テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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17.カハタレを歩む

 

 

 

 

 

「お電話ありがとうございます。こちら人材派遣サービス(株)スヴァンマルム……」

 

「……はい。スレイ様ですね。ご用件は……、はい。承知いたしました。ただいまお繋ぎいたしますので、少々お待ちください」

 

 

「──お電話代わりました。代表のスヴァンバリです。お久しぶりです、デブラ様。先日のお孫さんはさいな──ええ、はい」

 

「少々お待ちください。確認しますね。……そうですね──《埋葬者(ニクロフォラス)》は先日、護衛に──」

 

「はい……はい……。いいえ、詳細は知りません。彼はうちの稼ぎ頭でして、戻り次第お知らせを……結構? 承知しました」

 

「今後とも良いお付き合いができればと思っています。ええ。七年前、ファーディナンド様が弊社より『悪しき杖(ワースワンズ)』を排していただけたことは今でも感謝しています」

 

「──それでは。お孫さんのご全快をささやかながら祈らせていただきます」

 

 

 

「────────リッキー…………」

 

 

 

 

 

 

 

「侵入者は『黒き者(ブラックスワン)』。脅威度は極めて高い。魔法は分裂などの身体変化系、獲得機能は幹細胞の生成と操作。確認した能力は分身の生成、器官の遠隔操作、食物の即時吸収。魔法の効果範囲は半径百メートル、分身や器官の最小サイズは蟻程度。室外に戦術上無意味な人間大の分身を作っていたことから、自身の複製も可能と考えられる」

 

 屋上で倒れ伏していたウィルフレッドから報告を受けた軍部は上から下まで大騒ぎになった。

 

 地域によっては朝日が昇り始めるころから、あらゆるメディアで「病院襲撃」のニュースが取り扱われ、ウィルフレッドの作成した人相書きが出回り、特殊部隊の精鋭四名を殺害した凶悪犯として報道され、見かけても決して声をかけず、その場での通報は絶対にしないよう注意を呼びかけられた。

 学会でひっそりと取り扱われる「黒き者」の情報は出回らなかった。取りざたされたのはもっぱら人相書きと精鋭四名を殺害した事実である。

 

 そして──。

 

「現在、実行犯と思しき当社社員を全力を挙げて捜索しております。《埋葬者(ニクロフォラス)》パトリック・マルムバリ。彼の実力は当社においても抜きんでており──」

 

 人相書きと似ている社員がいるのではないかと、匿名(スレイ家)のタレコミによって知った株式会社スヴァンマルムは即座に社の有するSNSや懇意のメディアから情報を発信した。

 曰く、生体魔術を得意とする屈指の武闘派。並外れた怪力と耐久力を持ちながら、最長一か月間を文字通りの不眠不休で活動できる秘密警護のエキスパート──。

 

「……ちゅうのは嘘やないけど、裏で暗殺も請け負っていると?」

「そう考えるのが妥当じゃないか」

 

 という内容の報道を昼過ぎに、やっと目が覚めたウィルと聴取を終えたヴィゴはそろって見ていた。

 場所はウィルの特別個室である。暗殺者を灰にしたウィルは栄養失調で倒れ、屋上で発見した軍人に必要な情報を話して気絶した。その後、ウィルは自身の個室に運ばれ、改めて点滴をうける羽目となったのだ。

 

「……ワイが寝てる間にそんなことがあったとか、全然気づかんかったわ」

「そりゃそうだろ。特殊部隊の結界とあの暗殺者の生体結界。気付く方がおかしい」

「気付いて迎撃に出向いたお前が言うセリフか」

「いやなよかんがした」

「くっっそ白々しいけどホンマなんやろうなぁ……」

 

 優れた魔道士ほど第六感に優れている。予知を得意とする魔道士は特に分かり易く、彼らの予知は観測による予測を軽く通り越す。

 

「……腕、その時に治したんか」

「そ。けど元々は治す気なかった」

 

 ウィルは紅茶の入ったカップを持つ。患者衣と点滴以外はいたって健常者のようだった。

 

「治癒術式は便利だけど栄養状態がボロボロになる。一時的になら栄養素と同じ働きをする架空物質をでっちあげてごまかすことができるけど、それを止めれば重度の栄養失調だ」

 

 体を診た医者からは生きていることがおかしいと評された。

 結局のことろ細胞の代謝を促進、加速させて治しているのだ。生存の最低ラインを維持しながらゆっくりと消費するはずの栄養素を急激に消費するため、術後の栄養状態は極めて悪い。

 今のウィルは瀕死そのものである。栄養を消化するための栄養も足りていないので、数日は流動食になることが決定している。紅茶は特別に許可を取った。

 

