テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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18.タソガレを進む

 

 

 

 

 気圧差に顔をしかめながら、ウィルは拘置所を後にした。シャロのいた拘置所は危険度の高い魔道士が収容される施設であり地下深くに建設されている。

 

「お。ウィル君、こっちこっちー」

 

 新たに配属された護衛が車の前で手を振り、そして駆け寄ってきた。

 

「どうだった? シャロちゃん元気だった?」

「元気そうでした。次は髪の脱色剤でも持って行ってやろうと思います」

「凄い。お洒落ちゃんだ」

 

 そう語る護衛の髪色もなかなかにファンキーだ。赤、青、白、黒の斑模様。根っこが黒いので地毛は黒なのだろう。

 

「二昔前のセーターみたいな色合いの人に言われても。良い脱色剤知ってます?」

「知ってるよ。けど君、割と軽口するね。テレビだと愛想笑いの無愛想極まってたのにさー」

「面倒でしょ。付き合いが長くなるかもしれない相手に取り繕うのは」

「──いいね。人に懐かない猫が姿を見せているプレミア感がいい」

 

 護衛に選ばれた人物は元々ウィルに対して好意的な人物だった。

 シャーロッテの報告からウィルが友好的な人物に対してはそこそこまともな対応をすることは知られている。舐めた軽口が多いことも。

 

「爪や抜け毛には充分注意してくださいね」

「当然。このセーターは一張羅だからな」

 

 一つしかない命だ。今世紀最大級の厄ネタと関わる以上、手抜きなどしない。

 

 口も態度も悪いが規則には従順なお貴族様を後部座席に乗せて護衛は車を走らせる。

 

「しかしまあ、そろそろ一週間にもなるのに、皆飽きないねえ」

 

 ラジオから流れる声のほとんどが「白昼の人狼事件」に関するものだ。テロ後に病院を襲った暗殺者については現在進行形の話であり、その容疑者の危険性から番組のタネにはし辛い。その点、人狼事件は一人を除いた全員が捕まった既に終わった事件である。

 犯人の処遇についても好き勝手に議論できる。風に見せている。

 

 主な話題はシャーロッテ・アルハンコ──魔神相当の「忌憑き」の処遇についてだ。

 魔神の生態に詳しい研究者は即刻処刑するべきだと叫び、魔神の脅威を知る軍人は魔境の第一線で運用すべきだと言った。魔神を知る者は絞首台か死地に送るべきだとしている。

 一方で魔神を知らない者や、あの場でシャロに助けられた者達は減刑、抒情酌量を求めた。実際にシャロは脅迫された被害者でもあり、協力する一方で死者を出さないように努めたことは確かである。忌術を使用した立案者の残虐性を鑑みるに、シャロの働きかけが無かった場合、未曽有の被害が出たことは想像に容易い。

 

「つくづく思うが、魔神相当(・・)ってのが厄介だよな。魔境は確認されてないが、魔神に共通する生態があり、いずれは魔境を構築する──かもしれないってのは」

「生態については伏せられていますよ」

「おっと」

 

 問題は魔神と同じ生態を持つことだ。

 これがなければ話はまだ楽だった。様々な拘束術式を施し軍部と魔神将に管理させれば、超法規的措置もそこまでの反発は無い。あったとして利権絡みの政治家である。

 

 反発があったのは肝心要の真相を知る軍上層部だ。彼らほど魔神の脅威を熟知し、魔神将のデタラメさを理解している者はいない。だからこそ魔神相当の「忌憑き」の即時処刑を強く望む者がいる。

 

「つってもこれまで管理できていたんだから、普通に罰則を降してそのまま軍部預かりでも良いだろ」

「多分そうなりますけどね。脅迫のネタが流出している可能性があるので、何かしらの対策が立つまでは時間稼ぎをしますよ」

「あー……、確かになぁ」

 

 言いつつ、護衛はウィルの評価を上げる。

 この事件の今後の動きは護衛も把握している。公国は国民にシャロの存在を認めさせ、対魔神の切り札にするつもりだ。ウィルがこの動きを把握しつつも、その理由までは知らされていないことも。

