腕をグーパーと開いて閉じてと繰り返し、痛みがないことを確認しながら待ち合わせの相手を待つマギ。
先程の無意識な暴走や風香と史伽が去った後にまた勝手に動きだそうし、エヴァンジェリンに魔力を吸ってもらった時よりも腕が暴走する感覚が狭まっているように感じた。
心配になり、一目のつかない所で上着を脱いでみると、黒いもやが今度は肩の付け根まで侵食していたのだ。
(このまま腕が暴走して最悪このもやが体全体を侵食する前に、いっそこの腕を切断した方が……)
と物騒な事を考えているなかで、待ち合わせの相手がやって来た。
「お待たせしましたマギ先生」
おしゃれなワンピースに着替えた千鶴がにこやかに歩み寄ってきた。
こちらに来る千鶴に軽く手をあげる。
「いや全然待ってないさ。それにしても、大人っぽい千鶴が着るととても似合ってるな」
「ありがとうございますマギ先生」
ワンピース姿の千鶴を誉め、マギの誉め言葉に笑みを浮かべていた千鶴だが、少しずつその笑顔が曇ってきた。
「どうした千鶴?」
「いえ、なんだかマギ先生の顔お疲れのようですし……もしかして無理してませんか?」
千鶴はボランティアで子供達の相手をしている。感情の変化を読み取るのもなれているのであろう。急いで大丈夫そうに取り繕いながら笑顔を振る舞うマギ。
「大丈夫だ千鶴。これぐらいなんともないさ」
「でも、本当に無理をしてるなら……」
「本当に大丈夫さ。それに、今は無理にでも思い切り楽しみたい気分なんだよ」
心配そうにしてる千鶴を無理にでも言い聞かせ、マギが大丈夫だと言っているならと、強引に納得させた。
「分かりました。けど本当に大丈夫じゃなかったら言ってくださいね」
「心配してくれてありがとな。それじゃ時間も惜しいし急ごうぜ」
そう言って千鶴の手を引き目的の場所へ向かう。急にマギに手を引かれ驚く千鶴。
まだマギの体調を心配している千鶴だったが、その内心は嬉しかった。
目的の場所は中々の大きさの劇場であった。今回マギは千鶴と一緒に劇の公演を見ることが目的だ。
「しっかし随分と人が来てるな」
周りを見渡して呟くマギ。劇の席はほぼ満席で空席はちらほらといった所だった。
「この劇はとても人気で役者の学生もプロ顔負けと言われるほどで、物語もとても分かりやすく面白くて、連日満席という評判らしいですよ」
「そっか、俺は今まで劇とか見ることなかったんだが、正直とても楽しみだ」
と話している間に、ジーーーと言う音と劇場が暗くなり、今まさに劇が始まるのであった。
「―――いや、凄い劇だったな」
「そうですね」
劇が終わり、劇場を後にするマギと千鶴。その顔にはまだ劇の余韻が残っていた。
劇の内容は、物語は2つの国が戦争中という所から始まる。
主人公は凄腕の暗殺者であり、自分の国の王から隣国の王の心を壊すために、娘である姫を暗殺するように命じられる。
さっそく主人公は暗殺目標の姫の家庭教師に扮し、姫へと近付く。が、その姫の美しさに心を奪われてしまう。そしてその姫も主人公に一目で恋に落ちてしまったのだ。
が、主人公は目の前の姫を暗殺するために来た。自国の勝利のために暗殺の機会は何度かあった。しかし自分に向けて眩しい笑顔を見せてくれる姫を見ていると、心を揺り動かされる。
いくら待っても姫の暗殺の報告が来ないことに王は何人かの刺客を送った。
ある時は狙撃手が狙うが、主人公の第六感で姫を護る。またある時は大胆にも城に侵入し、直接姫の命を狙おうする。
本格的なアクションシーン。劇だと分かっていながらも劇場のあちこちで悲鳴があがり、マギの隣に座っていた千鶴も息を呑んでいた。
激しい戦闘が続くが、主人公の方が上手で、姫を殺そうとした暗殺者を返り討ちにしてしまった。
その後も何回か姫を暗殺から護っていると、姫が暗殺対象から命をかけて護りたいと思える存在となり、姫の方も主人公にならこの身を委ねてもいいと思えるようになった。しかしの2人の関係は長くは続かなかった。
