施設の入り口正面にある、大階段下のセントラル広場。
そこでは大規模な戦闘が行われていた。
多くの“個性”が使用され、数多の攻撃が飛び交って激しさを増していき、だが信じられない強風が吹き荒れて気をつけていなければ一瞬にして終わってしまいそうになる。
「おいおい、どうなってんだよ……聞いてた話と違うじゃねぇか! 聞いてた通りだな!」
黒いボディスーツと顔をスッポリ覆うマスクを着けた男が居た。
彼が見ている光景は、彼が“個性”で生み出した偽物の脳無が次々に殴り飛ばされ、一方的に蹂躙されているというものだった。
絶対的No.1ヒーロー、オールマイト。
高速で繰り出されるパンチは並の脳無を一撃で破壊し、強烈な風圧を生む。
離れた位置に立っていても強風に晒され、地形が変わっていないのはオールマイトの気まぐれなのだろうと感じる。
仮にその気になれば、或いは全盛期の頃であれば、揃えた脳無など数秒で粉微塵にしただろう。
「もっと足せよトゥワイス。下手すりゃこっちまで届くぞ」
「マジかよ! 強過ぎてはた迷惑な奴だぜ! もう大好き!」
言いながらマスクの男、トゥワイスは“個性”を使って両手から泥のような物体を出す。吐き出されたそれは人の形に変貌していき、偽物の脳無となって動き出した。
トゥワイスの“個性”は“二倍”。物を増やすことのできる能力。最大まで増やせるのは一つの物につき二つまでという制限があり、増やした物は本物に比べて格段に脆い。しかし生物は人格を含めて本物そのものの精度で増やすことができる。
施設内各所へ送り込んだ脳無は全てトゥワイスが作った偽物である。
本物は破壊されないよう気遣いつつ、偽物と一緒になってオールマイトを囲み、執拗な攻撃を繰り返していた。
オールマイトは歴戦のヒーロー。持ち得る技を惜しみなく使い、脳無に立ち向かう。
前後左右、どの角度からどんな“個性”が襲い掛かろうと的確に対応していた。
その中でも特別に距離が近く、真正面からぶつかってくる巨大な脳無が居る。トゥワイスが生み出した偽物ではない。それは対オールマイト用に作られた個体だ。
目にも止まらぬスピードで、ほぼ同時に接触する速度で二発のパンチが叩き込まれる。しかしコンクリートを軽々と破壊するそのパンチを受けて、巨体の脳無は平然としていた。
大きな拳を握ってすかさず反撃のパンチ。オールマイトはその拳に手を添えて、他人には真似できないスピードでの芸当であったが、柔らかく受け流した。
胴体が開いて隙だらけになる。
一歩を踏み込み、これで決めるつもりでオールマイトがパンチを放つ。
「
巨体脳無の胴体に直撃する。重々しい音を伴ってその体が吹き飛んだが、当人は大した影響も無さそうに着地して、表情一つ変わらない。
見る限りダメージは皆無。こんな状況はありふれてはいない。
オールマイトの顔に笑みはなく、苦々しい様子を隠せないのだが、考えている暇などないほど次から次に攻撃が襲ってくるため表情を変える余裕さえなかった。
「ぬぅ、きりがない……!」
「そりゃそうだろ。あんた相手に脳無一体でどうにかできるなんて思っちゃいねぇよ」
「そこで俺の出番だ! 役立たずの無能ってことだな!」
「そんなことねぇよトゥワイス。お前は有能でいい奴さ」
多くの脳無をけしかけて、必死に戦うオールマイトを眺め、感情が動く様子はない。殺しに来たと宣言していたものの、少なくとも外見上はそれを望んでいるようにも見えなかった。
先んじて捕獲された雄英高校教師、
オールマイトが強いことは知っているが、今のオールマイトがほとんど戦えない状態であることを理解している彼は、ただ捕まっている状況を良しとしなかった。
隙を衝いて逃げ出し、援護する。そのために沈黙を保って隙を窺っていたのだ。
そうして静かだった相澤の傍に弔が立った。
オールマイトの戦いを見ながら淡々とした口調で相澤に声をかけ始める。
