テロに遭って意識不明の重体から目が覚めたら、国宝に選ばれていた挙句、付き合って半年の恋人ができた件   作:すすきみつよし

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3.フッ軽規格外は上流階級のストレッサー

 

 

 かつて、リーヌス・アウレリースは《黒耀輝(フラッシュ)》と呼ばれた優秀な雷の魔法使いだった。

 

「政治家にも普段使わない魔道の実力が求められる。ふふ。相変わらず、世知辛い世の中ですね」

 

 リーヌスの執務室に妙齢の美女が訪れていた。夜闇のような黒髪、陶磁器のような肌、総じて吸血鬼を連想させる魔性。年のころは二十代半ばか。改めてリーヌスは古き貴族の特異性を認めた。

 

 美女の名はデブラ・スレイ。スレイ家の前当主であり、ウィルフレッドの祖母である。

 

「貴女方のような優れた知性を相手取る以上は、この世知辛さは永劫変わらんよ」

 

 魔性が楚々と笑う。上品な仕草。一目で支配者階級であると見て取れる。

 

「貴女のお孫さんは全員素晴らしいな。今は亡きファーディナンド殿は言うまでもなく、その弟君も妹君も」

 

 リーヌスの見立てではウィルフレッドの勝利は確実だ。試合時間も、結果も、内容も。彼に勝る学生は存在しない。

 

「ありがとうございます。長女も既に家を継ぐに足る資質を満たしています」

 

「ならば安心だ。ウィルフレッド君が公国に婿入りしようと、スレイ家は安泰であると」

 

 執務室に現れたのはウィルフレッドの婿入りに関わる話をするためだ。デブラはこの一件について、スレイ家当主から一任されている。

 

「もちろん。帝国内では凡愚共が長女では不足と申しておりますが、あれで不足であればかつての私などは論外でしょうね」

 

「恐ろしい。かの《逸漆呪(テクスカース)》をして論外とは」

 

 リーヌスは眼前の美しい魔女が、どれほど恐ろしい傑物かを知っている。護衛や私兵の援護があったとはいえ、三十秒間、魔神クラスの魔物と魔境の真っただ中で真っ向から魔道戦を繰り広げた傑物だ。

 

「貴女が盾となり魔神に立ち向かったことは今でも覚えている」

 

 帝国との魔境の共同調査での出来事だ。若き日のリーヌスは調査団に護衛として、デブラは研究者として参加していた。そしてその帰りに、魔神クラスの魔物と遭遇した。

 

「あれは偶然の結果です。魔神が魔道を得意とし、調査団の練度が高かったことによる幸運ですよ。仮に『魔道士殺し』と名高き人狼相手では、不可能でした」

 

 しかしどうあれ、死者一名、重傷者二名と軽微な損害で済んだ。重傷者の一人も、過剰な魔道の行使により自傷したデブラだ。魔神クラス相手にこの程度の損害であれば、快挙と言ってもいい。

 

「人狼──」

 

 『魔道士殺し』の人狼。魔道士の、ひいては古き貴族の天敵だ。高い身体性能で肉弾戦を得意とし、術式を壊す魔法『月哮(ルーナハウル)』を持つ魔物。弱点は感情的になり易いことのみで、知性そのものは人と何ら遜色ない厄介な魔物だ。今ではその弱点を徹底的に利用し、棲み処を魔境まで追いやったが、今なおかつての恐怖は伝え残っている。

 

「あら、最近人狼の被害でも?」

 

「十年ほど前、さる貴族のご子息が人狼に襲われた。幸いにも護衛の素早い対処により、ひっかき傷一つで済んだが」

 

「恐ろしい話ですね」

 

「まったくだ。以来、魔道兵が『月哮』の対策魔術の習得に励んだことは良いことだが」

 

 事後に対策を講じるなど凡人の証明だ。これだから公国は強く在れない。

 

「しかしどうあれ、魔道の普及につながったのであれば喜ばしい話でしょう。魔道とは魔物、ひいては魔神を殺すべく発展した業です。それが広まることは、古き貴族として喜ばしい以外にありません。人狼もまた、魔神に成り得る魔物です。事後であっても備えることは有益でしょう」

