テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

25 / 25
二章開始です。






23-0.権力は暴力と権威とその他の構成物

 

 

 

 夏至祭の前日の話だ。

 車内でたばこをふかす男は、さも待ち合わせがあるように病院前の車道で車を停車させていた。

 

「……うし、これで終わり、と」

 

 片手で打ち込んでいた端末から手を放し、リクライニングを倒して伸びをする。今日提出する予定の記事が書き上がった。車内の天井を数秒ぼうっと眺め、すぐに視線を病院の入口へ戻した。

 

「……ま、出てくるはずねーわな」

 

 彼は怪しい外国人と繋がりがある取材記者という設定だ。第三者となっている人物から、時の人であるアンナリナとウィルフレッドがこの病院に入院していると聴き、こうして仲間と共に交代で張り込みをしている。

 

 アンナリナが意識不明の重体のまま二週間が経とうとしていた。テレビではひっきりなしに人狼事件とその後の影響に関わる考察が放送されている。

 

「つーか出てくんなよな、ほんと。マジで人手も頭も追いついてねーし」

 

 国もそうだがメディアも疲弊していた。稼ぎ時ではあるが事が事であるだけに殺人的だ。実際に同僚は過労で倒れた。男はここ二週間を振り返る。

 

 最も世間に衝撃を与えたシャーロッテの件は既に落ち着いた。彼女の力がテロの引き金となったことは事実であるが、事件中の立ち回りと、唯一の主張が肉親の保護のみであったことから、一定の影響力のあるメディアはこぞって贖罪の機会を与えるべきだという論調になった。

 一方、現在注目されているのは王の暁教団と株式会社スヴァンマルムだ。教団と企業は立ち入り捜査が行われ、一定期間の活動停止が命じられた。捜査は今なお粛々と行われている。メディアは速報を掴まんと関係者に張り付き連絡を取ろうとしていた。

 他は国家間の賠償問題だろう。前代未聞の大事件であり各国のメディアが大騒ぎしている。規模としてはこれが最も大きいのだが、取り扱いが難しすぎる問題であるため、教団と企業の問題を隠れ蓑に世間では本来の規模ほど取り上げられていない。

 並行して計画の立案者であるダラフェイ・レオナフと病院襲撃の主犯であるパトリック・マルムバリについても取り上げられているが、両者とも入手できる情報が少なく、調査の最中に「悪しき杖」がちらついたため即座に中断された。偽造された戸籍に触れぬまま、当たり障りのない報道を行い、人相書きを上げることのみに留まった。

 

「後ろ暗いの花火大会だ、まったく。マフィアと政治犯の玉突き事故かよ」

 

 吸うたばこの量も増えるというものだ。ここ数日は睡眠導入剤にも頼っている。車内に染み付いたたばこの臭いにうんざりしながら、病院の入り口を眺める。

 

(……ん?)

 

 黒縁メガネの男が帽子を被った少女を伴って病院から出てきた。

 

(出て来たな。……いやまじかよあたまおかしいだろ)

 

 名残惜しさを振り切りながらリクライニングから体を起こす。体の節々から音が鳴った。男は舌打ちを漏らし、吸っていたたばこを灰皿に押し付けて端末のメール画面を開く。

 さあ報告しよう、と今から仕事が増える憂鬱さから新たにたばこを一本取りだして口にくわえた。

 口内にたばこの煙が満ちる。ドアポケットからライターを手に取る。

 

「──────────────」

 

 体が凍り付く。点けた覚えのない火が白々しく赤い。

 

 目が外を向く。今夜は白夜だ。夏至祭だというのに男は貧乏くじを引いてここにいる。車外から喧騒が聞こえてくる。車の音、子供の声、黒い瞳の男の背。目が離せない。ラジオは遠く、ズボンに落ちたたばこの灰がうるさい。

 

 取材記者──工作員は、蛇に睨まれた蛙のように、絶世の人型の背を見送った。

 

「……」

 

 たばこは全て灰となった。男は唇についた灰を親指で拭って、吸い殻も灰となった灰皿に落としていく。

 

 リクライニングに身が沈む。夢に落ちる。男は車内のたばこの臭いを嗅ぎながら、たばこ臭い上官の部屋で手厳しい叱責を受ける未来を夢見た。

 

 

 

 

