ヘスティアの灯火   作:ダンブルドア同好会会長

17 / 22
第十六話 とある奇妙な予言者の戯言

 

ヘスティアやギルデロイとケンタウロスの一族との関係は比較的良好だ。

少なくとも、世間一般で考えられるよりはかなり歪で近しい距離を保っていると言える。例えば、野球のボールで遊ぶくらいには。

 

 

 

 

 

禁じられた森の木々の間を、一つの黒い影が駆け抜けていく。生粋の獣の動きで地面からボコボコと張り巡らされた木の根を踏みしめる。

その身体に当たった低木がザッと揺れ、またその数メートル先の葉が揺れた。矢のようにその様は鋭く、速い。ビュンビュンと過ぎ去る視界を置いてきぼりにしながら、その黒い影は駆けていく。力強い走りにも関わらず、音は酷く静かだ。

 

その獣が地面を蹴った。そのまま木の幹を自慢の鉤爪で駆け登り、空中でその身体を翻す。半身がしなった。

そして獣は牙を剥いて――――口元にやって来たボールを捕まえた。

ナイスキャッチ!その獣は身体を低くしながら綺麗に地面に着地した。

 

一方その数十メートル後方。数人のケンタウロスと魔法使いが声を上げていた。

 

「よし!!中々いい記録じゃないか!!!」

「クソッタレ!もう少し上に投げていたら…!」

「次は俺が行くぜ。見てるだけだと気が昂って仕方がねえ」

「やっぱりプスは優秀だわ。もう力では敵わないわね」

 

筋骨隆々の腕を上げ咆哮するケンタウロスを尻目に、ヘスティアは手に持っていた小型の折りたたみ望遠鏡をカチカチと短くし、ダッフルコートの中に仕舞った。手の中の紙にスコアを書いたところで、少し土に塗れたプスが戻ってくる。夢を詰め込んだような大きなキラキラとした瞳はそのままに、見事なワンプスキャットの成体として育った彼は既にピューマのような体躯になっていた。ヘスティアが組み付かれたらそのままがぶりだ。

 

「おい、早くその野球ボールとやらを投げろ。30メートルも通り過ぎないうちに射抜いてやるよ」

 

よしよし、とヘスティアがプスを撫でていると、大仰な態度のケンタウロスが蹄を地面に掻き鳴らしながら言った。ムスッとしながらヘスティアは振り返る。

 

「その偉そうな態度が泣きじゃくる顔になると思うと今から気分がいいわね」

「嬢ちゃん、それは無理だな。なんせ俺は群れの中で一番の狩人だ」

「イオエルが居ないと随分騒がしく吼えるのね」

 

この偉そうな長髪男を見ていると某マルフォイ家のいけ好かない銀髪を思い出すのでヘスティアは苦手だ。しかし群れの中ではモテモテの色男らしい。一回滅びろ。

何かとギルデロイと気が合うのでいつもなら彼に対応を任せているところなのだが、今彼は最悪なことに罰則でトレローニーの元で掃除をしている。

嘆きのマートルが癇癪を起こしてトイレの水を詰まらせ、廊下が水浸しになり、何とか四苦八苦しながら直そうとした通りすがりのギルデロイが、虫の居所が悪かったアーガス・フィルチの餌食となったのだ。彼は不憫属性の星の元に生まれたんじゃないだろうか。ヘスティアが晴れ女兼運がいい女なので、より不運さが可視化される。

 

「じゃ、行くわよ。準備はいい?」

「いいって言ってるだろ!」

「準備してないからとか言われて言い訳されるのは嫌だもの。まさかそんな無様な姿は晒さないでしょうけど」

 

ヘスティアは煽りながら杖でボールを浮かせる。長髪のケンタウロスは青筋を立てながら矢をつがえた弓を手に持った。

 

「じゃあ、僕がカウントするね」

 

近くにいた少年のケンタウロスが言った。

 

「「よろしく」」

 

ギンとお互いに睨みながらヘスティアと長髪のケンタウロスがシンクロする。後ろにいたケンタウロスが吹いた。

 

先に長髪のケンタウロスが蹄を鳴らしながら駆けて行った。少年のカウントが始まる。

 

「10、9、8……」

 

ヘスティアはフウ、と息を吐いたあとボールをブンブンと回し始めた。まるで杖の先に透明な鞭が付いているようにボールは遠心力を感じさせるような回り方をした。

 

