綾瀬夕映。麻帆良学園の3-Aの生徒であり、2年生の3学期に麻帆良学園にやって来たマギとネギと知り合い、魔法に触れ、マギ組の1人となり何時しかマギを慕うようになった。
そんな彼女はエヴァンジェリンの師事の元で地獄のような修行を行い、魔法を身につける事が出来た。夏休みにはマギ達について行き、魔法世界へと降り立つが、偶然(自分でそう言っている)居合わせたフェイト達の姦計により、強制転移で皆と離れ離れになってしまった。
飛ばされた夕映はアリアドネーにてコレットと出会う。出会い頭にコレットが練習していた魔法が暴発、夕映を強化する事が出来るがデメリットで魔力が垂れ流しな状態となってしまった。
強化したが、コントロールが難しい、ならば襲撃時に何も出来ず不甲斐ないと思った自分を鍛え直すために、ここでゼロから学び直すのがいいだろうと、コレットの遠縁という事で『ユエ・ファランドール』という偽名で魔法騎士団のクラスに転校生として入った。
入った当初はいいんちょであるエミリィや他のクラスメイト達からは白い目で見られるのが殆どであった。箒での飛行訓練では飛べなかったのをクラスメイト達の笑い者にされ、戦闘訓練では雷の暴風を放った事で皆の度肝を抜いた。
それ以降はエヴァンジェリンのしごきも相まって、実践訓練でも頭角を現し、ペーパーテストでも好成績。さらに当初は数m浮かぶのがやっとだった飛行訓練でも普通に飛行が可能となるまで急成長を遂げていた。
ただ唯一の弱点は……
「弱点はトイレが近い事だね」
「そんな事メモしなくていいです!!」
トイレでメモしていたコレットにツッコミを入れる夕映であった。
「でもこんなにトイレが近くて大丈夫なのユエ? 今度の選抜試験中にトイレ行きたくなったらやばくない?」
「う、正論です……けど、そもそもこの学校の購買の飲み物が面白美味しいのが問題で……」
正論にもごもごと個室越しに言い訳をする夕映にコレットは溜息を吐き
「大体いいんちょの前であんな啖呵切っちゃって。もし負けたりしたらユエが笑い者になっちゃうんだよ?」
「それは……」
エミリィに啖呵を切った。それは今夕映がトイレに入っている数日前に遡る。
座学の授業で、魔法世界での英雄である、ナギと紅き翼の名が出て、学校が終わった放課後に図書館にて魔法世界の紅き翼、そしてマギとネギの父親であるナギについて調べていた。
「やはり故人となっているんですね。マギさんやネギ先生の事は書かれていない。息子が居るという情報は無し……マギさんやネギ先生のお父様であるナギ・スプリングフィールド、出生やその歩は特段変わった情報は記されておらず……」
ナギの事が書かれた本を数ページめくると、ナギが10歳の時の写真が載っていた。
「真面目なネギ先生やちょっと気の抜けたマギさんのお顔とは違う、元気そうな何処にでもいそうなわんぱく少年って感じだったんですね」
率直な感想を呟き、他に何か情報がないかとページを捲ろうとしたら
「ユエ何見てるの?」
「あ、コレット。実はナギさんの事について色々と」
ナギの名前が出た瞬間にコレットの目が輝く。
「何だ! ナギ・スプリングフィールドの事を調べてるなら聞いてよ! 私大ファンなんだから!」
「そ、そうなのです?」
そうと言いながら興奮止まずにコレットは何処から取り戻したのか数々のナギが描かれたグッズを取り出して、しまいにはナギのファンクラブの会員証を掲げた。5桁の会員証は凄いのかよく分らないが。
「と、そう言えばユエの好きな人ってナギ・スプリングフィールドの息子さんなんだよね!? マギさんってナギ・スプリングフィールドの事を仲良いの!?」
「えっと、コレットが聞くとショッキングな事かもしれないですが、ナギさんはマギさんが小さい時とネギ先生が小さい時にナギさんの故郷に預けたきり行方不明になってしまって、親子の時間がなかったせいで、ネギ先生はお父様を慕っているのですが、マギさんがその”クソ親父”とナギさんを呼んでいまして……」
「く、クソ親父って……めっちゃお父さん嫌ってるじゃん」
「はい、出会ったらぶん殴るとも言ってましたし」
「そんな物騒な事誓ってるの!? うわぁ聞きたくなかったなぁ、英雄の家族の知られざる事情」
