テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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ー0.地元でブイブイ言わせても世界最強は痛い

 

 

 

 なぜ人は死ぬのか、よく解らない。

 

 我が兄、フィードのそれも、よく解らなかった。

 

 

 

 

 状況は解るが、意味が解らなかった。外国のオーレリウス公国でクルサド帝国からの留学生である俺が、テロから逃げ回っているなんて冗談が過ぎる。俺は精神的に死にたくなかったから、帝国の国立軍学校より楽なカリキュラムの公国の軍学校に逃げてきたのだ。それがどうして肉体的に死にかけなければならないのだ。

 

 銃弾、魔法、魔術が飛び交っている。当たっても死にはしないが、とても痛い上に、だいたいが拘束術式混じりだ。当たれば捕まる。クルサド帝国のスレイ家嫡男が間違ってテロリストに捕まってもみろ。必ず体に刻まれた隠匿術式が発動する。そうなったら俺の体は灰になる。死ぬ。

 

 目下の目標は公国軍人との接触だ。テロの中心地にいた俺には程遠い目標だが、この周到なテロリストの籠城に巻き込まれるのだけは何としてでも避けなければならない。籠城につきものの結界術式が完成したら最後、必ず見つかる上に拘束される。学生とはいえ貴族がテロリストの捕虜になるのはダメだ。死んでしまう。

 

「と」

 

 博物館倉庫の天井の梁から飛び降りる。ついでに隠れて休憩していた武装暴徒の意識も刈り取る。公国軍の装備ではないのでテロリストだ。装備を剥ぎ着用。公国軍に殺されないように頭には白旗代わりの白頭巾。認証術式が刻まれていたが書き換える。

 

「……まずった。こいつ、結界術式用の兵士だ」

 

 記録媒体があったので読み込んでみると、こいつは工作兵だった。結界術式の設営という重要な役目を背負っていた。弱い魔法持ちの優秀な魔術使いなのだろう。若々しい風貌ながら、魔導書に刻まれた魔術はどれもが高度。

 

「術式の分担を見るに三十代前半か。普通に熟練兵。ここにいたのは休憩ではなく、術式の設営。にも関わらず、護衛がいないということは」

 

 泣きそうだ。この博物館で静かな戦闘が行われている。それも偶発的なもので現在は拮抗状態。設営任務中に危険を冒してでも行わなければならない戦闘。最悪だ。このままここにいては巻き込まれる。

 

「東方の軍師の言葉に従おう。三十六計逃げるに如かず」

 

 そうと決まれば話は早い。すぐにこの場を立ち去り、博物館を後にする。罠を潜って広場を抜け、ショッピングモールへ。巡回兵をやり過ごし、職員通用口を通り、抜けようとして。

 

「脱走兵かい?」

 

 死体と思っていたものが動く。むせ返る血の臭いが鼻を突いた。

 

 死臭だ。もう助からない。装備が抑えてなお血溜りができている。

 

 公国軍人だ。胸にはいくつかの勲章。俺はこの軍人を今日の式典で見た覚えがある。

 

「クルサド帝国の留学生です」

 

「ああ、スレイ家の嫡男か」

 

「初めまして。ウィルフレッド・スレイと申します」

 

「良い声だ。噂通りの傑物だね」

 

 血圧の低下で既に視力を失っている。それでもなお意識を明瞭に保っているのは、彼の心と体を鍛えた成果だろう。顔色は既に死人。黒質による魔術未満の魔術で生き永らえている。

 

「言伝はありますか?」

 

「遺書に不備は無い。だから君にはこれを頼みたい」

 

 魔術の光がそれを指し示す。胴に結われた細長い包み。ナイフで紐を切り、受け取る。

 

「貴方の誇りと俺の名に懸け、公国に届けましょう」

 

「ありがとう。君の幸運を祈る」

 

 彼の頭に手を当て、魔法で脳漿を茹で上げた。遺体は持ち帰れない、火葬するほどの魔力を使えばテロリストにバレる。脳漿を構成するたんぱく質を熱変性し、敵に利用されぬよう記憶を物理的に破壊した。

 

 敵の装備を脱ぎ捨て、彼の装備を着る。彼は最後に装備の留め具を外してくれていた。降伏用の白布を寝かせた彼の顔に被せる。死臭が鼻を突く。えづいて目元が潤んだ。

 