「4、3……」

 

既に長髪のケンタウロスの姿は向こうの方に小さく見えるだけだ。ボールもすごい速さで回転している。

 

「0!」

 

ヘスティアは思い切り杖を振った。ビュン、と物凄い音を立ててボールが飛んでいく。ケンタウロスがいつも遠くへの直線打ちの練習のために使っている場所とだけあって、木々が乱立しているのに横幅数十センチだけ、100メートルほど何も障害物もなく直線が開いている。陰樹の木々が無数にあるこの森では奇跡と言ってもいいスポットだ。

ヘスティアが魔法を駆使して飛ばしたボールは、人間が打ち出したとは思えないほどの音を放って飛んで行った。

長髪のケンタウロスがそのボールに併走する。矢の照準を定めながら、三本あるうちの一本を放った。空を切り裂きながら、その矢はボールを掠め木に刺さった。長髪のケンタウロスが舌打ちをする。ヘスティアは大喜びだ。次いでにモテない男性陣も。

注目を集めるヤツがいけ好かないと思われるのはどの世界でも共通らしい。どんなに性格が良くても、人の嫉妬心は抑えられない。

 

既に彼らが肉眼では追えぬ位置に達し、ヘスティアは折りたたみ望遠鏡を伸ばした。丁度、折りたたみ傘を思い切り下に振って伸ばす動きに似ている。その距離を自前の視力で何とかするケンタウロスは化け物だと思うんだ。うん。

 

50メートル地点を通過した。

長髪のケンタウロスは二本目の矢を放った。

外れろ、外れろ、外れろ!!!!という皆の意志とは裏腹に、長髪のケンタウロスは見事にボールを射止めて見せた。一気に落胆する声が聞こえてくる。腐っても群れ一番の狩人だ。期待するだけ無駄だったか。カウントをしていた少年は苦笑いをしていた。

 

「54メートルだからプスより11メートル短いね」

「アイツの誇らしげな顔、見なくても分かるわ」

 

ヘスティアは項垂れた。そして隣に立つ少年の顔をまじまじと見つめる。少年と言ってもケンタウロスとしての年齢は9歳、もう立派な大人として扱われており、ヘスティアよりも10センチほど背は高い。髪はブロンド、こちらもハンサムなケンタウロスだ。

 

「あなたのこと、見たことないわね。目立つ髪色してるのに」

「この前うちの群れとこっちの群れが併合したんだ。アクロマンチュラが居なくなってから、この森の中でもケンタウロスが集合しようという動きが高まっているらしくてね。この森の長として本格的に住居を構えようというわけさ」

「へえ……あなたの名前は?」

 

ヘスティアは聞いた。灰色の目を少し見開いて、腕を組みながら少年は答えた。

 

「フィレンツェ。よろしくね、ヘスティア」

「よろしく、フィレンツェ」

 

二人はどちらからともなく握手をした。

その数十秒後、ドヤ顔を貼り付けたアイツが登場したことは、言うまでもない。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ヘスティア!大変なことになった!!!!」

 

数時間ほど経った頃、ギルデロイが小走りでヘスティアの元にやってきた。すっかり競技が白熱してBFF状態の長髪のケンタウロスとヘスティアに目を白黒させながら、ギルデロイはヘスティアの手を引いて人気のない所へ連れていこうとする。

 

「またしましょうね!」

「今度も負けないからな!」

「爽やかに手を振りながらお別れしてるところ悪いけど、ほんとに緊急なんだ」

 

ギルデロイはズンズンと歩いていく。丁度家路につこうと思っていたしいいか、とヘスティアは肩を竦めた。ポケットの中に野球ボールを仕舞う。実はコレ、ギルデロイからのプレゼントだ。マグルのスポーツ用品らしい。プスは伸びをしながらのんびり道草を食って着いてくる。

 

「ねえ、どうしたって言うの?トレローニーの縮れ毛でも燃やした?」

 

ヘスティアが茶化すように言った。

すると反射的に先を歩くギルデロイが急に振り向く。ヘスティアにぴしりと人差し指を付けつけて、危機迫った表情で口を開いた。

 

「前、予言の件、話したろ」

「よ、予言の件?」

「ダンブルドアが信じるから力を持つ云々のヤツだよ」

 

ヘスティアは珍しいギルデロイの様子にタジタジになりながら応える。

 