 

 古き貴族は魔神殺しを悲願とした集団の末裔であり、魔道の先駆者だ。今でこそ《魔神将》とは別枠の国家戦力に数えられているが、その本分は護国ではなく魔神殺しの探求である。

 

「そうだな」

 

 リーヌスの碧眼に微かに陰が過る。デブラは見なかったことにした。

 

「ああ、命の恩人である貴女の帝国での立ち位置を危惧していたが、その言を聴くには、さしたる問題もなさそうだ」

 

「確かに、問題ではありません。魔道の探求と普及を主目的とするスレイ家です。国のトップに恩の無い帝国より、恩があって融通が利きそうな公国に鞍替えすることもやぶさかではありません」

 

「聴かなかったことにさせていただこう。帝国と争って勝てるほど公国は強くない」

 

 楚々と魔女は笑う。月光に照らされた魔性は悪魔のようだ。

 

「ウィルフレッド君を本家とはしないのか」

 

「次男はフィードと同じです。スレイ家を背負うことはできても、スレイ家の看板を掲げることはできません」

 

 スレイ家の最高傑作とする評に間違いはない。ウィルフレッドは間違いなく、スレイ家の初代が理想とする魔道士である。強靭な肉体と優れた魔道器官、黒質。成長すれば独力で魔神を討ち果たすことも可能だろう。

 

 だからこそスレイ家の研鑚は終わる。ウィルフレッドという人間を、魔神相当の実力者へと押し上げて。

 

「それではダメなのです。何より、私が食いっぱぐれてしまいます。そして息子と孫娘も人生の迷子となるでしょう」

 

「本音と思しきものは聞きたくありませんでしたので聞かなかったことにします」

 

「未亡人に興味はおありで?」

 

「私は妻一筋です」

 

 加えて畏敬する恩人だ。言葉を交わせることに喜びはあるが、同時に畏れもある。

 

「ふふ。貴方のその反応を見ていると、我が夫がどれほど私に心を砕いていたかがわかります」

 

「稀に見る誠実で情熱的な方でした。ですので、冗談でも控えていただきたい」

 

「笑って許してくれると思いますよ」

 

「あの方であればそうでしょう。私の胃に悪いと言っているのです」

 

 胃の辺りをさする。眼前の魔女は美しい魔性だ。正直、冗談であっても好意を示されることは嬉しいだけに嫌悪が湧く。

 

「話を戻すが、ウィルフレッド君が公国に来ることで、そちらが受ける不利益は許容範囲なのだな?」

 

「はい。私であれば全く問題無く、息子と孫娘であれば苦労しますが、ウィルフレッドよりも上手くスレイ家を繁栄させることができるでしょう」

 

 無茶振りをされる二人をリーヌスは気の毒に思った。向こう二十年はウィルフレッドを当主に据えなかったことを責められ続けるだろう。孫娘のエメラインに至っては、永劫、時代の寵児と比べ続けられる。

 

 《魔神将》に選ばれた者はいずれも偉人に列される。歴代の国家元首と同じ扱いだ。政治的な権限は一切ないが、魔神の名を冠する称号は貴く重い。

 

 魔神はかつてヒトがカミと呼んだ存在である。魔神は魔境の主であり、その一帯の法則を支配している。現在の魔境の多くは現行の法則そのままに、一部の魔物の能力を底上げするものがほとんどだが、かつては重力が十倍の魔境もあった。そうした異界法則をもたらしたのは魔神であり、ヒトはカミと崇めたのだ。

 

 そのため《魔神将》は最も栄誉ある役職とされる。争いを忌避すべきものとする現代では血生臭さ漂う称号であるが、魔神の脅威が今なお尽きぬ以上、力の象徴である魔神の名を冠する称号は絶大な価値を持つ。

 

 帝国におけるその筆頭候補がウィルフレッド・スレイである。常勝無敗とはいえ、弱冠十五歳がその候補に挙がることは史上類を見ない。

 

「しかし、公国ではどうなのです? かの宝剣をウィル主導で共同研究できることは喜ばしいことですが」

 

