どうやらデクのハーレム展開   作:ヘビとマングース

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轟焦凍は悩んでいる

 ほんの軽い気持ちで見学してみようかと思っただけだった。

 今後、何かしらの形でお世話になるかもしれない。クラスメイトとの会話の中で、サポートアイテムの重要性やコスチュームの改良について話していた影響もある。上鳴(かみなり)電気(でんき)などは特にあらゆる形で補助があった方がいい、などという話題で盛り上がったのもあって、試しにチェックしてみたいなと足を運んだのだ。

 

「私のドッ可愛いベイビーが見たいのですね?」

「いや……!」

「いいでしょう! どうぞ思う存分見て行ってください! 穴が開くほどに! 穴が開かないくらい頑丈ですけどね!」

 

 緑谷(みどりや)出久(いずく)は絡まれていた。というより捕まっていた。

 どうやら訪ねたその部屋に居たのがサポート科で最も悪名高い生徒であり、入学早々にアジトにした一室で自作のアイテムを多数取り揃えていたようなのだ。

 サポート科担当の教師ですら辟易とする彼女の熱意と態度に、触らぬ神に祟りなし、と半ば放置されていた存在なのだが、それを知らない他クラスの生徒が訪ねてきて、しかもそれがヒーロー科の人間だと聞いて妙に舞い上がってしまったようだ。

 

 ほんの軽い気持ちで来てしまっただけだ。

 彼女の言うドッ可愛いベイビーたちを一つずつ紹介されて時計はぐるぐる回っていた。

 全て紹介するまで帰したくないとはっきり明言する彼女はまだまだやる気で、このままでは夜になっても校舎に残っていることになる。言い訳をして強引に振り切って逃げ出した時にはすでに夕焼けが校舎を照らしていた。

 

 ひどい目に遭った、というのが正直な感想。確かに凄いと思う発明品があった一方、サポート科はああいう人たちの集まりなのかと間違った認識を植えつけられてしまい、今後上手く関わっていくことができるのだろうかと心配になってしまった。

 

 鞄を取るために教室へ帰って、そこにはすでに誰の姿もなかった。

 それはそうだろう。普段に比べてずいぶん遅くなっている。

 出久は自分の席に置いていた鞄を取り、帰ろうとすぐに教室を出ようとした。その時、閉じられていた扉が開かれ、廊下から生徒が入ってきた。

 

「あれ? 轟君?」

「緑谷か」

 

 あまりに表情が変わらず、無暗に他人と関わらない。孤高の一匹狼などとも称される(とどろき)焦凍(しょうと)がイメージと違わず一人で現れた。

 思わず名前を呼んでしまった出久に反応し、焦凍は教室に一人で居る彼を確認した。

 

「どうしたの?」

「忘れ物。お前こそ、一人で何やってんだ?」

「あ、僕は」

 

 声をかけてしまったからなんとなく尋ねてみた。無視をされても仕方ないと思っていたのだが意外にも優しく返答があり、それどころか尋ね返されてしまって驚く。

 彼とはあまり話した経験がない。そもそも話すのを好んではいなさそうで、切島や上鳴、芦戸や葉隠のように誰とでも気楽に話しかけられる性格ならともかく、他人の顔色を窺うような出久にはやあと気軽に話しかけるのは中々にハードルが高い。

 

 希少なチャンスだな、などと思って自分の返事について考える。

 今まで何をしていたのか。

 サッと出てきた満面の笑顔を思い出し、びくりと震えて顔を逸らす。

 

「ちょっと、ドッ可愛いベイビーの紹介をされてて……」

「ベイビー? お前、子供が居るのか?」

「ち、違うよ!? そのベイビーじゃなくて!」

 

 言い方がまずかったかもしれない。

 誤解されてしまう前に一連の行動を話しておこうと即断し、出久は説明を始めた。

 上鳴たちとの会話の中でサポート科の話になったこと。また今度サポートアイテムの製作を依頼できないか試してみようと話していたこと。下見ではないが、ちょっと気になって先に一人で見に行ってしまったら数時間教室から出してもらえなかったことなどを話す。

 静かではあるがうんうんと頷いて真剣に聞き入れ、焦凍は納得した様子だった。

 

