食堂で昼食を終えて、自動販売機でジュースを買って談笑していた時だ。
別のテーブルで食事していた
「緑谷ってほんとすげぇよなぁ」
唐突な内容に出久はきょとんとして、理解すると困惑してしまう。
切島は赤い髪を逆立てた目立つ風貌とは裏腹に、快活でよく気が利き、クラスのムードメーカーとして認識されている男子生徒だ。クラスメイトに自ら積極的に話しかけ、クラスの融和性を高めている一人である。
出久も話した経験ならばあるとはいえ、彼に尊敬する眼差しで見つめられる覚えはない。そもそもちょっとした雑談をした間柄でしかなくて、かつて彼の命を救ったわけでもミスをフォローしたわけでもなかった。
唐突だったのは否定しようがない。
切島もそれは自覚していて、集まっていた生徒の輪の中に入るとつい思ったことを素直に口にしてしまっただけなのだ。
出久と話していたらしい、
「えーっと……?」
「さっきもそうだったけどさぁ、あの爆豪と幼馴染なんだろ? 俺だって話しかけてるけど大体会話になってないんだぜ。どうやって付き合ってきたんだ?」
「ああ、かっちゃんのこと」
苦笑していた出久の表情が、納得したと言わんばかりにパッと明るくなった。
自分の何が凄いんだろうと思い悩んだものの、幼馴染の話となれば話は別。確かに彼と付き合うのは大変なわけで、傍から見れば尊敬されても不思議ではないと自覚している。事実、これまでにもたくさんの苦労があって全てを伝えることはできない。
片鱗を思い出すだけでため息が出る。その態度に集った面々の好奇心はさらに強くなった。
「それは俺も気になっていた。失礼な発言だが、真面目な緑谷君と暴れん坊の爆豪君が幼馴染で、しかもいじめられていたわけでもなく長い付き合いがあるというのは信じ難い」
「暴れん坊て」
「でも実際ああだろ? お前らなんで仲良いんだ?」
「仲良い、かなぁ……?」
まさかと思う一言を聞いて出久が思わず不思議そうに尋ね返す。
確かに。飯田と瀬呂がちらりと切島を見れば、彼はおかしなことを言っただろうかという不思議そうな顔でもう一度念を押すのである。
「仲良いだろ。爆豪も緑谷にだけは気ィ許してるし。あの爆豪がだぞ」
「俺、切島ってすげーいい奴だと思う」
「ああ。少なくとも俺の目にはそうは見えていないのだが」
「そうか? 緑谷もそう思ってる?」
理解し難いと言いたげな瀬呂と飯田は呆れているのだが、切島は素直な感想を明かしただけだ。
確認のために出久へ視線を投げかけてみる。すると彼は驚いた顔で目を見開いていて、ほっとした様子を見せるとにっこり笑った。
「僕は、切島君がすごいと思う」
「は? なんでよ。お前がすごいって話してんのに」
「や、ごめん、そうなんだけどっ。変なこと言ってる、かな?」
「いいけどさ。俺がすごいって何?」
「聞きたがってんなぁ」
ズゴゴとパックに入っているジュースをストローで吸い込みながら瀬呂が口を挟む。しかし興味はあるようで視線のみで先を促そうとしていた。
当然のように飯田もじっと見つめている。
注目を浴びる状況に多少の焦りを覚えながら、思ったことは言おうと彼も覚悟を決めた。
「かっちゃんって、昔からああだから。すごくてなんでもできるのに、気に入らないことがあるとすぐ喧嘩しちゃってたんだ。だから人が近寄ってこないのが当たり前みたいになってて」
「まあそうだろうなー。そんな感じで見てたよ」
「でもあれで結構面倒見がいいんだ」
くすぐったそうに笑う出久からは純粋な好意が感じられる。発言の内容も合わせて、まさかあいつをそんな風に言うなんて、と大きな驚きがあった。
遮るのは忍びないためぐっと言葉を呑み込んで堪える。
昔を思い出しながらぽつぽつと、出久は静かな声色で語り出した。
「“個性”はみんなが羨むもので、強くてかっこよくてなんでもできて、すぐキレて迷わず暴力振るうし学校の窓ガラス何枚割ったかわからないけど」
「良いとこの話だよな?」
「僕が困ってると必ず
「教えているのか? それは」
「よく怪我させられたし、鼻血が止まらなかったり骨が折れたりした時もあったけど」
「いじめられてたのか? 何の話?」