「彼が帝国の内通者であることを疑われ続けるデメリットに比べれば遥かに劣る」

 

 内通者の疑惑は時間が解決してくれるだろう。リーヌスはスレイ家がそうした政争より研究費を優先することを知っている。

 

「それに正直、あれは公国でも手詰まりでしてね。スレイ家の助力があるのは喜ばしい」

 

「せっかく貴重な国宝ですのに」

 

「ウィルフレッド君が選ばれなければ、そのまま国宝とできただろうな」

 

 大昔の技術を独占できなかったことは痛いが、帝国貴族が選ばれた以上はその選ばれた仕組みを暴く必要がある。あやふやな権威というのは思いの外強い。帝国に悪用されるより先に、その権威を落とす必要があった。

 

 その意味では古き貴族が選ばれたことは不幸中の幸いだ。そしてその古き貴族が、リーヌスの個人的親交のあったデブラ・スレイの家であったことは幸運だ。

 

 おかげでこうして、《魔神将》候補を自国に引き入れることができた。その道中は険しく、デブラもリーヌスも外患罪が幾度もちらついたが、多様な派閥の様々な思惑が重なり、外国での拠点も欲しいというデブラの欲望の一押しにより、ウィルフレッドをアンナリナの婚約者に仕立てることができた。

 

 多額の研究費をつぎ込んだ成果がそっくりそのまま帝国に流れることは痛いが、よその国から《魔神将》を借りていると考えれば安いものだ。それも研究費さえ出していれば、契約を違えることはないスレイ家の子息である。高いが値段相応だ。

 

「時にデブラさん。これは個人的な相談ですが」

 

 ウィルフレッドが公国に居続ける条件の大枠は既にクリアしている。婿入りに関わる話と言っても、細々した実務面のすり合わせがほとんどだ。デブラが政治に強いこともあり、トラブルも未然に防げている。

 

「何でしょう? 研究費はあれでも切り詰めたのですよ」

 

「その点に疑いはありません。よく練られたプレゼンでした」

 

 この世の天は人に二物も三物も与える。《零落剣》のような万物もある。

 

「ウィルフレッド君のあの悪癖はどうにもなりませんか」

 

 具体的には露悪的な振舞い、人を試すような態度。

 

 学生武闘祭ではあからさまだった。相手の実力と同程度から始め、特にこれといった駆け引きなく一定にギアを上げ続け勝利する。タイムは一回戦以外いずれも一分程度。五分間戦い続けることも珍しくない試合ではあまりにも決着が早すぎた。

 

 だがこれはそれだけの実力差があっただけの話だ。まだ理解はできる。

 

「それについてはどうにも。あれでも、昔よりはマシになったのですよ」

 

 だからこそ、問題はメディア嫌いだ。勝利者インタビューがおざなりだ。貼り付けたような笑顔で特に感慨も無く答える。どうとでも取れる微妙な発言ばかりだった。国と長い付き合いのあるメディアは《魔神将》候補の価値を理解しているので好意的な編集をしているが、その微妙な発言は一部週刊誌には美味しいおやつだった。

 

 あるキャスターもSNSで精一杯好意的な解釈を広めようとしているが芳しくない。加えて、ウィル自身がそうした悪評を望んでいる節がある。

 

「……ファーディナンド殿がいれば、また変わっていたでしょうか」

 

「フィードは苦笑いして忠告する程度でしょうね。あの子、弟には特に甘かったので」

 

「意外ですね。彼はその辺り、厳しい印象でしたが」

 

「出会いが悪かったのでしょう。あの時の彼は、貴方方の敵でしたから。それに、今問題になっているといってもせいぜいが小火程度。まだマシですよ」

 

 マシなのか……まあマシなのだろうな……確かに世間的にはマシだろう……。

 

 リーヌスはそっと胃の辺りをさすった。ということは、まだまだ彼を不満に思う議員、役員からチクチク嫌味を言われ続けるのだろう。

 

「やはり苦労されましたか」

 

「私は少しばかり。孫娘は大変苦労したそうですが」

 

「ご当主は?」

 

「恥ずかしい話ですが、あの子は敵味方の判別が楽になったと」

 

