どうやらデクのハーレム展開   作:ヘビとマングース

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土砂ゾーン

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 青山(あおやま)優雅(ゆうが)は必死に走っていた。

 どこともわからぬ場所へ飛ばされて、辺り一面が土砂と砂に埋もれた建物ばかり。

 たった一人で(ヴィラン)に遭遇してしまい、最初の攻撃を奇跡的に避けられた時点で慌てて踵を返し、普段の冷静さなどかなぐり捨てて決死の形相で逃げていたのだ。

 

「はっ、はあっ、どうして……どうして僕が……!」

 

 待ち構えていたかのような脳無は体が黒く細く長身で、腕は刀剣の如く鋭利に伸びている。異様な跳躍力で執拗に追ってきて、どうやら狙いを定められたようだ。

 脇目も振らずに逃げる青山はひどく混乱していた。

 

 何が起きた。どうしてこうなった。

 考えはまとまらず、頭の中が真っ白になる。それでも死にたくないという想いは強くて、考えずとも体は勝手に動いていて、足はひたすら前へ進んでいた。

 辺りに人の姿はなく、気配を感じる余裕もない。絶体絶命の状況だった。

 

「だ、誰か……助けてっ」

 

 思わず漏れ出た言葉を聞く者はなく、無情にも背後に迫った脳無の腕が振り下ろされる。

 その時、(たす)けは間に合った。

 つまずいた青山が転んでしまった一瞬、彼と脳無の間に突然大きな氷塊が現れ、斬りつけようとした刃を受け止めた。ビキビキ、今にも砕けそうな深いヒビが入るとはいえ、普通の氷とは明らかに異なる強固さで防御に成功する。

 

 青山が安堵した時、彼の視界には(とどろき)焦凍(しょうと)の姿があった。

 右半身から冷気を放ちつつ、左半身は体温を保つためのヒーロースーツに覆われ、すでに臨戦態勢で鋭い目つきをしている。

 一切怯むことなく眼前に立つ脳無を睨みつけて、おもむろに右腕を振るった。

 

 脳無が跳躍。高く空へ舞い上がると同時、地面から巨大なつららが飛び出す。

 焦凍の攻撃である。だが、脳無は攻撃が来るよりも前に動いて避けた。

 “個性”か、それともただの身体能力か。どちらにせよ危険であることは変わらない。

 

「青山くん大丈夫⁉ すっごい襲われてたね!」

「このエリアに居るのはこれで全員か? もう大丈夫だぞ!」

「あ、あぁぁ……ありがとう! すっごくは追われてなかったけどね!」

 

 少し遅れて葉隠(はがくれ)(とおる)尾白(おじろ)猿夫(ましらお)が駆け付けた。

 すっかり安心した青山は目に涙を浮かべながら強がり、大きく息を吐き出している。

 これで集まったのは四人。近辺に落とされたメンバーは全員揃っただろうと予想していた。

 

「あれってもちろん(ヴィラン)だよね⁉ 戦わなきゃダメかな!」

「多分、そういうことなんだろうな……でもこっちは四人居る。協力してなんとか――」

「いや。お前らは下がってろ。俺がやる」

 

 そう言って焦凍が前へ出た。

 右半身から放たれる冷気は辺りの空気を冷やし、白い靄を生み出している。局地的に発生する凄まじい冷気は少し離れた場所に立っている尾白たちにも危険を及ぼしかねない。

 ましてや葉隠は“個性”を活用するためにほぼ裸だ。グローブの動きによって自分自身の体を抱きしめ始めたのは肉体が透明でもわかった。

 

「さむっ⁉ 轟くんめっちゃ強そう。覇気が出てるよ」

「これは確かに離れてた方がよさそうだな……」

「アートだよね。彼の“個性”は」

 

 仲間として協力しなければならない。そう考えている一方で、危機感を覚えた尾白は焦凍の言う通りにしようと腕を出し、のんきそうな葉隠と調子を取り戻した青山を下がらせた。

 巻き込まれると自分たちでは抜け出せない。焦凍は圧倒的な実力者だ。

 