 通用口を後にする。ショッピングモールを抜け出て、隣の建物に侵入する。周囲の地形は頭に入っている。一階部分へ降り立ち、床を叩いて回る。ビンゴ。この真下に広い下水道が通っている。聴覚を強化し、地下への通り道を見つけた。手で床板を剥ぎ、下水道へ。巡回兵がいたが問題無い。彼らの死角を縫って再び地上へ。そして最寄りの地下鉄駅へと向かう。

 

 ここまで来れば後は大火力で押し通れば良い。抑え込んでいた黒質を励起、全身に魔力を循環。解放の快楽とともに地下鉄のバリケードへ両手を翳した。

 

 ──死の冷気が迫る。

 

 両手に集めていた炎の操作を手放し、諸共に全てを吹き飛ばした。それでもなお背中がざっくりと切り裂かれるが、そんなことは問題ではない。

 

 問題は、圧倒的な格上が俺を殺しにかかってきているということ──。

 

「少し考えればわかる話だ。あの場から我らに見つからずに逃げるには、建物と下水道を活用する必要がある。だから見張りを置いた」

 

 冷徹な死の気配。傷に熱された背が凍える。圧倒的な格上、我が祖母と同等以上の実力者。すなわち、逃げ切れる相手では、ない。

 

「だからこそ、私はここにいた。見張りを抜け、このバリケードを吹き飛ばす自信のある実力者を必ず葬るために」

 

 黒装束の男は、氷の剣を手にしていた。霜の降りた白い片手剣。刀身は細く薄く頼りない。物理的に存在し得ぬ薄さの剣。鑑賞品でない以上、虫の羽のように薄い剣は凶刃だ。

 

 背の凍傷が訴える。この不審者の正体を。

 

「《零落剣》セオ・ルーチェス」

 

 砕けぬ剣の傭兵。無国籍、無所属、無法を許可せざるを得ない(・・・・・・・・・)魔道士。──世界最強の、一人。

 

「我が名を悟るか、炎の魔法使い」

 

 当然だ。いかに黒装束で身元不明の不審者になろうと、世に名高きその魔法刃を見紛うことはない。魔境より人里に降りてきた魔神を一方的に斬殺した零落剣。曰く、絶対零度の不壊の刃、万物を切り裂き、断面を閉じる無敵の魔法術。凍えた裂傷が声高に叫んでいる。

 

「然様。我が名はセオ・ルーチェス、万象斬り落とす《零落剣》。その包みを差し出せ、さすればこの《零落剣》が貴殿を守護しよう」

 

 ……あんまりの好待遇に顎が落ちた。背の痛みも遠のいてしまった。世界最強の庇護下など、この世のどこより安全だ。数多くの実績に裏打ちされた、世の国が百年の税収を全て差出てでも得たい守護の剣。そんな約束がされるなど──

 

 ──このテロは、世にどれほどの波乱をもたらすのだろう。

 

 公国軍人の顔が過り、兄のかつての言葉が蘇る。

 

 

 

 ──悪に屈してはならない。

 

 

 

 ……その言葉を覚えている、その熱を覚えている。

 

 何度も夢に見るほどに心を焦がしてやまない。凍える背の傷よりも、とてもとても、熱くて痛くてしょうがない。

 

 包みを剥ぎ、オーレリウス公国の国宝を抜き放つ。

 

「良い目だ。心の裡が良く見える」

 

 死の冷気はそのままに、けれどその声には場違いなほどの、陽だまりの暖かさがある。

 

「善性を信じ、恐怖へ抗う意思、勇気。殺すには惜しい。惜しいが──」

 

 王剣デリング。それがこの剣の銘。古き言葉で曙光を意味する夜明けの剣。それに赤い炎を灯し、恐怖を飲み込み戦意を表す。

 

「手抜きはしない。俺の友との約束だ。ウィルフレッド・スレイ。未だ青き者よ。君の天命はこの俺、セオ・ルーチェスが与る」

 

 死の冷気が地下を覆う。死神の刃が近づいてくる。

 

 一瞬先の光景が予知染みて頭に刻まれる。

 

 ──首が飛んでいた。

 

 俺はここまでのようだ。

 

 

 

 

 

 オーレリウス公国首都中央にある史跡広場は式典に良く利用される。春前の二月、僅かに雪が残る今日この日は、公国の建国記念日だった。

 

