季節は春、暖かな日差しが降り注ぎ、色とりどりの花が咲き誇る。新学期から1ヶ月ほどたち、新しい環境にも慣れてきた今日この頃。
いつものように一人で登校していると(ボッチではないからな)、唐突に能天気な声が聞こえてきた。
「おはよー!」
聞き馴染みが無いようでもあり、記憶の奥の方にかすかにあるとも言えるその声の持ち主は、よく知る人間のものだった。
「ちょっとー、反応薄くない?」
こいつの名前は芳山紫苑(よしやま しおん)。一応、幼馴染ではある、あるんだが別に挨拶を交わすような仲ではない。
というか普段はこいつも俺のことなんて一瞥もせずに登校している。
「あぁ、おはよう」
とはいえ、挨拶されて返さないっていうのもおかしな話だ。仲が良くないだけで悪いわけではないからな。
「どうしたの、ハルキ? 元気ないじゃん!」
ハ、ハルキ!? こいつが、俺のことを下の名前で呼ぶなんていつ以来だ? 確か小学校に上がる前からまでは呼んでたはずだから、ざっと10年前くらいだぞ。距離感、バグってないか?
「なぁ芳山、今朝はどうしたんだ? 何か変だぞ」
「芳山って、やめてよそんな他人行儀な感じ。紫苑って呼んで?」
頭が痛くなってきた。
なんだこいつ、昨日までの芳山と本当に同じ人間か? いきなり下の名前で呼べって、まるで付き合ってるみたいじゃないか、、、。いいさ、こいつが望んでるんだったら呼んでやるよ!
「し、しおん?」
やばい、テンパって変な声が出ちまった。
案の定、芳山はそれを聞き逃さなかったようで。
「なーに、照れちゃってんの?」
と、ニャーっと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる紫苑。
やばい、むかついてきた。それに、今思い返すと小さい時はこいつにしょっちゅういじめられてたような気がする。おやつをとられたり、読んでいた絵本を取り上げられたり、とにかくいつも泣かされてたな。
そして結局、なぜかこいつと一緒に登校する羽目になり、学校に着くまで散々照れたことをいじられ続けるのだった。ただ、この時間は悪くはない時間ではあったが。
そうして学校に着いた時、予鈴まであまり時間は残っていなかった。
いつもなら、割と余裕があるのに思いの外時間がかかっちまったな。まぁ、理由はわかってはいるが。
「じゃーハルキ、私は教室こっちだから」
「はいはい」
芳山と俺はクラスが違う。俺は4組、芳山は1組だ。もしこれで教室が一緒だったら、間違いなく噂されるところだった。
とにかく、俺も自分の教室に行かないと。
「おー宮西、おはよう」
教室に入ると、ガタイのいい男が挨拶をしてくる。こいつは中岡、数少ないおれの友人だ。ちなみに宮西は俺の苗字。
「あーおはよう」
「なぁ宮西、お前芳山さんと付き合ってるの?」
唐突に中岡が爆弾を放り込んできた。
「な、な、な、なんだよ急に?」
「いや、動揺しすぎだろ。なんか、お前と芳山さんがいちゃつきながら登校しているのを見たってやつがいてさ」
まさか、見られていたのか? 確かに考えれば当たり前だ、俺はともかく芳山はそれなりに目立つ存在だし。それに今朝の俺はちょっと浮かれていたのもあっで、周りに気を配っていなかったからな。
「い、言っておくけど、俺と芳山は付き合ってないからな」
「だよなぁ、宮西ぼっちだし」
「うっさいわ」
大体、お前と喋ってる時点でボッチじゃねぇわ。じゃないよな?