アイドルの黒い噂を聞いてショックを覚えるファンのようにコレットも流石に堪えたようだ。
「ごめんですコレット。こういう話は聞きたくなかったですよね」
「う、ううん大丈夫……と言えば嘘になるけど、英雄も人だからね。何か事情でもあるんだよきっと」
「そうですね。きっとそうです。そう言えば、コレットは私に何か用でもあったんですか?」
夕映に声をかけてきたのだから何かあると思ったら、コレットもナギの事で興奮していたが思い出したように懐から1枚の紙のようなものを取り出した。
「そう言えば夕映に見せたいものがあってね。もしかしたらお友達の情報になるかもしれないと思って」
「なんですかそれは?」
「グラニクスっていう街で行われてる拳闘士の大会の録画でね、その録画に面白い物が映ってたんだよ」
そう言って再生ボタンを押した。映像が立体で映り出し、そこにはグレートソードを担いだ
『おめでとうございます。ネギ選手! 今回も圧倒的な勝利でしたね』
『あぁありがとう』
『やはりオスティアへの出場も視野に入れていますか?』
『当然だ。というかそれしか頭にないからな』
マギがインタビュアーからの質問に答え続ける。
「これってユエが言ってたネギ先生っていう人だよね。けどユエが言ってた通りの真面目な感じじゃないし、何ら少年じゃねいよね。おじさんじゃん」
「いえ、これはマギさんです。どうやら何かわけあってネギ先生の名前を借りているようです。姿も年齢詐称薬を使っているはずです」
何故ネギの名を使っているのか、いやそれよりも重要な情報をマギは言っていた。
(オスティアにて拳闘士の大会があるようですが、マギさんはそれに出場する。何か出ないといけない事情があるようです。それに今度オスティアにて記念式典があってその警備任務で各学年から2名募集していたはずです。なら私がその警備任務で選ばれたらマギさんと合流出来る可能性は大いにあるです)
コレットの話が耳に入らずに思案にふける夕映。その間にもマギへのインタビューは続き
『ネギ選手、未だに観客の中ではネギ選手がナギ・スプリングフィールドの息子だと認めない派がいらっしゃいますが、ここで何かナギ・スプリングフィールドについて面白エピソードとかお聞かせ出来ないでしょうか?』
『面白いかどうか分らないが、旅の途中で酒場のマスターに聞いたんだが、クソ親父は俺が赤ん坊の頃に俺をおんぶしながら旅をして時折喧嘩して母さんに怒られていたらしいが、ほんと何やってるんだ話だよ』
『あ、あはは。随分とアグレッシブなお父様だったんですね』
『しかも子守りしながら小悪党を蹴散らしたなんて話も聞いたぞ。ホントクソ親父は馬鹿野郎だ』
呆れたように顔に手を当てるマギを見てインタビュアーは乾いた笑いを上げていた。
『で、では今回も圧倒的な勝利を見せてくれたネギ選手でしたぁ!!』
そこでインタビューは終わった。
「はえ~赤ん坊を子守りしながら凄い事をやってたんだねナギ・スプリングフィールドって」
「ですが、マギさんはオスティアに行くと言っていたです。だったら私もオスティアへ行きたいです」
「だったら今度記念式典の警備任務に絶対行こうよ! ユエなら絶対行けるって! 私もユエと一緒に行きたいし!」
「はいです!」
と息巻いている夕映とコレット。しかし2人の勢いを邪魔をする者が現れる。
「気に入りませんわ」
「わっいいんちょどうしたのそんな怖い顔して」
現れたのはいいんちょことエミリィ。その顔は不機嫌を露わにしていた。
「いいんちょ、気に入らないとはどういうことです?」
「この私の前で私のナギ様の評価を下げようとする噓つきのペテン師がまた現れたからに決まっています」
「……噓つき? ペテン師?」
エミリィのマギに対しての侮辱の言葉に夕映がぴくりと反応する。
「いいんちょ私のナギ様だなんて、まるでファンクラブの一員みたいじゃない」
「まるで? 笑止! これを見なさい!」
エミリィはコレットと同じナギファンクラブの会員証を見せた。コレットと違うのは78と2桁の数字であった。
「かっ会員№78!? 2桁の№生まれて初めて見た!」
「ふふん、貴女のような5桁の末端の会員が真のナギ様のファンである私の前で得意げにナギ様を語るなど笑止千万!」
