テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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14.後昼談

 

 

 

 

 王の暁教団の一部過激派が中核であったテロリストは一網打尽にされた。

 政府の特殊作戦部隊によりダラフェイを除く構成員は皆捕まった。

 テロリスト側の死者は警備室より忌術を使用した形跡のある術者だけだった。

 構成部隊の一つであるアルハンコ部隊はシャーロッテ・アルハンコ以外が既に拘束されており、シャーロッテ自身も無抵抗であったため、アリーナの制圧は速やかに済まされた。

 

 死者は賓客室の各国の軍人十八名。

 重傷者はアンナリナ・アウレリースとウィルフレッド・スレイの二人。

 他は毒物に犯され、黒質に異常をきたした者のみだ。

 人質達は皆例外なく毒により負傷を負っていた。

 

 白昼の人狼事件──後にこう呼称されるテロは、公国に甚大な被害をもたらした。

 自国民及び各国への莫大な補償金によって。

 

 

 

 

 

 

 

「輸血パックを切らすな! じゃんじゃん持ってこい!」

「A型の血液型の方ー! 献血をお願いしますー!!」

「アンナリナちゃんを助けるためにどうかー!」

 

 夕方の病院は混沌としていた。

 金髪の青年ヴィゴは検査後、病院の広い待合室で家族を待っていた。

 

 あれからまだ日は沈んでいない。

 テロリストが撤収して三十分ほど経ってから完全武装の軍隊と救護班が到着し、動けないアルハンコ部隊員も人質もそれぞれ拘置所や病院などの施設に運ばれた。

 多くは簡単な問診とカウンセリング、後日に何かあった場合の連絡先を渡されて解放されていたが、サラを筆頭とする一部の軍学校生はこうして大きな病院に運ばれ、本格的な検査を受けさせられていた。

 ヴィゴも同じく先ほどまで検査を受けていた。今は検査が終わり、こうして家族を待っているのである。

 

 携帯端末にメッセージが入る。顔を上げて周囲を見回すと両親がいた。

 

「ヴィゴ! ……あぁ、無事で──無事で、本当に良かった……!」

「おかん……」

「おかんじゃないでしょ……」

 

 ヴィゴの母親は息子の姿を確認するや、小走りに駆け寄って愛息子を抱きしめた。良かった、生きてくれていて良かったと、涙を堪えながら何度も繰り返した。

 その小さな背に安心させるように手を回す。

 

「生きてるよ。ちゃんと。死んでない」

 

 努めて冷静に、安心させるために声をかける。

 母親と一緒に来た父親はヴィゴがしゃんと立っているのを見てもう安心したようだった。

 

「体はもう大丈夫なんだな?」

「ちょいだるいけど、普通に疲れたんと変わらんわ」

「ならいい。ちゃんと母さんを安心させてやってくれ」

「わかっとるよ」

 

 ふと、以前にもこんなことがあったなあと思い出す。

 十年前の話だ。あの時もこうして病院で、母親が自分を抱きながら泣いていた。知らぬ間に迷子になって、見つかった時にはケガをして意識を失っていたらしい。

 詳しい記憶はない。ただ、病院で母親が泣いていたことだけ覚えている。

 

「……あ?」

 

 ヴィゴの目から涙が零れた。間抜けな声に次いで、何かがふつりと切れたことに気が付く。

 金色の人狼──美しい、世にもおぞましい魔神の暴威を思い出す。いかに自身が矮小かを思い知ったことを思い出す。

 

「……あかん、おとん」

「いい。──母さん、ヴィゴを座らせよう」

 

 母親は真っ赤に泣きはらした目をこすりながら首肯し、父親と一緒に息子を椅子に座らせた。

 零れる涙をハンカチで拭う。震える手をしっかりと握り、いつかのように大切な命が助かった実感をかみしめる。

 

「生きてるよ。生きてる。

 誰も死んでいないんだ。

 私たちは、誰も死んでいない」

 

 自覚した恐怖に、心がうちのめされていたことをようやく自覚する。

 昔から何も変わらないと、心底からそう思ってしまった。

 

 

 

 

 十分ほどで落ち着いた。

 

