ルーントルーパーズ〜国防軍漂流戦記〜 作:匿名
横殴りの雨、吹きすさぶ暴風、軽々と人を呑み込んでしまいそうな高波。
330000馬力のAD動力炉で生み出された推進力で波を掻き分けながら進む鋼鉄の城もとい打撃ミサイル巡洋艦。
後ろには排水量6800トン、120000馬力のガスタービンエンジンと排水量17000トン、62000馬力のAD動力炉で生み出された推進力で突き進む2隻の対潜駆逐艦と1隻の攻撃型潜水艦が続く。
「おっとっと、だいぶガブってるなぁ...
「なに、心配せんでもこのクラスの船ならビクともせんよ」
打撃ミサイル巡洋艦“伊吹”の艦橋にある司令席に座る蕪木と傍らにコーヒーを手にした加藤。
全長263m、満載排水量41000トンの戦闘艦がこの程度の嵐で沈むわけがない。
荒天での揺れを制御するフィン・スタビライザーのおかげである。
「嵐の海に出るのは初めてですかな?」
コーヒーの入ったマグカップを手にし笑みを浮かべた。
「は、はじめてではない!馬鹿にするな!」
蕪木が笑みを向けた相手はそれが気遣いではなく嘲笑と受け取る。
船酔いのせいで青い顔をした中世の騎士を思わせる鎧と将校用の水軍服を身に付けた数人の若者。
内地軍と水軍の騎士と水兵だ。
観戦武官の名目でハミエーアの名で派遣された青年将校だ。
名門貴族と軍人家系の出だった。
騎士らしく正義感に燃え、高い身分にある者、専門分野に秀でている者が選ばれた。
異世界の存在を受け入れるために若さと言う柔軟性が必要だとハミエーアが判断した。
時折、向こう見ずな態度が見え隠れし険悪な空気にならないように加藤が割って入る。
「それにしても変わりやすい天気だ。霧を抜けたら今度は嵐。これが“人魚の海”何ですか?」
「ふん、“人魚の海”に挑んで無事に生還した船は存在しないと言われている」
加藤は艦隊参謀部の首席参謀の立場の高級将校だ。
だが、騎士達はそんな事を知らず呆れたように加藤を見て、教えてやろうと尊大な態度で応じた。
「特に、悪しき心を持った者はな」
加藤に対して試すような視線を投げつけた。
戦いの神ヴァルキューレを模した鎧を身に纏った長身の美女。
「ヴィルヘルミーネ神官戦士団長...」
プライドの高い若手騎士達が尊敬の眼差しを彼女に送っていた。
ヴィルヘルミーネ光母教神官戦士団長。レフティスの上官だ。
ヴァルキューレを母に持つと囁かれる圧倒的な美しさとカリスマを持つ“神の剣”。
年齢は30代前後で落ち着いた大人の女性と言う人物だ。
羽根付きの兜から流れるような美しい金髪が覗いていた。
蒼い瞳には一切の隙がなく相手の勇気や器を測ろうとしているような底の知れない光を宿していた。
彼女もご多分にもれずハミエーアから命じられて乗艦していた。
「へー、そうなんですか。ま、今回は人魚の国の入国許可証もあるし問題ないんじゃないですか?」
ヴィルヘルミーネの皮肉をスルーした加藤を若い騎士達と神官戦士団長は顔を見合わせた。
単なる馬鹿なのか、よほどの勇気の持ち主なのか測りかねない。
「この船はすごいなぁ...こんな嵐の中、ウチの船が出たら転覆しちゃうよ」
そんなヴィルヘルミーネ達とは対照的に伊吹の性能に驚嘆している1人の青年将校。
ヒラガル水軍技術下級校。水軍第4船渠の技術将校だ。
彼女は観戦武官の中では珍しく加藤ら国防軍を敵視していない将校だ。
ナポレオン戦争時代のイギリスの海軍服を思わせるような通気性の良いデザインの水軍服、健康的な太ももを露にしたショートパンツとブーツを履いている。金髪のお下げに大きい金属フレームの丸メガネをかけている。
何かを探求するように彼女の緑色の瞳は輝いていた。
「おたくの船はガレオン船...いわゆる帆走軍艦でしたっけ?」
「そうですね...大型艦から小型艦まで完全帆走式が主流ですね」
水軍艦艇は加藤が元いた世界では既に廃れたガレオン船が主流だ。
彼女の言う通り、水軍の船がこの嵐の中を突き進もうとなればガレオン船のデメリットである安定性に欠け転覆しやすくなるリスクが高まるからだ。
だが、この伊吹は大日本帝国の高度な造船技術と培われたノウハウで建造され世界屈指の海軍練度の水兵達が操艦する大型巡洋艦だ。
よっぽどの事がない限り転覆はしない。
「左舷200、岩礁あり。間もなく通過します」
蕪木と加藤は双眼鏡で航海科の監視員から報告が上がった方位を確認した。
