テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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2022/08/07 レイフ→ラルフ







2.山場までが長いのは真綿の首絞め

 

 

 アリーナの向かいから帝国の天才が姿を現す。

 

 宝剣とバスタードソード、二振りの剣を背負う黒髪の美丈夫。

 

 顔は酷く凪いでいた。風の無い内海のよう。

 

「ミラーマッチや。楽しませてもらうで、ウィルフレッド君」

 

「ちょっと違う。残念だが宝剣は抜かない」

 

 互いに得物を抜き放つ。一振りと二振り。

 

 黒質も既に励起している。アリーナに静かに、熱がこもり始める。

 

『──はじめっ!』

 

 両者から炎が膨れ上がり、纏い、縮み、爆ぜる。

 

 空を叩く爆音がアリーナに轟く。音に迫る速度で両者がアリーナ中央で激突し。

 

 ──ヴィゴは、ただの一合でゾーンに入った。

 

 首を狩りにきたウィルの一撃を右の剣で逸らし、ヴィゴはもう片方で斬撃を放つ。

 

「言い訳は要らないだろう、四天王」

 

「────」

 

 考える暇などない。ただの一合で今が窮地であると認識した。自身の土俵のはずだ、常であればこの一足一刀の間合いを保ち続けることが勝ち筋だ。

 

 そのはずだった。

 

 ギアを引き上げる。より高密度の炎を纏う。十合の剣戟を交わす。体温調節の魔術を差し込む。保って一分。それ以上は使えなくなる。

 

「炎の魔法使いが近接戦闘を行う上で、最も危険なことは自身の火傷と熱中症だ。ボーストレーム、君は恵まれている。炎の生成と操作、その二つができることは恵まれている。だが、それでも危険は変わらない」

 

 そう、あくまで炎の生成と操作だ。熱を操れるわけではない。だから最低限、体温調節の魔術が必須になる。

 

 そう語るウィルも同様に体温調節の魔術を使っている。吐く息は白く、汗が流れない。

 

「一分くらいか。二分には届かないな」

 

 炎による加速で片手剣の一撃を両手剣と同等に引き上げ、ほぼ同時に攻撃と防御を行う。

 

 合理的な戦術だ。有効打が二倍に増えるのは単純に強い。ヴィゴは勝負どころでは必ずこの戦術を使う。

 

「それ以上は魔力が尽きるとみた。俺の経験上、どれほど優れていようとそこが限界だ」

 

 一撃が重い。動き出しが早い。位置取りが上手い。

 

 手堅い正攻法が真正面から削りに来ている。余計な思考を挟む暇は無い。ただ手数に物を言わせた連撃で均衡を保つ。

 

 客席からウィルの一回戦を観ることができたのは幸いだった。相手はただの三合で沈んでいたが、それでも、剣の振るい方を目視できたのは幸いだ。おかげでこんな茹った頭でも、どの動作が斬撃かが判別できる。

 

 だがそこまでだ。勝機を作るべくあの手この手で何とか勝負を成立させていたヴィゴは、ウィルの予想を超えることなく、一分半で敗北した。

 

 炎が爆ぜてバスタードソードが閃く。ウィルはヴィゴの二振りの剣を手から弾き飛ばし、みぞおちを蹴っ飛ばしてアリーナの壁に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 強かったが勝った。

 

 準々決勝まで順当に、びっくりするほど番狂わせなく、俺の予想通りに学生武闘祭は進んだ。

 

「ほんまお前性格悪いわ。ワイと似た戦術でじわじわじわじわ詰めてきよるとか、ヤらしいわ。嫌われんで。ワイは嫌わんけど。好かんけどな」

 

 そして、二回戦で勝利した同期生に祝勝会と称して、その学生の家で飯を振舞ってもらっている。

 

 《双無尽(ダブルオー)》ことヴィゴ・ボーストレーム。炎の魔法を推進材として二刀流の高速連撃を得意とする魔法剣士。真正面から何の小細工も無く一分半俺と戦えるのは珍しい。

