クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
■
「こんにちは、ライスさん!」
翌日。
カフェテリアでいつもみたく、一人でお昼ご飯を食べていたとき。
元気すぎるくらいの大きな声をかけてくれたのは、バクシンオーさんだった。
「こ、こんにちは、バクシンオーさん」
「はい! ライスさんもお元気そうで何よりです!」
軽くそんな挨拶を交わしたあと、バクシンオーさんはライスの隣に座る。
バクシンオーさんは、とっても明るい元気な人。
それこそ、ライスとは真逆の、みんなから好かれる人気者だった。
でも、バクシンオーさんはたまに、こうやってライスとお話してくれるんだ。
バクシンオーさんは、それも委員長の務めですから、なんて言ってたけど。
ライスは、バクシンオーさんがとっても優しい人だから、って思ってる。
「ところで、ライスさん。先日は……その、大丈夫でしたか?」
「……どういうこと?」
そんなバクシンオーさんが突然、いつもと違うこそこそとした口調で聞いてきて。
驚きながら聞き返すと、バクシンオーさんは頷いてから、続きを話してくれた。
「ライスさんが、昨日あるトレーナーさんに騙された、と聞きまして」
……え?
「なんでも、体調の優れないライスさんを利用して、仕事をサボっていたと」
「え、えっと……それは、そうなんだけど……」
「当の本人は、ただ遊んでいただけと言っていましたが……もしかしたら、と思って」
「……もしかしたら、って」
「ですから、その……ライスさんが、無理やり乱暴なことをされていないかと」
…………………………。
はい!?
「さ、されてないよ! 大丈夫だから!」
「本当ですか? 例えば……無理やり口づけをされたり、とか」
「だから、されてないって! あと想定してるレベルが子供すぎるよ!」
なんだか勢いで失礼なことを言っちゃった気がするけど、今はそれどころじゃなくて。
まさか、昨日のことがそんな誤解を生んでるなんて、思ってもいなかった。
それにしたって一体、どこからそんな話が出てきたんだろう。
ライスには、そんなこと想像もつかなかったのに。
と、とにかくバクシンオーさんに、昨日あったことをちゃんと説明して……。
………………。
「その、バクシンオーさん?」
「なんでしょう」
「ライスが昨日サボってた話って、誰から聞いたの?」
「誰からも何も、学園の中でそこそこ噂になっていましたよ」
「…………」
かたん。
「……終わった」
「終わった? 一体、何が終わったんですか?」
「ライスの学園生活だよっ!」
バクシンオーさんだけが誤解してるなら、まだよかっ……いや、よくないけど。
みんなが誤解してるってことは、ライスは今後そういう目で見られることになって。
ただでさえライスは、みんなと話すのが下手なのに、どんどん距離を置かれちゃって。
併走とかレースとかにも、だんだん出られなくなって。
きっと近いうちに、学園を退学することに……。
「バクシンオーさん」
「はい、どうしましたか?」
「退学届けの書き方ってわかる……?」
「さっぱりです! 何せ、そんなこと考えたこともなかったので!」
「あはは……そうだよね……」
バクシンオーさんの眩しさが、今はひりひりしてて辛い。
と、とにかく何とかしてみんなの誤解を解かないと。ライスも退学なんてしたくないし。
けど、どうすれば……。
「とりあえず、例のトレーナーさんを探すところから始めましょうか」
戸惑うライスを見計らってくれたバクシンオーさんが、そう話しかけてくれた。
そ、そうだよね。まずは、トレーナーさんとちゃんとお話することから始めよう。
もしかしたら、トレーナーさんも困っちゃってるかもしれないし。
きちんと説明すれば、誤解を解く方法を一緒に考えてくれる……はずだよね?
ただ、一つ問題があるとすれば。
「トレーナーさんが、どこにいるか分からなくて……バクシンオーさんは、知ってる?」
「全く知りません! というか、話したことすらありませんね!」
「そっかぁ……」
「ですが、居場所を知っていそうな人なら知っていますよ」
自信ありげに言ってから、バクシンオーさんはイスから立ち上がって。
「それでは、生徒会室へ向かいましょう!」
■
あれからお昼ご飯を食べたあと、向かった生徒会室の前で。
「失礼します!」
「ノックは!?」
ばたん、と勢いよく扉を開けるバクシンオーさんに、思わず声を上げた。
でも、バクシンオーさんは気にする様子も見せず、ずんずんと部屋の中に入っていく。
い、いくら学級委員長だからって、流石にそれは怒られるんじゃないかな……?