褒めているのかけなしているのかわからなくなってくる。
正直に話しているのだろうが判断に困って聞いている三人の表情が曇っていた。しかし出久は軽やかに笑って幼馴染の
「わかり辛いから誤解されるけど、僕にとってはずっとかっこいいヒーローなんだよ。ただ直情的ですぐキレるってだけで、ああ見えて意外と優しい人なんだ」
「すでに大きな問題を指摘しているような気がするのだが……」
「意外とって言ってるぞ。最大の味方が」
「あーうん。でもまあ、イメージ通りっちゃイメージ通りっていうか。むしろヒーローとして認めてくれる奴が居てよかったよな?」
青ざめる飯田と遠い目をする瀬呂とは裏腹に、切島は苦笑するだけだった。
彼のそうした態度を見て改めて出久は言う。
「かっちゃんは誤解されやすい人だから。誤解じゃない部分もあるけど」
「褒めたいのか? 落としたいのか?」
「僕と仲が良いって、そう言ってくれたのは切島君が誤解せずにかっちゃんのことを見てくれてるからなんだと思う。負けず嫌いで素直じゃないから本人は絶対認めないけど、なんだかんだで優しいんだ。だから、それに気付いた切島君がすごいって僕は思う」
真っ直ぐに伝えられた賞賛の言葉だ。
面食らった切島は、驚きこそするが素直に受け入れる。妙に嬉しくなってにかっと笑いかけると出久も笑っていた。
「そうかな? じゃあ緑谷が言うんならそうなんだろ」
「そ、そうかな」
「どういう理屈だ?」
「いや、理屈ではない。きっと精神論だ」
「じゃあさぁ、あいつと上手く付き合う方法ってなんかあるか? 話しかけてんだけど大体いつも似たような反応だしよ。いい奴なら尚更仲良くしたいじゃん」
やはり切島は爆豪と友達になりたいようだった。珍しがられはするだろう。だからこそすぐに協力したいという気持ちになる。
やっぱり彼は良い人だ。
協力するべく出久は迷わず考え始める。
「うーん、そう言われても、大体いつもああだからなぁ。喧嘩っ早くて喧嘩と辛い物が好きなことくらいしかわからないや。一緒に居る時は大体筋トレしてるか喧嘩してるかで……」
「お前本当にあいつのこと好きか?」
「できれば男らしいので!」
「男らしい……あっ。男らしいかはわからないけど、かっちゃん負けず嫌いだから、挑発されると絶対断れないよ」
思いついた顔でそう言われた。
切島がうん? と首を傾げる一方、理解した瀬呂がわかりやすく頷く。
「なるほど。殴り合いの喧嘩した後で“お前強いな……!”って仲良くなるやつか」
「おお! そういうことか!」
「仲良くなれるかはわからないけど、強引にでも関わるなら一番わかりやすいかなって」
「物は試しだ! やってみっか!」
心得たりとすかさず切島が走り出す。
おそらく爆豪に会うため教室へ向かったのだろう。それはいいのだが、まさか言われた通り殴り合いの喧嘩でもするつもりなのか。心配になった三人は顔を見合わせるだけで意思を同じくして、何も言わずに後を追う。
三人が教室に着くとすでに状況は始まろうとしていた。
先に食事を終えて戻っていた爆豪は自分の席に座っている。
切島が正面に立ち、唐突にバンっと机を叩いて彼へ笑いかけた。
「爆豪! 腕相撲しようぜ! 俺とお前どっちが強いか!」
「あ? くだらねぇ。俺の方が強いに決まってんだろうが」
「んなのやってみなきゃわかんねぇだろ! やろうぜ!」
「アホらし。やる意味ねぇことやるほど暇じゃねぇんだ」
「嘘つけよ。どうせ腹いっぱいになって寝るだけの癖に」
「うるっせぇアホ髪! 邪魔だからどっか行け!」
爆豪は見るからに不機嫌そうだった。だが今日に限ったことではない。大抵そうして誰かを睨むような目つきをしているため珍しくなかった。
その返事を聞いて切島はにやりと笑い、姿勢を変えずに呟く。
「怖いのか? 俺に負けるのが」
あからさまに体が動いて反応した。
切島は楽しそうな声で言う。それが勝ち誇るような声色に聞こえてもおかしくはない。
「はっきり言って俺は勝てると思ってるけどな。腕力じゃお前より俺の方が強そうだろ」
椅子が吹き飛んだ、かに見えた。後ろにあった机にぶつかって横倒しになる。