 幸いにも脳無はすぐには動かなかった。

 三人が離れたのを確認して、ようやく焦凍が動きを見せる。

 応じるように脳無も刃になっている腕を持ち上げた。

 緊張。そして突然、弾かれるように脳無が飛び出して焦凍が右腕を上げる。

 

 強靭な脚力で真っすぐ飛び込んでくる脳無に対して、迎撃するために地面から槍のようなつららが突き出してくる。

 接触する寸前、脳無は素早く高く跳躍して回避。

 尋常ではない反応速度。人体を超越したその身体能力に人とは思えない異形の姿。彼らは自然とただの(ヴィラン)ではないこと、ただの“個性”ではないことを察知する。

 

 焦凍は空気中の水分を凍らせ、小ぶりのつららを作り出した。

 腕を振ることで射出し、脳無を撃ち抜こうとする。

 即座に対応した脳無は空気を蹴ってさらに跳び、回避した直後、さらに跳ぶ。

 

「は、速い……!」

「うわーすごっ! “バッタ”の“個性”かなぁ!」

「それはどうかな☆ “ダチョウ”かもしれないよ」

「何をのんきな……」

 

 彼らの前に現れたのは“腕刀”と“跳躍”持ちの脳無。

 接近戦を想定した“個性”のみを持っているとはいえ、ただのジャンプであろうと常人では反応が難しいスピードで跳び回る。

 場所を選ばず跳躍して移動を続けていた。縦横無尽に動き回る脳無を捉えるのは至難の業だ。

 

「轟、加勢は⁉」

「いらない。一人で十分だ」

 

 そこからの戦闘は、何が起こったのか、見ていたはずの三人には理解できなかった。

 突き出る氷塊。撃ち出されるつらら。噴き出された冷気で地面が凍る。

 土砂と倒壊したビルばかりの景色が白く変化していく。

 着実に脳無のスピードに順応してき、焦凍の攻撃はついに届いた。

 

 気付いた時には脳無は巨大な氷塊の中に居て、全身を氷漬けにされていた。

 白い息を吐く焦凍は冷静にそれを見る。

 喜ぶ様子はない。彼にしてみれば、想像以上に“個性”を使ってしまったらしい。

 

「つよっ。ほんとに一人で勝っちゃった」

「やっぱり、すごいな……」

「風流だね☆」

 

 辺りが氷だらけになり、気温が下がっていた。

 三人の下へ歩み寄ってきた焦凍は左手を伸ばし、炎を発する。

 おおっ、と反射的に声を出して葉隠と青山が先に一歩前へ出ていた。

 

「悪い、寒くなっちまったな。俺のせいで」

「やさおー! 優しいし強いしクールだし、モテ男だね轟くん!」

「便利だねその“個性”。暖房にも冷房にもなるだなんて」

「別に……欲しかったわけじゃないけどな」

 

 違和感を覚えたのは尾白だけだった。

 いつも通り冷静な面持ちで焦凍は淡々と告げる。

 

「こんな程度で誰かの役に立てるんなら、まあ……今は文句は言わねぇよ」

「何なに? 何の話? 詩人?」

「ひょっとして君、自分の“個性”が嫌いなのかい?」

 

 尾白が違和感を口にする前に、意外な鋭さを見せた青山が尋ねた。

 表情をぴくりとも動かさないものの、わずかに驚いた焦凍は言うべきか否かを迷う。

 その時、焦凍と向かい合っていた尾白の視界に、脳無ではない誰かの姿が見えた。

 

 

 

 

 ふらりと現れたその男は奇妙な外見をしていた。

 無骨な服に赤いマントとバンダナ。腕に包帯を巻いて、目元にはマスク代わりのつもりか白い布を巻いている。背には一本の刀を背負っているのが確認できた。

 見覚えのない、明らかにヒーローではないと思わせる危険な雰囲気。

 辺りに散乱した氷塊の間から歩み寄り、男は焦凍に視線を向けて口を開いた。

 

「自己犠牲の精神……仲間の協力を断り、(ヴィラン)を討ち取ったのは認めよう。だが、なぜだ?」

「誰だ?」

「なぜ炎を使わなかった」

 

