テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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16.Ⅸ:Black'sOne / Red'sElpis

 

 

 

 

 世の中は想像に溢れている。

 それは文学であり数学であり宗教である。およそ言語化できるものは全て想像の入り込む余地がある。

 科学であっても例外ではない。仮説の存在は科学に想像の余地があることを裏付ける。

 

 「変態」の忌術の定義が確立された時、一部の魔道士はある存在を探し始めた。

 その秘術により生み出された存在ではなく、自分の意志で「変態」を使用し、生き延びた元人間の存在である。

 

 自らの弱さに絶望する者は多い。

 何を捨てでも理想の自分に生まれ変わりたいと願うことは珍しくない。

 その結実こそが変身譚や降霊術であり、「変態」の術式である。

 

 現在でこそ「変態」は確立され、そういう術式があることが知られ、日夜秘密裏に研究されているが、元々は理論など何もない願望による秘術である。

 

 よって、ただ独りの人間が「変態」を遂げるケースもある。

 

 不出来な自身を焚べ強き体に生まれ変わる。

 

 魔道資質──黒質に愛された黒い白鳥。

 魔力を示す黒を冠する「黒き者(Black'sOne)」。

 

 独力で強き自身へと転生を果たした後天的な突然変異。

 

 妄想の怪物は、いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感がしたウィルが集中治療室から出ると、エレベーターホール前が肉に覆われていた。

 

「珍しい。生体の拡張による結界魔術か」

 

 ウィルは電動車椅子を前に進め、肉壁へと近づいていく。

 

「警告しよう。術者は魔人の可能性が高い。今の貴方では殺し切れない」

「敵は追い払う。魔人とは何だ」

「それは妾が知りたい」

 

 デリングは肩を竦めた。

 

「だが稀にいるんだ。一代限りの突然変異、とでも言おうか。生体機能とも魔道ともとれない、不可思議な生体変化を行う者だ。亜人と呼ぶには魔物に近く、魔物と呼ぶには亜人に近い」

「それなら一つ心当たりがある。『黒き者(Black'sOne)』に聞き覚えはあるか」

「ない。ご教授願いたい」

「自力で『変態』の魔術を行使し、生き残った人ならざるなにかだ」

「ふむ。……ふむ?」

 

 ふわふわ浮かぶデリングは眉根に皺を寄せる。

 

「魔人で良いではないか」

「好きに呼べ」

 

 現行人類のブラックスワン。

 机上のはずだった実在の怪物。

 

「学会ではこの呼称が相応しいとされている」

 

 肉壁越しに声が響く。

 気付いているぞと暗に伝える声。

 

「要は」

 

 肉壁が崩れ、惨たらしい食卓と共に侵入者が姿を現す。

 

「──退いてくれよ、ウィルフレッド・スレイ。おれのターゲットはお前の恋人で、お前に用はないんだ」

 

 侵入者はどこにでもいるような一般人めいた風貌の男だ。

 年の頃は三十代。スーツを着た平均的な身長の細身の男。

 左手首に巻いた大き目の腕時計が目立つ。

 

一発逆転狙い(ろくでなし)臆病者(チキン)だ」

 

 ウィルの言葉に細身の男は頬をひくつかせた。

 

「最初のセリフがそれか。ウィルフレッド・スレイ」

 

 細身の男の背後で触手が死体の首をもぐ。既に血のほとんどが流れているのだろう。血は噴き出ない。

 

「失礼なガキだな、お前。親の顔が見てみたいよ」

「汚いなゴミムシ。伏せて黙れ。殺すぞ」

 

 絶世の人型が綺麗な声でとんでもないことを言った。

 細身の男は絶句し、あまりにも尊大なガキを見た。

 

「お前──」

 

 ウィルは明確に男を見下していた。

 車椅子に座り四肢を動かせないにも関わらず、ウィルは男を蔑んでいた。

 

「……はは。凄い強がりだ。いかにも傲慢な貴族らし──」

 

