ルーントルーパーズ〜国防軍漂流戦記〜 作:匿名
ゲンフルは足掻き続ける矮小な人間を見て優越感に浸った。
もはや運命は変わらない。
絶望に泣き叫ぶ連中が見たかったが最後まで無駄なことをする連中も、なかなか惨めで悪くない。
障壁魔法がマリースア兵の剣戟を弾き、入れ替わるように飛んできた異世界人の武器が自らの身体を通り過ぎていく感覚があった。
異世界の連中も必死なのだ。
そう思うと、リヒャルダでさえ呆気なく敗れた彼らを自分が追い詰めていることに恍惚とする。
何と甘美な一時なのだろうと笑い続けた。
『マリースア軍の近接武器、効果なし!』
『銃弾は貫通していますが、目標への損害は認められません!』
『怯むな!巫女さん達が行くぞ!援護射撃ぃ!』
『うおぉぉぉぉぉ!!鉛玉を喰らえぇぇぇぇぇ!!』
『блин!ミニガンの弾が切れた!補給作業に取り掛かる!』
地上では黒い怪物に対して剣戟や銃撃が、空では落下する隕石に対して超音速の砲弾が撃ち込まれていた。
通信機で報告を耳にしながら久世は90mm無反動砲を担ぎ、中庭の隅にある花壇の脇を第4匍匐で前進していた。身体の大半を地面につけて匍匐していた。これだけ身を低くすれば怪物からは死角になって見えないはずだ。後ろには、見よう見まねの匍匐前進でついてくるカルダがいた。
「はぁはぁ…地べたを這いずるようのが随分と上手なのだな…」
「これが仕事だってくらい訓練しましたからね」
「地べたを這いずるのが仕事の騎士か…」
皮肉を言う割にカルダは愉快そうだった。
2人とも泥だらけで酷い有り様である。
決戦だと言うのに、こんな地味な戦いをしているのがおかしいらしい。
「戦士達の冥界へ逝っても、この話をすれば話のネタには困らないな」
「あの世じゃなくて、酒の席でネタに困らないようにしましょう」
「違いない」
ほどなくして、2人は怪物のすぐ横に辿り着いた。
気づかれていない。幸先がいいと久世は思った。
「リュミが障壁を破ったらクゼ殿はそれを撃ち込み、その隙に私が突入する」
カルダの言葉に久世は頷いた。
90mm無反動砲を伏せ撃ちの姿勢で構える。照準機を覗き、怪物に狙いを付けた。
リュミ達は国防陸軍の援護射撃を受けながら前進している。
そこには世界の区別などない。生きる事を諦めない者達の戦場だった。
決然とした表情で前を見据えたリュミ達は手を合わせ一斉に呪文の詠唱を始めた。
「光は闇を打ち破る唯一の奇跡なり!闇なるものに光の浄化を示したまえっ!光よ在れ!光よ差せ!」
手から光が溢れ出す。
自身が一つの太陽となり浄化の光を発することで闇を祓う魔法だ。
ゲンフルが纏う闇を溶かすべく、一歩、また一歩と足を踏み出す。
「あの人達は必ず守ると言う約束を果たしました。今度は私達が約束を果たす番です!」
リュミ達は詠唱に、より一層に力を込めた。顔には苦悶さえ浮かべ必死に。
そして彼女達の力を込めた詠唱により障壁魔法が消えた。
だが、僅か10人だけの神官戦士の放つ浄化の光では闇そのものに成り果てた存在を完全に祓うことはできない。
怪物は実体化させた触手を伸ばし彼女らに襲いかかった。
「あうっ!?」
リュミは身体に絡みついた黒い触手に顔を歪めた。
ギリギリと締め上げられ、小柄な彼女の身体は地面から浮き上がった。
「はははははははははは!その顔が見たかった!泣け!喚けぇ!絶望に染まるのだ!」
その笑いは、もはや人間のものではなくなっていた。
リュミは弄ぶかのように締めつけ彼女が苦しむのを楽しんでいるようだった。
だが━━━
「…ふふ!」
苦痛の中、リュミは笑った。
「むう…?」
ゲンフルが違和感に気づいた時には、もう遅かった。
側面にある花壇の中。
緑色の服を纏った男が叫ぶ。
「目標正面、照準よし!発射ぁっ!」
炎が迸った直後、超高速で突入してきた何かがゲンフルの実体なき身体の中で炸裂し、炎と土煙を巻き上げて飛び散った。
「がぁあああぁああぁ!?」
ゲンフルは身体がバラバラになるような衝撃に襲われた。
「おのれっ!おのれぇえええ!」
集中力が乱れ実体化させた触手が霧に戻った。
締め上げていた少女達が地面に落ち悲鳴を上げる
ゲンフルは体勢を立て直す前に土煙の中から一つの影が飛び出した。
「おおおおおおおおおおお!」
女だった。女は巻き上がる煙をかき分け、ゲンフルの眼前に立った。
魔剣バルムンクを携えて、
━━━確か、持ち主のリヒャルダは無様に死んだはずだ…
「剣よ吠えろっ!全てを滅す炎を宿せ!」
炎が踊り、次の瞬間、ゲンフルの身体が燃えた。
その女が魔剣を用いて炎を放っているのだ。
「ぎゃあぁあぁあぁアアアア!?」
女は剣の魔力を使い尽くすように火炎を次々と彼に向けて飛ばす。
炎がゲンフルの全身を包む。
錯乱した彼には、もう目の前の相手が誰なのかさえ分からない。
「許さん!許さんゾ…リヒャルダァアアアアアア!」
「くっ!」
その女━━━カルダが魔剣を手放して退避退避を始めるのと同時に、戦況を見守っていた加藤が無線に叫んだ。
「熱源を確保した!トマホーク発射を要請する!」
「了解!着弾地点より退避してください!」
加藤からの要請を受けた伊吹と初音ではトマホークの発射準備が完了していた。
「トマホーク攻撃始め!」
「発射!」
蕪木からの発射命令を聞き射撃管制員は操作パネルの発射ボタンを押す。
タンタンタァン!!
