ルーントルーパーズ〜国防軍漂流戦記〜 作:匿名
オペレーション“セイレーンの”フェーズ4でレヴィアタンの死亡確認のため現場に急行していた対潜駆逐艦DDS139。
DDS139は加藤ら地上部隊とクリスティアらを乗せて伊吹の元へ帰還する途中だった。
DDS139の後部ヘリ甲板に伊吹から飛行してきた哨戒ヘリコプター“シーホーク”が着艦しようとしていた。
79式哨戒ヘリコプターは79式汎用ヘリコプター“ブラックホーク”をベースにした哨戒ヘリコプターだ。
ソナーを使った潜水艦探知、空対艦ミサイルでの対水上戦闘、艦隊間での輸送補給、捜索救難など一つの機体で様々な任務を行える艦載ヘリだ。
そんなシーホークは、オペレーション“セイレーン”で負傷したディアナを医療設備が整った伊吹に収容する輸送任務でDDS139に飛行してきたのだ。
格納庫からディアナを載せた担架が出てきてシーホークに載せられた。
内地軍のユラウスらが心配そうな顔をしながら担架に載せられたディアナとやりとりをしていた。
「ディアナ、イブキまではカフティアが付き添う事になった」
「そう、カフティアよろしくね」
「よろしくお願いします、ディアナ魔法騎士!」
そんなユラウスらとは別で、加藤はシーホークに搭乗している伊吹の衛生要員とやりとりをしていた。
「彼女の容態は!?」
「魔力を使いすぎた事による急性魔力欠乏症だそうだ!幸い命に別状はないが精密検査が必要だ!」
「やっぱり異世界ですな!分かりました、無事に伊吹へ届けます!」
「頼んだ!」
ディアナと付き添いのカフティアが搭乗した事を確認しシーホークのハッチが閉められた。
着艦拘束装置で拘束を解除されたシーホークがDDS139から発艦する。
『まもなく討伐艦隊駐留海域に差し掛かります』
DDS139の艦内放送を聞き、艦内に居た加藤とクリスティアら人魚達が艦外に出る。
霧が晴れ、海が凪いでいた。
こんな穏やかな海はいつ以来だっただろうか。
太陽も昇っていた。
太陽を背に輝く島のような巨大船群。
その中でも一際大きく目立つ打撃ミサイル巡洋艦“伊吹”の艦首に純白の下地に昇る太陽を表す旗が掲げられていた。
2つの太陽が重なり、それは正に全ての闇と邪を祓う太陽の船だった。
この船は神が遣わしたのだと彼女は悟った。
この船は全ての救われぬ者を守る盾となる。
自分達は、全てを救う太陽に救われた。
絶望と闇で支配された自分達を、この船が照らした。
「…ねえ、カトー様」
「ん?どうしたの?」
「アタシ、ここで降りる」
「え、でもここから海まで結構な高さあるし…って、そうでもないか。人魚だもんね」
海は彼女にとって母なる世界。
加藤は無線機で、クリスティアらがここで降りる事を伝えた。
「お疲れ様、行ってらっしゃい」
加藤は笑みを浮かべて彼女を見送る。
「うん、カトー様も、ありがとうね」
クリスティアも笑った。
彼女は英雄に向けて気の利いた言葉をかけようとしたが、加藤相手だと、ひどく場違いな気がしてかけずらかった。
「本当に、ありがとう...」
もっと感謝の言葉だとか、人魚の巫女としての恩返しだとか、何かないのか。
この世の至宝である人魚の肉を断るような相手に何をしたら喜んでくれるのか、分からなかった。
「そうそう、貴女達は先に戻って」
それを聞いた親衛隊の戦士達は、先の戦いで彼女だけ残った事を思い出し先に行くのを、躊躇してしまった。
「大丈夫、次は着いてくるから」
彼女の顔を見た親衛隊の戦士は嘘を付いてない事が分かり先に戻る事にした。