 

 何やら男が長々と話し始めた。

 ウィルはその一切に反応しなかった。

 

(……)

(なんとまあ、貴族らしいというか、いじめっこらしいというか……。あるいは、我慢強いというか)

 

 ウィルの精神状態は安定している。あれだけ凄惨な食人現場を見て、その精神性にさざ波ほどの揺らぎもない。

 ウィルは男の言葉に一切の反応を示さず、ただただ黒い瞳で見つめ続けた。

 

(おっと)

 

 その態度に激高した男が死体をより凄惨に扱い、その死体の一部を汚物と共に投げつけた。

 さて自分の出番かなと、デリングが意識を切り替えるもウィルは何の反応も示さない。眼に垂れる血や糞にも拭う素振りすら見せない。

 

 さしものデリングも無反応には驚いた。

 

「…………何だよお前。本当に、何をしに来たんだ……!?」

 

 ウィルは語らない。

 特殊部隊員四人をたった一人で殺した実力者を前に何の反応も示さない。

 髪についた肉片と血、糞が固まっても動かない。

 

 男は不意に階下の不自然な静けさに気付いた。

 

(しまった。時間稼ぎか……!)

 

 異変に気付かれた。細身の男は急いで四体の死体を飲み込み、触手と口の形成に使った肉を体内に戻す。

 

「もういい。依頼にはないがお前を殺してお前の恋人も殺す」

 

 細身の男は集中治療室へ向かって──ウィルに向かって歩き出す。

 

 男のウィルへの対策は既に済んでいる。肉体を熱や炎に強い構成に作り変えている。気を付けるべきは熱線だが、あれほどの火力を出すには溜めがいるはずだであり、そもそもこの院内でそれほどの火力の魔法を使うとは思えない。

 魔術を待機させている気配もない。魔力も回復に回されている。

 万が一の分身も待機させている。

 

 殺せる──。

 

 細身の男の口が吊り上がる。

 千載一遇のチャンスだった。

 

 古き貴族はアンタッチャブルである。自分の住む国のものは特に触れては面倒な存在であり、他国であってもそれは変わらない。

 敵対に旨味は少なく、殺害もデメリットが多い。軍事力の根幹の一つだけあってそもそもが強大であるし、仮に殺害できたとして、その直後の隠匿魔術は危険な上に国防力が落ちて違う種類の危険が生じる。

 

 だが、今のウィルフレッドは数少ない例外である。今に限れば殺すデメリットは最小だ。そもそも他国に嫁いだウィルフレッドはその力を法的に制限されているため公国の国力に換算されず、スレイ家の次期当主は妹のエメラインであり名目上の損失は無く帝国からの恨みも少ない。

 

 なにより、今のウィルフレッド・スレイは瀕死である。

 魔神との戦闘により魔力のほとんどを消耗し、四肢は満足に動かない。魔道士は頭さえ動くなら魔道を使えるが、この距離であれば直接殴る方が強い。魔力障壁を積極的に使うのであればその弱点もないようなものだが、消耗している今であれば長時間張り続けることは不可能だ。

 死亡時の隠匿魔術が機能しない可能性もある。

 

 殺せる盤面だ。

 だが時間をかけることは難しい。

 

(お楽しみは運次第か)

 

 涎が溢れる。

 男は優秀な魔道士を何度か食べたことがある。いずれも皆美しい姿形をしていた。そしてその見た目に違わず美味だった。血はまろやかで肌は舌触りが良く、肉は旨味に溢れ、筋肉は歯ごたえが良かった。内臓のえぐみも少なく、通好みの苦味があった。

 

 ウィルフレッドもアンナリナも確実に美味だ。もう見た目からして極上だ。

 先ほど食べた四人も美味しかったのだ。年若い青年は野性味に溢れ、熟達の腕利きは歯ごたえが良かった。初老の男は苦味が強く、筋張っていたが、とんでもなく美味しい部位があった。