 

「あ、リナちゃん、そっちのお好み焼き食べ時や。ヘラでひっくり返して取るとええで」

 

「そうなの?じゃあ、いただくわね、ヴィゴ」

 

「ええよええよ。ほんとは取ってあげたいとこやけど、主賓のこいつが優先やからな。おら食えや性悪。アツアツや、火傷せんようにな」

 

「器用だな、罵倒しながら親切するの」

 

「勝者やからな。性悪に負けたんとその性悪は腹立つけど、それはそれや。あとリナちゃんとシャロちゃん可愛いし」

 

 なるほど見栄。男は辛いね。

 

 ちょいちょいとシャロが裾を引いた。耳を寄せる。

 

「私、カワイイのかな?」

 

「ヴィゴからはそうなんだろ。王子様系でも可愛いやつは可愛いし」

 

 男からすれば、ある一定以上の異性は皆可愛いのである。いかに近寄りがたい美形でも不安げな様子の一つでも見せれば簡単に可愛いとの評価は得られる。

 

「……なんだか含みがありそうな言い方だね」

 

「あるよ。けど、ヴィゴからのシャロが可愛いって評価に否定はない」

 

「素直じゃない……訳じゃないね。単にひねくれた考え方をしてるだけかな」

 

 そりゃ特に取り繕ってねえし。

 

 ヴィゴお手製のお好み焼きを口にする。確かに熱い。だが美味い。一方でシャロもいつものように苦笑して、取り分けられたお好み焼きを口にする。そして小声で「美味い」と感嘆していた。

 

「美味しいね、これ。極東の料理かな?」

 

「お、よう知ってんな。野菜たっぷりのクレープのもとみたいなのを、この通り鉄板で焼く料理や。格式高い訳やないけど、ちょっとしたお祭りには人気の料理やな」

 

「そうなんだ。とても詳しいんだね」

 

「公国とは別に贔屓にしてる国やし、これくらいは知っとかなな」

 

 微笑みながらシャロが相槌を打つ。貴族の従者としての教育はしっかりなされているのだろう。何気ない所作にも落ち着きがある。

 

 そんな会話を後目にリナは何やら難しい顔で食べていた。お好み焼きの減り具合は俺と同じなので、口に合わなかったというわけではなさそうだ。

 

「……オコノミヤキはテリーヌやパイとは違う食感ね。ふわふわしてしゃきしゃきして。スフレ……ともまた違う。それとこれ、魚介系の出汁?」

 

「食感がちゃうんは山芋使ってるからかな。他は小麦粉と卵使ってるし。いや、ざく切りのきゃべつか? まあ、出汁はかつおやな。他こんぶとか入ってるらしいわ。料理あんま詳しくないから知らんけど」

 

「へえ、不思議な味わいね」

 

 リナは満足気に頷きながら、さくさくと口にしていく。口に召したようで、上品に、しかしがっつりと食べていく。

 

 お高い調度品のあるリビングに相応しい。私人の家なのでドレスコードなんてものはないが、ヴィゴ含めて外見偏差値の高いハイソ共の集まりなので、庶民から見ると気後れする集まりだろう。

 

 そのリビングにバーベキューで使う鉄板調理器具が鎮座していなければ。

 

「違和感やべえな……」

 

 思わず呟きを零すと、リナから冷めた視線が飛んでくる。同じ意見のようだ。

 

「なんや、気になることでもあるんか?」

 

「ああこれ、屋外で食べるものかなって。ちょっとしたお祭りで食べるものなんでしょ? だったら外で作るものかと」

 

「凄いな。ようわかったな、お前」

 

 そりゃこんだけ煙でてたらそう思う。室内に施された魔術で煙は全て分解されているから気にはならないが。

 

「そういや、何で極東のお好み焼き? いや、嫌味ではなく純粋な疑問で」

 

 リナとシャロの時が止まる。ごめんよ。リナに至っては無機質な目で俺を見ている。怖い。

 