「ごめん。ありがとう」

「いいのよ」

 

 両親は暖かな笑顔で息子を見ていた。

 ヴィゴはそれに気恥ずかしさを覚えて立ち上がる。

 

「友達に会うて来るわ」

「あら。テュコさんもこちらに?」

「いや。あの悪ぶるのが好きな帝国貴族」

「……大丈夫なのか?」

 

 父親は訝しげに尋ねる。

 

「寝てたら引き返すわ」

「それはそうだが。彼の立場は関わるには危ういだろう」

 

 ウィルフレッドの社会的評価は賛否が割れている。

 ヴィゴを降してそのまま危うげなく大会を勝ち進んだ実力は本物だとして評価は上がった。しかし露悪的な振る舞いのため、公国のご令嬢の伴侶に相応しいかで意見が分かれる。

 「性格の悪い実力者」という人物評は周知のものとなった。

 それが事実なだけに賛成者も反対者も頭を抱えている。味方として迎え入れるには敵が多く、敵として追い出すには難しい。能力の高さもそうだが、悪いのは性格だけで素行に問題はない。ただ無愛想で態度がでかく、敵を作り易いだけである。メリットもデメリットも大きいのが悩みの種となっている。

 

「大丈夫やろ。性格は悪いけど、あれはわかってやっとるからな。自分以外に累が及ぶようなことはせんて」

「いや、それが一番ダメだろう」

「それ言われるとそうなんやけどな。なんだかんだ良家のお坊ちゃんやで、あいつ。問題……いや、規則違反はそう起こさへんよ」

 

 無愛想で態度は悪いが規則には従順だ。罰する理由のない問題児である。

 人を煽るようなことは言うが罵倒はしない。嫌味な貴族そのままである。

 そこまで考えてヴィゴはちょっといらっとした。なぜ真っ当にしない。

 

「ま、今あいつ話し相手おらんやろし、ぼっちの学友を気にかけるくらいはしてもええやろ」

 

 父親は顔をしかめていたが引き止めはしなかった。母親は仲良くね、とだけ言った。

 

「わかった。宿泊先は覚えているな」

「メールで送られとるから平気やって。んじゃまた後で」

 

 ヴィゴはそう言って両親と別れた。

 

 携帯端末のチャットアプリを開き、登録したウィルへメッセージを送る。

 返事はすぐに帰ってきた。

 

「よう」

 

 チャットアプリからではなく直接応答があった。待合室を散策していたらしい。

 

「……ええんか、有名人がこんなとこいて」

「対策してるから大丈夫だろ」

 

 ウィルの髪色が変わっていた。常の黒髪ではなく茶髪だ。ホスト崩れの遊び人のような風体だった。

 

「手足は無事なんか」

「手術は大成功だ。明日には動かせる」

 

 ウィルは電動車椅子に座っていた。頭より高い位置の輸液パックからウィルの腕に管が伸びている。

 

「……? 手足、折れとったんちゃうん?」

「折れてたよ。けど明日には治る」

「なんでやねん」

「体に治癒促進の術式が刻まれているから」

「……はー、噂には聞いてたけど、相当でたらめやな古き貴族っちゅうんわ」

 

 ヴィゴは車椅子を押しながら、待合室から特別個室のあるラウンジに移動する。

 そしてウィルの体のでたらめさにやや呆れつつ、備え付けの自販機でミルクティーを二つ購入した。

 

「助かる」

 

 携帯端末から音が鳴る。ミルクティーの代金が振り込まれていた。

 

「奢りやったのに」

「またお好み焼き食わせてくれよ。どうせならそっちのがいい」

「ええよ。退院祝いにしよか」

 

 ウィルは念力の魔術を使ってミルクティーを飲んでいた。

 

「……なんかすまん」

「何が? ……ああ、腕? これくらい余裕よ」

 

 本当に余裕のようで欠伸混じりに飲んでいた。ついでに中身を混ぜ合わせるようにコップを回している。氷の動く音がした。

 

「手術は骨片を取って少し内臓を整えて終わった」

「内臓を整えるなんて初めて聴いたわ。後は点滴か?」

「そ。栄養。とにかくカロリーが無ければ話にならん」

 