 強い魔道士ほど美味いことを経験則で男は知っている。肌感覚だが、あの四人よりもウィルフレッドは卓越している。存在感が違う。加えて若い。その肉はどれほど瑞々しいことか。

 だが、一番気になるのはアンナリナだ。

 

(女は──)

 

 女は、脂身が多く蕩けるように柔らかい。男はよく鍛えられた人間ほど身が締まっていて美味しい。

 鍛えている女は珍しい。優れた魔道士も珍しい。良く鍛えられた、優れた魔道士の、女。

 

(ああ、どれほど美味しいのだろうなぁ──)

 

 男は歩を進める。

 油断はない。全身で周囲を警戒している。保険もおいてある。ウィルの背後に二体の分身を出現させる。先ほど食べた男達で作った分身だ。

 

 男とウィルの距離が縮まる。

 男が一足に詰められる間合い、分身を作り終えた頃。

 

 利き手である右手を、頭ほどはある大きな口に変化させて、跳びかかった。

 

「────」

 

 ウィルは動かない。

 黒い瞳は男の動きをしっかりと捉えながらも、ただただ蔑んでいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、どうするのかな、貴方は。

 

 異形の魔人を前に一切狼狽えず、それどころか挑発したウィルフレッドにより強く興味を惹かれながら、デリングは事の推移を眺めることにした。

 とはいえ、流石に死ぬような事態になれば介入するつもりではある。

 魔人はデリングを認識できていない。今のデリングはウィルの意識内の存在であるため当然と言えば当然だが、かつてはこの状態でも察するような魔人はいたので少し退屈だ。

 

(触れられた瞬間に殺せるかな)

 

 魔人の大きな右口が主人の頭に迫る。

 ウィルは動かない。ただただ魔人を、男を蔑んでいる。

 

 口が頭に迫り、歯が肌に触れる。

 殺そうとデリングが力を行使する直前に、ウィルの黒質が猛り狂った。

 

 

 ──脅威をかk

 

 脳裏に響くシステムメッセージを圧し潰す。

 

 ウィルは意識して表情を固定している。侮蔑、嫌悪、蔑み。

 ああした弱い負け犬は動かずに凄んでいればすごすごと帰ることが多い。経験則として知っている。フィードには困った顔でその態度は控えるように言われたが、ウィルが改めることはなかった。

 

 歯が肌に触れる。

 眼前の口腔が鮮明になる。

 

 頭は冴えている。情動に支配されることなく理性的で何が起きているかきちんと理解している。警護の軍人が殺され惨たらしく食われていった。敵は一人、脅威度は魔神に劣らぬ魔人、黒き者。消耗しているウィルには厳しい相手だ。迫る命の危機に頭は冴えに冴えて、世界が鮮明になって──。

 

 ざあっ、と。

 あざやかに、あせていく

 

 命に価値はあってはならない。

 命に意味はあってはならない。

 

 ──人裡蓋世(きたない)

 

 あらゆる功罪は行いのみが報せる。

 価値も意味も全ては後付けでしかない。

 

 ──魔術法(みにくい)

 

 判決は最期まで留保されるべきであり、応報もまた最後まで留保されるべきである。

 ヒトは須らく無価値無意味であり、所業のみが評価されて然るべきである。

 

 刹那を極限まで細分化する。

 

 肌に触れる歯は止まらない。

 歯が肌を押し込み、プツリと裂いた。

 

 ──執行(しね)

 

 抑え込んでいた嫌悪と殺意が爆ぜる。

 強者たる矜持が堪えていた分別は跡形も無く吹き飛び、激情があらゆる神経系を貫き、黒質を駆け巡る。

 

 病院が異界に沈む。

 一瞬で、満遍なく。病院の周囲半径1kmまでウィルの蓋世結界に沈む。

 

 どぷん、とぷりと。

 バケツの水をひっくり返されたアリの巣のように沈み。

 