 一目で分かるほどに高級な家具が並んでいた。

 木目の整った重厚な造りの家具、内装。人々が夢想する豪奢な造りの部屋だった。骨董品のレコードが回り、クラシックが流れている。隣室から、とち狂った嬌声が漏れ聞こえてくる。

 

 ここは崩壊寸前の国家のとある一室。脆弱な法律があるだけのヒトの棲み処。いくらでも公的な証拠を偽造できる腐敗の温床である。

 

「以上が報告だってさ、ヘッダ。我々としてはありがたいが、君の受け持つリスクは青天井だ」

 

 おすすめはしない、と人好きのする笑顔の蛇のような青年は言った。

 その前にいるのはヘッダと呼ばれたスーツ姿の麗人だ。大き目の腕時計を左手首に巻いている。

 

「ですが、人狼のいない今が好機であることに変わりはありません」

「人類最強が彼を気に入っていたとしても?」

「いても、です。所詮は人間、狙撃や爆撃程度の斬撃など恐れるに足りません。──彼の力が、本当ならば」

 

 ヘッダの顔の肉が蠢く。彼女は蠢く肉を愛おしそうに撫でて、元の肌へと戻す。

 

「貴方方には感謝しています、『無名の們(ネームドノイズ)』」

「おっと。ここでは『彫罪の轍(ギルティギルド)』だ。あっちは忌術は扱ってないからね」

「……定石ですが、相変わらず煩わしいですね。混乱しないのですか?」

「するけど、それが目的だからね」

 

 人好きのする笑顔の上で、蛇のように目が細められる。

 

「なんだっていいのさ。全容の把握なんて誰もできていないんだ」

「組織として致命的では?」

 

 社長として会社を運営していたヘッダは当然の疑問を呈した。蛇の青年はにんまりと笑って答える。

 

「いいのさ。群れとして機能さえすればいい」

 

 蛇の青年はレコードを止めて隣室の扉をあけ放つ。

 紫色の下品な照明と異国語の嬌声、漂ってきた生臭い臭いにヘッダは顔をしかめた。

 

「これ、どうしてここでできると思う?」

「バレていないからでしょう」

「まさか。バレているよ。けど無責任でいられるのさ」

 

 売り物が買い手に嬲られている。

 

「君、あれらを飼えるかい? 全部借金を抱えている。この国ですら仕事はできない。読み書きも運動も平均未満で、だからすぐに怠ける」

「そういうこと。ムリですね。手に負えません」

「的確な表現だ。だからこそここは社会の死角だ。私と君がゆったり密談できるのも、あれらのおかげという訳さ」

 

 買い手が蛇の青年を睨むが、蛇から微笑みが消えるや否やすぐさま顔を背けた。

 

「邪魔をする気はないさ。たくさん楽しむといい」

 

 扉を閉めてレコードを回す。嬌声が遠ざかる。

 

「釈迦に説法だが、社会で成功する秘訣は協力者を増やすことだ」

「あれらも広義の協力者と」

「そうだね。さながらサバンナの獅子だ」

 

 キメラのような男だな、とヘッダは思う。

 

「まあ実態としてはハチのようなものだけど。私達は冬を越せるが、あれらは分からない。虫は好きかい? 私は実物は苦手だがその生態、特に真社会性は気に入っていてね」

「生憎と。虫は見るのも知るのも苦手です」

「残念だ。ではハチミツはお好きかな? 梅、プラムと酢も」

「……苦手ではありませんが、急に何を」

「今のうちに仲良くなりたいと思ってね」

 

 訝しがるヘッダをよそに蛇の青年は冷蔵庫から飲料と氷を取り出した。細工の見事なグラスに大きな氷を入れて、琥珀色のシロップと炭酸水を注いでいく。

 

「この国の気温は高いが、湿度が低いおかげで過ごしやすい。その分、これがミードにならないように気を付ける必要はあるけどね」

 

 人好きのする笑顔で青年はヘッダへ梅ジュースをすすめた。

 

「ミードでも構いませんが」

「私がダメなのさ。仕事中は飲まないと決めていてね」

「それは良いことです」

 

 グラスがぶつかり合い涼やかな音が鳴る。二人はジュースで喉を潤した。

 

「思うに、酒は政争の道具だ。古来よりあるだろう」

「酔わせての暗殺ですね。常套手段です。だからこそ酒の席は友好の場でもあります」

「弱味を見せあうこと、それが友好の証だ。今でも変わらない」

 

 青年はにこやかな笑顔のまま。

 

