「恋バナしよう!」
火が点いてしまったらしい
昼休みにクラスの女子だけで集まったのは事前に決めていたわけではない。ただの偶然、普段においてはたまにしかない機会だった。
これまで恋をした経験がないと言っていた彼女は人一倍恋に興味があり、隙あらば恋バナがしたいと言い出す傾向があった。
みんなの趣味趣向や性格を知るきっかけの一つになり、興味がある話をすることができて、さらに恋について知ることもできる。これから自分も恋をするかもしれないなーという期待を抱くことまでできるのだ。友達が居るのに恋バナしないわけがないと彼女は強く思っていた。
集まっているA組の女子生徒は芦戸を含めて六名。
言われた瞬間から理解した後もきょとんとしている人の方が多いとはいえ、あからさまに拒否しようという人物も居なくて、すっかり熱が入った芦戸の先導で話が進められる。
おそらく最も乗り気だったのは顔が見えない、体が透明な少女だった。
「恋バナいいねー! 正直私もしたかった!」
服だけが浮いているように見える
制服を着ているおかげでばたばた動かしている腕の主張が激しく、彼女の行動や主張が手に取るようにわかるものの、本気で姿を隠すために全裸になった時など、色々な意味で心配される。
「恋バナって……この面子で? 正直どうなの、それ」
呆れた顔で乗り気でないのが
“イヤホンジャック”の“個性”を持つ彼女は耳たぶがプラグになっていて、限度はあれどもその長さを調節することができる。その“個性”と両親の影響から音楽好きの一面があった。
彼女が集った面子を見ると、明らかに恋愛慣れしていなさそうな顔ぶれだな、とはっきり言えないもののそう思っていた。
同性でありながら、そこに居る顔ぶれを見るとむしろモテそうだと思う。スタイルが良かったりきれいだったり可愛かったり、女性としての魅力が高い人ばかりだと常日頃から思っていて、耳郎はその中では自分が一番劣っているとさえ感じていた。バレないようにそっと自分の胸を見下ろしたことに、意味がないわけではない。
そもそも雄英高校のヒーロー科は非常に倍率が高くて誰でも気軽に入れるわけではない。
小学生や中学生の頃、恋愛に興味があったかもしれないが、それを差し置いて相応の努力をして認められたからこそここに集まれているのだ。恋愛経験がなくても不思議ではない。
そういった事情を抜きにしても、どこか抜けていて恋愛を理解していなさそうな人物や、あまり興味がなさそうな人物のみで構成されている。
最も興味がある芦戸が誰とも付き合ったことがないのだ。他の誰かが頼りになるはずもないだろうと耳郎は乗り気ではない。
「別に恋バナはいいけどさぁ、誰か付き合ったことあんの? 話すことある?」
「だからこそじゃん! だから期待で胸がドキドキ! あーしたいなーとかこーしたいなーとか妄想が色々出てくるんじゃん!」
「そうだよ響香ちゃん! 恋バナは妄想が本番みたいなところあるよ!」
「めちゃくちゃノッてるし……」
芦戸と葉隠の勢いに押されて耳郎は発言し辛そうに引いた。
テンションと気質が似ているらしいこの二人は気が合うようで、二人揃って笑顔で詰め寄られるとどうにも抗えない。片方は顔が見えないし、悪い気はしないのだが、得意分野でない話題をぐいぐいおすすめされるのはどこか緊張してしまう側面もある。
恋バナをするのはいい。だがどう始めればいいのかがわからないのが彼女たちの現状だ。
ヒーローに憧れ、ヒーローになるために時間を使ってきた彼女たちなのだ。恋愛にかまける時間がなかったのが事実であり、始めようと言われてもノウハウを知らないため物怖じしている。
「みんなは好きな人とか居る?」
「あ、聞きたい聞きたい!」
「その前に芦戸、あんたには居んの? 現在進行中で好きな人とか、好きになった人」
「居ない!」
「あーそうだろうねー……」
以前に聞いた覚えがあり、そんな気がしたため尋ねればやはりそうだった。
知らないからこそ知りたい。そういった欲求があるのも確か。答えを聞いた耳郎はやれやれと言いたげに苦笑して小さくため息をつく。
「もぉ~違うんだよー。居るとか居ないとか付き合ったとか付き合ってないとかちゅーしたしてないとかどうでもよくて、恋バナがしたいのっ。なんでも恋に結び付けたいの。強引で全然関係ないことを恋バナにしたいの」
「それは恋バナか?」
芦戸が提唱する恋バナが早くもわからなくなりつつあるが、肩が動いているのがわかって葉隠がうんうん頷いて同意しているのが伝わった。
つついたところで意味はないかもしれない。
