どうやらデクのハーレム展開   作:ヘビとマングース

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飯田天哉は非常に素直

 例えばそれは、ヒーローになるための訓練として実習を行っている時。

 例えばそれは、休み時間の何気ない会話の中。

 例えばそれは、“個性”の話となると目を輝かせる姿。

 

 飯田(いいだ)天哉(てんや)は以前から気にしていたことがあった。

 入学時にはすでに友人になっていた緑谷(みどりや)出久(いずく)のことだ。さらに深く知ったのは学校生活の中で関わりを持ったからなのだが、ふとした時に気付いたことがある。

 彼自身はおそらく自慢するつもりのない部分。そこが妙に羨ましくなった。

 

「緑谷君」

「何?」

「前から思っていたことなんだが、君はとても“個性”の分析が上手だな」

 

 この後に実習を控えているというタイミングで、着替えの最中に飯田が言い出した。唐突に褒められた出久はきょとんとした顔で固まっている。

 更衣室に残っていた男子生徒はその言葉を気にして彼らへ視線を投げかけた。

 

 何よりもまず、何もパンツ一丁のタイミングで言い出さなくても、と思ってしまった。堂々と胸を張る飯田は確かに鍛えられた良い体をしているものの、別にそれを他人に誇りたい人物でもあるまいし、着替え始める前や終わった後などタイミングは他にあっただろう。

 なぜわざわざその姿の瞬間なんだ、と目にした全員が思っている。

 

 出久が戸惑う理由の一つにはそれもあったが、咄嗟に手を振って否定する。

 ネガティブと言うほどではないとはいえ、彼はどうにも自己評価が低いようで、褒められてもすぐに「そんなことはない」と否定する傾向がある。それを知る飯田は初めから引くつもりはなく、自らの想いを伝えようとしていた。パンツ一丁で。

 話を始めてしまったせいで着替えを失念しているらしく、話は気になるが飯田が半裸だ。クラスメイトたちは微妙な心境でその光景を眺める羽目になってしまった。

 

「分析なんて、そんなにすごいものじゃないよ。ただヒーローが好きで、オタクなだけでさ」

「いいや。君はそう言うが好きなものを追い求める熱意というものはどんな分野においても素晴らしい力を持つものだ。君はヒーローが好きで、たくさんのヒーローについて熟知している。その知識を使って俺たちの“個性”についても色々考えているだろう。例えば」

 

 叩くようにして自らの胸に手を当てる。

 厚い胸板を自慢したい、わけではないだろうが、そう思われても仕方がないポーズと半裸で全く関係のない話をする彼に刺さる視線は冷たい。真面目なのだがどこか間違っている。飯田に対する評価はすでに確固たるものとなっていたようだ。

 

「俺の“エンジン”はやはり“速さ”が持ち味だ。俺の兄がそうであるように」

「ターボヒーロー“インゲニウム”だよね! ヒーローにとって重要なのは不安に襲われている人たちの下へ一秒でも早く駆け付けられる“速さ”だって信念を持ってて、一芸に秀でてるけど使い所に困る“個性”を持ってる人たちの育成に力を注いでる」

「そうだ! そして君やはりすごく詳しいな!」

「いやぁ、全然、詳しいなんてほどじゃ……」

 

 普段は大人しいがプロヒーローの話題となると嘘のように饒舌になる。照れた様子で笑う出久は本当に嬉しそうだ。

 この話は一体どっちへ向かうんだと、着替え始めたばかりとはいえ、聞き耳を立てるどころか凝視してしまった一同は会話の展開を気にしている。“個性”に関する話であるせいか、何であれ聞いておきたかった。

 

「俺は兄に憧れ、尊敬している。だからこそ“速さ”には拘りがあった。だが俺の“個性”を利用した走りより、一歩の速度では緑谷君や爆豪君の方が優れていることを知った」

「う、うん。かっちゃんはそうだろうけど僕は……」

「いや、ここは正確に把握しなきゃいけない。瞬発力は俺よりも君だ、緑谷君。正直に言うとそれは気にしなかったわけじゃない。悔しい気持ちだってあったさ」

 

 自信無さげに自らを卑下しようとする出久を伸ばした手で押し留め、飯田は以前確かにあったはずの葛藤を正直に伝える。

 単純な体力測定の際に判明したことだ。幼い頃から走ることには自信を持っていて、そしてそれだけは誰が相手であろうと自信を持ち続けていたいと熱望していた飯田にとって、ほんの数歩の違いであっても速度で誰かに負けることは大きな衝撃と苦しさがあった。