「先生、加勢したいんじゃないのか? ただ見てるだけなんてつまらないだろ」
相澤は答えず思考する。
最も優先すべきはオールマイトの援護。戦える時間に限りがある彼を、このまま死なせるわけにはいかない。重ねて言えば、殺せてしまうかもしれないという懸念もあった。脳無の詳細を知らない彼であっても弔が持つ兵力を目の当たりにして危機感を覚えている。
合理的に考えてどう行動すべきか。相澤は必死に思考を重ねていた。
「後悔してたんだ。あんたをお姫様役にしてみんなを待とうと思ってたんだけど、それじゃあんたが退屈だろ? せっかくあんただって戦えるのに可哀そうじゃないか」
「回りくどい言い方はやめてさっさと本題を言え。俺に拒否権はないだろうが」
「つれない奴だな。楽しんでほしいだけなのに」
やれやれと言いたげな弔が嘆息する。
相澤の反応は変わらず、多くを語らずに彼へ続きを促した。
「オールマイトを援護させてやるよ。ただしこれはゲームだ。あんたが今回のお姫様であることに変わりはない」
押さえつけていた脳無がパッと体の上から退いた。
解放された瞬間、相澤は素早くその場を飛び退いて武装する。特殊合金を用いた、帯状の捕縛武器を手に持ち、目元にはゴーグルを装着する。
視線の先、弔の傍に立ったのは三体の脳無だ。
「オリジナルは、トゥワイスの作る分身よりよっぽど頑丈だぜ」
「だからって舐めんなよコラ! 数が多けりゃそれだけ厄介なのは世の常だぜ! 雑魚が何人居ても結局雑魚だよな!」
「生き残ってみろよ。そいつら倒したらオールマイトのところに行けそうだな」
返事をする間すら与えられない。
三体の内の一体、両腕が刃になっている脳無が真っ先に動いた。“跳躍”の“個性”により前へ跳ぶだけで高速で接近してくる。
“腕刀”で刃に変化した腕を振り回し、相澤へ切りかかる。
反応した相澤は近接戦闘、殊更敵の多い乱戦を得意としていた。突然解放された事態も含めて大した問題はない。
帯状の捕縛武器を巧みに操り、二本の“腕刀”に巻き付け、強引に引っ張る。
肉体その物が強いという恐れがある。だが相澤の主力は敵を捕縛する帯と自らの格闘能力。そして視認した対象の“個性”を一時的に“抹消”させること。
相澤と脳無の戦闘が始まった。
ただそれは一対一の正々堂々な戦いというわけではなく、他の二体もすぐに動き出す。
初撃、誰よりも早く相澤の胸を貫いた脳無が自らの影の中へ消えていく。
影から影へ移り、相澤の影から現れた脳無は、影その物に変化した自らの腕を針の如く尖らせ、相澤の体を背後から貫こうとした。だが同じ攻撃を受けるほど、彼は警戒心が薄いわけではない。身を捩って辛うじて回避し、自らの蹴りを放つ。
脳無は再び影の中に潜み、惜しくも蹴りは当たらず地面に当たる。
また別の影から頭を出したのを、視野を広く保つ相澤はしっかりと視認していた。
最後の脳無が高く跳び上がる。
「ギョギョギョ」とうるさい個体は大口を開け、何かを吐いたと思ったら嫌な気配を感じた。
反射的に回避した相澤は地面が突然砕けたのを見て、“空気砲”が放たれたのを理解する。
対峙したのは三体の脳無。
“腕刀”と“跳躍”の近接戦闘特化型。
“
“
脳無自体のシステムを知らずとも、危険なことは肌で感じられる。
相澤はちらりとオールマイトの様子を確認して、現状のまずさを感じていた。
「捕まってた方がいい待遇だったかもな。まあ、せいぜい頑張ってくれよ。
「お前ら……ヒーローを舐めるなよ」
合理的ではないと知りながらも言わずにいられなかった。
相澤は一切の油断なく、三体の脳無に立ち向かい、戦闘を開始する。
弔はすぐに視線を外して、再びオールマイトの戦いを見守った。
トゥワイスは続け様に“個性”を使用する。
オールマイトの攻撃で次々に分身が破壊されており、その度に追加しているのだ。
