どうやらデクのハーレム展開   作:ヘビとマングース

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オールマイトが見守っている

 緑谷(みどりや)出久(いずく)、中学三年生の春。

 “無個性”だった彼は“個性”を得た。けれどそれはある日突然目覚めたわけではない。

 他人が持つ“個性”を継承したのである。

 

「“ワン・フォー・オール”は代々受け継がれてきた“個性”だ。聖火の如く人から人へ受け渡されて時代を跨ぎ、人を救うために使われてきた」

 

 そう語ったのは絶対無敵No.1ヒーローのオールマイトだった。

 幼馴染である爆豪(ばくごう)勝己(かつき)が襲われたヘドロ事件を経て、認められた出久は彼にまつわる真実を聞かされた後、その“個性”を継承した。

 病院で“無個性”だと診断された人物が後に“個性”を発現させる事例は、実のところない。

 彼が言うところによれば“ワン・フォー・オール”について知られてはいけないらしい。“個性”が目覚めたという話は、継承した出久が狙われることを防ぐための措置だ。

 

 世の中には報道されることのない巨悪が潜んでいる可能性が常にあるのだという。

 事実、オールマイトは世間に公表されない事件で後遺症が残るほどの大怪我を負った。

 もうすぐNo.1ヒーローのオールマイトは活動を終える。徐々に力が落ちており、やがて戦うことはできなくなる。その前に“個性”を継承する必要があった。

 

 見出された出久へ“個性”を譲渡し、雄英高校の入試が行われるまでの数ヶ月間で、“個性”を体に馴染ませて多少なりとも制御できるようになる必要がある。

 その期間に、二人は語り合う機会があったのだ。

 

「君は本当に、私に似ているなぁ……」

 

 “ワン・フォー・オール”に慣れるついでに肉体を鍛える意味も込めて、修行の第一歩として与えられた課題はゴミを不法投棄された海岸の掃除だった。

 ヒーローの活躍とは本来社会への奉仕。面と向かって褒められずとも、たとえ報酬がなくとも自分の意思で世の人々のために動く。それが元来のヒーローだ。そこで出久は毎日“個性”を使ってゴミを運び、海岸を美しい姿に戻すべく努力していた。

 

 休憩のために砂浜で座り込み、沈みゆく夕日など眺めていた時だ。

 隣に座ったオールマイトは、ヒーローとしての筋骨隆々の肉体、自信に満ち溢れた笑み、口を開けばやけに轟く声を持っていなかった。

 

 トゥルーフォームと称する本来の姿はとても貧弱なものだった。骨と皮だけのようなやせ細った体は胃の摘出により物を食べられず、体には大きな傷跡が残り、ちょっとした拍子にせき込んだだけで吐血してしまう。風が吹けば倒れてしまいそうなほどに弱々しい。

 すっかり見慣れたその姿のオールマイトの隣に座って、出久は海を眺めている。

 

 いつも鼓舞してくれる声とは違っていた。

 静かな声色でぽつぽつと話す。時折そうする彼はとても優しい声だった。

 

「私もよく無茶をして怒られたよ。昔から、というより今も変わらないかな。(たす)けたいと思うとそれしか考えられなくなって、気付いた時には体が動いてしまっている」

「え? それは、えっと……」

「爆豪少年に聞いたんだよ。この姿の私と君が一緒に居るところを見たそうでね。私がオールマイトだとは夢にも思わなかったみたいだけど」

 

 はははと小さく笑うものの、出久の顔に笑みはない。

 彼は本当に表情がわかりやすい。思っていることが意識せずとも素直に出てしまって、きっと嘘がつけないのだろう。それで苦労することになりそうだと思う一方で、絶対に矯正しなければならないとも思っていない。そんな彼だからこそ継承に値すると思ったはずだったからだ。

 

「私が君を選んだのは、君ならば私のようなヒーローになれると思ったからだ。君こそが相応しいと思ってワン・フォー・オールを継承した」

 

 出久は真剣な顔で聞き入っている。オールマイトは海を見ていた。

 

「“個性”抑止社会となって、いくらヒーローや警察が頑張ってもこの世から犯罪を根絶することはできない。いつかどこかで誰かが“個性”を悪用しようとする。私はヒーローになる前も後もそうした現場を見てきた」

「はい……」

「この社会には平和を象徴する大黒柱が必要なんだ。そう思って私は必死に努力し、心配する人々の前で敢えて笑って、安心させるために尽力してきた。それがヒーロー“オールマイト”の軌跡だと思っている」

 

 出久は笑い飛ばしもせずに頷いて同意した。

 幼い頃からファンとしてずっと見ていた彼だ。その活躍は誰よりも知っている。表沙汰にされた事柄のみとはいえ、彼の活躍を誰よりも楽しみにしていた。

 

「それでも決して完璧なヒーローじゃない。数え切れないほどのミスがあったし、救うことのできなかった命だってある。私の腕の中で息絶えた人だって居るよ」

 