「ではこのジュースは何だと思う? 私達は既に仲間だ。お互いに弱味を握り合っている」

「新たなグループへの勧誘ですか?」

「そうだね。君の力がとても欲しいんだ」

 

 二人の間のテーブルにグラスが置かれる。じぃっと青年はヘッダを見つめている。

 

「君は優秀だ。そして今や特別な力を持ち合わせている。戦闘能力じゃないよ。単純に、頑丈で死ににくい体は働く上で垂涎だ」

「カロウシはゴメンですよ」

「バレたか。まあ、そっちもだけど、それ以上に大事なのが疲れた仕草を見せないことだ。接待の経験はあるだろう? それを君に任せたくてね。つまんない仕事の頭数と実績は揃えよう」

「……そう。毒見役ですか」

「それもある。ただそれ以上に──君の微笑みと手腕で、伸してほしい」

「貴族崩れでも使えば良いでしょう」

「今の君ほど頑丈じゃない。強くある必要はないんだ。ただ死ににくい、その一点さえ満たしてくれれば」蛇は携帯端末を手に取る「片付けろ」

 

 そして、人差し指を扉へ向けた。

 指先から一条の雷光が放たれ、扉の向こうで先程青年を睨んだ買い手が死に、悲鳴が聞こえてきた。

 しかし扉は開かれることなく、騒がしさが静まっていく。

 

「それだけで相手は勝手に畏怖してくれるものさ。特にこの辺りの国はペンより剣が滅法強くてね。それが通じない相手というのは恐ろしい。ましてや、私達がバックにつくんだ。誰も逆らいたがらない」

 

 今や嬌声すら聞こえない。ただレコードが繰り返す。

 

「組織に大事なものは象徴だ。不滅であれば尚の事いい。今日日教団が勢力を保っているのは、人類の生存圏を確立した、ヘリャル・アインの不滅の功績によるものだ」

「……私に、そうなってほしいと」

「そうだ」

「それは、私の目的を知っていてもなお、投げる問いですか」

「そうだ。なにせ惜しい。頑丈な体と優秀な能力は必ずしも備わるものじゃないからね」

 

 蛇の青年は立ち上がり、人好きのする笑顔で右手を差し出す。

 

「その体もそうだけど、この国の上官はうちの企業の役員と同じほど仕事はできないんだ。どうだい? 先延ばしにして、この国のトップに立ってから招き殺すのは」

 

 国という最大単位の組織を使って復讐を成そう。

 そう、蛇は最も成功率の高い方法を囁く。

 

「前に答えたはずですよ。耐えられるはずもない」

 

 その合理的な提案にヘッダは静かに首を横に振った。蛇は語る。

 

「繰り返しになるけど、それはおすすめしない。あれが人間という枠組みに収まっているうちは社会を利用するべきだ。あれが最も弱い舞台は戦場ではなく社会だ。そして幸いにも我々は枠組みを悪用できる立場にある」

 

 あれが正真正銘の魔神将候補だということは人狼事件によって証明された。つまり、あれは魔境でも生存できるヒトの上澄みなのだ。まともに戦って勝てる相手ではない。

 敵であること以外に消す理由もない。

 

「そのために使う駒の一つがこれだ」

 

 蛇はヘッダに書類を差し出す。整った顔立ちの女性の写真が表紙の書類だ。

 促されて渋々とヘッダは書類を流し見る。典型的な愛人社長だ。各方面への勉強会への参加から、政界進出の準備もできている。

 然るに、顔を整形し彼女に成り済ませということだろう。

 ヘッダは顔の肉を撫でる。きっと今はその必要もない。

 

「気が長い。十何年とかかる計画ですね」

 

 蛇は笑う。

 元の計画は国の乗っ取りだろう。実質的な植民地化だ。

 

「君にとってはね。だが我々にとってはこれでいい。企業の空き箱の使い道はたくさんある。

 話を戻すが、これが最も可能性の高い手段だ。あれを国で孤立させ、疲れさせてから襲撃する。当然警戒されているだろうが、国としての誠意を見せればごまかせられる」

 

 当然ながら首都は国の奥深くにあり、祖国からの救援は期待できない。理に適っている。

 適っている、が。

 

「──ムリですね」

 

 ヘッダの瞳に昏い火が灯る。

 

「確かに現実的でしょう。しかし、心情的に不可能です。十何年と、これを抱え続けることは難しい」

 

