USJへようこそ
その施設を始めて利用するのは四月も終わりに近付く頃だった。
学校でコスチュームに着替えてバスに乗り、およそ三キロ程度の距離を移動して、見上げるほど大きな建物に入ってみるとまるでテーマパークではないか。
何も遊びに来たのではない。生徒を喜ばせるために遊園地を建てたわけではない。
今日は災害や事故が起こった際の対処法を、より実践に近い形で学習する。
応急処置の方法、怪我人の運び方、災害時におけるヒーローの行動マニュアルなどは以前から授業の中で教わっている。その知識を実践に生かす最たる機会がこの場であり、不必要なほどに豪勢に思えるその施設には雄英高校の威光を知る生徒たちですら驚いていた。
「ようこそ1年A組のみなさん。ここは“ウソの災害や事故ルーム”です」
「USJだ!」
「怒られる名前!」
集った生徒たちの前に立ったのは宇宙服を着た人物である。
スペースヒーロー、13号は災害救助において特に秀でた活躍をするプロヒーローだ。災害救助に関する授業を行うのに最も適した人材だと言えるだろう。
その活躍を知り、憧れを抱く生徒は一言発するだけで目を輝かせる。
一際わかりやすいのは、当然の如くヒーローオタクの緑谷出久と、13号に強い憧れを持つ麗日お茶子の二人であった。
「今日はこの施設を使った実習になります。実習を担当するのは三人。この僕13号と、みなさんの担任である相澤先生」
13号が手で指し示したのは長い黒髪に無精ひげ、血色が悪くて目が死んでいる、見るからに怪しい人物だった。初めて見た時はどこから学校に迷い込んだのだと思ったものだが、生徒たちは彼こそがヒーロー科A組の担任、
担任として当然同行している彼は13号に説明を任せ、ポケットに両手を突っ込んで黙っている。
紹介の必要はないだろうと思いながら彼の名前を告げた後。
13号は左手を下ろして、今度は右手で自身の右側に居る人物を示す。
「そして――」
「私が! 普通に来ていた!」
ストライプの入った黄色いスーツを着た大男が、筋肉隆々の体にぐっと力を入れ、ポーズを決めて主張する。その姿を見るだけで生徒からおおおと歓声が上がった。
彼こそは日本における絶対的No.1ヒーロー、オールマイト。
不可能を可能にする男と呼ばれ、これまでいくつもの奇跡を人々に見せて希望を与え、揺らぐことのない平和の象徴として長年君臨し続けている。画風が違う、とは言われ慣れた言葉で、彼が笑えば平和の訪れだと半ば伝説的に語られていた。
今年度より雄英高校の特別講師に就任したという話は大きなニュースとなった。
市民にとっては平和の象徴。巷を騒がせる犯罪者や
オールマイトが動けば日本が動く。
ただの噂か、それとも真実か。
どちらにせよ、近頃の彼はひどく悠然と雄英高校まで通勤できていたようだ。
「もちろん今日みなさんに学んでもらうのはあらゆる事故や災害における対応。ですが、その前にまずお小言を一つ……二つ……三つ」
話している途中から立てる指を一本ずつ増やされる光景に一同がごくりと息を飲む。一つだけかと思いきや意外に多い。だが初対面の間柄で口に出して指摘できるはずもなく、ただ指が増えていくのを眺めているだけだ。
オールマイトがうんうんと力強く頷く一方、合理的思考を好み、不合理を嫌う相澤は最初から総数を言ってから話し始めてほしそうに目つきを悪くしていた。
「みなさんはすでに日々の授業で人命救助に必要な知識と行動を学んでいることと思います。自分自身の“個性”を上手に扱う訓練も。今日はこの場でより実践的にその二つを行使してもらいます」
13号の語りにA組の生徒たちは静かに聞き入っていた。
しんとした重苦しい空気の中で軽やかな声はわずかに弾むかの如く、けれど真剣で、胸の内まで真っ直ぐ届けられるかのよう。