 ぐっと、歯を食いしばった。

 辛い話だ。だがヒーローになるのならそうした状況は免れない。

 人を救う現場に立つということはそれ相応の現実を見ることになる。どんなに優れたヒーローでも全てを救えるわけではない。

 誰よりも尊敬を集めるオールマイトが言えばこそ、より心に重くのしかかった。

 

「君は、今もまだスタートラインにさえ立っていない。そこへ向かうまでの道筋だ。それでも私は君を選んだことを後悔していない。ただ、今は少し心配しているよ」

「どうして、ですか」

「私と似ているせいかな。爆豪少年に聞いた話が頭から離れない」

 

 どちらも膝を抱えて座っていた。

 出久は彼から視線を外して海に目を移し、ぎゅっと膝を抱える腕に力を込める。

 

「君は自分が傷つくことよりも誰かが傷つく方が嫌なんだろう?」

「はい……そうだと思います」

「言い換えれば、他人が傷つくくらいなら自分が傷つく方がいいと思ってる」

「はい」

「私と同じだ。それでよく怒られた」

 

 くすりと笑って優しく伝えられ、それが自分に対する注意なのだろうと、出久は悟っていた。

 

「悲しそうにしている顔を見るのがすごく嫌でね。なんとかできないかって思うんだ。子供の頃から悪口を聞くのも好きじゃなかった。誰かを笑顔にするのが好きで、決して面白いことをしようなんてことはなかったけど、(たす)けられるものなら(たす)けたいと思っていたよ」

「僕も、そんな感じです」

「その規模が少し大きくなっただけなんだ、ヒーローは。困っている人が居るから(たす)けたい。そもそもの根本は同じだ。火災が起こったビルの中から数十人を外へ連れ出すことと、道に迷っているおばあさんの手を引いて歩くことは私にとって等しいんだ。どちらの方がすごいとか、褒められるべきかなんて話じゃない。(たす)けると決めたから行動する。それだけだよ」

 

 出久はいつしか笑みを浮かべていた。

 自分が憧れてやまなかったヒーローはやはり想像した通りの人物だった。困っている人ならどんな人でも(たす)けてしまう絶対無敵の英雄。彼はそんなことはないと言って、自分を完璧なヒーローなどではないと言い、それも嘘ではないのだと思う。けれど彼に憧れた気持ちは今も変わらない。

 

 オールマイトはそこに居れば、(ヴィラン)退治も災害救助も、ひったくりの逮捕も、おばあさんの手を引いて横断歩道を渡ることも、親とはぐれた迷子の子供の保護も行う。どんな場面においても手を抜かない。困っている人を見捨てたりしない。

 出自や性格や状況によって差別せず、どんな人でも(たす)けてしまう。

 そんな彼にこそ憧れたのだ。

 

「君もきっとそうなんだろう」

「僕は、そこまで大したことはできませんでした。“個性”もないし、根性がなくて、ビビりだから結局誰かに(たす)けてもらってばっかりで」

「だけど君が動いたからこそ誰かが動けたシチュエーションもきっとあるはずだ。寒い冬の夜に犬を救おうと川へ飛び込んだり、いじめられている子を逃がしてあげたり、“無個性”の君がそうして誰かを(たす)けてきたんだろう?」

「あはは……でもやっぱり自分でできることは限られてて、いつも最後はかっちゃんが(たす)けてくれてたんです。だからかっちゃんは、僕にとってのヒーローなんです」

「君も誰かにとってのヒーローになっているよ。だからこそ心配なんだ」

 

 オールマイトが振り向いたのに気付いて出久も顔を動かした。

 心配しているであろう眼差しで見つめられて何も言えなくなってしまう。

 

「再三注意を受けていたのに、私は一人で無茶をしてしまった。今にして思えば、あの時は死んでもいいとさえ思っていたのかもしれない。人類にとっての巨悪を打ち倒すことができれば、人々はきっと幸せになるはずだと。自分の影響力だとかそんなものは頭の中から抜け落ちてしまってね。戦いが終わった後でこっぴどく叱られたよ」

「それは、僕もそう思います。オールマイトが死ぬのはあまりにも影響が大き過ぎる。今まで隠れてた(ヴィラン)だって、急に動き出すかもしれない」

「ああ。冷静に考えればそうだ。あの時は冷静じゃなかった」

 

 その結果が、これだ。

 そう言って彼は着ているTシャツをめくって、大きな傷跡を出久に見せる。以前にも見たとはいえあまりに惨くて、よく生きているなと思わず感心してしまった。

 シャツを下ろして、オールマイトは再び語る。

 

「君もこうなるんじゃないかと不意に不安になった」

「僕は、その、そこまで意気地があるわけじゃ」

「今までたくさんの人を(たす)けてきたのだろう? その中で怪我をすることもあった。死んでもおかしくない状況もあった」

 

 爆豪が伝えたのだろう。常日頃から出久を心配する彼だ。目を離してしまうと、自分の見ていないところで死んでいるかもしれないと不安を抱えている。監視するように出久と共に行動する習慣がついたのはそのためだった。