バシュバシュバシュゥウウウウゥ!!
伊吹の前部VLSから3発のトマホークに、初音の前部VLSから3発のトマホークにロケットブースターが点火し天高く飛翔した。
煌びやかでさえあるブースターの燃焼が終わると撃ち上げられた5発のトマホークはブースター部分を切り離し、安定翼と垂直尾翼を展開し巡航体勢に入った。
トマホークの射程距離は3000km。今回は目標までの距離は恐ろしく短い。数分もせずに到達するはずだ。
撃ち上げられた5発のトマホークの飛翔を確認した加藤が無線に緊迫した声で呼びかける。
「久世少尉!トマホークが発射された!早くその場を離れろ!巻き込まれるぞ!!」
だが、帰ってきた久世のの声はそれよりも切迫していた。
『カルダさんが、まだ怪物の近くに取り残されてる!!』
(不覚を取った…!)
カルダが逃げようとした時、怪物の触手が伸び彼女の足に絡みついた。
彼女を自らの体内に引きずり込もうとしている。
カルダは歯を食いしばり花壇の縁にしがみついて耐えていた。
もうすぐ、あの異世界の船から全てを滅する鉄槌が降り注ぐ。このままでは怪物と仲良く、あの世行きだ。
だが、触手の力は強く自分では逃げられそうにない。
「逃さぬ…逃さぬぞ、リヒャルダアァ!貴様も俺と一緒に地獄へ堕ちるのだぁ!」
何本もの触手が怪物本体から伸び彼女の全身に絡みついた。
カルダは地面に爪を食い込ませて抵抗するが、もう耐えられそうにない。
(ここまでか…)
━━━その時、足の方から爆音がした。
カルダが目をやると、触手の何本かが千切れていき、引きずる力が弱まる。
「カルダさん!」
久世が彼女を助けに来たのだ。
弾切れになった無反動砲を置いていき、手榴弾を投擲しながら走ってくる。
「救助に来ました!」
そう言い、腰から89式汎用ナイフを抜き執拗に彼女に絡まる触手へノコギリの要領で斬りつけた。
「クソっ!離れろ!この!」
必死に彼女の足から触手を切り離そうとするが、触手は思いのほか強靭で上手くいかない。
「やめろクゼ殿!私は置いていけ!このままでは貴公まで死ぬぞ!!」
「すいませんね。あなたはそれで良くても、こっちはそれじゃダメなんですよ!」
「それは皆分かってくれるはずだ!マリースアの同胞は…」
「あなたみたいな美人を見捨てて、自分だけおめおめ生きて帰ったなんて…それじゃあどうにも救いがない」
言葉の意味がわからず呆然とするカルダに久世は苦笑した。
もうこれ以上、納得のいかない死を見たくなかった。
今後、日々安眠できる人生を送るためにも彼女は見捨てられない。
軍人の冷静な判断や仕方ない状況、そんなものは関係ない。
「お、お願いだ、クゼ殿!私を後悔させないでくれ!あなたに…」
「あなたに死んで欲しくない!」
自分で何を言ってるのかわからない。
「僕だった、あなたに死んで欲しくないんですってば!」
久世が怒鳴り、カルダは何も言い返せなかった。
これまでは騎士として、他人を救う側、守る側にいた自分が救われる側に立つなんて考えたことがなかったから。
それを言ったのが、どこかあの人に似ている異世界の青年だから。
「僕はどうも、あの将軍が言ってたみたいに偽善者らしい。貴方のような美人を置いて自分だけ生き残るのは我慢がならない」
「こんな時にそんな冗談を…!」
「冗談で命は張りません、よっと!」
ブツリ、と鈍い音を立てて、ようやくカルダに絡む全ての触手が切れた。
「早く!」
彼女は、差し伸べられた手を反射的に握っていた。
力強く助け起こされ一緒に駆け出す。
彼女はこの極限状態の中で微かな懐かしさを感じていた。
結婚式の日取りが決まり、あの人と実家を抜け出して、一時の自由を楽しんでたことがある。
政略結婚と言う束縛を前に、あの人と残り僅かな自由を謳歌した記憶。
恐れなど知らない少年と少女だった2人。
彼女は、自分があの時代から一歩も前へ踏み出せていないことに気づいた。
共に歩んで行こうと決めたあの人を亡くしてから、何一つ前へ進めたいない自分。
喪服のような軍服を纏い、新しい人生を踏み出そうとしてなかった。
心のどこかで、戦場での死さえ望んでいた。
自分はきっとこうして欲しかったのだ。
こうして、あの人に手を引いてもらい一緒に走って欲しかった。
クゼは、自らのことを偽善者だと言った。それを言うならあの人も…なによりも自分もそうだ。
戦場へ行く彼に、武運を祈るなど言わなければよかった。
あの時、戦地へ行く前に、どうして私はすがりつかなっかのだ。
自分は卑怯だった。
生きてくれるだけで良かった?
