どうやらデクのハーレム展開   作:ヘビとマングース

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麗日お茶子は意識する その2

 出会いは雄英高校の入試の日だった。

 緊張している男子生徒が急に歩いていこうとする姿勢のまま転びかけたのを目にして驚愕した。咄嗟に追いついて彼の体に触れ、“無重力(ゼロ・グラビティ)”の“個性”を使って浮かせてやり、ちょっとしたこととはいえ(たす)けてあげたのがそもそも最初の出会いだった。

 

 その後はヒーローになるための実戦形式の入試を行い、その日のために用意された広大な町の中を駆け回って、合格するために必死の想いでロボットを破壊していた。

 彼との再会は意外に早くて、その試験の最終盤である。

 

 町を破壊する巨大なロボット、倒してもポイントがもらえない特殊個体が現れて、ポイントを稼ぐべく躍起になってロボットを破壊していた人々がこぞって逃げ出した。

 あれは無理だ。絶対に勝てない。

 誰もがそう語って圧倒的な脅威に背を向け、建物が破壊される音を聞いて恐怖を覚え、我先にと遠ざかろうとする状況。

 彼女はそれを、取り残される形で後ろから見ていた。

 

 ほんの些細なミスがあった。

 割れた地面で転んでしまって足をくじいた。たったそれだけと言えばそれまでだが、避けようがない脅威が迫っている場面ではあまりにも命取り。

 後になって冷静に振り返ってみれば、学校側が用意したロボットが逃げ遅れた中学生を踏み潰すはずがないのだが、かつてない恐怖に混乱する少女に現場で冷静に考える余裕はなかった。

 

 あ、死んだ。

 自らのミスを悟ってロボットの足を真下から見上げた時、そう思った。

 大好きな両親の顔が浮かんで、ヒーローになってお金を稼いで、楽させてあげたかったなと人生の後悔すら頭の中には浮かんでいる。

 

 そんな時に、彼が現れた。

 凄い勢いで体を掬いあげられて抱えられ、強烈な風を浴びて空中を運ばれた。痛みこそないが強い衝撃を受けて着地した時、彼女は彼の腕の中に居たのである。

 

「あっ……転びかけてた人」

「はっ、はっ、ふぅーっ……!」

 

 必死に呼吸して、緊張してわずかに震える体を律して、落ち着こうとしていた。

 深く息を吐いた後、ようやく目が合う。

 怖くないはずがない。彼だってきっとこうした状況には慣れていない。それは伝わった。なのに彼は死を連想して硬直した少女のため、不安を押し殺して笑うのだ。

 彼女はその姿にヒーローを見た。

 

「だい、丈夫っ」

 

 絞り出した声。

 一度出してからはもう思い切り言えた。

 

「僕が来た!」

 

 気合いが入った声で堂々と言われた。あまりに有名なフレーズだ。あのヒーローのファンなのではないかと一瞬で理解できる。

 振り返って足を踏み出し、ロボットの足元から逃げようとしている。

 その時にも彼は彼女を安心させようと、笑顔で目を見て言うのだ。

 

「君を、(たす)けるから!」

 

 ぐっと膝を曲げて地面を蹴る。まるで爆発するみたいな衝撃が全身を走った。

 彼の一歩はとても速くて、少女の脚力では考えられないほどの距離を一息に進んだ。

 全身がわずかに光っている。おそらく何らかの“個性”があるのだろう。それ自体は珍しくもないがいざ自分がその速度を体感すると驚かずにはいられなかった。

 

 眼鏡の人、後になればそれが飯田(いいだ)天哉(てんや)だったとわかるのだが、説明会の時点で真面目過ぎて怖そうな人と思っていた人物が大声で呼んでいる。

 そこへ、緑谷(みどりや)出久(いずく)は素早く到着し、麗日(うららか)茶子(ちゃこ)(たす)けたのだった。

 

「よくやったぞ! 君は凄いな! スピードもそうだが、あのタイミングでよく走った!」

「あし、足が、震える……!」

「大丈夫か!? 生まれたての小鹿みたいになっているぞ!」

 

 お茶子を横抱きにしたまま、出久の両足は面白いほど震えている。笑えるほどの余裕はなくて飯田はわざわざ足を覗き込んで心配していた。

 ともかく彼女は無事だった。ロボットからも十分に離れている。

 さあ、後は逃げるだけ。

 そう思って飯田が先導しようとした矢先に、出久はお茶子を下ろそうとしていた。

 