 近頃はオールマイトとの関係、“個性”の継承を隠すため、適当な言い訳で放課後だけはどうにか逃げているものの、トゥルーフォームのオールマイトに会ったのならやはり心配で見に来たのだ。

 また謝っておこうと出久は決める。

 

「今までは私が戦う立場だった。この命をいつ落とすことになろうとも構わない。ヒーローになると決めた時そう思った。師匠の言葉を捻じ曲げてでもね」

「前の、ワン・フォー・オールの継承者ですね……」

「ああ。彼女は私に大切なことを教えてくれていたのに、彼女を失った痛みに耐えかねて、私はその言葉を正面から受け止めようとはしていなかった」

 

 淡々と話そうとしているが表情を見るだけで伝わってしまう。

 ひょっとすると隠そうとしていたのかもしれない。それでもなんとなく察してしまう。

 彼はきっと後悔していた。でもその後悔を抱いたまま前へ進もうとしている。自分と同じ過ちをさせないために、出久を座らせて聞かせているのだ。

 

「君を選んで、“個性”を継承して、ようやくみんなが言っていたことがわかったよ。私は君を失うことが怖い。周りに居た人がしょっちゅう私を叱っていたのは、私が死んでしまうのが怖かったからなんだ」

 

 ふうと息を吐いてやれやれと首を振るう。

 物言わぬ静かな海を眺め、彼はわずかに寂しげな声を出した。

 

「考えてみればそりゃそうだろうって思うのにな。私はどこか、自分が特別だと思っていたのかもしれない。それと同時に、自分だけが特別じゃないとも。私が死んだら、その死が他のヒーローを焚きつけて新たな“平和の象徴”が生まれるのではないかと思っていた。常に自分の代わりが居ると信じてやまなかったし、けれど私の死には意味があるはずだってね」

「それは、なんだか悲しいです……」

「ああ、そうだ。みんなそう思ってた。気付いていないのは私だけだったよ。どうしようもない大馬鹿者だったんだなぁ」

 

 オールマイトは確かに特別だった。だからこそ彼を助けるために自ら命を差し出す者も居たし、そんな彼らを見ていると自分もそうしなければならないのだと思っていた。今まで自分のために犠牲となった命に報いるため、いつでもこの命を使う覚悟でなければならない。

 それを認めてくれない仲間に苛立ちを覚えたことがあって、そのせいで仲違いした人も居る。

 だんだんと周りから人が居なくなっていく度、胸の痛みは大きくなる一方だった。

 

「私は君に、私のようになってほしいと言った。平和の象徴、ヒーローが居るからみんなが笑顔で暮らしていられるのだと」

「覚えてます。継承した日に、オールマイトみたいになりたいって言って」

「だけど今は違う。私のようにはなってほしくないよ」

 

 複雑な言葉だった。

 憧れだけではやれない立場だ。彼は今まで多くの痛みを抱えて生きてきた。その姿を目指す自分もきっとそうなる。

 それ故に、オールマイトは敢えて自分にその言葉を伝えるのだ。

 

「君はこれからたくさんの人と出会う。友達も、仲間も、ライバルも、好きな人ばかりじゃないが大勢の人に囲まれて生きることになる。ご家族もそうだ」

 

 出久は頷き、素直に受け入れる。

 

「君のことだからきっと体は勝手に動いちゃうのだろうな。多少の無茶は許そう。だけど忘れないでほしい。君が死ぬとすごく悲しむ人たちが居るんだって。自分だけが傷つくのは平気、そう思い込むとみんなが傷ついちゃうんだって」

 

 きっと自分の経験から来るアドバイスだ。

 そうしていたから彼には数え切れないほどの後悔がある。自分と同じ道を歩んでほしくないからこそ敢えて口にしている。

 

「私もそうだ。付き合いは短いが君を失うのはすごく嫌だ。君だってそうだろう?」

「はい……オールマイトが死ぬのはすごく嫌です」

「同じだよ。私たちはみんな」

 

 継承するのは、“個性”だけではない。

 彼に認められたのだと本当に思えたのは今この時だった。

 

「死なない覚悟をしてくれ。どんなに辛くても前が見えなくても、諦めずに進み続ける決意を固めてくれ。現実のヒーローの道は暗く厳しい。だがそれでも生き続けた者こそ、誰かを(たす)けることができる本当のヒーローになれるんだ」

 

 出久は、オールマイトが与える全てに大きな衝撃を受けて、やがて力強く頷く。

 

「わかりました。忘れません」

「ああ……大丈夫。君一人で頑張れなんて言わない。私が傍で支えよう。ワン・フォー・オールの残り火が潰えても、君は私が導くよ。いつか、一人で自分の道を歩けるようになるその日まで」

 

 よかった、と安堵した。

 その日まではずっと傍に居てくれる。

 子供心に憧れ、常に目指していた人だ。教えてほしいことは山ほどある。

 ようやく安心した笑みを浮かべた出久を見て、オールマイトは優しく頬を綻ばせ、まるで我が子にそうするかのように頭に手を置き、撫でてやった。

 雄英高校に入学する何ヶ月も前の出来事だった。

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