クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
■
「そろそろ起きて、おコメちゃん」
………………はっ!?
「お、おはようございます……?」
「うん、おはよ」
「……ライス、どれくらい眠ってた?」
「二十分くらいかな。結構ぐっすりしてたよ」
恐る恐る聞いてみると、トレーナーさんは笑って返してくれた。
いつの間にか、寝ちゃってたなんて。は、恥ずかしい……。
目的地にはもう着いたみたいで、車はどこかの駐車場に停められてた。
「ごめんなさい、せっかく運転してくれたのに……」
「別にいいよ。俺も、おコメちゃんのカワイイ寝顔が見られて満足したし」
「か、カワイイって……トレーナーさん、もしかして……!」
「ちょっと待って、違う違う。お願いだから身構えないで」
で、でも……さっき、他の子なら、って言ってたから……。
ライスにはしないって言ってくれたけど、その……気の迷い、って言葉もあるし。
考えすぎ、かな? ……考えすぎ、だよね? 大丈夫、大丈夫……。
……男の人って、
「とにかく、早く行こうよ」
「う、うん……」
なんて変なことを考えてると、トレーナーさんがライスに声をかけてくれる。
車の外に出ると、お昼のぽかぽかした空気が、さっきまで寝てた体を起こしてくれた。
あったかい、って言うよりちょっと暑いくらいかも。過ごしやすくは、あるんだけど。
トレーナーさんも陽気に当てられたのか、ふわ、って大きなあくびをしてた。
……それにしても。
「めっちゃ田舎でしょ?」
「そうだね……」
正面を見ても、右を見ても、左を見ても、田んぼ。
その向こうにはお家がちらほら散らばってて、もっと向こうには山が見えてて。
車が走ってる道は舗装されてるけど、それ以外はほとんど土の道だった。
……ここ、都内だよね。車で来てるから、たぶんそうなんだと思うけど。
というより、本屋さんは?
「ちょっと歩くよ。ここ、第二駐車場だから」
「あ、うん……」
それから、トレーナーさんの後ろをついて、歩道のない道路を進むこと、しばらく。
「……ここ?」
「そ」
到着したのは、道沿いにぽつんと佇む本屋さんだった。
大きくも小さくもない、普通って言葉がぴったり当てはまるような、そんな。
「思ったよりショボいね」
「……たぶん、この前の本屋さんが大きすぎたんだと思うよ?」
「あー、確かに。あそこヤバかったよね。いくら本店っつっても限度あるっしょ、あれ」
なんて話をしてから、トレーナーさんと一緒に自動ドアをくぐる。
お店の中は冷房が効いてるみたいで、思っていたよりも少しだけ涼しかった。
トレーナーさんがすぐにカウンターの方に向かったから、その後ろをついていく。
そうして並んでカウンターに立つと、店員のおばあさんがにこ、って笑ってくれた。
ライスがそれに返していると、トレーナーさんが話を初めて。
「えっと、予約してた絵本を取りにきたんですけど、あー……タイトルって」
「ああ、こちらですね」
おばあさんはすぐ後ろの棚から絵本を取って、ライスに見せてくれた。
「……どうして、ライスたちのって分かったんですか?」
「他に予約をされているお客様が、いらっしゃらなかったので」
「そうなんですか?」
「こんな田舎のお店ですもの。予約されるお客様なんて、ほとんどいなくって」
そ、そうなんだ……。
でも、それってつまり、予約しなくても店に来れば買えるってことだよね?