 

(多分、他の理由も気付いているな)

 

 バックミラーでウィルの顔を確認する。目が合った。

 こうして直接会ってわかる。整い過ぎている容貌もそうだが所作も怖い。訳もなく観られている(・・・・・・)という感覚がある。

 

(おー怖い怖い)

 

 だが言及はない。つくづく大人しい獅子を相手にしている気分だ。

 

 

 

 

 

 

「ええ。ですので、スレイ家の秘術の一つを開示します」

 

 いつかどこかの密談で魔女は告げた。

 

「獣の首輪──と結ぶ術式です。こちらを貴方方に開示します」

 

 ドサリとデブラの前のテーブルに置かれたのは鈍器そのものの紙の束だ。

 ただ紐で結ばれただけのそれは一般人にとってちょっとした凶器であり、魔道士にとっては甘美な致死毒だった。解析にかかる費用で何人の平民の年収になるだろうか。出版されているスレイ家の秘術を趣味で研究している魔道士は百人を超えると悟ったあたりで賢明にも計算を打ち切った。

 

「罠だ。他国の貴族に我が国の兵の命を預けられるものか」

「でも殺すのでしょう?」

「当然だ。二度も裏切る兵は兵ではない」

 

 公国軍大将の一人、フォッセルが静かに、けれど極めて強く言い切った。

 

「フォッセル様のお言葉とあれば、恐らく正しいのでしょうね」

 

 並の人間であれば気圧される視線を受けて魔女は楚々と笑う。

 

「私は研究畑の人間でして、人狼──失礼、彼女の二度の裏切りがどうまずいのか、いまいち理解できておりません。結局、助けたのですから良いではありませんか」

「作戦の外の裏切りであるからだ」

 

 軍部の悩みどころはシャーロッテが敵の作戦中とはいえ私情を優先し動いたことにある。

 市井ではそれだけアンナリナを慕っていたとしてプラスに働いているが、軍部としては最も信用できない動きだ。

 

 軍の作戦中は特殊な状況だ。信じられる秩序は自軍のみである。仮に目前で命乞いをする一般市民がいようと殺さなくてはならない。便衣兵であるかもしれないからだ。人を殺したくないと、私情を優先する者は邪魔でしかない。そのせいで隣の友が殺されるかもしれないなどたまったものではない。

 

「作戦の内であるならば構わない。むしろ評価しよう。そのタイミングで、多くの者から恨まれる瞬間に、裏切るのであれば評価する。──首輪は着けるがな」

 

 シャーロッテがアンナリナを助けたのは衝動的なものだ。

 であればまた、衝動のまま、裏切ることもある。

 

「彼女の裏切りは違う。エンタメとしては拍手喝采だが、衝動に任せて作戦中に好きに動くなど害悪と言う他ない」

 

 軍部が魔神相当の人狼を許容できたのは、シャーロッテが極めて従順で争い事に向かない性格をしていたからだ。矯正することなく、ただ実力を伸ばすだけの訓練を許していたのもそれが大きい。

 

 デブラは同席のリーヌスに視線を向けた。

 

(話と違いますが)

(私も面食らっている)

 

 味方であるはずの公国領主は動けない。密談の場とはいえ他国の貴族に肩入れすることはできない。

 リーヌスとデブラの繋がりを知る宰相が口を開く。

 

「だから殺すと。市井では既に許容の方へ向かっていますが」

「これが只人であれば刑務に服する姿勢次第で復帰させますがね。魔神相当ともなれば割に合わない」

「彼女を服役させれば良いではありませんか」

「万が一に抑えられるのか? そもそもそれに備えるコストは? 敵国への備えであれば今のままでも易々と負けることはない」

「……大将殿には我々のこれまでのコストも考えて欲しいものですが」

 

 助け舟のはずの宰相も撃沈された。

 

「フォッセル大将。ではこれまでの会議では嘘を吐き続けていたと?」

「それについては後ほどいかような処分でも。公国貴族の術式ならばともかく、帝国貴族の術式とあれば反対するほかありません」

「あくまで参考にするだけですよ」

「どれだけのコストがかかると思っている」

 