かなりの格上を目の当たりし、打ちひしがれるコレット。そんなコレットを見て、気分が乗ってきたのか更に畳み掛けるように話を続ける。
「過去にナギ様を騙った詐欺師は数多く居ました。大方今回も過去にナギ様にコテンパンにやられたかで逆恨みででっち上げの法螺話でナギ様の評価を下げようという魂胆なのでしょう。ですが、そんな出鱈目を信じるほどナギ様のファンは愚かではありません! それに、この噓つきが悪目立ちしているせいで、ナギ様にそっくりの選手が全然目立っていません! 名前も一緒なのは何かあるかもしれませんが、顔立ちが正にナギ様と瓜二つ、そしてインタビューもとても爽やかな受け答え。ナギ様が居なくなってナギ様ロスで皆が絶望していた中で、その方は迷える私達の為に天が遣わしたナギ様の生まれ変わりに違いありません!」
「ど、どうかなぁ……? それに、このネギ選手が嘘言ってる証拠もないんだしさ」
コレットは目が右往左往と泳ぎながら力説してるエミリィを宥めようと必死だった。何故なら自身の後ろに座っている夕映の髪がゆらゆらと動いているのがちらちらと見えている。
マギの事を悪く言われればいい気はしない。怒髪冠を衝くとは正にこのことだろう。
「いいえ。この男はナギ様ファンクラブの敵とみなします! どうやらこの男はオスティアでの拳闘士の大会に出場するようですが、丁度記念式典がオスティアで行われますから、私が学年代表で警備任務に行き、息子を名乗る不埒物をしょっ引いて見せます! そうすれば……」
『ありがとうございます。あの男のせいで全然目立つ事が出来なくて。お礼に食事を、いや結婚してください!』
『わ、私でよければ喜んで!』
勝手な妄想に花開くエミリィは悦で顔が歪んでいた。コレットでもエミリィがどんな妄想をしているかは分かり引いていたが
「ええ! いいんちょもオスティアに行くの!?」
「当然です。オスティアに行くのはこの私しかいませんから」
胸を張りそう言い切るエミリィにコレットは焦りを見せる。
「えぇぇ、いいんちょも参加するなんて……こりゃオスティアに行くのが遠ざかるよぉ」
「ふん、貴女のような落ちこぼれがおこがましいのです。オスティアに行くのはこの私が相応しいのですから」
「……いいえ」
今まで黙っていた夕映が口を開く。
「ユエさん何か言いましたか?」
「オスティアに行くのは私とコレットです」
「ユエ! ちょっと落ち着いて! 髪がまだうねってるよ! 魔力を抑えて! ガス欠になっちゃうよ」
エミリィを見上げる形で啖呵を切った夕映。コレットは夕映がガス欠にならない様に気に掛ける。
「貴女がですか? つい最近まで箒での飛行が出来なかったのに大きく出ましたね」
「私はたった今ですがオスティアに行く目的が出来ました。少なくともいいんちょのようにファンクラブといった邪な理由でオスティアに行くのは魔法騎士団としていかがなものかと思うです」
「なっユエさん貴女……!」
エミリィは夕映に何か言おうとしたが、夕映はエミリィを避けて図書館を去ろうとする。遠巻きで見ていた学生がモーセの十戒の如く夕映を避ける。
「あぁそれと」
図書館を出ようとし、一度止まって振り返ると
「人を見かけで判断するなんて、ファンクラブ会員№2桁が聞いて呆れますです」
「ユエさん! 貴女それは言ってはいけない事ですよ!!」
エミリィが流石に聞き捨てならない事を夕映が捨て台詞で言ったので声を荒げるが、夕映はエミリィを無視して図書館を去った。
そして暫く歩いてぺたりと座り込んでしまった。
「ふぅ……」
「ユエ大丈夫!? ここで座っちゃうといいんちょが追ってくるだろうから部屋に戻ろ!」
「面目ないです……」
ぐったりしている夕映を担いで急いで自室へと戻ったコレット。タッチの差でエミリィが走って来た。しかし2人の姿がないのを見て小さく舌打ちをする。
「まったく、逃げ足は速いのですから。けど、さっきのユエさんが言っていたこと……」
────私はたった今ですがオスティアに行く目的が出来ました────
────人を見かけで判断するなんて、ファンクラブ会員№2桁が聞いて呆れますです────
「まるで、ユエさん自身に何かオスティアに行く理由があって、ナギ様の息子を騙るあの男を庇うような言動、もしかしてユエさんはあの男と何か関係がある……ユエさん、貴女はいった何者なの……?」
