クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
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「絵本、ねえ」
ハンバーガー屋さんを出てからすぐ、ライスたちが向かったのは最寄りの駅だった。
そこから三、四駅くらい電車に揺られてから、そこそこの距離を歩いたあと。
やっと到着したのは、今までに見たことがないくらい大きな本屋さんで。
そこの絵本のコーナーをざっと見まわしてから、トレーナーさんはそう口にした。
「子供っぽい、よね……」
「えー、そう? 俺は別にいいと思うけど」
「ほんとに?」
「うん。だってさ、好きなお話って何度も見ちゃうじゃん? 本でも、映画でも」
そんな風に言われるなんて、思ってもいなかった。
だって、ライスの周りの人は、いちど本を読んだら終わり、って感じの人が多かったから。
何度も繰り返し、同じ本を読んじゃうのって、変なのかなって思ってたけど。
トレーナーさんのその言葉で、ちょっとだけ救われたような、そんな気がした。
そうして絵本の並ぶ本棚を眺めながら、トレーナーさんがライスに聞いてくる。
「おコメちゃんは好きなお話とかあるの?」
「うん。えっと、『しあわせの青いバラ』っていう……」
「あ、それ読んだことあるわ。子供の頃、学童保育のところに置いてあった」
「ほんとに!?」
振り返ると、トレーナーさんはちょっとだけ考えるような仕草をしてから、
「確か、アレでしょ? バラの中に一輪だけ、青いバラのつぼみがあるヤツ」
「そ、そう! それでね、青いバラはみんなに不幸の花だ、って言われちゃうんだけど……」
「買ってくれる人がいたんだっけ? それで、ちゃんとお世話されたら綺麗な花が咲いて」
「うん! 素敵な花をつけた青いバラは、みんなを幸せにしたんだよ」
それは、どこにでもある、ありふれた話かもしれない。
でも、初めてこのお話を読んだとき、ライスはこんな風になりたいな、って思えたんだ。
みんなを幸せにできる、そんな素敵なウマ娘に。
「いいお話だよね」
「……うん。ライスの、いちばん大好きなお話なんだ」
答えると、トレーナーさんは優しく微笑んでくれた。
「トレーナーさんにも、好きなお話ってあるの?」
そんなお話をしたあと、今度はライスがトレーナーさんにそう聞いてみる。
ライスだけがお話してるのは、なんだか申し訳ないし。
それ以上に、トレーナーさんのお話も聞いてみたい、って思ったから。
するとトレーナーさんは、ちょっとだけ考え込んでから、
「これ、って言うのはないんだけど、ヒーローが出てくる話が好きだったんだよね」
だった、って。
その言葉だけが、ちょっとだけ悲しそうに聞こえたのは、気のせいかな?
「戦隊のヤツとか、仮面のヤツとか、それこそ絵本にもあるじゃん? そういうヒーローが誰かを助けてる姿が、すげーかっこよく見えたんだよ。だから、俺もこんな風になろう、って思ったんだ。誰かを助けられる、ヒーローに」
そこまで話してから、トレーナーさんは小さく息を吐いて、
「でもさ、違ったんだ。現実にそんなヒーローなんて現れなかった」
「……え?」
「どれだけ俺が辛い思いをしたって、誰も助けてくれないんだ。それはさ、他の人も同じだった。みんな、自分のことで精一杯なんだ。だから、誰かが辛いときに助けてくれるヒーローなんて、この世にはいない」
「そんな……」
「結局、ヒーローなんて物語の中にしかいないんだよ」
俯いたトレーナーさんの横顔は、とっても悲しそうで。
そこにはきっと、ライスがいくら想像しても足りないくらいに、辛いことがあったんだ。
たぶん、それは聞いちゃダメなこと。絶対に、触れちゃいけないもの。
分かってる。踏み込むべきじゃないんだ、って。
……でも。
もしも、トレーナーさんが話してくれたら、その時はライスがトレーナーさんを――
「まあ、だからこそ誰かを助けたい、って思うようになったんだよね」
にっこりと。