 振り返り、彼の姿を視認した焦凍が、その一言で目つきを変える。

 何も言わずに、背後に居る三人を下がらせようと掌を見せる。すでに戦闘の気配を感じていて、彼自身、自らの感情が揺れるのを認識していた。

 

 轟焦凍には触れてはいけない逆鱗がある。

 その話題になれば普段の冷静さをかなぐり捨て、感情をむき出しにする瞬間があった。

 

「お前は誰だ。あいつらの仲間か?」

「お前がエンデヴァーの息子だという話は聞いている。奴の炎を受け継いでいることも」

「俺の質問に答えるつもりはなさそうだな」

「父親がどうであれ、お前の意志がヒーローたるものか見極めるつもりでいたが……」

(ヴィラン)でいいんだな?」

「お前も贋物か?」

 

 男は危険な雰囲気を感じさせ、ゆっくりと鞘から刀を引き抜いていく。刃毀れをしてひどい状態の刀身だが、だからこそ異常さと危険性を感じさせた。

 まずい状況だと理解しているのだろう。固まってしまった三人を庇って焦凍が前へ歩み出る。

 

「お前はなぜヒーローになる。父親の真似事か?」

「あいつは関係ねぇだろ」

 

 冷たく刺々しい声。普段の姿とはあまりに違う態度に三人の体が強張った。

 再び右半身から冷気が放たれ、戦闘のための準備が整う。

 

「……父親の影響ではないのか? ならばなぜお前はここに居る。なぜ、父親への嫌悪感を表す」

「お前に教えるつもりはない。お前が(ヴィラン)なら、俺がお前を捕まえるだけだ」

「まさか……反抗期? そんなくだらないもので、味方を襲う敵を前にして、全力を尽くすことなく戦っていたというのか?」

「反抗期なんてもんじゃない。だが一つ言うなら俺はあいつが嫌いだ」

 

 男は反応こそほとんど見せなかったが、絶句していたようだ。

 

「父親を嫌い、父親から受け継いだ“個性”を使わず、お前はヒーローになろうと言うのか?」

「それがどうした」

「論外だッ」

 

 瞬間、男が放つプレッシャーが増した。

 初めて感じる。これが殺気というものだろう。男は今、焦凍を殺すために刀を握っている。つい数秒前まではどんなつもりだったかわからずとも今は確実だ。

 

「己のエゴを優先し、己のくだらぬプライドを持ったままヒーローになる、そんな奴はヒーローなどではないッ!」

「そうか。少なくともお前よりはヒーローだと思うが」

「正さねばならないッ! 間違ったまま肥大化したヒーロー社会を! 偽物をヒーローと信じ込んでいる人類を! エゴにまみれた“ヒーロー”を!」

 

 男が姿勢を低く身構えた。

 来る。瞬間的にそう悟って焦凍もまた構える。

 

「ここに来てよかった……! 己のためにヒーローを名乗る貴様を! ヒーローと認められる前に粛清するッ‼」

 

 叫ぶや否や、男は走り出した。猛然と迫ってくる気迫はまるで鬼のよう。抜き放った刀を手に接近しようとしていた。

 如何なる“個性”なのか。そんなものは関係ない。

 焦凍は敢えて思考を打ち切り、一撃で決めるべく右腕を前へ突き出して“個性”を使った。

 

 勢いよく地面から隆起してくる大きなつらら。

 男を貫こうと狙っていたのだろうが、彼は紙一重で避けながら前進を続ける。わずかに掠って血を流すのだが全く意に介した様子はない。

 

 焦凍は眉を動かし、驚きを露わにした。

 この男、戦闘に慣れている。

 恐怖心なんて全く持ち合わせないかのように、ただ猛然と前進を続けて接近しようとしている。何かまずい気がする。手に持つ刀はもちろん、その行動が嫌な予感を覚えさせた。

 きっと脅しなどではない。本気で殺そうとしているのだ。

 

 前へ出した右手を真下へ向けて、自らの前面に巨大な氷塊を作り出し、壁にする。

 武装していても貫く力はないようで、男は一瞬で判断すると回り込むため進路を変えた。

 

「もっと離れてろ! こいつは俺がやる!」

 

