テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件 作:すすきみつよし
目が覚めた。酷い汗だ。夢見の悪さが現実に不快だった。時刻は六時、心なし早起き、最悪の気持ち。変に目が冴えたのでふらふらと冷蔵庫へ向かう。
プチトマトと牛乳を口に放り、徳用のラザニア二人前をレンチン。作り置きしていたサラダロールを咀嚼し、気持ちを落ち着ける。
「……………………………………生きてる」
あの時、パックリ切り裂かれた腹をなぞる。背骨一本繋がって拾った命だ。大切にしたい。ついでに食事のありがたみも大切にしたい。
あの後、俺は偶然にも《零落剣》セオを退けることができた。長らく灯すことのできなかった『青の灯』を宝剣に纏わせて、一撃。万に一つの可能性を通して、深手を負わせ相打ちに持ち込んだ。しかし同時に胴真っ二つの激痛を味わったので、セオに保護してもらうべきだったと俺は思う。痛いのは嫌でござる。
のそのそとサラダロールを食べ終わると、陽は既に昇っていた。春と夏の境、五月。今の部屋に来て三か月……あのテロからもう三か月。
俺には、半年間付き合っている(という設定の)恋人のアンナリナができた。
「……おはよ。いつも早いのね」
「そちらこそ、今日は早いのな」
少しうとうとしたアンナリナ──リナがリビングに入ってきた。彼女は冷蔵庫からラップに包まれたサラダを取り出した。例のごとくの鶏胸肉と豆類が加えられた野菜多いサラダ。味気ない。冷凍のハンバーグの一つくらい加えれば良いのに。
「太りやすいの」
「その分動いているんだから大丈夫だろ」
「……ケーキ、いつ食べても良いようにしてるの」
なるほど女子会。痩せにくい女の子って大変だな。と思いつつ、リナの豊かな胸元を見る。
お肉が付きやすいということは、なるほど。その胸はなるほど。
「澄ました顔で変なとこ見ないでちょうだい」
「リナが魅力的なのがイケナイんだ」
「……。歯の浮くセリフをどうも。何度も言ってるけど、朝は止めてよね。頭が重くてしんどいの」
「低血圧は辛いな」
眉間にしわを寄せて睨みつつ、腕で胸を隠す仕草に胸が熱い。華奢で小柄な体に似合わない、寝間着の上からでもわかる存在感の双球は目に毒だ。ついでに俺より身長が低いので上目遣いっぽくて萌える。
「変態。その顔がなかったら今ごろ刑務所に入ってたんじゃない?」
「イケメンなのが一番の取り柄ってのは否定しないけど、そこまで追撃する?」
「追加の目線がいやらしかった」
まったく否定できなかった。
「それだけ魅力的ってことで一つ」
不満げなリナをよそに電子レンジからラザニア二人前を取り出す。
リナの真正面に座り、テレビを点ける。朝のニュース番組がやっていた。リナの胸元を見る欲望から極力目を背け、清楚ニュースキャスターの言葉と胸元に集中。
『五月の学生武闘祭特集! 今年の栄冠は誰の手に⁉』
「…………………………………………………………」
思いっきり苦い顔をしていたと思う。そんな俺の気も知らないで清楚キャスターは台本通りにニュース番組を進めていく。
『例年五月に全国の軍学校で行われる学生のみの一対一、何でもありの魔道戦トーナメント! 毎年大盛り上がりを見せる祭典ですが、今年は特に注目度が高いです!』
『二年生からの参加ということで、今年はかの国民的美少女アンナリナ・アウレリースさんが出場しますからね。軍学校への入学が決まった一昨年からずっと待っていた方も多いのではないでしょうか』
対面の国民的美少女は今サラダをハムスターのように咀嚼していた。その目に生気は乏しい。
「いつものことだから気にしないの」
「それもそうか。俺も今更天才魔道士と騒がれたところで気にしないしな」
『加えて今年はあの隣国の天才、ウィルフレッド・スレイも出場──』
『──そうなんです‼ あの‼ ウィルフレッド君が‼ 出場‼ するんです‼』
思わずリモコンでテレビの電源を落とした。しかしリナが雷の魔法で再びテレビを点けた。
「良いじゃない。気にしないのでしょう?」
「恥ずかしい」
「キレーなオネーサンが貴方へ声援を送ってくれるのよ。男冥利に尽きるじゃない」
「アレは引く」
『見てください! この顔! 大人の過渡期に許されたイケメンっぷり! 国内外の全女性が認める反抗期のイケメンですよ!』