「勉強になるわ。コメントに凄い困るけどな」

「焼肉とか食ってるのを見せない限りは許す」

「病人に見せるんはただのイジメやろ」

 

 誰だって胸焼けか空腹で狂うだろう。食い物の恨みは深い。

 

「……なあ」

「なに?」

「こういうの、いつまで続くんかな」

「少なくともしばらくはもう起きないな」

 

 何であれ争いは本質的に不経済であり浪費だ。効率を度外視した投資によって新たな資本を得ることを目的としている。権力や利権を求めている。

 

「今回の魔神は想定外の例外だろうからともかく、禁止術式のコストとリスクは高い。公国の警戒は最高潮だろう。黒幕の金は尽きかけ、普段なら通る特権もこんな緊急時には通らない。尻尾切りが出る」

 

 現に今、尻尾切りが行われている。株式会社スヴァンマルムはあの暗殺者の存在を闇に葬るだろう。過去の実績に関する書類も誤って破棄されている。

 

(……弱らせるチャンスだろうに)

 

 ウィルは既に祖母(デブラ)へ暗殺者の情報を送っていた。

 理由はもちろん後処理のためである。ウィルはこの情報を元に敵対勢力を削る予定だった。後ろ暗い社会においても実績の証明は重要であり、裏帳簿など何かしらの形で形跡は残されるため、電撃的に所属組織の書類やデータを浚えば敵対者の名前が浮かび上がる。

 十中八九下っ端の名義であろうが、調べないよりはずっと敵対者に近づける。

 

(まあ、何か考えているのだろう)

 

 あの祖母の腹は真っ黒で煮ても焼いても食えぬ類だ。何度もやり込められた記憶のあるウィルはそれきり思考を断ち切った。

 

 携帯電話が着信を報せる。ヴィゴのものだ。

 

「お。ジェイちゃん着いたってさ。迎えに行って来るわ」

 

 数分後。

 

「ウィルー! シャロちゃんは怖くなかったけど人狼は怖かったよう!!」

 

 慰めてー! 撫でてー! 抱いてー!

 ウィルを見るや否や、ヴィゴといた時のお行儀の良さは投げ捨てられた。当て馬気分の微妙なヴィゴの表情を後目に、ジェイはウィルのすぐ左隣を陣取り手を握る。実に手慣れていた。活力が無いのをダウナー系と勘違いしているホストにいれこむ女の子のようだった。

 

「くっつこうとすんな。元気そうで何より」

「えー。まあね。意識がはっきりしたら治りは早いし」

 

 微妙な表情のままヴィゴは紙袋を手に椅子に座った。

 

「そうだ。お見舞いの品。ヴィゴー、その紙袋開けてー」

「はいはい。お、うまそうな果物やん。けどあれか、ウィルはしばらく固形物はダメか」

「キッチンにミキサーがある。適当に作ってくんない?」

 

「いい──」

 

 ジェイに天啓が閃く。果物、ミキサー、流動食。

 てんさいてきだと自画自賛する。

 

 ジェイはすぐさまウィルの腕にすり寄り、人差し指で自身の唇をなぞる。

 

「──ウィル。俺が口移しで食べさせてあげようか?」

「要らん。

 ヴィゴ、頼んだ」

「頼まれたわ」

 

 渾身の媚態は一言で切り捨てられた。視線もすぐに興味なさげにヴィゴに移っていた。

 

「ちぇっ、つれてくれよー」

 

 ジェイはすっと立ち上がりヴィゴの後を追う。慣れたものだった。

 

「いいもん。ヴィゴ、俺もやるよー」

「いちゃついててええんやで」

「うっさい。りんごを小指にぶつけてやる」

「ははっ、じょうだ──いやマジでやろうとすんなや!?」

 

 慣れていることと心のダメージは別らしい。

 割と理不尽な暴力に晒されつつ、ヴィゴはジェイの果物を捌く。ミキサーはジェイに独占されていた。ヴィゴの見る限り異物を混ぜた様子はなかった。

 

 テーブルに切られた果物とスムージー、ウィルが新たに淹れた紅茶が並ぶ。

 

「スムージーに紅茶って、ウィルほんと紅茶好きだよね」

「飲み物に飲み物は素直に厳つない?」

「スムージーは食べ物と飲み物の中間だしいけるいける」

 

 等と言いつつ牛乳も混ぜていく。紅茶に合うと評判のちょっとお高いものだ。

 そして炭酸水を用意していたヴィゴの前にミルクティーが置かれた。有無を言わさぬ流麗な所作だった。

 

「ちょい強引ちゃうか」

「いけるいける」

「味のことを言ったんやないんやけど」

「美味しいよ?」

「味のことやないんやけど?」

 

 どうしても飲ませたいらしい。

 