「……いじめられてるのか?」

「いやいや、違うよ! ただ、熱意と厚意が変な方向に作用してしまっただけで……」

「そうか。相手に悪気はなかったんだな。ただお前には合わなかったと」

「う、うん。いやでも、嫌な時間じゃなかったんだよ。本当にすごい物を見せてもらったし感心してばっかりで。ただ終わりそうにないなって思っただけだから」

「終わりそうにないのは、十分怖いだろ」

 

 確かに、という顔でハッとして、やっぱり強引にでも出てきてよかったと思う。まだ物足りなさそうだった女生徒は彼の腕を掴み、ともすれば自身の発明品を総起動させて捕えようとしていたわけなのだから、あそこで迷わず走って逃げたのは悪くない判断だったはずだ。

 出久はほっとするかのように、はあと重いため息をついた。

 

 少ししてから現状を再確認する。

 出会ったのは偶然。しかしそういえば普段接することのない轟焦凍と二人きりで、勢いとはいえ自分と会話しているのだ。

 

 イメージと違った。

 勝手に彼の人となりを決めつけているだけだったのかもしれない。つい驚いてしまう。

 慌てて急に説明を始めてしまった出久を止めるでもなく嫌そうな顔もせず、焦凍は一通り話を聞き終えるまで遮ることをせずに、全てを聞いてから理解して納得した。それだけでなく出久の立場で考えて同情するかのように声をかけてくれた。

 些細でほんのわずかな会話とはいえ、出久は少なからず安堵している表情だった。

 

「これでサポート科に行くの、ちょっと怖くなっちゃったかな……」

「上鳴とかに行かせればいいだろ。あいつ、女好きだから喜びそうだし」

「それはちょっと、人身御供みたいな感じしない?」

「怖かったんじゃねぇか。よく一人で行ったな」

「いや、それは好奇心で……」

「上鳴ならそうは思わねぇよ。軽いからな」

 

 自分の席の傍まで移動して、焦凍は忘れ物を探すために机の中を見る。

 何をするでもなくその姿を目で追った出久は、イメージと違った、などと余計なことを言わない方がいいだろうと考えている。八百万(やおよろず)(もも)と話した時、そういった発言を自分がしたことがきっかけになって、彼女が思い悩む様子を見せた。その姿を見た後、自分のイメージを他人に押しつけてしまうのはダメだと判断したのである。

 

 先に教室を出た方がよかっただろうか。物珍しさから何も考えずに焦凍の姿を眺めて突っ立っていた出久は、はたと気付いていそいそと動き出そうとする。

 一緒に帰るという選択肢もあった。けれど急に誘われて彼が気分を害するかもしれない。

 近頃はクラスメイトと仲良く過ごしていても、中学生の頃は友達が全くできなかった彼だ。少し話しただけで一緒に帰ろうだとか言い出すのはキモいかもしれないと考えて、突然緊張し始めて、よく考えたら喋り過ぎたかもしれないと後悔する。

 

「あー……えーっと……僕、先に」

 

 やっぱり先に帰った方がいいかもしれない。

 気付けば教室内は静寂に包まれていて妙に緊張した。

 見るからに挙動不審になった出久は鞄を持ち、一歩を踏み出そうとした時に、焦凍が彼を見る。

 

「緑谷」

「うはいっ!?」

「うはい?」

「いえ、あの、何でしょう!」

「お前が“無個性”だったって話、本当か?」

 

 唐突に質問されて、ぴたっと動きが止まる。

 なぜそれを。そう思った直後、そう言えば更衣室で飯田と話している時にみんなが居た。聞かれると知っていてその話をしたのだ。

 思い出すと動揺は少しだけ治まって、出久は咄嗟に困った様子で苦笑する。

 

「あぁ、うん……本当だよ」

「そんな顔しなくていい。お前を馬鹿にしたいわけじゃないんだ」

 

 佇まいはクールに、声色は冷静に。普段と比べて少し重々しい雰囲気を感じた。

 机に触れていた手をポケットに入れて、焦凍は出久をじっと見つめる。

 