「反抗期?」
「拗らせてるよ」
営業用のぎこちない微笑みから始まり、移動中の虚無顔、戦闘時の映像から切り取った物騒な顔、記者から不快な質問をされた時の不機嫌顔と次々流されていく。
プライバシーはどこだ。確かにイメージアップの番組に使うことは許したが、こんなのは聴いてない。
「貴方のお父さんからの許可はとったそうよ、完成品見せて」
「泣いても良いか」
「あのキャスターさんの胸元がおすすめよ」
おい婚約者。てめえの胸を揉みながら泣きたいんだ、俺は。
『は、反抗期、ですか……』
『はい!』
困惑の表情を浮かべるおじさまコメンテーターに緩み切った笑顔を向けるオセイソキャスター。
『ウィルフレッド君はクルサド帝国でこれまで品行方正、常勝無敗、成績優秀な学生でした』
『そうなの? あまり良い噂は聞かないけどなぁ』
『基本塩対応ですからね、彼。冷たい眼が通常運転で客受けは最低も最低です。ただ、最低なイメージとは裏腹に悪評はあれど実害は無いんですよ。視線の冷たさ以外』
『スレイ家が握りつぶしてるんじゃないの? ほら、魔術の名門だから権力があるんじゃない』
『むしろ無いですね。スレイ家は確かに魔術の古い名門ですが、大量の研究費をあの手この手でかき集めていますから煙たがられています。借金の借用書とかネットに公開されてまして……やばいですよ』
デデドン、と借用書が出てくる。見慣れた額だ。年の国家予算の半額。
『…………ア、ハイ。……いやいやいや、これだけの額なら皿までって感じで、いっそ加担するんじゃない⁉』
『むしろ不祥事があれば潰したい家の方が多いと思いますよ? 担保にスレイ家の秘術がありますから。嘘か真か定かではないですが、国とは別に記録された十世紀も続く魔術資料はどこの家も欲しいはずです』
「ほんと?」
「マジ。何なら五世紀分プラスで、帝国以前の国の魔術の記録もある。大昔に買収した貴族、いや、あの年代なら豪族かな、その辺りの研究記録もたくさん」
非倫理的な資料もたくさん。現代倫理が確立される以前の最先端の研究だ。人間を化け物へと変貌させるような実験記録もある。無論、その多くは既に禁止指定され、国が機密情報としてその研究記録は保管されている。だからこそ欲しい貴族はたくさんいる。
『それに何よりも、スレイ式魔術の全容はどこも欲しいですよ』
『あー、一部は公式に出回っている奇術書ね。あの分厚いやつ』
スレイ式魔術──マジック・ザ・スレイ。奇術、重魔術とも称される、五百年前にスレイ家によって確立された魔術体系。一番の特徴は複数の魔術を繋げることで、他の魔術を発動できること。
なお一部ではなく一分だったりする。
「発動した魔術が詠唱にもなる魔術だっけ?」
「合ってる。火を灯す魔術、突風を起こす魔術、土塁を建てる魔術をそれぞれ発動させた後に繋げて、溶岩流を引き起こす魔術を発動させることができる。……ま、あれだ、魔術を重ねれば重ねるほど、長い準備が必要な魔術を即座に発動させることができる」
「便利な魔術体系ね」
「まさか。使った術式を再利用して発動させるから、使った術式を維持しなくちゃいけないし、そもそも初手に使う魔術の効率が悪い。一般の魔術より無駄が多いから、覚える術式の量と、使う魔力量が多いんだよ」
「……なるほどね。どれだけ布石を打てるか、打った布石を維持できるかが重要なわけ」
そう。だから魔術体系が全部流出してもあんまり問題ない。
「記憶力と魔力量が多い天才向けの魔術体系だよ」
「魔道具とは相性が良さそうね」
「そこそこね。魔道具の小型化には貢献しているらしい」
まあ、それくらいなら電子媒体に記録させた方がよっぽど便利だ。最近は量子コンピューターもある。刻印式にこだわる必要は全くない。
『と、スレイ式魔術はこのように、玄人向けの魔術体系です』
『学術的には貴重だけど、人を選ぶ魔術体系だね。まあ、スレイ家の話はここまでにして……いや、そんな不服そうな顔しないの、他にもしなくちゃいけない話あるからね?』
『そうですね。では、次のコーナー……』
『あからさまに調子が落ちるねー……』
この後、番組はくそつまらない順位予想をしていた。
「それで、優勝する目算はあるの?」
