クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
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「……おコメちゃん?」
その日の夕方、いつもの自販機の前で。
縁石に座っているライスを見下ろしての、トレーナーさんの言葉だった。
「お疲れさま、トレーナーさん」
「え、ありがと……いや、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「……おコメちゃん、いつからココいたの?」
首を傾げるトレーナーさんに、ライスは小さく手を振ってから答えた。
「みんなのレースが終わってから、ずっと」
「ずっと? ってことは、えっと……うそ、二時間も?」
「うん。記録係のお仕事って、大変なんだね」
「……まさか、俺の仕事が終わるまで待ってくれてたワケ?」
「そうだよ」
ライスも正直、ここまで待つことになるとは思ってなかった。
携帯の充電もほとんど無くなっちゃったし。お腹も空いてきちゃった。
……でも、途中で折れずに待ち続けた甲斐はあった、かな。
「あはは。おコメちゃん、そんなに俺に会いたかったの?」
「うん。トレーナーさんと、お話したかったから」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん? 冗談でも、さすがに照れちゃうっつーか……」
「……………………」
「……マジで?」
頷く。
……やっぱり、ブライアンさんの言う通りだ。
ウサギさん。それも、自分が獲物になるなんて微塵も思っていないような。
「お話、って……一体、何の?」
「ライスの、これからのこと」
「これから? あー、どうやったらスカウトもらいやすいかとか、教えてほしい感じ?」
「それはブライアンさんに教えてもらったよ」
「アンちゃんに?」
意外そうな表情のまま、こっちを見つめるトレーナーさんに。
ライスは、ずっと右手に持っていた缶コーヒーを、ゆっくり差し出した。
「これだよね。トレーナーさんがいつも買ってるのって」
「……ああ、うん。このメーカーのやつ、学生の頃から好きでさ」
「そうなんだ」
「もしかして覚えててくれたの? ありがとね、おコメちゃん」
「どういたしまして」
なんて笑いながら、トレーナーさんがコーヒーを受け取ろうとした、そのとき。
ライスは、さっ、って自分の腕を、引っ込めた。
「……おコメちゃん?」
「ねえ、トレーナーさん。ライスのレースの結果って知ってる?」
缶を両手で弄んでると、しばらくしてトレーナーさんからの答えが返ってくる。
「一着だったよね。二と三分の一馬身差で」
……そう。
あの後、ライスはレースで一着だった。
走ってる間のことは覚えていないし、実感も未だに沸いていない。
ただ、勝たなくちゃ、って。それだけしか、考えてなかった。
そうしないとライスは、ここでトレーナーさんを待つことすらできなかったから。
「うん。一着だったよ」
「……あー、えっと、おめでとう?」
「ありがとう。けどね、そうじゃないんだ」
「え?」
爪は、見せた。
あとは、牙を喉元に突き立てるだけ。
「ねえ、トレーナーさん」
「……なに?」
「トレーナーさんは、今日のレースで担当にしたい子って、いた?」
ライスの問いかけに、トレーナーさんは口を噤んだままで。
「いないよね?」
「あー……まあ、うん」
「やっぱり。そうだと思った」
思ってた通りの答えが返ってきて、思わずくすって笑っちゃう。
「レースも実際に見てないし、それに一着だった子なんてたくさんいたもん」
「そーなの。結果だけ見せられてもさー、あ、そうなんだって気持ちにしかならないし」
「だよね。みんながどんな気持ちで走ってるかなんて、トレーナーさんには分かんないよね」
「……じゃあ、おコメちゃんはどんな気持ちで走ったのさ」
少しだけ不機嫌そうな、でもちょっと不思議そうな問いかけだった。
「あのね、トレーナーさん」
「うん」
「ライスね、今日はトレーナーさんのために走ったんだ」
トレーナーさんが、何か言いたげに眉を顰めているのが、分かった。
「……俺の、ため?」
「うん」
「なんで、そんな……もしかして、俺に一着プレゼントー、とか思って走ってたワケ?」
「半分当たり、かな」
「え?」
「プレゼントじゃなくて、交渉手段だよ」
