ヘスティアの灯火 作:ダンブルドア同好会会長
六年生も終わり、また夏休みが始まった。
例の予言の事もあり、またまたタイムターナーをぶん回していたヘスティアは、昨年よりも幾分か精神的に大人になっていたし、実際肉体の年齢はほぼほぼレギュラスらと同じ様なものだった。
精神的に成長したところで、性根が腐っていれば同じようなものなのだが。
「ハネーピー」
深い蒼を基調とした壁、木製の玄関ドアを開けトランクを置いたヘスティアは、花瓶に入れられたラベンダーの香りを楽しんでいた。家に帰るということでしっかりお高いレースのワンピースを着たヘスティアはゆったりと髪を下ろしており、ハーフアップの留め具にはリリーに貰った蝶が止まっている。
主の娘の呼ぶ声に応じるように、一匹の屋敷しもべ妖精がヘスティアの前に現れた。目をしきりにうろちょろ動かす落ち着きのない奴だ。名前はハネーピー、この屋敷に使え始めて約五年、ヘスティアの方がフォーリー歴は長い、所謂新人であった。
「ご主人様がお呼びです」
ぼろ切れを着たハネーピーが恭しく礼をした。ヘスティアはトランクを渡そうとして……ある事に気が付き、手を止めた。
ハネーピーの手が震えている。彼は元々臆病な性格であったが、ここまでだっただろうか。ヘスティアの胸を、少しばかりの違和感が刺した。
妙に、胸騒ぎがする。
ヘスティアの背筋を、ビリビリと悪寒が襲った。表しようもない不安だ。ヘスティアは首筋を擦るように撫でる。いつもの癖だ。困難にぶつかった時の癖。
私の予感は、大体二分の一で現れる。ロクに信用出来たものじゃない。
しかし、現れたものは―――必ず、当たる。
「フェルディナンド」
ヘスティアが思い切りトランクを開けると、一羽のフクロウが飛び出してきた。イギリスを五日で縦断できるほどの速さと持久力を持つ。忠誠心もあり、賢い子だ。彼がダンブルドアに辿りつけば、大体を先生が事態を察してくれるだろう。助けも呼べるかもしれない……いや、望みは薄いか。
ヘスティアはフクロウにそのまま持っていたトランクを持たせた。
「ダンブルドアの元へ。帰って来るな」
ヘスティアは短く言った。
フクロウの賢そうな瞳がヘスティアを貫く。玄関を開けると、ぶわりと風が沈黙の玄関に押し寄せた。深い闇が空を覆っている。雨が降りそうだ。まわりにマグルがいないか確認しながら、ヘスティアはフクロウを前に出した。
「さあ、急いで」
フクロウは羽を広げた。自身のふた周りほど大きいトランクを鋭い爪で握りしめながら、空へと羽ばたいて行く。ヘスティアのワンピースが風に煽られて揺れた。
……私も、逃げられれば良かったんだけれど。
生憎ハネーピーは私を捕獲せよとの命令を受けているらしい。
姿現しを修得していれば。ヘスティアは歯噛みした。
そもそもヘスティアは未成年である。
非合法で練習するにしろ、ホグワーツで姿現しの練習は出来なかった。学校の敷地に掛けられている結界のせいだ。ヘスティアとギルデロイもなんとか出来ないか考え込んだが、この一年は飛ぶように過ぎ去ってしまったので、このことも記憶の奥底に追いやってしまっていた。今はそれが仇となっている。
ロクに練習もせずに姿現しを発動するのはリスキーだ。バラける可能性が高い。匂いも付いていることだし。
よって生憎、ヘスティアがここから逃げるのは不可能に近い。
……ホグズミードで練習すれば良かった。
フクロウの姿が見えているうちに、ヘスティアは扉を閉めてしまった。遅くなれば今度はハネーピーが裏切ったと疑われかねないだろう。
依然ハネーピーは黙りこくったままだ。何処か自分の無力さを噛み締めているような、そんな面持ち。ヘスティアもまた、自身の未来を悟った。嘘であって欲しいと思うことは、いつも現実になる。
「……ハネーピー、私を、その者の元へ」
弾けるようにハネーピーが顔を上げた。
「大丈夫、あなたのせいじゃない。予想は着いていたことだから」
ヘスティアはにこりと笑った。この一年で、彼女は今までに無いほど成長していた。顔にも純血に相応しい威厳があった。
自分は大丈夫だという自信。自分の自信は、他者の希望へと繋がることを知っているかのようだった。