「うぉおおえぇ~……! 絶対に働き過ぎだ。最高のお仕事!」
「まあそう言うなよ。ちゃんと休暇とボーナスはやるからさぁ、今だけは頑張ってくれ」
「そういうとこちゃんと考えてくれるんだもんな~。しょうがねぇ。大嫌い!」
「ありがとう。俺もお前が好きだよ」
うおおおおぉ、と雄叫びを上げながらどんどん脳無を量産していく。作れる数に制限があろうと破壊されるスピードが尋常ではないため忙しない。
やはりオールマイトはNo.1の名に相応しい実力を誇る。
一方で、オールマイトの弱体化はもはやどうしようもないほど深刻だとわかった。
「辛そうだな、オールマイト。降参するのも一つの手だぜ。そうすりゃあんたを殺さない」
「なんの……! 正義の象徴は、どんな苦難が立ちはだかろうと絶対に砕けない!」
「本当にそうかな?」
殴った脳無が泥のように飛散して倒れる。
すぐに次の脳無が襲い掛かってきて、もはやどれが偽物でどれが本物かわからないが、とにかく対応して倒し続けるしかない状況。
オールマイトは再びにかっと笑みを浮かべて、ひたすらパンチを打ち続けた。
「君たちもご存じ! 私はオールマイト! この程度の苦難は苦難ですらないさ! 何人が襲って来ようとも倒れることはない!」
「あんたは俺の先生と戦って死にかけた。戦える時間は限られてる。そうだろ?」
戦闘の最中、オールマイトは笑顔で複雑な胸中を隠す。
信じたくはなかった。だが弔たちの襲来によって宿敵が生きていることを知り、そこから芋づる式に様々な可能性が考慮できるようになってしまう。
「そうか、全て調査済みか……!」
「お前は雄英に来る前から緑谷出久に会っていた。それってつまりそういうことだよな?」
淡々としている声の中に、わずかに喜びを感じる。
巨体脳無と組み合い、ロープのように細くなって動く影に巻き付かれて、オールマイトの動きが止まった。
必然的に力比べの様相となり、巨体脳無と押し合ってどちらもその場を動けなくなる。
「その問いに答えることはできない……だがこれだけは言える。先手を打ったつもりかもしれないが私の生徒たちは挫けないぞ。私の意志は、多くのヒーローに受け継がれていく。私が死んだところで
「そうかな。あんたさえ殺せばヒーローの時代は簡単に終わりそうだけどな。まあ……そんなところはどうでもいいんだ」
気合いを入れてオールマイトが巨体脳無を投げ飛ばした。体に巻き付く影など意に介さず、強引だが豪快にパワーで状況を打開した。
一足飛びで空中へ躍り出し、両腕を広げて高速回転を始める。
「
空中で回転するオールマイトを中心に、小規模の竜巻が発生した。
周囲に居た脳無をまとめて吹き飛ばしていく。
弔は無言で見守っていたが、悲鳴を発したのはダメージを受けていないが多大な苦労を一瞬で水の泡にされたトゥワイスだった。
「ノォオオオオオッ⁉ 俺の努力が一瞬で無に変わった! 最悪じゃねぇか! まるで天国に居るみたいだぜ!」
「流石はヒーロー……でもさァ」
攻撃を終えて着地したオールマイトは、しゃがんだ状態で起き上がらなかった。
ここが全盛期との大きな違い。脆いとはいえ多くの脳無で削った結果、体力の限界は着実に近付いている。つまりは戦闘可能時間の終わりが近い。
かつての力があれば、この程度の脳無が相手でも無双していただろう。
それができなくなったという事実はもはや隠せない。
「弱くなったな。ヒーロー」
「ふっ、ふーっ……! いいや、まだまだ!」
オールマイトは立ち上がった。
口の端には体内から逆流してきた血が流れているが、笑顔を絶やさない。
自らはヒーローである。象徴である。その矜持を抱いて、決して弱みを見せようとしなかった。
弔の背後に、黒霧が発生させた“ワープゲート”から更なる白い肉体の脳無が現れる。
息を切らして疲弊しているトゥワイスはこれ以上の分身を作れそうになかった。しかしそれでも多勢に無勢は変わらず、分身とは違って本来の強度を持った敵である。