「ええ。トレローニーの予言に―――というか、全ての予言者の予言には、力が無いの。ただ未来の一つの道標を指すだけ。その予言を信じる者がどの程度の影響力を持つかによって、予言の価値は決まるわ」

「で、ジェームズたちの件はダンブルドアが信じきっているからほぼ確実に起こりうるって?」

「そうね」

「じゃあ、僕は力ある者の部類に入るかな?」

「え?」

 

「聞いたんだよ。トレローニーの予言を。この目で。僕だけが」

 

ギルデロイが酷く真剣な声色で言った。

ヘスティアはぴしりと固まった。

 

◇◇◇◇

 

「えーっと、ま、まさか重要な予言じゃないわよね?明日の朝ごはんはチョココロネとかその部類よね?」

「落ち着いて聞いてくれよ」

「うん」

「クッッッッソ重要な上、ダンブルドアに聞かれたら大変マズイ」

「終わった」

 

ヘスティアは頭を抱えた。

 

「僕、優秀だし力のある者の部類に入るよな?ヘスティアもマズイか?どうすればいい????」

「最後まで聞いたの?」

「いや、トレローニーの豹変の仕方があまりにも怖すぎて…逝ってる目で僕にしがみついてきたんだよ。殴って逃げてきた。やばい、あの後に予言が続いていたかもしれない!」

「い、一回落ち着くのよ。ダンブルドアにはバレてない?」

 

ヘスティアが少し震えたような声で言った。

 

「……バレて、ないと思う」

 

ギルデロイは絞り出すような声で言った。ヘスティアがホッとため息をついて、周囲に防壁を作り出していく。ダンブルドアが追ってこないという確証はない。ギルデロイがここまで言うのだから、ダンブルドアの耳に入れるのは避けたい。ギルデロイも呼吸を落ち着けてヘスティアと同じ様に警戒魔法などを周囲に掛けていく。

 

「……で、その予言って?」

 

厳重なほどの魔法が一通り終わったあと、ヘスティアはギルデロイに問うた。

 

「ほんと、ショック死しないでくれよ」

「ええ」

「………………ダンブルドアが、死ぬかもしれない」

「っ、いつ?」

「分からない」

 

ヘスティアは分かりやすく狼狽えた。この状況下でダンブルドアが亡くなるなんて……世界が終わるのと同じじゃないか。ギルデロイは、自身の重荷を分けられることを少し安堵しているようだった。

 

「でも、希望はあると思うんだ。『不死鳥はただ消えるのみ。意思は死なず…ただ傍に佇む』」

「完全に死んだ人のアレじゃない!心の中にいるってやつでしょ。私はそんなの嫌。心の中より目の前に居た方が余っ程幸せだわ」

「まあそりゃそうだろうよ」

 

発狂しかけたヘスティアを、ギルデロイはどうどうと諌めた。

 

「僕も先走ったからアレだけど、もしかしたら不死鳥ってダンブルドアの事じゃないかも知れない。ほら、フォークスのことかも!」

「フォークスの事でそんな大袈裟な予言すると思うの?」

「シナイトオモイマス」

「しかも、不死鳥は先生の守護霊よ。フォークス以前にダンブルドア先生しか有り得ないわ」

「でもアレだ、不死鳥って普通に形容した動物ってだけかも。死んでたと思っていた人間が生きていました…とか。何度死の呪文掛けられても効きませんとか」

「そんな化け物居たら私たちのあの地獄の一ヶ月が無駄になるわね。意思は死なずって何?意思以外は死ぬってことじゃない!」

「あー、気付いた?」

「生憎」

 

ヘスティアの顔は最早悲哀や焦燥を通り越してブチ切れている。ダンブルドアを何としても殺させんという勢いだ。このまま闇の陣営に特攻してもらったらまあまあの戦果を出せるだろう。

 

「いい?ギルデロイ」

「ハイ」

「アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアが死ぬなんて絶対にあってはならないのよ。指一本でも触れさせやしないわ。例え無敵のアンドロスだろうが、ゴドリック・グリフィンドールだろうが、ヴォルデモートだろうがね!」

「今、名前……」

「ああ、あんな奴名前を呼ぶ価値も無いわね!妖怪蛇面男とかでいいでしょ!」

 

帰るわよ!とヘスティアは肩を怒らせながらズンズンと歩く。薄暗い森の中、ギルデロイとプスは慌ててヘスティアの後を追い掛けた。

 




