大きなウォータースライダーが隣接する、大きな湖に、ぽつんと浮かぶ救助船。
その上に四人の生徒が居た。
黒い霧によって放り出されたのは
彼らは今、船上というより水上において
「ギョギョギョ~!」
「うわああああっ⁉
「落ち着け峰田君! この状況で取り乱すのは危険だ! まずは冷静になろう!」
黒く細い肉体で脳がむき出しになっている、顔の形が些か尖っている印象の脳無がクロールで豪快に泳いでいた。船の近くで大声を出しながら泳ぐ様は威嚇しているようにも見える。
突然の敵襲。場所の移動。そしてゲームの開始。
状況を受け入れることができずパニックに陥った峰田が激しく取り乱していた。すかさず飯田が彼を落ち着かせようと肩を掴み、声をかけるのだが、泣き喚く彼に効果はなさそうだ。
「峰田ほどじゃねぇけど気持ちはわかるぜ……! 一体何がどうなってんだよ」
「流石にこれは演習じゃなさそうね。本物の
「やっぱり
「峰田ちゃん落ち着いて。騒いでいても状況は変わらないわ」
「そうだぞ峰田君! まずは落ち着いて、チームワークだ! 全員でこの状況に立ち向かおう!」
梅雨と飯田が声をかけて、峰田は黙るために自分の手で口を押さえる。それでどうにかなるわけではないが冷静になろうとしていたのかもしれない。
幸いなのか、魚に似ている脳無は湖で泳ぐことに集中しているらしい。船の周りを何度もぐるぐる回っているものの、攻撃してくる様子は見られない。
多少ならば話し合う時間はあるのか。
敵を観察しながら飯田はみんなに集まるよう言い、声を潜めて話し始める。
「まずは状況確認だ。俺たちは今、
「うええぇ……!」
「そうね。そしてあの手を着けている男の人はこれがゲームだと言っていたわ。まだ攻撃はして来ないようだけれど、私たちを殺すつもりなのかはわからない」
「ころっ……⁉」
「俺たちがやるべきことは、あいつと戦って、勝って生き残るってことだよな」
飯田、梅雨、砂藤が口々に言って確認する。
言葉にして確認することで自分たちの目的を明確にし、生き延びようとしているのである。
彼らの中で激しく動揺していた峰田は、必死に声を殺そうとしながらも震えが止まらず、砂藤の言葉に慌てた様子で反応した。
「む、無茶言うなっ。戦うって、あいつと? あいつは訓練用のダミーとかじゃなくて本物の
「そうでもしねぇとここから動けねぇだろ」
「だから、動かないのが得策なんじゃねぇか? 学校は近いんだから、すぐにプロヒーローの救助が来るだろ! 変に動くと逆に危ない……かも!」
「いや、無茶ではない。俺たちは今日のために訓練してきたんだ。為せば成る!」
「精・神・論っ‼ 気合いだけでどうにかなるほど現実甘くねぇよー!」
峰田は怯えてこそいたが、自分なりに考えて全員で生き残る方法を模索しようとしていた。
確かに救助を待つのも一つ手だろう。戦うばかりがヒーローではなく、自らの命を守るためなら撤退も考慮に入れておかねばならない。しかしそれも状況によりけりだ。
少し考え、自分なりの答えを出した梅雨が呟いた。
「プロヒーローの救助は果たして来るのかしら?」
「ええっ⁉ 来ない可能性がっ⁉」
「あの人たちは迷い込んできたわけじゃなく、何らかの目的があって来たのよ。外部との連絡を遮断していたようだし、この施設は学校から数キロ離れて孤立している。閉じ込めるのには持って来いの環境にあるわ」
「では、学校側からの救援は……」
「少なくとも今のままじゃ来られないかもしれない。誰かが連絡できる環境を整えるか、学校まで呼びに行かない限りは」
冷静に考えて、敵は事前に準備をしていたはず。無策で突っ込んできた相手だとは思えない。
外部へ救助を要請することは難しく、施設の外へ出ることも難しい。
状況はおそらくまずいものだ。
「クラスのみんなもバラバラにされた。私たちがここを上手く切り抜けても、あの
「うっ、うぅぅ~……! オイラたちだけで……?」