 護衛の魔道士はそうだそうだと頷いた。

 フォッセルは密談の面々をぐるりと見渡す。

 

「それに公国の貴族に任せれば良い話でしょう。なぜ帝国貴族をいれるんです」

「ウィルフレッド・スレイがアンナリナ様の婚約者であるからです」

 

 醒めた目でデブラはフォッセルの疑問に返す。

 

「ウィルフレッドの婚約者が懇意にしている人物でなければその生死など我々スレイ家は問いません。むしろウィルフレッドを瀕死に追いやった魔神として処刑を望みます」

 

 ちらりと公国領主へ眼を向ける。

 

「懇意にする人物の得難きことは皆様ご承知のことでしょう。ですので、スレイ家はシャーロッテ・アルハンコの助命を望むのです。そのための協力は惜しみません」

「答えになっていないぞ、帝国貴族。裏切りのリスクを負ってまで貴方方の術式を参考になどするものか」

「こちらは孫の命が懸かっております。誠意ならば黒き者の一件でお見せしたはずですが」

 

 フォッセルの眉間に皺が寄る。

 リスクとコストとリターン。悩ましいことにそれぞれが高く、どの事象を重視するかで価値が変動する。

 

 確かに、密談の前の会議ではシャーロッテの助命に最後の最後には賛成した。スレイ家の術式を参考にすることもだ。リスクは高いが、魔神相当の実力者を抱え込めるリターンは大きい。管理監督にしても実績はある。不安要素をひとまず棚上げにできるだけの説得力がある。

 

 だが──。

 

「信用ならん。ああ、貴方方が公国の貴族ならばいかな煮え湯も耐えよう。だが貴女は違う、貴方方は違う。他国の古き貴族は信用ならん」

 

 大将、と諫める言葉にも黙する。

 

 黒い髪、白い肌。一世紀近くを生きる妙齢の美女。美しい、魔性の女。

 《逸漆呪(テクスカース)》デブラ・スレイ──実際に会ってみて実感する。

 

 この女は油断ならない。恐ろしい魔道士だ。

 そもそもが規格外のウィルフレッドとは異なる異質さ。よく見る手合いだ。何重にも手管を張り巡らす策略家。こうした手合いとは付き合うべきではない。

 特に、この場で真っ向勝負を仕掛けても平然と対応できる手合いとは。

 

「……困りましたね」

 

 本当に困り顔でデブラは悩む。だが本当には困っていない。

 どうせまだ手札はあるのだろう。フォッセルは一人、使命感のまま自身の選択に確信を持つ。

 

 ひとしきり悩んだ後、デブラは密談の場の結界の支配権を奪取した。

 

「──は?」

 

 護衛の魔道士から間抜けな声が漏れる。

 臨戦態勢のフォッセルが発射直前の魔術をデブラに突きつけるのは同時だった。

 

「貴様──何の真似だ!?」

 

 暗殺に身構えながらフォッセルは魔力障壁のみを纏うデブラに叫ぶ。

 

「実演です」

「実演だと!?」

「ええ」

 

 いっそ優雅に魔女は脚を組み、ソファにもたれかかった。

 

「私はスレイ家で最も非才です。ウィルフレッドは言わずもがな、息子のコンラッドも孫のエメラインもそれぞれ同時期の私を凌ぎます」

 

 結界が変質する。機能はそのままにディスコクラブよろしく発光を始めた。

 

「ポールソン! 何をしている、早く取り戻せ! 貴様の結界だろう!」

 

 ポールソン──護衛の青年は焦った顔で術式を走らせている。だがそのどれもが異なる既知の方法で迎撃されていた。スレイ家の魔術ではない。

 

「ムリです大将──」

 

 そう泣きそうな声で告げた直後に元通りの結界がポールソンに返された。

 

「まず、貴方方の研鑚を賞賛いたします。我々とは異なる、術者の能力に依らない汎用性を極めた術式群。その発想は当家に無いものです。ええ、より多くの者に勝負の席に着く権利を与える──素晴らしいものです。