なんて怯えながらバクシンオーさんの背中を眺めていたけど、何も言葉は返ってこなくて。
「……誰もいませんね?」
「うん……?」
まだお昼ご飯の最中なのかな? それとも、もうトレーニングに行っちゃったとか……。
ライスも部屋に入って、バクシンオーさんと不思議そうに顔を合わせていると。
「……流石にノックくらいしろ、バクシンオー」
「わあっ!?」
「ちょわっ!?」
ちょうど、こっちに背もたれを向けているソファーから、むくりと起き上がる人影が見えて。
それは、気怠そうにライスたちのことを睨んでいる、ナリタブライアンさんだった。
「おお、ブライアンさん! いらっしゃらないかと思いましたよ!」
「私もここにいるつもりはなかったんだがな。エアグルーヴのヤツに捕まって、仕方なく」
不機嫌そうに呟くと、ブライアンさんはそのままソファーの背もたれに顎を乗せた。
なんだか、ちょっとだけくたびれてるみたい。今、お話しても大丈夫なのかな?
そうやって考えていると、ブライアンさんはそこで初めて、ライスのことに気づいたみたいで。
「ああ、お前か」
「ら、ライスのこと知ってるの……?」
「噂になってるからな、アイツと」
びっくりしながら聞くと、ブライアンさんは不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、答えてくれた。
「やはりあのトレーナーさんとお知り合いでしたか」
「たまに行き先が重なるだけだ。屋上とか、校舎裏とか」
「では、トレーナーさんが今どこにいるのかも、ある程度お分かりなのでは?」
「……なるほど、そういうことか」
バクシンオーさんの言葉を聞いて、納得したようにブライアンさんが立ち上がる。
「いいだろう。いくつかアテがあるから、案内してやる」
「あ、ありがとう……!」
「構わんさ。困っている生徒の頼みを断るのは、生徒会の沽券に関わるだろうしな」
「なんと頼もしい!」
「それに、こういう理由があれば、エアグルーヴも流石にうるさく言わんだろう」
正直、ブライアンさんとあのトレーナーさんが知り合いなのは、ちょっと不思議だったけど。
今の言葉を聞くと、確かに気は合いそうだな、ってすんなり納得できた。
そうやって、ブライアンさんの後に続いて、生徒会室を出ようとしたところで。
ふと、ブライアンさんは思い出したようにライスの方へ振り返ると。
「で、実際のところどうなんだ? アイツに襲われたのは本当なのか?」
「本当じゃないよっ! ま、まさかブライアンさんまで信じてるなんて……!」
「まさか。私も本気で信じてないさ。ただ……アイツなら生徒にも手を出しかねんだろ」
「それは……その、うん……」
ひ、否定できない……。
ライスも初めて会った時は、ちょっと怖い人だなって思っちゃったし。
ちゃんとお話すれば、そんな人じゃないってすぐに分かるんだけど。
「まあいい、行くぞ」
「アテはいくつかあると言いましたよね? 最初はどこに?」
「そうだな……」
考え込むブライアンさんは、けれどすぐに顔を上げると。
「とりあえず、マトモそうな方から行くか」
……マトモ?
■
ブライアンさんに連れられてやってきたのは、学園の中にある屋内プールだった。
ライスもよく使う施設だった。スタミナを鍛えたいときは、水泳が一番効果的なんだって。
ただ、制服のままプールサイドを歩くのは、なんだか新鮮な気持ちで。
なんて考えるライスを置いて、ブライアンさんはレーンの端っこにしゃがみ込む。
それからしばらくすると、向こうからこっちへ泳いでくる人影が見えた。
……あの人は、確か。
「おい、ブルボン」
ミホノブルボンさん。
こう言っちゃうと失礼かもしれないけど、いつも無表情で、考えが上手く掴めない人。
ただ実力はものすごくて、ブルボンさんの走りは他の生徒と比べ物にならないくらいに速い。
そんな風だから、みんなからはロボットとか、サイボーグって呼ばれてるみたい。
というより。
このブルボンさんと、あのトレーナーさんが知り合いって……本当に?
