ルーントルーパーズ〜国防軍漂流戦記〜 作:匿名
「アイスコーヒーが良かったですか?」
「すまんな」
蕪木は小さく礼を言って加藤からカップを受け取った。
「どうしたんです?暇さえあれば艦橋に上がって海を眺めるなんて」
艦橋のウィングの縁にもたれた加藤も同じだった。
蕪木はそんな部下の問いに苦笑した。
「私は君と違ってもう若くない」
彼は再び海に目線を戻す。
そこには、彼らの乗艦を含め国防海軍の艦隊が浮かんでいる。沖合いには戦略空母桜龍が堂々とした状態で海に佇んでいる。
定期飛行のためか桜龍からは60式近接支援航空機雷電が発艦準備をしているところだ。揚陸艦や輸送艦は陸軍と海兵隊の上陸拠点となっている浜辺の沖合いに浮かんでいるのでここにはいない。
伊吹の背後にはマリースアの首都セイロードが広がり、地球の古代海洋都市を思わせる白い家屋が立ち並んでいる。
「実感が湧かないと?」
「ああ、異世界に迷い込んだことも、戦争に介入してしまったこともな…」
1週間前、艦隊を包み込んだ突然の“異変”により気がついた時には国防軍平和維持軍派遣艦隊は、この世界に迷い込んでいた。
フィルボルグ継承帝国と呼ばれる軍事国家に侵略されつつあるマリースア南海連合王国に辿り着いた。
親善部隊として派遣されたヘリ部隊が、その継承帝国軍の攻撃を受け墜落。無事だった兵士とヘリは襲いかかる竜に向かって重火器や対空ミサイルを使用し撃破。そのまま戦争に巻き込まれてしまった。
マリースアの国民と国防軍兵士に降りかかる火の粉を払うために武力行使に踏み切った。
帝国政府の方針に従って見捨てるか、人として戦いに飛び込むか。
結果として、大勢のフィルボルグ兵を殺傷し戦いに勝利した。
国連加盟国でも帝国の同盟国でもない国を助けることに消極的な方針に従っていた国防軍からは逸脱した行為であった。
その結果、数十万人のマリースアの国民を救うことになった。
(我々の判断は正しかったのだろうか)
いつまで経っても明確な答えが出ない。無限のループに陥っている気分だ。
蕪木は今もなお、悩んんでいた。だが、決断し部下に命令を下した者として、それを表に出すようなことを決してしない。
ヒューゥ、と甲高い鳴き声を上げながら人を乗せた巨大な鳥が編隊を組んでいく。
マリースアの
巨大な鳥を誘導して旋回し艦橋の2人の視界に入るように飛行した3騎━━━それに乗る騎士達が剣を胸にかざす敬礼をした。
蕪木は背筋を伸ばし額に手の平をかざす国防海軍式の敬礼で応じる。
軍人として、敬礼に敬礼で返す。この異世界にあっても同じことなのだ。
着ている物も価値観は違えど、同じ“人間”に違いなかった。
「いやはや、しっかし、本当にファンタジーな世界なんだなぁ、ここ」
加藤が飛び去っていく巨大な鳥━━━アルゲンタビスの見事なまでに美しい編隊飛行と騎手達に感嘆する。
(それにしても、普通、漫画とかアニメとラノベとか...そう言いもんだと、異世界に召喚される奴って、何の変哲もない少年じゃなかったか?)
加藤はいわゆるオタクで何にでも手を出すタイプだ。それもあってかオタク方面の知識には全般的に強かった。
そう言った物の中でも特に人気なのが、異世界に現代世界の人間が召喚されてしまうジャンルだ。
それに比べると自分達の置かれているこの状況は、かなり特異だ。
何の能力もない、現代世界の小物くらいしか持たない普通の少年が、異世界に召喚され美少女と婚約させられたり、異世界を救ったりする。
だが、自分達は違う。
大口径レールガンを搭載した巡洋艦、排水量140000トンの戦略空母、地図を書き換えるほどの威力を持つ破壊兵器を搭載している戦略ミサイル潜水艦etc…漂流者と呼ぶには過分な物を携えてしまっている。大日本帝国と言う地球有数の超大国が擁する軍隊だ。優しだけが取り柄の主人公ではい。
だからこそ、この世界にとっても自分達自身にとっても、この状況は危険なのだ。
(ああいう作品の主人公は良いねぇ。少なくとも自分が“火種”になる恐れがない場合が多いんだし。と言うか...)