夕映がエミリィに宣戦布告をし、そして時はトイレの中の夕映に戻る。
「もぉユエは購買の飲み物を暫く禁止にするよ。もし選抜試験中にもようしちゃったら目も当てられないよ?」
「うう、申し訳ないです……」
コレットに注意され、しゅんとしてしまう夕映。そんな夕映を可愛いと思ったのか夕映の頭を撫でまわすコレット。
「でもユエの気持ちも分かるよ。自分の好きな人を馬鹿にされたら怒るのも無理ないし、いいんちょに勝つために特訓を頑張っていっぱい汗かいて喉も乾いて飲み物いっぱい飲んだらトイレも近くなっちゃうよね」
「すいませんです。けど、マギさんの事を悪く言われるのは我慢できなくて」
「ううんいいんだよ! 好きな人の為に頑張る。恋する乙女として当たり前の原動力。打倒いいんちょ! おー!」
「お、おー!」
迫る選抜試験の為に改めて気合を入れる2人であった。
選抜試験は百キロ箒ラリー。武装解除の魔法を使用可の妨害ありの脱がしあいである。
「でも改めて考えるといいんちょは強敵だよ。戦闘訓練の時もいいんちょは無詠唱で魔法使ってたし、油断ならぬ相手だし、それに他にも参加する人もいるらしいし、しっかり対策を考えないと」
「はい、そうです。けど、ここで挫けたら何も出来ないです。やるだけやってやろうです」
「そうだね。それぐらいの勢いじゃないといいんちょは超えられないよね! よし、休憩終了! 午後も特訓だよユエ」
「はい!」
夕映とコレットは特訓を続け、そして選抜試験の日がやって来たのであった。
「そして最後にユエ&コレットチーム!!」
選抜試験当日、実況アナウンサーに紹介された夕映とコレット。周りからは落ちこぼれコンビ等と野次を飛ばされるが気にしない姿勢を取る2人。
「てっきり尻尾を巻いて逃げ出すかと思いましたが、まぁ褒めてあげます」
「どうもです。ですが、終わった後に同じ台詞が言えるか見物です」
夕映とエミリィの間でばちばちな火花が飛びあい、他の参加者は眼中に無かった。
「い、いよいよだねユエ。うぅ、今更ながら緊張してきたよぉ」
「大丈夫ですコレット。この日の為に特訓をしたです。努力はきっと裏切らないです」
「……うん! 後はやるだけだ!」
そして選抜試験参加者は各々箒に跨る。そして
「では……スタート!!」
合図で皆が一斉にスタートした。
最初は都市内を飛ぶ事となっている。
トップはエミリィとエミリィの幼馴染兼従者のベアトリス。2番目は獣人の少女のコンビ。
そして3番目に夕映とコレットが続いていた。他の参加者を出し抜き、3番目を維持している。
「落ちこぼれコンビ! お前らはびりっけつでノロノロ飛んでればいいのよ!」
2番目を飛んでいる獣人コンビが夕映とコレットに仕掛けてきた。
「来たよユエ!」
「コレット手筈通りに」
「了解!」
受けて立つ夕映とコレット。各々詠唱を始める。
「アネット・ティ・ネット・ガーネット!」
「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ!」
「パクナム・ティナッツ・ココナッツ!」
「ハイティ・マイティ・ウェンディ!!」
────風花・武装解除────
────熱波・武装解除────
夕映とコレットが風の武装解除、獣人コンビが炎の武装解除の魔法を放った。
力は拮抗する……かと思いきや、夕映とコレットの武装解除の魔法が徹り、獣人コンビの衣服が吹き飛び、あられの無い姿になってしまう。
甲高い悲鳴を上げて体を隠そうとする獣人コンビ。ここアリアドネは普通に男性も暮らしている。つまりこの選抜試験は男性に自身の下着姿を見られてしまうというとても恥ずかしい選抜試験なのである。
「やった! 上手く行ったよ!」
「次です! 加速!」
「了解! 加速!!」
相手を退けた事により、勢いに乗って加速する。その先に飛んでいるのはエミリィのコンビだ。
「見えた! いいんちょのコンビ! 距離300!」
「私のタイミングで魔法障壁展開!」
更に速度を上げる夕映とコレット。ここで仕掛けるようだ。エミリィも返り討ちにしようと杖を構える。
「来なさい落ちこぼれコンビ。ここで返り討ちにして差し上げます。タロット・キャロット・シャルロット」
