クソチャラお兄さま 作:おこめイーター
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ライスにトレーナーさんがついてから、少したったある日。
「こんにちは、ライスさん! お昼、ご一緒してもよろしいでしょうか!」
「隣、空いてるな? 邪魔するぞ」
「じゃあアタシはこっちに失礼するっスね」
「なになになになに!?」
いつもみたいにカフェテリアで一人、お昼ご飯を食べていたら突然、バクシンオーさんとブライアンさん、そしてバンブーメモリーさんの三人に囲まれた。
「ど、どうしたのみんな……」
「いやなに、ライスさんに担当トレーナーさんがついたとお聞きしまして!」
「それも、この前の様子を見るにアイツなんだろう?」
「担当トレーナーができたのはめでたいことっスけど、人が人っスからね」
「……つまり?」
「お祝い兼、事情聴取って感じっス。いただきまーす」
じじょう、ちょうしゅ。
絶対、お祝いって言葉の後についちゃいけない単語だと思うんだけど……。
なんて疑問に思ってるライスを置いて、三人はご飯へ手をつけはじめて。
最初に聞いてきたのは、生姜焼き定食を食べているブライアンさんだった。
「それで? 実際のところ、どうなんだ」
「おハシで人のこと指すのはダメっスよ、ブライアンさん」
「すまん」
「ど、どう、って……?」
「普段のトレーニングの様子などを、お教えしていただければ」
日替わり定食を食べながら、バクシンオーさん。
でも、教えるって言ったって……。
「……ふつうだよ? たぶん、みんなと同じ感じだと思う」
「サボってるワケじゃないんっスか?」
「うん、今のところは。この前、ライスのために基礎練のメニューも作ってくれたし」
「思っているより、ちゃんとされているんですね」
「どうなるかと思ったっスけど、ひとまずは安心っスね」
天丼をぱくぱく食べながら、バンブーメモリーさんが頷いた。
すると、今まで無言で生姜焼きを口に運んでいたブライアンさんが、口を開いて。
「ここからが本題になるが」
「本題……?」
「アイツとはうまくやってるのか?」
……うまく、って?
「言葉通りの意味だ」
「トレーニングに
「もし悩み事があれば、いつでも相談してくださいね」
「……えっと? みんなの言ってる意味が、あんまり分かんないんだけど……」
「いえ、ですから」
そこでバクシンオーさんは、こてん、と首を傾げて。
「ライスさんは、あのトレーナーさんのことがお好きなんでしょう?」
「ぶえッほ」
な、え、はい!?
「どっ、どどど、どうして、いきなりそんな話……!」
「模擬レースの申し込みの時、そんな話を私としたじゃないか」
「してないよ!?」
思い返してみても、そんなお話は一度もしてない気がする。
もしかして、また変な噂が流れてるんじゃ……。
「あれ、だからトレーナーになるようお願いしたんじゃないっスか?」
「ぜんぜん違うよ! そんなこと考えてもなかったし!」
「そうなのか? あの反応は確実にクロだったのに」
「どこ見てそう思ったの!?」
「隠さなくてもいいんですよ、ライスさん。私は応援してますから!」
「そんな応援しなくていいから!」
そうやって答えてみるけど、誤解が解ける様子はなくて。
持ってきたそれぞれのご飯を食べ終えても、みんなはまだライスの周りに居座っていた。
「言っただろ。こいつ、良い趣味してるって」
「好みは人それぞれですから。揶揄するような真似はいけませんよ」
「にしても……いや、なんでもないっス。アタシも応援してるっスよ」
「だからぁ!」
何度言っても、ぜんぜん信じてくれないし。
もう、どうしてこんな変なことに……。
なんて困ってるライスを見かねたのか、ブライアンさんが気づいたように口を開いて。
「逆に聞きたいんだが」
「うん……?」
「どうしてアイツと、二度も出かけたんだ?」
渡された言葉に、ライスはうまく答えられなかった。
「アイツのせいで変な噂が立って、お前は困ってただろ」
「それは……うん。そうだけど」
「だったら、アイツからできるだけ距離を置くのが自然じゃないのか?」
確かに、ブライアンさんの言う通りだと思う。その方が絶対にいいに決まってる。