ぽけっとした顔で首を傾げるトレーナーさんに、ライスは。
「……ライスシャワー。所属は高等部。バ場適性は芝。脚質は先行。得意距離は中・長距離」
「ちょ、あの? おコメちゃん? 急にどうしたの?」
「直近の選抜レースは体調不良で欠席。その後の模擬レースでは、2500mの長距離で一着」
「もしもし、聞いてる? ちょっと、おコメちゃーん?」
「デビュー戦は未経験。担当のトレーナーも未定。それと……」
一つ一つ、丁寧に伝わるように言葉を渡しながら。
「トレーナーさんのことを、少しだけ知ってる」
持っていた缶コーヒーをもう一度、トレーナーさんの方に差し出した。
もちろん、ライスの他にも優秀な子なんて、たくさんいる。
それこそ今日の模擬レースで一着になったのは、ライスだけじゃないし。
選抜レースに出走して、結果を出してる子だっていると思う。
だから、目移りするのなんて当然だよ。仕方のないことだって、理解してる。
……それでも。
こんな風に、トレーナーさんが好きな缶コーヒーを渡せるのは。
きっと、ライスだけなんだ。
「……もしかして俺、逆スカウトされてる?」
「やっと気づいたの?」
きょとん、としたまま聞いて来るトレーナーさんに、思わず笑みが零れる。
「いや……そもそも、なんで俺に」
「色んなこと、ライスに教えてくれたから」
「……色んなこと?」
「練習のサボり方も、おすすめのハンバーガーも、本の予約の仕方も、ぜんぶ」
それはきっと、今までのライスだったら、絶対に知ることのないものばっかりで。
一度そういうものを知ってしまったら、もっと他のことも知りたくなって。
トレーナーさんと一緒にいれば、それ以上にたくさんのことを教えてくれると思ったの。
だから。
「これからも、教えてほしいな。いいことも、悪いことも……トレーナーさんのことも」
そうしてトレーナーさんは一度、ゆっくりと考え込んでから、口を開いて。
「……ホントに俺でいいの?」
「違うよ。ライスは、トレーナーさんがいいの」
「そんなこと言っちゃって……あーもう、なんだって俺なのさ」
「だって……一緒にサボった仲間、でしょ?」
答えると、トレーナーさんはどうしようもないような、困った笑顔を浮かべていて。
「それ言われちゃうかあ」
「ズルいかな?」
「ホント、卑怯だよ。誰から教えてもらったの、そんなこと」
「誰だろうね」
なんて言葉を交わしてから、お互いに小さく笑い合ったあと。
トレーナーさんは、ライスの手から缶コーヒーを受け取ってくれた。
「……これも、交渉材料?」
「そうだよ」
たったの缶コーヒー、一杯ぶんだけど。
それが、ライスと他の子の違いだって思ったから。
「明日からサボれなくなっちゃうなあ」
「バンブーメモリーさんと会えなくなっちゃうのは、寂しい?」
「まっさかー。なんであんな怖えーコと」
なんて笑いながらトレーナーさんは封を開けて、コーヒーに口をつける。
するとトレーナーさんは、何か思いついたような顔をすると、自販機にお金を入れて。
「ほい」
「わっ……」
そこから出てきた、新しい缶コーヒーを、ライスにぽいって投げ渡した。
……いきなり、どうして。
「教えて欲しい、って言ってたっしょ?」
「うん」
「だから、まずは俺の好きなコーヒーの味から」
「……そっか」
なんて恥ずかしそうに笑いながら、トレーナーさんがライスの隣に腰を下ろす。
封を開けると、ちょとだけ煤けたような、大人っぽい香りが広がった。
そうして開いた缶の蓋に、恐る恐る口をつけて。
「どうよ」
顔を覗き込んで聞いて来る、トレーナーさんに。
「少しだけ、苦いかも」
ライスはそう、答えた。
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お話としてはここでいったん終わりです 書きたいな~って思ってたシーン(主にクソ男とライスシャワー)はほとんど書いちゃったので
続きも一応チマチマ書いてるし、春天くらいまでのプロットも完成してるので作品の更新自体は続けますが、蛇足的な感じになる+ダラダラしちゃうのでクオリティや今までみたいな更新頻度の保証はあんましできないかもしれん…… すまね~~
なのでここから先は各々の妄想で補完してくれると嬉しいです
君だけのクソチャラ男×ライスシャワーを作り上げよう
並行世界は無限に存在するってドクターストレンジも言っとったしな
クソチャラお兄さま マルチバース・オブ・マッドネスみたいな感じで
それでは。