テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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11.Ⅴ:忌避すべき──

 

 

 

 

 かつて、■を傷つけた。

 

 血の滴る手。

 立ち竦む足。

 ──傷ついた■。

 

 ただの不幸と言えばそれまでだ。

 悪意はない。行いには親愛のみ──その結果が、この悪夢。

 誰に想像が付くはずもない。未熟な時分であれば当然であり、その不幸のキズをカタチとして人は成長する。

 

 問題は、そのキズに耐えられなかったこと。

 生まれついての個性を初めて異形と蔑んだ。

 己のカタチが■を傷つけたから疎んだ。

 

 どうしてこの世には、異形があるのだろう。

 初めから皆同じ形であれば、きっと傷つけることはなかっただろうに。

 

 

 

 

 

 再び、雷電が轟く。

 金色の人狼がほんの少し動揺した。

 

「『巨人よ、(クロス)────」

 

 ウィルはその間隙に極大の魔術をねじ込んだ。

 

 人狼との距離は離れている。

 一瞬にも満たないがほんの僅かに時間が増えた。

 

 千載一遇の好機である。

 

「────境を越え行け(キュクロス)』」

 

 荒ぶ熱砂が凍てついた。

 

 ステージに霜が降りる。熱波は瞬時に寒波にすり替わり、金色の人狼の動きを止めた。

 即座に体温を上昇させ、灼熱から寒冷への適応を済ませたが一瞬動きが止まった事実は変わらない。

 

 ここで初めて、ウィルの双眸が金色の人狼をはっきりと捉えた。

 黒き瞳が金色を捉える。

 

「『光が叫び禍を告げる(クライ・エミット)』」

 

 白に閉ざされる氷霧を見えぬ光と聞こえぬ音が渡る。

 可視、可聴ならざる波が白き闇を開く。

 

 宝剣が赤熱し蒸気に煙る。

 白が閉ざす氷霧にて赤が灯り──爆ぜた。

 

 赤熱した宝剣を起点に爆発を発生させる。

 音を超えた速度で人狼へと迫る。

 

 避けるべく人狼は跳躍する。

 だが遅い。体は環境に適応したものの、動きは環境に適応し切れていない。

 僅かに落ちた運動性能が文字通りに足を引っ張り、ウィルの接近を許した。

 

「『勝利は破滅の跡に来たれり(ソード・バースト)』」

 

 推力機関と化した宝剣が振り下ろされる。

 灼熱の暴威が破壊を振り撒く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──決着は着いた。答えは聞かない。残念だが、君は惨めにも我々に囚われる』

 

 

 ステージから火炎と砂塵は消え失せ、人狼が人を組み伏せていた。

 宝剣は右手に握られたまま、しかし、肘が可動域を超えて曲がっている。人狼は人の四肢とあばら骨を砕き、頸動脈に爪を添えていた。

 

 消耗戦を避けるべく試みた、ウィルの乾坤一擲の強襲は失敗した。

 

「……一先ず、死なないでくれて良かったよ。胴体を蹴った時はうっかり殺さないかとずっと不安だった」

 

 金色の巨躯がウィルに覆い被さり動きを封じている。四肢が砕かれた時点で動けるはずもないのだが、シャロはウィルが炎の魔法で外からムリヤリ砕けた腕を使う瞬間を見ている。ケガをこれ以上悪化させないためにも、こうして手ずから封じ込める必要があった。

 

「傲慢だな」

「否定はしないよ。一人の人間が魔神に敵うはずがないことは、君が良く知っている」

 

 シャロは終始、ウィルを殺さないように立ち回っていた。

 「月哮」を直撃させず、攻撃が胴体に当たりそうな時は寸前で力を抜いて。子供がカマキリを掴んで観察するようにシャロは終始立ち回った。

 

 だからウィルはシャロを傷つけることができなかった。

 なにせ踏み込んでこない。隙を晒してみせても好機に逸らない。シャロは自身の身の安全を第一に、ウィルの攻勢を凌ぎ切った。その末に四肢を砕いた。

 

 ウィルはぼんやりと金色の人狼を見上げる。幾度となく炎に晒されたはずの金色の毛並みは美しいままだ。鉄の義手すら人狼の爪に変えるほどの魔法だ。治癒能力も高いのだろう。

 

「確かに、これがあるなら臆病にもなる。うっかり殺意を抱こうものなら、屍山が積みあがるだろうよ」

 