 実際楽ではある。敵がいるということは、多少強い手段に訴えても許されるものだし、味方との結束がより強固になる。

 

「悪い子では無いのですが、良い子でもないのですよね」

 

 現当主が研究一筋というのは真実らしい。リーヌスは四ヶ月前に一度対談したきりだが、その時の印象にそぐわぬ冷徹さだ。

 

「ちなみに、息子と付き合うコツですが、あれは気遣いができませんので、そのつもりで」

 

「当主として致命的ではありませんか」

 

「公務としては秘書である妻が尻を叩いています。一応、問題にはなりません」

 

 小火はつきものらしい。

 

「承知しました。まあ、それはそれで気が楽です」

 

 窮地に非ざる仕事上の付き合いであれば人情味より合理性だ。外患罪疑惑の窮地はもう乗り越えた。人は利益が合致している間の結束が最も安定する。

 

 帝国が公国へ《魔神将》候補の流出を許した以上、求めるものは金銭や権利となる。少なくともウィルフレッド主導の両国共同研究所の資金の大半を公国が負担している間は何事も起きないだろう。水面下での政争は起きるだろうが日常茶飯事だ。今なおウィルフレッドを帝国に戻せとの声があるが、本人が帝国へ戻ることを希望し、宝剣を手放さないことには意味を持たない。

 

「そうですね。息子の関心事はもっぱら魔道の研究です。孫も帝国へ戻る意思は乏しいでしょうし、気を揉むべきは公国の予算になりそうですね」

 

 それがいちばんむずかしい。

 

 リーヌスは椅子に深く腰掛け、長く息を吐いた。

 

 吐いて。

 

「──では、《バクレハスト》は脅威ではないと?」

 

 咎めるような鋭い言葉。この関係性に罅を入れかねない疑問を、リーヌスは投げかけた。

 

 だが──魔女は変わらず、楚々とした微笑みで一国の王をただ眺めていた。

 

「はい。狙いが宝剣であり、その所持者がファーディナンド・スレイの最愛の弟である以上、《バクレハスト》は脅威になりえません」

 

「もしや、ファーディナンド殿が立ち上げた組織か?」

 

「いいえ。あの子は争いを誰よりも厭います。テロを起こした時点で、あの子の手掛けた組織という線はありえません」

 

「では、どうしてそう断言できる。かの《零落剣》を動かせる組織だ。魔神と同等の存在である『世界最強の一人』を、どうしてそう軽んじられる?」

 

 魔神を一太刀で降した《零落剣》、世界最強の一人。組織に属せざるを得ない《魔神将》や古き貴族とは一線を隔す存在──その内の一人である。

 

 何よりも早く正しく動く《傀儡子人形》、一動作で戦場の兵士を皆殺しにした《鏖天魔》、卓越した剣技と変幻自在の剣を誇る《聖剣使い》──彼らもまた世界最強の一人と呼称されるナニカであり、ホモ・マギエであるというだけの天災だ。名だたる《魔神将》と古き貴族ですら「絶対に殺せない」と匙を投げる規格外。

 

 フランジア大陸きっての北と東の大国が連携し、《魔神将》と古き貴族を動員し、《零落剣》と契約してなお、《鏖天魔》を討ち取れなかったことは記憶に新しい。《零落剣》ですら殺せなかったことで《鏖天魔》の討伐は諦められた。

 

 その《零落剣》を軽んじることなど、この魔女に限ってあり得ない。

 

「ウィルフレッドに手を出しておきながら、《外界覚》が予め潰していなかった。それが理由です」

 

 《外界覚》──4年ほど前に亡くなった、《零落剣》をして殺せなかった古き貴族。

 

 《外界覚》ファーディナンド・スレイ。

 

 デブラ・スレイの孫であり、《逸漆呪(テクスカース)》が唯一、利用できる気がしなかった理外の人。

 

 「未来視」の魔術を優に超える精度の魔法術「仮想録」を編み出し、フランギスタン地方で暗躍していた犯罪秘密結社「ワースワンズ」を表舞台に引っ張り出して根絶した、現代最新の偉人である。

 

 

 

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