 憎悪に塗れた出来損ないの苦笑いが浮かぶ。

 無理だと悟ったのだろう。蛇はたっぷり五秒固まって、ソファの背もたれに身を沈めた。

 

「ムリですか。君にとって、至上の力を手に入れたというのに」

「──私にとって?」

 

 湿った音と共に部屋が陰る。蛇の青年の首筋にはいつの間にか乱杭歯の化け物の口が添えられていた。肉を溶かす酸の臭いがする。

 

「……申し訳ない。侮辱する意図はないよ」

 

 蛇の青年は冷や汗を流しながら、眼前の怪物に謝罪した。ずるずると怪物が部屋を覆った自身の肉を収めていく。強烈な酸の臭いも薄れていった。

 

「口には気を付けたいものですね」

「ええ、まったく……」

 

 麗人は何度か瞬きをして気持ちを落ち着かせた。そして蛇の青年の国で至上とされる術を尋ねた。

 

「確か、貴方方の国では錬金術が盛んらしいですね」

「その呼び名は好ましくないな」

「失礼しました」

 

 友好のためにとかけた言葉は固く窘められた。

 

「まあ、やってることは同じだけどね。方向性が違うんだ」

 

 しかし蛇の青年は気を悪くしたようには無く、成功例である麗人を眺める。

 

「君の協力にはとても感謝している。有益なデータが取れた。これは私達の命題でね。現状の再現性がなくとも成功例ができたことは大変好ましい」

「不老は保証しましょう。不死については保証しかねますが──不死性については充分期待に応えられますよ」

 

 ヘッダは愛しい男を脳裏に思い起こし断言する。彼は彼女の怪物であり英雄だ。常勝不敗、永劫不滅、人知の及ばぬ唯一無二。

 

「《埋葬者(ニクロフォラス)》パトリック・マルムバリ。あらゆる敵を埋葬した者。最期は皆、力尽きて彼の体に埋まりゆくのです」

 

 ヘッダは同質の力を得たことに歓喜し、未だ会えぬ彼に悲嘆する。

 だがこの悲嘆もあと少しの辛抱だ。

 

 ──ウィルフレッド・スレイ。

 

 恐らく、パトリックが姿を消す前に最後に会った人物。

 殺してでもウィルフレッドからパトリックの居場所を聞き出す。

 ただそれだけを目的に、ヘッダ・スヴァンバリは今を生きている。

 

 

 

 

 

 

 エメライン・スレイは父コンラッドの言葉を繰り返した。

 

「ジャック・ザ・リッパーの調査?」

「そうだ。かつてリヒテル連邦を騒がせた──」

「それ、二十年前の話じゃないの? なんで今更、というか手がかりも証言ももうないでしょう」

「ああ。だから練習してこい。苦手だろう、聞き込み」

 

 うえ、とエメラインは整った容貌を歪めた。兄のするものとそっくりの表情だった。

 

「だとして、何で外国なの。そういうのはこっちですればいいじゃない」

「ここは兄二人の影響が大き過ぎる。何もせずとも集まるだろう」

「……まあ、そりゃ、そうだけど……」

 

 眉間の皺が深くなる。かつては《氷水姫(アイスビューティ)》などとあだ名された《氷水柩(キャスケット・フロスト)》エメラインであるが、今ばかりはその怜悧さは欠片もない。

 エメラインに媚びを売り、繋がりを持ちたい者は帝国に山ほどいる。エメラインが兄のフィードやウィルほどの化け物ではないという事実もそれに拍車をかけていた。

 

「向こうでウィルは人気だが、お前はそうではない。いい練習になる。それに案件が案件だ、ムリに成果を出す必要もない」

 

 ジャック・ザ・リッパー。かつてリヒテル連邦を騒がせた正体不明の殺人鬼。表と裏と影と関わらず、十三名の権力者とその周辺人物百名余りを斬殺した刺客である。

 なお、当時はその殺し方からキリシマの一族が疑われたが、当代当主は関与を否定し積極的に捜査に協力することで疑いを晴らした。というより、殺人鬼の太刀筋が見事であったという情報から、潔白なアリバイを持つキリシマ達が大挙して押し寄せ、誰もが昂る戦意を隠さずに政府と警察の管理下で町を警邏したことで呆れられたというのが正しい。

 

「はいはい。父さんの意図はわかったわ。依頼主はなんて?」

「噂を潰すためだ。《聖剣使い》ジェーン・ツェルナーがその殺人鬼であるという噂をな」

 