なら、何で私は武運を祈るなどと澄ました顔で言ったのだ?
本当に帰ってきて欲しいのなら、愛している人に生きて欲しいと願うのなら、言わなければならなかったのだ。
行かないで欲しい、と。
「くそ…間に合うか!?」
「いいんですよ!気にしなくて!」
彼女の謝罪は、彼だけに向けたものではなかった。
自分がこんな喪服のような軍服を着続けている本当の理由。
自分があの人を殺したようなものだからだ。
貴族であることを捨て切れず、愛した人を死なせた愚かな自分への罰なのだ。
自分は、クゼのような人間に救われる資格などない。
それでも、彼は自分を救おうとする。
そして、救われたがっている。
度し難いと思った。
叫びたいほど嬉しかった。
「あっ!?」
走るクゼが体勢を崩し、その場に転倒する。
「クゼ殿!?」
カルダは慌てて助けを起こそうとするが上手くいかない。
「そんな…!?」
触手の一本が彼の足を掴んでいた。怪物の執念を感じた。
「ハハアハハアアァー!今度こそ道連れだ、異世界の化け物よ、召喚されし軍勢よ、ルーントルーパーズよぉ!」
「畜生…!」
久世は靴で触手を蹴るが、固く絡みついたそれは全く離れようとしない。
カルダが彼の腰からナイフを抜き斬りかかろうとする。
それよりも早く無数に触手が2人を襲う。
「わああああああ!?」
触手は、2人を呑み込むように絡みつき全身を締め上げる。
「カルダさん、ああこんなバカなっ!」
久世は最後の最後で、こんな結末が待っていることに憤りを感じた。
せめて彼女だけでも救いたかった。
「クゼ殿、ああ...クゼ殿っ!!」
カルダも悲痛な叫び声を上げた。
焦燥感と罪悪感が、彼女の心をかき乱す。
自分のせいで最愛の人を死に追いやり、異世界からやってきた青年を死なせようとしている。
「お願いだから、彼だけを救ってよっ!」
カルダはそれまでの口調など忘れたように怒鳴った。
自分は地獄へ堕ち、戦士達の冥界には行けない。
クゼに死んで欲しくなかった。
彼は、これからも多くの人を救っていくだろう。
誰か運のいい女を一人、生涯をかけて幸せにしていくに違いない。
彼の死は、多くの人を不幸にしてしまう。
私のためではなく、これから彼に出会う人達のために━━━
『...ガガ…久世隊長ぉーっ!!…ガガ…』
「八重樫伍長か!?」
久世は雑音の中、誰かの声を聞いた。
闇の中で眩い光が見えた。
「光よ、闇を照らせ。光よ、全てを満たせ!」
呪文の声が聞こえ、まさかと思い、久世は闇の中から脱出を試みる。
溶けるように触手が引いていくのが分かった。
リュミ達、神官戦士の全力を尽くした神聖魔法が闇を退けているのだ。
最後のチャンスだ。
久世は闇の中から必死になってカルダを探した。
再び彼女の手を掴み引きずり出す。
強烈なスポットライトのような光の中へ久世はカルダを抱きながら転がり出た。
「クゼ…さん…?」
「無事ですか?」
カルダは、彼の泥だらけの顔を見つめた。
神聖魔法の中、彼女は彼に抱きしめられる感覚に切なさを感じていた。
あの幸せだった最後の日に、あの人に抱きしめられた感覚が蘇る。
まだ終わってない…生きなければいけない。
彼も、そして自分も。
「久世小隊長!こっちだ!」
甲高いエンジン音と猛烈なダウンウォッシュが中庭に巻き起こっていた。
(これは!?)