猛烈な波間から見え隠れしている岩礁。あれでは、発見する事が極めて難しい。
「通信長、DDS116と139、伊203に“左舷200に岩礁あり。注意されたし”と通信せよ」
蕪木の命令で伊吹の通信長は艦隊間無線システムや信号灯で随伴している対潜駆逐艦116と139、攻撃型潜水艦伊203に状況を知らせていた。
「凄いな。これがなければ、こんなに早く到達できなかったよ」
海図台に置かれた“入国許可証”を感嘆しながら見やった。
この“入国許可証”のおかげで安全な航路を指し示していた。
「...人魚達にとって秘宝、いや、最大級の秘密である“導きの涙”を女王自らがこうも簡単に貴様達に渡したということが信じられん」
海図台の上に置かれた小さい水晶玉のようなそれは、巨大な1個の真珠だった。
真珠は、ボンヤリしながら絶え間なく発光しているしている七色の光。
その中で青く光る1つの線が方位を指し示し水底の王国へ航路を示す道しるべ。
伝説の中にしか存在せず、存在が疑問視された“導きの涙”。
「あなたもしつこいお人だなぁ...本当ですってば、あの人魚の女王様が、僕らが来てくれるように手配してくれたんですよ」
「ふん、どうだか。ハミエーア陛下のお言葉がなければ取り合わぬ。ただの戯れ言にしか聞こえん」
ヴィルヘルミーネの言葉に加藤は肩を竦め、ヒラガル以外の騎士達は優越感に満ちていた。
「だが、この船と、お前達の操船技術は素晴らしきものだ。驚嘆に値する」
微かに笑った彼女は自身の職務に専念する伊吹水兵達を眺める。
(これだけ上官がコケにされているにも関わらず、食ってかかることはおろか、持ち場を離れたり拙僧達を睨む者もいない...この規律と練度の高さ、並ではない)
彼女はそう思ってるが、一部の水兵達は内心ヴィルヘルミーネ達を快く思ってない。
だが、職務を放棄し彼女に食ってかかれば伊吹と800人の水兵の命を危険に晒してしまうからだ。
集団行動を基本とする国防軍...現代の軍隊ならではの行動原理だ。
青い斑模様の服の上にでっぷりとしたチョッキを着た伊吹水兵達。
間抜けな服装だと思ったが、極めて実践的な作りで、でっぷりとしたチョッキが海に落ちた時は浮き輪として機能する事を知った時は目から鱗が落ちた程だ。
(若い...真に見極めねばならんことが分かっておらん)
ヴィルヘルミーネは騎士たちをそう評し、同時にその純粋さに好ましく思った。
「そりゃどうも」
蕪木は笑いながらマグカップを高く掲げさせた。
(自信がバカにされて表情を変えないが、部下が褒めれば笑みを見せる)
「良き兵士に、良き指揮官、か...」
「加藤中佐、何であの人らを乗せたんですか?別にカメラで撮影して帰ってポンと見せれば良かったのでは?ヒラガルちゃんは別ですけど」
「それね、最初は提案したんだけど、どうせ内地軍や教会は何かに付けて否定してくるから、直接見てもらった方が説得力あるだろうって女王が言ってたんだよ。あっ、ヒラガルちゃんは別なんだね」
ヴィルヘルミーネ達はそう思われているとはとは露知らず、海図台に置かれた真珠を注視した。
「反応が強くなってる...目標海域に近づいたな」
加藤の顔に緊張が走る。あの夜、フランシア女王が話したことが事実であれば。
「司令」
「うむ」
蕪木はマイクを手に取る。
「総員、傾聴」
蕪木の声は艦隊内に流れた。
各艦の艦長は蕪木の声が聞こえるように艦内放送に切り替えさせる。
「これより、当該海域に突入する。対水上対潜見張りを厳となせ」
━━「“敵”は海中にあり」
「ハミエーア陛下、会わせたい方と言うのは...」
「うむ、水底の王国の女王、フランシア殿じゃ」
扇子を開いて扇ぎ始めたハミエーアは蕪木らを見つめる。
「どうじゃ?助けを求める者を捨て置かぬと思うだが?」
ハミエーアは試すように、蕪木らに尋ねる。
「...まずは、話を伺いましょう。我々にも不可能なこともありますので」
英雄の証...暴力が支配するこの世界で“力”を実証する手段だ。
「だ、そうじゃ。まずは事情を話してみてはどうじゃ?フランシア殿」
「はい、海の中で異変が起きたのです...」
フランシアはゆっくりと話し始める。
「我らの国は、一年を通して霧に包まれた“人魚の海”の奥にあります」
「主達が初めて現れた場所じゃな。あの空間は酷う不安定で現世と冥界ともつかぬ、世界の黄昏時とも呼べる陰陽が混じりあった場所なのじゃ。そこに時折、この世界と別の世界を繋ぐ裂け目が現れる」