 そう話すウィルの顔はやつれていた。

 いつものふてぶてしさがない。

 

「通りで眠そうな訳で。寝とかなくてええんか?」

「ライフサイクルは整えておかないと後がきつい」

 

 くあ、と大口を開けて欠伸を漏らす。

 

「しかしまあ明日ってやばいな。ワイも回復は早い方やけど、骨折は一週間は覚悟せなアカンわ」

「さっきも言ったけど、俺の場合は刻まれた術式もあるんだよ。今全力で稼働してるから余計に眠い」

「……体にええんか悪いんか判断に困るわ」

「いいんじゃないか。安全な場所を用意できるなら。手術と変わらないだろ」

 

 アプローチが違うだけで体を弄ることには変わりない。なんてことのないように答えられて、ヴィゴは少し言葉に詰まった。

 

「……怖くないんか」

 

 聴けば。

 アリーナには人を人狼に変える忌術が仕込まれていたらしい。急に現れた魔物の人狼はその忌術による被害者だと、ヴィゴは貴族であるテュコから聴いた。

 ウィルは体に刻まれた術式だと言った。治癒のための術式であろうが、自分の意識とは別に機能している口ぶりだ。

 治癒の術式は「変態」の忌術の一部が組み込まれている。これまでは思うところなど無かったが、あの魔物に変えられた被害者を見て、少なくない恐怖を覚えた。

 

「炎と同じだよ。使い方さえ知っていれば怖くても使える」

「いや、それほぼ自動的やろ。使い方以前の問題ちゃうか」

「あー……、まあ……」

 

 ウィルは少し悩んだ後、ヴィゴに耳を寄せるように軽く腕を浮かして手招きした。ヴィゴは嫌な予感を覚えながらも、ウィルの口元に耳を寄せる。

 

「知ってるんだよ、術式。で、俺は体に刻まれているのを確認できる」

「…………オーケー。理解した。違いがわかるから、怖くないんやな」

 

 忌術の術式は公開されていない。閲覧すら特殊な資格と研究者の立場の他、誓約書や煩雑な手続きが必要だ。

 その忌術を知っているとなると、スレイ家はその記録を保持しているか研究しているのだろう。

 なお、本来は知っていることすら第三者に話すのは違法である。ヴィゴは知らない。

 

 とりあえず恥ずかしい質問を流すべく、ヴィゴは話題を変えた。場もそれなりに和やかであることを確認できたので、最も気になっていたことを質問する。

 

「リナちゃんシャロちゃんについて何か聞いてたりする?」

 

 ヴィゴはリナがここで手術を受けていることしか知らない。シャロは拘置所に収容され、リナは術後に集中治療室に運ばれるだろうが、あくまで予想である。

 ヴィゴは純粋な心配から恐らく最も現状を知っているであろう友人に尋ねた。

 

「シャロは知らん。リナはここで手術中」

「いや、それは知っとんねん。リーヌスさんとお話したんとちゃうん? 何も聴いとらんの? 後報もないん?」

 

 知ってること何か吐けや、吐いてください。

 そんな視線を受けたのでウィルは少し頭を回し、話しても良い詳細を口にする。

 

「知ってるのはこの病院の警備を増やすことと、シャロの裁判に有利な発言をまとめること、あとはリナが生死の境をさまよってて、輸血パックが大量に必要なことくらいか」

「輸血は知っとる。献血したわ」

「ありがとう」

「ええよ。あの場から助けてもらったには安いもんやて」

 

 毒を受けて体力を消費したとはいえ、ヴィゴは優秀な魔道士らしく回復が早かった。検査が終わる頃には調子を取り戻し、頼み込んで医師の監督のもと献血を行った。

 

「リナちゃんおるんやったら警備が増えるんは納得やな。シャロちゃんについても……、あれは脅されてただけ、やんな?」

「そ。何でも血縁を人質にとられていたらしい」

「そっか。養子やもんな、彼女」

 

 魔神相当の怪物に変化できる者の血縁。

 ヴィゴも上京するまでは地方に住んでいたので、そうした怪物に成り得る人間への敵意がどれほどのものかは何となく察している。

 

