クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
みんな許してくれそうなのでちょくちょくやっていきます
■
翌日。
「あ、制服のままで来たんだ?」
お昼ご飯を食べ終えてから、昨日お話をした自販機の前で。
車にもたれ掛かっていたトレーナーさんは、ライスを見てそう言った。
「私服の方が、よかったかな……?」
「いや、おコメちゃんがいいなら、それでいいんだけどさ」
昨日と同じ缶コーヒーを飲みながら、トレーナーさんはそう笑った。
「今日のトレーニングお休みします、ってちゃんと先生に言った?」
「う、うん……いいよ、って許可ももらったよ」
「そっか」
「……トレーナーさんは? もしかして、また今日もサボり?」
「あーあ、ついにおコメちゃんにまでそう言われるようになっちゃったか」
「ち、違うの! ただ、ライスのせいでまた何か言われたら、って思って……」
「まあ、普通にサボりなんだけどねー」
からかうように笑うトレーナーさんに、ライスも思わず言葉を失った。
ダメだよ、なんて言えるような立場じゃないけど、やっぱりちょっと心配しちゃう。
こんなにサボってばっかりで、お仕事とか大丈夫なのかなあ。
でも、外部研修とかに参加してるし、本当はすごく優秀な人なのかも。
……分からない。やっぱり、トレーナーさんのことは、ひとつも。
「立ち話も何だし、そろそろ行こっか」
「うん……」
「助手席でいいよ」
空っぽになった缶をゴミ箱の中に投げて、トレーナーさんが車のドアを開ける。
初めに感じたのは、コーヒーの強い香りだった。
それから、これは……タバコ?
よく分からないまま振り返ると、トレーナーさんはなんだか申し訳なさそうに笑っていて。
「ちょっと前にやめたんだけどね。匂いだけ、まだちょっと残っちゃって」
「ううん。ライスは……大丈夫だよ」
「ごめんね、ほんと」
謝らなくてもいいのに、って思ったけど、それは言わなかった。
きっとそれは、ライスだけじゃなくて、自分にも向けた言葉だと思ったから。
助手席に腰を下ろして、シートベルトをしっかり締める。
運転席にどさ、って座ったトレーナーさんは、ハンドルを握った。
「それじゃ、出発ー」
「しゅ、しゅっぱーつ……」
それから、ライスとトレーナーさんを乗せた車は、静かに走り始めた。
「帰ってくんの、ちょっと遅くなるかもね。一応、寮長さんに伝えといた方がいいかも」
「なら、もう連絡しておくね」
「その方がいっか。……ちなみにおコメちゃんって、どっちの寮?」
「えっと、美浦寮だから、ヒシアマゾンさんに連絡しようと思って……」
「あー、アマさんか。なら、俺のことも伝えといてよ。一応、顔見知りだから」
「うん……」
携帯の電源を点けて、ヒシアマゾンさんに連絡しようとしたところで、ふと。
……そういえば、トレーナーさんのお名前、知らないや。
どうしよう。お名前が分からないと、ヒシアマゾンさんにもちゃんと伝わらないよね。
でも、今は運転してるから、話しかけるのはダメな気がするし。
うーん……。
『ヒシアマゾンさんへ。
今日は、帰りがちょっと遅くなるかもしれません。
例のトレーナーさんと一緒にいます。
何かあったら、ライスかトレーナーさんに連絡してください』
結局、ヒシアマゾンさんへ送ったのはそんなメッセージだった。
ライスとトレーナーさんは噂になってるから、きっとこれで分かるはず。
かなり、というか、ものすごく不本意なことではあるけど、仕方ないよね。
なんて考えていると、ヒシアマゾンさんからの返信がすぐにきて。
『分かったよ。気を付けてね。
何かされそうになったら、すぐに
…………。
「アマさん、何て?」
横目で聞いてきたトレーナーさんに、ライスは。
「気を付けて、だって」
「……どっちに?」
「トレーナーさんに」
「信用ねえー」
呆れたように笑いながら、トレーナーさんはそう呟いた。
「俺、そんなヤバそうなヤツに見えるかな?」
「ライスはそう思わないよ? けど……」
「……けど?」
「この前、一緒にサボったら、その、そういう噂になっちゃって……」
「え、マジ?」
意外そうに驚いてるトレーナーさんに、ライスもまた驚いた。
……そっか。トレーナーさんは研修に行ってたから、噂のことを知らないんだ。
どう説明しよう。言葉に困るっていうか、どう言い換えても変になっちゃうって言うか。
そうやって迷っていると、トレーナーさんはすぐに察してくれたみたいで。
「あー……なんか、ゴメンね? おコメちゃん、色々言われたっしょ?」
「ち、違うよ! トレーナーさんが謝ることじゃ、ないし……」
「でも、俺のせいで迷惑かけちゃったしなあ。どうしよ、とりあえず髪黒く染めてみるか?」
「大丈夫だから! トレーナーさんはそんなことしない人だって、ライスは分かってるから!」
思わず声が大きくなっちゃったけど、それは本当のこと。
……逆に言えば、ライスが分かってるのは、それくらいしかないもん。
「それに、噂は噂だし……ブライアンさんも、気にするな、って言ってくれたから」
「え、アンちゃんが?」
アンちゃん。
「……もしかして、ブライアンさんのこと、アンちゃんって呼んでるの?」
「そーだけど……変かな?」
「えっと……」
変、っていうか。怖いもの知らずっていうか。
……前々から思ってたけど、トレーナーさんのあだ名のセンスって独特だよね。
「ま、アレだ。アンちゃんの言う通り、噂は噂だから。ほっとけば収まるよ」
「だよね。なら、よかった……」
「でも時間はかかるかもね。おコメちゃんくらいの女子って、そういう噂とか好きそうだし」
それは……うん。仕方ないと思う。
ライスはそういうお話にあんまり興味ないけど、みんなはよくするし。
それに、トレセン学園は……なんていうか、その、女子高だから。
多分ライスの噂がすぐに広まっちゃったのは、それもあるんだろうなあ。
「恋に恋するお年頃ってかさ、マセてる子って意外といんのよ」
「うん……ライスも、身をもって知ったよ」
「それにしたって、俺とおコメちゃんが、ってのはやりすぎだと思うけどね」
「え、そうなの?」
「他の子ならまだしも、おコメちゃんみたいなマジメでいい子に手ぇ出すわけないのに」
「……もしかして、他の子ならそういうことしたこと、あるの?」
「……………………」
「……………………」
……………………。
「まあ、カワイイ子はたくさんいるよね」
「トレーナーさん?」
あ、あれ? そんな、ウソだよね?
