ヘスティアの灯火   作:ダンブルドア同好会会長

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第二十話 ハツカネズミの行方

 

「ンン、まだ野いちごが成っているとは。やはりここの気候はどうもおかしいな。いにしえの呪いの類か?」

 

イギリス、ウィンダーミア湖の畔。

ギルデロイ・ロックハートは山の方に出かけ、森の淵で野いちごを摘んでいた。手には野いちごが山盛りに入ったバスケットと桜の杖。くるりと巻かれた金色の髪が、葉の隙間から差す光を反射していた。

野いちごの旬で、今は八月上旬。とっくに時期は過ぎていた。

 

もうお分かりかと思うが、ここはヘスティアが昔に訪れたニュート・スキャマンダーの家である。と言っても今はロックハート一家しかないないが。

我が親友ヘスティアの縁で、ニュート・スキャマンダー氏がドーセットに移住する際に別荘として作り替えていた所を、ギルデロイ・ロックハートが夏の間の疎開先として借り入れたのだ。

 

「ジャムにでもするか。パンはあるし」

 

ブツブツと呟きながら野いちごを吟味しているギルデロイは、近くの茂みから飛び出てくる影に目を丸くした。

白いハツカネズミだ。小さい戦士はギルデロイの肩を勢いよく駆け上がったかと思うと、何かをギルデロイに囁いた。ピスピスと動くネズミの鼻は、愛らしい程に赤かった。

 

「ヘスティアが、死喰い人共の手に……」

 

思案げに眉を顰めたギルデロイは、項を摩った。彼の癖だ。……そして、ヘスティアの癖でもあった。

 

「……逃げなければ」

 

ギルデロイはそう自分に囁いた。

ネズミがヘスティアの元を出てから、既に十日は経っているだろう。今まで死喰い人の強襲が無かったのは奇跡と言うべきか、ヘスティアの忍耐のお陰と言うべきか。ギルデロイはすっくと立ち上がり、母屋の方に走った。

踏みしめる草の鮮やかさよ。栗鼠の闊歩するこの平和な森は、ギルデロイにどうしようもない不安を与えた。

 

ギルデロイは嫌な気配を感じ取った。

木の裏に隠れ、家の方の様子を伺う。丘を下ったその先の小屋は、悲しいかな――――炎を巻き上げて燃えていた。暖かい日差しと、風に揺れる花に、燃え盛る家は酷く不釣り合いだ。

平和は失われた。

影が、花々を覆っている。

 

ギルデロイはひゅっと息をのんだ。

小屋の周りでは、大勢の死喰い人たちが雄叫びをあげている。なんて野蛮なんだろう。ギルデロイの心を恐怖が支配した。

ベラトリックス・レストレンジや、フェンリール・グレイバッグの姿もあった。昨年度にヘスティアに人相と名前を覚えさせられた二人だ。ヘスティアはギルデロイより余っ程死喰い人に詳しかったが、生憎顔を完全に一致出来るほどの知識は無かった。なので、ギルデロイが持っているのも酷くアバウトな知識だ。

……しかし、ギルデロイは確信していた。

あれはベラトリックス・レストレンジと、フェンリール・グレイバッグだと。

 

木の裏にまた身を隠し、彼は呼吸を整えた。

……大丈夫、まだこちらは気が付かれていない。

ギルデロイはそっと、気が付かれないように茂みから様子を伺った。

 

一人の人間が、こちらに走ってきている。

ギルデロイは目を見開いた。彼の母親だった。

 

「ギルデロイ!!逃げて!!!!」

 

声の許す限り叫んだ彼女は、息子を命を投げ出して救わんとした彼女は、背に緑の光線を受けて散った。ギルデロイの吐き出す声が震えた。目を開き、衝撃を受け、前に倒れる母親。

向こうの方で愉しげに声を上げるベラトリックスと目が合った。

息が荒くなる。涙を流す暇もなかった。

 

……姿くらましは苦手だ。初めての時に、“ばらけ”を経験してしまったから、余計に。未だ傷の残る耳朶をギルデロイは無意識に触る。

全てがスローモーションのように感じられた。

目の前に現れるベラトリックスの影、姿くらましをするギルデロイ―――ベラトリックスの振った杖先から赤色の光線が射られて―――

 

 

ギルデロイの肩を掠めた瞬間、彼はその場から消えた。

 

◇◇◇◇

 

呼吸荒く地面に倒れるギルデロイ。斬られた腕の熱さにギルデロイはゼイゼイと喘いだ。

青々しい草の下には、水を健やかに吸った大地が眠っている。鮮血がその神聖な青の上に流れた。

息を整え、なんとかギルデロイは木を支えに立ち上がった。左手で庇っている二の腕の深い切り傷からは血が流れている。シャツや掌に、ぬるぬるとした感触が伝った。

 

……先程の位置から200メートルも離れられなかった。

ギルデロイはなんとか足に力を入れて走り出す。もしかしたらフェンリール・グレイバッグに血の匂いを嗅ぎつけられるかもしれない。

 