その音も落ち着かない内から机にドンっと肘が置かれる。
反応はこれ見よがしなほどわかりやすい。
ふーふーと息遣いが荒々しく、ギリギリと歯を噛み鳴らし、自分の内に留めておけない怒りを発しながら準備をして、爆豪は腕相撲が始まる時を待っていた。些細な言葉であれほどの反応。見ている方が心配になってしまうほどの変化だった。
離れて見守る出久たちが言葉を失っている一方、その瞬間こそきょとんとしていた切島はすぐにその気になって自らも机に肘を置いた。
手を組み合い、準備は整う。
勝負を目前にして爆豪は相手を睨みつけ、切島もまた好戦的な笑みを浮かべた。
「俺がNo.1だ……! 何においてもなァ!」
「へっ、そりゃやってみなきゃわからねぇだろ! 本気で行くぞ爆豪ォ!」
「当たり前のこと言ってんじゃねェ! 俺はこの右腕を粉砕してやるって決めた!」
「いや粉砕はすんなよ!? ほぼ
言動はアウトだがやる気になったのは確かだ。
ぐるりと首を動かした爆豪はその恐ろしい形相を出久に向け、彼の反応など微塵も気にせずに廊下まで響く大声を発した。
「デクッ! さっさと始めろォ!」
「ぼ、僕がやるんだ……」
「急げよッ!」
「はい!」
怒声をぶつけられてすぐに出久が駆け寄った。
組んだ手に触れるのはまずい。嫌な予感がするからだ。
二人の“個性”を知っているだけに大丈夫だろうとは思っているが、だからこそ自分は一切手を触れない方がいい。切島をわずかに心配しながらも出久は恐る恐る言う。
「えー、じゃあ……す、スタート!」
宣言と同時、爆豪の手が爆発する。
組んでいた切島もまず最初はそうなるだろうと事前に読んでいて、自らの体を鉄に等しい硬度まで硬くする“硬化”を使用しており、幸いダメージは皆無である。しかしその衝撃と顔で感じた熱、やっぱりかという行動に驚いて表情は変わった。
「オラァ!!」
「うおっ!? やっぱりやりやがったお前! 俺が“硬化”だからよかったものの!」
「関係あるかウルァアアアアアッ!」
「てんめぇコラ! 負けるかァアアアッ!」
爆発こそあったが、始まった勝負は見るからに互角。互いに持てる力全てで押し合って腕がぶるぶる震えていて、わずかに傾きこそすれ押し切れない。
二人の間に挟まれた机が大きく揺れ、想像以上の白熱した勝負になっている。
切島が勝負を持ちかけた時は何を言い出すんだとクラスメイトの関心は薄かったが、まずは爆豪の奇襲で驚き、切島が“硬化”で無効化してさほど文句もなく続けることに驚き、どちらが勝つかわからない展開になったことで近くで見ようと人が集まってきつつあった。
始めの一瞬こそ怒りの放出のために“個性”を使った。しかしその後はどちらも“個性”で勝負を展開させようなどとはせずに力の勝負。
馬鹿馬鹿しいくらいに熱血な態度が人を呼んでいたようだ。
身体能力においては、何においても爆豪の方が上。それはこれまでの授業で判明している。
切島は気合いと根性で以てこれを打ち破ろうとしており、傍から見れば爆豪が勝つだろうという分野で思いもよらない抵抗を見せているのだ。
どっちが勝つのか。いつの間にかノリの良い生徒からは応援の声すら上がっていた。
「ふんががががががっ……!?」
「んがぁあああああっ……! しつっ、けぇんだよ! アホ髪ィ!」
「切島だっ、つってんだろうが! バカ髪ィ!」
「誰がバカ髪だコラァ!」
「お前も俺も大して変わんねぇからな! 爆発ヘアーだろそれ!」
「うるっせぇ! いちいちちまちまセットしてるお前と一緒にすんなッ!」
「お前それは言わなくてもいいだろっ!? 気合いなんだよこれはァ!」
罵倒しているのかただの会話なのか。言い合いながらも腕からは一切力を抜かない。
一進一退、どちらかが傾ければ火事場のクソ力ですぐさま押し返し、それを何度も繰り返して、疲労しようとも不思議な力が沸き上がってくる。
どちらも負けず嫌いなのは、その攻防を見ていればよくわかった。
台本通りに展開させられる器用な二人でもないだろうし、本気でやってそれなのだろう。