────氷結・武装解除────
エミリィから放たれた氷の武装解除の魔法は夕映とコレットが張った二重の結界とぶつかり、氷の武装解除の魔法が砕け、煙幕となりエミリィの目をくらます。
その間にコレットが煙幕から飛び出た。
「風花────」
コレットがエミリィに向かって風花・武装解除を使おうとしたが、エミリィは不敵に笑いながら、無詠唱でもう一度氷結・武装解除をコレットに当てる。当たったコレットの服は凍り付き、砕け散った。驚きの様子を見せるコレットだが、その目は待ってましたと語っていた。
「っ! まさか!」
気づいた時には遅く、エミリィの背後に回った夕映が無詠唱で風花・武装解除を放ち、エミリィの服を吹き飛ばした。
「油断したですねいいんちょ」
「やったねユエ!」
「引くですよコレット!!」
「ガッテン!」
無事だったマントで身を隠し、夕映とコレットは先を急ぎ、スピードを上げた。
都市歳外壁をトップで抜けた夕映とコレットのコンビ。そのスピードは衰えずむしろ益々速度を上げていた。
「凄いよユエ! いいんちょを出し抜くなんて!」
「あれは上手く行っただけです。それよりもコレットを囮にしてしまって申し訳ないです」
「いいって! あれぐらい安い安い!」
夕映の謝罪もコレットは特段気にせずおおらかなに返すのであった。そのままの速度を維持して、巨大な森まで飛び続けた。
「ねぇユエ! ちょっと飛ばしすぎじゃない!?」
「いえ、このままの速度を維持するです。いいんちょの事です。多分もう立て直してもうすぐそこまで来てるはずです」
夕映は警戒を怠っていない。夕映の考えている通り、エミリィのコンビは夕映とコレットのすぐ近くまで迫っていたのであった。
「コレット、この森を突っ切ってチェックポイントまでショートカットは可能です?」
「えーお勧めしないなぁ。この森、魔獣の森って言って普通に人を食べちゃうような魔法生物も居るから危ないよ!」
「そうですか。もし私で対処出来ない相手が出るかもしれないですし、分かったです。正直に森を迂回するです」
ルールに乗っ取り魔獣の森を大きく回りながらチェックポイントを目指すことにした。
「それよりもさっきからユエ調子よさそうじゃん! 一体どうしたの?」
「分からないです。体の奥底から魔力が溢れて体中が熱く感じるです」
「急にだね何でだろう」
「分からないです。今はチェックポイントを目指すです」
「そうだね! 急ごう!」
とコレットが羽織っているマントの中で何かが光る。コレットが取り出したのは1枚のカード。
「これ、ユエがこっち来た時にばらまいたカード。渡しそびれてたし、いい加減返さないと」
等と考えていたら、目の間の森が爆ぜ、エミリィとその相方のベアトリクスが飛び出してきた。
「いいんちょのコンビ! もう追いついて────」
後ろに巨大な鷲のような竜を連れて。
「
竜種は流石にエミリィでも相手にして勝てる確率が低い。鷹竜は口を開けると、口に風の魔力が集約していく。
「カマイタチブレス! あれに当たったらいいんちょの体がバラバラになっちゃうよ!」
「! いいんちょ!!」
考えるよりも早く、夕映はエミリィ達の元へ飛んで行った。鷹竜がブレスを吐く寸前に夕映が割って入り、障壁を展開した。夕映の障壁は鷹竜のブレスを防ぐが、鷹竜のブレスの方が上で、徐々に押され始めていた。ついには夕映の服が刻まれて消し飛んでしまった。
「ユエさん逃げなさい! これ位の相手私だけで何とかなります! それにあなたと私は敵同士! 何故敵に情けを」
「逃げないです! こんな状況、私が慕うあの人は絶対に逃げない! むしろ自分を犠牲にしてでも誰かを護る! ならば! 私は最後まで逃げない!」
裸になっても諦めず、夕映は吹き飛ばされない様に足を踏ん張り耐える。しかしもうダメだと思ったその時
「ユエ! これを!!」
コレットが夕映に向かってカードを投げる。キャッチした夕映はカードを見て驚愕する。
「これは! パクティオーカード! コレットが持っていたです!?」
「ごめん! 渡しそびれてた! でもこれがあれば何とかなる!?」
「はい! なるです! 来たれ!」
『夕映』
夕映の頭に一瞬マギの顔が横切る。
(マギさん、私に力を貸してくださいです!)
