クソチャラお兄さま   作:おこめイーター

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「こんにちは、ライスさん!」

 

 翌日。

 カフェテリアでいつもみたく、一人でお昼ご飯を食べていたとき。

 元気すぎるくらいの大きな声をかけてくれたのは、バクシンオーさんだった。

 

「こ、こんにちは、バクシンオーさん」

「はい! ライスさんもお元気そうで何よりです!」

 

 軽くそんな挨拶を交わしたあと、バクシンオーさんはライスの隣に座る。

 バクシンオーさんは、とっても明るい元気な人。

 それこそ、ライスとは真逆の、みんなから好かれる人気者だった。

 でも、バクシンオーさんはたまに、こうやってライスとお話してくれるんだ。

 バクシンオーさんは、それも委員長の務めですから、なんて言ってたけど。

 ライスは、バクシンオーさんがとっても優しい人だから、って思ってる。

 

「ところで、ライスさん。先日は……その、大丈夫でしたか?」

「……どういうこと?」

 

 そんなバクシンオーさんが突然、いつもと違うこそこそとした口調で聞いてきて。

 驚きながら聞き返すと、バクシンオーさんは頷いてから、続きを話してくれた。

 

「ライスさんが、昨日あるトレーナーさんに騙された、と聞きまして」

 

 ……え?

 

「なんでも、体調の優れないライスさんを利用して、仕事をサボっていたと」

「え、えっと……それは、そうなんだけど……」

「当の本人は、ただ遊んでいただけと言っていましたが……もしかしたら、と思って」

「……もしかしたら、って」

「ですから、その……ライスさんが、無理やり乱暴なことをされていないかと」

 

 …………………………。

 はい!?

 

「さ、されてないよ! 大丈夫だから!」

「本当ですか? 例えば……無理やり口づけをされたり、とか」

「だから、されてないって! あと想定してるレベルが子供すぎるよ!」

 

 なんだか勢いで失礼なことを言っちゃった気がするけど、今はそれどころじゃなくて。

 まさか、昨日のことがそんな誤解を生んでるなんて、思ってもいなかった。

 それにしたって一体、どこからそんな話が出てきたんだろう。

 ライスには、そんなこと想像もつかなかったのに。

 と、とにかくバクシンオーさんに、昨日あったことをちゃんと説明して……。

 ………………。

 

「その、バクシンオーさん?」

「なんでしょう」

「ライスが昨日サボってた話って、誰から聞いたの?」

「誰からも何も、学園の中でそこそこ噂になっていましたよ」

「…………」

 

 かたん。

 

「……終わった」

「終わった? 一体、何が終わったんですか?」

「ライスの学園生活だよっ!」

 

 バクシンオーさんだけが誤解してるなら、まだよかっ……いや、よくないけど。

 みんなが誤解してるってことは、ライスは今後そういう目で見られることになって。

 ただでさえライスは、みんなと話すのが下手なのに、どんどん距離を置かれちゃって。

 併走とかレースとかにも、だんだん出られなくなって。

 きっと近いうちに、学園を退学することに……。

 

「バクシンオーさん」

「はい、どうしましたか?」

「退学届けの書き方ってわかる……?」

「さっぱりです! 何せ、そんなこと考えたこともなかったので!」

「あはは……そうだよね……」

 

 バクシンオーさんの眩しさが、今はひりひりしてて辛い。

 と、とにかく何とかしてみんなの誤解を解かないと。ライスも退学なんてしたくないし。

 けど、どうすれば……。

 

「とりあえず、例のトレーナーさんを探すところから始めましょうか」

 

 戸惑うライスを見計らってくれたバクシンオーさんが、そう話しかけてくれた。

 そ、そうだよね。まずは、トレーナーさんとちゃんとお話することから始めよう。

 もしかしたら、トレーナーさんも困っちゃってるかもしれないし。

 きちんと説明すれば、誤解を解く方法を一緒に考えてくれる……はずだよね?

 ただ、一つ問題があるとすれば。

 

「トレーナーさんが、どこにいるか分からなくて……バクシンオーさんは、知ってる?」

「全く知りません! というか、話したことすらありませんね!」

「そっかぁ……」

「ですが、居場所を知っていそうな人なら知っていますよ」

 

 自信ありげに言ってから、バクシンオーさんはイスから立ち上がって。

 

「それでは、生徒会室へ向かいましょう!」

 

 

 あれからお昼ご飯を食べたあと、向かった生徒会室の前で。

 

「失礼します!」

「ノックは!?」

 

 ばたん、と勢いよく扉を開けるバクシンオーさんに、思わず声を上げた。

 でも、バクシンオーさんは気にする様子も見せず、ずんずんと部屋の中に入っていく。

 い、いくら学級委員長だからって、流石にそれは怒られるんじゃないかな……?