『もしも何かあったら、湖に沿って北に500メートル走りなさい。頼りになる人が住んでいるから……』

 

ニュート・スキャマンダーの言葉を思い出しながら、ギルデロイは走った。

あたりは静まり返っている。森も、まるでこの悲劇に悲しんでいるようだった。ギルデロイは考える暇もない。仕切りに足を動かしながら、助けを求めた。

まるでヘンゼルとグレーテルのように、通った道に血の跡が付いていた。

 

 

―――ギルデロイのスニーカーが素早く動く約100メートル後方。

発狂しながら叫ぶベラトリックスと、それに怯える死喰い人たち。……そして、薄く嗤うフェンリール・グレイバッグの姿があった。

 

「……見つけたぞ、ベラトリックス」

「あの小僧か!」

「そうだ。血の匂いがする。そう遠くには行っていないぞ……手負いの獣だ、俺には楽勝の獲物さ」

 

ベラトリックスは目をギラつかせて喜んだ。普段は馬の合わない二人だが―――獲物を狩る時は、また別らしい。

 

「聞いたかい?腰抜け共!例え地獄まででも追い回して……我が君に献上するんだ!失敗は許されない!分かったね!」

 

ベラトリックスが叫ぶ。

フェンリール・グレイバッグがぐるりと喉を鳴らし、物凄い勢いで駆けて行った。ベラトリックスと他の死喰い人たちもそれに続く。ギルデロイの命も、あと僅かだった。

 

 

 

「何処だ……何処にいる!?例の人物というのは……!!」

 

ギルデロイは息も絶え絶えになりながら、よろよろと走っていた。

右手に持つ桜の杖にも血が垂れ、赤色の筋を作っていた。

後ろからフェンリール・グレイバッグが追ってくる幻覚が見える。不安で押し潰されそうなギルデロイは、宛もなく森をさ迷っていた。既に勝手知ったる森は通り越している。

 

「誰か、誰か助けてくれ!!!」

 

ギルデロイは声を張り上げた。悲痛な叫びだった。

最早、死喰い人たちに聞こえようと構わなかった。今度は命を賭して姿くらましを行うしかない。相手は六人だ。分が悪すぎる。

こんな傷をおって逃げるのはほぼ不可能に思われた。

 

その時だった。

 

「……何か用か、そこの青年よ」

 

左斜め上から、声が聞こえた。酷く落ち着いた声だ。ギルデロイは上を仰いだ。どうやら男は木の上に登っていたらしい。

逆光になっていて彼の姿がよく見えない。目を細めながら、ギルデロイは震える口を開いた。

 

「死喰い人に襲われて……助けて下さい、私だけでもどうしようもない」

「私に利はない」

「ニュート・スキャマンダーに言われたんです!」

 

喉を擦り切らせてギルデロイは言った。もう時間が無いことが肌に感じて分かったのだ。

男は、ニュート・スキャマンダーの名を聞くと少し雰囲気を変えたようだった。逆光で見えなかったが、つがえられていたらしい弓矢が下ろされる。ケンタウロスの元でしか見た事のなかったそれに、ギルデロイは目を瞬かせた。

男が木から飛び降りる。三メートルはありそうな高さだったが、平然としているのはヘスティアに似ている。しかしヘスティアより、余っ程動きは洗練されていた。

現れたのは歳若い男だった。顔立ちは整っており、清潔感を感じさせる。白銀の髪は肩まで下ろされていた。

 

「何が望みだ、青年よ」

「匿ってください……あちらには、獣がいます。血の匂いを辿ってやってくるでしょう……」

「その様だな」

 

男は厳しい目をギルデロイの後ろへ向けた。ギルデロイは反射的に振り返る。

まだ死喰い人の姿は見えなかったが、男の目には映っているようだった。

 

「野蛮人共め、聞こえるぞ……お前たちの息遣いが、足音が」

 

男は背筋を伸ばして、凛々しく木の根の上立っている。白銀の長髪を靡かせて、男は囁いた。色味は似ているが、ルシウス・マルフォイのものとは比べることが出来ないほど高貴な輝きを放っている。

髪の隙間からは長い尖った耳が覗いていた。

 

「まさか、貴方は……」

「青年、今すぐそこの泥を身体に塗れ。余す所無くだ」

 

遮るように彼は言った。

ギルデロイは開いていた口を閉じて、男の指さす泥に駆け寄った。

腕から何から、顔にまで塗りたくっている。

 

「……来るぞ。物音を一つも立てるな」

 

男が振り向いた。

 

「ただの、一つもだ」

 

ギルデロイが頷く。男は近くにあった木の幹に触れ、何やら不思議な呪文を唱え始めた。

ギルデロイの泥まみれの頬を、柔らかな風が撫でていく。男の髪が靡いた。

 

「こっちだ……こちらに、血の匂いが続いている……」

 

ギルデロイは息を止めた。

既に肉眼で見えるほど、ほんの10メートル離れたところにフェンリール・グレイバッグたちが迫っていた。

 

