黒い霧の中から放り出された時、四人の生徒は強風吹き荒れる大雨の中に居た。
施設の外へ出されたわけではない。
ウソの災害や事故ルーム内部“大雨・暴風ゾーン”。視界を遮る大粒の雨、立っているだけで辛い暴風の中での救助活動を訓練するための場所である。
「どうしたのデク君! 大丈夫⁉」
当の本人は顔面蒼白になって地面に膝をつき、声が聞こえていないかのように呆然としている。
何かショックなことがあったらしい。それは察したが、理由がわからずにお茶子は混乱した。
「デク君ってば!」
「え、あ……う、麗日さん」
「大丈夫? 顔色悪いよ」
「う、うん、平気だよ」
そう言って出久は立ち上がるものの、普段と様子が違っているのは明らかだった。
同じく黒い霧で飛ばされたらしい
「しょうがないよ。いきなり
「う、ううん。それは大丈夫。っていうか早いよ……」
「えっと、それで……これからどうする?」
出久の顔色が気になったとはいえ、個人に注目している場合ではない。
彼らは今、
自分たちは、他のみんなはどうなったのか。落ち着いていられる時間はなく、気掛かりなのは死柄木弔から聞かされた説明だ。
ゲームをしよう、と言っていた。
どこまで本気かは知らないが少なくとも
危うい状況だ。それ故に緊張感が走る。
「奴はゲームだと言っていた。そして俺たちに生き残れとも。おそらくここに
眼光鋭く、辺りを包む暗闇を睨んで
すでに彼は戦闘態勢を整えており、黒いマントで隠れて見えないとはいえ、どこから襲われようとも反応できるよう準備を終えている。
彼の発言に反応し、芦戸が驚く素振りを見せた。
「マジっ⁉ やっぱさっきのって本気なのかな? レクリエーションじゃなくて?」
「おそらく違うな。オールマイトの怒りは本気だった。先生方の態度は嘘とは思えない」
「本気の
今の今までどこか現実味に欠け、混乱していただろう芦戸が冷静に状況を理解し始めた。本当にヤバそうだと察して態度が一変する。
雄英高校には“個性”豊かな教師が大勢居る。本気の
「じゃあ、えっ、どうしよ? 先生
「落ち着け。不用意に行動するのは危険だ」
「そうだよ、落ち着こう。先生はオールマイトが
「なるほど! 確かに!」
途端に焦り始めた芦戸は再び冷静さを失いつつあるが、暴走をするわけでもなく、必死にみんなの意見を聞くことで落ち着いて行動しようとしている。
常闇は普段と変わらない態度。危機的な状況の中で自然に落ち着いているように見えた。
自身も確かな動揺を抱えながら、お茶子はまず同級生との合流を提案する。
意見を問うため出久に目を向けた時、彼の様子がおかしいことに再度気付いた。
「ねぇ、デク君。……デク君?」
出久からの返事はなかった。彼は俯き、一点を見つけて動かないままでいる。
怖がっている、緊張している、やる気に欠けている、そのどれでもない。ひどく緊迫した雰囲気なのは確かだがこの状況にではなく、何か別の事柄に対して思い詰めているように感じた。
明らかに普段の態度とは違っていて、お茶子は彼の肩にそっと手を置いた。
「デク君」
「えっ⁉ あっ、麗日さん、何?」
「……まずみんなと合流しよって、言ってたんやけど」
「ああ、そうだね。僕もそれがいいと思う。そうしよう」
心ここに非ず。かなり余裕がなさそうだった。
考える素振りさえ見せずにお茶子の意見に頷いて同意し、出久は、ここではないどこかを見ているかのようだった。しかしそれを指摘することはできず、緊急事態の今はひとまず先送りにして、詳しい話は後でしようとお茶子は思う。
方針を決めて、早速移動を始めようとした時だった。
周囲を警戒していた常闇が動きを見せる。
一瞬にして緊張感が増し、全員が反射的に身構える。
「そうしたいところだが、どうやらゲームは始まっているようだ。来るぞ」
「マジっ⁉
「そうだろうな。だが案ずるな」
光などほとんど存在しない暗闇の中で、常闇の肉体から黒い影が現れる。実体を得て意思を持つかの如く動き出した濃い影は、常闇に似た姿を得て存在感を増した。
常闇の“個性”は“
影を基にしたモンスターを操り、暗闇に潜む何者かに向けて腕を広げた。
「この冷えた闇……少しばかり制御が難しくなるが、
彼が言う通り、
そう理解している常闇は前方の暗闇を睨み付けて前傾姿勢になった。
「何より、俺の目は闇の歪みを見逃さない」
突然動き出した
伸縮自在な腕は瞬く間に闇に溶けて対象を探り、明かりと視界がほとんどない状況下、的確に獲物を捕らえてにやりと笑う。
「捕まえた」
「すごっ! 常闇すごそう! しかもかっこいい!」
「芦戸、麗日、援護を頼む。緑谷、
「わかった!」
パチンと自分の両頬を挟むように叩いて、気合いを入れ直し、出久が顔つきを変える。
それでもお茶子は心配していが、今はほじくり返している暇はない。
常闇の指示に従って全員がすかさず迎え撃つ準備を整えた。
(あれは多分、間違いなく、弔君だった……)
大雨で視界が悪く、足元が滑りやすい。吹き荒れる暴風で簡単に体勢が崩れてしまい、非常に戦いにくい状況ではあったが、出久は前に向かって走っていた。
作戦の要は常闇が務めて、芦戸が指先から酸を飛ばして牽制し、お茶子の“個性”で体を軽くしてもらった出久が一撃叩き込むために
敵は弔と黒霧が持ち込んだであろう、脳を露出させた黒い細身の謎の生物。
彼らは知らなかったがそれは
影に入り込み、また別の影から現れる、神出鬼没の“個性”を持っていた。
自らの“個性”を発動させ、人並外れた速度で疾駆する。
そうしながらも出久は険しい表情で思考せずにはいられなかった。
(どうして弔君がこんなことを……確かに、ヒーローが嫌いだって言ってたけど)
地面を蹴って跳び、ビルの壁を蹴ってさらに飛ぶ。
出久は流れるような動きで接敵する。
芦戸が大声を発しながら酸を飛ばして注意を引き、常闇が
出久は脳無へ飛び掛かり、拳を振り上げる最中にも考え事をしていた。
(だからってヒーローを、雄英を襲うなんて……! どうして……!)