その後は昼に芳山が急に押しかけてきたりなどのトラブルはあったものの(ちなみに俺は中岡と学食にいっていたので後で聞いた)、とりあえず全ての授業を終えた。
そして放課後、その脚で一目散にある所に向かった。
「というわけなんですよエルさん」
向かった先は図書室。その目的はエルさん(本名は知らない)に相談を持ちかけることだ。エルさんはうちの学校の図書委員長で一つ上の先輩だ。噂では告白された数が100を超えるらしい。いかにも深窓の令嬢といった、その容姿を見ればあながちその噂も間違いではないと思ってしまう。それにエルさんは、誰にでも優しい人格者でもある。そりゃモテるよなぁー。
「はぁ」
「はぁって、もっと真剣に聞いてくださいよ」
「十分聞いたさ。要は君は女子の名前すら呼べない、初心な男の子ってことだろ?」
間違ってない、間違ってはいないが。ただそこは本筋では無いし、できればエルさんには拾って欲しくなかったところだ。
「いや、その下りはどうでもいいんですけど。とにかくなんだか不気味じゃないですか?」
「私はその芳山さんって人を知らないからね。単純に君と距離を詰めようとでも思ったんじゃないのかい?」
「芳山が俺に惚れたとでもいうんですか?」
朝、中岡に言われたことを思い出す。
俺が言うのもあれだが、芳山はモテる方の部類であるのは間違いない。というか、それを抜きにしても俺に惚れるってこと自体が有り得ないだろう。自慢じゃないが彼女いない歴=年齢だからな俺。
「さぁね? 何度も言うけど芳山さんを知らないんだ。私には分からないさ」
まあ、確かにそうだよな。いかにエルさんと言っても、なんでも知っているわけではないのは当然だ。
とりあえず、一旦このことは忘れよう。案外、何かしらの罰ゲームで俺をからかっているだけかもしれないし。もしそうだったら、めちゃくちゃむかつくが。
まぁいい。せっかくだしエルさんと雑談でもさせてもらおう。エルさんの話は面白いからな。
なんて考えていると、ガラッと勢いよく扉が開かれる。
「いいね、恋の予感だね」
扉を開けて入ってきたのは、顔馴染みの女だった。
開口一番、馬鹿なことを言っている点でこいつの頭の程度もなんとなく分かるだろう。
「げ、アズミ」
身長は140cm代前半、小学生と言っても通じるだ目の前の女の名前は生従愛純(おきより あずみ)。こんななりだが、こいつも一応俺の一つ上の先輩だ。ちなみにエルさんとは非常に仲がいい。もっともエルさんとは違って敬おうとは全く思わないが。
「げ、とは言い草だね。大体、エルちゃんはさん付けなのに、なんで私のことは呼び捨てなわけ? 私も先輩なんだけど」
「だって、ちんちくりんだし」
正直、こいつと2人で歩いていたら職質されてもおかしくないと思う、というか実際に経験もあるわけで。ただ、この発言はアズミの逆鱗に触れたようで。
「殺す!」
と吐き捨てるや否やアズミが俺に飛びかかってくる。というか速っ! 格闘技か何かやってるのかこいつ? あっという間に距離を詰め俺に掴みかかる寸前、エルさんが間に入る。
「ほら、アズミ落ち着いて。心配しなくてもアズミはとても魅力的さ。僕が言うんだ間違いない」
アズミを受け止めて、優しく語りかけるエルさん。おいアズミ、そこ代れよ。
「やっぱり、エルちゃん大好き!」
そう言ってアズミはエルさんを抱きしめる。おい、アズミやっぱりそこ代われ!
それから時間が経ちエルさんが職員室に図書室の鍵を戻しに行って、2人きりになった時、唐突にアズミが話しかけてきた。
「あ、そうだハルキ」
「なんだ?」
「エルちゃんは敢えて言わなかったみたいだけど可哀相だから一つ助言してあげる」
「助言?」
こいつの助言なんて役に立つのか? しかもエルさんが言わなかったって言うなら尚更。
「芳山さんだっけ? とにかく、その人には気をつけた方がいいよ」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。分からなかったら辞書でも引いて」
「そういうことじゃねぇよ」
「残念だけどこれ以上は言えない。後はハルキが自分で考えて」
いつもとは違い真剣な声色でアズミは答える、それはこれ以上は答えないというはっきりとした意思表示だった。