夕映はカードの力で麻帆良の制服に魔法使いのマントと帽子を被った姿へと変身した。
「魔法使いの従者 ユエ・アヤセ!」
変身も完了し、思わず決めポーズを取ってしまった夕映。その姿にコレットはもちろんエミリィとベアトリクス、何故か鷹竜もぽかんと呆然としていた。
「いいんちょ!」
「は、はい!」
夕映に呼ばれ思わずびくっとするエミリィ。
「この魔獣を倒すです」
「ええ!?」
夕映が鷹竜を倒すと言った事に、エミリィは反対であった。そしてエミリィの従者であるベアトリクスも
「無茶ですユエさん! 相手は下位の竜種といっても立派な竜! 私達では相手をするのは無理です!」
「そうです! 無茶なんかせずにここは逃げる選択が正しいはずです!」
エミリィとベアトリクスの言っていることは間違ってはいない。しかしいいえと言いながら夕映は空間にディスプレイのようなものを展開し、鷹竜の事を調べている。
「この時期の鷹竜は凶暴で一度目を付けられたら、この箒で逃げ切るのは困難。ならば私達でこの鷹竜を倒す。荷が重いことかもしれないです。けど、この4人なら大丈夫!」
夕映は自信をもって言い切り、そんな夕映を見ているともう何も言えなかった。
「コレット! キツイと思うですが囮を任せて貰ってもいいですか!?」
「ガッテン! やってみせるよ! 何をすればいい!?」
「あの岩山まで飛んでください! なるべく派手な色の魔法を使って鷹竜をおびき寄せてほしいです!」
「うひー! 責任重大! でも頑張るよ!」
「ベアトリクスもお願いしてもいいですか!?」
「私もですか!?」
「お願いします!」
「……分かりました!」
コレットとベアトリクスは魔法の矢で鷹竜を攻撃し、刺激された鷹竜は方向を上げながらコレットとベアトリクスを攻撃し、攻撃を躱して2人は森へと飛んで行った。
「よし、行ですいいですかいいんちょ?」
「何故勝手に仕切るのですか!? それに危険な役目を2人に任せるなんて!」
「あの鷹竜の主な攻撃は先程のカマイタチのブレス。ですが、森の中では木々が多いためにカマイタチブレスを出しても当たる確率は格段に下がるです」
夕映は映像で見ながら鷹竜の情報を纏める。夕映のアーティファクトは魔法世界の情報を閲覧する事が出来るもの、魔法の百科事典みたいなものだろう。
(あぁこのアーティファクトが使えれば、少しはあの人の役に立つ事は出来たでしょうか……)
学園祭でマギと仮契約をしていたが、特に使うタイミングが無かった。それについて夕映は自身を責めた。まるでキスがしたいだけに仮契約をしたのではないかと思ってしまったからだ。
だが、ここで今使うことが出来た。ならば今後は思う存分使ってやろうと思っていると
「ユエさん、あなたは何者なのですか? そのパクティオーカードは誰かと仮契約をした証拠、それに先程アヤセと言っていました。それがあなたの本当の名前なんでしょう?」
「いいんちょ……隠していてすみませんです。実は少々訳ありで……」
「それは、あのナギ様の息子名乗っている人とも関係があるのですか?」
「……はい。ですが、これだけは信じてほしいです。私はあの人のために、ここで強くなりたいと思い、別に邪な思いなどありません!」
「ユエさん……」
箒で飛びながらのやり取り、その間にコレットから念話が飛んでくる。
『ユエー! もう限界! まだ囮してないといけない!?』
夕映は手頃な木に降り立ち、鷹竜を待ち構える。手鏡を動かして光を反射させる。
『準備OKですコレット! このまま光が見える所まで飛んで私が見えたら散開するです!』
「こっちを見るですタカトカゲ! 私が相手です!」
鷹竜に聞こえるほどの大声で挑発する。ターゲットをコレット達から夕映へと変更した鷹竜は夕映に向かってもう一度カマイタチブレスを放った。
カマイタチブレスを障壁で防ぐ夕映。一度だけなら障壁で防げることは実証済み。後は
「今ですいいんちょ!!」
「ああもう! どうなっても知りませんよ!! 氷槍弾雨!!」
氷の槍が豪雨のように鷹竜に降り注ぐ。鷹竜は障壁を展開し、氷の槍を防ぐ。夕映から注意が移る。近づくのは今。
「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ 闇夜切り裂く一条の光 我が手に宿りて敵を喰らえ」
鷹竜に近づくために氷の槍の間をかいくぐり、詠唱を続ける。そして先程調べた鷹竜の弱点である角に携帯していた儀式用の短剣をぶっ刺した。
自分の角に短剣を刺された事に激昂した鷹竜は翼で夕映を打って夕映を飛ばす。
「ユエ!」
「ああ!」
「ユエさん!」