「こんにちは、ブライアンさん。バクシンオーさん。それと……」
「ライスシャワー、です……はじめまして」
「はい、初めまして」
ぺこり、とお辞儀をされたから、ライスも同じように頭を下げる。
するとブルボンさんは、頭を上げたあとにライスのことをじっと見つめていて。
……まさか。
「ブルボンさんも、ライスシャワーさんのことをご存知で?」
「ええ」
や、やっぱり……。
これ以上、勘違いする人が増える前に何とかしなくちゃ。
「その、ブルボンさん。一つ、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「構いませんよ。それで、なんでしょう?」
「あの、トレーナーさんがどこにいるのか知りませんか?」
「知りません」
……あ、あれ?
「知らないことはないだろ。だって……」
「何と言われようと、私にはお答えできません。お力になれず、申し訳ありません」
きっぱりと、なんだか無理やりなくらいに、ブルボンさんはそう答えた。
……ブルボンさんと話すのはこれが初めてで、ライスは何も知らない。
それこそ、あのトレーナーさんとブルボンさんが、どんな関係かなんて知るはずもない。
だけど、どうしてだろう。
答えてくれたブルボンさんの表情が、どこか悲しそうなことだけは、理解できた。
「では、私はマスターに指示されたトレーニングがありますので」
そうしてライスたちが何か言う前に、ブルボンさんは練習に戻って行っちゃった。
泳いでいくブルボンさんの背中を眺めながら、ブライアンさんが呆れたように息をひとつ。
「……あいつ、あんなに融通の利かないヤツだったか?」
「いつもより機嫌は悪そうでしたけどねえ」
「何か嫌な事でもあったのかな……」
もしかしたら、聞いちゃいけないことを聞いちゃったのかもしれない。
だとしたら、悪いことしちゃったな。
「しかし、面倒なことになったな」
「なぜですか?」
「大方、ここに来ればすぐに見つかると思っていたんだが」
「……他にもアテがあるんじゃ?」
「あるにはあるが、全て私が見つけたサボり場所だ」
「なるほど。だとしたら可能性は低いですね」
「だよね。まさか昨日サボったばっかりなのに、今日もまたサボるなんてこと……」
「………………」
「………………」
「………………」
………………。
「しそうなんですね?」
「アイツなら平気でやりかねんな」
「そ、そんな……」
「私も他人のことは言えないが……手間をかけさせてくれる」
後ろ手で頭を掻きながら、ブライアンさんがそう言った。
「とにかく、ここにいない以上、手あたり次第探すしかないか」
「そうだよね……うぅ……」
「大丈夫ですよ、ライスさん。きっとすぐに見つかります」
「早く行くぞ。まずは屋上からだ」
そうして。
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「見つからんな……」
「見つかりませんね……」
「見つからなかったね……」
あのあと、屋上や校舎裏、空き教室とかを探しまわって。
それでも見つからなかったから、学園の外で行きそうなところも探して。
よく行くコンビニとか、公園とかゲーセンにも足を運んでみたけど。
結局、トレーナーさんの姿はどこにも見当たらなくて。
そうして日が傾いてきたころ、昨日トレーナーさんと歩いた河原に並んで座りながら。
自販機で買った飲み物をそれぞれ飲みながら、みんなでそう呟いた。
「……行き違っていた可能性は?」
「ないな。アイツは一度場所を決めたら
「でも、それじゃ見つかっちゃうんじゃ……」
「見つかれば、アイツは正直に仕事に戻るのさ。……変なところで真面目なんだ」
呆れたように息を吐いてから、ブライアンさんがスポーツドリンクを傾ける。
「じゃあ、もう学園にはいないのかな?」
「出勤自体してないかもしれん。平気で一日寝過ごすようなヤツだ」
「不健康な方ですねえ」
お水を飲みながら、バクシンオーさんはそう言った。
「そもそも、どうしてお前はアイツを探してるんだ?」
そうやって紅茶に口をつけようとしたライスに、ブライアンさんが話しかけてきて。
「どうしてって……もちろん、ライスさんの噂をどうにかするためですよ」
「いや、それは私にも分かる。ただ、なんというか……」
「……なんというか?」
「私には、アイツがこの噂をどうにかできるとは思えんのだが」
それは……。
「もしかしたら何か解決法があるかも、って相談しようと思ったんだけど」
「ないだろうな。というより、アイツが真面目にそんなことを考える気がしない」
「じゃあ、どうすればいいのでしょう」
「所詮、噂は噂だ。放っておけばいずれ消える。……まあ、今更な話になるが」