ここは彼女のしたいようにさせておくのがいいだろう。耳郎は追究をやめ、芦戸の恋バナに付き合うつもりで口を閉ざした。
「じゃあこれ! うちのクラスで気になる男子は居ますか!」
「うわわわ! 気になるぅ~!」
「楽しそうだねあんたら……」
「そろそろみんなのことわかってきた頃じゃん? 別に好きとか付き合うとかじゃなくてもなんとなくあるでしょ? アレがさ。ね? ねっ!?」
「圧がすごい……」
俄然やる気を見せる芦戸を止められる者は居なかった。
ビシッと指差されたのは
意見を求められた彼女は疑問を抱かず、すぐさま顎に指を当てて考えた。
「はい梅雨ちゃん! 恋バナ意見ちょうだい!」
「そうねぇ……正直私も恋をしたことはないわ。中学の頃はヒーローになるために必死で、あまりお友達もできなかったの」
「うんうん。え、じゃあ興味ない? あるよね?」
「でもちゅーはしたことあるわ」
「えぇえええええっ!?」
「梅雨ちゃんちゅーしたの!?」
「親友の女の子と」
「あ、なーんだ……男の子とかと思っちゃったよ」
「びっくりした~」
「いや、でも、同性でも結構なこと言ってないか……?」
顔色を変えずに平然と言う梅雨に、芦戸と葉隠は驚愕した後すぐに安堵して、それでいいのかと疑問を覚える耳郎が小声で呟いていた。
少し考える素振りを見せて、梅雨は親友の顔を脳裏に思い浮かべながら言う。
「あれはいいものだったわ。一歩間違えると親友を好きになっていたかもしれない」
「そんなに!?」
「梅雨ちゃん、私たちが知らない経験を……大人だ」
「でも親友にはそのつもりがなかったみたいでちょっとだけ残念。性愛という意味でね」
「う~ん、恋だねぇ。苦いねぇ!」
「これが恋なんだね……!」
「そうね。当時はよくわからなかったけど今振り返れば恋だったかもしれないわ」
梅雨は事もなげに言いのけた。どこまでの気持ちがあったのかは不明とはいえ、彼女自身は良い思い出として記憶している様子に見える。
芦戸と葉隠は感心していて、その一方、耳郎はううむと頭を抱えた。普段から読めない少女であるが意外と言えば意外。あり得なくはないなと思ってしまう。
同性愛を否定する気はない。ただ本人も理解していない様子に呆れていた。
「じゃあはい! ヤオモモちゃん!」
「わ、私ですか?」
「好きになったことある? クラスで気になる人は?」
「そう言われましても……私、殿方と近しく接した経験に乏しいもので、まだ、恋という概念がどういったものなのかわかっていないのだと思います」
話を振られた学級副委員長の
真面目で堅物、お嬢様なのではないかと噂される彼女のイメージと違っていない。一同はすぐに納得し、それを笑うでもなく一様に頷く。
「そっかー。わからないんじゃしょうがないよね。わかった! じゃあ私が恋がわかる漫画とか小説貸してあげる!」
「それいいね! 私も! こういうのが恋かぁってよくわかるのがあるんだ」
「あ、ありがとうございます。しかし……恋愛とは学ばなければいけないものなのでしょうか? 私たちはヒーローになるわけですから、学業に身を費やした方が良いのでは?」
「チッチッチッ。甘いねヤオモモ。そうは言えないのよ、こればっかりは」
指を振りながらしたり顔で芦戸が言い出す。
困惑しながらも八百万は真剣に聞き入れようとしており、真面目な姿勢がよく出ている。
同時に葉隠は表情が見えないのにその姿勢やふんふんと頷く息遣いで興味津々なのがわかって、何を知った風な口を、と思うのはどうやら耳郎だけだった。
「ヒーローは恋愛も結婚も禁止されてないんだから意識するのだって普通のことだよ」
「それはそうですが、スキャンダルについての報道などもありますし……」
「もちろん浮気や不倫はよくないことだよ? だけど恋愛を禁止することの方がよくないことだと思うし、私たちはヒーローになるんだ。誰かを好きになったり心配したり、普通に暮らしてる人たちが当たり前にしてることを理解してたら、自分と同じ気持ちでいるみんなを
「な、なるほど。恋をすることもまた人を
「そうだよヤオモモ! その通りだよ!」
席を立った芦戸が八百万の顔を覗き込み、察した様子で頷かれると、芦戸が笑みを深める一方で葉隠がぱちぱち拍手をしている。
果たしてこれはツッコミを入れた方がいいのか否か。
恐る恐るといった態度で耳郎が梅雨へ問いかけた。
「そんなに深い話してた? 今……」
「こじつけっぽい気はするけど、人間らしい感情を持ち続けるのは大切だと思うわ。私は念のため三奈ちゃんに同意しておくつもり」
「そうか。どう考えても恋バナに正当性持たせたいだけな気がするけど……まあ、ヤオモモがそれでいいんならいいけどさ」