コレット達は悲鳴をあげる。しかし、夕映は意識を手放してはいなかった。しっかりと鷹竜に狙いを定めて
「白き雷!!」
短剣を避雷針にし、夕映から放たれた雷が鷹竜を捉える。鷹竜は短い悲鳴をあげ、そのまま感電し崩れ落ちたのであった。
「や……やった、やったぁ! 凄いよユエ! 鷹竜を倒しちゃうなんて!」
「私だけの力じゃないです。皆の、いいんちょの協力あって出来た事です。ありがとうございましたいいんちょ」
「……ふん、礼はいいですわ。それに完全に仕留めたわけじゃありません。1分もすれば復活しますわ」
「もー素直じゃないんだから。けど、これでレースはパーかぁ。ショックだねユエ」
「いえ、今はこの勝利を喜びましょう」
夕映達は鷹竜が目覚める前に魔獣の森を後にするのだった。
「あーあ、結局ビリとビリ2位か。カッコ悪いな」
「もう過ぎた事ですよ。いつまでもみっともないですよコレットさん」
「そもそもいいんちょがズルして森を突っ切ろうとしたのがきっかけだけどね」
「うぐ……」
ぼやくコレットを注意するが、痛い所を突かれ押し黙るエミリィ。
「でも残念だねユエ。これでオスティアに行くのが難しくなっちゃね」
「仕方ないです。でも、目的地は決まっているので、どうにかいけないか先生に相談してみますです」
騎士団としてではなく、白き翼として、仲間と合流するために動こうとする夕映
「ユエさん、何かオスティアに行く用があったのですか?」
「え? えっとそれは……」
ベアトリクスは質問して、かわりにコレットが焦る様子を見せるが
「ベアトリクス、ユエさんにはユエさんなりに何か事情があるのでしょう。余計な詮索は淑女にあらずですよ」
「わかりました。申し訳ありませんユエさん」
「いえ、お気遣いありがとうございますです」
もうびりっけつには変わりなく、ゆっくりとゴールに向かっている4人。しかしゴールに到着した瞬間に歓声が待っていた。何故びりっけつなのに歓声が上がるのか分からなかったが
「凄いよあんた達!」
「学生があんなのを倒すなんて見た事ありませんわ!」
「あ、そうか。竜を倒したから」
漸く納得したコレット。と拍手をしながらこちらに歩み寄る1人の女性。
「その通りよ。この選抜試験は優秀な人材を選び抜くためのもの。お祭り中のオスティアは何かと物騒になるから即戦力が欲しいのよ。竜を倒せるぐらいの実力があるならその資格は十分あるわ」
「ぐ、
驚くコレット。彼女はこの学院で一番偉い麻帆良で言う学園長である。
「竜を倒した者には特別枠を与えて合格とみなしましょう」
「ごっ合格!?」
喜ぶ姿を見せるコレット。しかし他の生徒達がコレットと夕映を押しのけ、エミリィとベアトリクスを称えた。誰一人夕映が鷹竜を倒したと思っていないようだ。
「ちょっと! 竜を倒したのはユエなのに何でいいんちょだけが担がれてるのよ!!」
「仕方ないです。私達が倒したと言っても誰も信じてはいないでしょうし」
憤慨するコレットを宥める夕映。正直言えば誰からも褒められ称えられないのは悔しい。けど、自分が竜を倒したという事実は変わらないのだから。
(それにマギさんなら『あんまり褒められるのは好きじゃない』とか言ってかもしれないですし)
そんな恥ずかしがるマギを想像して小さく噴き出す夕映であった。
そしてオスティアへ行けるのは夕映とコレットが返り討ちにした獣人コンビとエミリィとベアトリクスのコンビで決定となりそうな所で
「待ってください! ありもしない栄誉で選ばれるなんて、私のプライドが許されません! あの竜を倒したのは私ではなく、ユエさんです。ですから、私は辞退し、ユエさんとコレットさんに特別枠を譲らせていただきます」
エミリィの突然の辞退と竜を倒したのが夕映という事を聞き、周りの生徒達は困惑している。
「いいんちょ……」
「ふん、これで貸し借りは無しです。ですので総長、突然事ですがそう言う事ですので────」
「あら、何か勘違いしていないかしらエミリィ」
ふふと微笑んでいる総長。
「特別枠は最初から4人よ。優秀な候補生は何人いても構わないのだから」
お茶目にウィンクをする総長。どうやら最初から夕映達をからかっていたようだ。少しの間状況が掴めなかった夕映とコレットであったが、先にコレットが理解し夕映に飛びついた。
「やったぁ! ユエ! 私達もオスティアに行けるよ!」
「コレット! はいです!」
喜びを露にする夕映とコレット。少し経ち、状況を理解した生徒達も皆夕映とコレットに拍手を送った。
もうそこには夕映とコレットを落ちこぼれコンビと馬鹿にする者は誰も居なかった。
「それじゃあ皆頑張って来なさい」
「お土産期待してるねー!」
