ヘスティアの灯火   作:ダンブルドア同好会会長

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第十三話 友人との別れは鶏肉の味

 

ピチュピチュと小鳥が囀っている。まだ昼間だからか光の届く、禁じられた森の浅い場所。ケンタウルスのテリトリーに生えた1本の木の枝の上で、一人の少女が微睡んでいた。お久しぶりです、ヘスティア・フォーリーです。

本を抱えながら眠っている彼女は、恐ろしい森だというのに酷くリラックスしていた。危機感が欠如しているとも言う。

そこに一人の老魔法士が近付いてきた。物音にヘスティアは片目を開ける。

 

「時間じゃよ」

「先生方の準備は出来たのですか」

「スラグホーン先生だけまだ用意をしておられるが…最悪ハグリッドを説得している間に合流するじゃろう」

「今回、一番長引きそうなのはそこですもんね」

「否定はせんよ」

 

ダンブルドアはほのぼのと言った。今日、彼は薄紫の風通しの良いローブを着ている。夏休み一日目という少しばかり暑さを感じる時期には丁度いいだろう。ヘスティアは自分の心の中のカメラにしっかりとその姿を焼き付けたところで、枝から飛び降りた。三メートル弱の高さだったが、上手く着地したお陰で怪我は無い。肩にかけた革のカバンに本を入れながら、先生に見上げられるというのもまた至高であった、とヘスティアは深く感動していた。

 

「わざわざ呼びに来てくださったんですよね、お手数をお掛けしました」

「いや、感謝には及ばん。それにしても、なぜあそこに居たのじゃ?」

「自然を感じたくて。私こう見えても森とか好きなタイプなんですよ」

 

ヘスティアは照れたように言った。自然が好き?ダンブルドアは十分知っている。少し遠い目になりながら、ダンブルドアは昔のことを思い出した。

大イカでのバナナボート、採れ(獲れ)たてBBQ…

校長室からはその奇行の数々が割と見えていた。大イカの触手にしがみつきながら物凄い速さで湖を滑っていく二人の学生を見た時は、流石に紅茶を吹き出しそうになったが。

去年水中人と交流すると言って湖に入りかけ、寮の点を80点減らしたと頭を抱えたマクゴナガルから聞いたが、割と本気でやろうとしていたんじゃないかしらとダンブルドアは思っていた。なんやかんや野生のシンパシーで交流出来そうなのが彼らの恐ろしいところである。

 

因みに、時々禁じられた森でクロスカントリー走をしていると聞いた時、マクゴナガルは本気で彼らの正気を疑った。走っていると、時々ケンタウルスの矢がじゃれつくように飛んでくるらしい。なんでも動く的は射たくなるんだとか。勿論加減してあるらしいが。

 

「前ケンタウルスの方に、森では地べたで寝るものではないって怒られちゃって。そこからは木の上で寝るようにしているんです」

「良い心がけじゃの」

 

ダンブルドアは突っ込むことすら諦めている。艶やかな黒髪を靡かせる可愛らしい少女と笑顔がハンサムなファンクラブ持ちの少年に両津勘吉的な強さを感じるのはおかしいのだと分かっているが、脳が機能しないのだ。致し方ない。再三言うが、あのダンブルドアでさえ諦めている。

 

森を抜けると、向こうの方でギルデロイが教授やら何やらを引き連れて走ってきた。手をブンブン振りながら、爽やかな笑顔を添えて。

 

「いやはや、豪華ですな!このメンツ!」

 

二人の前で急ブレーキをかけ、ワクワクとした表情でギルデロイは言った。

この問題にあたり学校からはミネルバ・マクゴナガル、ホラス・スラグホーン、シルバヌス・ケトルバーン、フィリウス・フリットウィック、アルバス・ダンブルドアが出動するのだ。

騎士団からはリーマス・ルーピン。悪戯仕掛け人どもにコンタクトをいくらとっても“何故か”リーマスにしか連絡がつかなかったのである。完全にヘスティアとギルデロイの勝手な外注だったが、ダンブルドア先生からのご要望です、と言うとマクゴナガルが納得したように頷いて城の中に入れた。