それこそ絵本のことだって、トレーナーさんに素直にお願いすればよかった話だし。
関わらないっていう選択肢は、たくさんあった。それも、簡単なものばかり。
そのどれか一つでも選べば、こんな奇妙な誤解にはならなかったと思う。
いつも通り、静かに過ごせたんだとも、思う。
……でも。
それじゃダメだって、これまでと何も変わらないんだ。
「また、変な噂になるかもしれないのは、イヤだけど」
「……だけど?」
「あの時のライスのままでいる方が、もっとイヤだったから」
レースから逃げ出して、そこで終わったウマ娘には、なりたくない。
もう、逃げない。自分で決めたことに、きちんと向き合うんだ。
これから先のことは、まだ何も分からないけど。
隣にトレーナーさんがいてくれたら、ライスはどんなことでも頑張れるって思ったから。
だから、ライスはトレーナーさんを『狩った』んだ。
「なるほど」
ライスの話を聞いていたブライアンさんは、短く呟いてから、
「自分のためにアイツを選んだのか」
「……間違ってる、かな」
「それはこれからのお前が決めることだ」
……そう、だよね。ライスが選んだんだから、ライスが決めないと。
判断を下すのは、まだ早い。長い時間がかかることだと、思う。
その上で、ワガママになっちゃうかもしれないけど。
今この時は、正しかったって信じたいな。
「そんな理由があったんですね」
「うん」
「だからこそ、不思議っス。他にマトモな人はいなかったんっスか?」
「……いたと思うよ。それこそ、もっとちゃんとしている人は、たくさん」
でも。
「ライスにサボり方を教えてくれたのは、トレーナーさんしかいなかったんだと思う」
トレーニングとか、レースの勝ち方とか、そういうものだけじゃなくて。
ライスの知らない色んなことを、教えてほしかったから。
「健全とは言いにくいっスね」
「だ、だめかな……」
「ダメな時はダメって言ってあげるっスよ」
……つまり、それまでは好きにしろ、ってことなのかな。
「まあ、何をするにしても節度は守るべきっス。アタシから言えることはそれくらいっスね」
「……うん。そうするよ」
「困ったらいつでも相談してくださいね。ライスさんは、私たちが守るので!」
「ま、守るって……そんなこと」
「実際、何か間違いが起こらんとも限らんだろ。特にアイツの場合」
それは、まあ……うん。ライスも一概に否定できないかもしれない。
だって本当かどうか分からないけど、生徒に手を出した、みたいなことを言ってたし。
……流石にライスみたいな子には、って言われたけど。
「偶然とはいえ、メンツもメンツだからな」
「メンツ?」
「生徒会に、風紀委員、あとは……委員長?」
「はい! 委員長ですよ!」
ホントだ。言われてみれば、すごいしっかりした人たちに囲まれてる。
「だからまあ、何かあったら私たちに言え。ある程度は何とかしてやる」
「あ、ありがとう……」
「どんな些細なことでも構わん。後々、大事になって言われる方が困るからな」
きっと、後ろの方が本音なんだろうな。
学校で起きた問題を解決するのは、ブライアンさんたちなんだし。
でも、気になることなんて、今のところは……。
……あ。
「もしかして、何かあるんっスか?」
「……ほんとに、ただライスが気になってる、ってことだけど……ひとつだけ」
「話してみろ」
くい、と顎を向けるブライアンさんに、小さく頷いてから。
「実は……」
■
「俺が前に担当してたコ?」
「うん」
トレーニングが終わったあとはいつも、トレーナーさんと一緒にコーヒーを飲むようになった。
場所は、あの自販機の前。縁石に並んで座りながら、他愛もないお話をする時間。
今日の練習はどうだったね、とか。見たい映画がもうすぐ上映される、とか。
ほとんど話しているのはトレーナーさんだし、中身もそこまであるわけじゃないけど。
ライスにとっては、一日の中でいちばん楽しいひとときだった。
そんな時間の中で、ライスが前々から気になっていたことを聞いてみると。
トレーナーさんは不思議そうにライスの顔を覗きながら、そう聞き返してきた。
「……あれ? そんなこと、おコメちゃんに話したっけ?」
「ううん。でも、ライスの指導が手慣れてるな、って思ったから」
「これくらい普通だって。トレセンのトレーナーなら誰でもできるよ」