彼女らは去り際に、加藤にお別れの言葉や感謝の言葉や謝罪の言葉を口々にしながら海に飛び込む。
クリスティアが最後に残る。
そして━━
「わっ!?」
クリスティアは加藤の頬に口づけした。
「…人魚姫の祝福だよ。船乗りに、永遠の幸運を授けるんだって」
予想外の出来事で尻餅を付いた加藤にそれだけを言い残し彼女は海に飛び込んだ。
加藤は慌てて海面を確認した。すると、クリスティアは波間から姿を現し、待っていた親衛隊の戦士と合流する。
「みんなぁー!母様ぁー!」
彼女が叫び、人魚達は一斉に海へ飛び込んだ。
邪神との戦いに挑んだ姫君を、巫女を迎えるために。
荒天の中、波を掻き分けて進む打撃ミサイル巡洋艦“伊吹”ら討伐艦隊。
しばしの休息を得て、居残り組が待っているセイロード湾への帰路に着いていた。
この天候は、この海域にやってきた時に経験していた。
満載排水量6800〜41000トンを誇る討伐艦隊の艦艇はの安定性は、この世界のガレオン船や戦列艦から見ればケタ違いだ。
「おおい!篝火を絶やすなぁ!」
「あっちの深度はイブキ様がお通りになるには浅すぎる、こっちに誘導するぞ!」
猛烈な風雨の中、灯が点々と連なってた。
マーフォークの戦士が総出で、討伐艦隊を外界への安全な進路を示していた。
ここに来る時使用した“導きの涙”は水底の王国への道のりしか示してくれない。
必要があってこの地へ導いたとしても、出ることは許されない。
部族の生存圏を確保するための掟だった。
だが、異世界の戦士達もとい討伐艦隊だけは特別であると人魚達の意見は一致していた。
「なんと、雄々しい船なのだ、“伊吹様”は」
マフォークの戦士達は、その中でも巨大な伊吹の姿を目に焼き付けてようとしていた。
国を救った、神に遣わされた太陽の船。
全ての闇を祓い、邪を滅す破邪の船。
人魚達の間では、伊吹を神体として信仰する考えが生まれていた。
「あの人達、伊吹が『死神に魅入られた軍艦』とか、海軍省上層部から忌み嫌われているなんて夢にも思わないんだろうね」
航海艦橋から加藤が、伊吹ら討伐艦隊を誘導してくれている人魚達を双眼鏡で眺めながら呟く。
「気象班によると、レーダーに映っている雲からは、まもなく抜けるそうです」
「これで人魚の海ともお別れか」
「あ...」
加藤が双眼鏡で覗いた先には、誘導の指揮を執るクリスティアがいた。
戦士達を束ね、指揮される戦士らにも彼女への信頼が見て取れた。
あの時一緒だった親衛隊の戦士は、彼女がまた変な行動を取らないか心配そうな顔をしながら付いていた。
国を背負うにはまだまだのようだ。それまでには皆から信頼され引っ張るリーダーになって欲しいと加藤は願う。
「母様、行ってしまいますね」
「ええ、行ってしまうわ…」
クリスティアは徐々に小さくなっていく巨艦達の姿を見送った。
寂しくはあったが、悲しくはなかった。
これからも、自分達のような弱き者を救っていくに違いない。
それ故に滅んでいくかもしれない。
それでも、自分の中にある彼らと共に戦った記憶はかけがえのないもの。
彼らが異界の悪魔だと死神だと罵られようが、自分だけは彼らの姿を歌い続ける。
彼女は、すう、と息を吸い込んだ。
晴天の世界へと漕ぎ出す彼らに捧げる“セイレーンの呼び声”を。
無事に元の世界へと帰還できるように。
神が、正しき道へと導いてくれるように。
ボオォオオオオオオ!
水兵線の向こうへ消えようとした時、伊吹の警笛の音が彼女の歌に応えた。
荒々しい音色は、人魚の海から初めて生きて出た船として、勝利の咆哮のように聞こえた。
彼女らは、それが伊吹の別れの言葉なのだと分かった。