つまりダンブルドアはリーマスが来ることを今の今まで知っていなかったりする。リーマスの姿を目にとめたダンブルドアは一瞬固まったあと、横にいたヘスティアと目の前のギルデロイに目線を二往復させた。にっこりと二人は笑う。ダンブルドアも苦し紛れににっこりと笑った。ダンブルドアの蜘蛛退治後の予定が決まった瞬間であった。

 

「アルバス!いや、今日は暑いな。早く蜘蛛退治を始めよう」

 

あとから追いついてきたスラグホーンが言った。オットセイのような身体をいつにも増して膨らませて、真夏だと言うのに分厚いコートを羽織っている。額には脂汗がダバダバと流れていて、周りの人間はじとりとスラグホーンを見た。

 

「な、なんだね」

 

スラグホーンが焦って額をハンカチで拭き始める。なんとわかりやすいんだろう。

ダンブルドアは目を丸くした。

 

「ホラス」

「なんだね」

「そのコート、暑くならんかね?」

「ならんな」

 

目を逸らすスラグホーン、笑いを抑える生徒ふたり、そんな中大股で近付くマクゴナガル。

マクゴナガルがコートをばさりと広げると、コートの裏側には透明な瓶が無数に括り付けられていた。思わずダンブルドアも絶句する。どうやらふたまわりほど腹が脹れていたのは、フラスコが原因であったらしい。

 

「いや、その―――分かるだろう?アクロマンチュラの毒は非常に貴重なんだ。魔法薬学的にも役立つ魔法薬に多く使われていて……もちろん劇薬だが、薬にもなるし―――」

「ホラス」

 

呆れたようにマクゴナガルはため息をついた。

 

「まぁいいでしょう。骸を無碍にするのはその生物に対しても冒涜です」

 

ただ、とマクゴナガルは続けた。

 

「万が一のこともありますから動きやすい服装で、とあれほど言いましたよね?」

 

無事スラグホーンのフラスコ付きコートは、マクゴナガルの検知不可能拡大呪文の掛けられた巾着袋に消えていった。スラグホーンは少しばかり所在なさげに歩いている。一行はハグリッドの森小屋に向かっていった。

 

「ハーグリッドー」

 

ギルデロイがドンドンと小屋の扉を叩いた。彼には今日のことは言っていない。事前に言うと、アラゴグに逃げろとかなんとか言うかもしれないからだ。彼になら命を預けられると豪語するダンブルドアでさえそこら辺の信頼がまったくないあたり、彼の前科の多さが伺える。

 

「お前さん、夏休みだっちゅうのになんで―――」

 

まだ、ここに居るんだ。

その言葉の続きは、小屋の前に立つ魔法使いたちの顔を見て消え去っていった。

ハグリッドは固まる。そして、この異色のメンツの中で尚更際立つ、生徒のふたりに目を向けた。

ぽっかりと口を開けたハグリッドが何かを察する前に、と言っても察するほどの観察力は無いかもしれないが、ヘスティアは口を開いた。

 

「アクロマンチュラ 危険 学校」

 

もしかして:駆除

 

この三単語からハグリッドはすぐさまその言葉をサジェストし―――あまりのショックで、膝から崩れ落ちた。それでもヘスティアより頭高はある。追い詰められ絶望したサスペンス劇場の犯人のように、ハグリッドの顔から表情は消えていた。

 

「分かっていたでしょう?いつかはこうなるって」

「学校の近くだからさ、ちょっと怖いよね。MOM分類XXXXXだよ?」

「Xが五つもある」

 

ヘスティアはパーにした手を出した。

呆然と虚空を見つめるハグリッドの背を、実にいけしゃあしゃあと心配げな顔をしてヘスティアとギルデロイが摩った。ハグリッドからしても、ホグワーツの生徒に言われれば、反論の余地などない。

 

「でも…アイツらは、俺のゆうことを聞いちょる。誰も襲わねえ…」

 

ああ、哀れなハグリッド。すっかり狼狽えて挙動不審だ。自業自得の極みである。

 

