自由交易都市グラニクス。そのなかで一際大きい施設に彼女は居た。
「……はぁ」
給仕用のしっかりとしたメイド服を来た夏美が、外のラウンジを溜め息を吐きながら箒で掃除をしている。
「あ、空飛ぶ鯨だ」
箒を動かす手を止め、呑気なことを口に出している。
「あんなのが空に飛んでいる。やっぱり夢だよね」
そう言って割りと強めに自身のほっぺたをつねって引っ張る。
「けど、やっぱり痛い。痛いってことはこれは現実なの? でも痛いけど夢ってこともあるよね。だってこんなこと、現実じゃありえないもん! 誰か夢だって言ってぇ!!」
思わず叫んでしまう夏美。しかし夏美の叫びに答える者は誰も居なかった。
「はぁ、そもそもネギ君やマギさんを尾行したのが間違いだったよ。突然見たことない場所にいて、さらに皆が遠い場所に居たから合流しようと思ったら、何だがよく分からないけどすごいバトルに遭遇して、気がついたら荒野にひとりぼっち……もうどこから夢なんだか分からないよぉ……」
ぶつぶつと悲壮感漂う独り言を呟いていると
「ごらぁ!! 新入り何勝手にサボってるんだぁ!! 休むんなら仕事してから休めぇ!!」
「はっはいいい!!」
遠くから夏美をどやす声が聞こえ、涙目になりながら掃除を終わらせる夏美であった。
「────ふぅ、ようやく休憩だよぉ」
あれから必死に掃除以外の雑務を終えた夏美は休憩出来ることにぼやきながらとある一室に入った。
「あ、お疲れ様村上。その変なことされなかった?」
「ううん。だいじょぶ。ちょっとキツイバイトって感じだっただけだよ。それより……和泉さんだいじょうぶ?」
其処にはアキラと顔が赤くぐったりと寝ている亜子がいた。
「うん。まだ熱があるし、意識も朦朧としてるけど、飲ました薬が効いているならあと2、3日もすればよくなる筈だって」
「そっかぁ。よかったぁ」
安堵する夏美。しかしまだ余談は許さないだろう。
「荒野のど真ん中で、大河内さんと和泉さんと出会ってほっとしたけど、道中でへんな動物と遭遇した時はどうなることかと思ったけど、和泉さんが歌いながら足技で動物を追い払った時はびっくりしたよ。けど、無理しすぎたのか最後には青紫色の顔になって倒れちゃってどうしようかと思ったけどね」
「うん、でも村上が居て本当によかったよ。私だけじゃ水場や街道まで辿り着けなかった」
荒野では亜子が孤軍奮闘で夏美とアキラを護ってあげていたようだ。しかし無理がたかって病気に侵されてしまったのであろう。
「でもでも! 街まで辿り着いて和泉さんの病気を治せる薬をくれるって親切な人がいたと思ったら、そのお代が首輪って……」
亜子が病気と言う弱みに漬け込んだ輩がいたのだろう。しかし背に腹は代えられなかったのも事実であった。
「仕方ないよ。亜子の病気はあの薬でしか治せない。それに私達もお金が無かったし、連絡の手段も無かったんだから、ひとまずは働いて返すしか……」
「だからって100万ドラクマって一体どれくらい!? 何日働けば返せるの!? それにこの首輪奴隷の証だってよどれい!! 奴隷なんて現実的にありえないよ!!」
あまりの展開に泣き出す夏美。無理もないだろう。今日から貴女達は奴隷です馬車馬のごとく働きなさいと言われても納得は出来ないであろう。
「そこだよ村上。村上はこれが現実だと思うの? この今のめちゃくちゃな状況が。街の人達を見たよね? 明らかに人の姿じゃない人もいたし、こんな場所世界のドコにもないよ」
「でも、夢って感じは全くないよ。お腹空くし眠くなるし、暑いし痛いし寝たら夢見るし……大体さ2人で同じ夢を見る?」
「うーん、もしかしこの村上は私の夢の中の登場人物かもしれない」
「ええ!? 私はちゃんと私だよー! それ言ったら大河内さんこそ私の夢の中の登場人物かもだよー!」
「それもそっかぁ……」