 この評価に異を唱える者はスレイ家にはいません。ファーディナンドもよく使っていたでしょう。労力に見合った出力と言う点で、貴方方の用いる術式は当家を凌ぎます。

 ですが──」

 

 ぐにゃりと、空間が歪む。

 フォッセルが即座に待機させていた魔術を発動させ高温高圧の流体をデブラに撃ち込むが、流体は歪む空間に沿ってデブラの前で円を描いて対消滅した。

 

「貴様……!」

「出力の最大値は当家が勝ります。フォッセル大将、よくお考え下さい」

 

 貴族の多くは優秀な魔道士であり、古き貴族は強力な術式を有する強力な魔道士である。魔神に抗う、魔神を倒す。その一点に重点を置いて魔道士は育成される。多国との戦争も考慮されるが、使う術式は同じであり、異なるのはその運用方法である。

 

 スレイ家もその例に漏れない。彼らは魔神の討伐を命題としている。

 だが方法が異なる。他の古き貴族とは異なり、彼らは確実に倒せる火力を追い求めるのではなく、どんな魔神も封殺する術式群を探求している。

 

「──ただの金持ちの研究が、スレイ家の研鑚の結実に勝るとどうして思いあがれますか」

 

 スレイ家の異質さは独自の術式群にある。

 使えば倒せるのではなく、上手く組み合わせれば封殺できる。どんな魔神であろうと完膚なきまでに滅ぼすことができる、その存在の一片たりとも許さぬ殺意──害意。

 

 歪む空間に脳が酔う。護衛の青年が地面に膝を着く。認識が狂っている。だが肉体は無事である。その不可解な現象に吐き気を催して。

 

「戯れが過ぎる」

 

 黒が閃く。歪む空間に幾筋もの黒い直線が走り、何事も無かったかのように空間が元に戻った。

 

「…………リーヌス様、もう少し早く……」

 

 長く体を鍛えていない宰相がソファに掴まりながらぐったりとしていた。

 平然としているのはリーヌス、フォッセル、デブラの三人だけだ。

 

「すまない、宰相殿。いかに得意な光学系とはいえ後手の構築だ。これ以上早くはできない」

 

 気遣わし気な領主とは別に大将は不機嫌そうにポールソンを見ていた。

 

「……ふん。情けないな、ポールソン。魔境に潜り直したらどうだ」

「…………勘弁してください」

 

 デブラは組んでいた足を置き、楚々とした佇まいに戻る。他国の重要人物たち相手にこの胆力は頭がおかしいと評する他ない。

 

「デブラ殿も意地が悪い。わざわざ私の得意な光学系の魔術を使うとは」

「光学系か、あれが」

(光学系? あれが?)

 

 ポールソンは絶句した。確かに現象としては光に干渉する魔術だ。だからおかしい。光に干渉する魔術でフォッセルの放った高温高圧の流体は防げない。

 

 摩訶不思議な魔術を行使した魔女は澄ました顔で淑女らしくしている。

 

「ええ。詳細は伏せますが基本は光学系です。

 そして、非才の私に封殺されたフォッセル様におかれましては、いかに当家が魔術の極北を行くか体験していただいたかと存じます」

 

 あの後、フォッセルは追撃をしなかった。

 理由は二つ。一つはリーヌスが光学系に秀でていること。魔道戦において専門分野以外の土俵で戦うことは悪手である。光学系が専門ではないフォッセル自身が動くよりも、リーヌスの援護に回った方が勝算が高い。

 もう一つは単純に、嫌な予感がしたから。

 

 不機嫌極まるといった表情でフォッセルはソファに浅く座っている。

 

「この術式はスレイ家の結実の一つです。人狼を封殺する術式──数ある内のその一つ。先も言いました通り、当家は貴方方の研鑚を非常に高く評価しています。だからこそ汎用性を切り捨てました」

 

 語る言葉は真実だ。

 古き貴族の保有する術式の傾向として汎用性は無い。高い魔道資質を持ち、幼少から体と頭を慣らしてようやく発動できる。ただ高い効果をもたらすことに終始した自国に忌術として指定されていないだけの危険な術式だ。スレイ家の術式群もその例に漏れない。