「あなたは、自身の犯した過ちについてきちんと責任を負わねばなりません。アクロマンチュラがこれほどまでに存在を大きくしたのも、あなたのご友人を殺さねばならないのも、あなたが蒔いた種なのですよ、ハグリッド」

 

マクゴナガルはピシャリと言った。

そもそもアクロマンチュラなんて何処から引っ張ってきたんだと言いたくなるが、彼の危険生物コレクションの入手経路なんて知るだけ無駄だ。どうせまたそこら辺から危険生物の卵を拾ってくるんだから。

 

「私たちは今からケンタウルスとアクロマンチュラのテリトリーの境に防御を敷いてから、アクロマンチュラの殲滅に向かいます。その間はこの小屋でフォーリーとロックハートに見ていてもらいますので、そのつもりで」

 

ダンブルドアに目配せをしたマクゴナガルが言う。今度はヘスティア達が抗議の声を上げる番だった。

 

「なんでですか先生!」

「そもそも何故あなた方がホグワーツに残れているのか。それはダンブルドア校長先生の温情あってこそです。自身の立場を弁えなさい!私たち教師が、生徒を危険な目に合わせると思いますか!」

 

ギルデロイはダンブルドアに目を向けた。「助けてくれるだろ?」と訴えかけるような瞳だった。ダンブルドアはサッと目を逸らす。相当マクゴナガルとやり合ったらしかったが、正論で押し潰されたようだった。ダンブルドアでもどうにもならないこともあるのだ。

ヘスティアも色々と考えたが、この場で「アクロマンチュラを倒してみたいんです!」だとか、「私たちがダンブルドアに密告したので最後を見届けさせてください!」とか言える訳がなかった。ハグリッドが居る。いたたまれない。

 

「…分かりました。ハグリッド、良いわね?」

 

ハグリッドは何も答えない。このまま友人を見殺しにする自分を、酷く許せないようだった。

 

「アラゴグは…親友だったんだ…何十年も一緒に生きてきたんだ…」

「…そうじゃな…」

 

ダンブルドアが口を開いた。厳しい表情だったか、薄らと憐憫の情が見えるようだった。

ハグリッドの目からは大粒の雫が溢れる。彼のコートをその土砂降りの涙は濡らした。複雑そうなスラグホーンが慰めるようにハグリッドの肩を叩いた。先程の愚行を少しばかり反省したらしい。一言二言声を掛けると、教師たちは禁じられた森の中に足を踏み入れて行った。

 

「ココアを入れてあげるよ…ウワ、なんでこんなところにハツカネズミが?」

 

小屋の中に撤収したハグリッド。ギルデロイは真っ白なハツカネズミの尾っぽを掴んだ。食器棚だよな?ここ。と頭をハテナにしながらハツカネズミをポケットに入れる。最近動物を飼いたくなってきたので、君(ネズミ)に決めたらしい。チューチューとハツカネズミはポケットから顔を出し鳴いた。

 

「ハグリッドー…そんなに泣かれると、私たちも悲しくなってきちゃうわ」

 

よしよし、とヘスティアはソファに座ったハグリッドを抱き締め、頭を撫でていた。ホグワーツ男児が見たらその役得加減に歯軋りするだろう。ヘスティアも完全にハグリッドを危険対象と見ていなかったから出来た芸当だった。

ママみとはこういうことを言うのだろうか、とギルデロイは牛乳をコップに入れながらしみじみと考える。ポケットに居たはずのハツカネズミが台所に散らばっていたクッキーの欠片をもぐもぐ食んでいたので、また元に戻した。

 

「こういう時は悲しさを一度吐き出してしまうのが一番だからね。アラゴグとの昔話を聞かせておくれよ」

「貴方は鬼なの?傷口に塩を塗るつもり?…ハグリッド、黙ったままでいいのよ。私たちはここに居るわ」

 

ヘスティアは母親のような顔をしながらハグリッドの頭を撫でた後、「話を聞くのは面倒臭い」とギルデロイに口パクをした。期待した自分が悪かった。ギルデロイは久しぶりに見た相棒のクズっぷりに若干引いた。…いや、それもそうだな。ハグリッドの話は長い、とギルデロイは納得する。こっちも十分クズだった。