巻き込まれないように敢えて口は挟まずに見守る。
ひとまず八百万には恋に関する簡易的な資料を渡すことで決着にしたらしい。
首を回す芦戸は続いて、ぼーっとしている
「麗日は? 気になる人とか居ないの?」
「気になる人かぁ……」
そういった話に興味がないわけではないが、よくわからないというのが素直な感情だ。
好きになると何がどうなるのか、見当もつかない。家族のことは好きだがそういうものとはまた別なのだろう。考えてみたところでちっともピンと来ない。
それでも真剣に考えてみるものの、お茶子の表情はわかりやすく曇っていた。
「う~ん……あんまり考えたことないし、正直、よくわからないかなって」
「みんな不甲斐ないなぁ。うちのクラスとかにも居ない?」
「あんたが言うなって。居ない癖にさ」
「クラスにも特に――」
芦戸が耳郎に反応して視線を外した瞬間だった。
考えていたお茶子の脳裏にふっとある人物の顔が浮かぶ。
「へ?」
「ん?」
「え?」
思わず漏れ出た声に全員が反応して視線を集める。
お茶子は中空を眺め、ぼんやりした顔で、今しがた浮かんだ顔を手繰り寄せた。
出会ったのは入試。その時の出来事がきっかけで入学してからも何かと行動を共にすることが多い男子が一人居た。いや、冷静によく考えればなぜか一緒に行動するのが多い男子はもう一人居るはずなのに、その時に浮かんだのは明確にその人だけだった。
ヒーローが大好きで、いつも一生懸命で、たまに挙動不審になったり、異様に集中すると独り言が多くなったりする、けれど意外に頼りになる優しい人。
くしゃっと笑う子供みたいな顔。顔を真っ赤にして照れる顔。集中して、真剣に、誰かを
驚くべきことに思い出そうとすればいくらでも思い出せる。
付き合いは短いのに意外と見ていたのだなと自分の記憶力にも驚かされる。
そして、ついさっき教室で目が合った時のことも。
ぼけっとするお茶子の顔を覗き込み、芦戸は不思議そうに見つめていた。
雰囲気が変わりつつあることは全員が察している。気付けば葉隠と耳郎も前のめりだ。
「誰か思い浮かんだの?」
「う、うん……そう、かな?」
「麗日、その人のこと好きなの?」
「……へっ!?」
その質問を予想もしなかったのか、はたまたそんな思考になるとは考えもしなかったのか、唐突に大きく体が震えて仰け反った。椅子ががたがたと揺れて後ろへ下がる。
予想外の攻撃を受けたお茶子は気付けば耳まで顔を真っ赤にしていた。
これは、流石に見過ごせない。
にやにやする三人が机に乗り出すようにして詰め寄り、真相を知りたくなっている。
「居たんだ、好きな人」
「見つかったね? 顔も浮かんで」
「へー。ほー。ふ~ん」
「ちちち違うよっ!? 別に好きとか、そんなんちゃうもん! むしろあの、尊敬っていうか、大体まだ出会ったばっかりで好きになるとかさぁ!」
「出会ったばっかり? クラスの人っ!?」
「あぁああああっ!? 違う違うちがぁ~うっ!?」
取り乱したお茶子が椅子を倒して立ち上がり、何かを恐れるように後ずさった。
彼女の反応が可愛かったことも関係しているのだろう。一瞬にして知りたくて堪らなくなった五人は思わず席を立ち、じりじりと彼女に近付きながら質問する。
「同じクラスの人だ! 誰だれ!? 緑谷と飯田は結構一緒に居るよね!」
「大切なのは時間じゃないよお茶子ちゃん! 誰!?」
「先にゲロっちゃった方が後々楽だぜ。誰?」
「みんな無理に聞き出しちゃ悪いわよ。誰?」
「誰ですの麗日さん! 参考までに詳しく!」
「ううううぅ、ああああぁ……!?」
両手で乱暴に髪を掻き始めてパニック状態だ。
羞恥心と空気に耐え切れなくなったお茶子は有無を言わさず駆け出し、逃げ出した。
あっと思った時にはすでに遅く、一目散に離れていく背中に申し訳なさを覚える。
「うわあああああんっ!? ちゃうもんちゃうもん! そんなんじゃないもーん!」
「麗日ぁ! なんかごめーん!」
「追い込み過ぎちゃったね……」
「まさかああなるとは」
「お茶子ちゃん、初心なのね。結構本気なのかしら」
「一体、誰だったのでしょう……」
反応は様々。とにかくお茶子は逃げてしまった。
放っておくのもまずかろうと梅雨と葉隠が追いかけることを決めて、残りのメンバーで恋バナを続けられるような気分でもなくなり、この場はひとまず解散となる。
今日のところは仕方ない。しかし、第二回女子恋バナ会が開催された暁には。
ヒーローになるという目標だけでなく、新たな野望を抱いた芦戸だけが快活に笑っていた。