 エメラインはもう疲れた表情になった。徒労が確定したからだ。

 

 その噂はメジャーな都市伝説である。ただ得物と活動地域が同じ二人が雑な等式で繋げられ、それに便乗した工作員が固定化させただけの噂だ。事実として過去、コンラッドは魔道の専門家という立場から、工作員の流す噂の具象化を手伝っている。

 

「結局、アリバイが強固で崩せなかったのよね?」

「そうなっている。私が見た資料ではまず不可能だ」

「でもそれはただの人間であることが前提じゃないの?」

 

 《聖剣使い》は世界最強の一人である。事実上、単騎で国を落とした女だ。それに比べれば人知れず殺人を犯すことは難しくないだろう。

 

「状況としては可能だが、生きる上で不可能だ。彼女は『剣墓の政変』まではただの貴族の女だ。お前の兄を思い出せ。あれだけの強さを持ちながら、何もせずにいられるか?」

「……」

 

 眉間の皺が深くなる。エメラインは兄二人の化け物っぷりを、将来の魔神将と呼ばれるほどの能力の高さを間近に見ている。《聖剣使い》はその魔神将を倒した。目立つ努力をせずにその能力を持つことは不可能だと身に沁みている。

 

黒き者(ブラックスワン)である可能性は? できるんでしょう、分身」

「否定はできないな。私の提案した噂がそれだ」

「……もしかしてこれ、実はその証拠を掴んで来いとか?」

「跡継ぎを死なせる依頼を受けるものか。だがその可能性は限りなく低い」

「どうして?」

「黒き者は子を成せない」

 

 ああ、とエメラインは納得した。もしも《聖剣使い》が黒き者であるなら、娘であるヘレン・ツェルナーは存在しない。

 黒き者の遺伝子は人間ではなくなっているからだ。

 

「いたわね、娘さん。私と同じくらいの」

 

 資料を読み返す。十四歳の少女。普通の貴族。魔道資質はあるものの魔道を学べる教育機関には進学せず、政治家としてのキャリアを積んでいる。

 

「けどそれくらいなら権力で隠せるんじゃないの?」

「出産記録は女王に就任してからだ。その後の安定した基盤でなければ隠すのは不可能だろう」

「……それこそ分身とか」

「意味あるのか、それ?」

 

 そんな手間をかけるくらいならば予め赤ん坊を産んだことにしておくはずだ。純粋な疑問をぶつけてきたコンラッドに、エメラインは難しいと思い直した。

 

「だからもし、黒き者を探すのであれば死人の方だ」

「デヴィン・ツェルナー? でも彼、普通の貴族でしょ? 確かに古い王族の血筋ではあるけど……」

「そっちじゃない」

「……《忠道士(アコレード)》カイ・ズィアフ?」

 

 うへえ、とエメラインは嫌そうな顔をした。

 

「なんだ、嫌いか。向こうでは理想の男性とも呼ばれているが」

「願い下げ。あんなの、ただ強かっただけの男じゃない。寡黙ってのもダメ。あれ、つまんないと同義でしょ」

「そうか」

 

 物静かだと評判のコンラッドは頷いた。

 

「興味がないならいい。そっちを追うと面倒だからな」

「追いたくないわよ、こんなの」

 

 エメラインは資料のカイ・ズィアフのページを見る。

 

「親は不明、保護者は不法移民。身元の偽造がし放題の経歴ね」

 

 三十年前のことだ。カイは推定十五歳の時に、不法移民の保護者が死亡したことをきっかけに孤児院に入った。そこで三年を過ごし警備会社に就職。二年過ごした頃にゲルダ・シュルツ──当時のジェーン・ツェルナー──にシュルツ家の警備員として出会い、友情を育み、彼女が独り立ちした時には専属の従者として引き抜かれている。

 

「ああ。だから追うなよ。

 意図せぬ成功例(・・・・・・・)だった可能性もある」

 

 エメラインの頭にジェイラス・ゴルハムの顔が浮かんだ。

 

「主武装は剣、魔法は身体強化、好む魔術は引き寄せ(アポート)。典型的な優れた剣士だ。かつては《重牟刃(アン・エッジ)》と呼ばれ、細身の体躯に見合わない重たい斬撃を得意としていたようだな」