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男が奇妙な言葉を囁くと、森がざわめいた。

近くのものが遠くに、遠くのものが近くに来たように感じる。ギルデロイは幻覚でも見ているのかと目を疑った。木々が近付いたり、遠ざかったり……この世の者の所業ではなかった。

フェンリール・グレイバッグが鼻をひくつかせた。

 

「……臭いが、途切れている」

「なんだって?」

 

ベラトリックスが食ってかかった。気が合うのは獲物を追う時だけ。仲間割れは激しい。

 

「待て。先に行ってみるぞ。これでもしも血の匂いがなかったら、姿くらましをしたんだろう。あの傷の深さではあまり考えられはしないがな」

 

フェンリール・グレイバッグがそう言って、足を一歩踏み出す。ギルデロイの身体は硬直した。

 

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フェンリール・グレイバッグの目と鼻の先にいる男は、未だ呪文を唱え続けている。どちらかが手を伸ばせば、触れることが出来そうな距離だ……しかし、フェンリール・グレイバッグは気が付かない。匂いも、声も感じているはずなのに。

ギルデロイは固唾を飲んで見守っていた。

 

「行くぞ!」

 

フェンリール・グレイバッグが死喰い人たちに号令をかけた。

そしてそのまま―――彼らは急に方向を変えて、左向きに歩き始めたのだ。

 

「えっ」

 

思わずギルデロイは声を出した。直ぐに気が付いて口を抑える。

目の前に立っていた男は、人差し指で黙れとジェスチャーしていた。

 

フェンリール・グレイバッグが立ち止まる。ギルデロイは背筋を凍らせた。

 

「どうした?」

 

一人の死喰い人が彼に声を掛けた。

男とギルデロイは固まったように動かない。まるで、動いた瞬間まじないが解けるとでも言いたげだった。

 

「いや……」

 

ギルデロイの肌に、一筋の汗が伝い―――その汗は、顔に塗られた泥に同化した。

フェンリール・グレイバッグは鼻を鳴らした。

 

「こんな馬糞臭いところは、早くおさらばしたいと思ってな」

「……確かに、酷い臭いだ」

 

ギルデロイがほっとしたとの同時に、彼の目のハイライトが消えていった。

ホグワーツの王子様が、今や馬糞まみれである。

あの泥は、土と馬糞が合わさった、極上ブレンドのものであった。

 

◇◇◇◇

 

「……暫し休め。お前には休息が必要だ。死喰い人が彷徨いている事だし、出立は明日になるだろうな」

「匿ってくれて、ありがとうございます」

「礼はいい。ニュートの知り合いだからな」

「……ニュートと何か縁が?」

 

小さな山小屋に匿われたギルデロイは、パイプで煙を吹かす例の男―――ネランディアにそう尋ねた。ネランディアはふっと微笑むと、また煙を吹かす。

 

「少しばかり、世話になったことがある。命も救って貰った」

 

止血して痛みを抑えた傷を擦りながら、ギルデロイはネランディアの顔を伺った。

自身と同じぐらい凛々しい顔と尖った耳、白銀の長髪。そして、極めつけはあの弓矢と不思議な魔術。

ネランディアはギルデロイの顔をちらと見た。

 

「お前が疑問に思っていることは最もだろうな―――答えはイエスだ」

「じゃあ貴方は、やっぱり?」

「エルフだ。屋敷しもべ妖精(エルフ)たちとは違う、水と木を崇拝する森のエルフ(アールヴ)だよ」

 

昔魔法生物飼育学で習ったのだ。

勿論彼らはそんな、“飼育学”なんて科目で教えられることを嫌がるだろう。魔法族が敬意を払うべき対象として、水中人、ケンタウロスと並べられて学んだのだ。

ギルデロイは目の前に置かれたスープを啜った。仄かに肉の味がする。色々問い詰めたい事はあったが、ネランディアがそれを望まないことはいくら鈍感なギルデロイでも分かっていた。流石にこの状態で追い出されるのは不味い。

 

「人の死を、見たことはあるか?」

 

ネランディアが出し抜けに訊いた。

ギルデロイが顔を曇らせる。

 

「……母が。先程光線に撃たれました。生死は不明ですが……」

「ならば、死んだ事にしておけ」

 

無慈悲にネランディアは言った。ギルデロイが反論しようと口をもごつかせると、ネランディアが手で制する。

 

「お前が望む地までの移動はセストラルを使う事になる。ホグワーツとやらで学んだだろう?」

「人の死を見ないと、見ることが出来ない」

「その通りだ」

 

残念だがな、とネランディアは言い、パイプを燻らせた。

煙は、高く高く、天井まで届く。窓の外を見ると、空が赤く染っていた。

それきり黙りこくってしまったギルデロイは、右腕の傷を擦り続けた。

小屋の火事に巻き込まれて死んだであろう父と、最後まで勇敢に闘った母の死を悼みながら。

 

夜は更けていく。遠くの方で梟が鳴いた。狩りの合図だ。

月明かりの差す窓辺のベッドに横たわり、ギルデロイは目を瞑る。

遠いところで今なお苦しむ親友の事が心配でならなかった。

八月八日の出来事である。

 

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