と互いにうんうん唸っていると、あと夏美が閃く。
「分かったこれはゲームの中だよ! うん、それなら説明がつくよ。バーチャルリアリティーってやつでさ、知らない間に誰かにコンピューターに繋がれたんだよきっと!」
「バーチャル……なんだって?」
「え? 知らない? そっかぁどう説明したらいいかなぁ」
アキラはよくわかっていない様子なので一から説明をしようとする夏美
「……ううん、此処はゲームの世界じゃないんよ」
亜子がゆっくりと起き上がりながら夏美の言ったことを否定する。
「和泉さん!」
「亜子、まだ安静にしてなきゃだめだよ!」
アキラは起き上がった亜子をもう一度横になるように促す。
「ごめんな。ウチがもっとしっかりしとったら、こんな事にならんですんだのに」
「何言ってるの和泉さんここは現実じゃないんだからそんなに自分を責めないで!」
「ううん村上さん、ここはゲームじゃない、現実なんや。残念やけど、この奴隷になったのも現実、ウチが病気なんてならなければ、こんな事には……」
「いいから安静にしてなよ亜子。熱のせいで現実と夢の区別がついていないんだね」
「ううんアキラ、今は辛いけど意識ははっきりしとるよ。けどショックかもしれんけど、きっとマギさん達が助け、に……」
そのまま倒れるように横になり、そのまま寝息をたてる。
「和泉さん可哀そう。辛くて現実と夢の区別がついていないんだ」
「うん、でもマギ先生が助けに来てくれるって言うのは本当なんだろうね。けど、亜子が回復するまでは動きは取れないだろうね」
「うん……」
「これから私達、どうなるんだろう……」
亜子に現実と言われ、不安になる夏美とアキラ
(マギさん、ネギ君、コタロ―君……)
遠くを見つめ、何処かに居るであろうマギやネギや小太郎を想う夏美であった。
その2日後、マギ達もグラニクスに到着し、直ぐに移民管理局に足を運んだが……
「あぁ!? 何やて!? 『その3人は既に正式な奴隷です』たぁどーゆー意味やねん!!」
「ですから、た、確かにムラカミ、オコウチ、イズミの名前は見つけましたがその3人はその、ドルネゴス様のあの、せ、正規のど、奴隷として、登録されているということ、です……」
「んな訳があるかぁ!!」
「と申されましても……」
移民管理局の職員の言い分に納得できない小太郎は思わず職員の胸倉を掴んでしまう。
「法的に問題はありません、これは写しになりますが」
職員は青い顔で震えながら1枚の書類を出した。
「この奴隷契約書にも、お、御三方の魔術署名がし、しっかりとああります。100万ど、ドラクマの返済まではこの3人はた、確かに奴隷です……」
そこには確かに亜子とアキラと夏美の名前が確かにあった。しかしかなり強引な手法である。困っている人に手を差し伸べるがなんて書かれているのか分からない書面にサインをさせて奴隷にするなど、あくどいにも程がある。
「あぁ!? ちょーしいい事言っとるといてまうぞ!」
「だだから私に言われましても……」
やってる事がヤクザのそれであるが職員は小太郎の圧に押しつぶされそうになっているわけではない。
「それにみてみぃあの人を!!」
そう言って小太郎はある場所に職員顔を強引に向ける。そこに居たのは
「……」
「おいマギさん落ち着けって」
「お願いですマギさん、どうか堪えてください」
『いざとなったら全力で止めます』
「兄さん辛いけど、今は耐えて」
全身から殺気が漏れ出しており、血走った目で移民管理局の職員を見ていた。先ほどからビビッていたのは小太郎ではなく、マギであった。
この移民管理局の職員も此処に赴任してからは色んなごろつきにいちゃもんを付けられてきたが、取るに足らないと思い、適当にあしらい続けてきた。