 仲間たちに告げ、焦凍自身も駆け出した。

 待っているだけではまずい気がする。ただの予想だがそう思えてならない。待っているだけでは殺される可能性が高まりそうだ。

 

 男は“個性”を使った様子がない。脳無に比べれば常識的と言えばそうだが、それでも常人以上の身体能力を持つのは確実で、ただの駆けっこなら焦凍の分が悪い。

 “個性”もすでに知られているようだ。応用力が高く強力とはいえ、知られていること自体が敵のアドバンテージになり得る。対して、こちらは相手の“個性”がわからない。

 不利とは言うまいが、状況が優れないのは間違いなかった。

 

 幸い、脳無との戦闘で自身が放った氷塊がそこかしこに落ちている。

 障害物は十分。上手く立ち回れば、どの距離だろうと戦える自分が優位に立ち回れる。

 そのためにも焦凍は男の接近に気をつけつつ、常に視界の中にその姿を捉えていた。

 

「左はいらない。お前を倒すのは右だけで……」

 

 焦凍は、自らに言い聞かせるかのように呟く。

 相手に聞かせるための言葉ではない。それは己のための言葉だ。しかし、口にしたことで避けようとしていた余計な思考が動き始める。

 

(本当は、どっちも使いたくなんてない。だが、あいつのことは……俺の人生をめちゃくちゃにしたあの男の“個性”だけは認められない)

 

 右腕を前に出して、巨大なつららが地面から隆起する。

 男は軽快な走りで動き回って回避していた。

 

(あいつの全てを否定する。そのためには、あいつの力なんて使えない。使うつもりもない)

 

 焦凍が腕を振る度にそこかしこから氷塊が出現する。

 男は絶えず動き回り、いつ直撃してもおかしくないが紙一重で避けていた。

 そうした光景とは無関係に、不意に焦凍の体から怒りの念が噴出される。

 

(この力だけであいつを超えるヒーローになる。それがあいつに対する復讐だ)

「怒りを感じる……やはり、愚かなり」

 

 一瞬の出来事だった。

 突き出てくるつららを悉く避けて、瞬く間に接近し、ハッとした時にはすでに焦凍の懐の中で刀を振り下ろそうとしていた。

 

 両手で柄を握り、全力で振り下ろす。刃毀れしてボロボロの刃が焦凍の右半身を、肩から太ももまで縦に切り裂いた。

 切られた焦凍も、見ていた三人も絶句していた。

 鮮血が舞い、長い舌を伸ばす男は、背中から倒れた焦凍を見下ろす。

 

「ヒーローとは“自己犠牲の精神”と“実行による体現”である。欲にまみれ、自己実現のためだけに力を振るう貴様らは、ヒーローを騙る偽物でしかない」

「ぐっ、うっ……なんだ? 体が……」

「お前もエンデヴァーと同じ、エゴが本位のヒーロー気取りだ」

 

 肉体を切られて倒れ、傷はひどく痛むが、焦凍は珍しく感情を露わにして叫んだ。

 

「俺とあいつを、一緒にするなっ‼」

「フン、結局はそれがお前の本質だ。父親と同一視されることを何より嫌悪し、ヒーローについてなど二の次。こんな奴がヒーローの候補生など片腹痛い」

 

 男、ステインは、心底憎らしく思いながら刀を振り上げた。

 近頃世間を賑やかす“ヒーロー狩り”こそがこの男の正体である。ヒーローとは何かを自身が対峙したヒーローに問いかけ、望む答えでなければ殺害する狂人。それでいて(ヴィラン)の仲間になるつもりもなく、目についた悪は自らの刀で切り捨てる。

 焦凍がその正体に気付くことはなかったが、彼の言葉は鋭い刃のように胸に刺さった。

 

「エンデヴァーはオールマイトを超えるためだけにヒーローを騙る男。息子も同じ穴の狢か」

 

 刀が構えられた。このまま振り下ろされれば間違いなく殺される。

 しかし今、焦凍の脳内を満たすのは目の前の事実ではなく、彼が語った言葉だ。

 嫌悪する父親と自分が同じだと言われたことが、想像できなかったほどのショックとなって彼を襲っていて、“個性”を使って反撃を試みるのが遅くなったのは、傷の痛みで集中できなかっただけではなかった。