 

「究極の一を縛るために、数を揃えることを重視した術式は不適切でしょう。魔神の討滅、封殺を目的とした当家の術式は魔神を縛るに相応しいと自負しております」

 

 フォッセルは口を挟まない。演出が効いたのだとデブラはとり、言葉を続ける。

 

「再び言いますが、アンナリナ様の従者でなければ当家はどうでも良いのです。帝国としても周辺国が魔神に関わる不安要素を抱えることには難色を示しています」

 

 帝国は「スレイ家が関わるならば支援する」というスタンスだ。主導権を握りたいという政治的な理由もあるが、それ以上に魔神は脅威である。魔神を縛るという一点において、スレイ家ほど適性のある古き貴族はいない。

 帝国のスタンスはこの場の誰もが共有している。先ほどのフォッセルはその上で帝国貴族のリスクが上回ると判断し反対していた。

 

「本当に、当家はどうでも良いのです。むしろ魔神の死は喜ばしい。その上で当家はシャーロッテ様がウィルフレッドに関わりがあるというだけの理由で帝国を説得し、この場にいます。

 ──これでも充分に譲歩し、骨を折っているのですよ? 政治的な理由で忌避されないよう、術式の改変を許可し運用を委ねる。そして求められない限り意見はしない」

 

 魔女が語る。

 二十世紀の研鑚を繋ぎ続けた末が語る。

 楚々とした佇まいはそのままに、満面の作り笑いで本心を吐露する。

 

「ただの金持ちに、当家の研鑚を委ねる。

 これがどれほどの屈辱か、貴方方に理解が及びまして?」

 

 魔神を抱えるリスクを負いたくないから殺す。だからスレイ家の術式は要らない。

 というのならば構わない。それでこの密談が破談になるならば納得できる。婿にやるウィルフレッドも安心だ。孫の知人が死ぬことは悲しいが、孫の安全には変えられない。

 

 だが──政治的なリスクで拒否することは許し難い。

 

「フォッセル大将」

「……何ですか、リーヌス様」

「スレイ家に他の意図はないと私は考えていますが、どうですか」

 

 フォッセルは苦い顔のまま黙り込んだ。

 確実に本心だろう。語るセールスポイントは一貫している。それに術式の一つと言っているが、スレイ家が出版している初歩の術式とは異なる秘奥だ。

 多大なリスクとコストを負っていることは確実だろう。

 

「……わかりました。ここまでの誠意を見せられては信じるほかありません」

 

 公国軍大将はスレイ家の申し出を受諾した。

 

 

 

 

 

 

 その拘置所はシャーロッテが収容されていたものよりも簡素だった。広い敷地内の私道を車のまま行き、着いた先で一人の警備員に面会室へ案内された。

 

(ついてくんな)

(主人には侍るものだろう? さすがにまだ実体を持てない以上、口は挟まないさ)

 

 持っていた宝剣は当然預けられたが、デリングはそのままウィルについていった。ウィルは不満気に眉間に皺を寄せたが、どうすることもできないのでそのまま面会室へ入る。

 

「久しぶりだね、ウィルフレッド君。少し痩せたかな?」

「親子だな、出迎えの言葉が良く似ている」

 

 スティグは虚を突かれたように目を瞬かせた。

 

「そうか。シャロに先に会っていたのか。元気だったかい?」

「不満は髪の脱色ができないことだけらしい。何だかんだ楽しんでいるようだ」

「あの子らしい。次に会うことがあるなら、何か甘い物を持って行ってあげてくれないか」

「ブリーチ剤と一緒に持っていこう。おすすめある?」

「包装や見た目が可愛いものがいいね。リナちゃんが詳しいよ」

「なるほど。起きたら訊こう。あと、リナの容体は安定しているよ」

「……そうか。目覚めたら僕が謝りたがっていると伝えてくれるかな」

「伝えておくよ」

 

 一息に気になる話題を共有する。

 スティグに敵意は無いからウィルフレッドも敵意は無い。

 