「そりゃワイが作れる中で、一番ウマイんがお好み焼きやからな。あと公国の郷土料理とかはリナちゃんシャロちゃんの領分やろし」

 

「なるほど」

 

「あと、スレイ家の先祖にヤマト出身の方がいるとかいう噂を聞いたってのもある。そこんとこどうなん? 発音がキレイやったから、お好み焼きは知ってたみたいやけど」

 

 おっと。……いやまあ、良いか。

 

「一人いたよ。詳しいことは全くだけど、うちの剣術はその方の流れをついでるらしい」

 

「通りで他と違うと思ったわ。突きが少ない術理なんはそれが理由か、すっきりしたわ。羨ましい。カタナとか実家にあるんとちゃうか? いつか見せてくれん? 実物」

 

 あったかな……? 無かったような……?

 

「今度暇してる祖母に訊いてみるよ。あったら写真送るように頼んどく」

 

「ホンマか⁉ いや嬉しいわぁ! そんときゃまた礼はするとして、たくさん食べや。口に合わんかったら構わんけど、ワイはこの味好きやからな。同じもん好いてくれるんやったらなお嬉しいわ」

 

 ヴィゴは手際よく焼いたお好み焼きを皿へ盛っていく。しかし本当に美味い。炎の魔法使いらしく火加減が絶妙だ。ヤマト語の書かれたウスターソースを使うとなお美味い。かつお節と青のりがある辺り、ヴィゴのお好み焼きへの情熱は本物らしい。美味い。

 

「作るときはよんでくれ。薄切りのばら肉やら桜えびやら必要なら持って行く」

 

「ええ返事や! 気に入ってくれたようで何より! リナちゃんもシャロちゃんも口に合わんかったわけじゃなさそうやし、遠慮なくよばせてもらうで」

 

「その時はぜひ」

 

「お供させてもらうね」

 

 食事会は和やかに進んだ。ちょいちょい俺はリナから注意しろとの視線をいただいたが、全てヴィゴの懐の広さによって事なきを得た。感謝。

 

「手洗い行ってくる」

 

 いってらー、というヴィゴの言葉を背に受けトイレへ。

 

 新しい調度品の飾られた廊下を歩きつつ、スレイ家の実質的支配者である祖母へ刀の有無をメッセージアプリで質問する。

 

「あるのね」

 

 用を済ませて後に写真と共に返事はきた。大きさは一般的な片手剣と同等。特に凝った造りは無く、強いて言えば刀身が厚めで幅広いくらい。重量で威力を増すようなそんな構造。

 

 携帯端末から視線を上げると、ヴィゴがいた。

 

「なに? 追い出された?」

 

「ついさっきサラ先輩から来るって連絡が来てな。飲み物とおかずの補充や」

 

 ちょい付き合えや、と。倉庫へ連れ出された。

 

「サラ先輩はお前のことが大嫌いや。少し点数稼ぎしとき」

 

 ジュースビンの入ったケースをひょいと手渡される。

 

「なんやその顔。ワイにしたようにしときゃええ話や。率直過ぎて愛想無いけど、下手に取り繕うよりマシや。それにお前、そういうのは死んでもしたきゃないやろ」

 

「公の場じゃやるよ」

 

「お前のは慇懃無礼っちゅうんや。ハイソでパワーなステやから許される振る舞いやな」

 

 ぐうの音も出ない指摘だった。

 

「わかってるなら言うまでもないだろ。それで? 本題は」

 

「リナちゃんのこと本当は好きじゃないんなら、準決勝でサラ先輩に『人裡蓋世』使わせて負かせてもらい」

 

 よっこいせ、と何でもないように言った。

 

「ソースくれ」

 

「ほいオコノミソース」

 

 ヤマト語の書かれたウスターソースが投げ渡された。違う。

 

「好きな女の子が隣にいるのに気ぃ抜き過ぎちゃうか。リナちゃん、お前のこと睨んどったし」

 

「そりゃ俺がヴィゴに砕け過ぎだからだよ。リナは気を張り過ぎる」

 