指を立てて数えながら、13号はゆっくり丁寧に聞かせている。
「君たちが持つ“個性”は非常に多彩で様々なことができるでしょう。使う人の意思次第では人を
それは今の社会の危険さを伝えている言葉でもあった。
総人口の大半が“個性”を持つ時代。誰しもが己の力を暴走させて誰かを傷つけてしまう可能性を秘めている。事故の場合もあれば、それが意図的である可能性もある。ヒーローが求められるのはそうした状況が前提となっているためだ。
「みなさんはヒーローを目指して雄英に来たことと思います。君たちの力は、人を傷つけるためにあるのではない。
生徒たちの顔つきが変わっている。時間を使って語って聞かせたのは意味があったようだ。
「この授業では人命を
「13号……悪いが授業は中止だ」
生徒一同が元気よく返事をしようとした矢先、長らく口を閉ざしていた相澤が、普段に比べてもずいぶん冷たい声で呟く。
全員の視線が動き、大階段の下にある広場へ向けられた。
黒いものがある。
渦を巻くようなそれは空中で一気に広がり、暗闇が作られた。
その奥から、ずるりと、闇に紛れて人の姿が現れる。
不気味な外見の人々が数名。要救助者役か、と誤解する者が数名居たが、多くの生徒がその姿に恐怖を覚えた。
彼らの視線を遮るかのように三人が動く。
オールマイトと相澤が一番前に立って生徒たちを背に庇い、13号が生徒を逃がすために彼らへ近付いて移動を始めさせようとする。
事態は、どうやら誤解していられるほどの猶予はないようだ。
「せ、先生? あれ――」
「みなさん外へ出ますよ。慌てず素早く、冷静に」
「応援要請を頼む」
「ここは任せてくれ」
「センサーが作動していません。妨害の可能性がありますから、場合によっては少し時間がかかるかもしれませんが……」
「生徒の上鳴電気が“帯電”の“個性”を使う。必要があるなら協力を頼め」
「わかりました。では――」
「困るなぁ」
プロヒーロー三名の行動は迅速だった。
あれはまずい。そう察した時には生徒を施設の外へ逃がし、唐突に、何の前触れもなく現れた襲撃者の相手は自分たちがする。そう決めてから打ち合わせを必要とせず、話し合うよりも先に体が動いて行動していた。
オールマイトと相澤はすでに臨戦態勢。いつでも迎え撃てる状態にある。
13号は救助を主な活動としており、不可能ではないが戦闘においては二人に道の先を譲る。生徒たちを守ることを優先していた。
その時、決して大きくはない声が、やけに耳に残った。
ぞわりと総毛立つ。生徒たちの多くが言葉を失った。
ずらりと並ぶ顔ぶれの中央、一際目立つ風貌の人物が居た。
服装それ自体は非常にラフで黒いシャツとズボン。薄い水色の髪で、体型からして男。年齢はおそらく若くて十代の域を出ないだろう。だがそうした何もかもを差し置いて、最も目につくのは彼の顔や体を握るようにして取りつけられたいくつもの手だ。白色のそれは本物ではないと思いたいが形からして人間のもの。
幽鬼の如くゆらりと動く彼が声を発したらしい。
張り付くように顔面にある手の指の間から大階段の上を確認して、気だるげに息を吐く。
ぼそぼそと、大きくはないが不思議とよく聞こえるその声で語りかけてきた。
「ちゃんと居たなぁ、オールマイト。まずはよかった。でもこのままだと困るよ……生徒に逃げられるのは嫌だなぁ。予定が狂っちまう」
「先生!? あれってまさか……!」
「ああ、
「我々がなんとかしよう。時間はないぞ。さあ早く!」
相澤とオールマイトが硬直して立ち尽くす生徒たちを急かす。
きっと彼らも感じているのだろう。良からぬ気配だ。何とは言えないが町で強盗などをする小悪党とは明らかに違っている。