その話を聞き加藤らの表情は明るくなる。
「その裂け目は今もそこい!?」
「無理じゃな。言ったじゃろう?不安定じゃと。裂け目があったとしても、主達が元いた世界とは限らぬ。主達程の大きな存在を引っ張て来るには、それだけの魔法が必要なのじゃ。古代文明の超魔法でもなければ」
「士官室に現れた少女のような、ということか」
加藤は唸った。
そう簡単には元の世界へは帰れないと言うことだ。あるとすれば、向こうから迎えに来てくれることぐらいだ。
だが、そうなればこの世界へたどり着くために数千から数億と言う途方もないの重力波パターンや可能性などの条件を加えて計算しなければならなくなる。
帝国最新のスーパーコンピュータ“道真”なら一瞬かもしれないが、政府がその線を外して調査していない可能性もある。
現実は非常であるとはこのことだろう。
「分かりました。まぁ、帰還できるかどうかは置いときましょう。フランシア陛下、失礼しました、話の続きを」
「ええ」
フランシアは害した様子もなく頷く。温厚な人物のようだ。
「異変が起きたのは、つい2ヶ月程前の事です」
「フィルボルグにプロミニアが滅ぼされた頃じゃの」
「はい、静かなはずの海の中も、その時を境に狂い始めたのです。魚は姿を消し、海草や珊瑚は枯れ果て、地が裂け、封印されていたモノが目を覚ましたのです」
「封印されていたモノ?」
フランシアは俯き、肩を両手で抱いて震えた。
「ああ...恐ろしい...まさか永遠に破れるはずのない封印が解かれてしまうなんて...あれは、まさに地獄そのものでした」
フランシアは恐怖に身を震わせながら呟いた。
「目覚めたモノは━━レヴィアタン」
「レヴィアタン?」
「地域によってはリヴィアサンとも呼ばれるのう。神が天地を創造した時に誤って作ったとされる最凶の海の怪物じゃ。破壊神として祭る海洋部族も居る、と聞く」
「ゴジラみたいな奴だな...」
加藤は思わず呟く。
「ごじら?」
「あっ、すいません、話の腰を折って。どうぞ続きを」
ハミエーアとフランシアは気分を害した様子もなかった。
「レヴィアタンは継承戦争よりも以前に、海の英雄コルブスと同じくマーフォークの伝説の巫女スアンによって封じたと言われる、邪龍です。今となってはレヴィアタンを再び封ずることはできない」
「どうしてです?」
「海の英雄コルブスほど、海中戦に長けた戦士は今の我が部族にはいません。コルブスはスアンとの禁断の恋の中で手に入れた海中を自由に戦う能力を身につけた、例外的な人間です」
「つまり、そう言う規格外な人達が偶然居てくれたから封印できた怪物で、今はそんな人いないから再封印は不可能と?」
「挑まなかったわけではないんです」
フランシアはそばにいる親衛隊に視線を向ける。
蕪木は彼女らの中に怪我をし、海草のような物を包帯代わりに巻いている者がいることを気づいた。
「今のマーフォーク戦士の数ではレヴィアタンを追い払うことさえできません。最近では都への侵入を防ぐために生贄を捧げている有様なのです」
「い、生贄とは?」
「レヴィアタンは若い娘を好みます。満足のいく娘を食することができると数日姿を現しません」
「なんてこった」
人魚の王国の現状に蕪木は真剣な表情で、加藤は頭を抱えて女王の話に耳を向けている。
「ですが、もう限界なのです。民衆に自分の娘を差し出せと命じるのは」
フランシアの瞳から涙が零れ落ち、ハミエーアは彼女の言葉を継ぐ。
「一週間後、フランシア女王の一人娘が次の生贄になるのじゃよ」
「しばし、時間を頂けますか?」
「うむ」
蕪木の返答は予想済みだったようで、ハミエーアは短く応じる。
蕪木は加藤と作戦参謀と情報参謀を引き連れて地底湖のほとりで立ち止まった。
「司令どうします?」
「現状打破のために動くべきだと思う。3人の意見はどうだ?」
「我々に味方はいません。ここは女王の話に乗るべきです」
「レヴィアタンがやってる事は明らかな虐殺行為。国連軍の一員である国防軍が阻止に動くのは問題はありません」
「彼女らを見捨てたとしてレヴィアタンの脅威が我々に向くかもしれません。その前に脅威を叩くべきです」
「決まりだな」
加藤らの意思を確認した蕪木は踵を返しフランシアの下に戻る。
「フランシア陛下、その話お受けしましょう」