カチカチと柱時計の秒針が時を刻んでいる。数秒経った頃、二人は動いた。
彼女の伸ばした、杖だこの付いたしっかりとした手と、ハネーピーの伸ばした、震える華奢な手。
二つが触れ合った時―――その場から、二人は消えた。
◇◇◇◇
蠢くように空間が揺れた。形の定まらぬものかと思えば、それは瞬時に人の形となった。ヘスティアとハネーピーだ。ハネーピーはガタガタと震えながら、背後にある入口の前に移動した。
目の前には長いテーブル、フォーリー家の食卓。
十席はくだらない椅子が並べられているそこの上座に、誰かが座っていた。ヘスティアはテーブルを挟んで相対する男の顔を見る。
「やあ、久しぶりだな」
その椅子に座った顎髭の生えた若い男がそう言った。面白いものを見るような顔だ……。
一方現れたヘスティアはとてつもなく嫌な顔をすると共に、内心少しばかり安心しているようだった。
「我が君ではないと知って喜んだか」
バーティ・クラウチ・ジュニアはニヤニヤと笑った。どうやらヘスティアが違和感を感じ取ることはとっくに計算済みだったらしい。ヘスティアはため息をついた。
「逃げられたらどうするつもりだったわけ?」
「ギルデロイ・ロックハートを人質にするまでだ」
「……あっそ」
「幸いギルデロイ・ロックハートの居場所は知れている上、最悪殺してもいいと我が君からお達しが下っている。親友の命を思えば、抵抗しないのが懸命だな」
「へー、じゃあ私のことは殺せないわけね?」
「今はな。そんなに命が惜しいか」
「惜しくない訳ないでしょうが」
軽口を叩きながらヘスティアは目の前の椅子に座った。あまりの緊張感の無さに逆に警戒を強めたバーティだったが、ヘスティアはそれを知ってか知らずか鼻歌まで歌い始める始末。バーティはひくりと頬を引き攣らせた。
ヘスティアが足を組み、不遜な態度でバーティを一瞥する。
「で?何の用」
「まさか、今の自分の立場を分からないほど馬鹿ではあるまいと思っていたんだが、見当違いだったか?」
「ここ私の家だから。客人は礼を示さないと」
「お前の家?」
今度こそ、バーティはヘスティアを嘲ってやることが出来た。心底面白くて仕方がないという顔をしている。
その顔を見て、ヨカッタネ、とヘスティアは心の中で吐き捨てる。何なら彼女の心の中のイマジナリー・ダンブルドアはバーティに向かって唾を吐いていた。キャラ崩壊待ったなしである。
「家の家長はお前を見放したぞ。我が君にお前を献上する事を諾としている」
「ま、ここに居ないのならそうでしょうね。……まだ私の質問に答えて貰ってないわ?」
笑みを浮かべたヘスティアは、肘をテーブルについて、顎の下に手を置いた。
「で、その“ワガキミ”は私に何の用?」
「ちょっとした拷問だ。すぐ終わる」
「そんなローテンションで言われたとしても内容が薄れるわけじゃないからね」
「お前に聞くのはちょっとしたことだ。抵抗しなければ怖がることでもない」
「すぐ話題を逸らすのね。そんなに私が怖い?」
「変な小細工をされても面倒だ」
ヘスティアとバーティは睨み合った。腐ってもOWL12科目フルコンプの二人だ、面構えが違う。顔に変な笑みを貼り付けたまま、無言で相手の様子を伺っている。観察眼の優れていたバーティはヘスティアが本当は心底怖がっていることを察していたし、ヘスティアもヘスティアでバーティの様子から我が君が自身を渇望していることを察した。
沈黙を破ったのは、控えめなノックだった。
「入れ」
杖先を弄りながらバーティが言った。ヘスティアの背後の扉から、一人の小太りな男が転がり込んできた。額からはしきりに汗を流し、ハフハフと息を上がらせている。相当急いで来たようだ。
……バーティの部下にしては、随分とドン臭そう。
ヘスティアは一瞥して思った。
「アントン、なんだ」
「申し訳ございません!申し訳ございません!」
「謝る前に用件を話せ、イライラするヤツめ」
「申し訳ございません……そちらの嬢さんが放したフクロウを逃がしてしまいました」
バーティは絶句した。フクロウに撒かれた?それでも魔法族か?