 厳重な警備のもとに式典は行われていた。愛国心乏しくとも公国に愛着ある人々はその式典、祭りを毎年楽しんでいる。ショッピングモールではセールが行われ、広場と道には屋台が溢れた。日々の労苦を癒すような、そんな幸せに満ちていた。

 

 それが崩された。

 

 《バクレハスト》と名乗る新興テロリストに全てを台無しにされた。人々は逃げまどい、広場に戦禍が渦巻いた。非力な一般市民はあっけなくテロリストに捕縛され、式典の行われた広場の中央に集められていた。

 

「敵の目的は王剣デリングか。市民の身柄を交換条件に国宝を要求していると」

 

 少女の凛とした声が暗闇に響く。

 

「はい。しかし国宝は現在、行方知れずです。トレアス准尉が保持していると通信がありましたが」

 

「以降の通信がない。……殉職したと考えるべきか」

 

「恐らく。しかしテロリストが確保したとの報せは無いため、死の際に准尉は宝剣を隠したか、誰かに託したものと考えられましょう」

 

 通信を聞きながら、金髪の小柄な少女はパワードスーツの装着を進めていた。

 

 体の線を露にするボディースーツの上から、三十キロはある装備が取り付けられた。私費を投じた最新鋭の超一級装備。極めて優秀な雷の魔法使いである彼女に合わせられたオーダーメイド。

 

 費用対効果の乏しさから机上の空論であった科学と魔道が高次元に組み合わされた産物。それが彼女の身を包む。

 

「であれば、まずは准尉の捜索だな。最後の通信から予想される居場所を浚っていく」

 

「……ご武運を」

 

 通信の声には、彼女を案じる響きがあった。

 

「ああ、わかっているとも」

 

 小柄な少女──オーレリウス公国の令嬢、アンナリナ・アウレリースは心中で繰り返す。

 

 わかっている。

 

 どれほどの戦果と準備を重ねようと、戦場において、本来守るべき女は信頼されない。傷つけてはならぬ存在が戦禍のただ中にいる。正気ではない。

 

 令嬢という立場もまずかった。式典の時、テロの中心地にいながらもこうして基地の一つに身を潜められたのは護衛の兵士がいたからこそだ。守るべき存在が戦場に打って出るなど不安でしかない。

 

「だからこそ、作って、鍛えた」

 

 呟く。ご令嬢が戦場に出ることを許された理由は二つ。一つは最新鋭の技術が使われたアンナリナ専用のパワードスーツがあること。もう一つは──年若い少女の身でありながら、公国屈指の戦闘技術を持っていること。

 

 戦場に雷が奔る。

 

 広場の外苑からアンナリナが射出された。雷纏う人間砲弾が放たれ、ショッピングモールの屋上に突き刺さる。同時に、広場に潜伏していた公国工作兵が結界系の魔術を発動。範囲内の人々、集められた一般市民を拘束し、一人一人に障壁を展開する軍用魔術『原初の楽園』。設定時間は一秒未満の刹那。

 

 その刹那に、全てが動く。

 

「『フる雷(メテオロスボルト)』」

 

 アンナリナが殲滅魔法術を使用する。空から複合伝承の雷が降り注いだ。『原初の楽園』がその雷を受け止めるも、その周囲にいたテロリストはその雷に瀕死に追い込まれて気絶した。

 

代替詠唱機構(コーラス)は無事に機能。威力の減衰は?」

 

「見られませんね。消耗はどうですか?」

 

「平時と変わらず」

 

「代替詠唱術式は良し、と」

 

 装備の動作の報告を行い、最後に反応が途絶えたショッピングモールへ入る。すぐさま、周囲から手練れの集団が襲い掛かるが、それは稲光に薙ぎ払われる。

 

 術式が唸りを上げる。量子メモリに保存された術式が再生され、身体強化、疑似雷化・伝導体化、磁場展開が成される。

 

 雷の速度でアンナリナが動く。雷鳴が轟くと同時、一名を除きアンナリナの雷に打たれた。

 

「《バクレハスト》が一人、」

 

 名乗りを斬る。

 

 雷と同等の速度による攻撃を凌いだ猛者だ。砂鉄から形成した疑似チェーンソーを振るい、テロリストを黙らせた。

 

 一合で武器を斬り飛ばし、返す刃で敵の雷の魔法を散らし、そのまま突進して壁に叩きつけた。拘束魔術を起動させ、黙らせた全員を建物の鉄筋で縛り上げる。

 