ギルデロイはテーブルの上に三つのココアを置く。ヘスティアは身体を若干傾け、ギルデロイとシンクロするように同時にコップを傾けた。TPOを弁えないのが彼らの特技である。

 

『何分で終わるかしら?』

 

ヘスティアは手を動かしてでギルデロイに問い掛けた。

昔無言でも意思疎通出来ることにロマンを覚えた二人は、マグルの世界で生み出された“手話”とやらを覚えたのだ。まさかこんな時に役立つとは思っていなかったが。

 

『多分二時間は掛かる』

 

六人で四・五百匹か。一人七十匹程度だとして、まあそれぐらいだろう。ここから往復四十分以上は掛かる。某偉大な魔法生物学者大先生によると、アクロマンチュラは協力プレイとやらが出来ない性格なので、倒すのは決して無理難題という訳では無いらしい。勿論闇払い並の能力が必須だが、あのメンツなら十分だろう。ダンブルドアなんて生けるチートだし。あの人単体でアクロマンチュラ殲滅出来るんじゃないかしら。

 

ハグリッドが号泣し始めてから一時間程経っただろうか。ヘスティアは飽きたとばかりにハグリッドの隣に座ってこっくりこっくりと船を漕いでおり、ギルデロイなんか我関さずと大きなテーブルに負けない長い脚を組んで、新しく淹れた珈琲を傾けつつ、ヘスティアから奪い取った本を読んでいた。ハグリッドは枯れない涙を未だ垂れ流している。

なんと心無い人間たちなのだろう。優しさの意味を履き違えている気がする。

 

その時、小屋の扉が控えめに叩かれた。ヘスティアはその拍子に目を瞬かせ、ギルデロイは扉を開けに行った。目の前にはリーマスが立っていた。少し擦り切れていたコートは所々葉っぱが付いていたり、枝に引っかかったのか不格好に伸びたシワもある。満月の夜に狼になるとはいえ、日常生活では森なんか縁もない非運動部の彼にしては良くやった方だろう。

 

「大方終わったよ。でも…残ったアラゴグが、ハグリッドに話があるって」

 

そう言ったリーマスは、話が聞こえているだろうハグリッドの方を向いた。ギルデロイが問いかける。

 

「どうする?ハグリッド」

「…行かねえ。行きたくねえ。俺が見殺しにしちまったのに…今更合わせる顔がねえ…これ以上アイツを苦しめるのは…」

「アラゴグが話があるって言ってるんだよ、ハグリッド。行くべきじゃないかい?アラゴグだって最期は看取られて死にたいだろう」

「嫌だ…耐えられねぇ…アラゴグの死ぬ時を見るのなんて…」

 

いつもの調子が嘘のように、ハグリッドは弱気だ。

ある意味何十年も隣で生きてきた家族の死に際なのだ、心が弱くなるのも当然か。

今まで静かに見守ってきたヘスティアは伸びをしながら立ち上がった。

 

「ハグリッド」

 

厳しい顔でヘスティアは振り向く。

 

「別にいいわ。私たちが行く。アラゴグには気の毒だけれど、無理だものね」

 

何か言いたげなハグリッドを蔑むように一瞥して、ヘスティアは小屋から出た。

手にはギルデロイの腕を掴んでいる。半ば連れ去られるように歩いているギルデロイは、後ろの小屋を見た。リーマスがリーマスがハグリッドのメンタルケアに取り掛かり始めたらしい、入口の扉は閉められている。

 

「いいのかい?リーマスだけ置いてきちゃって」

「人を癒すことに関しては彼が適任よ。私とあなたじゃ何十分も掛かるわ。ダンブルドア先生をこれ以上待たせたくないの」

 

ヘスティアはズンズンと足を進める。何かに追い立てられているようだった。

 

「それに」

 

ギルデロイに、ヘスティアの顔は見えない。しかし、何か話しにくそうにしているのは分かった。

沈黙を誤魔化すようにヘスティアは杖に灯をつける。暗い森の中が薄く照らされた。

 

「友人の最期を見送れるなんて、恵まれていると自覚した方がいいわ」

 