しかし目の前のマギは違う。下手な事を言えば命を刈り取られるイメージが頭から離れない。だからこそ穏便に済ますように、必死に言葉を選んできたのだ。
「その内の1人がなぁ、うち等のマギ兄ちゃんの大事な人やねん。此処に来てからは餌を断たれた猛獣が如くや。アンタでも分かるやろこの殺気、俺らでも抑えるのがやっとや。その人が酷い目にあったらお前、ここ等一帯が焼け野原と血の海に染まるで」
「で、ですから私に言われても困るんですよぉ……」
遂には涙目になる職員。大の大人が情けないとは思わない小太郎。普通の人ならマギの殺気でおかしくなっているだろう。現に職員もそろそろ限界のようだ。
「いいよ小太郎。これ以上その人を脅かすな」
(いや、アンタの殺気にビビッてるんやけどなぁ……)
それを言わないのがお約束だろう。マギはゆっくりと近づき、職員と向かい合う。
「アンタは場所を教えろ。俺が話を付けてやる」
「そ、それは構いませんが、力づくで奪うようなことをすれば、貴方が犯罪者ですよ」
馬鹿な事はやめたほうがいいと職員はマギを善意で説得するが
「構わねえよ。俺の大切な人に酷い事をした輩だ。そんな奴から取り戻すなら俺は喜んで犯罪者になってやるよ」
そう言って身を翻し移民管理局を後にしようとするマギ。あぁそれと、と言って振り返り
「そうやって俺の事を止めようとするなら、亜子達の奴隷契約書の時に待ったをかけてもらいたかったな」
冷めた目で職員を一瞥してから、今度こそ移民管理局を後にした。
「邪魔したな。せいぜいマギ兄ちゃんがゴ〇ラのように街を破壊しないことを祈っとるんやな」
「ご迷惑をおかけしました」
「邪魔したな」
「僕の兄さんがすみませんでした」
『それでは良い一日を』
マギに続くようにネギ達も移民管理局を後にした。
マギ達が居なくなりしんと静まり返った移民管理局。職員は限界に達して、白目をむき気絶してしまったのであった。
「────そんな、亜子さん達が奴隷だなんて……」
「まったく、面倒な事に遭遇したものだな和泉の奴は」
あやかはショックを受け、雪姫は溜息を吐く。
「さて、場所は教えてもらったが、どうするんだマギさん?」
雪姫、あやかと合流したマギ達はどうするかと話し合うが、答えは決まっていた。
「構う事ないわマギ兄ちゃん! 堂々と殴り込みや!!」
「うん、僕も賛成だ。もたもたしてたら亜子さん達に何が起こるか」
「あぁ、行くぞ」
マギネギ小太郎の考えは一致し、直ぐに亜子たちが居るであろう場所へ殴り込みに向かおうとした。その時
「ふふ、殴り込みねぇ。それはあんまり賢明な判断じゃないな御三方」
「誰や!」
声が聞こえた方を振り返ると
「流しのお姉さんのお話、ちょっと聞いてった方がいいと思うなー」
「和美さん! さよさん!」
「よっ♪」
大胆不敵に笑いながら弦楽器を弾く和美と、彼女に憑いているさよ人形がそこにはいたのであった。
同時刻、夏美は今日も仕事を始めるが、そこにはふらふらの亜子が箒でラウンジを掃除していた。
「亜子! まだ寝ていないと駄目じゃないか! 誰がこんな事させたの!? まさかあの着ぐるみが勝手な事言いだしたの!?」
「ううん、ウチが自分から言ったんや。楽になって来たから仕事しますって」
「そういうこと! 別に私は意地悪を言ってるわけじゃないさね!!」
大声で大股にこちらに近づいてくるクマににた獣人の女性、ここの奴隷たちを収める奴隷長のチーフである。
「薬は効いてるんだろ? だったら働いてもらわないとね! それに基本の魔力強化は風邪ひいてでも出来るもんさね。出来てるんだろ?」
「はい、何とかは出来てます」
「だったらそんな熱、動いてたら吹き飛ぶ!」
亜子は何とか魔力強化で保っているが、それでも足はふらついている状態だ。
「まったく使えない新人が来たもんだね。アンタらには3食分きっちりと働いてもらうからね! でも休む時はしっかり休む! ただでさえ役立たずなのに動けなくなったらただの木偶の坊だからね!!」