脳無が出久の存在に気付き、腕を振るって迎撃しようとした。その瞬間、あらかじめ備えていたであろう
まるで飛行するロケットの如く、勢いを利用した強烈なパンチが打ち込まれようとしていた。
「スッ……マァッシュ‼」
当てられるタイミングだった。だが拳はまさか空を切った。
パンチを空振りした出久は呆けた顔をして、受け身を取れずに地面へ激突、わずかに滑る。
慌てて体を起こした出久は辺りを見回す。
ごうごうとうるさい大雨のせいで、音で居場所を探ることは難しい。さらに視界が悪く、強い風の存在がありとあらゆる匂いを消し飛ばしていて、入手できる情報がひどく少ない。
危機感を覚えた出久がぞっとした。余計な思考に囚われている場合ではないと悟る。
「デク君! 一旦集まろう!」
「う、うん!」
お茶子に呼びかけられて、すかさず駆け出して合流した。
四人で一塊となり、背中を合わせて周囲を警戒する。
「どうやら影を利用して移動する“個性”のようだ。肉体をも影にできるのか……?」
「なんかヤバそうじゃん! どこ行ったの⁉」
「問題ない。能力がわかれば俺と
辺りは暗く、情報を手に入れるのがひどく難しい。
そんな環境で常闇は自信を感じさせた。
闇を取り込んだ
ひどく空気が冷たい。暗闇は大きく空虚で、相手はどうやら影の中に潜む。どこから襲われるかわからないという恐怖が常に付き纏った。
そんな中でも常闇は冷静であり、そんな環境だからこそか、普段にも増して頼りになる。
「どうした緑谷。何か問題があったのか?」
「え、いや、別に」
出久の動揺は伝わっていたようだ。常闇が指摘すると芦戸とお茶子が反応した。
「緑谷平気? 大丈夫だよ! みんな一緒なんだからなんとかなるって!」
「う、うん。そうだよね。大丈夫」
「デク君、何か……気になることでもあるの?」
「ううん! 平気だよ! 今は、
そう言いはするが、出久が今この状況に集中できていないのは見るからにわかる。視線は
何か理由があるのだろう、と察するのに十分。
芦戸は混乱している様子で、気付いていないかもしれないが、常闇とお茶子は明らかにおかしいと悟っていた。
轟々と雨風が辺りの音を掻き消す。
気配を感じることができず、ある意味では静寂に包まれる。
そうした中で、誰よりも意識を研ぎ澄ませていたのは常闇だった。
「無駄だ」
突如
勢いよく掲げた手にはバタバタ暴れる脳無の姿があった。
ほんの一瞬の出来事。見事に捕まえた。微動だにせず視線だけを動かし、ギロリと脳無を睨みつけた常闇は、勝負を決するべく
「闇の中で俺の目から逃れることはできない」
ポイっと投げ捨てる動作で、脳無が空中へ放られる。
影の中へ逃げ込むのか、それとも自身が影になるのか。どちらにせよ空中では逃げ場などない。
猛然と襲い掛かる
グシャ、と強力な一撃により、脳無の体が潰れて泥のように飛び散った。
“個性”による回避か? そう疑いもしたが、地面に落ちた泥は水溜まりに混じり、回復する素振りはまるで見られない。確信を持つまで時間がかかりはしたものの、どうやらその一撃で決着がついたようだと察する。
厄介な“個性”ではあるが、耐久力はなかったのか。
襲撃がないことで一同は恐る恐る肩を下ろす。
「終幕か」
「すっごー! 常闇めちゃつよ! ヤバじゃん! もう勝っちゃった!」
「環境がよかっただけだ。闇を味方にする俺に対して、奴は闇に受け入れられなかった。深淵を知る者に敵うはずもない。これが当然の結果」
「よくわかんないけどすごいっ!」
常闇がはしゃぐこともなく、冷静に淡々と話す反面、芦戸は喜びを露わにはしゃいでいた。
一方、状況が落ち着いたことを知ってなお、出久の顔色は悪いまま。周囲の状況には目もくれずに考え事をしているようだ。
誰よりも早く気付き、心配するお茶子は彼の顔を覗き込んだ。
「デク君、大丈夫? 改めて聞くけど何かあったの?」
「あ……あの、僕は……」
呆然としていた出久はその声に反応し、恐る恐るという態度であったがはっきりと意思を示す。
「行かないと……オールマイトのところへ」
そう聞かされて、お茶子は怪訝な顔をしたが、出久は止まらなかった。
唐突に駆け出すと仲間の制止を聞かずに出口を目指そうとする。
明らかにおかしい。普段と違う。そう思わずにはいられない姿と表情だった。