「行くぞ! 試験終了まで時間はもう残りわずかだ! 後の時間を逃げ切れば……っておい!?」

「あの、大丈夫? ですか?」

「う、うんっ。でもちょっと、足を挫いたみたいで」

「なぜ彼女を下ろすんだ! そのまま運んでくれ! すぐに離脱を――!」

「すみません。彼女を、お願いします」

 

 下ろされたお茶子は右足を庇って左足に重心を預けていた。それでも一人で立っている。

 肩を貸して、少なくとも立つことはできると確認した後、出久が離れていく。

 理解し難い行動だ。まさかと思った。

 咄嗟に止めようとした飯田は、彼があの巨大ロボットに立ち向かうとしているのだと悟った。

 

「何をやっている!? 戻れ! あれを止めるのは無理だ!」

「で、でも、止めないと町が壊されて……」

 

 自信なさげな弱々しい声だったが、すでに決意した後の発言だった。目の前で聞いた二人は驚愕して表情を変える。

 馬鹿げている。何十メートルもの体長の差がある機械を相手に何をするつもりなのか。先程の行動は賞賛したがそれを認めるわけにはいかない。

 

 彼の言わんとしていることはわかる。

 これは試験だ。だがヒーローとして現場へ出た時、町で暴れる(ヴィラン)を見て見ぬふりをして破壊を許してもいいのか。

 仮想(ヴィラン)であるロボットを倒そう、倒したいと言い出したに違いない。

 敵うのならばそれも正しい。経験に関わらずきっと正しい判断だ。だが敵う保証がない中学生が一人で立ち向かうなど、初対面であっても見逃すことができるはずもない。

 

 説明会の時、飯田は出久がやる気に欠けるミーハーな生徒だと思った。

 つい先程の行動で彼を見直し、そうではなく、本気でヒーローを目指す男なのだと認めた。

 そして今、やる気があり過ぎる態度は死に直結すると恐怖し、必死で彼を止めようとしている。

 

「君のその考えは、ヒーローとしてとても正しいものだ。だけど無茶だ! 危険過ぎる! 全て自分一人でやらなきゃいけないわけじゃない!」

「そうだけど、でも、ここに居るのは僕らだけで……」

「適材適所というものがある! 戦うだけがヒーローじゃない! 敵わない相手から逃げるのはここに居ない市民を(たす)けるためだ!」

「あれを放っておいて、また誰かが傷ついたら……」

「考え直すんだ! 今ならまだ逃げられる!」

「そんなこと、見過ごしておけない」

 

 出久は二人に完全に背を向けた。

 いつの間にか足の震えは止まっている。緊張して、恐怖していたはずの彼が、頑として意見を曲げずに行こうとしている。

 飯田とお茶子は、意見を合わせることなく同時に手を伸ばしていた。

 止めなければ。そう思う手はなぜか不思議と大きく見えた背中には届かない。

 

「決めたんだ。そこに居るだけでみんなが安心できるヒーローになるって。あの人みたいな、みんなが笑っていられるヒーローに」

 

 歩く仕草に合わせて体から発される光が稲妻の如く迸る。

 必死で声をかけても止まらない。

 膝を曲げた時、二人は観念するように悲しげな顔をした。

 

「なるって、決めたんだ!」

 

 ドンっと蹴った地面が揺れて、撃ち出されるように空へ跳び上がった。

 体は一瞬にして巨大なロボットの頭部を跳び越えて見下ろし、ふわりと一瞬の浮遊。

 全身から光が放出され、右腕に集中されていくのがよく見えた。

 

(出力を間違えれば骨が弾ける! でも並の力じゃ止められない! だったら、もう)

 

 落下する軌道で出久の体がロボットへ向かっていく。

 二人があんぐりと口を開けて見つめる中、拳が硬く握り締められる。

 

「今、この場で、右腕はいらないっ」

 

 全身を大きく動かして右腕を大きく引き、力を溜めて、一息に振り抜く。

 

SMAAAAAAAAASH(スマァアアアアアアッシュッ)!!」

 

 接近と同時、目にも止まらぬ速度で頭部を殴った。

 轟音が鳴り響いて巨大な金属片が町に降り注ぎ、よく見れば巨大ロボットの頭部は、風穴が開いて完全に機能を失っていた。

 たった一度の攻撃。凄まじい威力で、絶対に倒せないと思われていた敵を壊した。しかしその代償は大きく、殴った出久の右腕は血を噴き出し、自らの攻撃による衝撃で骨はバキバキに砕けて、肌が変色するほどのダメージを負っている。