生憎、ギルデロイには誰のことを話しているのか、検討もつかない――――レギュラスが死んだ事は、表に出ていないからだ。ホグワーツという隔離された場所にいるギルデロイが、彼の死を知るはずもない。ギルデロイを自身の片割れと謳うヘスティアでも、彼が然るべき力を付けるまでは口を閉ざすことを決めていた。

 

「君は、誰のことを言ってるの?」

 

長年隣にいたギルデロイは気が付いている。彼女が酷くその故人の死を悼んでいることを。声色、態度、その全てが、彼女の混乱を伝えていた。

 

「…来年はなんとしてでも閉心術を身に付けてもらうわよ。あなたに隠し事をするのは好きじゃないの」

 

ギルデロイが何か問い掛ける前に、ハグリッドとリーマスが二人に追い付いた。

結局、疑問は晴れぬままだ。

 

 

 

森の奥に進むこと二十分。通る獣道の脇には所々アクロマンチュラの死骸が倒れている。しかし周りの木々には傷がついていないあたり、流石有数の魔法使いたち、と言えばいいのか。ハグリッドはこの惨状を見て絶句していた。もしかしたらアラゴグの子供たちにも親しみを持っていたのかもしれない。

 

森の少し開けた場所。アクロマンチュラの巣の真ん前。流石にここは無傷ではいられなかったのか、木々が焼け焦げた跡を残しながら倒れていた。

木の間を埋めるように張り巡らされた蜘蛛の糸が絡まった巣の中に、アラゴグの妻、モサグの姿はあった。巣の中で一番守られるべき母体は仰向けに固まって動かない。既に息絶えているようだった。隙間からその姿は覗いている。

やっぱりでっかい蜘蛛の死に姿は気持ち悪いな。ギルデロイはデリカシーもなくそう思った。そもそも一般人に蜘蛛への愛着を抱けと言う方が難しい。

 

開けた場所の中央にアラゴグは瀕死の状態で倒れていた。モサグと同じ姿で、まさに虫の息。その前に、他の者を守るようにダンブルドアは佇んでいた。既に怪物を数十匹、ともすれば百匹以上相手にしたとは思えぬ綺麗なままのローブ、ゆったりと下ろされた長い白髪。しかし、その少しばかり殺気が残った威厳ある雰囲気は、いつもの彼とは違うことを教えていた。

 

 

 

 

(あ〜〜〜好き〜〜〜〜〜♡♡♡♡♡♡)

 

 

 

 

そんなダンブルドアに目をハートにしながら胸きゅんする少女が約一名。シリアスな雰囲気を返せ。ヘスティア・フォーリーは、口に両手を当てて、堪らないといった表情で喜びを隠しきれずにいた。

ギルデロイは彼女を何度も揺すったが、自分の妄想の世界から一向に帰ってこない彼女に諦めを示したし、他の者は事情を一切知らないため、ヘスティアを『蜘蛛の死骸を見て興奮したやべえやつ』として再認識した。そんなに認識は変わらなかったらしい、マクゴナガル曰く。

 

ハグリッドはそんなことにも気が付かず、ヒュッと息を飲んだ。

 

「ハグリッドォ…来たのかァ…」

 

嗄れた声でアラゴグは言った。

ハグリッドは言葉も出ないようだった。

 

「怯えているようだな」

 

揶揄うようにアラゴグは言った。既に一つ潰れた七つの、白濁した瞳が、ギラギラと輝いている。盲ているにも関わらずこちらを射抜くようなその視線は、死にかけの蜘蛛の眼差しとは到底思えなかった。

 

「お前は一度たりとも人間をこの窪地に寄越したことは無かった…まさか、記念すべきその一度目がこの有様とはな…」

「俺は…俺じゃねえ!」

「分かっている…誰が姑息に密告をしたのかも…」

 

ヘスティアとギルデロイはピクリとも動かない。冷めた眼差しを、返すようにアラゴグに向けていた。

アラゴグは知らない。密告したであろう二人の生徒が、この場に残っている事を。

ダンブルドアがチラリと二人を見た。

 

禁じられた森の木々がザワザワと動いている。昼間であるはずなのに、白い靄がかった陰鬱とした暗い森。リーマスは背筋が凍る心地を覚えた。

 