「事件のことでいくつか確認しておきたいことがある」

「あらかた調書に書かれている通りだよ。僕らはシャロの真実と肉親を公表すると脅され、彼らを手伝った。リナちゃんも本来はうちの隊員が捕らえる予定だった」

 

 それを雇われの暗殺剣士(キリシマの血族)が台無しにし、リナに生死の境をさ迷わせている。

 

「主犯はフリーバリ神父だが、実質的な指揮はダラフェイ・レオナフが取っていた。あのキリシマの剣士は彼の手引きらしい、とされている」

 

 誰もキリシマの剣士のことを知らなかった。問われた皆が瀕死のリナは捕えに行ったアルハンコ隊員のものか、荒くれ者の傭兵だと勘違いしていた。そのキリシマの剣士にしても依頼人のことは何一つとして知らず、そもそものダラフェイは行方不明という始末だ。

 

「どうあれ黒幕はダラフェイ・レオナフ。というのが貴方達の見解か」

「十中八九そうだ。どうあがこうとフリーバリ神父は黒幕にはなれない」

「過激派の修道騎士を率いていたのは?」

「フリーバリ神父は穏健派だがその中枢とは程遠い人物だ。仮にもっと権力を好む人物であったなら、僕らを脅し切れるほどの過激派の修道騎士を集めることはできない」

 

 フリーバリ神父のいた穏健派は公国における最大派閥だ。権力を目的として動いていたなら、そもそも零細の過激派に与する必要はない上に、過激派の修道騎士の信用を得ることはもっと難しかった。

 

「ふうん」

 

 つまらなさそうにウィルフレッドは相槌を打つ。調書そのままの内容だった。結局どこまで行っても権威の話である。

 

「想定外は剣士と忌術だけか」

「そうだね」

 

 ガラス越しのスティグは穏やかだ。拘置所に入っているというのに、憔悴した様子はない。

 

「二重スパイだろ、貴方は」

「ああ。結果的にそうなってしまう。だけど、どうしてそう思ったんだい」

 

 穏やかにスティグは微笑み、ウィルフレッドに続きを促す。

 

「まず、戦術は正しいがリスクの割に手緩い。一番は首謀者の意識だが、次に貴方が俺を撃たなかったことが論外だ。魔神相当の実力者を捕まえるなら貴方の腕が一番必要になる」

「魔神討伐の功労者に下手に武器を与えることを避けた、とは考えないのかな」

「その程度のリスクを背負えないのならそもそも魔神には挑まない」

 

 魔神はあらゆる生命の上位互換である。高い基礎スペックに無法そのものの特異な魔道資質。ウィルフレッドのスペックは魔神に劣るが、できることは同じであり、シャロがウィルを殺せない以上は当時のテロリストとの戦力差は魔神戦と変わらない。

 あの場でその事実を把握できたのはダラフェイとスティグである。

 

「次にテロに加担することのリターンの少なさだ。シャロが魔神に成り得る忌憑きであることをネタに脅された時、最悪のパターンはテロリストの庇護下に無い状態で脅迫のネタをばら撒かれることだが──」

 

 その場合、十中八九シャロは処刑されていた。

 忌憑きも魔神も恐ろしい。両方とも社会では疎まれている。個人として相対した時、暴力で敵う存在ではないからだ。その両方の存在であるシャロなど、近しい人がいくら無害を訴えたとして処刑を望む声が止むことはないし、公国政権に敵意を持つ者は特に煽り続けるだろう。

 

「──そのリスクはテロに加担しても変わらない。国の処刑が軍の武力行使に形を変えるだけだ。シャロの血縁を守るにしても、テロに加担した以上はすぐに国に保護される。貴方達への人質として」

「そうだね。だからあの後、後処理に追われる軍の目を盗んで修道騎士の一部を借りて彼らを浚う予定だった」

「……それ、調書には無かったが」

「万が一の計画を漏らす訳にはいかないだろう」

 

 語る顔は穏やかで、その目はどこまでも据わっている。

 