ヘスティアと言えば必死に笑いを堪えている。追っ手がいたところでフェルディナンドが捕まるとは思っていなかったが、正面切ってこう言われるとクルものがあるな。
フェルディナンドは16世紀より続く最高のフクロウの一族のひとつ、ヴァーヴァラの生まれだ。入学祝いに祖父に買ってもらったことは記憶に新しい。わざわざフランスの森まで遠征したかいがあったようだ。
「良い部下をお持ちね」
「まったくだ。下がれ!ボンクラ」
「はいぃぃぃぃ!失礼致します」
「……貴方にしては、部下の毛色が随分とアレね」
「押し付けられたんだよ。アレで純血とは驚きだな。マグルの血が流れていれば心置きなく殺せるものを」
もう一度扉の方向を一瞥した後、バーティはヘスティアに視線を戻した。心做しか疲れているように見える。そのまま過労死してくれないだろうかとヘスティアは願った。
「無駄口を叩くのは終わりだ」
「何処かに連れていく訳?」
「そうだ。分かったら杖を捨てて腕を後ろに組め」
ヘスティアは、この要求にも素直に従った。従順すぎて怖いぐらいだ。バーティは彼女の不審な行動を片時も逃すまいと睨み付けている。
彼女が手を広げると、彼女愛用のイトスギとサンダーバードの尾羽の杖は広間を転がり、部屋の隅に追いやられた。ヘスティアが後ろで腕を組む。バーティがすかさず杖を振り、黒い蔦で身体を縛った。
バーティが足音も立てずに近付いてくる。
「本当にお前がダンブルドアの一味なのか疑わしいな。今から我が君の勢力につくか?」
「煩いわね、早く連れていきなさ……ッ」
突然だった。バーティは脈絡も無く、思い切りヘスティアの鳩尾を蹴り飛ばした。
肺から空気が吐き出される。
一瞬息詰まったヘスティアが、打ち付けられた壁に寄りかかり呼吸を整えていると、バーティが彼女の髪を掴み上を向かせた。
「その減らず口を我が君の前で披露したら、拷問が長引くことになるぞ」
「……元々長引かせる気だった癖に」
「これは温情だ。あっちには俺よりおっかない奴が五万といる」
囁くような声だった。
何処か説得力のある言葉だったし、バーティはその惨憺たる様を思い出したのか、恐れが顔に影をさしていた。
これ以上抵抗しても痛めつけられるだけだと感じたヘスティアは、不服そうにコクリと頷く。
視界の端のバーティの杖先が光った瞬間、ヘスティアは意識を失っていた。
◇◇◇◇
着いたのは、とある地下牢。
ヘスティアにはここが何処か検討も付かなかったが、元々付かせないのが狙いなのだろう。魔法で強引に叩き起されたせいで、ヘスティアの身体の中で魔力の名残が暴れ、縛られた左腕が痙攣した。
……朝は弱いのに。
重い瞼を無理やり開きながら、ヘスティアはあたりを見回した。
「ヘスティア・フォーリー」
嬉々とした女の声が聞こえた。おどけたような、狂気的な感情を孕んだその声は聞き覚えがないが、その声の主は大体察しがつく。
イライラして少し口を出しそうになってしまったが、先にバーティの“温情”通り、ヘスティアは黙りこくっていた。
もしここにダンブルドアがいたら、「なんだいレストレンジ家のクソババア」ぐらい言っていたかもしれない。正に虎の威を借る狐。だが、時にはその打算のみの自重が、自分の命を助けることに繋がる。
目の前の女―――ベラトリックス・レストレンジは、歪に曲がった黒い杖で、ヘスティアの顎をくいと上げた。クルミか、とヘスティアは一瞥して思った。
ヘスティアの髪や額は汚れと水に塗れているが、群青色の瞳は地下牢に点ったランタンの光を依然として反射している。ベラトリックスは面白くなさそうに眉根を寄せた。
「ロクに世に出たことも無いようなベイビーがお出ましかい?メイクもせずに他所様の家に上がり込んじゃぁいけないよ」
如何にも優しそうなねっとりした声色で―――実際ヘスティアの純血という血に一欠片は好意を抱いているのだろうが―――ベラトリックスは言った。ベラトリックスの杖がヘスティアの顎から頬をなぞる。ヘスティアは、これから起こるであろう事にを察し、諦めたように脱力し目をつぶった。こういう時、ロクな事にならないのはヘスティアだって分かる。