しびれを切らした主人公の国の王が力ずくで隣国へ攻めてきたのだ。姫の国も抵抗するが、少しずつ押されだし終には姫の国の軍隊は全滅。主人公の国の軍隊が今まさに城に攻め込もうとしていた。
姫の父であり国王は姫に国から逃げるように命じ、姫は主人公も一緒に逃げるように言った。
しかし主人公は一緒に逃げようとせず、自分は貴女を暗殺するように命じられた暗殺者だと告白した。
姫は驚きを隠せなかったが、主人公は姫に少ない日々であったが、貴女を護りたい気持ちやこの愛は本物だと。だからこそ貴女には生きて欲しいとそう自分の正直な気持ちを語った。
主人公の告白への応えは平手や罵倒ではなく、姫の優しい口づけであった。姫も薄々ではあるが、主人公の正体に感づいていた。だが、それでも我儘な気持ちではあるが自国ではなく、自分を選んでくれたことが嬉しかった。
軍隊の怒声がすぐ側まで近づいていた。主人公が姫に逃げろとここは自分が食い止めると叫び、姫も必ず生きてまた私の所へ戻ってきてと誓って欲しいと叫びながらお付きの者に連れられて行った。
主人公は姫が行った事を見届けると、剣を構え迫り来る軍隊に一人で立ち向かう……という所で劇は閉幕となった。
なんとも後味の残る終わり方であるが、その後の展開は劇を観た視聴者によって変わるだろう。孤軍奮闘するが最後主人公は力尽き、悲劇で終わるか。それとも主人公と姫は結ばれハッピーエンドで終わるか。
「あの後主人公とお姫様はどうなったんでしょうね」
「さぁな。けどまぁ、最後は主人公とヒロインは末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたしで終わるんじゃあないか?まぁ俺はそう信じるぜ」
劇の感想を話すマギと千鶴。見れば空は少しずつ日が傾き綺麗な夕焼けを描いていた。
「とっても面白かったです。秘密を抱えながらも少しずつ惹かれ合うあんな関係に少し憧れを持っちゃいます」
千鶴は先程の主人公と姫の関係に惹かれていた。
「女子ってそう言った恋愛にも興味を持つものなのか?」
マギが興味本位で聞いてみる。そうですね……と暫く考えてから千鶴は答える。
「我儘を言ってしまうなら、秘密は隠さず言って欲しいと思ってます。けど誰にでも簡単には言えない秘密があるものだと思ってます。そう……今のマギ先生のように」
そう言った瞬間、マギの表情が固まる。
「秘密?このマギさんに?生憎いつもオープンな感じにしてるんだけどな」
無理して飄々とした態度を演じるが、誤魔化さないでくださいとピシャリと言う千鶴を見て、あっもう無理だ誤魔化せねぇなと観念する。
「私も武道大会を見ていましたが、余りにも非現実な現象が起こったり、マギ先生とネギ先生のお父さんを名乗った人が現れた瞬間にマギ先生が異形の姿に変身したり、そんな光景を目の当たりにして、どこか普通じゃないとそう確信しました」
「……ちなみに武道大会を見てそう確信したのか?」
「雨の日に寮に不法侵入した初老の男性が小太郎くんを襲った時からどこか普通じゃないと思いました」
どうやら結構前からここの世界観が違うと感じ取ったのだろう。少しでも魔法に関わると認識阻害が薄れるのだろうか。
これ以上は無理だと判断し、深いため息を吐くマギ。
「まいったな。これ以上は誤魔化すのは無理そうだ。千鶴」
「はい」
「何をかくそう、俺は魔法使いだ」
「魔法、使い」
「あぁそして弟のネギも魔法使いだ」
それからマギはネギの修行の付き添いとして日本の麻帆良に来たこと。図書館島での探検、エヴァンジェリンとの対決、修学旅行での死闘。悪魔の襲来、そして今の学園祭までの話を包み隠さず話した。
千鶴はずっと黙って聞いて、何も言わず表情を変えることもなかった。
「―――以上がこれまでの出来事だ。信じてくれたか?」
「普通だったらそれこそ法螺話だと思います。けど、マギ先生がそんな嘘を吐く人じゃないって信じてますから」
「……ありがとな」
話終わった頃にはもう日が傾き始めて夕焼けから夜闇へと変わり始めていた。
千鶴のまっすぐな視線に微笑みを浮かべながら礼をのべるマギ。