中々決着がつかずにやり合いを繰り返す姿に、仲良しかよ、と呟く声さえ出ている。もはや当人には周囲の声など聞こえていないが、クラスメイトが取り囲んで見守る異様な熱気の中で、応援が力になっていたことも否定できない。
「いいっ、加減に、しろやてめェ!」
「ぐぅ、うおぉっ――!?」
勝負を決したのは長い拮抗の末のほんの一瞬。
勝負所を見極めた爆豪が数秒もかからない一瞬に全てを込めて、強引に切島の腕を押しやると彼の手を机に叩き付けた。ドンっと大きな音が鳴った途端、まるで格闘技の試合を見ていたかのようにクラスメイトがわっと歓声を上げる。
教室内は狂喜乱舞の大騒ぎとなり、爆豪はそれを嫌がりもせず胸を張った。
「ハッハァ! 俺の勝ちだ!」
「くっそー!? もうちょっとだったのになぁ!」
「もうちょっとじゃねぇわ! バカが! 圧倒的余裕の勝利だろうが!」
「どこがだよ! ハァハァ言ってんじゃねぇか! どう見てもギリギリだぞ!」
「黙れ負け犬!」
「なぁにぃ!?」
悔しげに歯を剥き出しにして、しかし切島は、ふと冷静になって大きく息を吐き出した。
和気あいあいと騒ぐクラスメイトが爆豪に声をかけ、言動は荒々しいとはいえ、彼が上機嫌そうに返事をしている姿を初めて見る。
ちらりと出久を見れば、気付いた彼と視線が合い、嬉しそうに笑っているのを確認する。
真剣勝負だった。
負けたのは悔しいが、不思議と気持ちは晴れ晴れとしている。
仕方なさそうに頭を掻いた切島は笑みを浮かべて爆豪に声をかけた。
「あーあ。マジで結構自信あったんだけどな。やっぱお前強いわ、爆豪」
爽やかさこそ皆無だが珍しいくらいの笑顔でクラスメイトに応対していた爆豪が振り返る。
考える素振りがほんの数秒。切島と視線を合わせる。
何かを感じさせる沈黙が二人の間にだけあった。
やがて一転して、にたりと意地の悪い笑みを浮かべ、爆豪が楽しげな声で呟く。
「お前は弱かったなぁ、アホ髪」
「あーってんめぇ!? そこはお前もなっつってお互い認め合うお決まりのアレだろ! 流れ無視しやがってこの野郎!」
「そんなもん知るか。群れんな。流れ作んな。勝手に喋んな」
「大体お前もギリギリだった癖に! 俺が勝っててもおかしくなかったからな!」
「あ~? 負け犬がなんか鳴いてんのか? 犬の言葉はわかんねぇなぁ」
ひどく楽しそうな挑発に切島も黙っていられなかった。
自ら机に左肘を置き、再戦を挑む。
「だったら左でやろうぜ! 俺はこっちの方が強いからな」
「ハッ。負けた奴ともう一回やる意味がどこにあんだよ。結果は同じだろうが」
「なんだよ。次は負けそうだからやりたくねぇのか? さっきのまぐれだったのか?」
反応明らか。ブチッとキレた瞬間がよくわかった。
勢いよく机に肘を置いて手を差し出される。
素早い行動とわかりやすい反応に、堪えようとしたのだが、耐え切れずに切島は思わず噴き出して笑ってしまった。
「てめぇの左腕をバキバキに折ってやる……!」
「プッ、クハッ! お前マジでキレやす過ぎだろ。俺挑発なんかできねぇって思ってたのに」
「アァッ!?」
「ここまで来るともう面白ぇわ。緑谷の言う通りだったな」
その一言がきっかけで、ハッとした出久が静かに後ずさった。
凄い勢いで振り向かれて睨まれ、咄嗟に誰かの背に隠れようとしたのだが間に合わず、爆豪の怒声が響き渡る。
「デークッ!!」
「いやそれはちょっと会話の流れでちらっとそんなことを……! す、すみませんでしたぁ!」
「おい爆豪、逃げねぇよな? 俺は本気で勝てると思ってるからな」
「逃げるだとぉ……!? ふざけんなっ! お前の後があのクソナードだ……!」
「僕も入っちゃった!?」
今度は出久を待たずとも別の生徒が開始を告げた。
左腕による二人の勝負が始まり、クラスメイトが拮抗する勝負を盛り上げ始める。
今の内に逃げようかとも思った出久だが、普段とは違った様子で注目を浴びる爆豪を眺め、苦笑して足を止めるとその勝負を眺めた。
予想とは違った光景だった。きっと切島が爆豪のために周囲を巻き込んだのだろう。思えば敵ばかり作ろうとしていた彼がここまで誰かに囲まれているのは珍しい。
意外な幼馴染の姿を眺め、出久は微笑み、切島への感謝を抱いていた。