確かに、その通りだとは思う。
トレーナーさんの指導は、いたって普通のものだった。それこそ、ライスでも分かるくらいに。
良い意味で言えば、教科書通り。悪い意味で言えば……退屈、なのかな。
内容に違和感があるわけじゃない、けど。
やっぱり、トレーナーさんの普段の振る舞いからは、ちょっと考えにくいかも。
ライスも別に不満だとは思ってないし、むしろ安心できるくらいなんだけど。
少しだけ気になっちゃうといえば、そうだった。
……それに。
ブライアンさんに、それは自分で聞いた方がいい、って言われたし。
でも、その通りだと思う。
ちゃんとトレーナーさんの口から聞かないと、なんだか、その……納得、できないと思うから。
「それで、いるの? トレーナーさんの、担当だった子」
「あー……まあ、一応」
……なんだか答えにくそうなのは、ライスの気のせいかな。
そんな不安は、コーヒーと一緒に流し込んだ。
「一応、って?」
「期間がめっちゃ短かったんだよね。デビューまで見て上げられなくてさー」
するとトレーナーさんは、少しだけ情けないように笑ってから、
「ごめんね、実は中古品で」
「分かってても、ライスは買い取ってたよ」
「……あ、そう?」
そんなことより。
「担当してた子って、ライスも知ってる子かな?」
「名前は聞いたことあるんじゃない? ミホちゃん……ミホノブルボンってコなんだけど」
「そうなんだ」
短く答えてから、ライスは缶の中に残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
……どうしてだろう。トレーナーさんに聞けば納得、できると思ったのに。
なんだか心の中がもやもやするような、そんな、変な感じ。
そもそも、こんなことを聞いてライスは何がしたかったんだろう。
トレーナーさんの前の担当が誰かなんて、ライスには……。
……あれ? ちょっと待って。
え?
「ブルボンさん!?」
「あ、なに? もしかして知り合いだった?」
「そういうわけじゃ、ないけど……一度だけ、会ったことがあって」
その時のことを思い出して、ようやく気付く。
ブライアンさんがブルボンさんのところに案内してくれたのって、そういうことだったんだ。
……それに、しても。
「意外だった?」
「うん! だって、お話とか絶対に合わなさそうだったから!」
「まー、おコメちゃんの言う通りだね。俺とミホちゃん、相性最悪だった」
そうだよね? なのに、どうして……ううん、それよりも気になるのは。
「……どうして、担当しなくなったかって、聞いてもいい?」
「普通にケンカしちゃっただけだよ」
「け、ケンカ!? トレーナーさんとブルボンさんが?」
「あはは、そんな意外だった?」
だ、だって……ブルボンさんは、あの性格だから言わずもがなだけど。
普段、とっても優しいトレーナーさんがそんなことするなんて、思ってもなかったから。
「……どうして、ケンカしちゃったの?」
「アレだよ。ミホちゃんの目標と俺の目標が合わなかったって、よくあるお話」
「そうなんだ……」
「ミホちゃんって頑固でさー。俺の話なんてぜんぜん聞いてくれないの」
あはは、なんて笑ってるけど、トレーナーさんの横顔はどこか悲しそうで。
……もしかして、ブルボンさんの担当を続けたかったのかな。
「ほんっと、なんであんな……バカ正直に、夢なんて追いかけられるんだろうね」
聞きたいことは、山ほどある。
どうしてブルボンさんの担当になったのか。目標が合わなかったって、どういうことなのか。
でも、これ以上トレーナーさんにブルボンさんのことを聞いたら、ダメなんだと思う。
だってそうしたら、トレーナーさんはそのまま
「そろそろ解散しよっか」
「うん……」
コーヒーを飲み干したトレーナーさんが、立ち上がる。
「また、明日もそれなりにがんばろうね、おコメちゃん」
それなり、っていう言葉には、それ以上の意味がある気がしたけど。
今のライスに、それを聞くことなんて、できなくて。
「……そう、だね」
空っぽの缶コーヒーに目を落としながら、ライスはそう答えることしかできなかった。
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