アラゴグは言葉を続ける。

 

「ハグリッド。始まりは、お前の手の中だった。卵から孵ったわしが最初に目にしたのがお前だ」

 

憐れなアラゴグは、力無く鋏を動かした。

 

「殺されるのならば、お前がいい」

 

すべてを終わらせろ。

アラゴグは言った。

ハグリッドの腕が震える。リーマスが、ピンク色の傘を差し出した――――元より、聞いていたらしい。ハグリッドは頬を震わせて、その傘を受け取り、その先をアラゴグに向けた。何故傘の先を向けているのか…杖を折られたハグリッドが魔法を使おうとしているのか…誰も口に出さない。規則に厳しいマクゴナガルでさえも黙ったままだった。

 

「人間以外の生物に対しては、罪を持たぬ」

 

ダンブルドアが出し抜けに言った。抜けた主語は、口に出すこともはばかられる。

一つの呪文で、その生物の命を刈り取る、邪悪な呪文。本来ならば憎まれるべき…許されざるもの。

しかしそれは死を望む者にとっては――――酷く優しい凶器になりうる。

 

ダンブルドアがハグリッドの隣に立つ。ヘスティアとギルデロイはそっとその場を退いた。

 

「力は貸すが、ハグリッド、君がやるのじゃ」

 

ハグリッドのガタガタと震える腕に、ダンブルドアの手が添えられた。老齢だが、頼もしい腕だ。

ハグリッドに“それ”を撃つ能力はない。そこまで高度な呪文を唱えられる腕はない。

 

恐らく、人生で最初で最後となるだろう。

 

ハグリッドは口を開いた。闇の帝王が現れてから、嫌うようになった言葉を紡いだ。

瞬間、緑色の閃光が、暗黒の森を切り裂いた――――




P.S. 戦終わりの腹拵え

禁じられた森からみなが帰ってきたお昼時、ホグワーツの裏庭。あまり人目に付かないそこでは、コソコソと何かを火にくべている五人の魔法使いの姿があった。香ばしい匂いが辺りに漂い、煙は空高く昇っている。そこは偶然にも、例のBBQが行われた場所と一致していた。

ホグワーツにはミネルバ・マクゴナガルという女史がいる。どうやら姿の見えない――――しかもメンツ的に決して安心できない――――魔法使いたちを探しているようだった。ふと、彼女は空を見上げた。不自然に立ちのぼる一筋の煙。彼女の脳に一筋の稲妻が走った。

「何をしているのです」

足音を立てずに、ひっそりと後ろに立ったマクゴナガルは、背中を丸めて手の中の肉を啄くスラグホーンの肩に手を置いた。マクゴナガルがこちらに向かってきているのをみとめて既に逃げることを諦めたらしいヘスティア、ギルデロイ、ケトルバーンも手を止める。どうやら現場を見られたことで共犯に仕立てあげられたリーマスも、所在なさげに座っていた。

彼らの真ん中で焚き火にくべられていたのは大きな蜘蛛の脚だ。勿論アラゴグやモサグなどではなく、アクロマンチュラにしては比較的小さめなやつだったのだが。丁寧に下処理がなされているらしく、身だけを串に刺して焼いているものもあれば、脚ごと焼かれているものもある。蜘蛛特有の、脚の毛に付着した油がよく燃えるらしかった。

「すまないミネルバ、どうしても研究意欲がだな…」

スラグホーンが蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。

「私は量が食べ切れないからと無理矢理…」

リーマスは合コンの人数合わせに呼ばれた女子みたいなことを言い始めた。

「先生も食べます?見た目は蟹なんですけど、鶏肉みたいな味がします」

シレッとした顔でヘスティアは言った。隣のギルデロイは大きめな脚を口いっぱいに丸かじりしていて、言葉を出せないらしい。モゴモゴと呻いている。明らかにこいつらが主犯だった。

「脚には毒が回ってないから安心したまえ」

ケトルバーンが偉そうに言った。コイツも主犯格かもしれない。
マクゴナガルは呆れでものも言えない。何から怒ればいいのか、そもそも怒るべきなのか、頭がパンクしそうなほど考えていた。