「君は良く思い知っているんじゃないかな。何の備えもなく信用できるものなどないことを」

「……」

 

 過去に学んだ記録が語る。スレイ家の次期当主としての教育がスティグの言葉を真実であると裏付けている。

 国がいつスタンスを変えるかはわからない。陰謀がいつ自身に牙を剥くかはわからない。

 

「……そうだな。異論は無いよ。それにその計画は本筋とは関係のないことだ。わざわざ記す必要もない」

 

 事務的に受け流す。ささくれ立つ内心は努めて無視する。

 無視して、据わり切った目を前に余計なことを口にする。

 

「だが、貴方の存在は逆説的だな。今後はそう断言すべきではない。少ない、と言うべきだろう」

 

 変化は顕著だった。穏やかな笑みが一瞬の間の後に驚愕に変わる。スティグは視線を下に落として、改めて少し考え込んで。

 

「……君、実は優しかったりするのかい」

「まさか。余った善意だ」

 

 余計なことを言ったと後悔して気を取り直す。

 

「まあ、考えるきっかけは貴方が俺を撃たなかったことだ。次はネタの内容を知って、テロに加担する意味が薄いと感じた。そしてそもそも、軍部が裏切りへのカウンターを用意しないはずがない、という推定。

 だが、そうであるなら軍部の動きが遅かったことが不可解だ。魔神という爆弾をこうも粗雑に扱うことがあり得ない」

 

 光を呑む黒い瞳がスティグを映す。動揺は一切ない。むしろこの推論は当然だとも言いたげだ。

 

「陰謀論めいた雑な予想で嫌になるが、今回の騒動はシャロの真実を公国民に受け入れさせるためのパフォーマンスじゃないのか」

 

 それも相当個人の意思が反映された内容だ。仮にこれが事実であるならば、絵図を引いたのは眼前の狙撃兵だろう。まともな人間は檻の中であっても魔神を動かすような計画は立てない。

 

「僕が漏らしたのは神父が最終的に腰を落ち着ける場所だ。それ以上は何もしていない。強いて言うなら後の誘拐を理由に手を抜いたくらいだ」

 

 告白はあっさりと成された。外の情報は聴いているのだろう。公国民は順調にシャロという魔神相当の忌憑きを受け入れ始めている。

 

「ただ、シャロ自身はパフォーマンスだとは知らない。知っているのは僕とリーヌス様だけだ。軍も彼女も過激派を一網打尽にするためとしか聴いていないから、こればかりは黙っていて欲しい」

「おい」

「頼むよ。親心だ」

「だったら否定しろ」

 

 何のために雑な予想であることをアピールしたのか。苦い顔になったウィルは話を聴いているであろう一人の看守に目を向けて。

 

 その青い瞳に背筋を凍らせた。面会室に殺意が満ちる。

 

「お前──」

「元気そうで安心したぞ、ウィルフレッド・スレイ」

 

 ウィルは男に向ける指先に熱を集中させる。瞬く間に赤は青く輝き──

 

(なんと、そこまでする相手か)

 

 これまでずっと黙っていたデリングの言葉を後ろに──この場にいてはならない人物へ放たれた。

 

「が、まだまだ遅い」

 

 熱が凍える。青は輝きだけを残して消滅した。高温高圧高速で放たれた架空物質の流体は難なく防がれた。

 ウィルの放った魔道は間違いなく致命の一撃だ。防げるものではないし、そもそも反応できるものでもない。

 

「正確には三重スパイだ。しかし、こればかりは君以外には誰にも言えない」

 

 殺気立つ将来の魔神将と剣を携えた世界最強を前に、スティグは平然としていた。いつ殺されてもどうしようもない状況の態度ではない。

 視線を寄越さないまま眉間に固定されるウィルの殺意にスティグは動じない。

 

「……実は外患誘致でしょっぴかれただろ」

「残念ながら繋がりはバレていないし、僕は《バクレハストの乱》とは無関係だ」

 

 何なら本気で鎮圧しにかかった側だ、とスティグは肩を竦めてみせた。弛緩し切っているスティグの態度にウィルの殺意が緩む。

 