 

 人前では隠そうとしたが、落ち込んでいることに気付いた出久に声をかけられたのがきっかけ。

 声をかけられたその瞬間は、こんな姿を見られたくはない、そう思ったものだ。だがそれを機に話し合い、確かめる機会が得られたのは今にしてみれば良かったと思う。

 

「だけど君は、俺の“エンジン”は単純なスピードや瞬発力はもちろん、何よりも強みになるのは長距離の移動だと言ってくれた。一歩の勝負では君たちに劣るだろうけど、ギアチェンジで速度を上げることよりも、トップスピードを維持する持続力が素晴らしいんだと。“速さ”という大雑把な認識で満足していた俺に、君はより詳細に“個性”の強みを見出してくれた」

「いやいや、そんな、僕が言わなくたって飯田君は自分で気付いてただろうし……」

 

 謙遜して出久は手を振って自分の手柄ではないと言おうとしている。しかし飯田は、授業が全て終わった放課後、町へ出て“個性”の特訓に付き合ってくれた彼の行いを覚えている。

 飯田の兄であるプロヒーロー“インゲニウム”の話を交えながら、自分や爆豪(ばくごう)勝己(かつき)の“個性”の利点とできないこと、飯田天哉の“個性”の素晴らしさと欲しいものを語ってくれた。喋り過ぎたと本人は我に返った途端に恥じていたものの、あの時間は本当に有り難いものだったのだ。

 

「他のみんなに対してもそうだ。君は本心からみんなの“個性”に憧れ、認めて、その上で改善できる要素を見つけ出す。俺はその姿勢を素晴らしいと思う」

「い、いや、そんな……」

 

 褒めちぎられてどう反応すればいいのかわからず、出久は顔を真っ赤にして照れている。果たして今までこれほどまでに褒められたことがあっただろうか。おそらく実の母親にすらここまで絶賛された経験はないはずだ。

 照れ過ぎて困惑している出久へ、飯田は全く勢いを変えずに言う。

 

「俺は君のそんな姿に憧れ、嫉妬した。君のようになりたいと思うんだ」

「いやいやっ! 飯田君がそこまで言うことじゃないよ! だって、飯田君は委員長としてクラスのみんなを上手にまとめてるし、僕はなんていうか、オタク的な思考で一方的に好き勝手な妄想を喋っちゃってるだけっていうか……」

「しかし俺は君のその思考のおかげで自分の成長をはっきり目に見える形で実感した。昔から勉強は手を抜かずに取り組んできたつもりだ。ヒーローになるためには教養が不可欠だと。だが君の話を聞いていて気付いた。俺はただ知識を取り込んだだけ、それを上手く活用する方法を見出そうともしていなかった」

「僕は、その……」

 

 照れるだけでなく、どこか気まずそうに視線が動かされる。

 準備をしながらみんなが聞いている。それが緊張する理由の一つで、もう一つはその中に、部屋の奥に爆豪が居ることが大きく関わっていた。すでに着替えは終えていて、ペットボトルを傾けて水を飲んでいるものの、おそらく話は聞いているだろう。その部屋の中に居る限りは聞いていないとは思えなかった。

 

 様子が変わったことには誰しもが気付いていた。

 大きな戸惑いが感じられ、言うか言うまいかを悩んで口をもごもごさせている。

 結果的に彼は決心し、飯田に視線を戻して、恥じらいを忘れて真剣な表情で発言した。

 

「その、嘘みたいな話に聞こえるかもしれないけど……僕は“個性”が出るのが遅くて、中学三年生になるまで“無個性”だったんだ」

「中学まで? それは、本当なのか?」

「うん……かっちゃんはよく知ってるよ。幼馴染だから」

 

 数名が爆豪へ視線を向ける。彼は鼻を鳴らして背を向けたまま、肯定も否定もしなかった。

 

「詳しいことはよくわからないけど、ヒーローになりたいけど“無個性”で、絶対に無理だって言われてたんだ。だから、誰かの“個性”に憧れる力は、誰にも負けない、と思う」

 

 控えめで大人しい彼にしては、珍しく自己を主張する言葉。

 初めて聞かされた事実を加えて衝撃は大きい。

 出久はあたふたしながらにこりと笑って、飯田だけでなくそこに居るみんなへ言う。

 

「僕がすごいんじゃないよ。みんながすごいから、黙っていられなくなっちゃうんだ。今は奇跡的に自分の“個性”を持てたけど、僕はずっと、誰かに憧れてばかりだったから」

「そうか……そんなことがあったのか」

 