「子供舌やねんけどなぁ」

 

 ヴィゴはコーヒーも紅茶も苦手である。甘味や旨味の乏しい酸味苦味は基本苦手だ。例外はミネラルウォーターより安い炭酸水だけだ。

 机の上に砂糖の類は無い。残さない自信はあるが顔を顰めない自信は無い。実際今も顰めている。

 

 黒い瞳と赤いカラコンが向けられている。妙な圧を感じつつ、口をつける。

 

「……やばいな。これはイケる。美味いわ」

 

 心配は杞憂に終わった。妙な圧の中でも美味く感じたのだ。これはイケる。

 

「イケるだろ。慣れると毎日飲みたくなる。チーズがあればもっといいんだけどな」

「チーズかぁ……。イメージとしちゃ果物やけど」

「果物も美味しいよ」

「ああ。美味い」

「ウィルのはスムージーやろ。腹ちゃぽんちゃぽんにならへんの?」

 

 ヴィゴの指摘にウィルは目を瞬かせ少し黙り込んだ。

 

「いけるいける」

「それいけへんやつ」

 

 ゆるゆると会話しつつ、おやつを平らげる。

 

「そういや、ジェイは戻らされなかったのか」

 

 ジェイはいいとこのお坊ちゃんである。ゴルハム家の機密の塊が緊急事態の後にこうして他国に滞在を続けているのは本来よろしくない。

 ゴルハム家の当主の気質からして、重要参考人であろうと即時家に戻らせるはずだ。

 

「それなんだけどね、昨日デブラおばさんにお願いしたら、ウィルが退院するまでは一緒にいてもいいことになった」

「……ん? それってウィルのお祖母さんやないっけ。なんでや」

「合ってる。祖母はなんて?」

「公国の身体検査を最低限にさせるってさ。そんな口約束で父が黙るはずないんだけど」

「不必要に騒がれないように何か渡したんじゃないか」

「なるほど。スレイ家のお墨付きなら父も小声になるか」

 

 頷き納得したようなジェイ。とても理知的だった。ヴィゴはその隣で微妙な顔をしていた。

 

「あー……ウィルのお祖母さん、もしかして公国の偉い人とお友達なんか」

「多分そうじゃないか。少なくとも公国の領主には会ってるし、その伝手でも使ったか」

 

 公国はもういっぱいいっぱいだ。少しでも火種は少なくしたい。帝国貴族のジェイをすぐに帝国に戻しては公国の警察の沽券に関わる。かといって帝国貴族であるゴルハム家の要求を跳ね除けるのは労力がかかる。

 そこでデブラ──スレイ家が間に入り、魔道士らしい妥協点を用意した。ゴルハム家は魔道の名門である。対抗心を持っているとはいえ、古き貴族の言葉は無視できるものではない。

 

「おかげで問診と経過観察で済んだのは助かったよ。採血とかは嫌だしね」

「ちゅうしゃいたいもんなぁ」

「ヴィゴ。目を逸らすな。情報戦は常に行われているぞ」

 

 魔道士、特に貴族関係者の生体情報は機密扱いだ。魔道士の治療が行われる病院は生体情報の保護を国同士の条約により義務付けられている。義務付けられているが、手元にある方がいざという時に有利である。

 

「うっさい。ワイなりの気遣いやっちゅうの」

 

 両手を上げて降参のポーズ。白旗も欲しいところだった。

 

「まあ、ジェイちゃんがゆっくりできるんはええことやな……」

「ウィルに毎日会えるしね!」

「たしかに、それはデカいなぁ」

 

 無邪気な笑顔を満面に浮かべるゴスロリ風の少年をヴィゴは遠い目で眺めた。

 先ほどまでの会話は極力忘れたい。木っ端な中流階級出身のヴィゴには重たい話だ。既に他国の超上流階級出身と親しくなっているが、それはまた別の話である。

 

 そんな無意味な現実逃避をしているヴィゴを見つつ、ウィルはミルクティーを口にした。

 ウィルにとっては慣れたものだ。

 

 

 

 

 ウィルは二日で流動食を終え、その後三日で退院した。

 ボーナスタイムの終わりにはジェイが泣き(真似をし)ながら抱き着いてきたが、十秒ほどでウィルが引きはがすとあっさりと離れ、それまでの態度が嘘のようにさっぱりと帝国へ戻って行った。

 それを見ていたヴィゴは(男でも上手に演技できるんやな……)と密かに呆れ感心していたことは誰も知らない。

 

「ワイらもやっっと病院から解放されて一安心やわ」

「ウィル君。君達の訪問を楽しみにしているよ」

「これからも息子をよろしくお願いします」

 