そう言ってチーフはまたも大股で自分の持ち場へと戻っていった。
「こわー。着ぐるみなのに全然愛嬌がないよ」
夏美はチーフが居なくなったのを確認して小声でぼやいていた。
「ううん、あの人は着ぐるみじゃないよ。本当に獣人の人なんや。だからあんまりサボったらいかんで」
「亜子まだ熱があるんじゃないの? あんなのテーマパークとかの着ぐるみみたいなものでしょ?」
未だに夏美とアキラはこの世界は仮想世界で、チーフも現実の存在ではないと思っているようだ。と手を止めていると
「ホラ仕事仕事!! 今日から興行で客がバンバン入って忙しいんだから!!」
「はっはいぃぃぃ!!」
遠くからチーフの怒鳴り声が響き、急いで仕事に取り掛かる亜子達。
「はぁぁ、これが夢なら……王子様がさっそうと現れて助けてくれるのにね」
「うん、そうだね。とにかくいつまでもこんな事している場合じゃないね。早く誰かに連絡をしないと」
「うん」
と夏美とアキラが話しながら掃除をしていると、遠くから大きな破砕音と
「おわっと! 何処見て歩いてやがる!!」
ガラの悪そうな男の怒鳴り声が聞こえる。見れば亜子が倒れており、トサカのようなモヒカンの男のズボンに亜子がぶっかけてしまったであろう汚水がびっしょりとついてしまっている。
「すっすみません」
「すみませんじゃねぇよとろくせえな! てめぇ新入りか? おれの一張羅が汚れちまったじゃねえか!」
「こらこらあまり怖がらせるな」
「よく言うぜ! 洗った事ないくせに!!」
トサカの後ろに色黒なのっぽと太っちょが亜子を虐めているトサカの行動を見てにやにやと意地汚い笑みを浮かべる。
「ご、ごめんなさいっ」
「おっとぉ、へぇ、なるほどなぁ」
トサカは亜子を舐め回すように見て
「絹のように白い肌、ウチの座長もいい趣味してんじゃねえかおい!」
「よく見ろ、まだ子供だ。それに……」
下品な笑を浮かべるトサカを咎めるのっぽを遮りトサカは下品な話を続ける。
「分かってねぇなぁ。こういうのが良いって好色家は居るんだよ。まぁあと2,3年もすれば食べごろだろうよ!」
本人の前で好き勝手に言うトサカに亜子は何も言えずにいた。マギと離れ離れでしかも病気にかかっている。かなり精神的に弱ってるところに付け込まれてしまっている。
「ひっ」
「悪いなぁ嬢ちゃん怖がらせちまってよぉ。でもまぁ、悪いのはそっちなんだぜ? だからよぉ、俺のズボンの汚れを優しく綺麗にしてくれたら怒らねぇからよ」
そう言って手を伸ばそうとしたトサカから亜子を護るようにアキラが前へと立ちふさがる。
「なんだてめぇ、てめぇも上玉じゃねぇか」
「亜子に手を触れるな」
気丈な態度を取るアキラを嘲笑うかのように口笛を吹くトサカ。そしてポケットから球体の小型端末を取り出し、何かを見始める。
「ほう、オコウチアキラねぇ。3人で100万ドラクマとは何をやらかしたんだ? まぁいい、拘束 大河内アキラ」
トサカが呪文を唱えた瞬間、アキラの首輪が光るとそのまま光がアキラの動きを封じてしまい、そのまま倒れてしまった。
「大河内さん!」
「アキラ!!」
倒れたアキラを助け起こす。そんな亜子達をにやにやと笑い飛ばしているトサカ達。
「これに懲りたら二度と刃向かうなんて思うんじゃねえぞ! てめぇらが借金返済して身分買い戻すまでは所有物なんだからな。ま、てめぇらなら5,6年働きゃ返せるだろ。せいぜい頑張りな!」
「ええ!? 6年!?」
夏美はショックを覚える。6年なんてその頃には自分たちは21歳で高校生活なんて無理な相談だ。それどころか6年も行方不明なんて親が心配する処の話ではない。
「ほら! さっさと立って拭きやがれ!!」
「きゃあ!」
(マギさん、助けて……!!)