「ヒーローを目指したの……“無個性”の頃からか?」

「うん」

「そうだろうな。そうだろうなって、思ってた」

 

 少し思案する様子を見せ、しかし躊躇わず、彼は質問をする。

 

「なんでだ?」

「憧れ、だったから……ヒーロー。特にオールマイトが」

「憧れだけで目指せるもんじゃない」

「そうだけど、できる限りのことはやっておきたくて」

「“個性”が出なくても雄英に来るつもりだったのか?」

「うん……自信はなかったけど」

「どうしてそこまで。ヒーローになったからって何が」

「轟君」

 

 感情的になろうとしていた焦凍を、出久の一言が止める。

 彼は不安そうな顔をしていた。

 我に返った焦凍は咄嗟に口を閉ざして、その視線を受け止めることを辛く思い、逃げるように視線を逸らす。

 

「何か、悩んでるの?」

「悩んでなんていない」

「ご、ごめん。辛そうに見えたから……」

 

 そう言われて焦凍は呆気に取られて、思わず自分の顔に触れてみた。

 表情が乏しい自覚はある。笑うこともなければ驚いて顔を歪めることもない。前に泣いたのはいつだったのかもう覚えていなかった。

 辛そうに見えたと言われてわずかに動揺する。

 そんなはずはない。反射的にそう思う自分に気付いて、思考を放棄した。

 

「お前が気にすることじゃない」

「わかる、気がするんだ。(たす)けを求めてる人の顔が」

 

 そう言った彼にも動揺はあったはずだ。不安そうに、けれど強い意志を感じる表情で、今にも泣き出しそうだと誤解してしまうがおそらくは違う。

 (たす)けたいとでも言うつもりなのか。

 すでに平静を取り戻していた焦凍は、興味を持ったわけではない。だが聞いてみようと思った。

 

「その、僕の勘違いかもしれないし、そう思いたいだけかもしれない。余計なお世話なのかもしれないけど……自分がそうだったから。手を差し伸べてほしいんじゃないかって、思う時がある」

 

 躊躇いはあったが戸惑いはない。嘘をついていないからだろう。

 出久はぐっと力を入れて、見定めようとする焦凍の目を見つめ返して言った。

 

「そういう人たちを(たす)けたくて、ヒーローになりたいって思ったんだ」

「俺が、そういう顔をしてたって?」

「うん……僕にはそう見えた」

「勘違いだ。俺は(たす)けなんて必要としていない。自分の力でなんとでもする」

「そう、かな。知られたくないから、言いたくないからそう思ってるんじゃないかな」

 

 焦凍は咄嗟に視線を外した。途端にハッとして出久が俯く。

 

「ごめん。踏み込み過ぎた、よね」

「別に……」

「無理に聞き出したいわけじゃないんだ。ただ」

 

 口籠り、言い淀む。今更何を言えば信じてもらえるというのか。迷いは生まれていたがこのまま黙って別れるのだけはまずい気がする。

 意を決して、出久は視線を外す彼の横顔へ言った。

 

「ただ力になりたいんだ。今の僕じゃ轟君の悩みを解決することはできないかもしれない。でもこのまま放っておくと、轟君が辛いだけじゃないかって思うから」

「俺は、辛くなんてない」

「もっと話したいよ。轟君と、色んなこと」

 

 迂闊には振り向けなかった。しかし不思議とどんな顔をしているかは想像できる。

 だめだ、と咄嗟に言葉が浮かんだ。

 焦凍は目を閉じ、思案する。しばしそのまま動かなくなり、出久は何も言わずに見守って、彼が考えた答えを聞くために待った。矢継ぎ早に言葉を投げかけることが必要なのではない。彼自身の答えが必要なのだろうと思う。

 

 少し待って、焦凍がふうと息を吐いた。

 ぐるぐると回っていた思考と胸を満たす嫌な気分。どちらも落ち着かせて、普段の、彼らが知る自分として向き合える。ちらりと視線を向ければ、出久はどこか悲しそうな顔をしていた。

 