「命を無駄にしちゃいけないんですよ」

ヘスティアはどこから持ってきたんだと突っ込みたくなるような大ぶりなナタをアクロマンチュラの腹に突き立てた。どうやら蟹で言うミソ部分をほじくり出そうとしているらしい。ケトルバーンは興味津々でその様子を手帳にメモしている。どうやら学会に提出するつもりらしかった。

「あなた達は…!!!」

マクゴナガルが怒声を出そうとしたその時、彼らの前に、数十人規模の屋敷しもべ妖精たちが姿を現した。怒りそうになっていたマクゴナガルに全員が目を点にしている。よく見ると、彼らの手の中には何十枚もの大皿や、綺麗に捌かれた無数のアクロマンチュラ、ナイフやフォーク、塩やスパイスなどの調味料が装備されていた。

「彼らもこの学校に貢献してくれていますからね。アクロマンチュラをお腹いっぱい食べられる機会なんて人生に数回訪れるかも分からないんですから…ほら、来なさい。食べてよろしい」

数回も訪れてたまるか。
ヘスティアの勝手な許可を合図に、喜びの歓声をキイキイ叫びながら、屋敷しもべ妖精たちは各々班を作って焚き火を起こし始めた。大規模な蜘蛛パーティーの始まりである。これは流行りそうだ。
既に収集の付かなくなった状況に、マクゴナガルは怒りを通り越して感情がどこかに行っていた。無性に悲しい。何も考えていなかった頃に戻りたい……

「先生」

ヘスティアは菩薩のような表情でマクゴナガルに蜘蛛の脚を差し出した。手で持つ部分は丁寧に布で包まれていて、可食部位は綺麗な白色をしていた。新鮮なので身がぷりぷりである。

「考えちゃダメです」

こちらにおいで。楽しいよ。
こういう類のパーティーは考えたら負けである。ただ感じるのみ。
マクゴナガルは不服そうにその脚を受け取った。

「ハグリッドがこの画を見たら、なんて言うでしょうか」

マクゴナガルはちくりと嫌味を言った。ヘスティアはマクゴナガルを横目で見た。

「まあ、もう私たちが先生たちに密告したことはバレてるでしょうし、今日一日はこの城に近付かないでしょう」

平然とヘスティアは言った。

「いくらあちらが悪いとはいえ、彼の親友を殺したのも事実。半世紀は許してもらえなさそうですね」
「それでいいのですか?随分と仲が良かったでしょう」
「ダンブルドア先生は、ハグリッドを信用しているでしょう?」

ぱちぱちとマクゴナガルは目を瞬かせた。何故そこでダンブルドア?

「先生があそこまで信用出来る人って、中々いないと思うんです。だから、ダンブルドア先生が矢面に立つより、私たちが恨まれた方がいいかなと思って」
「ホント、僕とばっちりなんだけど」
「だから散々あなたへの贈り物食べてあげたでしょ。恋を応援してくれたっていいじゃない。昨年なんてお菓子に魅惑万能薬入ってたんだからね」
「贈り物は捨てた方がいいね、やっぱり」

ギルデロイとヘスティアが話している。マクゴナガルを始め、話を聞いていた他二名はぴしりと固まった。

ん…?恋を、応援…?????????????

聞き間違いかしら。マクゴナガルは困惑した。
ヘスティアは周りの異状を見てああ、と納得したように頷いた。

「そう言えば、あんまり言わないようにしてたんでした。私、ダンブルドア先生のこと好きなんですよ。恋愛的な意味で。一年生の頃から」

思わぬ爆弾が落とされた…と言うより、爆発した蜘蛛パーティー。
周りの良識ある大人たちはヘスティアを質問攻めし始めた。マクゴナガルなんかだいぶ狼狽えて質問を矢継ぎ早にしている。ヘスティアに理解の範疇から逸脱した行動をされるのはいつもの事だったが、流石に今回ばかりは何一つ考えが及ばなかった。

一方その頃。
ケトルバーンは屋敷しもべ妖精たちにアクロマンチュラを細かく解体して見せていたし、ダンブルドアはくしゃみをしていた。
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