その順位予想を見て、アンナリナがそう尋ねる。下馬評では俺は五位から三位のどこかに入るだろうと予想が立てられている。一位は前回優勝者にして四天王の一人《
「さあ?」
肩を竦める。リナの目が剣呑なものになる。
「さあ、じゃないけど。貴方、これで優勝しないと色々問題なのは認識してる?」
「してるよ」
牛乳を飲みながら答える。
「……貴方と私は隠れて半年間交際していた──ことになったのはわかっているよね? そうなった理由は貴方がオーレリウス公国の宝剣、王剣デリングに選ばれたから」
「わかってるよ。未来の王を選ぶ太古の宝剣だろ」
王剣デリング──由緒正しいオーパーツ。かつて世界の危機を救ったとされる伝説の英雄ヘリャル・アイン王の愛剣。彼は伝説においてこの聖剣を手にし、冒険しながら世界を救い一国の主となった。
その伝説に曰く、デリングは未来の王を示すという。
隣国の帝国貴族の俺がそれに選ばれたのは、ただの火種でしかなかった。
「私の恋人だったっていうことで、国民は多少落ち着いてる。……けどそれも限度がある。都合の悪いことに、貴方は軍学生だった」
それも軍人の花形である魔道士兵、中でも一騎当千の強者のみが選ばれる《魔神将》の候補。そんな評判のウィルフレッド・スレイだ。戦闘能力に注目が集まるのは致し方ないことだった。
無様を見せれば社会的に殺される。
「アンナリナと仲が良くて、王に相応しい実力があること。わかってるよ。大事なのはこの二つ。前者はリナが頑張ってくれるとして」
リナの怒気が表出する。仮にも恋人に向ける形相じゃない。
「悪い、冗談。実力が俺の場合、戦闘能力になってると」
「次、そのタチの悪い冗談口にしたらぶん殴るから。……それは私が領主の娘ってこともあるけど」
「リナのせいじゃん」
「一昨日来る? 全部《バクレハスト》のせいよ」
軽口を叩いたら雷撃が飛んだ。とっさの接地魔術で事なきを得たが、拳じゃないのか。
「結局、目的はなんだったんだろうな」
話題転換を試みる。リナは俺を一度睨む。
「宝剣の奪取ってことは判明してる」
「テロ時──《バクレハストの乱》時に一般市民との交換を要求したんだっけ?」
「そ。けど、それだけ。そもそも《バクレハスト》なんて組織、あの時初めて聞いたし、あれ以降全くの音沙汰が無いのよね」
ヂューと、リンゴ酢飲料を飲みながら、リナは苦い表情になる。
《バクレハスト》がしたことは宝剣奪取のためにテロを起こした。それだけだった。
初めて存在を表したテロであれだけのことを行い、あまつさえ《零落剣》を雇っていた組織。事件後、ヘリャル・アインを信仰する「王の暁」教団の過激派──通称聖戦派が、再びのテロをちらつかせ宝剣を要求する声明を出したが、過激派に《バクレハスト》との繋がりがあるようには見られなかった。
「聖戦派からのメッセージに《零落剣》を示唆する単語が無いのが謎だな。あの声明にも、軍への要求にも」
世界最強の一人、《零落剣》のネームバリューは絶大だ。世界に本腰を入れられるのを避けるために伏せていたのかもしれないが、《零落剣》を用意できるだけの何かしらがあるのならば、世界を敵に回しても勝算があるはずだ。公国に《零落剣》の手札がバレている以上、声明ならばともかく、軍に直接送った要求にもそれを使わないのは下策だろう。
「ま、つながりが無さそうなら、応じる必要は無いか。応じるのは《零落剣》が出張ってきてからで良い」
「……。その方向で話は進んでいるわ。《零落剣》がいるかもしれないのなら、相対的に他の組織への警戒度は落ちるって」
当然だ。十把一絡げの有象無象など意に介すまでもない。
《零落剣》──世界最強の一人との敵対は天災に等しい。魔境から離れ弱体化したとはいえ、それでも天災扱いされる魔神を一太刀で葬った実力は人間ではない。人の皮を被った化け物と陰口を叩かれる古き貴族でも、降りた魔神を一撃で葬ることは不可能だ。
天災への対処を疎かにしてまで、人災に向き合う必要は無い。
「退屈そうね。《零落剣》にリベンジしたいの?」
リナは意図の読めない言葉で尋ねてきた。
「リナはしたいの?」
「したいわ。けどそれは数年後……いえ、一番早くて十年後ね。今も数年後も、勝てる気はしないから」
「──。まぁ、まだ勝てないわな」
とはいえ今でも負ける気は無い。
みたいだ。リナの目には怖い気迫が満ちている。