加藤は蕪木の横を見た。
(こんなおっさん召喚してどうすんのさ?)
「...お前、今、すごく失礼なこと考えてないか」
「いいえー、別にー」
加藤の掴みどころのない性格に蕪木は内心もやもやしながらコーヒーを飲む。
すると、桜龍の方から雷電が轟音を響かせ発艦する。
「ルーデルの遺産が飛んでいきましたね...」
「桜龍の航空団司令から雷電のパイロットがアヴェンジャーを撃たせろとうるさいそうだ」
「はは、それはそれは」
彼らは束の間の平和を楽しんでいた。
「奴らを信用するなど言語道断である!」
賛同する声があちこちから上がる。
「将軍の仰る通りですぞ!あのような、どこの馬の骨とも分からぬ連中を信じる方がどうかしておる!」
それを聞いて、カルダは眉を顰めた。怜悧な瞳を無骨な鎧を着込んだ連中へと向ける(また、“内地軍”と“水軍”の奴らか)
玉座の間の半分近くを占有する連中に心の中で舌打ちをした。
「異世界からやってきた
野太い声の持ち主の名はベレンゲル。マリースア南海連合王国“内地軍”の総大将である。
マリースア南海連合王国は、群島国家から大陸へと領土を広げた国である。
海に近い王都セイロードを担当する王都守備隊は純マリースア人を中心に編成されている。対照的に内陸の都市などは内地軍が、近海の諸島などは水軍と呼ばれる非マリースア人が多い部隊が担当する。地上の国境線と海上の交通路を防衛するのが任務だ。
ベレンゲルを含めた内地軍と水軍の多くは、あの戦いでのルーントルーパーズの戦闘を見ていないのである。
セイロード奇襲を知り、大慌てとで国境地帯から部隊を引き抜いて編成した内地軍と諸島から海兵を乗せた水軍艦隊が王都に到着した頃には全てが終わっていた。
彼らが見た物は異世界からやってきた謎の集団が堂々と自国に鎮座している姿だった。
「そもそも、何故あやつらを王都へ上陸させたのだ!?今は聖母公園などに陣を張り、妖しげな物を大量に持ち込んで、良からぬ事を企んでるそうではないか!?」
「守備隊の駐屯地跡で、負傷者が収容されているらしいが何か怪しげな魔術を施してるのではないのかね?」
ベレンゲルとは対照的に落ち着いた雰囲気を醸し出しているのはアンダーセン。マリースア南海連合王国“水軍”の総大将である。
その言葉に、カルダは立ち上がった。
「陸軍と海兵隊の方々を、王都へ上陸させたのは私です。貴族の多くが戦死した中で女王陛下の許可が下りました故、彼らに助けを求めたまでです」
「“助け”だと?」
失笑にも似た声が上がった。
「バカバカしいにもほどがある!何故、自国の人間でもない我らに民を助ける義理がある?」
「それは...」
カルダはしばし言葉に詰まる。
彼女自身も、その理由を完全に理解できていなかったからだ。
彼らは、無償で戦災に苦しむ民を救い出したいと申し出た。態勢を立て直す事に夢中で民の事を考えてなかったカルダは達マリースア軍人は、その申し出に驚いた。軍隊は敵と戦い国を守るための組織で、民に手を差し伸べると言う発想がなかった。
カルダは彼らの精神と想像もつかない価値観の元で行動している彼らに感服した。
彼女は、傷ついた人々を必死になって救い出そうとする彼らの姿を、英雄達が泥にまみれて民を救おうとしているのを、救えなった命に涙している姿を見たのだ。
カルダは、ある陸軍の兵士の尋ねた。
何故、自分とは全く関わりのない国の人間の死がそんなに悲しいのか、と。
『俺は、ヨコスカとハンシンアワジとムツシュウを知ってるからなぁ。他人事には思えないんだよ』
『私は、ハンシンアワジで被災して経験したからなぁ』
『僕はグスタフって言うハリケーンで街が吹っ飛ばされたからね』