「やっぱり、あんまり仲良くないんやな」

 

 後でリナに謝ろう。

 

「恋人だぜ、大丈夫だろ」

 

「おけ。黙っとくわ」

 

 こいつの前世、実は聖人だったりしないか。気配り上手の世渡り上手ってどんな徳を積めば成れるんだ。

 

「んで本題やけど」

 

「おう」

 

「シャロちゃん可愛いやん?」

 

「そうだな。ちなみに、彼女は自分に自信が乏しいように見える。寄り添う姿勢が吉、長期戦を覚悟せよ」

 

 ヴィゴは目をかっぴらいて静止した。歩みも止まっている。

 

「お前──」

 

「今日から俺と君は同士だ。ところで俺は借金が多いが収入も多い帝国貴族の嫡男で、お小遣いはある。そして最近とてつもなく公国のテーマパークに興味がある」

 

「お前、めっちゃええやつやん。悪役っぷりが板についてるとはとても思えん。実は友達多いとちゃうんか」

 

「ところがどっこいとても少ない。有名どころだと俺のライバルのラルフとその友達くらいだ」

 

「友達の友達が友達なんか……?」

 

 とんでもないものを見るような目を向けられた。正しいがこっち見るな。

 

「ま、俺は政敵……いや、スレイ家の金関係の敵が多い。ラルフはヴィゴと同じぽっと出の天才だからな、しがらみが少なくて絡みやすいんだ」

 

「親の因果が子に報いってやつか。由緒正しき貴族はきついなぁ。……いやさ、それでも味方の派閥とかあるやろ」

 

「さっさと行こう。多分キリンが増えてる」

 

「おーけー、ハートフルフレンド。ライバルの親友がいることは実にええことや」

 

 やはり聖人かな?

 

 

 

 

 /

 

 

 

 

 

 ウィルがお手洗いへ立ってしばらくして、サラ・ベーケルが来るとの連絡が入った。

 

「足りるとは思うけど、食い物補充してくるわ」

 

「手伝いはいる?」

 

「君の恋人に頼むわ。出待ちしときゃ捕まるやろうし」

 

「それもそうね。好きに使っちゃって」

 

「心強い。ありがたく使わせていただきますわ」

 

 ヴィゴはひらひらと手を振ってリビングを後にする。

 

 ほう、とリナは息を吐いて炭酸水を口にした。それまで上げていた瞼と口角が下がる。

 

「──ダメ。どうしても当たりが強くなってしまう……!」

 

 主人の零した弱音に、シャロはやっぱりと思いながら苦笑した。

 

「一目惚れかつ初恋だっけ? しょうがないと思うよ」

 

 肩の力を抜かせる意図で声をかける。

 

 強い感情の手綱をいかに握るか。実際、こればかりは経験でしかない。

 

 リナの人当たりは良い。強気な性格でありながら、国民的美少女として祭り上げられているのは本人の人柄だ。これについてはいかに慣らして緊張を解すかが焦点となる。

 

(ヴィゴさんにウィルを睨んでいたことはバレてるかな)

 

 だからこそ問題はリナの不自然な態度に気付かれること。注視すれば二人の仲にまだぎこちなさがあるのは見て取れる。それに初々しさを感じるか、疑念を挟むかはその人の立場次第だ。

 

 ウィルはあれで問題はない。悪役らしさが板についているのは問題だが、付き合いそのものは良い。リナに自身の手綱を握らせているのは上手い立ち回りだ。それだけリナの負担が増えるのはいただけないが、異国の地での振る舞いとしては妥当だろう。

 

(……まあ、ヴィゴさんは大丈夫かな。ボーストレーム家が政争に強いという話は聞かないし、事を荒立てたがる人でもない)

 

 どの道今の時点ではどうしようもないので、いったん楽観的に保留する。

 

「あれでもう少ししゃっきりしてくれていたら安心できるんだけど……」

 

「あの気の抜けた態度は敵を作るよね」

 