ライスからすれば、そっちの方がよさそうにも思えるけど……。
「もしかしてあなた、トレセン学園の生徒さん?」
おばあさんが絵本を紙袋に包んでいる途中で、そんなことを聞いてきて。
「は、はい。そうです……」
「もうレースには出てるの?」
「それは……まだ、トレーナーさんが見つからなくって」
「あら。私はてっきり、隣のお兄さんがそうかと思ったけど」
言われると、トレーナーさんは後ろ手で頭を掻きながら、
「いやあ……俺はまだまだ実力なくて。この子はもっと、他の人に見てもらった方がいいですよ」
「そうなのかい?」
「ええ。ちゃんとしたベテランの人に見てもらうのが一番です。それに、この子は……一人だと、ちょっと頑張りすぎる節がありますから。しっかり自分の担当の面倒を見れるヤツがついてやらないと、いつか倒れちゃうと思うんです。だから、俺みたいなヤツじゃなくて、きちんと経験のあるトレーナーが付いてあげた方が……」
そこまで話してくれたところで、ようやくトレーナーさんは気づいたみたいで。
「いや、その、なんつーか……すいません、話しすぎですね、俺」
「よかったわねえ」
「うん」
「たはは……」
照れくさそうに頬を掻きながら、トレーナーさんは笑っていた。
嬉しい。こんなライスのことを、そこまで考えてくれてるなんて。
だってそんな人、今までに一人も出会ったことなかったから。
……ワガママかも、しれないけど。もしも、ライスが担当してくれる人を選べるなら。
やっぱり、ライスはトレーナーさんが……。
「ここってカード使えますか?」
「ええ、できますよ」
「じゃあ、コレで」
それから、トレーナーさんがお金を払ってくれて。
店員のおばあさんが、紙袋に包んだ絵本をライスに渡してくれた。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ。もしよかったら、最後にお名前だけ聞かせてくれる?」
「えっと……ライスシャワー、です」
「ライスシャワーちゃんね、覚えとくよ。応援してるからね」
「……が、がんばります」
どっちのことだろう。……ううん、違う。どっちも、なんだろうな。
おばあさんは、お店を出ていくライスたちを、笑顔で見送ってくれた。
■
ある森に、一羽の小鳥さんが住んでいました。
小鳥さんは、自分が住んでいる森から一度も出たことがありませんでした。
ですが、小鳥さんは森の外に出ようとは思いませんでした。
森には食べ物も、眠るところも、遊ぶ友達もたくさんいたのです。
小鳥さんは、その生まれ育った森で、楽しく暮らしていました。
そんなある日、小鳥さんはどこからかやってきた、綿毛の妖精さんと出会いました。
綿毛の妖精さんは言いました。
「わたし、綺麗なお花を咲かせたいんです。その場所を探すために今、旅をしているの」
小鳥さんは答えました。
「なら、この森にするといいよ。この森はとてもいいところだから」
綿毛の妖精さんはまた、言いました。
「ありがとうね。でも、もう少しだけ他の場所も見ていこうかしら」
ふしぎに思った小鳥さんは、尋ねました。
「どうして? ここより素敵な場所なんて、ないのに?」
綿毛の妖精さんは、笑いながら答えました。
「なら、一緒に探してみましょう?」
そうして小鳥さんは、綿毛の妖精さんと一緒に旅をすることになりました。
旅の途中で、小鳥さんは色々なものを目にしました。
見たことのない草木や花、大きな山や綺麗な湖、そして今までのどれよりもきれいな月。
それは、森から出たことのない小鳥さんにとって、どれも知らないものでした。
やがて旅が終わると、綿毛の妖精さんは小鳥さんが住んでいた森に戻ってきました。
綿毛の妖精さんは言いました。
「ここにしましょう。わたし、ここでお花を咲かせます」
小鳥さんは聞きました。
「どうして? ここよりも素敵な場所が、たくさんあったのに」
妖精さんは答えました。
「だってこの森には、あなたが住んでいるから」
「確かにここよりも素敵な場所は、たくさんあったわ」
「どうせ戻ってくるのなら、旅なんてしなくてもよかったのかも」
「けれど、旅をすることで私たちは、たくさんのものに出会えたでしょ?」
「それに何よりも素敵なものは、私の旅に一緒についてきてくれたあなたって気づいたから」
妖精さんは、黄色い花を森じゅうにたくさん咲かせました。
それは小鳥さんが旅の中でも見たことのない、素敵な花でした。
小鳥さんと妖精さんは、その花々に包まれながら、これからも幸せに暮らしましたとさ。
「――めでたし、めでたし」
そうやって読み終えた絵本を、ぱたんって閉じる。
「……おコメちゃん、読み聞かせめっちゃ上手だね」
車を運転しながら聞いていたトレーナーさんは、笑いながらそう言ってくれた。
「ほ、ほんとに……?」
「ホントだよー。だって俺、運転中だけど寝ちゃいそうになったもん」
「そんなに危なかったの!?」
「うそうそ、冗談だって。でも、上手かったのはホントだからさ」
よ、よかった……。もし事故でも起きたら、どうしようかと。
でも、そうやって言ってくれるくらい、上手だったってことだよね。
嬉しいな。そうやって褒められるなんて、思ってもなかったから。
……今のライス、変な顔になってないよね?