「それで武道大会で会ったマギ先生とネギ先生のお父さんは偽物だったんですね」
「あぁクソ親父の仲間の魔法の生きた遺書だとか言ってたな。まぁでも本物のクソ親父を殴る予行練習になったけどな。それでも……代償は大きかったようだが」
そう言って、マギは徐に上着を脱ぎ始める。
「まっマギ先生!?急に何を!?」
「急に悪いなけど、大事な話がまだあるんだ」
そして脱ぎ終わり、マギの上半身の右腕から肩までが黒いもやに侵食されており、少しずつもやが蠢いているのを見て息を飲む千鶴。
「マギ先生、その姿は……?」
「エヴァ曰く闇の魔法を無理矢理使ったせいの暴走だそうだ。正直言うとそろそろ平静を装うのもキツくなって来たんだけどな」
現にマギの顔から油汗が滲み出始め、また骨が軋む音が聞こえ、また勝手に動こうとする腕を強く押さえる。
「マギ先生!」
「大丈夫だ。もう収まる」
悲鳴をあげる千鶴に大丈夫だと言い聞かせる。腕が大人しくなった所で上着を着直すマギ。
「どうにもならないんですか?お医者様に見せるのは」
「無理だ。病気でもない魔力の暴走だからな。それよりも聞いてくれ千鶴」
そう言って話を続ける。
「この最終日に超が魔法使いの傭兵を雇って何か仕出かすようだ。俺とエヴァがそれを食い止めるつもりだが、俺のこの体の有り様だ。下手したらこにまま暴走して何が起こるか分かったもんじゃあない。だからお前がクラスの皆を連れて、寮に若しくはあやかの家に避難しろ」
「そんな……学校の先生には相談出来ないんですか?」
「残念だが、時間がない。それにあのクソ傭兵が口滑らしたらクラスの奴ら殺すなんて脅してきたからな。むやみやたらに話せな―――」
最後まで言いきる事が出来なかった。何故なら爆発と爆音が響いたからだ。
マギや千鶴の周りにいた人達は最初は路上で行われるショーの類いかと思っていたが、空からや出店を吹き飛ばし現れた無数のロボット『田中』がガトリングガンを構え乱射したり、口からレーザーを放ち、何も知らない人達を全員裸に剥き、武装解除した。
裸に剥かれた人やその光景を目の当たりにした人達が悲鳴をあげるが、恐怖はまだまだ続く。
今度は巨大な金棒を担いだ鬼が率いる妖怪軍団が建物や出店を破壊し始めたからだ。
目の前で行われる阿鼻叫喚な光景にパニックになった人々は悲鳴をあげながら一目散に逃げ出す。
「変態ロボットにあの鬼共、もしかしてあの京都で襲ってきた女も今回の件に噛んでたのか?それにしても急すぎるだろ……!」
奇襲を仕掛けてきた相手に悪態をつくマギ。
「きゃあ!!」
「!!」
それがいけなかった。一体の田中が千鶴に向かって武装解除のビームを放つ。マギが千鶴と田中の間に割って入り、障壁でビームを防ぐ。だが少し遅れたせいか上半身の服だけ吹き飛んでしまった。構わず田中の顔面を殴り、そのまま田中の頭を吹っ飛ばし機能を停止させてしまう。
「千鶴。もう時間もなさそうだ。あやふやな感じでデートを終わらせる形になってわりぃ。けど、頼む」
「分かりました。けど最後のお願いだけ聞いてもらってもいいですか?屈んでください」
「……あぁ分かった」
マギは言うとおり屈むと、屈んだマギの唇に軽くキスをする千鶴。
「……約束してください。必ず無事に戻ってきてください」
マギの答えも聞かず、千鶴はクラスメイトがいる場所へ駆けていった。
思わず自分の唇を触れるマギ。まだ千鶴の唇の感触が残っているように感じた。
「まったく、色んな女からキスされるとは。とんだプレイボーイだなお前は」
いきなり自身の影からエヴァンジェリンが現れ多少ながら驚くマギ。エヴァンジェリンは少々機嫌が悪そうだ。
「分かってるさ正直自分も節操がないって思ってる所」
「ふん……それでこの後の予定はどうするんだ?」
「決まってる。こんな事を仕出かしたアイツをぶちのめして、そんなアイツの依頼主の超にキツくお灸をすえるつもりだ」
指の間接を鳴らし、件の相手の元へ向かうマギ。そしてそのマギに付き添うエヴァンジェリンである。