 なんて怯えながらバクシンオーさんの背中を眺めていたけど、何も言葉は返ってこなくて。

 

「……誰もいませんね?」

「うん……?」

 

 まだお昼ご飯の最中なのかな? それとも、もうトレーニングに行っちゃったとか……。

 ライスも部屋に入って、バクシンオーさんと不思議そうに顔を合わせていると。

 

「……流石にノックくらいしろ、バクシンオー」

「わあっ!?」

「ちょわっ!?」

 

 ちょうど、こっちに背もたれを向けているソファーから、むくりと起き上がる人影が見えて。

 それは、気怠そうにライスたちのことを睨んでいる、ナリタブライアンさんだった。

 

「おお、ブライアンさん! いらっしゃらないかと思いましたよ!」

「私もここにいるつもりはなかったんだがな。エアグルーヴのヤツに捕まって、仕方なく」

 

 不機嫌そうに呟くと、ブライアンさんはそのままソファーの背もたれに顎を乗せた。

 なんだか、ちょっとだけくたびれてるみたい。今、お話しても大丈夫なのかな?

 そうやって考えていると、ブライアンさんはそこで初めて、ライスのことに気づいたみたいで。

 

「ああ、お前か」

「ら、ライスのこと知ってるの……?」

「噂になってるからな、アイツと」

 

 びっくりしながら聞くと、ブライアンさんは不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、答えてくれた。

 

「やはりあのトレーナーさんとお知り合いでしたか」

「たまに行き先が重なるだけだ。屋上とか、校舎裏とか」

「では、トレーナーさんが今どこにいるのかも、ある程度お分かりなのでは?」

「……なるほど、そういうことか」

 

 バクシンオーさんの言葉を聞いて、納得したようにブライアンさんが立ち上がる。

 

「いいだろう。いくつかアテがあるから、案内してやる」

「あ、ありがとう……!」

「構わんさ。困っている生徒の頼みを断るのは、生徒会の沽券に関わるだろうしな」

「なんと頼もしい!」

「それに、こういう理由があれば、エアグルーヴも流石にうるさく言わんだろう」

 

 正直、ブライアンさんとあのトレーナーさんが知り合いなのは、ちょっと不思議だったけど。

 今の言葉を聞くと、確かに気は合いそうだな、ってすんなり納得できた。

 そうやって、ブライアンさんの後に続いて、生徒会室を出ようとしたところで。

 ふと、ブライアンさんは思い出したようにライスの方へ振り返ると。

 

「で、実際のところどうなんだ? アイツに襲われたのは本当なのか?」

「本当じゃないよっ! ま、まさかブライアンさんまで信じてるなんて……!」

「まさか。私も本気で信じてないさ。ただ……アイツなら生徒にも手を出しかねんだろ」

「それは……その、うん……」

 

 ひ、否定できない……。

 ライスも初めて会った時は、ちょっと怖い人だなって思っちゃったし。

 ちゃんとお話すれば、そんな人じゃないってすぐに分かるんだけど。

 

「まあいい、行くぞ」

「アテはいくつかあると言いましたよね? 最初はどこに?」

「そうだな……」

 

 考え込むブライアンさんは、けれどすぐに顔を上げると。

 

「とりあえず、マトモそうな方から行くか」

 

 ……マトモ?

 

 

 ブライアンさんに連れられてやってきたのは、学園の中にある屋内プールだった。

 ライスもよく使う施設だった。スタミナを鍛えたいときは、水泳が一番効果的なんだって。

 ただ、制服のままプールサイドを歩くのは、なんだか新鮮な気持ちで。

 なんて考えるライスを置いて、ブライアンさんはレーンの端っこにしゃがみ込む。

 それからしばらくすると、向こうからこっちへ泳いでくる人影が見えた。

 ……あの人は、確か。

 

「おい、ブルボン」

 

 ミホノブルボンさん。

 こう言っちゃうと失礼かもしれないけど、いつも無表情で、考えが上手く掴めない人。

 ただ実力はものすごくて、ブルボンさんの走りは他の生徒と比べ物にならないくらいに速い。

 そんな風だから、みんなからはロボットとか、サイボーグって呼ばれてるみたい。

 というより。

 このブルボンさんと、あのトレーナーさんが知り合いって……本当に?