顔を上げたトレーナーさんは、笑顔を浮かべながら話を続けた。
「ヒーローにはなれないけどさ、それに近いことなら俺でもできるんじゃないか、って」
「……だから、トレーナーさんに?」
「そうそう。昔からレースは妹とちょくちょく見てたしさ。勉強は死ぬほど大変だったけど」
……すごい、なあ。
憧れてたヒーローになれなくても、別の道でそうやって夢を叶えられるなんて。
ライスも、いつかはそんな風になれたら……。
「そういやおコメちゃん、欲しいって言ってた本は見つかったの?」
ふと、そんなことをトレーナーさんに聞かれて顔を上げる。
「え、えっと……まだ、見つからないかも……」
「結構歩いたのに? じゃあ、もしかしたら置いてないかもね」
「そんな……」
「いやいや、残念がるのはまだ早いって。……あ、ほら! そこの店員さん、ちょっと!」
少し離れたところにいる女の店員さんを見つけると、トレーナーさんが声をかける。
本当は、お店に置いてあったらよかったな、ってくれらいの気持ちだったのに。
いつの間にか、トレーナーさんは店員さんとの話を終えちゃって。
「ちょっと遠いけど、別の店舗ならもしかしたら在庫あるかも、って」
「そ、そうなんだ……」
「だから、もう予約しといたよ」
「ええ!?」
そ、そんな急に……?
「流石に今日は時間ないからさ。次のお休みの日、おコメちゃんが受け取りに行ってよ」
「う、うん……」
「もし予定とか入っちゃったら俺が行くから。そん時は連絡ちょーだい?」
「え?」
なんて、トレーナーさんが言ってたのを、少し不思議に思っちゃって。
「トレーナーさんは、一緒に行ってくれないの?」
そうやって口にしたところで、とっても恥ずかしい質問をしてる、って気が付いた。
「……嬉しいこと言ってくれるじゃん?」
「あ、あのっ! 違うの! ライス、変な意味で言ったわけじゃ……」
「えー、そうなの? 実は俺も、おコメちゃんと行きたいって思ってたんだけど、ダメ?」
「……ううん。ライスも、また一緒に行きたいな、って……」
「じゃ、決まりだ」
もしかして、ワガママだったかな。
トレーナーさんにはもう、これ以上ないくらいに迷惑をかけちゃってるのに。
でも、こんなライスとまた一緒に行きたい、って言ってくれたのが、すごく嬉しくて。
だから。
「ありがとう、トレーナーさん」
「どーいたしまして」
きっとそれは、トレーナーさんにとって些細なことなのかもしれない。
それこそ、隣にいるのがライスじゃなくても、同じようにしてたんだと思う。
でもね。
そうやってにっこりと笑う、トレーナーさんの横顔が。
ライスには、ちょっとだけヒーローみたいに、見えたんだ。
■
「今日はどうだった?」
あれから本屋を出たあと、帰り道に通った川沿いの道で。
差し込んできた西日を片手で遮りながら、トレーナーさんはライスに聞いてきた。
「……うん。楽しかったよ」
「そう? ならよかった。もしかしたら、おコメちゃんには迷惑かと思って」
「そ、そんなことないよ! むしろ、迷惑をかけちゃったのはライスの方で……」
トレーナーさんの携帯が鳴ったのは、ライスがそうやって続けようとしたときだった。
ポケットから出した携帯を見て、トレーナーさんはまた嫌そうな顔になって。
やっぱりしばらく悩んだあと、電話に出ることにしたみたい。
「……はい、俺です。……え? あー……いや、はい……」
歯切れの悪い言葉を並べているトレーナーさんの顔は、どんどん青ざめていって。
「えーと……はは、そうっすね……はい、ホントすんませんでした」
電話から耳を離すと、トレーナーさんはライスの方に振り返ってから、
「……バレちゃった」
「えっ」
それってもしかしなくても、ライスたちがサボってたことだよね?
ど、どうしよう。このままじゃ、トレーナーさんまで怒られちゃう。
トレーナーさんは、何も悪くない。ライスが、巻き込んじゃっただけだもん。
だから、ライスがちゃんと説明しなくちゃ……。
「しょーがないけど、おコメちゃんとはここでお別れだ」
……え?