 魔人の死が確定した。

 

 ウィルの呼気が白くなり、体に付着した肉片と汚物が昇華する。

 息する間もなく不快なものは蒸散する。

 

「なっ……!?」

 

 男が発声できたのは奇跡だった。

 

 

 ──魔力出力は情動に、魔道行使は知性に依存する。

 優れた魔道士に激情家が多いのはそのためだ。彼らは概して一般人より激しい気質を持ち、それを御する頭脳を持つ。

 例えばサラ・ベーケルは元々、魔法の出力の高さから注目されていた。魔法に限れば優れた魔道士に匹敵し、鉄すらねじ切る念力は単純に強い。適切なバックアップさえ整えれば、防戦において無類の強さを発揮すると期待されていた。

 アンナリナ・アウレリースも同様だ。雷の魔法を持つこともそうだが、単純な火力も制御能力も高い。出力に比例して雷の魔道は扱いが難しくなるが、複数の魔術の出力として魔法を運用しつつ、牽制で雷撃を使えるほどの制御技能は卓越している。アンナリナは現時点で熟達の魔道戦士と同じことができている。

 アンナリナと似た魔道戦士としてヴィゴも評価されているが、彼のそれはもっぱら戦闘センスであり魔道に関するものではない。

 

 では。

 ウィルフレッド・スレイとはいかなるものか。

 これを正確に評することは生者には不可能である。

 

「お前は死ぬ」

 

 そもそもの話。

 ウィルフレッドは一度としてその才能の底を見せていない。

 

「惨めに、惨たらしく。苦しみぬいて、痛みに泣き叫んで」

 

 魔神戦はウィルフレッドが死力を尽くし、才能の底をぶちまけるに足るものではあったが、シャロの臆病で善良な性格がウィルにそれを許さなかった。

 

「そうなるように。俺が殺して、お前は死ぬ」

 

 だからこそ、この人食いの害獣(・・・・・・)相手に才能の底──残虐な暴威を振るうことに一切の躊躇いはない。

 

 

 ────青争歹賓祀宮(アートラング・アトラクト)

 

 

 それは()を支配する魔術法。

 

 魔人の分身と肉片が燃え上がり灰となる。

 魔人の本体が凍てつき体の端から乾いて崩れ落ちていく。

 

 不格好な氷像は断末魔に空気を震わせることなく、少しでも体を守るべく丸まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わってみれば蓋世結界は一瞬だった。

 気付いた者は誰もいない。その一瞬でヴィゴが跳ね起きたが、その後の静けさから気のせいだと思って寝直した。

 

「やめろ」

「元々理屈は聴いていたし、術式も知っていた」

 

 人裡蓋世。

 魔法の極北。使えたら便利で強力な魔法術。

 

「やめてくれ」

「ただ、使えなかった。何かが足りなかった。理屈じゃない何かが俺にはわからなかった」

 

 だがウィルは使えなかった。今の今まで。

 ウィルにとって初めての経験だった。フィードの手解きを受けながら、理屈と術式を知っている魔法術を行使できなかったのは初めての経験だった。

 

「助けて」

「体験もしたよ。帝国の蓋世者に兄貴が頼んで、その世界に招待してもらった」

 

 受けてなお、わからなかった。

 辛うじて納得できたのは術式の重要性だった。蓋世結界は強力で緻密な作りをしていた。生半可な出力では打ち破ることは不可能だと知った。

 

 ウィルは静かなざわつきに促されるまま語り、右手に凍り付いた球体を持ちながら、自分の脚で屋上を目指していた。

 激情により猛り狂った黒質は蓋世結界を展開するだけでなく、ウィルの四肢を回復させるほどの魔力を生じさせた。

 

「助けてくれ」

「俺はね、気絶していても記録術式が動いているんだ。だから気絶して寝ている時の状況も、視覚以外で認識できる」

 