 「忌憑き」。そう呼称される人外への変化魔法を宿す者達への差別は、酔った年寄りからの昔語りで知っている。彼らは「忌憑き」を潜在的な魔物であると考えている。

 そのため「忌憑き」へのあたりは強く、何か問題を起こそうものなら即座に加害者扱いされ、躾けるためとしてリンチを受けることは珍しくなく、その親族にまで累が及ぶことも多々あることだ。

 

「血縁から離されたっちゅうことは、そこでとんでもない扱いを受けたんやろな。それこそ親族にまで及ぶようなん」

 

 現在はそうした「忌憑き」が軍人として活躍することがあるが、それも軍部が戦力の増強のため積極的に「忌憑き」を確保しようと取り組んだためでしかない。その活躍の情報を入手しやすく、人の入れ替わりが激しい都市部では「忌憑き」の受容も進んでいるが、一方でそんな軍部の動きが届きにくい地方、人の入れ替わりが少なく最新の倫理道徳の教化が進めにくい一部地域では未だ根強く残っている。

 

 あくまで受容が進みつつあるだけであり、「忌憑き」の人数そのものも少ないことから、腫物のように扱われることは多い。

 

「そうだな。それにもしもシャロの血縁が判明すれば、一部の研究機関や古き貴族は躍起になって確保に動くだろうよ」

 

 ウィルの言葉は真実だ。

 「忌憑き」は珍しい存在であり、本人だけでなくその血縁すら研究の対象に成り得る。

 

 現在、魔法が血や遺伝との関係が乏しいことは明らかになっているが、それは最近の話である。

 昔は何かしらの関係があると考えられ、より強力な魔法を子に宿すために、強力な魔法を持つ者達同士の婚姻は珍しくなかった。実のところ関係があるのは黒質、魔道資質のみであり、黒質が優れた者が産まれ易くなったころから、強力な魔法を行使できる者が結果として増えたに過ぎない。同質の魔法が受け継がれることは珍しい。

 

 とはいえ、その昔の常識を未だ信じる者は多い。信じずともその昔の常識にあやかり、何となく研究の一つの指針とする者はもっと多い。

 採血や遺伝情報の収集など生体の数値を計測するだけならばマシだ。うっかり失踪扱いにされて、人権の無い国へ運ばれでもしたら終わりである。なお、そうした拉致はその血縁者が社会に受容されているか否かで拉致の可能性は変動する。

 

「……なあ」

「なに?」

「もしかして古いののこと、嫌い?」

「好きではないな」

 

 やつれつつも整った顔に嘲笑が浮かぶ。

 

「また難儀な……」

「よくある反抗期だよ」

「おけ。そういうことにしとく」

 

 ぐいとミルクティーを飲む。冷たい甘さが心地よい。

 

「で、シャロちゃんに有利になりそうなん?」

「被害に遭った当事者と生き証人の二人がいるから大丈夫だろ。そういうのに強い祖母もシャロを生かすことには賛成だしな」

「ちゃんと学校に戻ってくるやんな、それ? 気になる娘がいなくなるなんて嫌やで、ワイは」

「俺もだよ。あの強い小心者は惜しい」

「もうちょい友情を感じるセリフで言ってくれへんか」

「喫茶巡りコンビの解散をする予定はない」

「おっとぉ、その話聴いてへんのやけどー。二人きりでお出かけする仲なんて初耳やねんけどー」

「ちなみにこれがシャロのアカウントな」

「お前ほんと、お前、そういうとこやぞお前」

 

 ヴィゴは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、シャロのSNSのアカウントを流し見た。

 

「フォローは俺が了承を取ってからな」

「わかっとるわ。ぶっちゃけこれもバレたらちょっとアカン類のやし」

 

 ヴィゴは薄目で眺めた。ウィルは滑稽だなと思いつつ、シャロやスティグとの面談の予定を確認する。

 

「ま、来週にはわかるよ」

「そうか。朗報を待ってるわ」

 

 まあ十中八九大丈夫だろう。

 魔神と魔神を殺し得る者は簡単に手放せるようなものではない。

 

(問題は──)

 

 今夜。リナが生きていられるかどうかだ。

 

 

 

 

 

ウィルは

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