 厄介なことにもう危機感を覚えることができない。

 金色の人狼に一切の殺意がなく、それどころか慈しむかのような穏やかな目をしているからだ。どれほど脅威を覚えたところで、動物園の肉食獣よろしく終始穏やかにされてもいれば嫌でも緩む。

 現にこうして負け、組み伏せられていたとして、これ以上の危害を加えられることはないという確信がある。

 

「分かってくれたようで何より。これでも怖いんだ。いつ君を食い殺そうとしてしまうか、それが全然わからない」

 

 これほどの暴威である以上、閾値を探ろうにも魔神戦と同等以上のコストがかかるため収支に合わない。国一つが亡ぶリスクをとってまで、御せるか分からない魔神を刺激することは愚かだ。

 

「だから、もう抗わないで欲しい。彼らが求めるのは宝剣だ。君じゃない。宝剣との繋がりを断ち次第、僕らは解放される。それまでは僕が君を守るよ」

 

 シャロの言葉は事実になる。シャロが魔神と同等の暴威を保持する以上、彼女の言葉が聞き入れられないことはない。暴れられようものなら全滅する。あらゆる国がどれほどの戦力を用意しようと、消耗戦にまで発展するのが魔神だ。五日で殺すことができれば幸運である。

 

 息を吸う。吐く。

 ただそれだけのことに体が痛む。折れた肋骨に響いている。

 四肢は砕かれた上に抑え込まれている。術式の維持はできているが使用は不可能。今発動しようもなら、その前に頭を殴られ中断させられる。

 八方塞がりだ。もう使える手はない。

 結局「青の灯」も使えなかった。シャロの害意の無さ──臆病さに毒気を抜かれた。

 あの時の危機感には遠く及ばない。

 

(どうにもならないな)

 

 宝剣を握る手を緩める。

 

 義務は果たした。これ以上はこの状況を見過ごした奴らのせいだ。ウィルに一切の過失は無い。公国はこの後大変なことになるが知ったことではない。

 人死にも無い。リナが気がかりだが二度も雷轟を鳴らすくらいだ。元気に違いない。これ以上の気遣いは不可能だ。何もできない。

 

(どうでもいいか)

 

 ──生存戦略を一部終了。性能水準危険域。Ⅱ・Ⅲ級緊急術式停止、Ⅲ級治療術式開始。Ⅰ級演算領域閉鎖。

 

「義務は果たした。後は知らん」

「お休み。悪いようにはしないよ」

 

 瞼を落とす。意識を落とす。

 周囲が騒がしくなるがもうどうでもいい。どうせ下らんクズ共が撤収作業を始めるだけだ。

 疲れに抗わず夢に落ちる。ウィルは面倒な現実からやっと逃げられると少しだけほっとして夢に落ちて。

 

 

 

 ────雷電が鳴り渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰に断ってその姿を晒しているの、シャロ?」

 

 

 

 

 アリーナに再びの戦慄が広がる。

 

 観客席の出入り口から、《瞬雷姫(レディ・ストライク)》が姿を現す。

 

 その姿は血と煤に塗れていた。

 制服には数多の切り傷と、その隙間から生々しい火傷跡が覗く。艶やかな金髪は見る影もなくくすみ乱れている。肌には樹状の赤い痕がはしり、ところどころが炭化している。

 右腕は特に酷い。今すぐに切除しなければならないほどに黒が広がっている。

 

 誰も彼もが言葉を失う。

 エスタの息を呑む音が大きく聞こえたほどだ。

 

「それに、こんなところでウィルを押し倒しているのもダメね、シャロ。貴女と彼は、私の者よ。私の断りもなく、そんなことをするのは、どうしてくれようかしら」

 

 『撃て。取り押さえろ』というダラフェイの通信に誰も反応できない。

 

 死体が歩いている。

 傭兵達は皆、リナが死んで当然の状態であることを悟っている。明瞭な言葉を発していることすらおかしい。

 死に体だった。動くはずがない。それがなぜか動いている。明瞭な言葉と、確かな足取りで。

 

 ステージの人狼は目を見開いたまま絶句している。

 お手本のような自失だ。向けられた言葉に何の反応も示していない。

 

 死体の首が動く。

 ゆっくりとした動作だった。主観的には。

 

 碧眼がぐるりとアリーナを見回す。

 蛇に睨まれた蛙のように誰も動かない。

 

「ステージのバカ二人を置いていけば、この場は見逃します。どうぞ、襲撃者の皆さま、とっとと出て行ってください」

『……恋人共々この状況理解してねーな』

 