肩をすくめてから、ブライアンさんはまたペットボトルに口をつけた。
……確かに、ここまで広まっちゃった噂をどうにかするのは難しいと思う。
真偽がどうであれ、いくらライスが否定しても信じる人は信じるだろうし。
きっと、トレーナーさんがやっても同じ結果になる気がする。
そう考えたら、やっぱりこの噂には触れない方がいいみたいで。
ブライアンさんの言う通り、気にしないことが一番の解決方法なのかも。
「心配するな。こんなくだらん噂など、じきに誰も話さなくなるさ」
「うん……」
「それに、なんだ。ここまで来たら私も協力してやる。慣れん仕事になるが」
「私もです! ライスさんがそんなことをしない生徒だと、責任を持って主張しますから!」
「……ありがとう、二人とも」
ライスの肩を叩いてくれる二人に、そうやって言葉を返したのと。
向こうの道から足音が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。
きっと誰かがトレーニングしてるのかな。
この辺りは、ライスもよく使うランニングコースだから。
すると過ぎ去っていこうとした足音は、ライスたちの後ろで止まって。
「……ブライアン? 貴様、こんなところで何してる」
なんて驚いたような声をかけてきたのは。
ナリタブライアンさんと同じ、生徒会副会長のエアグルーヴさんだった。
「何だ、エアグルーヴか。まだトレーニング中だったとはな」
「今日は少し追い込みたい気分で……いや、それより頼んだ書類整理はどうした」
「こいつらの手伝いに呼ばれたのでな。生徒の手助けをするのが生徒会だろ」
「……一応聞いておくが、どこまで進んだ?」
「十五分は机に向かった」
「貴様なあ……」
呆れたまま、エアグルーヴさんはライスたちの方に視線を向けると、
「バクシンオーとライスシャワー……待て、これはどういう集まりだ?」
「人を探していた。私はそいつと顔見知りだったから、手伝ったまでだ」
「人?」
「アイツだ。あの、ろくでなし」
「ああ、彼か」
ろ、ろくでなしで通じちゃうんだ……。
でも、通じるってことは、エアグルーヴさんもあの人のことを知ってるのかな。
そう考えてるライスに気づいたのか、エアグルーヴさんはライスに向き直ってから、
「彼は今日から、外部研修で
……………………。
え、研修?
「……どうして先に言ってくれなかった」
「どうしても何も、貴様に関係ないからだろう。彼は貴様の担当でもあるまいし」
「それは……そうかもしれんが」
「仲間がいなくなって寂しくなったか」
小さく笑うエアグルーヴさんに、ブライアンさんは呆れて何も返せなかったみたいで。
バクシンオーさんなんて、ぽかんと口を開けたまま、どこか遠くを見つめていた。
分かるよ。ライスもおんなじ気持ちだもん。まさかそんな、ってなってるもん。
それにしても、研修って……。
「どこに行ってるの?」
「地方にあるトレーナー養成校だ。確か、講師の補佐だったか……そこまでは知らん」
「いつ帰ってくるかって、分かる?」
「今週末には帰ってくるはずだ。だから金曜……三日後には戻っているかもな」
「そっか……」
ああ、ダメだ。なんだか、全身から力が抜けていくみたい。疲れがどっと押し寄せてくる。
バクシンオーさんとブライアンさんも、もう何も言えなくなってるし。
そんなライスたちを見て思ったのか、エアグルーヴさんはじろりと眉を顰めてから、
「……まさか、今日中ずっと彼のことを探し回っていたのか?」
「うん……」
「……そもそも、彼を探すなら他の職員に聞けばよかったはずだが、何故そうしなかった?」
「アイツが真面目に仕事してると思うわけないだろ……!」
疲れきった声音で、ブライアンさんはそう呟いた。
正直、ライスも同じ気持ちだった。それだけの元気がもうなくなっちゃっただけで。
きっと、いつものライスだったら、不幸だからとか思っているんだろうけど。
そんなことを考える余力すら、今のライスにはなかった。
「では、私はもう行く。貴様らも暗くならないうちに寮に戻れよ」
「……ライスは、もう少しここにいるね」
「ご一緒させてもらいますね。今日はそういう気分なので」
「私もそうする。というか、そうしないとやってられん」
「……こういうことを聞くのもおかしな話だが、貴様らそんなに仲が良かったか?」
エアグルーヴさんの問いかけに、もう誰も答える気力は残っていなくて。
結局、それぞれの飲み物が空になるまで、ライスたちは無言で沈む夕陽を眺めていた。
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