 残心。X線を投射し、人型を探す。ある通路に人と同じサイズのものが横たわっていた。アンナリナは警戒を怠らず、その横たわったものへと向かう。

 

 白布を被せられたトレアス准尉の死体があった。通信を飛ばす。

 

「トレアス准尉の遺体を発見。白布を被せられ、装備が脱がされている」

 

「民間人に託したか」

 

「恐らく」

 

 手を頭に当て、電位の残滓から記憶を読み取る魔術を起動させる。しかし反応はない。どうやらその民間人は優れた魔道士であるようだった。それも軍事に理解がある。

 

 死体の衣を剥ぐ。全身をくまなく探し、耳の裏に刻まれた文字列を見つけた。

 

「ウィルフレッド・スレイに託した。そう、クルサド語で書かれている」

 

「アンナリナ!」

 

 突然通信士が叫んだ。アンナリナはその声にやや顔をしかめた。

 

「最寄りの地下鉄で強大な魔力の反応があった!」

 

「急行する。この状況であれば、帝国の天才である可能性が高い」

 

 装備に位置情報が送られた。

 

 身体強化、疑似雷化・伝導体化、磁場展開が成される。演算機が唸りを上げる。時間に猶予は無い。数秒で高速移動の魔術が完成した。先程の短距離移動と仕組みは同じ、しかし規模が桁違いだ。

 

 景色が文字通りに飛ぶ。一秒と経たず、雷が地下へ降った。

 

 アンナリナは見た。宝剣を構える青年と、片手剣を構える黒装束を。どちらに味方するかなど迷うわけがない。黒装束を降すべく、そのままの速度で斬りかかる。

 

 そして、極大の死を見た。

 

 

 

 首が飛ぶ。

 

 

 

 首が飛ぶ。そのはずだった。

 

 雷鳴と共にソレは降り立った。初めて見るパワードスーツ、恐らくは雷の魔法使いへのオーダーメイド。一騎当千の猛者であることは一目でわかる。

 

 牽制で放たれる雷撃の弾幕は必殺だ。戦場と変わらない。僅かに遅れて迫る斬撃も凄まじい。隙の無い二段構え。避けられようとも俺をかばえる位置が取れる。理想的な一手だ。

 

 だが、セオ・ルーチェスには、世界の頂には通じない。セオは雷撃の弾幕を容易く斬り落とす。条理上限を突破した強者の極致が、不条理に斬り落とす。

 

 比べられる話ではない。もはや、そういうものだという常識としてか扱えぬ事実。

 

 至近距離で放たれる不意打ちの雷にセオが反応する。俺への警戒を切らずに、目が雷を捉える。《零落剣》が雷より先んじて振るわれた。接地魔術により雷の余波はセオを素通りし無傷。

 

 パワードスーツのヘルメットが斬り飛ばされ、少女の顔が露になる。金髪の少女だ、見覚えがある、名はアンナリナ・アウレリース、あの式典で笑顔を張り付けながらつまらなさそうにしていた領主の娘。

 

 無様に、しかし確かに致命傷を回避して、地面に叩きつけられる。

 顔を上げた次の瞬間にはセオが目の前にいて、瞬きの間に。

 

 

 

 首が飛ぶ。

 

 

 

 首が飛ぶ。そのはずだった。

 

 足音──アンナリナは顔を上げる直前に、その未来を予見した。けれど彼女は避けるよりもまず、相手を視界に映すことを選んだ。必ず避ける決意と、逃げたところですぐに斬殺される確信があったから。

 

 顔を上げる。視界に二人が映る──いかな気紛れか、セオはアンナリナの首を飛ばさず、二人を視界に収める位置に移動していた。態勢を整える。しかしなお首に巻き付く死線は依然として消えず。

 

 ウィルフレッドに協力しようにも、彼の実力が不明瞭なため、お互いが足を引っ張る可能性がある。せめてセオの必殺圏内から外れなければ援護はできない。それもウィルフレッドがセオ相手に切り結べる実力がなければ話にならない。

 

 今のアンナリナには知り得ぬことだが、敵は世界最強の一人だ。たかだか十代半ばの学生には、どうしようもなく詰んでいた。

 

 だが、活路はただ一つ。

 

 王剣デリングに()を灯した青年──ウィルフレッド・スレイ。

 

 彼が、アンナリナの命運を握っていた。

 

 

 

 

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