 少なくとも味方はできない。和を乱したくないお人好しが気にかけるのが精々だ。

 

「でも、一番腹立つのはさぁ──あの態度でも『まあいっか』って流してしまいそうになる自分なのよね……!」

 

 いつもの愚痴だなぁ。

 

 シャロはいつも通り自分自身に怒るリナを眺める。

 

 確かに、初恋があんな性格以外が優れている男性は苦労すると思う。その性格にしても人を逆なでし易く敵を作り易いというもので、権力と能力の備わったウィルフレッド・スレイには問題にならず、だからこそ問題だった。

 

「ずるいのよ、あのルックスと声。人と会話してたらあれなのに、黙っていたらとんでもないのがずるい。でも一番ずるいのはイントネーションがちょっとおかしくて、公国出身じゃないのがわかるやつ」

 

 ウィルは実際、肌や髪の色艶が綺麗で、体の左右のバランスも整っている。声も聴き取り易い。時々イントネーションが帝国のものになるが、ヴィゴほど独特のものではない。

 

 総じて、シャロにとってウィルは良くできたお人形だ。

 

「そればっかりは慣れるしかないね」

 

「……でももう四ヶ月経っているのよね」

 

 リナは溜め息を吐いてそう言った。憂鬱な気分だ。美人は三日で飽きるなんてとんでもない。ただやっかみを避けるためか、好みじゃない容姿の人を口説くためにできた言葉じゃなかろうか。そんな益体もないことを逃避気味に考える。

 

「ところで、リナはどっち応援する?」

 

 今は五月も終わり六月の末だ。今週末には準々決勝──ウィルとシャロの対決がある。

 

 そう問われたリナはちょっと頭が痛そうに。

 

「どっちもするわ。ただ、開始直前にはウィルの控室にいるからそのつもりでね」

 

「当然ですね」

 

「……シャロ」

 

「ごめんね。ちょっとしたからかいだよ」

 

「もしもシャロの方って言ったらどうしてた?」

 

 白髪が揺れる。琥珀色の瞳が細められる。シャロはニッコリと笑った。

 

「人には言えない手段を使おうかと」

 

 妙な圧のある笑顔だった。リナはそんな珍しいシャロを見て目を丸くした。

 

「驚いた。シャロもそんな顔をすることあるのね」

 

「曲がりなりにも護衛だしね。殴りたくないという思いと、殴るという行為は両立するよ」

 

 言葉も内心も行動も、それぞれ切り離すことができる。それを人は嘘と呼ぶ。

 

「だから、リナは好きにして良いよ。結婚は本人の意思が一番だ。この件に関して、何があろうと僕はリナの味方だ」

 

「あら。内容次第じゃ味方にはなってくれないのね」

 

「僕にも僕の人生と意思がある。何でもかんでもリナ優先、とはリナも嫌だろう?」

 

「そうね。気疲れしちゃう」

 

 二人は見合わせて笑った。この距離感が心地良い。

 

 笑って。はたと。

 

「……ねえ、シャロ」

 

「何かな」

 

「貴女とウィルの距離、近くない?」

 

 リナの脳裏に、ウィルの耳元へ口を寄せるシャロの姿が過る。

 

「そうかな」

 

「私は、そう思うわ。というより貴女、人は苦手って以前言っていなかった?」

 

「その辺りは人に依るね」

 

 リナは。ここで初めて。シャロを疑った。

 

「────」「────」

 

 じぃ。と見つめあう二人。お互い笑顔だが作り物めいていた。

 

「まあ、一生を共にしたいとは思わないけど、話し易い相手ではあるかな」

 

「ねえ、それ大丈夫? 私嫌よ、貴女と争うの」

 

「僕も嫌だな。だから大丈夫だよ」

 

「……そう。言っとくけど私、貴女に脅威を感じているわ」

 

「え。僕は勝てる気がしないんだけど」

 

「……貴女ね」

 

 リナはシャロを呆れたように見て。

 

「……まあいいわ。その辺りは今度にしましょう」

 