 だから、サラの蓋世結界が展開されたことも記録で追体験している。

 帝国の蓋世者とは一段落ちた完成度の蓋世結界をウィルは知った。

 

「死にたくない。助けてくれ」

「それでやっと理解したよ。そんでわかった。蓋世者が最後のきっかけ、蓋世結界の肝を語れないことも」

 

 サラの蓋世結界にはムラがあった。きちんと機能はしているが展開し切る僅かな間、範囲を指定し終えた直後、魔術法を付与するまでの刹那。

 

「お願いだ」

「今の世界を否定する激情が根幹だ」

 

 その刹那のムラからウィルは激情を読み取った。

 怒り、憎しみ、悲しみ、愛。ただの破滅願望ではない変革願望。

 こんな世界は間違っていると、子供のような純真さで大人のような冷徹さで否定する。

 

「何でもする」

「これは言えない。口にできない。こんな世界は間違っている、だなんて。仮にも体制者側が吐ける言葉ではないし、世を憂う者であれば誰もそんなことは口にできないし、俺もこんなこっ恥ずかしいことは言えない」

 

 蓋世結界は高い知性を持ち、強い感情を持つ者しか使えない。ある種の選ばれた者にしか使えない魔法術だ。

 高い知性を持たなければ構築できず、世界に強い感情を持たなければ出力できない。

 

「お前の気に入らないやつを殺してやれる」

「厄介だな。人に見せたくはない」

 

 その独白らしき何かを聴いていたデリングは微笑ましいものを見るようにウィルを見ていた。

 ウィルは気付きながらも何も言わない。

 

「何だってする」

「図らずも妾の見る目は確かだったようだ」

「何が」

「貴方は王様に相応しい」

「心底嫌だ」

「ああ。だから、気が向いたら妾に声をかけてくれ」

 

 デリングはウィルの前のふわふわと浮かびながら、メタルフレームの眼鏡をかけ、シックな指差し棒を胸元から取り出した。

 

これで君も明日から王様!!

~空前絶後の名君への道 Part1~

 

 視界の邪魔にならぬ端っこにプレゼン資料の映されたホワイトボードが出現する。ちょっぴりエッチな女教師スタイルでデリングはふふんと得意げに笑う。タイトスカートから伸びるスラリとした生足が特に艶めかしい。

 

「お願いだ。助けてくれ」

「プレゼンはバッチリだ」

「お前、どこでそんなのを仕入れてきたんだ」

「電子の海だ。ふふっ。ランが通信技術は大事だと散々説いていた理由が良く分かる。あれは便利だ」

 

 ウィルは喉元までせりあがってきた文句を何とか押し込んだ。

 よくよく考えずともこの魔神は構うだけ面倒くさい。

 

「命だけでも助けてくれ」

「それで、その魔人はどうする?」

「処分する」

 

「何だってする! 頼む! 助けてくれ! モルモットとしてでもいいからぁ……!」

 

 声は凍り付いた球体から発せられていた。大きさはボーリング球ほど。両手でつかむのは面倒だからと、ウィルの五指は球体を貫いており、よりボーリング球に似ていた。

 ウィルはその周囲に静音結界を張りながら屋上まで運んだ。

 デリングは魔人の生命力に感嘆する。あれだけの魔道を行使されて生きているのは普通はおかしい。どうやらあの一瞬に体積の多い部分へ移動し、あの熱の略奪を凌いだようだった。

 

「要らん。タネは割れている。魔法は分裂あたり、獲得した生体機能は幹細胞の生成と操作。魔物のスライムと変わらない。利点は人に化けることくらいか」

 

 市井においても既に進みつつある研究分野だ。モルモットの価値はあるがスレイ家には要らない。

 

「では妾のもう一つの器にしても?」

「却下。今でもシャロとの仲を疑われている状態だ。余計な火種は要らん」

「それは残念だ。管理が心配なら、妾が行動を縛ることもできるが」

「要らん。捨てる」

「残念だ。ここらでヒトの飼い方をきちんと学習したかったが」

 