 ようやく声を出せたのは飯田だった。

 “無個性”だったからこそ“個性”に憧れた。そう言われると確かに納得できるものがある。クラスメイトと“個性”の話をする時、彼はすごいと、心から嬉しそうに言うのだ。むしろあれほど楽しそうだったのは自分が“無個性”だったからだと言われた方が納得できる。

 自分自身の“個性”を誇るでもなく、表に出すことは少ないが上昇志向は強くて、それでいて他人への憧れは隠さず表現する。その理由を今知った。

 

 力強く頷いた飯田は改めて背筋を伸ばした。

 改めて見てもパンツ一丁だ。

 微妙に締まらない光景だなと思うクラスメイトの呆れた視線は気にせず、敢えて大声を発する。

 

「緑谷君! 俺は君に敬意を表する!」

「うわっ!? どうしたの飯田君?」

「君の“超パワー”は、構造的にはとてもわかりやすい身体能力のパワーアップが主な力だ。しかもコントロールを間違えると自分が傷ついてしまうデメリットもある。入試の時には複雑骨折して大量に流血していた」

「う、うん」

「しかし君はその“超パワー”を必要な分だけ適切に扱い、建物の中では壁や天井を蹴って縦横無尽に高速移動し、必要があればコンクリートの壁を殴って壊すことも厭わず、(ヴィラン)であっても必要以上に怪我をさせないようにという気遣いがある」

 

 居合わせた誰しもが真剣に聞き入り、最後の部分に関しては爆豪が舌打ちしていたものの、敢えて止めようとする者は居ない。

 飯田は出久を認め、熱っぽく語る。

 

「そして何より! 授業とはいえ君は要救助者を(たす)けることを最優先に動き、誰よりも早く駆け付けて安全を確保する! 安心させるために笑顔で声をかけ、その“超パワー”で救い出し、時には体を張って守る! 君の行動力と判断はヒーローの鑑だ!」

「そ、そこまでは。だって、それはみんなも意識してることで」

「振り返れば君は初めて会った時からそうだった。仮想(ヴィラン)を倒すことよりも怪我をしそうな誰かを(たす)けることを優先して、転んでしまった麗日さんと何もできない俺を守るために獲得ポイントのない(ヴィラン)に立ち向かった」

 

 飯田に笑いかけられ、どうすればいいかわからないという風体だった出久の表情が変わり、ようやく受け止めることができそうだ。

 真面目で一直線な彼は嘘が苦手だ。搦め手も得意としていない。たまには柔軟な発想や嘘も必要だぞとクラスメイトに言われたってバカみたいに真っ直ぐ走っている。

 そんな彼が言うのだから、本心を明かされているのだと伝わって口元が緩んだ。

 

「君とは同級生であり、ライバルでもあるが、同時に仲間であり友人だ。俺は君と同じクラスになれて本当によかったと思っている」

「あ、えっと、その……」

「礼を言いたかったんだ。ありがとう」

「そんな、あの、僕の方こそ、ありがとう」

 

 妙に照れてしまうやり取りだったが暖かく見守られている。

 飯田は満足そうに笑い、出久は照れていたが視線は外さずにはにかんでいた。

 その空気をぶち破ったのは爆豪だった。見るからに不機嫌そうに、ヒーローコスチュームに着替えてのしのしと歩き、クラスメイトの前を傍若無人な態度で通り過ぎると出口へ向かう。

 

「ケッ。仲良しごっこかよ。薄ら寒くて見てられねぇなァ」

「最後まで聞いてたくせに」

「そうだそうだ。とっくに着替え終わってたのにさぁ」

「うるっせぇなァ! ぶっ飛ばすぞ!」

「爆豪君! ぶっ飛ばしてはいけない! 君もヒーローを目指す者だろう!」

「てめぇもうるせぇなァモブメガネ! いつまでもどうでもいい話してんじゃねぇ!」

「その手当たり次第にモブと言う癖をやめないか! 眼鏡は視力が悪い場合に目をサポートするためにかけるものだ! つまりこれはマジメガネだ!」

「知るかっ! どうでもいいわ!」

 

 荒々しく扉を開けて爆豪が出て行った。

 授業が始まるまでの時間にも限度がある。彼が動いたことで空気が変わり、そろそろ行かなければとすでに準備を終えていたクラスメイトが更衣室を出ようとした。

 