「そうだ峰田君。俺たちにならできる! 全員で力を合わせて、この苦難を乗り越えよう! いきなり本番で驚いてしまったが、これが後のヒーロー活動になるんだ!」
飯田は峰田を励まそうとしている。梅雨も落ち着いているようだ。
峰田ほどではないとはいえ、少なからず動揺して、自分の鼓動が大きく聞こえる程度には緊張している砂藤は、二人の言葉で戦闘を覚悟して視線を動かした。
湖を見るとやはり脳無が泳いでいる。いつの間にか平泳ぎに変わっていた。今は姿を見せて奇声を発しているのみだが、いざ戦いになればどうなるかわからない。
砂藤は気合いを入れるため自らの頬を叩き、両手で拳を握って大声を出した。
「おぉし! やってやる! あいつを倒してここを脱出する! それだけの任務だよな!」
「ああそうだ! やってやろう! 俺たちみんなで!」
「可能ならクラスメイトのみんなを
「うううぅ、わかったよ、やってやるよ! チクショー、こんなつもりじゃなかったのによぉ! 今日は演習の中でおっぱいとかに当たるハッピーエロハプニングとか期待してよほぉ⁉」
長く伸びた梅雨の舌がスパンと峰田の頬をはたく。
全員の気持ちは一つになったようだ。そうなれば次は行動に移るのみ。
音頭を取ったのは委員長としての責任感に燃える飯田だった。
「ますはこの船に使える物がないか探ってみよう。俺が
「よし、わかった」
「無茶しないでね飯田ちゃん」
「頼む! なんかめっちゃ強い銃とかあってくれ……!」
飯田の指示に従って三人が船内を調べ始める。
その間、飯田は湖を泳ぐ脳無から目を離さなかった。
話し合っている間に平泳ぎから背泳ぎに切り替わっており、まるで見せつけるかのように、優雅にすら見える様子で泳いでいる。
一向に攻撃を仕掛けてくる様子は見られず、ただ遊びに来た風にすら思えるほどだ。
「ギョギョギョー!」
「誘っているのか……何を言われようと、水中に飛び込むような愚かな真似はしない! お前は俺たちが必ず逮捕する! 待っていろ!」
「ギョギョ~!」
奇声を発するばかりで意思の疎通は不可能。会話ができるとも思えない態度だ。
ただひたすら泳ぐばかりの脳無を眺めて、飯田は仲間たちを待った。
戻ってきた三人を迎えて、飯田はわずかに安堵した様子を見せる。
「お待たせ飯田ちゃん。
「なんか喧嘩してたか?」
「問題ない。先程と変わらず現状維持のまま、敢えて報告するなら背泳ぎからバタフライに移行したことくらいか」
「それは、意味あんのか?」
「まったくもってない! ただ見たままを伝えただけだ」
相変わらず脳無からは攻撃の意思が感じられない。バタフライで激しく泳いでいるだけだ。
まだ襲って来ないだろうという状況を確認して、四人は輪を作って話し合いを始める。脳無を警戒しながらではあったが程よい緊張感が思考をクリアにしてくれた。
「つってもほとんど何もなかったぜ。浮き輪とか救命胴衣、非常食なんかもあったけど、武器になるようなもんは何も」
「船も動かせないみたい。そもそも鍵がないし、先生の許可なしじゃ無理そうね」
「つまりオイラたち、水には入れないし、ここに閉じ込められちまったってわけだ……!」
峰田が危機感に焦らされて冷や汗を掻いている。
飯田は顔を上げ、船の外を眺めた。
「陸地はそう遠くない。少し泳ぐ必要があるとはいえ、脱出が不可能なわけではない距離だ」
「まさか泳ぐつもりかっ⁉ そうなるといよいよあいつ襲ってくるぞ!」
「いや、流石に泳ぐのはまずい。峰田君の言う通りおそらく戦闘が始まる。だがこちらには水場に強い蛙吹君が居るので、危機的状況ではないはずだ」
「梅雨ちゃんと呼んで」
飯田は梅雨の一言に対して素直に頷いた。
「考えられるパターンはいくつかあるが、俺たちの目的はあくまでも全員で生き延びること。俺たちが囮になって梅雨ちゃんだけを逃がしたり、逆に梅雨ちゃんに水中戦を強いて危険な目に遭わせることじゃない。船上と水中で協力し合えるのが理想のコンビネーションだろう」
「ありがとう飯田ちゃん。その気遣いが嬉しいわ」
「あの
