ルーントルーパーズ〜国防軍漂流戦記〜 作:匿名
中庭には夥しい数の味方の死体と無数の木片が転がっていた。
倒された竜と奇妙な物体の残骸らしき物も見える。
その奥には数個の緑色の鉄の虫が止まっていた。すると止まっていた緑色の鉄の虫が浮かび上がった。我々が来たことを知って退避したのだろう。
「な、なんだあれは!?」
「助走を付けずに浮かんだぞ!」
その物体は助走を付けずに浮かび上がったことに兵士達はざわついていた。
土煙が収まり見えたのは矢を防ぐためだろうか、家具などを積み上げた不格好な陣のようなものがあった。
そこに、何者かがいる。
継承帝国軍の前に立ちはだかっているのだ。
この世界では最強と言っても過言ではない竜騎士団と帝国の造船技術と魔導技術を結集した空中艦隊を、一瞬で殲滅させるだけの力を持った何者かが。
運命は変わらない。
だが最後は納得しておきたかった。
武人として騎士として、自分達を斃すと言う名誉を得る者の正体を知るのは斃される者の願望であり、己の正体を知らせることが斃す者の義務であることを。
「ここで待て」
「将軍!?」
「危のうございますぞ!」
部下の静止を無視してリヒャルダは前へ進む。
敵は一体何者なのか。
マリースア軍では無いことは確かだ。ここへやって来るまでに戦ったマリースア軍は頑強であったが継承帝国軍の敵ではなかった。
セイロード湾に浮かぶ鬼神がごときの戦船。
奴らはあれに乗ってきたのだろうか?
一体どこから?
遠く四大陸の果からか?
継承帝国の覇道を阻まんと義勇軍としてやってきたのだろうか。
分からない。憶測以上の物は何一つ浮かんでこなかった。
「止まってください」
相手の顔が見えそうな距離まで来ると向こうから声がした。
見ると人らしき物がこちらに黒い棒のようなものを向けていた。
リヒャルダは一切動じず、堂々とした態度で声を張り上げた。
「我が名はリヒャルダ!フィルボルグ継承帝国南伐混成軍総大将にして継承帝陛下より第四階位将軍の位を賜りし者!貴公らの将に接見を申し込むのもなり!」
マリースアの兵らしき動揺の声が聞こえた。
こやつらではない。こやつらに我が最強の軍勢が負けはしない。
すると家具の積み上げられた不格好な陣から1人の男が立ち上がった。
「大日本帝国国防陸軍、久世陸軍少尉であります。本部隊の指揮官です」
彼はそう言ってリヒャルダの元へ歩いてくる。
若く奇妙な男だった。
上が薄い緑、下が濃い緑のおかしな服で全身を身にまとっていた。鎧らしき物は見当たらなかったが、腰にはナイフを提げている。
不格好な陣地を観察すると彼ら茶黒などの混ざった斑模様だが彼の部下らしき者が100名ほど居るのが分かった。
こいつらが?
リヒャルダは半信半疑だった。
目の前の男は、おそらく自分より若い。
彼は洗練された動作で額の前に手のひらをかざした。
一体何のつもりか分からなかったが、それが彼らの礼節なのだと理解した。
「...貴公が総大将という訳ではなさそうだな?」
「私は現場指揮官です。最高司令官は置きに浮かぶ一番大きい伊吹に乗艦しています。今お会いすることは残念ながら叶いません」
「そうか...」
この男が総大将であったとしても動じてやるつもりはなかった。
「ダイニッポン帝国と言う名の国から遠征してきたのだな」
「はい...最も我々はここ来ようと言う意思があって来たわけではありませんが」
「ふん。異な事を言う。しかし、我らがフィルボルグ継承帝国以外にも帝国という名を冠した国が居たとはな。どの大陸の国なのだ?」
「この世界には存在しない国です」
「何?」
リヒャルダはこの時初めて動揺を見せた。
「我々は、この世界とは異なる世界からやってきた...大日本帝国が保有する軍事組織の国防軍です」
「この世界とは異なる世界...だと?」
マリースア軍が味方につけた集団は傭兵か義勇軍の類だと考えていた。
しかし、数多くの戦場を駆けてきた自分でも正体は分からなかった。
見たことの無い服に身を包み、見たことも無い異形の武器を使う者達。
この世界以外の存在など憶測しようがない。
驚愕する彼女に男は言った。
「率直に申し上げます、将軍」