「重戦車を吹き飛ばしたのは最早打撃ね。いっそメイスを持つ方が早いでしょうに」

「その辺りは見栄だろう。シュルツ家はリヒテル剣術の名家だ。箔付けのために剣を使わされ続けたと見ていい。

 身体強化の魔法持ちであるため運動性能は脅威だ。しかし仮にそれが他の能力、例えば生体操作等による副次的なものである場合、脅威度は更に上がる」

 

 身体強化は体積を増やさず概念的に筋力を強化する。一方で生体操作は筋繊維の増加によって体積を増やして物理的に筋力を強化している。

 一つの過程の有無により、効率においては身体強化が優る。しかし一方で生体操作は四肢の再生ができる。求める結果の過程に優劣があるように、過程そのものにも優劣は生じ得るものだ。

 

「仮に生体操作の魔法持ちである場合には、単純な剣術に加えて代償魔術と継戦能力、近接戦闘時の奇襲を考慮にいれる必要がある」

「……随分と、今も生きているように話すのね」

「死体が見つかっていない。表舞台から消えたことは確かだが、成功例であった場合には回収され研究されている可能性が高い。十五年も経った今では、いつ成果物と見えてもおかしくはない」

 

 推論に推論を重ねたややこしい言い回しだ。

 エメラインは考える。こうも細い枝葉を伸ばした言を重ねている以上、近々生体系の術式にブレイクスルーが起きていたことが発覚するのだろう。

 白々しいと思う。スレイ家では既に半世紀前から生体の欠損を埋める魔術が伝えられている。広めない理由を尋ねても、いつかのように民衆の知性と啓蒙が足りないと言うのだろう。

 

「……紀元前の大昔の話だ。ある国では測量により世界が球体であると判明していた」

「はいはい知っています。他国の侵略により滅ぼされ、その国の成果物が接収された結果、侵略国が測量できないほどにバカなせいで、自国の威信を守るために地球は平面であるとして闇に葬ったんでしょ」

「このことから得る教訓は?」

「国の威信は事実より優先される──事実とは異なる真実がある。耳にタコができそうなほど聞きました」

「ああ。社会は権力者によって運用される。これは天才や怪物による独裁であっても変わらない。権力者の理解できない、あるいは許容できない事実は真実ではなく妄言だ」

 

 だから、とコンラッドは自身の幸運を噛みしめつつ続けた。

 自分のような非人間がこうして呑気に生きていられるのは周囲の助けがあったからだ。そのことを身に沁みているからこそ、嫌な表情を崩さない愛娘に対して言葉を続ける。

 

「人から話を聴き出せるようになれ。事実と真実は分けて考えろ。人に都合の良いペルソナを増やせ」

 

 コンラッドは愛娘を見る。

 青みがかった美しい黒髪、鳶色の瞳、血色の良い白い肌──愛する人の似姿。

 

「……負担にならない程度にな」

 

 面倒くさいことを言いやがるこの親父、と更に悪化した愛娘の表情に、雑な扱いを宿命づけられている父親はご機嫌取りの言葉を添えた。

 

 

 

 

 

 

「──という経緯だ。危険から守ってやってくれ」

「正気か? 俺も父さんもエミーに嫌われてるのに」

「反抗期だ。そう思うことにした」

 

 何でもないような言葉は熟慮の末だろう。自身の心構えへの。

 

 急な電話だった。ウィルは携帯端末に表示された我が父の名前を見て、憂鬱な気分のまま客室から出て、離れた場所へ移動した。

 窓から見える太陽が近い。下を流れる地上は既に遠ざかっている。

 

「お疲れ様。まあ、俺よりはマシだろ」

「お前の方が聞き分けは良いな」

「俺の言い方が悪かった。間違ってもエミーに俺の方が良かったなんて言うなよ」

「……気を付けよう」

 

 トップ争いの環境に巻き込まれていた者の弊害だった。比較され慣れなければ立ち行かない故に、元より機微に疎いコンラッドは更に疎くなっている。

 

「それで、頼まれてくれるか?」

「父さんの方の伝手で充分じゃないのか」

「難しい。今回は首都だ。十五年より前ならお前に頼る必要はなかったが、今はそうではない。万一に備え、あのシスターにも夏季中は王国へ滞在するように頼んだが」

「充分だろ。エミーも滅多な相手じゃなきゃ負けはしないんだから。戻る伝手さえあればいい」

「ああ。だが、お前の助力を得られることに越したことはない」

 

 この素直さはウィルも認める数少ない父親の美徳だ。機微に疎いからこそ、相手に察しの良さを一切期待せず、言葉通りの期待をかける。

 