「え、それはそれで気になるんだけど」

 

「そろそろ戻って来るわよ」

 

 言われて耳を澄ます。がしゃがしゃという音が聞こえてきた。

 

「よく気付いたね」

 

「時間的に。シャロほど耳は良くないから」

 

 続けてチャイムが鳴った。

 

「……」

 

「サラさんも来たね」

 

 リナはシャロの手を取り玄関へ向かう。

 

「何、不安なの?」

 

「サラ先輩、ウィルのこと思いっきり嫌ってませんでしたっけ?」

 

「うん」

 

「……会わせていいのかな?」

 

「いずれ会うし、ヴィゴがいる少人数の今がベストかなって」

 

 そうだろうか。今からでもラスムス先輩呼んだ方が良いのではなかろうか。

 

「まあ、すぐに喧嘩はしないでしょ」

 

 シャロの不安をよそに、リナはサラを招き入れた。

 

 

 

 ダメでした。

 

「いや、どう考えても二人が噛み合う要素は無かったね」

 

「一周回って噛み合うと思ったんだけど……」

 

「考え過ぎたんとちゃうか。割とあるで、そういうの」

 

 小柄な赤毛の少女と黒髪の青年が対峙している。身長差もあって、大人と子供のような構図だった。

 

「けど、こうして見ると、やっぱりサラ先輩、ちっこくてかわええな」

 

「ヴィゴ! 誰がチビだって⁉」

 

「言うてません。サラ先輩は可憐やなっちゅー話しただけですわ」

 

 今にも噛みつきそうな怒声だった。特に聞かれてまずい話をしたわけではないので、ヴィゴは平然と返した。

 

「肝が据わってるね……」

 

「悪いこと言ったわけやないしな。あとサラ先輩が怒ってるのレアやし役得役得」

 

「被虐趣味でも?」

 

「痛いのも怖いのもダメやからそういう趣味はあらへんかな」

 

 怖くないんだ。シャロは密かに驚いた。

 

「サラ先輩」

 

「なに?」

 

「シャロがちょっと怖がってるので、抑えて欲しいです」

 

「……そう。ごめんなさい」

 

「あ、いえ……。ありがとうございます」

 

 ウィルを睨みつつ、サラは肩の力を抜いた。

 

「感情的になると周りが見えなくなるんですね、先輩は」

 

 だというのに。ウィルは余計な言葉を突っ込んで再点火させた。

 

「……貴方は、人を苛立たせる天才ね。そんな腑抜けた面で、よくぞまあ」

 

 空気が張り詰める。サラも抑えたのだろう。声を張り上げることはしなかった。

 

「悪役ですからね。手段はどうあれ、相手は苛立たせないと」

 

「呆れたプロ根性ね。道化の化粧でもさせてやろうかしら」

 

「十二色の水彩絵の具セット持ってきたら考えてあげますよ」

 

「貴方の血と涙で十分よ。紙みたいに白くしてあげるわ」

 

 冷笑と嘲笑がぶつかり合う。シャロの胃が痛み始めた。

 

「ごめんなさい、僕ちょっと抜けるね」

 

「そう。じゃあ付き添うわ」

 

「え、ワイ一人にされんの」

 

「俺がいるじゃないか、同士よ」

 

「──ヴィゴ?」

 

 グリン、とサラの光の抜け落ちたガラス玉がヴィゴに向けられた。ひぃ、と情けない悲鳴を零すももう遅い。主従二人は既にいなくなっていた。

 

「ウィル、そりゃないで……」

 

「いざという時の一人はいるだろ」

 

「そうね。うっかりやっちゃうかもしれないし。

 ──それで? ヴィゴ? 何で? 同士なの?」

 

 きゅと口を引き結ぶももう手遅れだ。ヴィゴは覚悟を決めた。

 

「ゆくゆくはウィルリナとヴィゴシャロでダブルデートをしようと約束したからです」

 

「そう。貴方は帝国貴族の方に付くの」

 