「なぜバラした」

「気付いたのは君だ」

「すっとぼけんな。三重スパイだよ」

「彼が気付かせたからだね」

 

 飽きたのだろう。青い瞳の男──セオ・ルーチェスはそれまで被っていた制帽を脱ぎ、面会室のもう一つのパイプ椅子を広げて座った。

 敵意の無いことの表明だった。

 

「剣の魔神が目覚めた以上、俺の目的は達成された。これ以上、君に求めることはあれど、強いることはない」

 

 青い瞳がデリングを見据える。その動きを見て取ったウィルは頬を引き攣らせた。

 

「何が目的だ。どこを目指している」

「王権の樹立だ。これでも王の暁教団の出身でね。触発されたのは数年前だが心地よい時間だ」

「ご主人、なかなかに筆舌に尽くしがたい顔になっているぞ」

 

 見られていることに気付いたデリングがニヤニヤとした顔でウィルの視界に映り込む。

 筆舌に尽くしがたい顔でウィルは不貞腐れた。敵意が皆無の零落剣が憎い。

 

「ルーチェスさん、私には見えませんが仲は良さそうですか?」

「当然だが魔神は彼を気に入っている」

 

 ウィルは不貞寝したくてしょうがなかった。あからさまによろしくない計画に巻き込まれている。それも世界最強の一人が関わる事柄だ。波乱が約束されている。

 

 青い瞳が黒い瞳を捉える。

 

「害する気はない」

「こころづよいね」

 

 今すぐに帝国の実家に引きこもりたくなった。

 

「魔神の確認は済ませた。目的も明かした。あとは口止めと渡しておく情報がいくつかある」

「三重スパイは聴かなかったことにする」

「よろしい」

 

 誰にも悟られない変装ができる相手を敵に回すようなことはできない。それが世界最強となればなおさらだ。セオはその気になれば容易く国の一つは崩すだろう。

 

「『悪しき杖(ワースワンズ)』が君を殺しに来る。少なくとも嫌がらせはする。君に近しい人を殺すだろう」

 

 すとん、とウィルの表情が抜け落ちた。黒い瞳がセオを見据える。

 

「滅んだんじゃないのか」

「設立者が生きている。その者はファーディナンド・スレイを憎んでいる。八つ当たりだ。ダラフェイ・レオナフを名乗っていた男は、小遣い稼ぎに君とその婚約者を殺す予定だった」

「どこにいる」

「どこかに。彼らは手慣れているが君を殺しに動くだろう。上手くやれ」

「貴方が護ってくれないのか」

「君が殺される訳がない。他の誰が死のうと、君は生き残る」

 

 凍える男が酷薄に告げる。さも事実であるかのように。

 

「死にかけたぞ」

「だが死んでいない。俺が助けるまでもなかった」

 

 事実としてウィルは死ななかった。魔神相当との一騎打ちは死だ。シャロに殺意がなかったとはいえ、瀕死に追い込まれ魔物に襲われてなお生きていることは難しい。

 常人はあの場で死ぬ。生き延びようと夜の病院で殺されている。

 

「あれで確信した。君は殺される運命にない、君を殺せるヒトはいない」

 

 これよりどれほどの悪意で築かれた地獄であろうとウィルフレッド・スレイは生き残る。そういう運命にある。

 

「先達からの経験談……いや、予言だな。ウィルフレッド・スレイ。君はいずれ世界を壊す。ただ気に入らないからというだけの理由で、不快なものを一掃する。

 鳥が空を飛ぶように、魚が水で息するように。

 できるから、する」

 

 常識や倫理など関係ない。できるからする。時の経過は関係ない。できなくなったらしないだけだ。

 

 悪魔のような囁きだ。ウィルはそう思った。

 常識や倫理は守る必要がある。あれらは明文化されない無秩序な善意であり、何となく善く生きるための知恵である。ウィルはそれを壊すことは望まない。

 

「──倒せる悪に、屈する必要はない」

 

 ──悪に屈してはならない。

 

 だからこそウィルは世界を壊すと、凍える男はそう告げた。

 

 

 

 

 

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