いくつもの手を付けた男がガリガリと首筋を掻いている。気だるげで、すでに疲れていそうで、多くを語らずとも苛々している様子が伝わっていた。
その傍に控える者、人数は多くない。だが見るからに異形だ。人の姿をしていないそれらは果たして“個性”によるものなのか。その謎もまた彼らへ恐怖を感じさせている。
「まずは説明しなきゃ……でも先生方が邪魔なんだ。そうだろう? 黒霧」
「ええ。特に黒い男、ヒーロー名“イレイザーヘッド”。彼が最も厄介です。己の目で凝視している間対象の“個性”を消し去る“個性”なのだとか」
「それは困るなぁ。黒霧の“個性”を消されたんじゃ逃げられないし始められもしない。まずはあの先生をどうにかしなきゃいけないんだよ」
手の男の隣には体から黒い霧を発する長身の人物の姿があった。人であるかさえ定かではないその外見はおそらく異形型の“個性”だろうと予想される。
今にも何かしでかしそうだ。猶予はない。
彼らの会話を聞いて自身が狙われるだろうと知った相澤は、それなら好都合と判断し、背を向けたまま13号に避難を急がせた。
「お前ら避難開始だ! 建物から出て迅速に退避! 間違っても戦おうなんて――!」
「先生っ! 後ろォ!」
気付いたのは従うために指示を聞いていた切島だ。
注意は空しく、背から衝撃を受ける。
ほんの一瞬の出来事だった。相澤の影から薄い刃のような物が飛び出し、真っ直ぐ伸びて相澤の胸元を貫通して、体の前面に突き出てくる。
誰もが呆気に取られる中、
自らの手を見下ろした霧の人物、
考えもせずに動いていたのが三人。
最も近くでその光景を見た切島、敵意を剥き出しにする爆豪、まずいと察した出久だ。
全員が一斉に影へ飛び付くのだが、それよりも早く、貫通した影の一部が体を引っ張って相澤を影の中へ引き摺り込む。とぷん、と水面のように地面の影が揺らいで相澤の姿が消える。
最初からそれが目的だった。相澤を刺すことより連れ去りたかったのだ。
「やりますね。流石はプロヒーロー」
「なんだよ、もうバレちゃってるじゃん。これヤバいな」
気軽に話す二人の足元、手の男の影からずるずると相澤の体が現れる。
傍らには黒い体の異形の姿。細身で背が高く、なぜか脳が剥き出しになっていた。
相澤は生きている。攻撃は受けたがせき込んで血を吐き、意識がある。だが黒い異形に頭を押さえられると誰も視界に入れられないよう俯いた状態で固定されていた。彼の“個性”が使われるのを嫌っての行動に間違いない。
相澤消太は、時として厳しく、怖いと感じる瞬間も多々ある教師だった。だが一ヶ月近く彼の下で授業を受けていれば、彼が生徒を立派に育てるために厳しく接しているのは伝わっている。合理的を求め過ぎて時としてめんどくさいが、それもまた見ていて面白い部分だった。
その人が、血を流して倒れ、あまつさえ敵に捕まって押さえつけられている。
これは訓練などではない。紛れもなく本物の
生徒たちに動揺が広がり、緊張か恐怖心か、その光景に身動きが取れなくなる。
急がなければ。そう思う反面、理性を失ってはいけない。怒りに支配されてはいけない。
オールマイトは生徒を守るため素早く
「みなさん、行きますよ! 相澤先生はオールマイトさんが
「そういうわけにはいきません」
先導しようとした13号の前に黒い霧が広がる。視界が黒く染まった。
咄嗟に後ろへ跳んで、呑み込まれることは避けたものの、広がったままのそれは出入り口を隠そうとしており、生徒たちを逃がさないつもりだ。
霧の中にわずかに光る目がある。先程の黒霧のもので間違いない。
「あなた方も予定に入っているんですよ。逃げられては困ってしまいますね」
「聞いても仕方ありませんが、何者ですか?」
「失礼。私は黒霧。
咄嗟に動いた人間が居た。