亜子はマギの微笑みを思い浮かべながら助けを呼んだその時
「おい」
「あぁ?」
トサカの肩に手を置かれ、トサカが振り返った次の瞬間
トサカを何者かがぶん殴り吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
「ぐへぇ!?」
鈍い悲鳴を上げるトサカ。いきなりトサカが殴り飛ばされ、のっぽと太っちょは呆然としていると
「俺の大事な人に、何気持ちの悪い事をしてるんだてめぇ……!!」
怒り心頭なマギが亜子を優しく抱きしめながらトサカに殺気を飛ばしていた。
「マギ、さん……?」
「……大丈夫か? 亜子?」
マギの登場に呆然としている亜子だが、次第に溜まっていた思いが溢れ、涙を流しながら
「マギさん……!」
ぎゅっと抱きしめてきたので、マギも優しく亜子の背中をさすって上げた。
亜子をトサカから救ったマギに続くようにネギと小太郎にマギウスに抱えられた千雨がやって来た。
「てめぇ! いきなり殴り飛ばすとはどういう事だあぁ!?」
「亜子たちは俺の仲間だ。てめぇみたいな下品な輩には指一本触れさせはしねぇ」
「てめぇは馬鹿か! 何寝ぼけた事を言ってやがる! 仲間だぁそいつらはこっちの100万の借金があるんだぜ!」
等とほざいているトサカに小太郎が近づき、メンチの切りあいを始める。
「借金やて? アホぬかすなタコトサカ。イカサマで契約書にサイン書かせよってからに」
「へっ、イカサマ結構! 何か勘違いしてるようだが、借金返すまではその嬢ちゃん達はこっちの所有物なんだよ! 拘束 村上夏美 和泉亜子 」
と今度は亜子と夏美を魔法で拘束するトサカ。
「あぅ!!」
「あぁ!」
「夏美姉ちゃん!?」
「分かったか? 所有者が所有物を好きにしていいのは当然だろう?」
「このっなんて非道な……!」
「分かったらあんまり調子に乗んなよ。その嬢ちゃん達の身が大切ならよぉ」
トサカのあまりな態度にネギと小太郎は我慢の限界に達しそうだが
ブチリ
「「あ」」
誰よりも先に堪忍袋の緒が切れるどころが堪忍袋自体をみじん切りにしてしまった男がいた。
「ネギ、小太郎……どいてろ」
完全に切れてしまい、静かな怒りを見せるが殺気は先程よりも大きいマギが月光の剣を掴んでいた。
「へっやんのか? さっきのようにはいかね────」
構えようとするトサカを無視し、マギは月光の剣を振るい、飛ぶ光刃がトサカを通り過ぎ、そのままラウンジの壁を破壊した。
「……へ?」
何が起こったのか分からないトサカは呆けた声を上げていたが
「てめぇが持っているその端末、どうやらそれが亜子達に酷い事をさせてるみてぇだな。だったら……その汚ねぇ腕ごとぶった切って使えない様にしてやる」
マギは魔力を放出するが、その色はどす黒い真っ黒な闇の魔力であった。月光の剣もマギの魔力に呼応するように今まで以上に煌々と光だし、まるで歓喜の悲鳴を上げているかのように甲高い音が鳴り響く。
「なっ? え、ちょちょっと待て! 何だそのでけぇ魔力は!? 聞いていないぞ! おい待てって!!」
「ダメやマギ兄ちゃん! アンタまじでやる気やろ!? 夏美姉ちゃん達も居るんやぞ! スプラッタな光景を見せるのはあかん!!」
「駄目だ兄さん! 兄さんが血で染まる必要は無いんだ!!」
「マギウス、闇の業火ブラストの準備だ。マギさんがやりそうになったら撃て」
『了解しました』
これは酒場でバルガスやその取り巻き達に見せていた幻ではない。マギは本気でトサカの腕を切り落とそうとしている。
ネギ達の静止の叫びが聞こえていないのか、マギは月光の剣を振るおうとしたその時
「何やってんだいこの穀潰しが!!」
「もぺ!!」