「“個性”が目覚めた時、どう思った?」

「嬉しかったよ。みんなに認めてもらえると思ったし……その、上手く言えないけど、認めてもらえた証がそれだったっていうか」

「“個性”があるからヒーローになれるって? “個性”があるから、友達って認めてもらえるってそういうことか? そんなの、認めてもらえたことにはならないだろ」

「そんなつもりは……」

「警察官とか、ヒーロー以外にやれることだってあったはずだ。“個性”がなくたって誰かに認めてもらうことはできる。人の役にだって立てるだろ」

 

 珍しく熱っぽく語りかけてくる様子だった。

 わからなくはない。それでも、出久は苦笑した。

 

「でも、僕が憧れたのはヒーローだから」

「諦めたって、少なくとも俺は、笑わねぇ」

「諦めたくなかったんだ。笑われたっていいよ。誰かを(たす)けたい」

 

 意外だと思うほど頑固な態度だ。なるほど、だから彼はここに居る。“個性”の発現が遅かったのに雄英へ入れたのはその強い気持ちがあるからだろう。

 恐ろしくさえ感じられた。

 きっぱりと言い切る彼の姿にわずかな恐怖と、そして同時に羨望を覚えた。

 

「僕が(たす)けたいから(たす)けるんだ。今も昔も、考えてるのはそれだけだよ」

「自分が死んだら、どう思うんだよ」

「誰か一人でも(たす)けられたら、それでいいかなって」

 

 狂気の沙汰だ。自覚もありそうだった。

 照れたように笑ってそう言う彼に対して眉間に皺を作り、妙に悔しく思う。

 焦凍は言葉に詰まって俯いた。

 

「俺は……」

 

 見下ろしたのは自分の左手。

 自分の髪が、左半分は赤毛であることを知っている。生まれた時にはその色だった。右半分は混じりけのない美しい白であり、これらは何も意味がないわけではない。

 感情が押し寄せる。吐き出したくて堪らないほど胸が苦しくて息が詰まった。

 

「ずっとそう思ってたわけじゃない。だけど」

 

 気付けば彼は自分の本音を吐露していた。

 見たことがない表情で、初めて耳にする慟哭。静かな声だが感情は爆発するかのようだ。

 出久は目を見開き、唯一その言葉を耳にしていた。

 

「俺は、“無個性”に生まれたかったって、思ってた……」

 

 言ってからハッと我に返って、慌てて視線を上げる。

 出久は見るからに感情移入しているだろう表情でこちらを見ている。だから言いたくなかった。事情を知って尚更言ってはいけないことだろうと思ったのだ。

 顔を背けて、歩き出そうとした。しかしそのまま逃げてはいけないとも思って、勝手に動き出した足を強引に止め、教室を出る前に背を向けたまま話す。

 

「わりぃ。お前に言っていいことじゃなかったよな」

「そんなことないよ……ありがとう」

「なんで」

「本音だったんでしょ? 聞けて嬉しかったから」

 

 今は振り返ることができない。表情を確認することもできなかった。

 聞いている限りは、嬉しそうな声、だろうか。

 昔から人付き合いは苦手だった。こういう時に経験の浅さが出てくる。声を聞くだけで相手の気持ちがわかればいいのに、残念ながらわからずにいる。

 

 教室を出ようとした焦凍であったがすぐには離れられなかった。出久が話しかけるのを期待していたのかもしれない。

 どこを見るわけでもなく、彼が教室の中に意識を集中させていたのは確かだった。

 

「轟君に何があったのか僕はわからない。だけど馬鹿にしたり笑ったりしないよ。轟君だって僕にそうしなかった」

 

 嘘つけ。俺がそうしてもお前はそうしないだろう。

 咄嗟に思ったが告げられずに、焦凍はただ彼の言葉を聞く。

 

「話せる時が来たら話してくれないかな。僕には解決できなくても、それで少しは楽になるかもしれないし、自分の中で整理することはできると思うんだ」

 

 あと、と付け足して、彼は無邪気な声で言った。

 

「そういうのを抜きにしても、轟君と仲良くなりたいんだ。本音だけじゃなくて、友達みたいにどうでもいい話とか気軽にしたい」

「なんで、そこまで……」

「クラスメイトだしさ。すごい“個性”持ってるし、何が好きなのか知りたいし……そういう理屈みたいなことだけじゃなくて、ただなんとなく、友達になりたい」

 

