ヘスティアの灯火   作:ダンブルドア同好会会長

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第十五話 拝啓、憎き憎き恋敵へ

 

1980年、9月1日。キングズクロス駅にて。

一人の少女がレンガで造られた壁に寄りかかって本を読んでいた。分厚いハードカバーの書籍だ。恐らく学生が読むようなものでは無いということは、少し学のある者であったら気が付くだろう。

イギリスもまだ朝日に慣れ始めていないような早朝で、ホグワーツ特急の発車時刻もまだずっと先のこと。10と4分の3番線のホームにはほぼ人が居なかった。時折車掌らが汽車を乗り降りしながら荷物をせっせと運んでいる。そんな中、少女は黙りこくったまま人を待っている。

ハードカバーの表紙には、『なぜ人は死に至るのか?』の文字。所々栞が挟まれており、ここ一ヶ月の間に何度も見返したことが分かる。

 

「やあ、相棒君よ、読書かい」

「いや?」

 

ニコニコと満面の笑みを浮かべた――少々気味の悪いギルデロイ・ロックハートが、ヘスティアの隣に寄りかかった。夏休みの間に更に美貌に磨きをかけたらしく、まさか本当に俳優志望なんじゃないだろうな、とヘスティアは睨む。世が世なので手紙すらも満足に渡し合えていない中、夏休みに近況伺いを立てるのは無理に等しかった。特にギルデロイに至っては夏休み期間は半疎開をしていたらしい。梟が働かされたのはマクゴナガルに送った馬鹿馬鹿しい手紙一通、ヘスティアに送った近況報告の手紙一通のみにとどまった。

 

「僕と君の考えていることは同じだと信じていたんだけど」

 

笑みの張り付いたギルデロイの手にはボロボロの本。そのボロボロ加減は、到底普通に使ってなるものではない。……例えば壁に投げつけたり、グーで殴ったりしない限りは――

ヘスティアはそれを一瞥した。

 

「どうやら僕は小難しいことを考えるのが苦手みたいだ」

「そのようね」

「ほら、哲学っていうの?概念的なのを考えるのが死ぬほど苦手らしくて。死とは何か〜なんて考えるのは無言者の好き者やら変人くらいじゃないか?」

「分かるぅ」

「ん?」

「ん?」

 

ヘスティアとギルデロイは目を合わせた。ギルデロイの顔がみるみるうちに満面の笑みに変わっていく。ヘスティアは肩を竦めた。

 

「死について考えて、アバダケタブラを防ぐなんて無理よ。死の反対呪文なんて無言者だって手をこまねいてるらしいじゃない。専門家じゃないのに一年で完成出来るなんてダンブルドアしか無理ね」

「それな」

 

ヘスティアはカバンの中に少し乱暴に本を押し込んだ。夏休み中にこの本の長ったらしい説明に苦しめられたことを未だ根に持っているらしい。所詮はこの二人に物事の概念を捉えるなんて無理難題だったのだ。

 

「ようし」

 

ギルデロイは打って変わって上機嫌に手を叩いた。ちらりとヘスティアを見下ろす。

 

「プランB。脳筋作戦といこうか」

「大賛成」

 

ヘスティアとギルデロイはニヤリと笑って拳をコツンと突き合わせた。

 

◇◇◇◇

 

マクゴナガル女史は早朝、ある物音に目を覚ました。

ゴンゴンゴンゴン!と自室の扉が叩かれている。恐怖を覚えるはずのそれに、マクゴナガルは少し目を見開いたあと、少し口角を上げた。最近魔法の完成の大詰めだとか言って社畜もびっくりなハードワークをしていた教え子たちのことを思い出したからだ。

遂に扉の向こう側は痺れを切らし始めたのか、二人の体重を乗せた体当たりを扉にかまし始めていた。扉は魔法で強力に閉じられている故、二人の体当たりはそのまま振動が伝わり、周囲の地面が揺れ、天井からは埃が舞い降り始めている。彼らの奇行に慣れているマクゴナガルはため息をついた。

 

「お入りなさい」

 

マクゴナガルはけたたましい爆音のが聞こえる中ゆっくり着替えを済ませると、椅子に腰かけ杖を扉に振った。内開きに開けられる扉、丁度体当たりしようとしていたヘスティアとギルデロイは体制を崩し床に勢いのままゴロゴロと転がった。決してこのタイミングを見計らっていた訳では無い。決して。マクゴナガルは少しほくそ笑んだ。

 

「マク、マク、マクゴ、マクゴ!!!!!!!」

 

目の焦点が合わず、髪の毛をボサボサにしたヘスティアは急いでマクゴナガルの膝にすがりついた。原始時代に脳が退化しているらしい。まともに呂律の回っていない彼女の惨状を見て、マクゴナガルは聖マンゴに一報入れようか迷っていた。

ヘスティアの美貌は面影はなく、目の下には濃いクマ。“やつれた”という言葉がこの世界で一番似合うんじゃないかしら。

 