 念のためとして特別個室での宿泊をお願いされていたボーストレーム家も、ウィルの退院と共に解放された。

 あれから五日間の病院は常に厳戒態勢だった。ジェイの訪問にしても、彼の身元が確かであり、ウィルとヴィゴの共通の友人だったために特別に許されていたに過ぎない。

 

 

 アンナリナはまだ目覚めない。

 

 

 

 

 

 

 時間は人の都合もお構いなしに進んでいく。

 ウィルは退院したその足で拘置所へと向かい、自身の地位と他者の忖度により面会日時の繰り上げを実現させた。

 

「久しぶり、ウィル。少しやつれたね」

 

 面会室は分厚い強化ガラスで区切られていた。

 

 忌憑きは厳重に拘束されていた。

 新品の拘束衣だろう。汚れの無い真っ白な布と革の分厚いベルト。これだけでも物々しいが、忌憑きの首には金属製のいかにも重たそうな首輪が取り付けられ、そこから伸びる複数の太いチェーンは壁や天井に繋がっている。

 

「拘束衣は窮屈だけど、首輪は上から吊られているから僕に重さはかからないよ」

「そこまでしたら流石に虐待だ」

 

 シャロは憑き物が落ちたような柔らかな微笑みでウィルを迎えた。

 殺されかけてなお二人の態度は何も変わっていない。

 

「それで、どうして僕に会いに来たのかな。君は少しでも長くリナの隣にいるべきだと思うけど」

「五日間いたんだ。数時間、女友達に会うくらい良いだろう」

「……恋人の友達、と言うべきじゃないかな。嫌だよ、僕は。君のせいで勘違いされてリナに恨まれるのは」

「こんなことを起こしておいてそう言うのか」

「言うよ。リナは僕に手を伸ばしてくれた」

 

 爪に触れて、それでも掴んだ。

 シャロは意識をウィルから外して。

 

「リナは潔癖だから。僕に贖いを許してくれる」

 

 自然な、穏やかな顔をしていた。

 

「良いのか。まだきちんと言葉にしてくれた訳じゃないだろう」

「良いんじゃないかな。夢を見たとして傷つくのは僕だけだから。それとも、君も傷ついてくれるのかな」

「まさか。嫌だろ、そんなの」

「だろうね」

 

 シャロは楽し気に笑う。ウィルは呆れつつ笑う。

 

「拘置所暮らしは快適か?」

「殺風景だし快適では無いかな。けど会う人は皆女性で安心できるよ」

「人に世話されるのは嫌だろ」

「むしろ好待遇だと思っているよ」

「ふうん。何か娯楽でも?」

「職員さんとのお話は楽しいな」

「俺にはしんどそうだ」

 

 取り留めのない会話を重ねる。何だかんだで人恋しかったのだろう。シャロは普段よりも饒舌だった。

 話すべきだろうと構えていた話を切り出せないくらいには。

 

 黙って別室にいた看守から時間の連絡が入る。

 

「そろそろか。俺は次にお前の父親と会う予定だけど、言伝でも預かろうか」

「……うん、特に無いかな。そういうウィルは、僕に訊きたかったことがあるんじゃないの」

「無い。本気じゃなかった奴に訊いたところで無意味だろう」

「酷いな。本気で殺さないようにしていたのに」

 

 会話は終始穏やかだった。

 ウィルは看守に呼ばれるまま、面会室の出入り口へと進む。

 

「あと、その金髪だけど、割と良いんじゃないか。リナと並んだら姉妹らしいだろ」

「ありがとう。ただ残念なことに、僕は金髪の自分は好きじゃないんだ」

 

 シャロの金色の髪は乱雑に短く切りそろえられていた。

 金色の人狼へ変化した影響だ。変化解除時に伸びた体毛のほとんどは抜け落ちるが、頭髪など元々生えていた部分の体毛は残る。

 

「うん。唯一の不満は脱色の魔術や道具が使えないことかな」

「次は持ってくるよ」

「ありがとう。楽しみに待っているよ」

 

 シャロは僅かな時間、去って行くウィルを眺めた。

 足音が去って行く。規則正しい足音は一つだけ。時計の秒針めいた音が遠ざかっていく。

 寂しいと素直に思う。

 

 やつれてなおウィルの輝きに陰りは無かった。栄養失調で死にかけていたそうだがあの様子を見る限り心配は要らなさそうだ。

 そう遠くない内にまた会えるだろう。お互いが死ににくいだけの体をしている。

 

 瞳を閉じて彼を思う。ただ疲れているようだった。絶世の人型に陰りは無くて、そんな彼を見て、ただ気の毒にしか思わなかった自分に安堵した。

 

 美味しそうだと、ウィルを見てそう思わなかった自分に安堵した。

 

 

 

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