4日後、先生とクラスメイト達に見送られ、オスティアに向かう夕映達。
「はー……オスティアかぁ。あのナギのそっくりさんに会えるかなぁ。それにユエも友達と会えるといいね」
「はいです。皆、マギさん、待っていてください。私は少しだけ強くなって皆に会いに行くです」
夕映はカードを空にかざしながらそう呟く。その胸には白き翼のバッジを付けて
「そのカードがユエさんのオスティアへ行く目的の1つなのですね」
「わ! いいんちょ居たの!?」
エミリィがベアトリクスを連れて夕映に用があって来た。
「えええっと、いいんちょこれには」
「下手な嘘はつかなくていいです。私はもうユエさんがあなたの遠縁というのではないのは分かっていますから」
「え?」
嘘を見破られ、動揺を見せる夕映に心配しないでください。そう言ったエミリィ。
「私はユエさんについて何も報告するつもりはありません。あなたがオスティアへ行くのは、あのネギ・スプリングフィールドという男の人が関係している。そうですね?」
エミリィの問いに夕映は首を縦に振る。そうですか……納得したような顔をしてからエミリィは夕映に頭を下げる。
「ユエさん、あなたにとって、あのネギ・スプリングフィールドという方は大事な方なのですね。それなのに私はその方に対して酷い侮辱の言葉を言ってしまいました。許されることではないのは重々承知しています。申し訳ございませんでした」
「顔を上げてくださいいいんちょ! 私もあの時はいいんちょに酷い事を言ったです。だからお相子ということで……」
「そうそう! どっちも悪くって、どっちもごめんなさいすればいい話だって」
コレットが言う通り、2人で謝罪をしたことで、この場は納める事になった。そして握手をすることで改めて夕映とエミリィは友人となった。
「えっと、ユエさんあなたパクティオーカードを持っているという事はその、仮契約をしたという事ですよね?」
「あ、はい。その、したです。仮契約」
エミリィが聞きたいことを察し夕映は顔を赤くする。
「そそそそその、書いてある名前がマギ・スプリングフィールドという名前ですが、もしかして」
「はい、マギさんは正真正銘ナギ・スプリングフィールドのご子息です」
マギの名前を聞いて、エミリィは興奮気味である。
「ナギ様にご子息がいる噂はありましたが、まさか本当だったとは」
「あ、因みにこの前インタビューをしていたネギ・スプリングフィールドがそのマギさんで、ナギ・スプリングフィールドと名乗っていたのはマギさんの弟のネギ先生です」
まさか自分が詐欺師だと言っていたマギがナギの子供だと知った時のエミリィのショックは計り知れない。
「まさか、ナギ様のご子息を詐欺師だと言いつけていたなんて、ナギ様のファンクラブとしてあるまじき失態……! 穴があったら入りたいです……!」
「まぁしょうがないよ。いいんちょ以外にも偽物だって疑ってる人はいっぱいいるんだからさ」
ショックを見せるエミリィを慰めるコレットはあることに気付く。
「今ネギ先生って言ってたけど」
「はい、マギさんとネギ先生は私達のクラスでネギ先生が担任で、マギさんは副担任として授業を教えてくれたんです」
「!! 英雄のご子息の授業ですって!? 詳しく聞かせなさい!」
「私も興味ある! 教えてユエ!」
こうして、オスティアへ行くまでマギとネギの話をコレット達に話す夕映であった。
「そう言えば、ユエさんは私の事をいいんちょと言っていましたが、あれは何だったんです?」
「すみませんです。いいんちょは私達のクラスの委員長のあだ名みたいなもので、懐かしくて、思わず呼んでいたのです」
「……エミリィで構いません。同じ呼び方だと、あなたのご友人が困惑するでしょう」
「ありがとうございますエミリィ」
「……ん?」
「どうしたネギ?」
「いや、今夕映に呼ばれた気がしてな」
場所は闘技場に戻り、修行から戻って来たマギはネギとなり相手選手を地に沈めていた。
『決着うぅぅぅぅぅぅぅ!! ネギ選手の完封勝利!! これでオスティアへの本選の出場権を獲得しましたぁぁぁぁ!!』
歓声に包まれる会場。確実だった出場権を獲得し、晴れて本選へ出場できるようになったマギであった。
「行方知らずの綾瀬だが、なんだかんだ言ってオスティアへ行く算段をつけているかもしれないな」
「ああそうだな。夕映はきっと大丈夫だ。だからオスティアで待っていてくれ夕映」
その後ナギとコジローペアもオスティアへの出場権を獲得したのであった。
「あれが、オスティア……」
別の場所ではアスナがオスティアが一望できる場所でオスティアを見ていた。
バラバラに散っていた仲間が遂に集結する。