「な、なんで? ライスも一緒に謝りに行くよ?」
「……ん? いや、おコメちゃんは来る意味ないんだけど……」
「そんなことないよ! だって、トレーナーさんがサボっちゃったのは、ライスのせいで……」
「あはは、どーしたらそんなコトになんの。おコメちゃん、面白いね」
ど、どうしたらって……何も、おかしくないよ?
むしろ、トレーナーさんのせいになる方がおかしいのに。
そんなよく分かってないライスを見かねたのか、トレーナーさんはライスの顔を覗き込んで、
「とにかくさ、おコメちゃんは何も悪くないから。安心して?」
「で、でも……」
「てか、悪いのはホントに俺だけだよ。だって、おコメちゃん使ってサボってたんだから」
……使って、って? どんな風に?
ライスはただ、今日ずっとトレーナーさんと一緒に過ごしただけだよ?
それどころかライス、トレーナーさんに迷惑しかかけてないのに。
色んな所に連れて行ったり、お昼ご飯をご馳走になったり、みんなにウソまで……。
……あ。
「もしかして、ライスが体調不良だったこと?」
「うん。丁度いい口実だなー、って思ってさ」
「で、でも! それってウソなんじゃ……」
「いや? それはホントでしょ」
首を傾げたライスに、トレーナーさんは。
「だって、俺が見つけた時のおコメちゃん、すげー不安そうな顔してたもん」
……それだけ?
それだけで、ライスのことを体調不良のウマ娘だって思ったの?
ううん、それよりも。
不安そうな顔をしてたから、って理由だけで、トレーナーさんはライスに声をかけてくれたの?
そんな、こと……。
「メンタル的な、ほら、心のバランスっていうの? 体調不良ってそういうのもあるじゃん」
「うん……」
「あの時のおコメちゃんも、そんな感じでボロボロだったからさ」
「そ、そうなの……?」
「そーなの。多分、あのままほっといたら、二度と学園に戻らなさそうと思った」
「ライスはそんなこと……」
「しない、ってホントに自信持って言える?」
「……言えない、かも」
「でしょー?」
否定できずに頷いちゃったライスに、トレーナーさんは笑ってくれた。
本当はそんなことしない、って言わなくちゃいけないはずなのに。
ライスは、自分がそうできると思わなくて。
「ごめん、なさい……」
「いーよいーよ。誰でも、そういう時ってあるからね。それに……」
「……それに?」
「今のおコメちゃん、初めて会った時よりいい顔になってくれたからさ」
くすりと笑ってから、トレーナーさんは、ライスの頬をつん、って。
そうなのかなあ。自分では、よく分からないけど。
……でも。
トレーナーさんが言ってくれたなら、きっとそうなんだと思う。
「ありがとう、トレーナーさん」
「礼なんていいって。そういうメンタルケアとかも、
言いながら、トレーナーさんはくぁ、って眠そうにあくびをついた。
「じゃあ、怒られてくるわ。おコメちゃんも、こっからはマジメになってまっすぐ帰りなよ?」
「う、うん……その、トレーナーさんも何かあったら、ライスのこと言っていいから……」
「だーかーら、大丈夫だって。おコメちゃんは何も悪くない、ってさっき言ったじゃん」
「でも……」
「つーか、そうやって気遣いしてくれるくらいならさー」
言葉を切ったトレーナーさんは、改めてライスと視線を合わせると、
「たまには今日みたいに息抜きするのも大事って、覚えてほしいな」
そう、教えてくれた。
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この一日には、いろんな『はじめて』が詰まってる。
はじめて、ライスが学校をサボった日。
はじめて、トレーナーさんと――お兄さまと、出会った日。
はじめて、見たこともない大きな本屋さんに行った日。
はじめて、ライスの好きな絵本の話ができた日。
でも、そのいろんな『はじめて』の中で、絵本みたいに題名をつけるとしたら。
それは、きっと。
ライスが、はじめて変わろうと思った日、なんだ。
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こういうノリです
書き溜め若干あるのでしばらくは毎日投稿するぞ~~