13号が素早く爆豪と轟の首根っこを掴んで制止する。倒すために攻撃しようとしたのだろうが悪手に思えてならない。相手の“個性”がわからない現状では手を出さない方が良いと考えたのだ。
これに不満を訴えたのが経験の浅い生徒だ。爆豪と轟は恐れを知らぬ様子で言い出す。
「何すんだよッ! 離せッ! こいつら敵だろうが!」
「先生がやられた。だがこちらの方が人数が多いだろう」
「いいえ、だめです。あなたたちは避難が最優先。戦闘は許可しません」
「だそうですが、如何です?」
黒霧が尋ねると手の男が発言した。
大階段を見上げて、そこに突っ立って動揺している生徒たちに告げようとする。
「よし、やっとルール説明だ。ゲームをしよう」
「ゲームだと?」
「そう身構えるなよオールマイト。説明が終わるまで手は出さない。だからさぁ、頼むから邪魔しないでくれ。ちゃんと聞かないとわからないだろ?」
暗く、底の見えない声。冷たくて感情が感じ取れず、それでいてどこか楽しそうだ。不思議とも不気味とも言える声でぽつぽつと語られる。
オールマイトは彼を最も警戒しており、迂闊には動けないと肌で感じ取っていた。
「俺たち今、“個性狩り”っていうのハマってるんだよ。裏路地でたむろしてるようないらねぇ奴らを殺して“個性”をもらってるんだ。それでこいつらを作ってる。組み合わせ次第で色々出来てさ、今日がそのお披露目なんだ」
「“個性”を狩る……? まさか、それは――!」
「ああ、あんたは知ってるんだよな。先生がよろしくってさ」
これだ。不気味に感じて手を出せなかったのはこれだったのだ。
思わず息を呑み、オールマイトだけがこの場で唯一理解していて、全身に力が入る。
手の男はへらへらと、冷たい声で楽しげに話を続けた。
「ここ、広いんだろ? 一つのエリアに一体ずつ送り込んでやる。あー……お前ら何人だ?」
「A組は生徒のみで二十名」
「そうだ、四人一組でいいんだっけな? 戦って生き延びろよ。それだけだ。もちろん負けたら死ぬから必死に頑張ってくれ。お姫様役はイレイザー先生だぜ」
事もなげに言われてオールマイトが厳しい表情をする。
拳を握る。その挙動は見えていたはずだが相手が怯える様子は微塵も見られない。
「そんなことをして何になる」
「おいおい、もう言ったろ? これはゲームだ。俺たちはお前を殺しに来たんだが、生徒だけ逃がそうってわけにはいかない。だから俺が考えてみた。気に入ったか?」
「私を殺す、生徒を狙う、か……なるほど」
何かを察したのだ。オールマイトの全身から強烈な気迫が発せられる。
大気をびりびりと震わせるそれは普段の朗らかな笑顔を知る生徒たちですら恐れさせた。
「あいつで間違いないんだな……!」
「怒るなよ。寿命縮むぜ」
「みんな!」
オールマイトが生徒に振り返る。その時にはいつもと変わらないにかっと笑顔があった。
「ここは私に任せて、先に外へ出て待っていてくれないか。大丈夫。相澤君のことも君たちのことも心配ない。なぜって? 私が来ているからだ!」
「いいや、だめだね。もう予定は決まってる」
ドンっと大きな音が響いた。
驚きもせずにオールマイトが振り向き、すかさず拳を振り抜く。
すでに眼前まで迫っていた巨体、大柄な黒い体の脳無が拳を振るう前に攻撃を当て、一息に殴り飛ばす。彼の攻撃で風が生まれ、オールマイトと同等の巨体が一直線に空を駆けた。
その直後、別の黒い脳無が彼の影の中から飛び出した。
先程は生徒を優先するあまり虚を突かれた。だが自身を狙うなら遅れない。
素早く回転するオールマイトが裏拳を叩き込み、直撃した脳無の体は泥のように破裂する。
視線は素早く動いた。
その時にはすでに黒い霧が広がっており、目の前の光景が変わっている。
「ゲームスタートだ」
黒い霧が晴れた時、そこにはすでに生徒たちと13号の姿はなかった。