「もちろんリナちゃんシャロちゃんの意思最優先ですので、ご容赦ください」

 

「でもアシストはするのでしょう?」

 

「イベントに連れ回して相性の良し悪しを測るためです、マム」

 

「ヴィゴ、それをアシストって言うのよ」

 

 サラのこめかみには青筋が浮かんでいる。怒鳴るのを相当我慢したようだった。

 

 ウィルはつまらなさそうに二人を眺めて、あくびをした。

 

「んで、先輩は俺とリナとの仲には反対なんですね」

 

「……。ええ、もちろん。貴方の好敵手のラルフならともかく、悪役を進んでするような輩にリナを渡すと?」

 

 ウィルは。皮肉気に笑って肩をすくめた。

 

「……なにそれ。何も言い返さないの?」

 

「好意的に解釈してくれ。俺からはそれしか言えない」

 

「貴方、私を誰だと──」

 

「ただの軍人候補生だ。──違うのか?」

 

 サラが言葉に詰まる。

 

 その言葉は正しい。確かにサラ・ベーケルはただ優秀なだけの軍人候補生だ。貴族のような政治的な地位は無い。ただの庶民の出だ。

 

「……リナの友人よ」

 

「リナから嫌だって愚痴られでもしたんですか?」

 

「……いいえ」

 

「だったら先輩は渡さざるを得ないでしょう。俺がどれだけ気に入らなくとも」

 

 歯軋りが響く。

 

「あと、これだけは言いますが、俺は反対されることに異論はありません。むしろある程度はいた方が良いとさえ思っています」

 

「…………、なに、どうしてって訊いてほしいの?」

 

「ええ」

 

 ウィルは笑顔で首肯した。

 

「だって、どんな決定であれ、逃げ道はあった方が良いでしょう?」

 

 リナが結婚を嫌がった時に、力になれる存在は必要だと。ウィルはそう告げた。

 

 

 

 そうして、祝勝会はお開きになった。

 

 リナとヴィゴが密かに企てていた、「サラ先輩のウィルへのヘイトを減らそう作戦」は失敗に終わった。

 

「やっぱ嫌いですか、ウィルのこと」

 

「……嫌いよ。破談になればいいと、今でも思ってるわ」

 

「根はええや……、いや、そんな悪くな……いとは言えませんけど、性格の悪さはあれでも自認してますんで、あんま敵視してあげんといてくださいね」

 

「敵視はしないようにするわ」

 

 あの後、後片付けはサラとヴィゴですると、三人を帰した。リナもシャロも悪いと言って手伝おうとしたが、生徒会二人が少し強く言うと引き下がった。

 

「ただひたすらにむかつくわ、あいつ」

 

「性格悪いことは自認してますんで……」

 

「自認した上であれっていうのが更にむかつく」

 

 等と、サラはひたすらに愚痴りつつ、鉄板と食器、部屋を一人で掃除していた。

 

「……しかし、知ってましたけど、サラ先輩の魔法の精度は群を抜いてやばいですね」

 

 ふう、と腰を叩きながらヴィゴはその光景を見た。

 

 目に見えない妖精が部屋を掃除しているようだった。鉄板と食器がスポンジと洗剤で、部屋がバケツと雑巾で、それぞれ物だけが宙に浮き、後片付けが行われている。

 

「これだけで君以外には無敗だったからね、当然だよ」

 

 念力の魔法。ただ物を動かすだけの簡単なもの。普段日常的に使用される魔術の一つ。ただそれも一つの物を動かすだけで、今しがた行われているような、絵本に出てくるような使い方にはなり得ない。

 

 いくら魔法は魔術に比べて消費が軽く、発動が早いといっても、それを扱うための脳への負担が軽減されるわけではない。

 

 《展自界(インベーダー)》サラ・ベーケル。かつて己の魔法のみで常勝無敗を誇った念力の魔法使い(スペシャリスト)

 

 史上最年少で魔法の奥義の一つ、『人裡蓋世』を取得した猛者である。

 

 

 

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