口から短い息が漏れた。まるでヘスティアの命のようだ。簡単に吹き飛ぶ、軽いもの―――
―――そしてやはり、その後はロクな事にならなかった。
「ご飯を用意し……ヒッ」
地下牢の入口の柵がガシャンと開けられた音、そしてその声の主が驚きで後ずさった音が聞こえた。
今の頼りない声はアントンだろうか。
ヘスティアの右目の周りは腫れ、左目は充血しているので誰が来たのかは分からなかった。ご親切なことに仰向けに腕を捻りあげられる形で鎖がぶら下がっている。顔を上げる気力もない。
まだ刺すような痛みがする額の熱さに耐えながら、ヘスティアは朦朧とした意識をなんとか保っていた。
「……ご飯だ。鎖を解くから、馬鹿な真似は止せよ」
震える声でアントンは言った。
ゆっくりとした優しい手つきで鎖が解かれる。先程のベラトリックス嬢の攻撃的すぎるSMプレイとの差に涙が出そうだ。ヘスティアも、そんな巫山戯たことを考えていないと精神状態が危うい。
鼻腔を豊かな香りが擽った。
何故か食事の時にのみ発揮される人間の鋭い嗅覚は、食材の一つ一つの香りを感じているらしい。
オニオン・スープの香ばしい匂い、チーズののった硬いパンの小麦の匂い……待て、まさかフィッシュアンドチップスもある?馬鹿なのか?これでも拷問される側の人間の食事だよな?ここ地下牢の床だよな?
手探りで皿を判別しながら、ヘスティアはゆっくりと食事をとり始めた。長い間縛り上げられていたから少し痺れて震える。
目の前ではアントンの啜り泣く声が聴こえていた。泣きたいのはこっちだと思いながら、ヘスティアはスープを上品に飲む。嗚咽を漏らす小太りの中年男性と見るに耐えないボロボロの少女一人。傍から見たらカオスである。
恐らくコイツは元々は純朴な人間で、何らかの事情で手伝わされているに違いない。こんなバカバカしい食事を作ったのもコイツだろう。ヘスティアはアタリをつけた。
「……見るに耐えませんか」
ヘスティアはわざと弱々しく―――というか既に弱々しかったのだが―――アントンに話し掛けた。目で見ずとも気配で分かる。びくりと反応した彼は、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「額に彫ってある字、なんて書いてあるのですか?」
アントンはもにょもにょと口を動かしている。これまた答えずらい質問だったようだ。
「文字が歪で……よめない」
“
ヘスティアの額の肉を切り裂いて書いた本人、ベラトリックスは良い家の出らしく文字が綺麗だ。読めないなんて有り得ない。彫られている本人も分かるクオリティだ。
……しかしこれで確定した。コイツはお人好しの馬鹿だ。
額から流れる血が左目の充血に繋がっていると気が付いたアントンは、上等な絹のハンカチでヘスティアの顔を拭き始めた。
僅か数時間でこの有様だ。10日経ったら挽肉にされてハンバーガーになってたりして?テリヤキ味がいいな。目玉焼きも挟んでくれ。いつかマグルの店で食べてみたいとずっと思ってたんだ。
そんな馬鹿な思考回路になるほど、ヘスティアも弱っていた。
ヘスティアは一人でぽつぽつと喋っていた。健気な身の上話だ。アントンからの返事はない。閉じ込めている人に情を移すのは危険だとやっと分かったようで、半ばヘスティアの独り言のようだった。
だが、それでいい。いつか彼が自分に心を許した時、それが脱出への一歩に繋がる。
ヘスティアは喋ったり食べたりと口を忙しなく動かしながら、イギリスの田舎に帰省しているギルデロイの事を思った。
アントンはまた、泣き始めた。
これは同情を買う為だ。同情を買う為の涙なのだ。
ヘスティアは痺れの残った震える手で、濡れた頬を覆った。
七月二十七日の、雨の夜の事だった。
P.S.くだらないQ&A
Q.なんであとがきにP.S.なんてつけてるんですか?手紙に使うものですよね?義務教育やり直せばーか!
A.だってP.S.ってかっこいいじゃないですか.......