 

「ぐあぁっ……!? あああああああっ!?」

 

 高く跳び上がった後、炸裂した右腕を押さえながら落下する。

 その時出久は、激痛に耐えながらハッと気付いた。

 ずいぶん高く跳んでしまったが空を飛ぶ術などない。出久は為す術なく落下し、重力を感じた途端に忘れていた恐怖を思い出した。

 

 バラバラと散らばって落下していくロボットのパーツと共に、地面が徐々に近付いてくる。

 冷静になれば自分の行動がとんでもないものだったと今更気付いた。

 思わず悲鳴を発して、出久は先程よりも強く死を近く感じる。

 

「うわぁああああああっ!? やばいっ!? 着地考えてなかった!? 死ぬぅうううっ!?」

 

 着地までの時間はほんの数秒。

 その間、眼下の光景がなぜかよく見えた。

 

 背中に先程(たす)けたばかりのお茶子を乗せて、飯田が真下まで走ってくる。“エンジン”の“個性”でふくらはぎの後ろから蒸気を噴き出し、猛スピードで前進していた。

 降ってくるパーツに悲鳴を発しながらも辛うじて避けて近付いてくる。

 そうして出久の真下まで来た時、お茶子が飯田の背中を蹴り、空へ向かって跳んだ。

 

 “無重力(ゼロ・グラビティ)”により、指先の小さな肉球を自分に触れさせ、ふわりと浮かび上がる。

 決して速くはなかったがジャンプの推進力を使い、彼女は空へ昇っていった。

 落下してくる出久と視線が交わり、左手を伸ばして意を決して叫ぶ。

 

「ハイタッチ!」

「あっ――!」

 

 無事だった左手を伸ばして、真下から上がってくるお茶子と手を合わせた。

 彼女の“個性”が出久の体にも適用されて体が一気に軽くなる。重力を無視して体が宙に浮かび、ふわふわと徐々に地面へ向かって落下していく。これで少なくとも地面に叩き付けられて死ぬことはないだろう。

 

 体の力が抜けて、右腕には絶えず激痛が走っているが、ほっと一息つける瞬間だ。

 出久は自分より下に居る彼女を見やり、声をかけようとした。

 それよりも先にお茶子が彼に向かって言う。

 

(たす)けてくれてありがとう」

「え? あ、いやっ」

「さっきの、かっこよかった!」

 

 ぐっと拳を握ってキラキラした目でそう言われた。感激している様子で嘘偽りなく、正面から素直に言われて、しかも女子だ。痛みを忘れるほど硬直した出久は途端に顔が真っ赤になり、異性と接した経験が乏しいせいで混乱し始める。

 痛む右腕はともかく、ばたばたと体を意味なく動かして、視線は即座に逃がされ、どこを見ているのかもわからない状態で動揺した声を発した。

 

「あああのっ!? いやいやっ!? さっきのはなんていうか、勝手に体が動いて、余裕がなくて何も考えられなかったし、ただなんとかしなきゃってそれだけで……!」

「すごいね! 本物のヒーローみたい!」

「いや、その……僕はただ、ヒーローになりたくて」

 

 女子との会話に慣れない様子で必死に言い繕おうとしていて、その最中、視線を落とした出久がぽつりと呟いた。

 すっかり巨大ロボットは倒壊し、パーツも地面に落ちて辺りは嫌になるほど静かだ。

 

「オールマイトみたいになりたいって、それだけ考えてて」

 

 その静寂に気付かぬまま、出久は呟き、お茶子は不思議とすぐに聞き入る。

 

「僕が(たす)けたいって思っただけなんだ。だから、無事でよかった……」

 

 ふわふわと落下していく時間が、永遠のようにも感じた。

 視線がかち合い、なんて優しく笑う人なんだろうと思ったのを覚えている。

 

「あっ、でも足挫いちゃったんだよね? 大丈夫?」

「あ、うん。だいじょう……っていうか!? それ言ったら君すごいことになってるよ!」

「え? あ……いたぁあああっ!?」

「大丈夫!? じゃないよね!? っていうか反応遅っ!」

 