バシャバシャと派手に泳ぐ脳無の向こう、三百メートルは下らないが陸地がある。
一秒たりとも水から上がろうとしない脳無を見ていれば自然と察することはあった。
「あの
「うーん、可能性はあるな」
「でも、じゃあ、どうやって陸上に上げるんだって話だろっ」
「それはまだわからない。が、今俺たちが使えるのはここにある道具と、自分たちの“個性”。中でも水中に強い梅雨ちゃんが鍵になりそうな気がする」
話をしながら飯田は考える。
緑谷出久であれば、各個人の“個性”を把握してすぐに作戦を立案できただろう。
否、と自分に言い聞かせる。自分にもできるはずだ。
この場ではできなければならない。
「俺は“エンジン”。陸上でのスピードなら自信はあるが、流石に水の上を走るまでは……」
「誰もそんなトンでも展開期待してねぇから気にすんな。俺は“シュガードープ”。簡単に言えば糖分を取ると時間制限付きでパワーアップする」
「オイラの“もぎもぎ”は超くっつく。取り過ぎると血が出るけど普通に触れんのはオイラだけ」
「私は“蛙”。蛙っぽいことなら大体できるわ」
全員の“個性”を確認して、飯田がうんと頷く。
自分がやらなければならない、という意識があるらしい。真剣な表情で視線を落とし、必死に考えているのが伝わってくる。
「重要なのは、俺たちが陸地に辿り着き、あの
「ねぇ飯田ちゃん、一人で考え込まないで。今はみんなで話し合ってるの」
梅雨の言葉でハッとする。
考え込んでいた飯田は顔を上げ、三人が自分を見ているのを確かめた。
「一人で責任を抱え込む必要はないのよ。私たちが一緒だから」
「おう! コンビネーションって言ったのはお前だろ!」
「だからってあんまり頼り過ぎるなよ! オイラはくっつくくらいしかできない非力だからな!」
三人の言葉を受けて、冷静になった飯田は考えを改める。
委員長としての責任はある。だが責任と独りよがりを同じにしてはいけない。今はすぐ傍に仲間たちが居るのだ。
頭を振って、眼鏡をかけ直して位置を正す。
一呼吸置いて心情を正して、彼は笑みを浮かべた。
「そうだな。みんなの力を借りよう。一人でできなくてもみんなで力を合わせるんだ」
飯田とのやり取りを見ている中で峰田と砂藤の気持ちも落ち着いたようだ。
最も冷静なのは梅雨だった。そして飯田がまとめようと努力している。
この四人ならば大丈夫。そう思えた。
「まずは考えて、次に行動しよう。
言い聞かせるように飯田が言葉にしたことで力になった。
横泳ぎをし始めた脳無に対抗するため、即席で作戦を考え始める。
他のみんなが心配だった。
時間は多く取れなかったが十分過ぎるほど準備はできただろう。
「さあ行こう。ここから脱出して
四人の顔つきは作戦会議の前とは違っていて、いよいよ始まるという気迫が感じられる。
船の端から身を乗り出し、広い湖を眺めてやる気を見せた。
「行くぞ!」
バシャバシャと水が跳ねる音。
彼らの視線の先には魚に似た脳無が居た。
「ギョギョギョギョ~⁉」
どうやら溺れている様子だった。激しく手足をバタつかせる脳無は半ば沈みかけており、人間とはまるで違う外見だが苦しそうなのは伝わる。
長い間泳ぎ続けていたため、体力が尽きてしまったのだ。
四人がそうと知ることはなかったものの、脳無の体は水中に沈んでいく。
「……うん?」
「えっと……」
「えぇ……?」
「
徐々に体が沈んでいき、ブクブクと泡が水面に浮かんでくる。
その後、泥のような物体が水面まで上がってきた。
脳無の気配は感じられず、湖は静かになる。
「罠かもしれないけど見てくるわ」
「あっ、待つんだ梅雨ちゃん! 一人で行くのは危険だ!」
「水中なら一人の方が安心よ。確認したらすぐ戻ってくるから大丈夫」
そう言って梅雨が湖へ飛び込み、水中へ潜る。
心配はあったがそこに行かれてしまうと何もできない。三人は待つしかなかった。
少しして梅雨は水面から顔を出し、船上に居る三人を見上げる。
「居なくなったみたい」
「おぉ……そうか」
彼らはどうやら