 扉の前に立った時に振り返ったのは入学早々に一目置かれていた(とどろき)焦凍(しょうと)だ。左右で色の違う赤と白の髪の毛、左目付近に火傷の痕があり、容姿端麗で成績優秀、“個性”も特別秀でていると話題で彼の出自にも関心が集まっている。雄英への入学から一ヶ月足らずで将来のヒーロー界に衝撃を与える麒麟児として噂は広まっていた。

 彼は真面目な顔で飯田へ視線をやり、淡々とした声で語りかける。

 

「飯田。話すのはいいが、パンツくらい履いた方がいいぞ」

「轟君、パンツは履いているよ。服を着ていないだけだ!」

「威張るところじゃねぇよ!? 早く着替えろっつってんだ! 緑谷だって話しながらちゃんと着替えてたんだぞ!」

「そうか。わりぃ」

「謝らなくていいぞ轟!? 今のは飯田がバカだっただけだから!」

 

 指摘された飯田も飯田なら、焦凍もどこか抜けている。見かねた数人が急げと飯田を急かして、中でも着るのが難しいヒーローコスチュームを一斉に手伝って着せてやる。

 話を聞きながらもきちんと準備を進めていた出久は、コスチュームではなくジャージを着て各部を守るプロテクターを着け、苦笑しながら飯田たちのドタバタを見ていた。

 

 その時、ふと視線を感じて振り返る。

 出て行こうとしていた焦凍がじっと出久を見つめていた。ただ見つめているだけというよりも、彼を見て何か思案しているように感じる。

 

 考えてみればクラスメイトの大半と話しているのに、彼とはほとんど会話していない。

 途端に緊張し始めた出久は何を言われたわけでもないのに姿勢を正して直立した。

 緊張して様子がおかしい彼から視線を外し、結局何も言わずに焦凍は行ってしまう。ほっと安堵したのも束の間、その表情がやけに気になった。

 出久は彼を気にして表情を曇らせ、素早く準備を終えた飯田に声をかけられて我に返る。

 

「遅れてすまない! それじゃあ急ごう!」

「う、うん」

 

 ようやく更衣室を出て実習へ向かう。

 時間に余裕はない。全員が走っていた。

 “個性”を使っていないが飯田と出久が先頭に居て、走りに慣れがあるせいか幾分の余裕を見せ、飯田は前を見据えたまま口元に笑みを浮かべる。

 

「君のようになりたいって言ったこと、嘘じゃないんだ」

「え?」

「俺は1年A組のクラス委員長だ。正直に言って最初からなりたかった。この立場を誰かに譲るつもりもない。だけど今は、君が委員長をしている姿を見たかった気もする」

 

 驚く出久を見て、飯田は迷いのない顔で力強く言った。

 

「俺は誰かを(たす)けるだけじゃなく、誰かを導けるヒーローになりたい。君のように、救助の現場だけじゃなく迷っている人の背を押してあげられる人になりたいんだ。いや、なる! 君と話してそう決めたよ」

「すごくいいと思う。飯田君ならきっとできるよ」

「ありがとう! 緑谷君は?」

 

 問いかけると出久は恥じる素振りもなく力強い声を発した。

 予想していた通りで飯田は思わず笑ってしまう。

 

「オールマイトみたいな、みんなが笑って安心できるようなヒーローに」

「ハハッ! 聞くまでもなかったな!」

「ちょっと待てェ!? 爽やかに言ってるけど遅刻しそうなのお前らのせいだからなっ!」

 

 笑顔で話す先頭の二人に後続から怒りをぶつけられる。しかしそれも致し方ないことだ。

 

「あっ、やっぱり僕も?」

「当たり前だろ! あんなシリアスな空気出されたらそりゃ聞き入るわ!」

「しかも飯田はなぜか半裸だったし!」

「すまなかったみんな! 次からは会話を始める時と格好に気をつけると約束する! だからこれも訓練の一環と思って走ろう! もっとペースを上げるぞ!」

「おぉい!? やる気になるなって!」

「お前はどっかずーっとズレてんの!」

「目的地はすぐそこだぞ! 頑張れみんな!」

 

 嫌にやる気な飯田に引っ張られるようにして、結果的に全速力で走る羽目になった。おかげで遅刻寸前で間に合ったのだが実習の前に乱れた呼吸を整えることから始めることになったのである。

 やけに元気な飯田は悪いと思って謝罪するものの、やたら良い笑顔なため許し難い。

 彼の話は長くなるので気をつけよう。

 授業直前の全力疾走を経験させられた面子は、飯田に関する新たな情報を胸に刻んだ。

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