他の兵士にも聞いたところ、ほとんど同じ回答だった。
彼らが何を言いたいのか理解できなかったが、彼らの中には、苦しむ人々に対して他人事では済ませられない何かがあるのはわかった。
カルダはその事を思い出し、不思議と目頭が熱くなった。金や名誉がほしくて助けてるのではない。下心などないのだ。
彼らの行動はあまりにも突飛で普通なら不審に思われることをあえて行っているようにさえ感じた。
理解されないとわかっていても自分でも理解しきっていないとしても。
「それが彼らにとって、“当然の行い”だからです」
「金ももらわずに他国に民を救うのが当然の行いだと!?聖人でもそこまでできる奴はおらんわ!」
「我が国に取り入って内部から侵略する手筈に違いない!」
「内地軍と水軍を動かして奴らを封じ込めるべきだ!」
内地軍と水軍に応援の声が上がり始めた。
陸軍と海兵隊の“サイガイハケン”と呼ばれるものを中断させたくなかった。
「ならばベレンゲル将軍、あなたはその手で引き連れてきた兵を、この街の復興のために少しでも割いたか!?民に手を差し伸べ、共に戦災の苦労を分かち合おうとしたのか!?」
「何を言ってるのだ?何故、我ら貴族がそんなことをする必要がある?」
カルダはベレンゲルの返答にハッとした。
ベレンゲルの言う通り、貴族の自分が民と苦労を共にする必要はない。国を守ってやったのだから民の苦労など安いものだ。
異世界からやってきた軍人達の姿を見てから考えが変わったのか、かつての自分とべレンゲルの言葉が正しく思えなくなっている。
呆然としている彼女の隙をついたかのように批判の声が次々と上がる。
「論点をすり替えるな、この売国奴め!」
「それでもマリースア貴族か!」
「ちくわ大明神」
「今のは誰だ!?」
それらに対し彼女は内地軍と水軍の高官達を射殺さんばかりの表情で叫ぶ。
「誰が売国奴か!私はこの国を誰よりも愛している!国とは民ではないのか!?だからこそ彼らの行いを止めたくないのだ!そもそも彼らを封じ込めるだと?笑止千万!彼ら相手に戦いを挑んだが最後、我らは屍の山を築く事になるぞ!この国を滅ぼすつもりか!?」
「貴様ぁ!我ら内地軍を愚弄するか!?」
血気盛んな青年将校が抜刀して彼女を斬りかかりそうな剣幕で吠える。
「王都守備隊として城を守り抜いた功労者だからと、今まで黙って聞いていたが、その暴言、もう許せん!」
武闘派で知られる騎士団長も追随した。
「カルダ殿は奴らに魂を売ったのだ!即刻処刑すべきだ!」
彼女を処刑すべきと言う主張まで飛び出してきた。
「私は城を守り抜いてなどいない!この国を救ったのは他でもない彼らだ!」
カルダは必死に説得しようとしたが、その言葉のことごとく内地軍と水軍の神経を逆撫でするだけだ。
ベレンゲルは後に退けぬと啖呵を切る。
「それほどまで強い奴らであれば、今頃この国は攻め落とされておろう!それができぬと言うことは奴らは弱ってるのだ!ならば我らの健在なる内地軍と水軍の戦力を持ってすれば、鎧袖一触!そうであろう、アンダーセン殿?」
「お主の言う通りだな」
水軍総大将のアンダーセンに同意を得たのを確認したベレンゲルは玉座の前に跪いた。
彼女の味方をしてくる王都守備隊関係の貴族は、先の戦いで多くが戦死した。この場で最も発言力を持っているのは内地軍と水軍だ。
「ハミエーア女王陛下!我らが、この国へ侵入したる匪賊共を殲滅してご覧入れます!どうか、ご聖断を!」
カルダは心臓が止まったかのような錯覚に陥った。
ベレンゲルの具申にその場が静まり返る。
「妾はこの城におったのだ、ベレンゲル」
玉座の奥から静かな少女の声が聞こえた。
「は、ははぁ!」
ベレンゲルは地面に擦り付けんばかりに頭を下げた。