「...何だクゼ殿?」
彼らゆっくりと口を開く。
「撤退してください」
「...貴公らの攻撃で乗ってきた巨鳥すらも落とされた。それに勝つつもりでいたのでな」
「では、マリースア軍に降伏してください」
リヒャルダは失笑した。
街を焼き、同胞を虐殺した自分達を、マリースアの連中が捕虜にすると言うのか。
武器を置いたら最後、良くて斬首か縛り首。悪ければ拷問された挙げ句に奴隷にされるか、殺される。
「冗談で言ってるのでなければ貴様はとんだ偽善者だ」
「ジュネーブ条約を...あなた達の命を保障するよう、我々が仲介しましょう」
「断る。我らは武人として戦場で生き、戦場で死ぬ。武器を置き戦場以外の場所で死ぬ恥辱は受けぬ」
「なら、何故我々の元に来たのですか?」
「何だと?」
「...部下を救いたいと思って来たのではないんですか?」
「一つ言わせてもらおう」
リヒャルダは肉食獣のごとく殺気立った眼光を彼に向ける。
「そんなくだらん処女のようなことをほざく貴様らに、我が将兵が負けたこと、私は絶対に認めん!」
彼女は腰から魔剣を引き抜いた。
久世は肩にかけた小銃を手にした。
だが撃てない。
子供を殺そうとした帝国兵を撃てても、自分を殺そうとする美しき女将軍を撃てなかった。
久世は偽善者と言う言葉に痛感し防衛本能より罪悪感が勝ってしまった。
「近藤!重機関銃をあの女将軍に合わせて、いつでも撃てるようにしろ!今のあいつには撃てそうにない!」
「了解!」
久世の後ろで柳原が部下に対して美しき女将軍に重機関銃の照準を合わせるように指示していた。
「剣よ吠えよ!全てを滅する炎を宿せ!」
ヒリャルダは剣に炎を纏わせた。
魔剣バルムンク。
この剣には気高く残忍な炎の精霊を封じた青い宝石が埋め込まれている。
彼女の祖先であるグンダー伯爵はわずか100人の兵と共に東部国境のマルス砦を、隣国の侵攻から守り抜いた英雄として帝国の中でも名高い人物だ。
バルムンクは、その彼が手にした武器だ。冒険者だった頃にサラールの迷宮の中で手に入れたと伝えられている。魔法を斬ることができる、魔法の力で生かされているアンデッドや死霊を相手に戦っても負けはしない。
「武人が死すは戦場のみっ!抜けい異世界の戦士よ!」
彼女はクゼと名乗る異世界の戦士に一騎討ちを挑む。
騎士として敵と刃を交える栄誉を期待して。
次の瞬間、何かが身体を抉るような感覚がしたあと時間差で連続して乾いた音が聞こえた。
「え…?」
炎で灯った空が視界いっぱいに広がったかと思うと地面に叩きつけられる感覚を襲った。
目線をやると下半身が無くなっていることに気づいた。その先に血を噴きながらゆっくりと倒れていく自分の下半身が見えた。
彼女は思い出した。
“見えない矢”で兵士達が倒れたと言う報告と、運ばれて来た負傷兵の身体が欠損していたことを。
「かはっ…!?」
やられた、と理解した瞬間、彼女は血を吐いた。
久世は呆然と銃を構えたまま、彼女を見下ろしていた。
「久世少尉!おい、久世少尉!大丈夫か!?」
「久世!しっかりしろ!」
彼の耳に駆け寄って来た板東と柳原の心配している声が聞こえた。
「板東少尉…柳原少尉…」
久世はどうにか声を出した。
「怪我はないか?」
「はい、何とか生きてます。しかし撃てなかった自分に不甲斐なさを感じます」
「…まぁ精進しろ」
「礼を言うなら近藤に言ってくれ」
柳原からそう言われて美しき女将軍に引き金を引かせることになった近藤亜由美二等兵の元に寄る。
「君が近藤二等兵?撃ってくれてありがとう。君のおかげで助かったよ」
「いえ!自分は当然のことをしたまでです!」
久世は微笑みながら彼女に敬礼をし近藤も返礼する。
「柳原、すまなかったな」
「…貴様の奢りで許してやるよ」
背後から誰かが駆けてくるのが分かった。
「無事か!?クゼ殿!」
カルダだった。
久世の姿を見た彼女は彼に怪我がないことを知り安堵したようだ。
━━と。
「ふ...ふ...」
仰向けに倒れ、空を見上げていた瀕死のリヒャルダが薄く笑った。
久世は本来14.5mm弾が数発撃ち込まれ胴体が切断された上に大量出血で即死のはずなのに彼女が未だに生きていたことに驚いていた。