 誰も反応できないことを見て取ったダラフェイが応える。

 貴賓室に警戒を向けながらエスタに撤退の指示を出すように要請する。

 

『観客は全員人質だ。人狼は裏切っ──』

「逆らうなら殺すわ」

 

 呟くような声は良く通った。

 

 リナの意識は金色の人狼に向く。

 怖いほどに澄んだ碧眼が向けられる。

 

「貴女は私の者よ、シャロ。動いたら、私は人殺しになるから」

 

 シャロはリナが本気だと良く判った。

 過去最高にぶちギレている。

 リナが今の状況を理解していないわけでは無いが、それはそれとしてもうどうでも良くなっている。

 

『どうにかしろ』

 ──むり。

 

 ダラフェイからの緊急の念話にも二文字を返すのが限界だった。

 視線を合わせるのだけで精一杯だ。

 そもそもリナがこれだけ酷いケガを負っているにも関わらず、何の反応もできない辺り完全に処理落ちしている。

 

「それはできない相談だ、リナ。シャロが宝剣とウィル君を連れて行く。これが我々の目的だ」

「二人は私の者よ」

「であれば、君にも来ていただこう」

 

 スティグは治療用の魔導書と救急箱を両手にリナに近づく。

 スティグを見る碧眼は空のように澄んでいる。

 感情の動きが読めない。

 心臓が早鐘を打つ。

 

「そこでじっとしているように。手当てをしよう」

 

 スティグは副官に病院への襲撃計画の立案を命じる。

 生きているのが奇跡だ。一刻も早く検査しなくてはならない。

 無茶振りされた副官は泣きそうになりつつ部下に装備の確認を命じた。

 

 一歩一歩、警戒を切らずに歩く。

 生きた心地がしない。

 

『ガンマ。拘束術式の銃弾を用意しろ』

 

 ダラフェイは一つ深呼吸をして冷静に指示を降す。

 キリシマの落伍者が倒されてすぐに指示を出した暗殺班は、どういう訳か返り討ちに合い半死半生の状態だ。ご丁寧にも全員が異形鉄筋で縛られている。

 

(ああ、嫌だ。まるきり()()だ。淑女教育はどうなってやがる)

 

 戦場には危険が溢れているが、中でも出くわしたくないのが明らかに限界を超えている死兵である。

 見るだけで損だ。何せ偶然生きているような敵だ。手を下すまでもなく数分後には死んでいるはずの重傷であるため、見かけた時には守勢に意識を傾けるのが定石である。より消耗の少ない戦術こそが戦場では最も重要だ。

 しかし死兵はなぜか生きて第一線で暴れ続けている。正しいはずの戦術が機能しないのだ。これほど恐ろしいことはない。

 

(だが、放っておけば死ぬ)

 

 だからこそ、アンナリナが明日を迎えることはない。

 ダラフェイはスティグのムダな行動に独り嘲笑を浮かべる。

 

『妙な動きをしたら撃て』

『……了解』

 

 戦力はダラフェイ達が有利だ。だがそれもシャーロッテがアンナリナに屈しなければの話である。この土壇場で暴れられてはきつい。急所は抑えているが割り切られた場合の被害は壊滅的だ。

 

『ダラフェイ、ステージへ二人ほど騎士を向かわせる』

『じゃ、傭兵共には通路の同輩を回収させましょう』

『……念のために訊いておくが、妙なことはしていないだろうね? ご令嬢のあの姿は裏切られてもおかしくないぞ』

『何も。数名、保険に向かわせただけですよ。想定外に抵抗されたんでしょう』

 

 ダラフェイは努めて臨時収入のことは忘れた。人を騙すには自分からである。

 

『じゃ、予定通り、殿は曹長の部隊に任せて撤退しましょう。回収し次第、俺が気を引きますわ』

『任せる』

 

 潜伏場所の都合上、修道騎士が案内役を務める。計画立案に深く関わっている傭兵は撤退時の工作、作戦内容を詳しく知らされていない曹長の部隊は殿だ。

 

 打てる手は打った。が、これ以上のイレギュラーは限界だ。次に何か起きたら強引な手段を取らざるを得ない。

 

(重要人物の位置は把握している。仕込みも充分)

 

 宝剣とウィルに引き寄せの魔術のマーキングはさせた。奥の手もきちんと機能するだけの条件は満たしている。

 

 リナ──死兵の存在は未知数だが、高く見積もったところで優秀な魔道兵程度。殿のアルハンコ部隊に任せれば撤退は可能だろう。

 