「……わかった。どうしてほしい」

「助かる。ウェストブルックとゴルハムをつけた。その二人と上手く連絡をとってくれ」

「過剰じゃないか?」

「ああ。だが可愛い娘だ。保険はいくつあってもいい」

「あっそ。過保護なことで」

「頼んだ。小遣いとは別に、旬の食材を用意しておく。無事にうちに戻ってくるように」

 

 通話はそこで終わった。

 ウィルは窓の外を見て、溜息を吐く。

 

 コンラッド・スレイは腹芸が苦手だが、優秀な人間だ。正しい情報があるならばまず負けない。安楽椅子探偵も充分にこなせるだろう。そんな優秀な人間が、魔神将相当の人物を頼った。

 厄ネタが埋まっているのだろう。地雷処理に当たる気分だ。

 

 窓の反射越しに、客室から出てきたリナと目が合った。

 

「あれ、通話は終わったの? ……しんどそうな顔だけど、何かあった?」

「別に。父親から妹のお守りを頼まれた」

 

 簡潔に電話の内容を伝えると、リナは目を輝かせた。

 

「そう、妹さんも王国に来るんだ。一緒に行動するの?」

「しないけど。なに、そんなに会ってみたいの?」

「普通はそうじゃない?」

 

 リナはうきうきだった。人の妹に会って何が楽しいのか。

 ウィルは内堀を埋められている気分になった。状況的には既に埋まり切っているが。

 

「まあ、向こうは分からんぜ。俺は妹に嫌われているからな」

「らしいわね。でも同じ家には住んでいたんでしょう? だったら会いはしてくれるんじゃないかしら」

「どこの王侯貴族だ。普通は同じ家に住んでるんだよ」

「……そっか、普通はそうよね」

 

 ウィルは憂鬱な表情を崩さず内心で嘆息した。どうにも面倒なことを言ったらしい。

 

「ま、会えたら仲良くなれるんじゃないか。俺の悪口ならたんまりあるだろう」

「……否定し切れない予想を口にしないでくれるかしら」

 

 リナは呆れて溜息を吐いた。そして瞬き一つで元に戻る。いつもの自信に溢れた表情だ。卑屈ながらも強気な妹と印象が被った。

 ウィルの口元が緩む。

 

「じゃあ多分当たりだ。親父はコネの大切さを常々説いている」

「え」

 

 あれで? という幻聴がした。

 ウィルは神妙に頷いた。人間、不得意なことほど説教臭くなるものだ。

 

「だから一度は会える。何せ公国の継承者様だ。大嫌いな俺がいたとしても会えるだろうさ。けど、そこから先はリナ次第だ」

「なら大丈夫かしら。貴方から最終手段の認可ももらえたことだし。

 ……でも、なんでそんなに嫌われているの?」

 

 ウィルは言動こそ露悪的だが根は真面目だ。きつい物言いとは裏腹に気も利く。親族のように長い付き合いともなれば慣れるような気もするが。

 

 ウィルは口をきゅっと引き結んだ。珍しい表情だった。

 じっと見つめる碧眼にウィルは一つ息を吐いて。

 

「煽った。『なんでそんなこともできないの』つって」

「……。あー……」

 

 様々な情感ののった「あー……」だった。主には「言いそう」、「マジかこいつ」、「どうしようもないな」といった言葉が分厚いオブラートからはみ出ていた。

 

 沈黙。

 

「……仲直り、できるといいね……?」

「ああ。できたらいいな」

 

 下手くそな感想にウィルは顔だけは神妙に頷き返した。何もかも誤魔化すことにした残念な男の所作だった。

 

 そこへ飛行機のアナウンスが入った。

 

『お立ちの皆さま、座席へお戻りください。当機はこれより着陸姿勢に入ります』

 

 飛行機が揺れる。二人は壁に手をついてバランスを取り、アナウンスに促されるまま客室へと戻る。

 

(……ほんと。これ以上の厄ネタとか勘弁だ)

 

 ここは空。ノヴァリス王国の領空。未だ人の手の届かぬ自然の懐。

 

 だのに、ウィルの第六感が脅威を囁く。気配を感じる。良くも悪くもない、ただ見られているという感覚。緊張の弦がゆっくりと張りつめる。明確に踏み入ったという直観する。

 

 ──《聖剣使い》。その知覚範囲に。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。