騒ぎを聞き、駆け付けたチーフがトサカを思い切りぶん殴った。
「まっママ!?」
「またアンタこんなもの持ち出して奴隷にちょっかいかけたんかい!? 好きにしていいだって!? 何勘違いしてるんだこの馬鹿垂れが!!」
「い、いやこれは成り行きで……」
「言い訳無用!!」
トサカの言い分も聞かず、ママとトサカに呼ばれたチーフは容赦なく何度もトサカを踏みつけた。
「アンタらよりもこの子たちの方がずっと大事な身体なんだよ! 怪我でもさせたらどう弁償するってんだい!? 何度言えば分かるんだか!!」
「痛い! まっママお助け!!」
さっきまでふざけた態度を取っていたトサカもチーフにはたじたじのようだ。
さっきまで殺伐とした展開になりかけていたのに、とんだ肩透かしを食らった気分となり、マギも殺気や魔力が霧散していった。
これでもう亜子達に酷い事をすることはもうないだろう。
「……あう」
「亜子!」
「亜子しっかり!」
「和泉さん」
倒れそうになった亜子をマギが抱き留めて、皆が亜子へ駆け寄ってくる。
そんな皆をぼんやりと眺めながら、亜子は意識を手放したのであった。
「……あれ、ウチ眠ってしまったん?」
気が付けば、亜子は寝泊まりをしている部屋に横になっていた。あれからどうなったのだろうか、ぼんやりしている頭で辺りを見渡すと
「亜子、気が付いたんだな」
マギが微笑みを浮かべていた。
「マギ、さん……?」
「あぁマギさんだ。待たせたな、亜子」
ゆっくりと起き上がった亜子はその勢いのままマギに抱き着いた。
「マギさん……! ウチ、寂しかった! 怖かった……!!」
「あぁ、俺もだ。亜子、会いたかった。君に何かあったらと思うも、俺は、俺は……」
互いに安堵で身体が震えているが、暫くの間抱きしめあったのであった。
暫くして少し落ち着いた亜子はマギに尋ねる。
「でも何でマギさん、おじさんみたいな格好なん?」
「あぁ、ちょっと訳ありでな。仕方なく年齢詐称薬での変装をしてるんだ。嫌ならこの場で解除しようか?」
「ううん、歴戦の戦士みたいで素敵やよ」
マギと亜子は談笑をするが、マギが真剣な顔をして亜子と向き合う
「亜子、さっきチーフって呼ばれた獣人の人に話をしてみた。あの人は此処では一番話が出来そうな人だったからな。どうにかならないか話をつけたんだが……」
『────駄目だね。あの子たちの借金を帳消しにするって事はいくらなんでも無理さね』
『そんな!』
『どうにかならんのかクマのおばちゃん!』
『アンタは此処じゃまともなのに、それでも駄目なのか?』
マギ達の懇願にもチーフは申し訳なさそうに首を横に振る。
『あの子達と奴隷契約を結んだドルネゴスは此処グラニクスでの有力者の1人、あんた達のような腕力は無いけど、権力を持っている。下手な事をすればあの子たちの身も危うくなる。私はチーフやあの馬鹿垂れ達にママと呼ばれて慕われてるけど、結局は奴隷長。しがない奴隷の身、残念だけど私にどうにかすることは無理さね。出来る事は馬鹿垂れ共があの子たちに手を出さない様に見張っている位だけさね』
『分かりました。僕たちの大切な生徒達なんです。どうかお願いします』
『夏美姉ちゃんたちが酷い目に会わない様に頼むなおばちゃん』
『亜子達をよろしく、お願いします……!』
『任せな。あの子達には指一本触れさせないよ』
そして回想から今に戻る。
「すまない。今の俺達じゃ直ぐに亜子達を助け出すことは無理なようなんだ」
「ううん、ウチが助けてって思った時にマギさん来てくれたんやし、それだけでもウチは嬉しいんや。それにチーフもアキラや村上さんの前では厳しめやけど、ウチが働くって言うた時はウチの体の事心配しとったし、無理そうなら休んでもええって言ってくれたんや」