 ダラフェイは神経を尖らせて、その時に備える。

 

 

 

 

 ──雷電が聞こえる。

 あの人が怒っている。

 

 雷鳴は揺蕩う意識を容易く貫く。あの鮮烈な音を聞き逃すことはない。

 

 状況は不明だが、あの人が怒っている。

 あの人の雷電が猛り狂うほどに。手合わせを良くしていたからこそ、この怒りが尋常でないことが理解できる。

 

 

「人裡蓋世────」

 

 

 だから、行動を迷うことはない。

 誰よりも何よりも彼女の鮮烈に憧れている。その怒りが正当であると確信できるから──。

 

 アリーナが異界に沈む──世界がすり替わる。

 どことも知れぬ異界に迷い込む。

 

「魔術法──執行、」

 

 アリーナの全員がその違和感に全身をまさぐられた。

 風のような何かが全身を包み込んでいる。

 

(あぁ、詰んだわ、これ)

 

 良く知る感覚にダラフェイと一部の傭兵達は戦慄した。

 魔境。

 その一端、足を踏み込んだ瞬間の感覚。

 

 《展自界(インベーダー)》とは言い得て妙だ。むしろなぜ蓋世者などと持て囃せるのか。魔神戦の錦の旗にする意図は理解できるが、心底までその脅威を知るからこそ、その無鉄砲さに敬服する。

 

「────『臨廻自在』」

 

 瞬間、武器を持ち立っている者の両手首が捻じ曲げられた。

 

 捕縛者達のほとんどが苦鳴と共に崩れ落ちる。

 好機と見た一部の勇敢な少年達が痺れる体に鞭打ちつつ、落ちた捕縛者達の武器を確保する。

 

 ここに捕縛者達の秩序は崩れた。少数の手練れが優位を取り戻そうと威嚇射撃と捕縛魔術を使い人質への締め上げを強化すると共に、武器を確保した少年達が逆に捕縛者達を人質にする。

 

「……対策を講じておいて良かったわ」

 

 蓋世結界は一瞬で崩壊した。

 四つの正三角錐型の結界に閉じ込められたサラをスティグの副官は注視する。

 

 サラの赤毛が汗に濡れている。横たわったまま体を丸め、荒い息を吐きながら副官を睨みつけていた。

 

 ──『切り堰く四界(フィフス・テトラ)』。対象者を中心に四つの正三角錐型の結界を発生させ閉じ込める対結界用魔術。

 結界の術者を隔離し、実質的に無効化するための魔術だ。

 

「……何を、しているの」

「テロです。戦況を一変させる貴女には、様々な対策を用意していますから、大人しくして下さいね」

 

 サラは痺れる黒質に鞭打ち、蓋世結界を広げようとするが、出力が足りずに広げることができない。

 

「リナ──」

 

 せめて状況を知ろうと、リナへ視線を向ける。

 脅威の多くは排除した。はずだ。リナであればこの状況を打破できると、そう信じて。

 

「リ、ナ……?」

 

 今にも死にそうな姿を見て、胸が締め付けられる。

 

「チャンスとは思わなかったのか」

 

 リナと相対するスティグが口を開く。

 スティグは武器を持っていなかったため、サラの攻撃対象から外れていた。

 

「曹長相手でなければ好機だったわ」

「正しいな、君は」

 

 リナは蓋世結界は一瞬で封じられるものと考えていた。サラが蓋世者であることは周知の事実であり、その対抗策が講じられないことはない。

 スティグがその好機に備えていないはずがない。魔神を相手に四日も悟られず潜伏していた猛者だ。機を計ることに関してはこの場の誰よりも上手だろう。

 

「手当を受けてくれるかな」

 

 賓客室で爆発音が聞こえた。どうにも戦況は混沌とし始めたようだ。

 

 リナは動かない。スティグは動じない。

 

「栄養剤を寄越しなさい」

 

 スティグは黙ったまま栄養剤の入った注射器を投げ渡す。リナの延命に必要なのはカロリーだ。リナの命を助けたいスティグは言われるがまま要求に応える。

 

「私の下に着きなさい。守ってあげる」

「いつ死んでもおかしくない君の下には着けないな」

「そ。じゃあ、近づいたら殺──」

 

「動くな! アンナリナ・アウレリース!」

 

 栄養剤を注射し、ステージへ近づこうとしたリナに鋭い声がかかる。

 見れば傭兵の一人が学生の人質のこめかみに銃を突き付けていた。

 