P.S.没ルート

「い、一回落ち着くのよ。ダンブルドアにはバレてない?」

ギルデロイの顔がサアと青ざめる。

「……ここに来るまでに、1回すれ違った」

ヘスティアが目を見開く。

「慌てた表情を、見られたかもしれない」

その時、ヘスティアの腕が弾けるように森の向こうに飛び出し、プロテゴを放った。
完全な無意識だ。だからこそ、何処からか音もなく魔法を放たれていたことを意味する。辺りに走る静寂、薄暗い森の不気味さ。ヘスティアの顔から汗が垂れた。

「ギル、私の後ろに。目をつぶって好きな食べ物のことでも考えてて」

ギルデロイは素直に従った。サッと背後に隠れ、ミートパイだのチキンステーキだのブツブツ呟いている。ヘスティアは左手で彼を庇った。

「ダンブルドア先生。分かってますよ」

先程の魔法が放たれたであろう場所に、ヘスティアは適当に三発ほど光線を放つ。その中の一つの赤い光線が、突如空中で霧散した。

「ご機嫌よう、ヘスティア」

音もなく、ダンブルドアはそこに現れた。ヘスティアたちから5メートルほど離れた木のそばに佇んでいる。ヘスティアは震える身体を抑え、真っ直ぐに想い人の目を見た。

「挨拶もなく魔法を放つのは、流石にマナー違反ですよ、先生」
「その通りじゃのう」

ダンブルドアは朗らかに言った。開心術を防いだからか、少し感心したような目でヘスティアを見ている。ヘスティアももう6年生、伊達に年齢を重ねてきたわけじゃない。

「今の話、何処からかは分かりませんが、聞いていたんでしょう?なら、何もせずどうぞお帰り下さい。ギルデロイと相談したあと、先生に伝えるべきだったら伝えますから」
「それはちと不安だのう…」
「先生だけにあの蛇面の重荷を背負わせるのは、諸刃の剣ですよ。少しは頼っていただかないと」

ヘスティアとダンブルドアの目が合った。ほう、とダンブルドアが嬉しそうに微笑む。まるで出来の良い生徒を見ているような表情だった。

「ちゃんと実践しておるようじゃの」
「レジリメンスには、レジリメンスを……閉心術と開心術の併用で他の人間に目が動かせなくなりますし、何より開心術を使っている時ほど無防備な時はないんでしたっけ」

うむうむ、とダンブルドアは頷く。ダンブルドアに教えを乞うていた時に教えられたことだ。
ダンブルドアとヘスティアは目を合わせたまま固まったように動かない。まるで、目を逸らした方が負けだと言わんばかりの体勢だ。
ダンブルドアが、まるで映画のフィルムを辿るようにヘスティアの心の中に入っていく。しかし記憶をいくら辿ってもダンブルドアへの愛ばかりだ。少々ダンブルドアは照れていた。一方ヘスティア。見事為すすべもなく、ダンブルドアの閉心術の前に何も出来ずにいた。開心術を同時に使っているとはいえ、ダンブルドアは世界で随一の閉心術士でもある。

……しかし、今はそれが目的じゃない。

「このままでは何も出来ぬままじゃ、ヘスティア」
「…………」

今だ、と思った。
ヘスティアが後ろ手の指を動かすと、彼らの視線の間に黒い影が飛び出した。爛々と光る黄色の瞳孔。ダンブルドアは驚いたのか少し後ろへ後ずさった。そう、プスだ。

「なんと!」
「油断してたでしょ!」

プスの瞳に捕らえられてしまったダンブルドアはもう逃げられない。目は呆然として、豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしてその場に固まってしまった。
ワンプスキャットの特性として、矢のように速い足と……開心術、催眠術がある。プスは二本足で立った。これもワンプスキャットの特技だ。まるで人間のような高さでダンブルドアを睨みつける。ダンブルドアの瞼は暫くピクピクと痙攣していたが、やがてそれも治まった。完全なトランス状態に入ったらしい。魔法生物だけあって人間よりも何十倍も催眠術の力が強い。ヘスティアは汗を拭いながら、囁くように言った。

「ダンブルドア。あなたは、先程の会話を忘れます。もう夕方になってきましたね。少し早い就寝なんかもいいかも知れません」

何とか、この場は乗り切れたか。ヘスティアは土壇場の開心術への欺きに成功したことを心の中で喜びながら、これからどうしようかと考えを巡らせていた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。