チーフという事で、周りを甘やかさないためにあえての厳しめな姿を見せてるのだろう。やはり信頼は出来る人の様だ。
「正直に言えば直ぐに亜子に会えてよかった。まだ他の子が何処にいるか分からないが亜子と直ぐに出会えたならのどかや夕映や風香と史伽にプールスとも直ぐに会えるはずだ」
「そうなんや、まだ全員と合流出来てないんやね。その中でも風香と史伽はバッジがないからどこにいるか分からない……」
「今はあの子達の運を信じるしかない。今の俺は君をこんな場所から救い出すだけだ」
マギはのどかや夕映たちの事も心配であった。しかし今は亜子やアキラや夏美が酷い目に会う前に救い出す事しか頭にない。最悪チーフがいない時を見計らってトサカのような最悪な連中に何をされるか分からない。今はそれが恐ろしいのだ。
そんなマギを見て、亜子は小さく微笑んだ。
「どうした亜子?」
「うん、不謹慎やけど、なんか嬉しいなぁって」
「嬉しい?」
この状況の何処に嬉しい要素があるのかマギは分からないがだって……と亜子は話を続ける。
「ウチ、まるでお姫様みたいやなって。マギさん前に言ってくれたんや、お前の人生って言う物語の主人公はお前なんだ。もっと好きなように生きていいんだよって。今のウチは悪い魔法使いによって囚われの身となったお姫様、そんでマギさんはウチを助け出そうとしてくれる王子様。そう思ったら、今の状況も悪くないなって思えるようになってん。だからウチは、マギさんがウチを救い出してくれるって信じとるから今は此処の仕事を頑張ってやり遂げるつもりや」
「そうか、強いんだな亜子は。この状況を嬉しいと思えるなんて、俺は君たちが何か酷い思いをしていないかとそれだけだった。なら、此処でやらなければ男じゃあないな」
亜子は信じていた。マギが自分達を此処から助け出してくれるって。ならば、マギもここで応えるのが男である。
この格好じゃ締まらないとマギは一度何時もの姿に戻して、マギは跪いて亜子の手の甲に優しく口付けをした。
「必ず、君を此処から連れ出す。だから俺を信じて待っていてくれ、お姫様」
かっこよく決めた積りのマギ。暫くマギと亜子は黙っていたが、瞬間に顔が真っ赤になる2人。
「やってもらってあれやけど、結構恥ずかしいんやなこれ」
「いや、結構やる方も勢いが大事だな。素面だとやるの難しいだろこれ」
と言いながらこの状況がまた可笑しくなって噴き出すマギと亜子であった。
「あぁそれからこれを」
とマギはポケットから亜子の白き翼のバッジを出して手渡した。
「ウチのバッジ! 落としたと思ってたけど、マギさんが拾ってくれたん?」
「あぁ。もう落とさない様に気を付けろよ」
「うん!」
亜子は服にバッジを付けた。
「俺の魔力が込められている。お前に悪い虫が来ない様に追い払ってくれるはずだ」
「ふふ、ウチのバッジが頼もしいお守りに変わっちゃったわ。ウチだけの特別なお守りや」
因みに亜子に悪い奴が近づこうものなら瞬時にそいつの脳内に鬼の形相のマギが現れ襲われるという過剰防衛なお守りと化してしまった。
「さて、もう行くよ。チーフはこのまま休んでていいって言っていたからもう少し休んでな」
「うん……」
マギが部屋を後にしようとして、マギさんと呼び止める亜子。
「絶対、無理な事危険な事はしないようにな。ウチはマギさんが傷つく姿を見るのは嫌やからな」
「……あぁ分かったよ」
約束し、今度こそ部屋を後にする。そしてドアを閉めたらもう一度年齢詐称薬を飲んで姿を先程と同じ3,40代へと変える。
「亜子、絶対に助けるから待っていてくれ」
必ず助け出すと自身に言い聞かせ、マギはネギ達の元へ戻るのであった。