「それじゃ、さっき買ってきたヤツ開けちゃおっか」
差し掛かった交差点の信号が赤になったところで、トレーナーさんは車を停めて。
ライスが本をしまったのを見てから、そう声をかけてくれた。
「……あの、ほんとに車の中で食べてもいいの?」
「いーのいーの。あ、でも零すのだけはやめてね?」
答えたトレーナーさんが、体を乗り出して後部座席へ手を伸ばす。
それから、持ってきたビニール袋をライスにはい、って渡してくれた。
中に入っていたのは、さっきトレーナーさんに買ってもらったクレープが、二つ。
ブルーベリーの入ってるほうを取ると、ちょうど車が動き出した。
「いただきます……」
「どーぞ」
包み紙を開けると、甘酸っぱい香りが漂ってきて。
一口かじると、ブルーベリーの風味が口の中いっぱいに広がった。
「どう?」
「おいしいよ、すっごく!」
思わず、トレーナーさんに答える声が、上ずっちゃうくらいには。
「よかったら、俺の分も食っちゃっていいからね」
「そ、そんなこと……しない、よ?」
「迷ってる迷ってる」
だ、だってホントにおいしいかったんだもん……。
このお店、学園の近くにもあるのかな? 今度、調べてみてもいいかも。
なんてことを考えてると、ふと。
「うわ、マジで?」
トレーナーさんの携帯が、鳴った。
「ちょ、ごめんおコメちゃん、電話、スピーカーで出てくれる?」
「……もしかしてトレーナーさん、また怒られちゃうの?」
「今日は一応、午後は外出てくるっつったんだけど……」
あれー? って首を傾げるトレーナーさんから、携帯を受け取って。
「誰からか、って分かる?」
「えっと……妹さん?」
「ああ、なるほど」
液晶に映っていた文字を口にすると、トレーナーさんは納得したような声を上げる。
そういえばこの前、妹さんがいるってお話を聞いたような。
そのままスピーカーフォンのボタンを押すと、すぐに女の人の声が聞こえてきた。
『もしもし、兄貴?』
「何だよ。今、仕事中だぞ」
『兄貴が仕事なんてマジメにしてるわけないじゃん』
「お前ひどいなー」
笑うトレーナーさんにつられるように、妹さんの方からもくすくす、って声が聞こえてくる。
……なかよし、なんだろうなあ。トレーナーさんの話し方も、楽そうだし。
『てか、そうじゃなくて。この前、兄貴に貸した映画のDVDあったよね?』
「あー……? あ、アレか。思い出した思い出した」
『最近、また見たくなったから返して欲しいんだけど』
「オッケー。今度の週末、そっち行くわ」
そうやってトレーナーさんが答えた後、車が少しだけ、がたん、って揺れて。
『……ん? 兄貴、今どこにいんの?』
「車で移動中。カワイイウマ娘ちゃんとデートしてんだから、ジャマすんなよ」
で、デートだなんて……そんな……。
……あれ? でも、トレーナーさんと二人でお出かけってことは、そうなるの、かな?
な、なんだか恥ずかしくなってきちゃった。そんなつもり、ぜんぜんなかったのに。
どうしよう。違う、って言うのも変な気がするし。かといってそうだよ、って言うのは……。
なんて考えてるライスを置いて、トレーナーさんと妹さんはお話を続けていて。
『え、マジ? ってことはウチの声も聞こえてる?』
「スピーカーでバッチリ」
『ちょ、もう……! そういうことは先に言ってよ……』
「仕事中って言っただろ?」
妹さんはそうやってため息をつくと、次はライスに向けて、
『いきなりごめんね。ウチの兄貴、デリカシーなくってさ』
「そ、そんなこと……」
『じゃあウチはもう切るから。兄貴のこと、よろしくね』
「え?」
……よろしく? よろしく、って? え、つまりどういうこと?
ちょっと、妹さん? よろしくってどういう意味で……!