 

「お前の首を取ってエンデヴァーへの宣戦布告としよう」

「くそっ……! 俺は――!」

「うわぁああああああああっ‼」

 

 刀が構えられた、その瞬間に誰よりも早く動き出したのは青山だった。

 

 

 

 

 その場から一歩も動かず、おそらく考える余裕さえなくて、衝動的な行動だったのだろう。

 腰を前へ突き出し、ベルトを巻いたその下のへそから“ネビルレーザー”を射出する。

 殺傷能力はなくとも十分な威力を持ち、尚且つ速いレーザーがステインへ向かう。

 

 目にも止まらぬ攻撃による奇襲であったが、常人以上の反応速度でステインが動いた。咄嗟に刀を眼前に構えて、刀身で受ける。

 パキン、と軽い音がして、レーザーが直撃した位置で刀身が折れていた。元々脆くなっていたためそう不思議な状況でもない。

 

 問題なのは、他のヒーロー候補が攻撃を仕掛けてきたこと。

 ステインの思考は自動的に切り替わり、選別の対象は彼へと移る。

 

「うわああああああああああああっ‼」

 

 頭の後ろで両手を組み、腰を前へ突き出して、へその向きをわずかに変えた。

 射出され続ける“ネビルレーザー”は、回避行動を取るステインを退けさせ、それでも止まらず、周囲に乱立する氷塊に当てて次々に砕いていった。

 あちこちで氷が割れる音が鳴り響き、砕かれて様々なサイズになった氷塊が落下する。

 

 青山の行動でハッとした二人は言葉で確認する前に動き出していた。

 葉隠は倒れた焦凍に駆け寄り、持ち上げるのは難しいが服を掴んで引っ張る。

 尾白は、焦凍とステインの間へ飛び込み、二人を守ろうとする。

 

 ステインは服の各所に忍ばせていたナイフを取り出し、慣れた様子で両手に握った。視線の先に居るのは尾白。手袋とブーツを脱いで完全に透明になった葉隠は見えないものの、焦凍が引きずられて移動しているのは見えている。そのため状況は理解していたはずだ。

 尾白に対峙したのは彼を見極めるためである。

 ヒーローを目指す者として、ヒーロー足りうるのか否か。確かめるために襲い掛かった。

 

 猛然と迫ってくるステインの姿はまさに鬼。全身から殺気を発して本気で殺しにかかってくる。

 怖くないわけではない。だが今は不思議と自分の内から力が湧き出てくるかのようで、逃げようという気持ちに微塵もならなかったのだ。

 歯を食いしばってその場で待ち、両手に拳を作る。接触は間近。

 

「させないよォ‼」

 

 そこへレーザーが襲い掛かった。

 ステインは咄嗟に反応し、ナイフ一本を犠牲に自らの身を守ると衝撃で吹き飛ばされる。

 彼の体が地面を転がるのを確認してから、尾白は慌てて踵を返して走った。

 

「ありがとう青山! 今の内に――!」

「ふっ、ぐぅ……」

 

 その時、青山が両腕で抱きしめるように腹部を抑え、地面に膝をついた。

 “ネビルレーザー”使用のデメリット、腹痛が起こったのだ。

 以前話に聞いていた尾白は焦りこそしたが、迷っていられる暇はない。一瞬にして決断して全速力で青山の下へ向かう。

 

「青山! 逃げるぞ!」

「ぐぅぅ、もちろんさ……!」

 

 尾白は青山を抱え上げ、足を止めずに次のポイントへ走る。

 ステインから離れるために移動していた焦凍と、姿は見えないが傍に葉隠が居るはず。見えている焦凍を目掛けて接近する。

 

「二人とも、尻尾に乗ってくれ!」

「はぁい!」

 

 脇の下に手を入れられたのだろう、ぐいっと持ち上げられた焦凍が、尾白の“個性”である尻尾に乗せられる。ずしんと重く、二人分の重さを感じた。

 強靭な尻尾は二人を乗せても動かせる。力強く持ち上げ、尾白は必死に足を動かした。

 このまま逃げる。今はそれしかできない。

 