「勝算ができるのは大ケガせず、順調に経験を積んでの十年後が最速だろう。向こうが経験を積むのも加味して」
「なんだ。貴方もその目算なんだ」
リナはやや驚いたようだった。珍しく目が丸い。
「俺はこれでも天才だぞ。その程度の目算は立つよ」
「じゃあ、どうしてそんな退屈そうなのかしら?」
やることはたくさんあるんだぞ、という言外の圧。やる気を見せろ、あるいは当事者意識を見せろ、という当たりか。
「退屈にもなるさ。聖戦派ができるのはテロだろ? 仮に起きたとして俺が巻き込まれることは確実だが、俺の出番が無いことも確実だ」
というより、あってはならない。あった場合、公国の威信に関わる。
「……そうだけど」
リナは深い溜め息を吐いた。
「そんな言葉、聴きたくなかったわ」
当然だろう。俺も仕事の同僚から、意気込みに欠ける言葉なんぞ聴きたくない。
「悪いとは思うよ。だから、まあ、学生がすべき範囲のことはこなすとも。
──決勝かな、キミを組み伏せるのは」
ベッドの上じゃないのが甚だ残念だ。
/
爆発した髪を手櫛で梳かす。
「おはよう。……ウィル、今日は遅く起きたのかな?」
「おはよ、シャロ。雷に打たれた。そろそろ治る」
部屋を出ると女性……背の高い少女、シャロがいた。
「またリナの逆鱗に触れたのか。懲りないね、君は」
白髪に琥珀色の瞳。制服はスカートではなくパンツ。第一印象は俗に言う王子様系で、すらりとした高身長と長い脚が魅力的だ。白い手袋をしているのが拍車をかける。
「朝っぱらから性的な話題を振られたのよ。それでレッドカード」
「ウィル。婚前交渉はダメだよ?」
「弁えてるよ。だから触れてない」
リナとシャロの目に非難の色が過る。リナは汚物を見るように、シャロは苦笑するように。
シャロ。シャーロッテ・アルハンコ。彼女は公国領主令嬢アンナリナ・アウレリースの学園内のボディガードであり、リナの気の置けない姉貴分だ。
「リナはお姫様なんだから、もう少し上品な言葉を使おうよ」
「いや、結構遠回しだよ。胸元に視線がいったり、キミを組み伏せるとか言ったりした程度だ」
「ウィル。イエローカード」
「……」「……」
リナの目つきは剣呑だ。国民的美少女がしていいものじゃない。
俺が肩をすくめてみせると、シャロは苦笑した。
「歯が浮きそうなセリフだ。君ほどのイケメンじゃないと許されない類だね」
「だろ、レアだぜ」
「ごまかすにしても、他の方法にするべきかな。ここは舞台じゃないんだ」
「……そっかぁ」
「そうだね」
シャロの苦笑はもう見慣れたものだ。見慣れたくなかった。
シャロは俺の耳元に口を寄せて。
「リナは潔癖だからね。あまりからかわないように」
「前向きに善処するよ」
可愛いので約束しかねる。
何となく察したのだろう。シャロはすっと身を引くと「そういうところだぞ」と言ってリナをそっと抱きしめた。「狼な男って怖いねー」と俺へのからかい混じりにリナをなだめる。
「そうだそうだ。だからあんまり下半身に悪いスキには気をつけてくれ」
「これイエローで良いね?」
「良いんじゃない? あんまりに鳥だからチキンにしちゃって」
魔法の雷が跳ねる。ついでに俺の髪も跳ねる。
狙ったのだろう。俺の髪はモヒカン、鶏のトサカのように逆立った。
「いや、これはダメだろ」
人様に出せる面じゃない。魔術で髪を湿らせ魔法で乾かす。手櫛の二回ほどして整える。
リナとシャロは感心したような、呆れたような表情だ。
「なに?」
「ムダにスマートな技術のムダ使いだなって」
「どうして能力と行いが吊り合ってないのかなって」
酷い言われようだ。否定できないあたりが特に。
「能力で性格が変わって堪るか。見え方はともかく」
「それもそうね。変わったよう、とは言っても変わったとはそう断言しないもの」
「急に知性を上げないで。……そろそろ時間だね」
行こうか、と言ってシャロはリナの隣へ。従者らしくやや後ろへ。
「ん」
「はいはい」
「……」
「ハイ」
腕一つ分の隙間を空けて待機。そこにリナのたおやかな腕が滑り込む。
するとあら不思議。気品溢れるハイソな美男美女バカップルの出来上がりだ。
「完璧かしら?」
「お似合いだよ」
「リナの顔が俺に吊り合うようでなによびりりりりり」
「……懲りないね、君は」
組んだ腕におっぱいが押し付けられねえかな。