「き、切れてる……」
気づいたときにはもう、液晶は真っ黒になっていて。
なんだかとんでもない勘違いを残したまま、妹さんとの電話は終わっちゃった。
「トレーナーさん……」
「ああ、うん。そうなんだよ。
……そ、そうだよね。トレーナーさんと一緒で、冗談が好きなだけだよね。
よかった。それなら変なことには……。
「映画とかよく見るんだよね」
え、あ、そっち!?
「好きなジャンルは違うんだけどね。でも、たまにオススメの映画とか貸し合ったりしてて」
「……なかよし、なんだね?」
「昔はお兄ちゃんって可愛く呼んでくれたんだけどさー、今では生意気な女になっちゃった」
たはは、って笑ってるトレーナーさんのお話は、正直ぜんぜん頭に入って来なくて。
結局あのまま放置なのかな。そ、それはそれで困っちゃうって言うか、難しいっていうか。
それとも、ライスが気にしすぎなだけ? そうだったら、一番いいんだけど……。
「おコメちゃん?」
「ひゃい!」
気づけば、車は赤信号で停まっていて。
トレーナーさんは、じっとライスの顔を覗き込んでいた。
「どーしたのさ、そんなにボーっとしちゃって。……もしかして、疲れちゃった?」
「ううん。ライスは大丈夫だよ……」
「そーなの? ならいいんだけどさー」
どっちかというと、疲労感は否めないけど。
そうやって会話をしているうちに信号が青に変わって、車が走り出す。
「そろそろ模擬レースもあるし、トレーニングに支障が出たらアレかなって思って」
「……模擬レース?」
「うん。……って、あ! やっべ!」
近いうちに模擬レースがあるなんて、ライスは聞いてないけど。
……もしかして。
「その……お願いだから、みんなには内緒にしてくれない?」
「トレーナーさん……」
やっぱり。ライスっていうか、生徒には言っちゃいけないことだったんだ。
トレセン学園で開催される模擬レースには、大きく分けて二つある。
それは、ライスたちが自主的に企画するものと、トレーナーさんたちが企画するもの。
分かりやすく例えると、自主勉と抜き打ちテスト、みたいな感じかな?
生徒だけの模擬レースは、主に互いの問題点やその解決方法を見つけるのが目的。
トレーナーさんが企画するレースは、生徒の総合力を確認するのが目的。
総合力、って言っても単純な実力とか、レースでの強さってだけじゃなくて。
開催日時が発表されてから、それまでにどれだけ仕上げられるか、とかの能力も見られる。
この前あった選抜レースと違うのは、開催時期が完全に不定期なこと。
だから、抜き打ちテスト。それで言うと、選抜レースは定期テストかな?
それでトレーナーさんが言ってた模擬レースはもちろん、トレーナーさんが企画する方で。
今の状況は、テストの日付をうっかりライスに言っちゃった、って感じかなあ。
「……まあ、いいや。ここまで来たら、全部話してあげる。なんでも聞いていいよ」
「そ、そんなことしないよ! ライスもズルなんてするつもり、ないし……」
「あはは、おコメちゃんってホントにマジメだね。普通は血眼になって聞くモンだよ?」
正直、少しは気になる。どんなコースでやるのか、詳しい日付はいつ、とか。
けどね、それで勝ったとしても、ライスが強くなった、っては思えないから。
「でも、やけに近いよね? この前、選抜レースがあったのに……」
「それが狙い。まあ、要は溢れちゃった
あれ? ということは、もしかして。
「模擬レースって、トレーナーさんも見に来るの?」
「もちろん」
……あ。
「トレーナー、さん」
「んー?」
「模擬レースの開催日って、いつになるの?」
「え」
一度だけ言葉を止めてから、トレーナーさんはすぐに。
「……四月三十日。今から十七日後だよ」
「長距離のコース設定は?」
「芝2500の左周り。まだ長い距離を走れる娘は少ないしね」
「そっか……」
適性は合ってる。それこそ、この前まで2400の練習はしてたから、大丈夫。
後は、残りの100m分をこの二週間とちょっとで、どれだけ仕上げられるか。
きっと、そこが勝負なんだと思う。
……がんばらなくちゃ。
「どーしたの、おコメちゃん。急にモチベ上がった感じ?」
「……うん」
「ならよかった。ただバレちゃうより、そっちの方がよっぽどマシだわ」
笑いながら話すトレーナーさんの隣で、ライスは。
次は絶対に逃げないんだ、って、そう心に誓ったんだ。
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