「妾も見たのだ、この目でのう。異世界からやってきた軍勢の“力”を」
「で、ですが、それは...」
「確かに、カルダ戦士団長の言う事も正しい。じゃが、そなたの言う事も正しいように妾は思う」
「おお!?では…」
さらに言葉を続けようとするベレンゲルを制し少女の声が響いた。
「そうじゃな、ならば…」
薄い布越に玉座から立ち上がる影。玉座の間にいた重臣達が一斉に平伏した。
「その者達が、“証”を立てられるかを試してみようぞ」
ハミエーア女王の命令だった。
「まずい立場の中、会議に呼び出してしもうたの」
「とんでもございません」
「単刀直入に言おうぞ。妾はルーントルーパーズを裏切る形になってしもうとる」
「心中お察しいたします」
幼き女王ハミエーアは、テラスからセイロード湾に停泊する20隻の異形に船を見つめた。
「陸軍と海兵隊を上陸させてしまったには失敗じゃったな…」
ハミエーアは戦いの後で混乱で、民を想うあまりに口約束を交わした事を後悔していた。カルダがルーントルーパーズの現状を報告する。
「サイガイハケンで彼らが行っている市民への炊き出しは、間もなく物資を供給できる限界点に達していると思われます」
戦災によって麻痺し、都市への食糧のの供給が止まったためルーントルーパーズは自分達からの申し出だけではなく、ハミエーアの要請もあり餓えた市民への食事を提供した。
それは、ハミエーアの約束によって彼らも食糧の供給が近々受けれると言う信頼があってのことだ。
ハミエーアはため息をついた。
カブラギと言うルーントルーパーズの将軍と“無線機”と言う魔道具で話した時のことを思い出した。
『人道支援は我が帝国の十八番でもあり、国連軍派遣でも課せられている任務の一つです。部下も乗り気ですので、すぐに取りかからせましょう』
ハミエーアは、その言葉だけで何人の民が助かったにだろうかと考えた。
そんな彼らを裏切ってしまった自分の不甲斐なさに小さな拳を握りしめた。
マリースアの軍事力の過半を内地軍と水軍が占めてしまった今、彼らの意見を聞き入れないのは、たとえ女王であっても難しかった。
「情けない。先王のように、妾は万難を排することが出来なかった」
「陛下…」
人払いがされたテラスで彼女の弱音を聞いているのはカルダ一人だった。
その状況から、女王が自分を信頼しているのだとカルダは察する。
あの絶望的な戦いを、ルーントルーパーズと共に戦った一人である。
「内地軍のベレンゲル将軍は強硬手段に出ぬよう妾が抑えよう。水軍のアンダーセンは強硬手段には走るような人物ではないから大丈夫じゃろう。じゃが、本来ルーントルーパーズに補給するはずじゃった食糧の手配は、しばらく無理そうじゃ…」
王都への交通経路は完全に内地軍が掌握している。
ルーントルーパーズの行っている炊き出しへの食糧補給を内陸部から向かわせたとしても、どこかで遮断されてしまう。
ルーントルーパーズの好意を踏み躙り、彼らの食糧を浪費させて何の補償もしていない。
「…彼らに伝えておきましょう。陛下の尽力があったと」
「いらぬ。信頼を違えた王の弁明など、彼らは聞きとうなかろう」
肩を落とす女王にカルダの表情が曇った。彼女は女王に忠誠を誓っている。その力が弱くなったからといって背中を狙うよう俗物ではない。
「彼らと話をせねばならぬ。次の手を打つ必要があるのじゃ。彼らが、この国に受け入れるようにするための次の手が…」
ハミエーアは諦めてなかった。
「そのための、会談なのですね。“証”を立ててもらうための」
「行ってくれるか、あの船へ」
「陛下の命とならば喜んで…!」
異世界の地でルーントルーパーズは新たな局面を迎えようとしていた。