 ますます振り向けない。そう思った。

 そんなことを言われたのは記憶にある限り初めてだった。

 誰もが知っているはずだ。自分の出自を。あまりに有名過ぎてどこへ行っても話題にされ、それが自分にとっての当たり前で、彼だって知っているはずだ。相応の扱いは何ら不思議ではなくて、孤高になりたかったわけじゃない。孤独であれと周囲に強要されただけだ。

 今、自分がどんな顔をしているのかわからない。

 

「あのほら、僕中学時代友達ゼロだったからさ。かっちゃんは幼馴染だし、“個性”が目覚めたから高校デビューでようやく友達ができたんだ。だから一人でも多い方が」

「俺もだよ」

「え?」

「俺も友達なんてできたことなかった。今までずっと一人だった」

 

 出久にとっては意外な話だった。

 幼少期、爆豪は優れた“個性”を持っていたことで同級生に憧れられて、機嫌を損ねないようにと気遣った可能性も捨てきれないとはいえ、多くの人が集まっていた。結局は彼が気に入らなくて大半を蹴散らしてしまい、ほとんど寄り付かなくなったものの、同様のケースであれば焦凍もたくさんの人に憧れられていたのではないかと思っていた。

 事実彼は冷静で、自身は無口だが他人に話しかけられれば無視はしなくて、爆豪よりも人間的に優れていると、出久は口に出さないだけで初めて出会った時から思っていた。

 

 それに彼は家柄も特殊だ。遺伝した“個性”も優れていて、お金には困らなかったはず。何の不自由があるのだろうと思った時、先程の発言を思い出して納得してしまった。

 それが嫌だったのか。

 受け継ぎたくなかったのだ。だから“無個性”に生まれたかった。

 

「俺と話したって面白くもなんともないぞ」

「それは、僕も同じだよ。友達居なかったし。それに面白さが欲しいわけじゃないんだ」

「そうか……俺もだ」

 

 先程と比べていくらか明るい声だった。

 わずかに振り向き、焦凍はやっと出久の顔を見る。

 

「緑谷」

「何?」

「また話そう。今度は、友達みたいなどうでもいい話を」

「うん。楽しみにしてる」

「楽しみにはするな。プレッシャーになる」

「あ、うん。わかった」

「じゃあ、また明日」

 

 歩き出して姿が見えなくなる寸前、焦凍は確かに薄く微笑んでいた。

 今はまだ話したくないのかもしれない。けれど可能性がないわけじゃなさそうだ。

 彼を見送っても出久は動き出せずに、自分の席の隣に立って思案する。

 

 恵まれた環境にあるからといって、優れた“個性”を持っているからといって、誰しもが幸せになれるわけではない。それぞれに事情があってそれぞれ考えることは違う。

 自分はかつて、“個性”が欲しくて堪らなかった。今の世の中の普通になりたくて、それがないとわかった時には目の前が真っ暗になったほどだ。

 その一方、“無個性”に生まれたかったと言う人物に初めて出会って、考えてしまう。

 彼らのように、(ヴィラン)に襲われていなくたって困っている人は居る。誰にも話せない悩みを抱えて生きている人は実在している。ならばヒーローは、何を為すべきなのだろう。

 

 頭が重くなる思考に嫌気が差して思わず振るった。

 パッと目を開けるとなぜか焦凍が教室まで戻ってきていて、すんとした顔でこちらを見ていた。

 

「忘れ物、したんだった」

「う、うん」

 

 再び自分の席へ移動し、机の中にあったスマホを取ってポケットに入れる。会話に夢中になっていつしか忘れていたのだろう。

 今度こそ回収した後、再び出入り口まで移動してから彼はわずかに振り返った。

 

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 

 そう言って焦凍は再び先に教室を後にした。

 見送ってからもぽかんとしていた出久は時間をかけて理解し、思わず声に出す。

 

「轟君って、実は天然……?」

 

 問いかけても答えてくれる相手は居なかった。

 それは明日以降も関わりがあればいずれわかることだろう。

 気を取り直した出久は、そう思って焦凍から少し遅れて教室を出たのである。

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