 意識を集中してしまうと再び激痛に襲われた。出久は我慢できずに、咄嗟に体の無事な部分を動かしてばたばた暴れる。

 その行動の影響はお茶子の“個性”にも悪影響を与えていたらしく、ただでさえ自分自身を浮かせた場合には負荷が大きい。うぷっと口元を押さえて青ざめていた。

 

 おーいと手を振って下で待っていた飯田が二人を迎える。

 まずは二人を座らせ、出久の出血して腫れる右腕を見て絶叫した後、お茶子が吐きそうになっている姿に絶句していた。

 一部始終を見ていたとはいえ、妙な二人に囲まれて唯一無事だった彼が最も困惑している。取り乱しているのは彼も同じで、心配していたのだろう、すぐ傍に来ると無事でない状態を理解しても声をかけずにはいられなかった。

 

「すごいな君! なんてかっこいいんだ! 僕は君に尊敬の念を覚えたよ!」

「あ、ありがとうございます……」

「だけどこれは褒められない! さっき言っただろう!? 無茶をして、君が怪我をしたら(たす)けられる人を(たす)けられなくなってしまう! 誰かを(たす)けたいと思う心と行動力は立派だが、もっと自分を大事にしなきゃだめだ!」

「す、すいませ……!」

「そして君! 礼を言わせてくれ! ありがとう! 君が声をかけてくれなければ俺はあの場から一歩も動けなかったかもしれない! 君の判断と“個性”で彼を(たす)けられたんだ! というか今にも出してしまいそうだが大丈夫か!?」

「うぷぅ。らいじょうぉ……うぇええええっ!」

「ああぁ!? ちょっと! 大丈夫!?」

「出ているぞ! しかもかかっている! なんなのだこの状況は!?」

 

 着地のタイミングで互いを庇うためにか、距離が近くなったのが災いしたようだ。

 限界を超えたお茶子はわざわざ寄りかかるようにしてリバースしてしまい、落下したその先には出久の太ももがあった。仕方ないとは思うが反射的に声が出てしまった。

 混沌とした状況で飯田は青ざめ、しかし冷静に判断すべく必死に思考を働かせようとする。

 

「いかん! こうしている場合じゃない! 二人はここで休んでいてくれ! 俺が今すぐ先生を呼んでくる! きっと、すでに試験は終了しているはずだからすぐに――」

「その心配はいらないよ」

 

 走り出そうとした飯田を止める声があった。

 三人は揃って振り向き、すでに近くまで来ていた小さな老婆を確認する。

 

「もう来てるよ。イェイ」

「……かわいっ」

 

 雄英高校の看護教師、治癒を得意とするリカバリーガールが駆け付けていた。

 彼女が何者であるのか、ヒーロー名や経歴まで察した出久は本物を見れた感動により、再び激痛を忘れて笑顔になる。それとほぼ同時、“個性”の浮遊感で酔ってしまって青ざめているお茶子は、小柄な老婆がピースサインしている姿を見て、必死の想いで呟いてからがくりと倒れるようにして出久に自身の体を預けた。

 

 その後はああだこうだと言っている間に状況はどんどん進んでしまった。

 リカバリーガールの治癒を受けて体は回復し、出久は右腕を包帯で固定してしばらく安静にする必要があるものの、命には別条はなく。お茶子はちょっとした捻挫だけだったためすぐに歩けるようになった。酔いが治まれば何事もない。

 

 落ち着いた後は、それはそれで大変だ。

 お茶子はゲロを吐きかけたことを土下座せんばかりの勢いで出久に謝り、飯田は興奮冷めやらぬ様子で説教と感謝と謝罪を繰り返した。同時に二人から尊敬の念を伝えられてもいて、出久はひたすら恐縮して困惑し、しかし照れた様子で笑っていたのが印象に残っている。

 驚きと興奮の連続だったが、きっと良い出会いだったのだろうと後になって思うのだ。

 

 彼女たちと話していたせいでいつまで経っても帰ろうとしない幼馴染に焦れたらしく、最終的には自力で出久の居場所を探し出した爆豪(ばくごう)勝己(かつき)が突如乱入して強引に連れ去ってしまい、それもまた忘れられない光景だった。

 お茶子と飯田が出久を強く意識するきっかけは入試の日に集約されていたのである。

 

 そうして、合格発表。

 雄英高校に入学し、再び揃って会うことができた。

 思わず喜んで声をかけて、すぐに友達になれたのは、あの日の繋がりがあったからに違いない。

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