんだか、いつもより早く起きちゃって」
「へー」
口ではそう答えてくれるけど、トレーナーさんはずっと、ブルボンさんのことを睨み続けてて。
「珍しいですね、元マスターがこんな時間にいらっしゃるのは」
「俺だってマジメにやりたいときもあんの。特にこの前、誰かさんに負けちゃったし」
「そうですか。それは、お忙しいところを失礼しました」
「お前……」
頭を下げるブルボンさんに、トレーナーさんは。
思わず何かを叫びそうになったけど、なんとかそれだけは堪えきったみたい。
そうやって一度、深く息を吐いたあとに、改めてブルボンさんに向き直ってから。
「……いや、そうだった。ミホちゃんってそういう性格だもんな」
「性格?」
「無意識にああいうこと言って煽っちゃう性格」
それは……ああ、うん。ちょっとだけ、分かるかも。
ライスは別に気にしてないし、場合によっては良いところになるかもしれないけど。
普通は、レースで負かした人と一対一で会話なんてしないと思うんだ。
……でも、それがブルボンさんの強さって言ったら、そうかもしれない。
「私も、元マスターの性格であれば把握していますよ」
するとブルボンさんは、いきなりそんなことを言い始めて。
「俺のって……どういうところよ」
「今年で二十五歳を迎えるというのに、未だに子供らしさが抜けていないところです」
ぶちっ。
「テメエ! 誰がガキみてえな性格してるって!? オイ!」
「と、トレーナーさん、落ち着いて……」
「ああそーだよ! まだコーヒーも微糖だよ! ブラックは苦くて飲めねーもん! 注射もまだ怖ぇーよ! 予防接種とか接種期間ギリギリまで粘ってから行くよ! あとスーパーの試食コーナーで未だにはしゃいじゃうよ! ソーセージとか肉系ねえかなって探すよ! なんだよ悪ぃのかよ! 文句あんのかよぉ!」
「トレーナーさん! 自分で墓穴、掘っちゃってるから!」
「……歯医者の定期健診も、『次回の健診で親知らずを抜きましょうね』と言われてから、行ってませんよね。麻酔を打たれるのが怖いので」
「ブルボンさん!?」
どうしてそこで追い打ちかけちゃうの!? あと、なんでそんなこと知ってるの!?
「とにかくトレーナーさん、落ち着いて……!」
「やめろよもう! どうせおコメちゃんも俺のことガキだと思ってんだろ!?」
「そ、そんなことないよ! ライスもコーヒー、実は苦手だし! 最近はトレーナーさんと飲むことが多いから、慣れたけど! ブラックも苦いから、まだ飲めないもん!」
「……ホントに?」
「うん! お注射も痛いよね、怖いよね! 歯医者さんもまだちょっと行きたくないとき、あるもん! しょうがないよ! ライスだってたまに今日休んじゃおっかな、って思っちゃうから!」
……あ、でも。
「試食コーナーではしゃいじゃうのは、ちょっと……恥ずかしい、かも?」
「………………」
「………………」
………………。
「あーあ! 帰るわ! もう俺このまま帰るわ! 途中でスーパー寄ってやるわ! 食玩とか箱で買ってやるわ! 附属のガムとか一気に食って一個のでっかいガムにして食うわ!」
「と、トレーナーさん!」
「これも全部ミホちゃんのせいだよ! もうお前、どっかいけよ!」
「ですが私は先程、ライスさんと一緒に朝練をすると……」
「うるせーよ! バカ! アホ! マヌケ!」
「……そう、ですか。元マスターが、そう仰るのであれば」
え? ブルボンさん、今のセリフで納得しちゃうの?
何も譲歩する余地なかったよ! ぜんぜん粘れたと思うんだけど! ねえ!
しかも『そう』って……ど、どれのこと? あの三つのうち、どれがそんなにダメだったの!?
というか、ブルボンさんあの語彙って、たぶんトレーナーさんの……。
「また、機会があればご一緒しましょう。ライスさん」
なんて困惑するライスに、ブルボンさんは最後にそんな言葉を残して。
とぼとぼと、まるで飼い主に叱られた犬みたいに、コートから去っていった。
ふ、普通にかわいそう……いくら二人はケンカしてるって言っても、さすがに今のは。
「あー、スッキリした! コートも広くなって満足だわ!」
ぜ、ぜんぜん悪びれてない……!
「よし、じゃあ朝練しよっか。今日はちゃんと見てあげるからさ」
「いや無理無理無理無理! もう全然朝練とかできる流れじゃないよ、これ!」
「え、なんで? 邪魔なヤツいなくなったし、丁度いいっしょ」
「ぜんぜん邪魔じゃなかったよ!」
むしろ一人でするより良かったのに! 併走のほうがいい練習になったよ!
なのに、トレーナーさんが急に暴れ始めちゃったから、こんなことに……。
それにブルボンさんもブルボンさんで、簡単に引き下がりすぎだし。
……でも、こうしてみると、やっぱり。
この二人がケンカしちゃうのは、しょうがないことかも、って思っちゃう。
ライスとしてはきちんと仲直りしてほしいんだけど、それも難しいのかなあ。
「おコメちゃん?」
なんて考え込んでるライスの顔を、トレーナーさんが不思議そうにのぞき込んできて。
「どーしたの、考え込んじゃって。もしかして体調とか悪い感じ?」
「……そういうわけじゃない、けど」
「けど?」
そうやって聞いて来るトレーナーさんに、言葉を続けることはできなかった。
本当は、言いたい。二人には早く仲直りしてほしい、って。
ライスが何か関係してるわけじゃないけど、それでも。
このまま見て見ぬふりをするのは、なんだかいけないことだと思うから。
……でも。
二人には二人の考えっていうか、譲れないものがあるってことも、分かる。
ブルボンさんには、自分の脚で三冠を達成したい、っていう夢が。
トレーナーさんには、ブルボンさんに無茶をしてほしくない、っていう願いが。
だから……必要なのは、ライスから声をかけることじゃなくて。
時間なんだと、思う。それも、ライスが想像しているよりも、もっと多くの。
「……ううん、なんでもないよ」
だから、それまで待つしかないんだ。
そのために、ライスでもできることを、探しながら。
「なら、いいけどさ」
答えると、トレーナーさんは笑ってすぐに顔を上げて。
持っていたボードをもう一度確認してから、朝練の準備をしてくれた。
……そうだ。トレーニング、しないと。ブルボンさんに、追いつかないと。
ブルボンさんには、『ライバル』のライスと走るだけの理由があるんだから。
きっとそれが、二人の仲直りに繋がるかもしれないもんね。
「言いたいことあったら、いつでも言っていいからね?」
「……うん」
優しく言葉をかけてくれるトレーナーさんに、ライスは。
できるだけいつも通りの笑顔を浮かべて、頷いた。
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