攻撃輸送ヘリであるオオトリ2機と輸送ヘリのチヌーク1機が飛んでいた。
地上部隊を残して離陸するしかなかったあのヘリだ。補給を終えて帰ってきたのだ。
神聖魔法を詠唱し続けるリュミ達は、チヌークに搭乗し魔法の光をこちらへ放っていた。
『待たせたな』
1機のオオトリにはキャビンに74式8.6mm機関銃を構えた大塚軍曹が歯をニカっとしていた。
「大塚軍曹!」
『援護射撃します久世少尉』
もう1機のオオトリは急降下を仕掛けてくる。
『時間がありません!横から掻っ攫います!』
「八重樫ぃ!」
久世が叫び、カルダと肩を貸しあって前へ進む。
サイドドアを全開にしたオオトリが迫ってくる。
大塚と八重樫達が空から怪物に向けて援護射撃を加える。
オオトリが2人の前まできてホバリングしている。
「カルダさん、先に!」
久世は有無を言わさず、カルダをオオトリのキャビンへ押しやった。
そして自分も乗り込もうとする。
だが…
「うっ!?」
「ぬおおォォォおおおー!ルーントルーパーぁーズぅううう!」
あれだけ痛めつけられてなお、怪物は触手を伸ばし、久世の足を捕らえたのだ。
「クゼ殿っ!?」
カルダがヘリから飛び降りようとして八重樫に止められる。
久世は必死になってヘリにしがみつくが、触手はヘリごと引き倒そうとしてくる。
次の瞬間、久世を掴んでいた触手が千切れた。
久世はハッとした。
銃声は聞こえなかった。
いや、と思った時、遅れて銃声がやってきた。
遠距離からの狙撃だ。
「おし、当たったっ!」
「「やりぃ!」」
尖塔に居る市之瀬とラロナとアルメナが互いの手を叩き合う。
ヘリに乗り込み、久世は笑った。
アホで生意気なクソガキだが、いい部下じゃないか。
パイロットが叫んだ。
「上昇する!掴まれ!」
「トマホーク、まもなく着弾!」
「来たぞぉ!」
オオトリが一気に高度を上げ着弾地点から逃れる。
怪物が異世界の乗り物に憎悪と共に見上げていた。
「ヌオおオオおおオオオオお!おのれルーントルーパぁーズぅ!この世界に紛れ込んだ異物めぇええええ!」
絶叫する怪物を目前に5発のトマホークが最終突入シークエンスに入る。
━━━攻撃目標の熱源を探知、コース調整、ジャミングなし、システムオールグリーン。
伊吹のCICではトマホークに内蔵されているカメラ映像が映し出されている。
デジタル映像が燃えている怪物へ急速突入しているこちが分かる。
着弾直前であることを表す電子アラームが鳴り響く。
ピィィィィー!!
画面一杯に怪物が一瞬映り、すぐに砂嵐の画面に切り替わった。
「
射撃管制員が報告の声をあげた。
「ぎゃああああああああああ!!」
ゲンフルは全てが消し飛ぶ爆発と炎を喰らい、のたうち回っていた。
水晶が熱により融解していく。
水晶と言う制御器を失った流星は狙った軌道を外れる。
彼の命と執念を賭しての願いが潰えてしまった。
「なぜだっ!?なぜなんだぁーっ!?」
どのような攻撃を受けたのか分からなかったが、誰によるものなのかは確信があった。
今まさに滅しようとしている中、怒りと憎しみを込めて叫んだ。
「はは...はははははは!異世界人、これだけでは終わらんぞ!お前たちの存在はこの世界にあってはならぬのだ!世界はお前達の存在は許さぬ!世界がお前達を消そうとする。それは運命なのだ!」
伊吹のCICでは電測員が突然の変化に驚きの声を上げた。
「小隕石群、多数が落下軌道を変化させていきます!」
「何っ!?」
蕪木はレーダースクリーンに目を向けた。
一直線にここを目指して軌道を描いていた小隕石の多くが軌道を変えた。
「重心や空気抵抗の変化で軌道を逸れたんだ!」
砲雷長は微かに見えた希望に歓喜する。
隕石のほとんどが遠くの海に落下している。
だが蕪木は緊張を解かなかった。
再び電測員が叫ぶ。
「ま、まだ、こちらに落下してくるものがあります!」
だが、落下してくる小隕石は伊吹単艦でも対処可能な数である。
伊吹の銀河システムが落下してくる小隕石の中で脅威のある物を選定し各砲塔にその情報を共有し隕石を撃破していく。