「どうしたんです、彼女は。返答によっては精神科行きですよ」

 

マクゴナガルはまだ比較的軽症そうなギルデロイに声をかけた。そんなギルデロイも髪はボサボサ、目の下にはクマがある。

 

「いや、ハハ……お空がきれーい」

「屋内です、ここは」

「ヘスティアはあれ、あれ、サンダーバードの芯だから。魔法が完成する……」

「完成したんですか!?アレが!?」

 

ギルデロイはその質問には答えなかった。ただ、ぐっと親指を立てて、床に強かに頭を打ち付けた。……寝ている。気が付かぬ間にヘスティアもマクゴナガルの膝を枕にしてすやすやと寝ていた。生徒が教師の膝枕を堪能するなんて、ホグワーツ史上初めてじゃないだろうか。

 

「まさか、本当に死の呪文を防ぐ呪文を作るとは……」

 

マクゴナガルは感慨深げに呟いた。

さて、この1ヶ月間何があったのか、最初から説明せねばなるまい。

 

 

 

話は夏休み前に遡る。とある昼下がり、ヘスティアとギルデロイは何の気なしに話していた。

 

「死の呪文を防ぐ呪文って、無いのかしら」

「反対呪文はないらしーけどね?プロテゴもダメだろ」

「ふーん…つまり、向こう側から死の呪文を撃たれたら、避けるしかないと」

「死の呪文に死の呪文ぶち当てたらどうなるんだろ」

「ホコタテ問題ね。でも多分そんなの先人たちはやってるに違いないわ。つまり、無理ってこと。一か八かにかけてお互いに死の呪文掛け合える魔法使いが二人いたのかってのが問題だけど」

「死の呪文の無効化なんて、そんなあからさまに歴史に名を残せる発明、中々ないけどね」

 

ヘスティアの本のページをめくる手が止まった。

 

「…アバダを無効化出来れば、だいぶ強いわよね」

「卒論それ書く?」

「そうする?」

 

その時は二人とも、まだ何も決めていなかった。7年生のときにやってみようかなぁとアバウトに考えていただけだった。アバダの反対呪文など到底卒論で書く代物では無かったのだが、コイツらは頭がおかしいので。

しかし夏休み、自分の戦闘力を上げることを決意した彼らは、その問題に急ピッチで取り掛かることにした。勿論他の呪文も習得するのは“当たり前として”、やはり友人が妖怪蛇顔男に命を狙われているとなったら、まず考えなければならないのがアバダの反対呪文なのである。

アイツは馬鹿の一つ覚えのように死の呪文を使う、といつかのヘスティアは言った。

通常の魔法使いが撃つこと自体難しいアバダを連打出来るあたり、ヴォルちゃんの異常性が垣間見れるのだが。ヘスティアとギルデロイには知ったこっちゃない。

 

こうして夏休み、地獄の魔法哲学のお勉強が始まったのである。

魔法の反対呪文を考えるプロセスを書いた本を読み、どのように構築すれば良いのか考え、死とは何か概念的に理解する。実在する魔法を元に考えるため、一から考えるよりはとても簡単で、反対に創造性が限られるためとても難しかった。

その上ヘスティアとギルデロイは哲学に向いていない。この世の真理を解き明かしたいなんて塵ほどにも考えないし、頭を使うぐらいなら拳で解決する戦闘民族のような思考回路をしていた。

彼らの天性の魔法の才のお陰で反対呪文の構築の仕方は修得するも、まさかの哲学でリタイアである。

 

『死』の反対が『愛』だと知らなかったのだから、仕方ないのかもしれないが。

 

そこでプランBの登場である。

死の呪文を防ぐ方法を考えるにあたって、ヘスティアとギルデロイには元々2つの案があった。そのもう一方が脳筋作戦……『死の呪文を物理で防ぐ』方法である。

 

死の呪文とは魔法では防ぐことは出来ないとされて来た。現にプロテゴも意味を為さない。それ故に許されざる呪文の筆頭として覇権を握っていた訳であるが、本当に防ぐことは出来ないのだろうか?

死の呪文を撃ち、それが人に当たらなかった所で、追撃機能が付いている訳でもない。無機物にぶつかり、爆発したり緑の火花を上げたりするだけだ。建物の中を通り抜ける訳でもないし、必ずモノに当たって跳ね返される。

 

極論、精度と速度と強度さえ十分であれば、石を投げて死の呪文を防ぐことが可能なのだ。

 

そこでヘスティアとギルデロイの出番である。

『ただ石を出して、投げるだけ』という脳筋プレイ以外の何物でもない魔法の開発に、奴らは打って付けだったわけだ。寧ろ専門分野と言ってもいい。

しかし言うだけなら簡単である。相手はノータイムでアバダを連打してくる闇の蛇面。数多の試行回数、魔法の性質、石の形状、魔法の練度や発動速度などを極限まで高めなければならない……彼らには時間が無かった。

 

 

しかし、その問題は始業式翌日の朝にいとも容易く解決する事になる。

 

 

「「タイムターナー?」」

 