 ステインの動きに気付いたのは、彼の行動を注意深く見ていた青山だった。

 右手にナイフを持ち、恐ろしい形相で舌を伸ばしながら追ってくる。その速度は見るからに尾白より速い。

 追いつかれれば待っているのは死。覚悟を決めるのは早く、青山は尾白の肩に手を置いて身を乗り出し、彼に抱えられたままへその向きを変えた。

 

「諦めないよ☆! 僕らはこのまま逃げるんだっ!」

 

 鈍い痛みが腹部にあったが気にしてはいられない。青山は“ネビルレーザー”を発射した。

 

「トゥインクル☆ネビルレーザー! うわあああああああああっ‼」

 

 放たれたレーザーはステインへ迫った。しかし持ち前の反射神経で思い切りよく跳んだ彼は余裕を持って回避した。

 腹の痛みは増している。それでも青山は射出をやめない。

 

「あああああああああっ‼ きらめけっ! 僕のハートと共にっ!」

 

 尾白に抱えられながら背を反らして、狙いが上へ向かったことでレーザーは空へ向かう。

 それが狙いだったのか、土砂ゾーンには倒壊したビルがいくつも砂に埋まって存在している。

 “ネビルレーザー”はその中の一つに直撃し、一部とはいえ破壊して瓦礫を落とした。それでもまだ止まらず体を動かし、二つ目、三つ目のビルに当てる。

 

 演習のためとはいえ、倒壊した状況を想定して建てられたビルはそもそも脆い。レーザーに当たると次々に破壊され、気付けば雨の如く降ってきた。

 ステインは頭上を見上げて、ようやくその時になって青山の行動の意味を悟る。

 

 大小様々な瓦礫が大量に落下してきて、地面に落ちる衝撃音。

 尾白が走ってくれていたからこそ退路を断つかのように落とせた。

 ステインはどうなったのか。潰れたとは限らないが目には見えなくなり、瓦礫の向こうへ姿を消してしまう。しかし安心はできない。彼からはどこから現れてもおかしくない気迫を感じた。

 青山はビルを撃ち続け、少しでも多く瓦礫を落として追撃を断とうとした。

 

「あ、青山くん! そんなに撃ったら危ないよ! お腹痛くなってうんち漏らしちゃう!」

「ううぅ、うんちくらい漏らすさ! 彼は僕の命の恩人だもの!」

 

 ここまでの連続使用と使用時間で容量は明らかに超えている。青山はもう限界のはずだ。

 葉隠が心配して声をかけるのだが、彼はそれを押しのけて“ネビルレーザー”を撃ち続けた。

 普段には見られない覚悟を感じ、葉隠と尾白は言葉を呑む。

 

「僕はあの黒い(ヴィラン)に襲われた時、死ぬかと思った! もうダメだって思った! だけど君たちが現れて(たす)けてくれたんだよ!」

 

 すでに腹部には激痛が走っている。だが覚悟を決めた今、不思議と訓練の時とは違って、いつまででも使えそうな気さえしてくる。

 これは勇気だ。彼らの行いに報いるために、勇気を振り絞って命を(たす)けようとしている。

 

「僕が悪いから、こうなるのかなって思ってた……だけど、君たちに(たす)けてもらったこの命、無駄にはしない☆! 僕が君たちを守るんだ!」

「青山くん……キャラ崩壊ってくらいいつもと違う。かっこいいよ」

「ああ、ありがとう青山……! もう少しだ! もう少しでこのエリアを抜けられる!」

「うぅわあああああああああっ‼ きらめけっ! 僕の“ネビルレーザー”!」

 

 大規模破壊とは言えなかったが、少しずつでも着実に壊してビルがどんどん崩れてくる。

 辺りに大量の瓦礫が落下して景色が一変していた。

 土砂ゾーンを抜け切るまで、青山はレーザーを射出し続けて尾白を援護し、追手を妨害して撤退を完遂させる。

 

 落ちた瓦礫を踏みつけ、ステインが無傷で現れたのは彼らの姿が見えなくなった後だった。

 彼らが去った方角を見やり、意思を確かめるかのように刀を握り直した。

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