カルダが目を細めて彼女の元へ歩み寄る。
「何がおかしい?侵略者」
「こんな死に方...とはな...」
カルダは鼻で笑うと槍を構えた。
「楽にしてやる。侵略者には過ぎた慈悲だ」
リヒャルダはカルダの言葉が耳に入っていないかのように久世へ視線を向けた。
「クゼ...と言ったな?」
「はい、将軍」
「最後に、聞かせろ...」
久世は頷いた。
「お前は何のために武器を持った...?」
久世はギクリとした。
ここまで真っ直ぐに、それを問いかけた人間は、元の世界にも、この世界にもいなかった。
取り繕いたい気持ちが生まれるが、死にいく者に対し恥ずべきことだと思えた。
久世は正直に答えることにした。
「手前勝手な理由かもしれませんが、守りたいと思える誰かを守るためです」
帝国のため、と国防軍人なら答えなければいけないのかもしれない。
自分は結局のところ身近な誰かを守るためにしか勇気が持てない。
自分が殺されそうになっても引き金が引けなかったように。
リヒャルダは乾いた笑いを浮かべた後に吐血した。
「...私も、そのはず…だった」
そう言い残しリヒャルダの目から光が消え絶命した。
カルダが複雑そうな表情で敵将を見つめる。
久世はリヒャルダの遺体のそばに身をかがめ、彼女の見開かれた両目をそっと閉じてやった。
「…カルダさん」
「ああ」
「誰も彼もが死に急いでますね、戦場は…」
「クゼ殿…」
ややあって久世は決然とした表情で顔をあげ、バリケードに戻り拡声器をひっ掴む。
『帝国軍将兵に告ぐ!マリースアからの撤退、もしくは武装解除の上で降伏せよ!従わない場合は、こちらも決戦を辞さない!』
先の攻撃のような運命を辿りたいか!!』
久世の絶叫が城に響いた。
帝国軍の兵士達は、既に精兵としての誇りが打ち砕かれていた。
彼らの支えとなっていた、信頼を寄せていた指揮官が討ち取られ部隊は骨抜きになってしまう。
部隊として機能しなくなるほどの恐怖と絶望が彼らを支配していた。
「お…おお…しょ、将軍閣下が…」
「お、お、終わりだ…もう終わりだ…」
黒い甲冑に身を包み、この世界では比類なき軍隊であったはずの継承帝国の騎士達が次々と嘆きの言葉を発する。
「カルダさん」
久世は真剣な目でカルダを見た。
「何だ?」
「無抵抗の彼らに手を出さないでください。手を出せばこちらも相応の対応をとります」
マリースア兵達がギョッとした。
だが、カルダは頷くだけで異を唱えたりはしない。
久世を恐れている訳ではない。
「承知した。その約束、私の名誉にかけて守ろう」
同胞の反発は必至だったが、それでも彼女は誓う。
祖国を救ってくれた恩義や帝国軍を破った力への恐怖でもない
彼のことを信じているからこそだ。
彼女は、戦意を喪失した敵に向かって声を張り上げた。
「武器を捨てよ!さすれば命までは取らぬ!」
帝国兵も、その言葉に安心したのか我先にと武器を捨て始めた。
その世界では、戦いの後に残るのは勝利か死のどちらかしかない。そう覚悟していたところに生への希望が生まれたからだ。
多くのマリースア兵は、その光景を戸惑いと共に眺めていた。
だが、一部の者が不穏な動きを見せた。
仲間や家族を殺された恨みからの殺気だ。
それに気づいたカルダが叫んだ。
「我が命に背いて私刑行為に走る者は上官反抗と見なす!」
その迫力に武器を手にし無抵抗の帝国軍へ向かおうとした者達も諦めることしかなかった。
「終わった…のか?」
避難民と一緒に玉座の間に続く回廊にいた加藤がひょっこり顔を出す。
「武器をを捨て、両の手を挙げた者からこちらへ来ることを許可する!そうでない者はそちらへ残れ!」
カルダの言葉で最初はポツポツと、次第にゾロゾロと、武装解除した帝国兵達が不安げな表情でやってくる。
やって来た帝国兵を国防陸軍兵が総出でボディーチェックを行っている。
どうやら終わったようだ、と加藤は胸を撫で下ろした。
まだ抗戦の意思がある者が居たとしてもマリースア軍を圧倒するほどではない。
「やれやれ、後が大変そうだけど…ん?」
加藤はこちらへやってくる者の1人に、違和感を感じた。
(…笑ってる?)
その男は、リヒャルダの遺体へと歩いていった。