例の水中人に突撃隣の晩御飯事件で呼び出された変身術の教室で、ヘスティアとギルデロイは同時に声を上げた。目の前には、金の砂時計のあしらわれたネックレスを手に持つマクゴナガル。彼女の愛用するそれは、専らホグワーツがブラック企業故に生徒たちの宿題を見るのが終わらない時に乱用されるものであり、本来生徒への貸出は行われてはいなかった。

 

「ええ、特別にお貸しいたします」

「そんな貴重な物……!事前に申告とかは……」

「必要ありません。自分の良心に従って、自由にお使いなさい」

 

二人は目を見開いた。

ヘスティアが、マクゴナガルから差し出されたタイムターナーを受け取る。ギルデロイは困惑した面持ちだ。

 

「あなた達が間違ったことに使うとは考えていません。ただ、これだけは約束して下さい」

 

マクゴナガルが口を開いた。

 

「期待を、裏切らないように。その胸に付けられたバッジの重さは、あなた達の考えている何倍もありますよ」

 

ヘスティアとギルデロイはタイムターナーに目を落とし、そのまままっすぐマクゴナガルを見つめた。胸には監督生のバッジが窓から差し込んだ朝日を反射して光っている。

 

「必ずや、素晴らしい結果をお伝えしますよ」

「いの一番にね」

 

ニヤリと笑う生徒たちに若干の安心と、どことない未知への可能性に胸を躍らせながら、マクゴナガルは嬉しそうに微笑んだ。

 

「あなた達が何を為すのか、ここまで安心しながら考えるのなんて初めてです」

 

 

 

 

――――と、いうことがあって、1ヶ月。

ヘスティアとギルデロイは約10ヶ月分の時間を巻き戻しながら、時間を見つけては魔法の開発に乗り出していた。場所は必要の部屋や禁じられた森だ。禁じられた森が、彼らが一年前期待していたもの以上の働きをしてくれていた。体力づくりのための走り込み、ケンタウロスの打ってくる予告無しの矢を避ける練習……屋外の特性上、魔法の光線を当てた時、石の形状によってどんな方向に逸れるのか研究するのにも役立った。

 

加えてヘスティアの杖の特徴も役に立った。イトスギにサンダーバードの尾羽。

『幻の生物とその生息地』にも記述がある通り、サンダーバードの尾羽はその母体の特性故、超自然的な危険に敏感であり、先制攻撃を得意とする。所有者は所謂シックスセンスというものを感じ取れるのだ。それが先天的なものなのか、杖に選ばれたが故の後天的なものなのかはヘスティアには分からない。

 

因みにサンダーバードの杖を持つ人間はこの世界の中でも両手で事足りるほどしか存在していない。1927年にサンダーバードがセラフィーナ・ピッカリーを筆頭とするマクーザに保護種に認定されるまでの間、使いこなすことが難しいと言われるシコバ・ウルフが作った杖のみがサンダーバードの尾羽を芯としていた。

14年前フォーリー家の物置部屋で偶然ヘスティアが発見して以来、この杖はヘスティアに仕えていた。

 

話を戻すと、サンダーバードの尾羽による先制攻撃というのは、言うなればチートに近い。

死角から攻撃されても、ある程度は自動的に反撃されるように杖が訓練されているのだ。例え術者が攻撃に気がついていなくとも、手が勝手に動く。その特性に何度お世話になったか分からない。主に対悪戯仕掛け人のことに関しては。

つまりヘスティアの杖は通常より魔法を放つスピードが早い。そのお陰で死の呪文に対する魔法の練度期間が短くなったのである。

 

と、こういう訳で、彼らは僅か1ヶ月で死の呪文に対抗する魔法を編み出したのである。

ヘスティアとギルデロイは医務室に運ばれ、約二日間熟睡したあと―――因みに、前日までは元気だったのに、なぜ一週間寝ていないような疲労が作れるのかマダム・ポンフリーは不思議がっていた―――二人は、この呪文の名前をマクゴナガルに明かした。

実の所、無言呪文で放たれるアバダへの対抗策だったので、彼らとしては名前なんて二の次だったのだが。事実この呪文に詠唱を使ったことなど1度もないし、使わなくても良い力量を持った人間のみが十分に扱うことが出来る。並大抵の者では無理だ。

 

しかし、ヘスティアは名前に関して拘った。

 

この呪文が打ち出された時、死の呪文はまっすぐ天へと跳ね返される。周りの人間に当たらないよう石は左右が鋭角に微妙な反りを描き、真ん中は短く、それでいてなだらかに凹んでいる。

正にそれは、人間を死神から守る、天使の翼の形。

 

どうしても“これ”がいいと推し進めた名前、それは――――

 

 

 

プロテゴ・アンゲロス(天使の護り)

 

 

 

とある人間への、意趣返しでもあった。




P.S. プロテゴ・アンゲロスはダンブルドアの魔法省での戦闘から思い付きました。やはりダンブルドア。ダンブルドアは全てを解決する。
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