 だから却下だ、とウィルは口にはしなかった。

 

「そうだ! 依頼主! おれを使えば依頼主がわかるぞ!」

「お前は投げられた汚い石だ。誰も名乗り上げないし、生かすより殺す方が楽だ」

「いや、いや……! ……生かしてくれるなら、君の気に入らないやつを殺せる! いるだろう、そういうやつ!?」

「いない」

「なんで!? だったらなんでおれを殺すんだ!? なんで警官に引き渡さない!? そっちの方が面倒じゃん!?」

 

 男は暗殺者だからこそ殺しの後処理が面倒だということをよく知っている。

 警察や軍部もバカではない。きちんと痕跡を消すか、ダミーを残すか、内通者を使って混乱させるか、手段はどうあれ判断を誤らせなければいずれ捕まってしまう。そうして消えていった同業者を男は良く知っている。

 

「ああ、それは庶民の話だな。あいにく、俺は特権階級で卓越した魔道士でね。死体は残さないし、状況証拠程度なら深くは追及されないんだ」

 

 男は絶句した。そして絶望した。

 男が生きるために必死に準備したものを、眼前の貴族は生まれながら持ち合わせている。

 

「それにお前、いじめられていたろ。だからなおさら要らない。こんなのを手下にしても蛮族に舐められるだけだ。

 被虐仕草が身についている。言動が言い訳がましい上に情けない。声にも圧が無いし、抑揚が田舎臭い。頭はそれなりだから大方魔法でもネタにされたか。体を変化させる類の魔法は嫌悪され易い。

 情けないよなぁ、お前も、周りの奴らも。お似合いだよ。どんなふうに追い詰められたのかまではさすがにさっぱりだが、死んでも被虐気質が治らない辺り本当にどうしようもないよ、お前。いるだけ邪魔だ、生かす価値もない」

 

 男は再び絶句した。理由は先ほどと違う。

 信じられないほど直截かつ正確に罵倒された。頭が反射的に理解を拒む。

 

「お前の言葉も価値なんてないよ。庇う価値もない。世間は俺に同情的だし、お前の行く末なんてどうもいい。なんだったらここでお前を殺したことを感謝する奴もいるだろうさ。暗殺者なんて、そんな危ないワルイヒトを殺してくれてありがとうってな」

 

 ウィルは男を嘲り笑う。男にとっては見慣れた表情で、けれどこれまで見てきた誰のものよりも恐ろしい。

 

「ま、流石にそんなことを大っぴらにしたら面倒だから、お前は逃げたことにするよ。ここで灰にして、上空に高く高く撒いてやる。良いじゃないか、天国が近いぜ」

 

 訳も無く。否、自身の存在の全てを否定されて男は泣きたくなった。

 柔らかい部分を容赦なく暴かれて切り刻まれた。ただ嘲るだけ嘲られた。インスタントな娯楽として消費されて、ゴミのように捨てられた。

 そうして忘れられる。

 

「お前──なんて──」

 

 自業自得だとは割り切れなかった。

 今でも殺されかけた時のことを思い出す。ただやられたことをやり返しただけだ。おれも悪いがお前らの方がもっと悪い。先に手を出したのはお前らだ。穏やかに暮らしたかっただけの少年を笑い者にして傷つけて、その不具をもっと笑ってもっと傷つけて傷つけて傷つけて──生きることすら、困難にして。

 

「お前、なんて──!」

 

 ──地獄に落ちろ。

 その言葉はウィルに届かない。

 

 ウィルから嘲笑が抜け落ちる。能面のような無表情にすげ変わる。

 その直後に、凍り付いた球体は青く輝き、ゆっくりと魔人を灰に変えていく。

 

 断末魔が響く。

 静音結界の内側で反響し、その悲鳴は最期までウィルに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 











副題:長い一日とテロの終わり
もう襲撃はありません


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