ちょっと、え、トレーナーさん?
「……てかさ、おコメちゃんとアンちゃんって知り合いだったの?」
ろ、露骨に話題を……!
「その、この前トレーナーさんを探した時に、手伝ってくれて……それで」
「俺を? なんで……」
「ライスとトレーナーさんが噂になっちゃったのを、相談しようと思って……」
「ああ、なるほど。で、俺が研修に行ってたから見つかんなかった?」
「うん……」
「そりゃタイミング悪かったね」
ごめんね、ってトレーナーさんが笑ってから、そこで一度会話が終わった。
ふと窓の外を見ると、そこにはライスの知らない景色が流れていた。
話に夢中になってたから、気づかなかった。そっか、もうこんな遠くまで来てたんだ。
ガラスを一枚挟んだ向こうには、知らないお店の看板や、見たことのない通りばっかり。
たまに遠くにお出かけはするけど、こんなところまで来たのは初めてかもしれない。
なんて考えていると、目の前の信号が赤くなって、トレーナーさんが車を停める。
「研修って、何しに行ったの?」
大きな通りなのかな。青になるまでは、少しだけ時間がかかるみたいで。
携帯をいじり始めたトレーナーさんに向かって聞くと、すぐに答えが返ってきた。
「学生やってた時、お世話になった先生がいてさ。その人の手伝いに呼ばれたの」
「お手伝い?」
「そ。ま、言っちゃえば雑用だったね。教え子なのをいいことに、コキ使われてさあ」
「大変だったね……」
「ホントにね。でも、色んな話を無料で立ち聞きできたから、ノーカンっちゃノーカンかな」
そうやって話すトレーナーさんは、どこか楽しそうだった。
信号が青に変わる。車が、静かに動き出す。
「研修って、他のトレーナーさんたちもよく行くよね? それって、どういうお話するの?」
「んー……基本的には効率のいいトレーニング方法を共有したり、あとは担当のコとうまくやってく方法とか話し合ったりじゃない? 俺が行ったのはどっちかってっとセミナーより研究会って感じだったから、それ以外にも色んなお話してたよ。一番面白かったのは、ご褒美にあげるとやる気上がるからオススメします! ってデザート纏めて発表したヤツかな。全部高ぇヤツしかなかったから、そりゃそーだろ、ってなってさあ」
「へえー……やる気が上がる、デザート……」
「興味ある? そうだ、よかったら帰りに一コ買ってこっか?」
「あ、いや、そうじゃなくて!」
「いーよ、遠慮しなくて。てか正直、それくらいしかタメになる話なかったもん」
「え?」
不思議に思って聞き返すと、トレーナーさんは、
「研修で育成論とかの話、聞いたんだけどさ」
「うん」
「実は俺、今担当してるコとかいないから、聞いてもあんま意味なかったんだよね」
「そうなんだ……そうなんだ!?」
びっくりして、思わずトレーナーさんのことを二度見しちゃった。
確かに、担当してる子がいない、って話も聞いてないけど、それでも。
「意外だった?」
「うん。だって、その……昨日、ライスに色んなこと教えてくれたから」
「アレくらい、
「そうなの?」
「つーか、担当いるのにこんなサボってるヤツいたら、ヤバいっしょ」
それは、そうだけど。
でもトレーナーさんって、どうしてか分からないけど、要領良さそうだから。
仮に担当してる子がいても、どうにかして上手くサボってるんじゃないかなあ。
「おコメちゃんも、今フリーなんだっけ?」
「うん……この前の選抜レースも、出られなかったから」
「そっか」
答えたトレーナーさんは、少しだけ時間を置いてから。
「いつか頼れる人、見つかるといいね。俺、応援してっからさ」
……ああ、そっか。そう、だよね。
トレーナーさんにも、自分の担当を選ぶ権利はあるんだもん。
すっかり忘れてちゃってた。ライスが、何もできないダメな子だって。
ここにいるのが、ライスとトレーナーさんだけだから、勘違いしちゃった。
そうだよ。よくよく考えれば、そんなことあり得るはずがないもん。
もしかしたら、トレーナーさんがライスの担当になってくれるかも、なんて。
……期待してた? ううん、違う。押し付けてたんだ。ライスが、勝手に。
だから。
ライスは今、勝手に悲しくなってるだけ、なんだ。
「音楽つけてもいい?」
「…………うん」
トレーナーさんの言葉にうまく答えられているのかも、今のライスには分からなくて。
それからライスはずっと、窓の外を流れる知らない景色を眺めていた。
スピーカーからは、少し前に流行ったポップスが流れている。
メロディーはどこかで聞いたことあるけれど、その歌詞をライスはぜんぜん知らなかった。
……知らない。ライスは、何も。トレーナーさんのことも、他のことも、ぜんぶ。
そんな何も知らないライスに、色々なことを教えてくれる人がいるとすれば。
きっとそれは、トレーナーさんなんだと思う。
■