 

「こんにちは、ブライアンさん。バクシンオーさん。それと……」

「ライスシャワー、です……はじめまして」

「はい、初めまして」

 

 ぺこり、とお辞儀をされたから、ライスも同じように頭を下げる。

 するとブルボンさんは、頭を上げたあとにライスのことをじっと見つめていて。

 ……まさか。

 

「ブルボンさんも、ライスシャワーさんのことをご存知で?」

「ええ」

 

 や、やっぱり……。

 これ以上、勘違いする人が増える前に何とかしなくちゃ。

 

「その、ブルボンさん。一つ、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「構いませんよ。それで、なんでしょう?」

「あの、トレーナーさんがどこにいるのか知りませんか?」

「知りません」

 

 ……あ、あれ?

 

「知らないことはないだろ。だって……」

「何と言われようと、私にはお答えできません。お力になれず、申し訳ありません」

 

 きっぱりと、なんだか無理やりなくらいに、ブルボンさんはそう答えた。

 ……ブルボンさんと話すのはこれが初めてで、ライスは何も知らない。

 それこそ、あのトレーナーさんとブルボンさんが、どんな関係かなんて知るはずもない。

 だけど、どうしてだろう。

 答えてくれたブルボンさんの表情が、どこか悲しそうなことだけは、理解できた。

 

「では、私はマスターに指示されたトレーニングがありますので」

 

 そうしてライスたちが何か言う前に、ブルボンさんは練習に戻って行っちゃった。

 泳いでいくブルボンさんの背中を眺めながら、ブライアンさんが呆れたように息をひとつ。

 

「……あいつ、あんなに融通の利かないヤツだったか?」

「いつもより機嫌は悪そうでしたけどねえ」

「何か嫌な事でもあったのかな……」

 

 もしかしたら、聞いちゃいけないことを聞いちゃったのかもしれない。

 だとしたら、悪いことしちゃったな。

 

「しかし、面倒なことになったな」

「なぜですか?」

「大方、ここに来ればすぐに見つかると思っていたんだが」

「……他にもアテがあるんじゃ?」

「あるにはあるが、全て私が見つけたサボり場所だ」

「なるほど。だとしたら可能性は低いですね」

「だよね。まさか昨日サボったばっかりなのに、今日もまたサボるなんてこと……」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 ………………。

 

「しそうなんですね?」

「アイツなら平気でやりかねんな」

「そ、そんな……」

「私も他人のことは言えないが……手間をかけさせてくれる」

 

 後ろ手で頭を掻きながら、ブライアンさんがそう言った。

 

「とにかく、ここにいない以上、手あたり次第探すしかないか」

「そうだよね……うぅ……」

「大丈夫ですよ、ライスさん。きっとすぐに見つかります」

「早く行くぞ。まずは屋上からだ」

 

 そうして。

 

 

「見つからんな……」

「見つかりませんね……」

「見つからなかったね……」

 

 あのあと、屋上や校舎裏、空き教室とかを探しまわって。

 それでも見つからなかったから、学園の外で行きそうなところも探して。

 よく行くコンビニとか、公園とかゲーセンにも足を運んでみたけど。

 結局、トレーナーさんの姿はどこにも見当たらなくて。

 そうして日が傾いてきたころ、昨日トレーナーさんと歩いた河原に並んで座りながら。

 自販機で買った飲み物をそれぞれ飲みながら、みんなでそう呟いた。

 

「……行き違っていた可能性は?」

「ないな。アイツは一度場所を決めたら梃子(テコ)でも動かん。そこでサボり続ける」

「でも、それじゃ見つかっちゃうんじゃ……」

「見つかれば、アイツは正直に仕事に戻るのさ。……変なところで真面目なんだ」

 

 呆れたように息を吐いてから、ブライアンさんがスポーツドリンクを傾ける。

 

「じゃあ、もう学園にはいないのかな?」

「出勤自体してないかもしれん。平気で一日寝過ごすようなヤツだ」

「不健康な方ですねえ」

 

 お水を飲みながら、バクシンオーさんはそう言った。

 

「そもそも、どうしてお前はアイツを探してるんだ?」

 

 そうやって紅茶に口をつけようとしたライスに、ブライアンさんが話しかけてきて。

 

「どうしてって……もちろん、ライスさんの噂をどうにかするためですよ」

「いや、それは私にも分かる。ただ、なんというか……」

「……なんというか?」

「私には、アイツがこの噂をどうにかできるとは思えんのだが」

 

 それは……。

 

「もしかしたら何か解決法があるかも、って相談しようと思ったんだけど」

「ないだろうな。というより、アイツが真面目にそんなことを考える気がしない」

「じゃあ、どうすればいいのでしょう」

「所詮、噂は噂だ。放っておけばいずれ消える。……まあ、今更な話になるが」

 