構わない。オールマイトは拳を握り締めて前へ踏み出した。
「かっこいいなァ。今日で死ぬのが惜しいくらいに」
「じゃあやめるか? そう言ってもヒーローと言えばオールマイトだからなぁ……やっちまおう! 今すぐ殺しとくべきだ!」
呼吸が乱れて、深呼吸を繰り返しても一向に落ち着かない。
徐々に力が抜けていくのがわかる。
やはり限界は近い。
それでも、ここで退くわけにはいかなかった。たとえ一人でも戦い続けて、
それが平和の象徴、No.1ヒーローの矜持だ。
「私が死んだ時の影響くらい、わかっているさ」
オールマイトが身構えた。体の端々から蒸気が立ち昇っている。
「だが、私の生徒たちは傷つけさせんぞ」
「自分が死んでも、か。ステインは喜ぶだろうけどな」
現れた脳無が一斉に襲い掛かった。
先頭を走るのは対オールマイト用に生み出された“ショック吸収”を持つ脳無。
あらゆる角度から襲い掛かり、オールマイトは逃げずに挑みかかった。
炎が、氷が、射出された爪が飛び交う。
長く伸びた腕で、巨大化した拳で、怪力で殴り掛かられる。
数多の“個性”が飛び交う危険な状況下に身を投じて、オールマイトは必死の抵抗を行い、勝利を掴み取ろうとしていた。言い換えれば必死にならなければいけないほどの状況だったとも言える。
圧倒的な実力を持っていたとはいえ、少しずつ全身に傷を作っていき、いつ致命傷を受けても不思議ではなかった。
体のサイズは様々。総勢で15体。
包囲されるまで時間はかからなかった。四方八方から攻撃が来て、どれだけ素早く反応しようと被弾は避けられない。
さらに脳無たちは一定の距離を保っていた。拳が届かず、後手に回って数が減らせない。
「ハァ、ゼェ……!」
「潮時か。案外あっけねぇ」
オールマイトは着実に消耗していた。
そして、背後に回った脳無が鎌に変形した足を振り回して首を狙う。
今か今かと待ち侘びていた弔はその瞬間、閃光を見た。
高速で駆け抜け、一瞬にして到達すると迷わずに拳を突き出して、脳無に直撃させる。その姿はまさにヒーローその物。待ち望んでいたものだった。
突然現れ、オールマイトの危機を
弔は顔に張り付けた手の下で、誰にも悟られないまま嬉しそうに笑みを浮かべる。
(緑谷少年……! 君は、やはり……黙って見ていられないか)
割り込んできて背後に現れた人物に、オールマイトも当然気付いていた。
教師としては叱りたい場面だが、ヒーローとしてはこれ以上ないタイミング。彼の現在と今後を心配する反面、実を言えば嬉しくもある。
覚悟を決めるまでほんの一瞬。
虚勢ではない笑顔になってオールマイトが叫んだ。
「緑谷少年!」
後ろは振り返らなかった。その必要はないと考えている。
教師として失格だとしても、今この瞬間だけは、ヒーローとして彼を信じたい。
「背中は任せたッ‼」
「はいっ‼」
勢い任せの共闘。しかし今までに感じたことがない心地よさがあった。
初めて取った弟子であり後継者。彼と戦えるのは人生で一体何度あるのだろう。一人前になるまで傍で支えると決めているとはいえ、自らの力を合わせる時間は限られている。
心が震える。改めて奮い立つ。オールマイトの肉体に力が漲った。
弔はしばらく黙って見つめていた。
隣でトゥワイスが騒いでいるのも気にならない。返事を忘れるほど見入っている。
しばらくして、弔は唐突に口を開いた。
「追加だトゥワイス。もっと出せ」
「ええっ⁉ 今から⁉ 喜んで!」
「黒霧、準備しろ」
「いつでも構いません」
氷が熱を加えられて溶け出すかのように、凪の如く静かで動かなかった心が、今になって大きく揺れ動き始めていた。
興味は一つ。ならば本心では目的もまた一つだけ。
弔は脱力した緩慢な動作で、戦闘に加わった出久を指差す。
「メインイベントだ。余さず全部回収するぞ」