 リナの澄んだ碧眼に気圧されつつも、傭兵は口を開いて。

 

 

 

 

 

 

 世にもおぞましい咆哮を聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダラフェイは咄嗟に屈みこみ、全力で魔力障壁を展開したことが功を奏した。

 『臨廻自在』の標的にされなかった。その事実に安堵し。

 

「『雷撃』」

「『火砲』」

「『風爆』」

 

 雷火と暴風が迫る。

 賓客室の人質の動きをきっかけに狼頭が咆え、命を代価に「月哮」を放つが対抗魔術によりその威力の大半が消失した。

 同時に蓋世結界に穴が空き、爆ぜた風船のように消えていったが、そのことを悟る余裕はダラフェイにない。

 

「終わりだ、首魁」

 

 一節魔術の波状攻撃を魔力障壁と槍の一撃で凌ぐも、次の瞬間には槍を持つ両腕が斬り飛ばされた。雷火に紛れ、「念力」の魔術で忍び寄っていた剣に斬り落とされたのだ。続けて四方より縄が迫りダラフェイの全身を拘束する。

 

 鮮やかな手際だった。唯一の好機に動いた決断の早さもさながら、驚くべきは反撃を許さない厚みの攻撃を連携させた判断の的確さ。定石を高い水準で備えているからこそできた捕縛劇だ。

 

「いいや、終わりはあんた達だ」

 

 だが。痛みに脂汗を噴き出しながら、ダラフェイは告げる。

 

 立場は逆転した。今膝を屈しているのはダラフェイであり、あの捕縛劇の最中に殺されなかったのは彼らの職務意識の高さによる仕事だ。彼らはダラフェイを重要参考人として法廷に送り出さなければならない。

 

 それを理解していないダラフェイではない──だからこそ。

 

「あんた達は恐ろしい、が。一時間ほど遅かった」

 

 行動は早かった。

 ダラフェイを捕縛した縄が絞殺さんと縮み、剣が首に迫る。

 

 的確な判断だ。正しい行動だ。

 ──既に、詰んでいた盤面でなければ。

 

 

「『灰遺纏獣・黄昏岸』」

 

 

 忌術が成される。

 生命の尊厳が犯された。

 

 まず、ダラフェイの体が再構成された。

 顔が変貌する。首が剣を弾く。体は瞬く間に巨躯となり、魔術の途切れた縄を容易く引きちぎった。

 

「ふゥ──────」

 

 喉の調子を確かめる。息を吸い、肺を膨らませる。人狼固有の魔法までは再現できていない。だが頭は鮮明だ。沸き立つ怒りは我を忘れるほどではない。

 体のスペックはシャーロッテより三段は落ちるだろう。だが理性的だ。新たに生えた腕の一部を元の人間の腕に戻すことができた。複雑な術式の組み立てもできる。

 

 ダラフェイは手元に槍を呼び戻し、荒れた賓客室でもがく人狼になりつつある軍人達を眺めた。

 二人の軍人は不気味な姿のまま死んでいる。

 

「お、──ご、ォ──……」

 

 一人の軍人が頭を抑え「変態」に抗っていた。手には血に濡れた剣を持ち、その足元には不気味な姿の死んだ軍人が二人いる。

 

「ォー、おー、すゴい、すごイ。……ンンっ」

 

 ダラフェイは剣を拾い、抗う軍人の頭に投げる。剣は彼の頭は脳漿をぶちまけ、絶命させた。

 

 賓客室の軍人は今しがた絶命した三名を除き、全員が人狼へ変貌していた。しかしその顔に意思は見られず、先ほどまでダラフェイに付き従っていた狼頭に良く似ていた。

 

「右向け右」

 

 人狼が皆、ダラフェイの言に従う。命令に従う知性はあるようだった。そうなるように術式を調整したので当然だが、確かめる必要はある。

 

 繋がりを感じる。魔道ではなく変質した脳機能による特殊な生体電波による繋がりだ。

 

『殿の人狼兵を放つ。手は出さず、各々好きに逃げるように。神父サマはダラフェイが──黒い人狼が抱えて逃げるのでそのつもりで』

 

 ダラフェイは一方的に自軍に伝達し通信を切る。

 

「ン。じゃあ、攻撃してきた奴らは好きに殺せ。一時間後には自害しろ。理解したら、咆えて解散」

 

 パン、と黒い人狼──ダラフェイは手を叩く。

 

 

 ──世にもおぞましい咆哮が響き渡る。

 

 

 

 

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