 肩をすくめてから、ブライアンさんはまたペットボトルに口をつけた。

 ……確かに、ここまで広まっちゃった噂をどうにかするのは難しいと思う。

 真偽がどうであれ、いくらライスが否定しても信じる人は信じるだろうし。

 きっと、トレーナーさんがやっても同じ結果になる気がする。

 そう考えたら、やっぱりこの噂には触れない方がいいみたいで。

 ブライアンさんの言う通り、気にしないことが一番の解決方法なのかも。

 

「心配するな。こんなくだらん噂など、じきに誰も話さなくなるさ」

「うん……」

「それに、なんだ。ここまで来たら私も協力してやる。慣れん仕事になるが」

「私もです! ライスさんがそんなことをしない生徒だと、責任を持って主張しますから!」

「……ありがとう、二人とも」

 

 ライスの肩を叩いてくれる二人に、そうやって言葉を返したのと。

 向こうの道から足音が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。

 きっと誰かがトレーニングしてるのかな。

 この辺りは、ライスもよく使うランニングコースだから。

 すると過ぎ去っていこうとした足音は、ライスたちの後ろで止まって。

 

「……ブライアン? 貴様、こんなところで何してる」

 

 なんて驚いたような声をかけてきたのは。

 ナリタブライアンさんと同じ、生徒会副会長のエアグルーヴさんだった。

 

「何だ、エアグルーヴか。まだトレーニング中だったとはな」

「今日は少し追い込みたい気分で……いや、それより頼んだ書類整理はどうした」

「こいつらの手伝いに呼ばれたのでな。生徒の手助けをするのが生徒会だろ」

「……一応聞いておくが、どこまで進んだ?」

「十五分は机に向かった」

「貴様なあ……」

 

 呆れたまま、エアグルーヴさんはライスたちの方に視線を向けると、

 

「バクシンオーとライスシャワー……待て、これはどういう集まりだ?」

「人を探していた。私はそいつと顔見知りだったから、手伝ったまでだ」

「人?」

「アイツだ。あの、ろくでなし」

「ああ、彼か」

 

 ろ、ろくでなしで通じちゃうんだ……。

 でも、通じるってことは、エアグルーヴさんもあの人のことを知ってるのかな。

 そう考えてるライスに気づいたのか、エアグルーヴさんはライスに向き直ってから、

 

「彼は今日から、外部研修で学園(ここ)を離れているぞ」

 

 ……………………。

 え、研修?

 

「……どうして先に言ってくれなかった」

「どうしても何も、貴様に関係ないからだろう。彼は貴様の担当でもあるまいし」

「それは……そうかもしれんが」

「仲間がいなくなって寂しくなったか」

 

 小さく笑うエアグルーヴさんに、ブライアンさんは呆れて何も返せなかったみたいで。

 バクシンオーさんなんて、ぽかんと口を開けたまま、どこか遠くを見つめていた。

 分かるよ。ライスもおんなじ気持ちだもん。まさかそんな、ってなってるもん。

 それにしても、研修って……。

 

「どこに行ってるの?」

「地方にあるトレーナー養成校だ。確か、講師の補佐だったか……そこまでは知らん」

「いつ帰ってくるかって、分かる?」

「今週末には帰ってくるはずだ。だから金曜……三日後には戻っているかもな」

「そっか……」

 

 ああ、ダメだ。なんだか、全身から力が抜けていくみたい。疲れがどっと押し寄せてくる。

 バクシンオーさんとブライアンさんも、もう何も言えなくなってるし。

 そんなライスたちを見て思ったのか、エアグルーヴさんはじろりと眉を顰めてから、

 

「……まさか、今日中ずっと彼のことを探し回っていたのか?」

「うん……」

「……そもそも、彼を探すなら他の職員に聞けばよかったはずだが、何故そうしなかった?」

「アイツが真面目に仕事してると思うわけないだろ……!」

 

 疲れきった声音で、ブライアンさんはそう呟いた。

 正直、ライスも同じ気持ちだった。それだけの元気がもうなくなっちゃっただけで。

 きっと、いつものライスだったら、不幸だからとか思っているんだろうけど。

 そんなことを考える余力すら、今のライスにはなかった。

 

「では、私はもう行く。貴様らも暗くならないうちに寮に戻れよ」

「……ライスは、もう少しここにいるね」

「ご一緒させてもらいますね。今日はそういう気分なので」

「私もそうする。というか、そうしないとやってられん」

「……こういうことを聞くのもおかしな話だが、貴様らそんなに仲が良かったか?」

 

 エアグルーヴさんの問いかけに、もう誰も答える気力は残っていなくて。

 結局、それぞれの飲み物が空になるまで、ライスたちは無言で沈む夕陽を眺めていた。

 

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